2008.9.13_稲葉 和平――ワンポイントレポート「仙丈ケ岳+甲斐駒ケ岳」


■2008.9.13――稲葉 和平さんからレポート「仙丈ケ岳+甲斐駒ケ岳」
伊藤幸司様
 今回の「仙丈ケ岳+甲斐駒ケ岳」ではまたまた大変お世話になりました。
 タイムスケジュールどおり歩けず、参加の皆様にもご迷惑をおかけしました。
 ゆっくり歩けば標高差1000メートルは何とかなると思っていたのですが、甲斐駒の岩道は想像を上回っていました。コーチのアドバイスに従い、しばらくはもう少し楽なコースで脚を鍛えていくことにしようと思います。
 今回、反省というか、改めて自分でもよく分からない、つまりは今後解決していかなければならない課題が明確になったので、少し記しておきます。
●水の補給
 7月の平標で水分を採り損なったので、それ以後は早めに水分を採るようにしています。しかし、自分で持てる量以上には飲むことが許されないというのが基本なので、注意しつつ水分を採っています。2日目の仙丈ケ岳は2リットル強用意していたけれど消費したのは1.5リットル。自分では一応必要な量を採ったという感じはありました。
 しかし、後から考えると、夕食のとき、水分がほしくて仕方なかった。しかし寝る前にたくさん水分を採ると夜中に何回も行かなければならなくなると困るので少し我慢をしました。
 3日目、朝起きたときから水を飲みたかったので食事前にそれなりに水を飲みました。けれど、歩き出す前なので控えめだったことは確かです。そして甲斐・駒ケ岳は荷物を少しでも軽くしたいので1.5リットルを持って出発しましたが、結果的にはかなり足りなかった(と感じた)。
 身体がバテたから水分をほしくなったのかもしれません。
 いつものことですが、山から帰ると体重が減って(今回は約3キロ)いて、水気のものがほしくなるのは山歩きの途中の水分のインプット/アウトプットのバランスが悪いのかもしれない、などと勝手なことを考えています。
●急勾配でバテル
 理由の一つとして、「歩き方が悪い」ということは自覚していています。夜のミーティングでコーチに指摘されたように、自分のペースで歩いているときは、かなりの程度歩けると思います。自分で意識した「正しい歩き方」はなかなかできないのですが、身体の疲労度が増してくると半ば無意識のうちに合理的な歩き方に近づいていく、と言うようなことがあるのでしょう、かなりの程度歩けます。しかし、人のペース、に合わせようとすると、どうもうまくいかない。歩くスピードも遅くなり、身体もばててくる。
 今回の甲斐・駒ケ岳のように、急勾配で石ころと岩の山道だと、「滑ってはいけない」という意識が強まるせいか身体に不必要な力が入って、一層疲労が増すだけでなく、スピードも落ち、バランスも悪くなる、という悪循環に陥ってしまうようです。正直言って、甲斐駒の最後の登りは、とにかく足を前に出さなければいけないので景色を見る余裕もないほどでした。頂上からの下りの急斜面でも同じで、過剰なほど「岩場で滑ってはいけない」という意識から抜け出せず、スピードを上げることができませんでした。今まで意識したことは無かったけれど、高所恐怖症の傾向もあるのかもしれません。
 とにかく、運動神経はそれほど鈍いほうでは無い(と思っている)ので、まずは身体のバランス力を高めるようにしたいと思っています。
 石ころの急斜面で脚がバテバテになってはいても、普通の下り斜面になると徐々に脚の疲れも取れて、スピードも標準的なレベルまで戻すことが出来たようです。歩きながら足の疲労が抜けていくのは、登りで使った筋肉の疲れをほぐしているのだろうとは想像しても、自分でも不思議な気がします。疲れが抜けると身体のバランスの復元力に自信が持てるからスピードも上げられるということなのでしょう。

 書き始めたら、反省だかなんだか分からなくなってしまいましたが、今回の山歩きでは、上記以外にもいろいろな事を明確に意識させられました。家内からは「歳なんだから無理な登山はダメ」と言われていますが、これからもゆっくりのんびり、山歩きを続けて行きたいと思っています。
 ということで、9月16日の9d.大菩薩峠に参加したいと思います。
 よろしくお願いします。

■コーチから
 今回、甲斐駒ヶ岳では、駒津峰(2,752m)から北沢峠(約2,050m)へ、稲葉さんとふたりで後から下りました。
 標高差約700mの間には双児山(2,649m)への登りもありましたが、駒津峰には主要1時間50分とありました。私のポイント計算では18ポイントを2時間(登りの計算値)としてありました。
 結果として先発した本体は長老級のKさんをペースメーカーにして、所要2時間25分(休憩を含む)で下ったといいます。稲葉さんは10分遅れで出発して所要2時間40分となりました。
 登りのペースはバテバテの状態でしたから毎時200mの上昇というのがやっとで、下りも毎時300mの降下といったあたり。ところが最後の標高差約350mは40分で下っています。毎時525mという降下で、快適な下りというペースになっていました。
 道が明らかに変わったのです。岩っぽい道から、樹林帯のジグザグ道になって、稲葉さんのからだはシャンとし、バランスの崩れも感じなくなりました。状態のちょっと悪いところで2度ほど派手に転びましたが、運もあって、肘のあたりに擦り傷をつくった程度でした。
 今回、稲葉さんのようすをじっくりと観察して、いろいろおもしろいことを発見した感じがしますが、ご本人が今回「反省」している文章にもその気配がかなり濃厚に漂っています。
 大ざっぱにいってしまえば、肉体に対する頭の支配権がゆらいでいる(……といういつもの言い方になりますが)という状況です。水を飲む、飲まないというところから、頭が支配権を強固に行使しています。
 『登山の運動生理学百科』(東京新聞出版局・2000年)で山本正嘉さんはこう書いています。「昔から、運動中に自由に水を飲ませると飲みすぎてしまうと信じられてきた。だが事実はその反対で、『飲まなすぎる』のである(ちなみに犬やロバでは、脱水に見合っただけの水分をちゃんと飲むという)」
 水の飲み方のところで、稲葉さんの合理性の追求は頭が求めるものです。いちど肉体に、自由にやらせてみたらいのに、と思います。
 登りでスピードが上がらないのは、病み上がりに影響された脚力不足といってしまってもしょうがない状況ですが、下りではバランスの悪さが目立ちます。足が滑ることに対する恐怖心を技術で押さえ込むことができないのです。
 老化によるバランスの低下とも思える状況が、道の変化によって激変したことから、そこにも恐怖心、すなわち頭の側の危険意識が歩き方を不安定にしているということが見てとれました。スピードが上がる状態になってから2度転んだことを見ても、恐怖心がとれると暴走気味になることが想像されます。それを避けるために頭が過剰なコントロールをしようとする。
 山道は不整地です。大小さまざまな危険が潜んだ路面になっています。それにいわば過剰反応している状態と私は見ました。しかも高校時代に山登りをしていたそうですから、肉体のそういう体たらくは許し難いはずです。そして想像ですが、稲葉さんの家庭環境を私は知りませんが、当てずっぽうにいえば、アウトドア派のパパであったのではないでしょうか。自信のみなぎったリーダーであったのではないかと想像します。
 いろいろなことを理詰めに進めることができてきたのではないかと思うのです。4月に完全リタイアして、いよいよ肉体の頭の支配に対する反乱が起き始めていると私は考えたいのです……ドラマチックでおもしろいじゃあないですか。寝る前に、たっぷりと水を飲んで、必要なら何回もトイレに起きてやればいいじゃないですか。山にきているのですから、一度や二度、転んだっていいじゃないですか。スキーだって、うまい転び方を早く身につけた方がいいんです。40リットル級のザックを背負っていれば、転んだときの安全係数はかなりのものといえますし、できれば転ぶのではなく、転びかけるところでの「寸止め」をたくさん体験できる状態にすればいいじゃないですか。
 肉体に、小さな失敗をたくさん経験させてあげたい年頃に、稲葉さんはいるというふうに見ると、ほんとうに興味のつきない観察対象といえそうです。どうかぜひ私の山にどんどん参加してください。楽しみです(モルモットとして)。


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