いただいた手紙
………1996.12.10(糸の会お知らせ)


■T.大森さん――1996.7.31
●夢であった白馬岳、大雪渓を経て色とりどりの美しい高山植物、頂上に立った喜び、すしづめの山小屋、無事下山できましたことを感謝致しております。ありがとうございました、只今、満足感でいっぱいです。


■K.磯部さん1996.8.1
●7月23日付「糸の会」案内をどうもありがとうございました。
「心拍計の話」も興味深く拝見しました。当日仲間と話しました(明神ヶ岳での休憩とその後)。おいしい飲み物が大量でしたので「あれだけで私達のザックと同じ重さになってしまう」「おまけに写真の重さ」etc. 厚くお礼申し上げます。
「心拍数」に就いては、私も高齢者の場合はといういことで、1年かけて少し学びました。
●心肺機能の問題と、腰痛対策(これは難しいです)のつもりの研修でしたが、その行為はその後も可能な限り続けてはいます。オリエンテーリング参加目的のためと言ってもよいでしょう。
●年とりますと、急に発進ができませんので、1ヶ月、2ヶ月前から行動をしなければなりませんので。
●もう一つ「血圧のため」という名目もあって、速歩、ジョグ、並足のリズムでの行動も加えてもいますが、心拍数が一つの目安であることには変わりません。
●明星ヶ岳への登りを超スローモーになさったというお話ですが、私にはそれで大変助かっています。(言い方を変えますと、それだけ若い方にはご迷惑をかけているということでしょう)
●また、参考にですが、その日の登りでもきついところは本当にマイペースでエネルギーのゆるやかな消費のために1歩1歩の登りを教えていただいた通りの(自分ではそう思って)膝つかいで、足を運びました。当然、前を行く人との間隔ははなれてしまっています。が、あの日はよくできていたものでして、少しゆるやか、または平らなところでは教わりましたようにリズムは余り変えないで歩幅で調節していますと、次の登りで前の人に追いつくという姿でした。
●次に私の体験ですが、主として山行または速歩歩きのときのことです。はじめの20分から30分が非常にきついです(それがなだらかな登りでも).
それが過ぎますと、あとは持続するようです。(心拍数と息づかいが少し安定するのでしょうか)
●いつぞやの両神山の際、朝早出で、まだ登りにもかかっていない1ピッチ目の休止のとき、心拍数を計ったとき、他の人は70台〜90台位であるのに、私は120でした。
●何かで聞いたか読んだことですが、はじめの20分か30分かは無酸素運動であるとか、この点先生はどう思われますでしょうか。これが私の言う最初の20分か30分がきついことの証なのでしょうか。
●ごく最近(7月)の例ですが、家の近くの市民の森コース(同封のレポートのコースも含みます)を1.5kmを無理のない速歩で歩き(往き)ますと、復路は平地またはゆるい登りをジョギングしても苦にならないようです。はじめの20〜30分の件は年齢のせいかとも思ってはいますが、よくわかりません。
●心拍数を余り気にしてもおかしいのですが、自分の疲労、あるいは無理の程度を確認する意味では大いにとり上げてよいと私は思っています。
●水泳の折にも一泳ぎの後、測定し、歩きで調整をくり返しています。
●近頃は測定しなくても心臓の鼓動、息づかいでその程度がつかめるようになってきているようです。


■H.鈴木さん――1996.8.2
●いつもメッセージを送っていただくばかりなので、雑然とはしていますが気がついたことを書きます。

■白馬岳行動のメモ
●16:25ころ、白馬山荘に到着。受付を待つ。
●16:35ころ、小池さんがくれたビールを飲む。
●16:50ころ、ビールを買って皆に配る。自分も飲む。自動販売機が、釣り銭不足のため、小銭しか受けつけなくなっている模様。1号館のトイレに行く。
●17:25ころ、部屋に入る。まだ誰もいない。春日さんと、とりあえず布団を敷いて皆のスペースを確保する。横浜組が別の部屋だとわかり混乱。知らない男女の2人組が、この部屋なんですけどと入ってくるが、雰囲気を察して廊下に退避していく。結局、糸の会11人が6畳に寝ることになる。誰が押入に寝るかなど、わいわいがやがや。
●18:30ころ、食事の予約をしなかった小池、井上、甲谷さんがレストランに行く。ここで小さな「事件」発生。一緒に行っていいかと小池さんにたずねたら、今日は自分一人のことで精一杯だからという理由で断わられたと、甲谷さんが憤慨しながら戻ってくる。荷物からパンを取り出して食べるが、なかなか怒りが収まらないようす。
●19:00ころ、甲谷さんを小池さんから離す方針でおのおのの寝る場所を確定。身辺整理にかかる。私は布団と布団のさかいめに寝ることになったので、シュラフカバーにはいることにする。そのうち小池さんたちが帰ってくる。「事件」について小池さん自身は気づいていない様子。真相はわからない。
●19:45ころ、皆で話し合い、食事まであと2時間も待てないということになり、レストランに行く。
20:05ころ、夕食を食べ始める。
20:45ころ、トイレをすまして、部屋に戻ると、小池、井上、甲谷さんはすでに布団のなかでうとうとしている。ポケット・ウィスキーを飲む。
22:00ころ、暑くて眼を覚ます。なるべく音を立てないように、靴下を脱いだり、脇のジッパーを開けたり、ウィスキーや水を飲んだりする。寝息、隣の部屋のいびきなどさまざまな音を聞く。
0:00〜1:00ころ、再び眠りについたようだ。
3:40、腕時計の目覚まし音で目覚める。

■白馬岳での心拍数について
●のぼりにかかると、息が切れ始める。心拍数がどんどん上昇する。つらいと思う。あまり前方を見ず、歩幅を狭くしながらしばらく耐えていると、つらさがやわらいでいく。心拍数も落ちついてくる。さらにのぼり続けると、再び心拍数は上昇するが、はじめほどの数値にはならない。
●心臓の側から見ると、のぼりが始まると、肉体が必要とするよりも多めの酸素を送る。ようすをうかがいながら供給量を減らし、さらに不足分を補うかたちで適正値に近づいていくという印象。
●つらさに耐えていると、少し楽になる時がおとずれるという発見。金時山で、高校の剣道部以来の限界を経験したおかげで、少しはつらさを客観視できたせいかもしれない。

■アイゼンについて
●アイゼンをつけると、アイゼンにたよる歩き方になってしまう。28日のくだりで、足に無理な力が掛かり苦しい時間があった。課題として自覚。

■体重のこと
「糸の会」に入った当初は、1回の山行ではっきりと体重が減ったが、最近では、目立って減少はしない。たっぷりとした水分と栄養補給のせいか、簡単に減らせる脂肪はおちてしまい、身体が別の段階に入っているのか、観察をつづけようと思う。

■混雑時の最後尾
●どちらかというと、列の後方を歩くほうが自分の性分にあっているようです(後述するカメラのせいもある)。今回のような混雑の中で最後尾を歩くと、背中にぴたりと他の集団が貼り付きます。われわれの列が、花を見るなどで立ち止まると、すかさず「立ち止まらないでください」と、うしろから声がかかります。私たちの列が監視されている気分です。
●なぜ列が止まるのかは、最後尾からは即座にはわかりません、背後の50人近い集団からは「なにやってんだ」という舌打ちが聞こえてきます。伊藤さんがケーブルカーのようすを見に先発したあと、列後方の状況を前方のだれに伝えたらよいのかわからなくなりました。ひとりひとりの判断でさみだれ的に追い越させるべきなのか、集団として追い抜かせたほうがよいのか。実際は、2〜3人がわれわれの列に食い込んできてました。後方集団のリーダーがツアーの職業的なリーダーなら、ペースを稼ぎたいでしょうから、いらだつのも当然かもしれません。
●結局、春日さんに先頭に立ってもらい、まもなく道幅の広い場所があり、休憩をかねて後方集団を2組ほどやり過ごすことができました。
●多少なりとも集団の統率を強める方向へ動いたことが果たしてよかったのかどうか、自信がもてません。ひとりで歩いていると思うべきなのか、集団を意識するべきなのかで、私は迷ったのかもしれません。
●責任の分散ということを考えます。「糸の会」は、組織でない組織を目指しているようです(「写真の会」もそうですが)。責任を分散させたとたんに「責任」や「権限」の存在を認めるということになるという矛盾を内包しているのかなとも思います。サブリーダーをおかないという理由も、そのあたりに想像します。
●「約束の夏」が終わったあと、「糸の会」はどうなるのでしょうか。何人かから心配する声を聞きました。継続を前提にするのなら、伊藤さんひとりの負担が重すぎる気がします。写真を誰に見せ、誰がどの写真を申し込んだか、発送など、分担できる仕事もあるはずですが、ここでふたたび「責任の分散」に戻ります。
●現状では、経済的な面もふくめて、伊藤さんのボランティアにたよりすぎているという思いがします。
●伊藤さんのことですから、さまざまなことを考察済みだとは思いますが、混雑した山道を歩き、他の集団と肩をすりあわせてみると、自分たちの集団性もまた見えてくるということでしょうか。

■カメラについて
●カメラをもつべきかどうか。写真は伊藤さんから分けてもらえばよいのだから、カメラをもっていく必要はない。逆に、好きな瞬間にだけ撮れればよいという気楽さも捨てがたい。列の速度を妨げないように気を使うと、絞りもフォーカスも両方マニュアルのライカR6は厳しい。せめて片方はオートでありたい。できれば両方オートが望ましいが、EOS-1やF4は大きい。カメラが重くて疲労したのでは話にならないから、しばらくはコンパクトカメラを持っていこうと思うが、花などのクローズアップはお手上げだ。
●目標地点まで好き勝手に行ってよいときは、写真を撮る数分を稼ぐために、早いペースにします。列にいるとき、後方を好むのは写真の撮りやすさもあります。カメラに関しては楽しみながらいろいろ試してみたいと思います。

■追記
●回答を求めているわけではなく、こんなことがあった、こんなことを思ったという報告です。


■K.斎藤さん――1996.8.13
●天候にも花々にも大歓迎された白馬岳でした。思い出にひたっていると、ひとりでに顔がほころんできます。
●山頂で拾った石(ホントハ、イケナイコト?)に日付を記して飾りました。


■K.斎藤さん――1996.9.10
●爪先顛末紀
●白馬岳の帰途、両足爪先の痛みを訴えてリーダーを困らせた私は、数日後、とあるドラッグストアで「銅+アルミ配合による電気刺激効果抜群!」という歌い文句の「筋肉保護伸縮テープ」なるものを見つけ、もしやこれが次回山行時の秘密兵器として強い見方になってくれるのでは、と秘かな期待を抱いて飛び付いたのでありました。
●いよいよ明日は燕岳へという前夜、同行の皆さんと共に肩、背中、大腿、ふくらはぎ、足の裏と、体中いたる所にペタペタと貼りまくり、勿論最も心配な爪先も、1本ずつ丁寧にテープでくるみ、これで安心、地図上いかにも恐ろしげな、あの三股の下りもこれでなんとかなるのではと、いざ決戦に備えたのであります。
●結果は? 可憐な花々と清らかな流れに囲まれながらの一の沢コースに変更になった(コレハ、ホントニアリガタカッタ!)にも拘わらず、帰宅後の数日間というものスリッパも履けない有様で、哀れな親指の爪は紫から黒へと変色して現在に至っているのです。
(例のテープの名誉のために付け加えれば、お蔭で今回は筋肉痛がほとんどありませんでした)
●何人かの方も履いているローバー軽登山靴で、何故私だけ毎日こういう目に遭うのか?
●カモシカスポーツのOさんの診断によれば、ローバーは元々皮革が柔らかい方だが、購入後1年2カ月とは思えないほどクニャクニャになっていると首をかしげ「この靴では日帰り登山はともかく、長い山行は一寸無理なのでは」ということになりました。
●それを聞いてナルホドと私はむしろ納得してしまったのです。
●思い起こせば1年2カ月前、あの豪雨の北八ヶ岳で、新品のローバーは芯から底までたっぷり水を含み、完全にふやけてしまったのでした。耳まで酸っぱくなる程「運動靴、運動靴」とのリーダーの教えに背いたバチが今ごろこんな形で現われようとは――。
●ま、今までのモヤモヤした疑問が晴れ、一歩前進したのかな、と思っています。
●ローバーご愛用の皆様、呉々も雨には御用心を!!――


■Y.中西さん――1996.9.11
●郵便受けから「糸の会・伊藤幸司気付」という封筒を取り出したとたん、「やっぱり! 先生は登山教室を持ってはってんワー」と、他の郵便物には目もくれず封を切りました。
●気が急いて、ゆっくり読めないまま、ざっと目を通してみて「言うてみるもんやなあ」と思いました。それは、そごう(八王子そごう&多摩そごう)の国師岳をキャンセルした時、都留さんにTELで、伊藤先生の主宰なさる登山教室はないのかしら、と話したからです。彼女が私の気持ちを伝えて下さったのかしらと思ったらそうではなく、先生が自発的に送って下さったと知り、これまたうれしくなりました。
●すぐに19aを申し込みたくてうずうずします。でも、迷っています。実は15〜16日と北岳に行くことになっています。自分でも「突然なぜ?」ととても不安です。ブナの林の中を歩く方が、私には向いていると思いますし、北岳をキャンセルして、檜洞丸にしたいのですが、もう少し早くこの案内が届いていてくれればと、悩んでいます。


■I.甲谷さん――1996.9.13
●今度こそaコースだけでも続けて参加しようと思っていたのですが、調子があまり良くないのと、雨がふりそうなので、申し訳ありませんが、キャンセルさせて下さい。


■K.奥田+T.井上さん――1996.9.13
●明日の山行(檜洞丸)は、天候により欠席するかも知れません。集合時間に不在の場合は欠席と判断して下さい。


■K.吉沢さん――1996.9.14
今日は参加しなくてどうもすみませんでした。非常に楽しみにしていたのですが、今朝も夜明けから天気を聞いたりして、1日中雨という予報で、出発時間まで迷い、結局やめてしまいました。
●東京は11時頃太陽が少し差したりで、行けば良かったと思ったり、雨が止まないのでこれで良かったのかと思ったり、1日中落ち着かない気持ちで過ごしています。連絡しなくてすみませんでした。


■T.都留さん――1996.9
●先日は当日になって欠席してしまい、大変申し訳なく思って居ります。朝5時に起きましたら八王子は大変な雨で、家人に止められて泣く泣くまた、床の中に入ってしまいました。次の折には雨にも負けず出席いたしたいと思っていますので今後ともよろしくお願いいたします。


■Y.春日さん――1996.9.26
●ハートレイトモニターグラフを送っていただきありがとうございました。
●自分では心拍数をコントロールしながら歩いたと思っていたのですが、鈴木様との乖離差からみるとその効果はでなかったようです。しかし、変動傾向は2人共似ているので、まるで地形図の等高線上を動いているように思えます。いい登山記録になるなアと思うものです。160(毎分160拍)台が続くとかなり苦しい登りになります。150台ではほどほどのつらさ、140台ではいい登りと感じております。
●この苦しい登りが今の私の悩みですがこれが心拍数から起こっていると知って、歩き方に問題があることに納得しました。
●心拍数を落とし、汗をかかずに歩くことが身につけば「自分の山歩き」が見えてきそうに思えるのです。


■K.磯部さん――1996.9
●早朝発の常念岳への行動では大変ご迷惑をおかけしてしまって申しわけありませんでした。大体夜歩行が下手なのでしょうか、よくわかりません。
●その時の現象を参考に申し述べておきます。後日ご教授いただけますならば幸いです。
●歩きはじめて早々から、すぐ後ろの女性の方が親切心からでしょうと思いますが、何となく私の足元近くに灯火先をあてて下さっていたのですが、私の脚の影で自分の足元が全く見えない有様でした。1.5m位前を歩く伊藤義子さんの足元の段は私にもよく見え、伊藤さんが実にゆったりと足を運んでおられました(伊藤さん自身は無灯火)。私がそこまで歩んで段を登ろうと思っても、適格な歩幅の判断のなさもあるのでしょうけれども、その位置に近づきはじめると前述の脚の影で全く不明となり、足で2、3度さぐっては岩石にのせたり、爪先だけが載ってしまったり、また、バランスも極めて不安定となり、一歩目は仮に載っても2歩目の予測がつかない始末で、急登あるいは長距離時の疲労とは全く異なるひどい疲労感におそわれ、このまま続行したら動けなくなると思って、「すみません、足のかげで見えないんです」といってしまいました。また具合が悪いことに(親切心からでしょうと思いますが)点け放しでしたので――全く時々、自分のライトを照らしはしましたが――、脈拍計を見てみればよかったと反省しています。
●私が言ったその返事として「すみません」と言われて、灯火先をご自身よりになおしていましたので、意識しておられたのかもしれません。
●ただでさえ、はじめの20分はしんどいのに、斯様な有様でしてすっかり参ってしまいました。3、4年前でしたか、長距離ナイトウォークに2度参加した折に体験しましたので、私はもし灯火するならば、全く自分の足元か、または少しうしろ側に照らすようにしていました。


■M.清川さん――1996.10.1
●数カ月前より幾度となく、前哨戦と称する設定がなされて、乗り越えなければいけない課題のようだった「赤岳」は、さわやかな秋晴れのもと、実に美しい山歩きでした。懸念のクサリ場も、ロープを動かすことに気がいき、恐さを感じるゆとりがありませんでした。これも、晴れて風もないという、天候に恵まれたおかげでしょう。
●雪化粧した富士山をはじめ、360度の素晴らしい展望を味わうことができ、本当に幸せでした。また、赤岳鉱泉の格別贅沢な就寝環境も、快適な山歩きができた要因のひとつだったと思います。
●赤岳から下る途中、振り向き仰いだ岩稜の大きさ、忘れられません。
●阿弥陀岳へも登ることができ、帰りの温泉と引き換えでも十分満足できました。
●行者小屋からの沢沿いの下りも、黄葉の樹林のなか、気持ち良く歩くことができたのは、行者小屋の味噌ラーメンのおかげでしょうか……。
●大変お世話になり、ありがとうございました。[祝*糸の会発足1周年] 2年目も引き続きよろしくお願いいたします。


■K.西沢さん――1996.10.2
●ハートレイトモニターのチャート昨日受取りました。ありがとうございました。
●良い体験をさせて頂きました。自分をコントロールするには大変良い機器だと思います。
●登山中メモを取らなかった為、間違いかも知れませんが、思い付くままチャート上にメモ致しました。これは余談ですが、鈴木様の上下動があまりにもはっきりしているのに驚きました。やはり鈴木様はお若く心臓がしっかりしているという事でしょうか。
●さて、私の足の問題ですが、この痛みは背骨から来ているようです。腰椎の下から4番目が曲がっており、それが神経を脅かしているのではないかとの医者の診断です。痛みがなかなか取れないようであれば再検査するとのことです。大変なショックであり、大変残念なのですが暫く山行は見合わせざるを得ません。取りあえず、10月12日の御前山をお取り消し頂きたくお願い致します。それ以降につきましては追ってご連絡申し上げます。


■Y.宇田川さん――1996.10.9
●秋の尾瀬の素晴らしさに、大感激いたしました。
●ダブルストック使用のためでしょうか、足の筋肉痛は全く感じず、これからの山行には持ち物として持参しようと思いました。


■Y.中西さん――1996.10.13
●どんな方々がいらっしゃるのか、多少気にしながらの初参加でした。よく歩いている健脚の方が多いなあと、登りがきつくなると、その都度感じました。
●事件(?)が起きても、静かにいつの間にか解決されているという信頼感も感じました。
●それと、目さえ慣れれば、夜空というのは、意外と明るいということを知りました。それにしても、最後は夜陰に乗じて逃れようとする落ち武者を追っかけているような気分で、はやく追いつきたくて、歌など歌いながら勢いよく歩きましたが、それがまた、けっこう楽しくもありました。
●温泉もおそばも横目に、帰路をたどりまして、家には8:50に着きました。


■A.田中さん――1996.10.22
●御前山での怪我についてご報告します。診断名「右小指中節骨々折」。レントゲンではこの様になっています。この辺の骨が剥離したのではないかとの事でした。現在は湿布と副木による固定をして居りますが、何かに当たらなければ痛みも感じませんので不自由さを我慢しながら普通の生活をして居ります。当分は経過観察のために週1回の通院です。


■T.都留さん――1996.10.30
●先日は御前山に参加させていただきありがとうございました。
●糸の会の皆様がどんな方々か解らないまま、とても不安な参加でしたが、何とか無事に山を下りることが出来とてもうれしく、少し自信もつきました。中西さんも一緒でしたので、糸の会の皆様ともすぐ言葉を交わすことも出来、楽しい1日を過ごせました。
●班のリーダーを務めて下さいました田中さんは帰り道、手におけがをしましたのに、とても明るく、多摩湖畔では歌など唱って元気を出しましょうと、暗いのでその力も借りて大声を出し、歌いながら歩きましたら、とても、又、新しい元気が出るものですね。
●ダブルストックの件です。初めは手がうまくおさまらず少々苦労しましたが、だんだん馴れれば左右上手に入る様になり、登り始めのきつい坂道もなんとか皆様について行けました。
●歩く調子とストックがうまくかみ合って歩ける様な感じになりましたのは1日の終わる頃でしたが、登りも下りもとても手の力を使えば楽な歩きになる感じがしました。
●自然な全身運動につながる様になると思いましたが、時々だらりと両手をさげると後に続く方の迷惑になるのではと心配しました。手を振る先にストックがあると云う自然な気持ちが持てるとしめたものだと思いました。
●少しすべり気味の下り道も何の不安もなく歩けたのはダブルストックのおかげだと思いました。これからストックの力も借りて少しずつ山に登りたいと思っています。1日中お借りしましたストックありがとう存じました。


■H.加瀬さん――1996.10.23
●先日のスペシャル尾瀬は大感激の連続でした。御世話様になりました。
燧ヶ岳の登山がなければ、回りの山々もあのひろーい尾瀬ヶ原の秋景色も違ったものでした。秋の景色を独り占めと思ったのは私だけでしょうか。
●帰宅後、友人に尾瀬から戻りましたよと話をしましたら、月曜日の8時頃何処にいたの(?) TV朝日で尾瀬ヶ原を中継していて、細い線がみえて、そのうち木道だとわかったの。人影も見えたのでしっかり画面を見つめていたらペアでした。団体さんではなかったわ。でもすごーいきれい、と感激していました。白砂湿原で朝食後まもなくヘリコプターの音がしていたのはTV中継でした。
●御池のバス停でカメラを持っていたオジサン(?)は年14回は尾瀬に来るとの事でした。
尾瀬は皆を魅力する所なのですね。
●写真の出来上がりが楽しみです。


■T.林さん――1996.10
●先日は「尾瀬」に参加させていただきました。ありがとうございました。
●はじめてお会いするメンバーと、はじめての山小屋泊り。他人の中で、自分は、どのようにできるのかを、ためしてみたいというきもちもありました。
●尾瀬の風景は、すばらしかったですね。ほんとうに。
●山に行ったときに思うのは、自分が軟弱である、ということです。たとえば、山でのトイレがこわい、とか、歯みがきの水がたりない、冷たい、とか、手が充分に洗えないと疲れる、とか……。常日頃、なるたけシンプルなくらしをしよう、とか、ものを多くもって生きるのはやめよう、とか、頭で考えているわりには、全くもって、軟弱だということをいつも知らされます。
●足腰がよわいとは決して思ってはいませんが、精神的にもろいです。もっとかっこよく、人間の基本的な生活を、さり気なく、さり気なく、できるような人になりたいと、私は考えていますけれど。
●日常のくらし方が軟弱といえば、軟弱なのでしょう。ほんとは何日もお風呂に入らなくても平気とか、下着をとりかえなくても平気という人に、私は憧れていますが……、その辺のところが、全くだめです。選択の問題だとは思いますが。
●尾瀬のあと、10月10日〜11日と、1泊で北八ヶ岳に行ってきました、夫と息子(22歳、大学生)の3人で。茅野駅→渋ノ湯→高見石→白駒池→高見石小屋泊。イエス・キリストみたいな御主人はるすでした。翌日は中山→天狗岳→黒百合ヒュッテ→渋ノ湯(温泉に入り、ビールで乾杯)→千葉、というコース。
●山小屋で働いている人とオシャベリしたりドブロクをのんだり、若い1人で来ていた女性ともオシャベリしたり、しあわせなことに、山小屋ではぐっすりと眠ることができたり。――但し、トイレは、ホント、ふるえました。
●中山でみた山々の素晴らしさが、最高でした。空と、雲と、山々と、木々と、そして、点みたいに小さい我々と。――かもしかもみました。
●山はとてもシンプルですネ。お水と、小さいおにぎりと、あめ少々。何ももたずに歩くのみ。自分の感情をすなおに表現できる。ころんだり、すべったりして、ぶざまでもある自分。ほんとはかざりなど、何もいらない。山はたのしい。木のにおいと、風のにおいと、水。そしてみんな素直だから「みんな好き」と思ったりする。
●人間はみな、よわくて、小さくて、ぶざまですヨネ。そこが良いのでしょうか。


■K.西沢さん――1996.11.6
●腰椎からの下肢の痛みはなかなか解消いたしません。かなり快方に向かってはおりますが完全に痛みがなくなるまでにはもう少し時間がかかりそうです。ある程度の痛みがあっても思い切って出掛けてみたらとも思うのですが(腰椎のダメージを知らなかった時はもっと痛くても歩いていたのですから)、一度この様な体験をし、時間的ブランクができますと不安が先立ちだいぶ臆病になります。もう少し時間をかけたいと思います。
●最も紅葉の美しいこの時期、山に行けず残念でなりません。「頑張ってしまった結果、体にきたしわ寄せ」と深く反省しながら先生の『初めての山歩き』を勉強しています。そして、できるだけ早く参加できる日を楽しみにしています。


■K.山川さん――1996.11.7
●瑞墻山の山容を絵葉書で見て是非行って見たいとずっと思っていました。
●10月27日早朝、5時25分に宿を出発。
●夜空にオリオン座や北斗七星が輝く下で準備運動は始まり、早朝と言うよりは夜と朝の間と言った方がピッタリで、冷たい空気に背筋をシャンとさせて歩きだしました。2、3日前十三夜だった月が私たちを背後から照らしている中を予定の山道ではなく車道を行く事になりました。
●歩きはじめて間もなくうっすらと明るくなりはじめてきました。紅葉が美しい! 靴底で落ち葉をカサカサと踏みながら、また木々からはハラハラと散り、舞い降りる落ち葉を頭や肩に受けながら「ウ〜ン、私は秋の……」これは書くと笑われそうなのでやめます。
●途中松谷川に下り橋のそばで朝食、増富温泉を出発した時より気温がずっと下がっているようで温かいうどんが冷えた体にうれしい温もりでした。
●瑞墻山荘からは登山道、富士見平までの回り道から見た荒々しい岩の山容が特別美しく見えました。なんて大きな岩の山なんでしょう。黄葉した木々も山の美しさを際立たせています。
●桃太郎岩という大きな岩も途中にありました。山頂まで巨岩ばかりが続きましたが思っていたよりは歩きやすく感じました。頂上からは八ヶ岳や南アルプスの山並みも見ることができ、すぐ目の前には南面のような岩山がそそり立ち、この絶景には大満足でした。また下りの道より望む瑞墻山は光の加減でしょうか、朝に見たのとはまた違った感じで楽しませてくれました。
●予定より25分遅れで瑞墻山荘前より車で増富温泉まで紅葉に歓声を上げながら戻りました。ゆったり温泉につかりタクシーを待つ間の皆さんとの楽しい会話の後、鈍行で新宿に帰ってきました。
●今回下山時に富士見小屋あたりから左膝が痛くなり、右手のストックを左に持ち替えて歩きました。次回はダブルストックでと思いました。ただ歩いていて前の人とある程度の距離を空けてストックの向きにも十分気をつけなければいけないと感じました。これからも膝の痛みを抱えながらも永く山歩きを楽しめたらと思いました。
●最後に今回の教訓「ため息つくよりストックつけ」は名言でしたね。次回の登山はどんな名言が生まれるのやら楽しみにしております。


■K.山川さん――1996.11.13
ダブルストックを購入して、今回本格的に使用しました。
●倉岳山は中央線鳥沢駅よりすぐ歩き出しました。かなりの高さにかかっている虹吹橋より川面を見下ろしたりしながら約2.5キロはアスファルトの道でした。貯水池辺りからが山道です。軽い食事の後、ストレッチをして登山開始。
●手の動きに足はどう付けるの? 手と足は同じに進めるの? それとも足踏みと同じに手足を左右違えて進むの? 登りと下りの時は? といろいろ試してみました。平坦な道は、足は2拍子、手は1拍子、急登は手足ともに1拍子。登りはストックを身体のやや後ろに突き、下りは前に突き、ストックの頭を掌で持ちました。
●歩行距離は10キロほどであまり長くはなかったのですが、雨上がりで道はけっこうぬかるんでいて滑りやすく急登もありましたのでストックに随分助けられました。尾瀬で使用した方に翌日筋肉痛が無いのよと聞いていましたので効果を期待していました。という訳で今回私もそれを実感することができました。腕の筋肉が痛くなるのではと懸念していたのですが心配無用でした。
●メンバーの中には、今筋肉を鍛えている最中なのでストックは使いたくないと言う方もいらっしゃいました。外国ではトレッキングにダブルストックは常識になっているとも聞きました。あとはスノトレを用意できれば足ごしらえは万全です。


■Y.中西さん――1996.11.27
●天気予報を裏切ってよい晴天となり、あこがれの雲取山は、やはりこんなにいい山であったかと感激致しました。紅葉(黄葉)していればそれはそれで声を出して喜んだでしょうが、裸木の為、山は明るくて、遠くも見えて、冬の為に準備しているような山の気配など、とてもよかったです。コースや季節を変えて、また登りたいと思います。小屋ではおふとんの敷き方を先生のおっしゃる通りにして、独りの空間が確保できて、朝4:30まで、よく眠りました。先生の方は遅くなった為かうまくいかず、眠りにくかったということですが、お陰様で生徒のありがた味を味わわせていただきました。
●澤の井で話をしたとき、私の水筒について、肩からさげていると危ないし、休み時間まで水を飲まないでいられるようにならないといけない云々と、注意をしていただきました。
●それには小屋の朝食の時に3杯ぐらいは、とにかくたっぷりと水分をとってから出発する、あるいは3日前から水分をたっぷりととっておくこと、などといわれました。
●もともとお茶飲みなので、家にいる時は2〜3リットルは飲んでいます。小屋では、水は不自由なので、朝はご飯の後1杯いただくのがやっとと思いました。私のあのアルミの水筒は900ml入ります。歩きながらも飲んでいますが、1回30ccくらいでしょうか、口をしめらす程度を何度もですが、翌朝までありました。バテない為には、飲みたい時に飲みたいだけ飲む方がいいとも聞きましたが、歩きながらも時々、お茶を飲めるようにと水筒をぶらさげて出かけるときは、やはり身に余る山かな? と心配が先立つ時なんです。
●往きの電車ですが、八王子を6:57の八高線で、東飯能7:41、8:08の西武に乗り換えました。その待ち時間内に1本鈍行がありました。8:08は満員でしたが、各駅に止まりました。それなら、1本前の鈍行で行って、正丸峠くらいで、次の電車に乗り換えると、その電車もすいてくる頃ですし、三峰口にも乗り入れるので便利なんだと分かりました。ずっと独りでしたので、バスの乗り場で先生の姿を見つけた時は、本当いってホッとしました。しかし、待つ人の列があまりに長いので、いっしょに乗れるのか、続行が出るのかなど心配しましたが、続行が出たのでなんとかなると、座ってゆられていました。下りたら、小池さん(女性)を見つけてまた、ホッ、そのうち何人かみつけてヤレヤレ。それにしても少ないなあと思っていたら、頂上でまた何人か。こうして三々五々の集まりとなるのだナ、と、自由と自立を感じました。
●荷物が重くて、新しいリュックで勝手がわかりにくいせいもあって、腰が重苦しい感じがしています。この時にギクッとならないように、そろりそろりと、昨日おとといと暮らしてまして、今日はほぼ解放されました。でも寒くなりましたので、やっぱり用心のため、貼るカイロのお世話になっています。
●早速、都留さんに電話してうらやましがらせてあげました。


■M.佐藤さん――1996.12
●瑞墻山、雲取山と参加させていただきました。どちらも、3、4回登った山ですが、時間をかけたため山を見回すことができ、初めて登ったような印象さえ受けました。
●時間をかけ、じっくりと登る山もいいものですね。
●さて、私の会社の人で曽根という方がいます。今まで全く山に登ったことはありません。私が山に行くことを知っているため、先日本人から「山に登りたい」との相談を受けました。そこで「糸の会」の話をしたところ参加したいと云っております。
●とりあえず本人のみの参加となりますが、来年4月ころからは奥様も参加したい意向です。
●「糸の会」も70人ほどの大所帯となり、伊藤様は大変だと思いますが、曽根氏の希望がかないましたらと連絡文を差し上げました。


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