オートメカニック――1989年1月号 パーツうんちく学【3】バッテリーの巻(入稿原稿)


伊藤幸司のパーツうんちく学【3】バッテリーの巻────1989.1


●増えてきたトラブル

 JAFの統計によると、一般道路での事故・故障出動の約30%はバッテリートラブルであるという。1988年2月の1カ月間に全国の出動件数は約14万7000件あり、そのうちの4万4000件がバッテリートラブル。第2位だった。第1位は4万5000件のキー閉じこみだ。
 冬はさすがにバッテリートラブルが多い……と思ってはいけない。前年の夏、1987年8月にはバッテリートラブルは5万5000件。30%をわずか超え、キー閉じこみを押さえて第1位になっている。いずれにしてもJAFの出動の60%がこの2つの原因というのだから、困ったものだ。
 高速道路になるとバッテリートラブルはさすがに減って夏冬ともに約6%に下がる。しかし、ここでも夏がわずかながら冬を上まわっている。これはいったいどうしたことだ?
 古い常識からいえばおかしなことがもうひとつある。クルマ用バッテリーの平均的な寿命カーブを見ると2年目あたりに大きなピークがある。2年で人並みだ。
 ところが最近はもうひとつ小さなピークが1年目あたりに出てきた。クルマがようやく本調子になってきたところでバッテリーがヘタってしまうというのだ。困ったもんだといいたいが、困ったでは困る。どうなっているんだ?

●クルマ用バッテリーの進化

 積まれたバッテリーは、正確にいうと「自動車用鉛蓄電池」。ここではそれをクルマ用バッテリーと書いてきた。
 鉛蓄電池というのは充電可能な電池(これを専門用語で二次電池という。直流発電機より前に発明されたため電池から充電したので放電専用電池が一次、充電可能なものを二次という)の古典で、基本的な構造が確立してからすでに 100年以上を経て、現在もなお主流の座にある。
 小はポータブルCDに内蔵されるようになった厚さわずか5mmのものから、大はビルの非常用電源、大型コンピューターのバックアップ電源まである。容量でいえば 0.5Ah から8000Ah までと幅が広い。
 その中でクルマ用バッテリーは26〜200 Ah 程度の容量だから小型の部類に入るが、極板に使用される鉛の総量では鉛蓄電池の80%を占めるという。
 充電可能な電池はこのほかにもある。ニッケルカドミウム電池などアルカリ蓄電池には0.12Ah から1000Ah クラスのものまであり、大電流の放電特性がよく、過充電、過放電に強く、低温でも性能が落ちにくいという利点があることから、大型のものはエンジン始動用にも使われている。
 しかし、鉛蓄電池はなんといっても安い。乗用車用で 100gあたりの定価が140 円程度である。
 重量あたりのエネルギー密度ではマンガン乾電池程度だが、これはアルカリ蓄電池よりいくぶんすぐれているといえる。それで寿命が2〜3年。なかなかたいしたものである。
 寿命は使われ方によって違うわけだが、クルマ用バッテリーを充放電サイクルで 100〜400 回とすると、長寿命設計の産業用には1200〜2000回というものまである。
 クルマ用バッテリーの寿命がなぜ短いのかというと、太く短い生き方を要求されているからである。
 そのための進化として、一般に始動性能といわれるが、大きな電流を一気に流す高率放電特性が改良されてきた。あるいはメンテナンスフリー化が工夫されてきた。と同時に、鉛の極板が薄くなり、ケースが軽量化されて重さが60%程度以下になり、サイズもコンパクトになってきた。

●大きな電流を取り出すと容量が小さくなる

 電池はエレクトリック・セル、あるいはバッテリーの訳語である。正極、負極、電解液の基本構成がセルであり、セルを並べて実用的なセットにしたものがバッテリーと区別されるのが原則だという。
 電池が電気をためたバケツのようなものなら、1杯分をザーッと一気に流そうが、チョロチョロと長い時間流そうが、その総量に変わりはない。
 しかし電池は発電装置だから、生産スピードに限りがある。鉛蓄電池では、負極では活物質の鉛が希硫酸から硫酸イオンをとって硫酸鉛になり、電子を放出する。電子は電線を通って正極に加えられ、正極の二酸化鉛はそれに希硫酸から水素イオンと硫酸イオンをとって硫酸鉛と水になる。
 放電をつづけると希硫酸中の硫酸イオンが両極での硫酸鉛づくりに消費され、同時に正極で水ができるから、希硫酸の比重が下がる。
 この反応を早く進行させると、取り出せる電気の総量は小さくなる。イオンの補給速度が追いつかなくなることと、内部抵抗による電圧降下が大きいためである。
 たとえばクルマ用バッテリーはかつて「20時間率容量」をもちいていたが、これはある電流を20時間流して終期電圧10.2Vになるときの容量を表した。最近は「5時間率容量」がもちいられていて、乗用車用で最も一般的な[36B20R]というバッテリーは20時間率容量が35Ah であるのに5時間率容量は28Ah になっている。
 これは 1.75 Aなら20時間連続して取り出せ、 5.6Aなら5時間ということである。このとき20時間率容量は5時間率容量の1.25倍あり、逆に5時間率容量は20時間率容量の80%しかないということだ。
 さらにこの5時間率容量に対して1時間率容量は約70%、10分率容量は約40%まで落ちる。10分率容量を11Ah とすれば、66Aの大きな電流を10分間取り出すことができるわけである。

●向上してきた始動性能

 しかしこれでもクルマのスターターは動かない。スターターが必要とする電流は夏は 100〜250 Aといわれ、冬は 150〜300 Aも必要になる。スターターはエンジンの圧縮抵抗と摩擦抵抗を押し切って50〜100 回転させなければならない。温度が下がる冬期にはエンジンの抵抗が増加するからである。
 このような大電流の放電は「高率放電」といって、クルマ用バッテリーでは−15℃の温度条件での持続時間と5秒目電圧を定めている。[36B20R]では 150A放電で 6.0Vに下がるまでの放電持続時間が 3.5分以上、5秒目電圧が 9.2V以上と定められている。
 150 Aぐらいの放電になると、電解液の温度低下による電圧の降下も大きく、25℃から−15℃に下がると電圧は1V落ち、−30℃になるとさらに1V低下するとみていい。冬のバッテリー上がりは、エンジン抵抗の増大とバッテリーの内部抵抗の増大とが重なって起きやすいのだ。
 また、SAE(米国自動車工業会)ではバッテリーの始動性能を−18℃のとき、30秒目電圧が7.2 Vに落ちるまでに取り出せる電流量を採用している。それによると[36B20R]は 200A以上を取り出せることがわかる。この「コールド・クランキング」電流は、5時間率容量の大小と関連している。
 バケツの水をバシャッと流すような高率放電は、クルマ用バッテリーの役割としてもっともだいじなものであるにもかかわらず、鉛蓄電池としては特殊な使い方であることがわかる。
 そのためにクルマ用バッテリーはスタンダードなN系列を→NS→NT→NXと、始動性のよいものにしてきた。N系列の極板枚数を増やして始動性能をよくしたのがNS系列。極板の間にはさむセパレーターを低抵抗にして始動性をさらに上げたのがNT系列。それに加えて極板の枚数を増やしたのがNX系列である。
 これはあくまで始動性能(高率放電特性)の改良で、最高の始動性をもつNX系列になると、極板を限度まで詰めこんで反応面積を大きくした代わり、電解液の液量に余裕がなくなり、過充電に対してデリケートになっている。

●メンテナンスフリー化

「36B20R」(36B20L)というバッテリーにはなじみのない人がいるかもしれない。これはJIS の旧名称で[NS40Z]とよばれてきたものである。
 このバッテリーはなんと2800ccのソアラから550 ccのアクティ、ミラクラスにまで載せられている。そういう意味でスタンダードなバッテリーである。
[36B20R]の最初の36は性能ランクで、これは5時間率容量に始動性能係数を1.0 、1.2 、1.3 、1.4 、1.5 の5ランクに分けて掛けたものとしている。つまり5時間率容量が同じでも始動性によってこの数字は50%までふくらむということである。
 ついでにJIS名称の読み方について触れておくと[36B20R]のB20というのはバッテリーの大きさを表すもので、アルファベットは幅×高さをくくってある。従来のバッテリーのどれに相当するかという日本的な規準であって、たとえば、

A────12N24相当
B────NS40ZA、NS40Z相当
C────N40相当
D────N50相当
E────N100 相当

とつづく。B20の20は長さの概数をcmで示している。
 最後にくるRはLと対になっていて、端子の並び方を表している。
 表示がシンプルになったことで、素人にはわかりやすくなった。同じサイズで性能ランクの大小を簡単に選べるからである。始動性のところでのべたN、NS、NT、NXといった系列名称も、もう知っている必要はない。
 むしろ、これからはメンテナンス性によってバッテリーを選ぶ時代だろう。
 これもクルマ用バッテリーの進化のひとつなのだが、現在は4種類の電池があると考えていい。

(1)標準バッテリ────完全充電状態で1日1%程度の自己放電があるので1〜2カ月ごとに補充電が必要。また1〜3カ月に1回の補水が望ましい。
(2)LM(ローメンテナンス)バッテリ────極板に低アンチモン合金を採用して自己放電を(1)の1/2 に減少せさせたので、補充電は3〜4カ月ごとでいい。また液減りも(1)の1/2 に抑えたので、条件によっては1年間無補水が可能。
(3)MF(メンテナンスフリー)バッテリー────極板にアンチモンを含まず、鉛カルシウム合金を採用して自己放電量が(1)の1/3 〜1/4 になったため、充電後放置しても6カ月から8カ月ごとの補充電でいい。また液減りも(1)の1/3 〜1/5 のため、条件によっては2年間無補水が可能。これは充電終期に出る酸素と水素をバッテリー内部で水にして外に出さない仕掛けにしてある。
(4)シールドバッテリー────(3)のバリエーションで液もれのない構造にしたもの。横だおしにしてもよく、補水不要。

 これらのメンテナンスフリー化は、当然その性能表現として保証期間の拡大になり、現在では「2年または3万km保証」のものまで現れている。

●車は電気で走っている

 しかし、そのような長寿命化の努力も、必ずしもバランスのとれたものとはいいがたい。
 クルマ用バッテリーの環境が特殊なのは、大電流の短時間の放電と小電流の継続的な放電を両方要求されるところにある。
 たとえば産業用の据置蓄電池では緩放電タイプと高率放電タイプとを用途に応じて使い分けている。
 機器の操作・制御や電話・通信などで比較的長い時間電気を供給する場合には緩放電タイプがよく、長寿命設計によってコストパフォーマンスを追求している。
 他方、非常用電源など放電時間が短くてすむ用途には高率放電特性のすぐれたものにする。小さい容量ですむから経済的だという考え方である。
 クルマ用バッテリーは、これまでは一発始動の能力が大きく取り上げられてきた。ところが最近のクルマの電動化はたいしたものである。窓ガラスがスイッチひとつで上下するだけでなく、頭上のルーフもスイッチ・ポンで開いていく。
 カーエアコンも、暖めたり、冷やしたりするだけではなくなって、じつに心地よい人工風をつくりだす。その仕掛けのために、昔のものよりずっと多くの電気を使う。
 それらの電気はエンジンの回転から発電機(オールタネーター)によって取り出されるわけだが、オールタネーターの出力が50〜60Aとして、それを超える電流が消費されることも多くなった。そのときにはバッテリーから電流が補われる。
 発電量が消費電流を上まっているときには、電圧調整器(レギュレーター)によって13.8V程度の定電圧充電をおこなっている。こうすると充電終期にバッテリーの電圧が公称値の12Vを超えると電圧差が小さくなるため、小さな電流で不足分だけを充電するようになる。それを浮動充電という。
 しかし通常の電流消費量が発電力を上まわっていると、バッテリーは完全に充電されるチャンスがない。
 およそどれくらいの電流が必要かはクルマによって違うし、ドライバーによっても違う。そこでその目安を一覧しておこう。単位はアンペア。(取材協力先のデータによる)

*エンジン電装品
◎スターター──────────90〜190
◎イグニッション───────── 5〜10
◎冷却ファン(電動)─────────15

*シャーシー電装品
◎ワイパー─────────────2〜3
◎ホーン─────────────── 3
◎ヒーター──────────── 3〜14
◎エアコン─────────── 10〜20
◎パワーウインドウ────────── 5
◎ドアロック(電磁)───────── 7
◎電動ミラー───────────── 3
◎リヤウインドウ・ヒーター────8〜10
◎ラジオ────────────── 0.6
◎ステレオ──────────── 2〜5
◎シガーライター─────────── 8
◎空気清浄器──────────── 1.7

*ランプ類
◎ヘッドランプ(ハイ)───── 10〜18
◎ヘッドランプ(ロー)────── 6〜12
◎フォグランプ−───────── 6〜10
◎パーキングランプ────────1〜1.5
◎ウインカーランプ───────── 1.8
◎テールランプ─────────── 0.4
◎ストップランプ──────────5〜9
◎ライセンスプレート・ランプ──── 1.6
◎ルームランプ−─────────── 1
◎メーターランプ─────────── 3

 車内空間の居住性をよくするために電化をすすめるには発電機の出力を上げるのが本筋だが、選択的に使われる機器が多いのでバッテリーから“貯金”を引き出すかたちになる。
 たとえばオートマチック車の場合、停止時にドライブレンジのままブレーキを踏むと、エンジンの回転数が落ちて発電量が落ち、逆にブレーキランプの消費分が増える。そのときエアコンがついていたり、ヘッドランプが加わったら、バッテリーの“貯金”はそうとう減る。
 おまけに、エンジンから足まわりにまでコンピューターが活躍する最近のクルマでは、キーを抜いた状態でも一定量の「暗電流」が流れている。これも1カ月間乗らないというような場合、バッテリーの自己放電と合わせてバカにならない。
 このような新しいクルマに対して、充電能力やバッテリー容量が十分かどうかを一度チェックしなくてはいけない時期にきている。
 クルマがまだ新車状態でバッテリーが上がってしまうという事故が現実に起きているという。使い方が悪いといえばそれまでだが、新婚時代に離婚というような異常な状態であろう。
 そういう意味では、高性能バッテリー(始動性能がいい)を積むより、容量(5時間率容量)の大きなバッテリーを積むほうが合理的なのかもしれない。あるいはまた、高率放電性能の高い始動用バッテリーと緩放電性能にすぐれた長寿命バッテリーの2本立てという方法もあるかもしれない。
 クルマの電化もいいが、足元を見直す時期にきているということだ。
〈取材協力・日本電池、湯浅電池〉


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