オートメカニック――1989年10月号 パーツうんちく学【12】ガソリンの巻(入稿原稿)


伊藤幸司のパーツうんちく学【12】ガソリンの巻────1989.10


●品質の、困ったバラツキ

 あるラリードライバーの場合、ガソリンの違いがエンジンの調子でわかるという。
 たとえば、調整を終えて送り出したくるまの調子がまったく違ってしまう。メカニックは、エンジンはどこもいじっていない。もしや……ということでガソリンを抜いて入れ直したら、一発で元の調子に戻ったというのである。
 そのドライバー氏にいわせると、レギュラーガソリンは給油所によるバラツキが大きい。ある特定のブランドなら安心ということでもない。そういう品質のバラツキにイラダチを感じないですむという意味で、プレミアムガソリンを入れるのが安心だというのである。
 オクタン価がどうの、走りがどうのという以前に、品質の安定のためにプレミアムがあるというのは、ちょっとショッキングな話だと思った。それでも、最初の話のようなことが、プレミアムにも起こりうるのだ。
 ぼくのように安いガソリンを入れそこねるとソンをしたように思うドライバーは、ガソリンによる走りの違いなんか死ぬまでわからないのだろう。
 しかし、これをくるまの“パーツ学”として考えると、放置できない問題だ。くるまが走る原動力はタイヤと燃料だからである。その一角が、確率は低いとはいえ崩れることがあるというのだ。
 しかもそれが、このメーカーのものなら保証つき……といい切れないというのだから、ガソリンとは不思議な商品である。看板と中身が違うことが、平然としてありうるというのである。ブランドに傷をつけられたメーカーは、どういう対応をしてきたのだろうか。
 たとえば高級なオーディオセットやパソコンが、そこにくる電気の電圧の変動や、周波数の狂いによって設計性能が発揮されないとなったら、ぼくらは電力会社に電話をかけて文句をいうにちがいない。
 高度な道具を使うためには、それにかかわるすべてのシステムが、一定のクオリティを保っていないといけないわけだ。自動車用ガソリンは何百万円もの道具を動かすにもかかわらず、ときおり「粗悪ガソリン」とやらが混入しているらしいのだ。
 いろいろ調べてみると、自動車用ガソリンの「品質問題」に「粗悪ガソリン」が出てくるのだが、これはおかしい。「ガソリン」と「粗悪ガソリン」の問題ではないのだ。○○印ガソリンと、それとすり替えられたニセガソリンとの問題のはずである。
 たとえば米国のパソコンメーカー、アップル社は、世界中どこで買った機械でも修理する。販売店がどうあろうと、製品のメンテナンスはメーカーが保証するという考え方である。アップル社がつくっているのはパソコンだからといって、問題をパソコンと粗悪パソコンとするわけにはいかない。あるとすればアップル社のパソコンと、そのニセ物という関係である。
 ニセ物といえば、たとえばカルチエの時計だとか、ルイヴィトンのバッグだとかが社会問題になった。粗悪時計や粗悪バッグの問題ではなく、ある特定のブランドを騙った詐欺ということになる。
 粗悪ガソリンの問題について財日本エネルギー経済研究所・石油情報センターが全国6万の給油所を対象にしたアンケート調査(昭和62年)がある。それによると、
(1)厳しい罰則を設けるべきである
(2)過当販売競争をなくすべきである
(3)品質検査の強化をすべきである
(4)品質維持計画をすべきである
という回答が上位に並んだという。
 どうも、粗悪ガソリンの問題は、石油業界の一部の悪徳業者によるものだと、一般論にすり替えられているようだ。ユーザーはどのブランドのガソリンが怪しいのかではなく、どの給油所のおやじさんが悪人かを、個々に判断しつづけなくてはいけないということになる。

●粗悪品かニセモノか

 一方で、ガソリンはどのブランドのものでも同じ……といわれる。ここに問題の根があるのだ。ブランドに差はなくて、給油所によって差がでる、という商品常識からはみ出たものになってくる。
 あるメーカーの人が電話口でこういった。
「ガソリンは米みたいなもんです」
 給油所は米屋だということだろうか。そのあたりのことを知るためには、石油の流通経路の概略を知っておかなくてはいけないだろう。
 日本では原油のほとんどを輸入に頼っている。原油で入手して自分で精製するという消費地精製方式をとってきたから、精製と元売が強く結びついて30余りの会社が12の元売会社のブランドのもとにグループを構成している。

A……外資系
(1)日本石油────日石グループ(カルテックス+日本石油+日本石油精製+興亜石油+日本海石油)
(2)昭和シェル石油────昭和シェルグループ(昭和シェル石油+昭和四日市石油+東亜石油+西部石油)
(3)エッソスタンダード石油────東燃、エッソ、モービルグループ(エッソ・スタンダード石油+東亜燃料)
(4)モービル石油────東燃、エッソ、モービルグループ(モービル石油+東亜燃料+極東石油)
(5)ゼネラル石油────ゼネラルグループ(ゼネラル石油+南西石油)
(6)キグナス石油────キグナスグループ(キグナス石油+日綱石油精製)

B……民族系
(1)出光興産────出光グループ(出光興産+東邦石油+沖縄石油精製)
(2)コスモ石油────コスモグループ(コスモ石油+アジア石油+アジア共石)
(3)共同石油────共石グループ(共同石油+日本鉱業+富士石油+鹿島石油)
(4)三菱石油────三菱グループ(三菱石油+東北石油)
(5)九州石油────日石グループ
(6)太陽石油

 念のためにつけ加えれば、昭和シェル石油は昭和石油とシェル石油の合併、コスモ石油は大協石油と丸善石油とコスモ石油の合併による。
 また日本石油×三菱石油、エッソ・スタンダード石油×ゼネラル石油、モービル石油×キグナス石油といった業務提携の関係があるという。そして共石グループとコスモグループの間には複雑な製品の流れがあるようだ。
 ともかく、外資系6ブランド、民族系6ブランドのどれかの看板が給油所には掲げられていて、自動車用ガソリンの場合はその約60%が特約店の販路からユーザーの手にわたる。残りの約40%は特約店を卸業者とする個々の販売店によって売られており、わずか2%ほどが石油元売会社が直接ユーザーに販売する分になっている。
 この特約店はくるまの販売でいうディーラーだが、その下に副特約店(サブディーラー)もある。
 サブディーラーは仕入れ系列をあらわす元売会社の看板を掲げるが、それ以外の系列からの仕入れもおこなうことができるのがふつうだという。つまり、サントリーの看板をかかげて、ニッカも出す飲み屋といったかっこうである。
 特約店でさえも複数の元売会社と契約を結んでいる例があるという。加えて、特約店、副特約店の間での業者転売が一般的だという。こうなると、サントリーのボトルにニッカを入れるようなことが当然のこととしておこなわれているのだ。しかもこれは粗悪ガソリンの話ではない。ガソリンの正しい販売の範囲内のことなのである。
 もちろんガソリンも酒のように、JISの1号ガソリン(特級)と2号ガソリン(並級)の2種類に規定されているが、酒のようにブランドを確立しようとする気配は感じられない。
 それでも特級のほうはオクタン価や添加剤で商品としての差別化がはかられているのだが、並級のほうはJIS規格を満たしてあればいいという規格品になっているというのだ。だからレギュラーガソリンについて“宣伝”する必要はほとんどないということにもなる。
 しかしこれもおかしな話で、JISの水準を満たしているというのは、失格ではないが、ビリッカスということにすぎない。
 今回、各メーカーからもらった製品カタログなどのなかに、レギュラーガソリンについての記述のあるものをひろってみよう。(記述のないメーカーがほとんどだったということを念頭においておいていただきたい)

◎共石ガソリン────高品質の無鉛レギュラーガソリンです。レギュラークラスの中では最高レベルのオクタン価と適切な揮発性を有し、また清浄性・防錆性にも優れ、自動車のエンジン性能を十分に発揮させます。
◎三菱ガソリン────実用性に重点を置いたレギュラーガソリンです。
◎キグナスガソリン────レギュラータイプの無鉛ガソリン。自動車には勿論のこと、農機、建設機械にも最適です。

 日本石油と出光興産は、自動車用ガソリンの基本データを集めたハンドブックをつくっている。いずれもよくできたものだが、とくに出光興産の「自動車ガソリンとガソリンエンジン」には不良ガソリンの分析例がのっている。
 それによると、
(1)BTX(ベンゼン、トルエン、キシレン)に灯油を10〜20%混入した“フエルガソリン”
(2)熱分解ガソリン
(3)熱分解ガソリン+メタノール
(4)レギュラーガソリン+灯油
といったものがあるようだ。

●ガソリンはブレンドでつくる

 石油が原油蒸溜によって利用されるようになったのは、1854年。米国での灯油製造が最初だとされる。1859年にはペンシルベニアで初めて機械掘りによる作井がおこなわれ、オイルブームが到来する。使い道のなさそうな重油が石炭の代わりに使えるということもわかってきた。
 つづいて1886年にドイツでダイムラーのガソリンエンジンが登場し、1893年にはドイツ人ディーゼルによるディーゼルエンジンが登場。あわせて、機械の潤滑にも石油からつくられる潤滑油が使われるようになっていった。
 20世紀になると、船舶で重油が焚かれるようになる。こうして原油がむだなく使われるようになっていく。
 ご存じのように、原油を蒸溜するとき温度を段階的に上げていくと、まず無色透明のガソリンが出てくる。 180℃あたりから上になると灯油になり、250 ℃あたりから軽油になる。
 このような常圧蒸溜は 330℃程度までにしか上げないことになっている。そのまま温度を上げていくと軽油分はすっかり出てしまい、残油(これはいわゆる重油で、潤滑油、ワックス、アスファルトなどの原料部分でもある)が熱分解してしまう。
 ガソリンと灯油、軽油は、要するに沸点範囲の設定のちがいでしかなく、その境目はどちら側の製品にもできる。それをスウィング留分というのだそうだ。
 忘れないうちに残油のことに触れておくと、残油は重油(A〜Cの3種類)の基油となるだけでなく、それを(高温で分解するのを避けるため)減圧状態で蒸溜して多種類の潤滑油やアスファルトを抽出することができる。
 現代の石油精製システムでは、常圧蒸溜からはじまる複雑な工程によって、
(1)LPガス
(2)ナフサ(石油化学原料)
(3)自動車用ガソリン
(4)航空機用タービン燃料
(5)灯油
(6)ディーゼル軽油
(7)重油
(8)石油コークス
(9)潤滑油
(10)アスファルト
などを一貫生産していく。
 つまり、これらの製品がゾロゾロと一定の割合で生産されてしまうところが、石油精製の特長なのである。
 ところが、出てきてしまうからといって売れないものをつくるわけにはいかない。たとえば原油からのガソリンの製造比率は日本で約10%、それに対して米国は40%以上にもなる。
 一定の比率でしかとれないはずのガソリンが、どうしてそのような生産比率の差をつくり出すのというと、原油から、必要なものをできるだけ自在に取り出すという“手品”が石油精製術の技術進化であったということなのだ。
 自動車用ガソリンの比率が高い米国とは対照的に、日本では産業用燃料としての重油や、化学工業用原料としてのナフサ(ガソリンとほぼ同じ沸点領域のもの)の比重が高い。しかし、それでもやはり、石油精製技術の基本は、高品質のガソリンをいかに多量に生産できるかということが中心であったはずである。その結果、重油分からさえもガソリン成分を取り出すことができるようになったのだ。
 つまり、ガソリンは常圧蒸溜における特定の沸点範囲のものという理解は、もうできない。原油中から抽出できるありとあらゆるガソリン成分をブレンドしているからである。
 石油の精製工程において、常圧蒸溜の段階で得られるガソリンを「直留ガソリン」という。これが、一番素朴なガソリンということになる。
 その仲間として得られるオクタン価の低いガソリン分もなるのだが、これを水素中で触媒と接触させて高オクタン価にする(ナフテン分やパラフィン分を脱水素によって芳香族分にする)ことで得られるのが「改質ガソリン」である。
 これに対して「分解ガソリン」とよばれるのは、軽油〜重油の範囲の重質油を450 〜500 ℃で触媒と接触させて分解してつくられる。これは本来、ガソリンとなり得ない成分からガソリンをひねり出すということであり、自動車用ガソリンの比重が高い米国でポピュラーな方法といわれる。分解反応によって生じたオレフィン系炭化水素のために、オクタン価が高いという利点もある。
 そしてついに「合成ガソリン」(アルキレートガソリン)まで登場している。これはLPG(石油液化ガス)など、ガソリンより軽質なものから、アルキレーション(または重合)によってつくられるもので、イソブタンとブチレンを反応させてイソオクタンを製造するということである。
 イソオクタンというのは「オクタン価」のオクタンのことで、これが100 %の場合のアンチノック性を「オクタン価100 」という。したがってこの合成ガソリンは最初、航空機用ピストンエンジンの燃料として開発され、最近では自動車用のプレミアムガソリンの高オクタン化に貢献している。
 つまり、ガソリンの製造そのものが巧みなブレンドによっておこなわれているわけだ。以前はアンチノック剤の四エチル鉛を入れてオクタン価を自在に調節できたが、無鉛化によってずいぶんむずかしくなった。
 そこで無鉛ハイオクとしてのプレミアムガソリンはさまざまなブレンド技術によって、レギュラーガソリンよりオクタン価を高くし、エンジン清浄剤などを加えてエンジン側の要求オクタン価を増加させないような工夫をしている。
 オクタン価 100の無鉛ハイオクのプレミアムガソリンでは、「ガソリンはどこも同じ」という“常識”の打破に必死だが、ついでにレギュラーガソリンまで、ユーザーに対して中身の保証をしてくれるような努力を期待したい。商品の“差別化”の基本となるブランドの確立は、まずそこから、というのが常識であるべきだ。


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