軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座011】春が始まる――2006.3.25


●サクラ前線

 山歩きの「花派」の人たちはセツブンソウだのフクジュソウが咲き始めるとウキウキしだす。春の訪れだ。
 それほどでもない「花派」にはカタクリの便りだろうか。周囲がまだ冬の雰囲気そのままのときに、いち早く花を咲かせてみごとに身を引いてしまう。都市部ではたまたまラッキーな場所にカタクリが咲くという程度で、たくさんの人々が訪れる。山もたとえば奥多摩の御前山のように登山渋滞がおきるほどにぎやかになる。
 山へカタクリを見に行くころには、下界では花見の盛りか、宴の後。一気に春がやってくる。
 気象庁が毎年、全国各地でソメイヨシノの開花日と満開日を調べているが、4月10日ごろには西日本のほとんどと、関東までの太平洋岸の平野部が満開になる。サクラ前線はゴールデンウィークごろに津軽海峡を渡るが、そのころには標高も上げている。標高1,000m前後の高原などで花見ができたりするのもそのころだ。
 しかし、山の春はようやくそのころから始まってくる。雪が溶け、残雪の白い斑紋が小さくなるにしたがって、春が下から上がってくる。当然、高い山に行くほど春は遅くなり、標高2,500m以上の高山帯になると、春を飛び越して夏が来る。
 つまり春は標高が高くなるほど重なりあって密度を増す。福島県の三春は梅・桃・桜が同時に咲き誇るという意味駄そうだが、山の上では三春も四春も期待できる。
 しかも山では下から上へ、上から下へと垂直の移動をするので、どこかでそのピークをつかまえることができる。「満開」を見る確率が平地よりはるかに高い。
 小さな努力で春を何度でもつかまえられるというところから、今年の山歩きをスケジューリングしてみようかな……。



■高尾の桜保存林――1998.4.12
JR中央線・高尾駅から歩いて10分ほどの多摩森林科学園・桜保存林には約250種のサクラが品種保存されている。
2月下旬から5月上旬まで次つぎにサクラは咲くのだが、ここから北上すると約1か月、標高が上がるとやはり1か月のズレが出る。
山で見るサクラはヤマザクラ、マメザクラ、ミネザクラなどではないかと思うが、サクラが「春」のもっともはなやかな指標となる。



■高松山――2000.4.18
丹沢山地の西のはずれにある高松山(801m)から田代向バス停へと下る。民家が現れるあたりから風景は春の盛りとなった。



■丹沢・玄倉川――2001.4.11
この日は丹沢の塔ノ岳から玄倉川の谷へと下った。ゲートが閉鎖された林道をどこまでも下り続けると丹沢湖へと出るのだが、その単調な道を彩っていたのは山腹のサクラだった。



■那須・中ノ大倉尾根――2001.5.26
那須山麓の八幡ではヤマツツジ(山躑躅)やトウゴクミツバツツジ(東国三葉躑躅)が満開で、中ノ大倉山の山腹ではシロヤシオ(白八染。ゴヨウツツジ)の古木がこれまた満開。
さらに登るとタカネザクラ(高嶺桜。ミネザクラ)もアズマシャクナゲ(東石楠花)も満開だった。那須連峰の主稜線北斜面にはまだ残雪があったというのに。
春が一度にやってくるこの幸運のルートについてはいずれきちんと紹介したい。


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