心拍計の話
………1996.7.25(糸の会お知らせ)


■心拍計の話………1996.7.25(糸の会お知らせ)

●7月13日の箱根に新兵器を持っていきました。フィンランドのポーラエレクトロ社のスポーツ用心拍(ハートレイト)計「POLARハートレイトモニター」です。
●これはキヤノントレーディングという会社が輸入しているもので、私はキヤノン販売の広報に関わっているところからマスコミ向け広報に活用するということで借用してきたのです。とくに高価なものではありませんから、よければ自分(というより、高校で陸上競技をやっている息子)のために買うかもしれないという程度の興味ではありました。
●私の体験では、登山では心拍数を疲労の蓄積を知る目安として利用するのが効果的だと思います。休憩時にまず計って、1分後か2分後にもう1度計ったときの落ち方を見るのです。疲れてくると少し休んだからといって回復しない、ということが、この心拍数の落ち方から分かるのです。
●一時は私も心拍数をとったり、血圧を測ってみたりしましたが、やめました。というのはゆっくり歩くというペースづくりがうまくいっていれば、いちいち心拍数を見る必要などないのです。恐いのはむしろ心拍数の上昇にともなってグンと上がっているかもしれない血圧(*注記――心拍数と血圧の単純な相互関係は後に間違いだということがあきらかになりました)なのです。中高年の場合には血圧の上昇がもたらす危険のほうが大きいらしいのですが、血圧を管理しようとすると、いろいろと難しい点が出てくるだけでなく、気持ちが健康でなくなってしまいます。私たちは病人登山者ではないのです。気持ちが元気なら体も元気というあたりをあくまでも信じて、人間の体が本来的に持っている適応力、回復力、治癒力をよみがえらせたいと思うのです。「楽しさ」だとか「気持ちよさ」という判断に全幅の信頼を置きたいのです。
●このハートレイトモニターが筋持久力を求めるスポーツ選手に広く用いられているらしいということは知っていましたが、あまり興味がなかったのです。ただこのキカイを使って、これまで頭で考えてきた山歩きのエネルギーコントロールを心拍数という側面から見てみたいと思ったのでした。
●ベルト型の電極付き送信機(7,800円)を胸につけて腕時計型のレシーバー(11,800円〜18,800円)で心拍数を読むのですが、目標心拍数の上下を設定できるので運動強度を一定の幅の中にコントロールすることが可能になります。(使用したのは18,800円のエッジ)
●箱根では、宮城野から明星ヶ岳への登りは超スローペースと決めていました。理由のひとつはできれば全員で金時山まで行きたいというペース配分の計算から、もうひとつは梅雨明け直前のすばらしい蒸し暑さで、暑さからの疲労が考えている以上に大きなものになるはずなので、歩き始めに標高500mから900mへの一気登りではできるだけストレスを与えない方がいいという計算であったのです。

●私は自分の最高心拍数も知りませんし、安静時心拍数もまだ調べていませんでした。そこでほんの目安として、150拍(毎分)に上限をセットしたのでした。
●道は小さなジグザグを切って、一気に登っていきます。いつもなら呼吸の乱れと汗の出方を手がかり(インジケーター)として歩くところです。後ろから話し声が聞こえていれば、その雰囲気もペース加減のいい目安になります。
●心拍数を見ながら歩いていくと、これがすばらしい精度を持っているということがすぐに分かりました。150拍に達するとブザーが鳴るのですが、そこで深い呼気をします。すると149拍に落ちてブザーが止まるのです。安心して吸気すると、たちまちふあっと150拍に上がってまたブザーが鳴るではありませんか。
●しょうがないので、今度は歩幅をせばめてみます。歩幅を靴幅程度のところまでせばめると、とたんにまた149拍に落ちるではありませんか。そのまま抑えて歩いていると145拍ぐらいまで落ちていきます。私は昔カシオのパルスメーター兼用腕時計を使ったことがありますし、オムロンが指先で計れるポケット血圧計を出したときにはさっそく雑誌記事のために取材しました。でもそういうものとは比べものにならないキカイだということはすぐに分かりました。
●たとえば、スイスのトーメンという会社の高度計が長い間登山用として使われてきましたが、アナログ式であることもあって、エレベーターの上下が「見える」のです。もっともそれは航空スポーツ用ですから、ビルの屋上のあたりから地面までの高度の変化が見えないと使いのものにならないわけですが。同様に、心電図の精度をベースにして心拍数情報だけを取り出しているというこのキカイもホンモノという感じがありました。

●キカイが正確だと信じられなかったら、キカイのせいにしたくなるようなことが起こりはじめたのです。150拍というターゲット設定をしたときには、最初は十分に余裕をとっておいて、キカイの操作に慣れてきたらターゲットの幅をせばめていこうと考えていたのです。心づもりでは130拍前後で歩く予定だったのですが、とんでもない、たまたまセットした上限の150拍に貼り付いてブザーが鳴らないようにするので精いっぱいという状態になっていたのです。息切れはしていませんから体に異常感があるというふうにも思えませんでした。
●最初の20分ぐらいは150拍で頑張ってみたのですが、とうとうターゲット設定を155拍に上げました。同じペースを作っているはずなのに、心拍数のレベルが5拍上がってしまったのです。みなさんもかなり静かになりましたから、じつは「超楽ペース」ではなくなっていたのかもしれませんが、アタマでは同じペース、心拍数は5拍上昇という状態になったわけです。体のほうはどうなったか。実はそこがいちばん大事なところなのですが、かなりカッタるい感じで疲労が蓄積してくる感じではあったのです。
●バテてくるとたいていの人は何か後悔するのですが、この日は私は徹夜明け。いやな予感はありました。それからザックの重さ。後で計ると21kgでした。過去の山行の見本写真がケース共で4kg弱、冷やした麦茶が6kgの合計10kgはかならずしも限界というわけではなかったはずなのですが、この日は効いたようです。稜線に出ると負担が軽くなりましたから、登り勾配がきつかったようです。
●150拍から155拍に上げたターゲットをさらに160拍まで上げましたが、そのうちに160拍も越すようになったのでとうとうアラームをoffにしてしまいました。結局170拍あたりで止まったようですが。
●そのような心拍数の上がり方を見ていると、連続的に上がったり下がったりするのではなくて、階段状に上下するという印象でした。たとえば155拍の手前でしばらく行くと、疲労感にせっつかれるような気分の中でその一線を越えて行きます。車の運転を例に取ると、ギアを一段落としたのに気がついてみるとまたアクセルをめいっぱい踏み込んでいて、それなのにスピードがゆっくりと落ちてくるので、ギアをもう一段落とさなければならなくなる。そういう感じです。

●1時間半ほどの明星ヶ岳の登りで、バテはじめるの領域の心拍数の動きをおおまかに見ることができたのです。そこから明神ヶ岳を経て金時山の手前の矢倉沢までの長い稜線歩きは、昼食休憩もありましたし、冷たい麦茶がなくなって軽くなりましたし、登り下りも細かな繰り返しになって体への負担はとくに感じませんでしたが、結局3分の2の人が金時山登山を放棄したのは、全体の雰囲気がそんなふうだったからでしょうが、疲労がじわじわと蓄積していたからだと思います。
●明神ヶ岳の先ではみなさんに気持ちのいい速度で歩いてみてもらいたかったので解放し、私はしんがりを歩いて矢倉峠に着きました。そこで荷物を捨てて、空身で金時山登山組の8人を追いました。標高差300mの、標準的な「1時間モデル」でした。
●この日は陸上用品店で買った「トレールランニングシューズ」をはいていましたから、峠から登り始めを走ってみました。たちまち心臓がドキドキ鳴り出して、全身に疲労物質の乳酸がたまっていくという感じです。心拍数は170拍の終わりのあたり。177拍まで上がっていました。これはかなりの恐怖でした。
●若いころに「心臓が飛び出しそう」という体験をしたときと比べたらまだいくらか余裕があるとは思いましたが、じつは最高心拍数として通常使われる推定値は「220−年齢」拍なのです。きちんと調べる方法がないわけではありませんが、一般にはこの推定値を利用することになっています。したがって51歳になった私の場合は最高心拍数を169拍とするのが一般的なのです。ですからして180拍に突入しようかという恐怖にはかなりのものがありました。もしそこで気分でも悪くなったら、一巻の終わり! という感じです。
●そこでもちろん体勢を立て直して心拍数を下げながら歩くのですが、止まって160拍ぐらいまで下がるとまた歩き出して、できるだけゆっくりと、心拍数を上昇させないように登っていきます。しかし動いている限り心拍数はすぐに170拍を超えて、180拍にジリジリとにじり寄っていくのです。
●金時山登山で思い出したのは、若いころにとことんしごかれたときの記憶でした。徒競走のゴール直前のような全力疾走状態がノロノロとおこなわれているのです。止まれば楽になりますが、動いている限りはどんなにゆっくりでも運動強度は最高レベルに届いています。全身に疲労物質が広がってしまったようで、エンジン回転だけが簡単にレッドゾーンに入っていくという感じなのです。

●新しいキカイを持ったことで、以前なら絶対に踏み込まなかった領域に踏み込んでいくというのも恐いことだと思いました。私流のシミュレーションなら、矢倉峠から金時山までは1時間とります。途中に振り返ると気分のいい展望台がいくつもありますから、その展望を楽しみながら登ります。心臓の存在を感じるなんてことはないのです。ところがここのコースガイドは40分というのが相場のようで、それに惑わされる人はけっこう汗をかくでしょう。心臓をドキドキいわせる人もいるでしょう。急な斜面での登りのコースタイムというのは、たいてい「アルバイト(仕事)の満足感」を与えてくれるようになっています。ひと汗かかないと登った気にならないという律儀な人に歓迎される数字になっているからです。私は45分かかりましたが、空身で、めいっぱい歩いたということからすればいかにバテていたことか。バテて逃げ道のない状態に陥った人の気持ちがよくわかりました。
●もうすこしいい体調のとき、AT心拍数というのを計ってみたいと思います。30分間持続する最大パワーの後半の20分間の平均心拍数をAT(無酸素性作業閾値)心拍数といって、このAT心拍数のすぐ手前の領域で運動すると、心肺機能、スタミナ、筋肉持久力といった有酸素運動(エアロビクス)の最良のトレーニングが可能なのだそうです。
●このAT(Anarobic Threshold)心拍数は慣れると体感できるようです。10分間以上をかけながら徐々に運動強度を高めていくと、筋肉がゴムのような感じ(?)になって突然呼吸数が上昇するのだそうです。(たぶんバテ初めの明瞭な切り返しの瞬間のことだろうと私は思うのですが、どうでしょうか)
●これは実際に酸素の所要量が増加したための変化ではなくて、筋肉の仕事が無酸素領域に突入したために血液中の酸素が過剰になり、脳の呼吸制御中枢を刺激した結果起こる変化だというのです。筋肉は運動強度が弱いときには脂肪を積極的に燃やします(脂肪燃焼領域)が、さらに強度が高まると、血液によって運ばれる酸素を使って、さらに効率的に脂肪を燃やします。一般にいう有酸素運動(米国の空軍医ケネス・クーパーが理論付けしたエアロビクス)の領域です。人間は大気中の酸素をうまく取り込むことで、全体として相当大きな仕事をすることができるのです。一般に持久力といわれるのがその仕事能力をさしています。
●ところがもっと大きな力を出そうとすると、酸素で脂肪を燃やして動かす筋肉(遅筋繊維)には対応できなくなるので、瞬間的に大パワーを発生できる速筋繊維が仕事を引き継ぐのです。これは筋肉中のグリコーゲンを使って動くので酸素は使いません。したがって有酸素運動の最大パワー領域から無酸素運動の領域に突入すると、その瞬間に、供給されていた大量の酸素が失業状態になってしまうらしいのです。脳の呼吸中枢では体内の酸素量や炭酸ガス量を検知していますから、酸素過剰という判定になってしまうらしいのです。おまけに無酸素運動はグリコーゲンを消費して疲労物質の乳酸を作る化学変化ですから、たちまち疲労感が襲ってきます。
●そういうおおまかなストーリーを理解した上で、競技選手たちは自分の肉体能力を改善しようと悪戦苦闘するわけです。その一例として、AT心拍数からプラス10拍までの間では、自分の有酸素運動能力を拡大することが可能なトレーニング領域となるのだそうです。また、私たちがバテバテ状態になる領域(AT心拍数+10拍以上)はスプリント力に代表される無酸素的運動能力を拡大するための、最大筋力増強のトレーニング領域になるのです。この場合の最大筋力とは、たった1度しか発揮できないフルパワーのことで、「火事場の馬鹿力」といわれるもの。その最大筋力を拡大するには、たとえば3回で使いきるフル出力を高めていくというようなトレーニングをするのだそうです。
●AT心拍数の手前と向こうとでは人間の運動性能は「ジキルとハイド」ほどにも違うともいえるのです。このAT心拍数は30分間持続できる強度の運動をしてみて、「ややつらい」から「つらい」と感じる領域の心拍数というふうにつかまえることもできるわけですから、積極的な登りをしながら休憩時に脈をとってみることでおおざっぱにつかまえることができるように思います。結果として140拍前後のどこかになるのではないかと思いますがどうでしょうか。

●ちなみに運動強度をかなり厳格にコントロールしたいというときには、朝目を覚ましたときに、体を動かさないまま脈(1分間、あるいは10-15秒で1分間に換算)をとって、1週間の最低値を安静時心拍数とします。最高心拍数は「220−年齢(女性の場合はなぜか226−年齢)」拍による推計値を使うと、最高心拍数から安静時心拍数を引いた値が予備心拍数となります。
●たとえば50歳男性の場合、最大心拍数の推定値が170拍です。安静時心拍数が60拍であれば予備心拍数は110拍。運動強度によってこの110拍が上下するわけですからその部分を何パーセント使うかで運動強度の目盛とすることができるのです。
●いささかでも積極的に体を動かしてみようとする人は、運動強度の最低ラインを60%とするのがいいと思います。その60%から70%を脂肪燃焼領域+有酸素運動領域としてできるだけ長時間この強度を維持するという目標を立ててみるのがいいと思います。先ほどの50歳男性モデルの場合、予備心拍数が110拍ですから66〜77拍を安静時心拍数の60拍にのせて126〜137拍を目安と考えるのです。
●積極的な有酸素運動領域を70〜80%と設定しておくのが合理的だと思います。山歩きの場合でも自分で積極的にペースを作って、しかも乳酸の生産領域に踏み込まない(すなわち体がゴムのように感じられたり、鉛のように重くなったりしない)トレーニング効果の高い領域です。元気なときに、スピードを上げてみたり、荷物を重くしてみたりして、体力、脚力のパワーアップを試みていただきたい。人間の肉体の限りない可能性をだれもがかならず感じることのできる領域です。「気持ちのいい汗」の範囲ともいえるでしょう。さきほどの50歳男性モデルでは137拍から148拍の間と出ます。
●競技者用のトレーニングメニューでは「効率トレーニング」という名目でさらにハードな領域を使いたがるわけですが、私たちは運動強度を80%以上に上げないというふうに断固として決めた方がいいと思います。なぜか――もちろんわたしはその辺の問題に関してシロウトですが、筋肉の固まりである心臓は年齢に関係なく鍛えることが可能なのです。鍛えれば容量を拡大していわゆるスポーツ心臓になっていきます。ところがところが、車でいえばシリンダーの内側を削ってエンジン容量を大きくする方法がありますが、排気量を上げるのと引き替えに壁を薄くしてしまうのです。したがってフル回転させたときに壊れる危険も大きくなってしまうのです。中高年になってから肉体改造に目覚めた人たちが必ず落ち込むのがこの「壊れやすいスポーツ心臓」の問題なのです。
●もうひとつ、心臓が簡単にパワーアップしたとして、強力に送り出された血液は動脈中をその圧力で流れますが、血管が堅くなったり、もろくなったり、詰まり気味になっているとやっかいなことが起こります。同じ心拍数でも若い人と中高年では血圧のはね上がり方が決定的に違うということがいわれます。
●ですから私が初めから強調しているように「頑張ってはいけない」のです。山歩きを、弱い運動を長時間続けることに最適な運動方法と考えて、脂肪燃焼領域の上限あたりを長時間使うようなペース配分を心がけているわけです。ただ、歩きながら自分の体がいまどういう状態になっているのか確かめてみるために、ただいわれたとおりに動き続けている心臓の仕事量をモニターしてみるとどうだろうか、ということなのです。ですから体を鍛えている競技者ほどに心拍数をギリギリまで信じることはできません。おおまかに、そして低めに抑えながら、自分の肉体の時間的な変化をむしろ重く見るというのがだいじだと思うのです。
●ポーラエレクトロ社にはメモリー機能のついたバンテージXL new(49,800円)というキカイもあります。5秒ごと(2時間40分)、15秒ごと(8時間20分)、60秒ごと(33時間40分)の心拍数を自動的に記録します。どこかの山で使ってみたいと思います。しばらくは心拍数に夢中になるかもしれません。どうかよろしくご協力いただきたく。


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