三洋化成ニュース・月1回の山登り9……足まわりの危機管理システム
………2003.9



●三洋化成工業株式会社「三洋化成ニュース」2003年秋号 No.420(2003.9)




●写真番号2003.3.18-213
●標高わずか337mながらマッターホルンと呼ばれている房総の伊予ヶ岳。尖った山頂部分には急な道があるので「靴より歩き方」の練習。




●写真番号2003.5.28-228
●奥多摩の本仁田山から川苔山へと続くやせた稜線部分。こういう場所で歩き方を観察すると、どの程度の岩稜まで歩いてもらえるかの見当がつく。




●写真番号2003.4.26-306
●大台ヶ原から2日がかりで大杉谷を下る。手すり状のクサリがしっかり着けられているので、ふつうの運動靴で問題ない。




◆いまや運動靴の宣伝係

●私が最初に書いた山歩きのノウハウ本は1987年の『初めての山歩き』(主婦と生活社)でした。これは99年に(ほとんどそのまま)新版となりましたが、そのジャンルでは異例のロングセラーといえます。
●で、本題ですが、その本で靴の選び方をこう書いています。
●――履く靴によって歩き方は変わるだろうか。
●結論から先に言うと、平地で“走れる靴”と“走れない靴”とでは、歩行感がだいぶちがう。足さばきが違ってくるのだ。しかししょせん歩くのは足であって、靴ではない。
●スピードを上げるにはしなやかで軽い靴がいい。山でスニーカーを履いてみると、その開放感たるやすばらしい。昔強力さん(ポーター)たちが地下足袋を履いていたが、あれも軽くてしなやかな靴といえる。最初はちょっと痛い思いをするが、おかげで、歩き方がていねいになる。――
●98年に書き下ろした『がんばらない山歩き』(講談社)では運動靴のすすめから、登山靴の否定へと調子を大きく変えています。
●――サスペンションであるヒザをまもりたいなら、まずは「バネ下重量」を軽くできる、しなやかで軽い靴をはいた方がいい、と私は提案するのだが、平地を歩きやすくした軽登山靴やトレッキングシューズ、ハイキングシューズなどが、どれもこれも、軽快さより4WD的重厚感というコンセプトになっている。それが多くの人のヒザを痛める遠因にな6六月に発売なった『ゼロからの山歩き・もっとゆっくり登りたい』(学研スポーツブックス)では「やっぱり登山靴は足によくない」という章まで立ててしまいました。

◆なぜ、足首の保護なのか

●――登山靴にも一分の利があるとずっと思っていたのは、やはり一般にいわれる足首の保護機能を無視できなかったからである。感覚的には、本来の重登山靴がもっているようなギブス機能(斜面につま先だけ引っかけて立つときに、靴底を曲げないで、かつ足首を直角に保てるようなクライミング適応機能)を半端に引きずっているのだろうと思っていた。
●が、そうではない。靴底の堅い靴は、ちょうど下駄で悪路を歩くときのように地面の突起を踏んだときに振られやすい。だから登山靴で歩くときには突起を2つ踏む(設置点を線状にする)か、3つ踏む(面としての設置条件を整える)といった注意が必要だった。そういう余裕なしに歩くと、不用意に足首がひねられる。
●つまり靴底を堅くするということは、登山道で足首を痛めやすいということなのだ。その保護機能として足首を深く包んでおかなければいけなかったのだ。――
●理系の読者の皆さんにはこういうたとえではどうでしょうか。
●安全意識で4WDの車を運転するひとが、もしスリップしないため……などと考えていたら大間違いです。平地や上り坂でスリップしにくい4WDは、その機能を大幅に失う下り坂で、オーバースピードになりやすいのです。つまり未熟なドライバーにとって、4WDは安全なところでの安全係数が高く、危険なところでの危険係数も高い車だといえるのです。
●スポーツカーと4WD車、ランニングシューズと登山靴。私には同じようなユーザー心理が見えてきます。

◆歩きながら休めますか?

●靴から足に危機管理的な視線を移してみます。初心者と熟練者の足運びで決定的に違うのは、休み方ではないでしょうか。
●初心者は歩いているときが仕事中、止まっているときが休み時間というふうに考えています。だからバテてくると立ち止まって休もうとするのです。
●ところが足は、動いている/止まっている、というほど単純ではありません。素朴に考えても右足と左足とで仕事を分担していますし、曲げたり伸ばしたりするときには必ず、縮む筋肉に対して伸ばされる筋肉があるわけです。さらにヒザの上の筋肉と下の筋肉とではどう考えても役割が違ってくる。
●しかも筋肉中には、酸素を取り込んで持久的な仕事をする筋肉繊維と、無酸素で大きな力を発揮できる瞬発力に富んだ筋肉繊維があって、それぞれ仕事を分担しているといわれます。
●ストレッチングなどをきちんとやると筋肉を細かく個別的に感じることができるようですが、多数の筋肉が仕事を分担しながら歩いているということが、多かれ少なかれ分かってきます。
●たくさんの筋肉が緊張と弛緩を繰り返しながら、連係プレーで足を動かしている……と考えれば、歩いている間にも、筋肉はちゃっかり休んでいるともいえるわけです。一般に、好きなことをやっていると疲れないといわれますが、歩いているときにも同じことを感じます。
●山歩きは、日常生活ではなかなかチャンスのない、足の筋肉たちと親しく語り合う時間だと考えて欲しいのです。平地を時速4kmで何時間歩けるか、という脚力を基本にして、その同じパワー(すなわち同じ時間)で日本の標準的な登山道を(平均傾斜から時速1kmになりますが)登る/下るというのは、単純な技術課題にすぎないのです。
●そしてそのとき、無駄な仕事を筋肉にやらせないために、重心位置を細かく調整して歩きやすいバランスを維持するには、柔らかくて軽い靴が圧倒的に有利なのです。


★トップページに戻ります