軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座016】ザックの選び方――2006.6.10



【写真951209-205】
■1年目でそろそろ小屋泊まりも――1995.12.9
月1回の山歩きを1年間続けると、ザック姿もみなさん身についてくる。ただ、最初に買ったザックでは冬の防寒衣類がはみ出してくる。北高尾山稜で。



【写真980221-135】
■冬の小屋泊まり――1998.2.21
雪で閉鎖されたメルヘン街道で、北八ヶ岳の麦草ヒュッテに向かう。2つのザックは40リットルでまったく同じモデルの色違い。ここでいう「30リットル級」の拡大バージョン。



【写真050722-205】
■山小屋1泊+避難小屋1泊の「10kgで10時間行動」――2005.7.22
小ぶりに見える30リットル級のザックの人は装備を工夫してコンパクトにしている。50リットル級のザックがほしい計画。



【写真020416-128】
■意外に軽い70+20リットルザック――2002.4.16
ときどき希望者には背負ってもらうが、ウエストベルトのしっかりしたザックは重さが20kg以上あっても想像よりずっと軽く感じる。


●初めての人には「25リットル級デイパック」

 山歩きの基本装備としてのザックはどのようなものがいいか。
 私は山歩きのまったくの初心者を指導する機会が多いけれど、ザックの大きさに対する反応をみれば、その人の経験がはっきり見えてしまうからおもしろい。
 そこで私は最初に買うザックを「25リットル級のデイパック」と指定する。
 デイパックというのは最近ではあまり重要な区分ではなくなっているけれど、ティアドロップ(涙粒)型にはじまる合理的なデザインとして登場した。現在ではさまざまに進化しているので単に「小型」というような意味で使われているのではないだろうか。
 「25リットル級のデイパック」というのは、言い換えれば「最大級のデイパック」。ザック自体の重量が500g〜1kgほどで、両サイドに厚さ調節用のベルトがついているものというのが基本的な仕様と考えている。
 デイパックとしては最大クラスながら、登山用ザックとしては最小クラスに位置するという境界的なもの。まったくの初心者にはこれが巨大なザックと映るようだが。
 このデイパック、あえてもう一つの特徴をあげるとすれば、出し入れする開口部がファスナーになっている。日常的なザック類からすればごくありふれた方式なのだが、袋状のザックから見ると、最大容量が決められてしまうという欠点にもなる。
 一般の人には巨大な25リットルというザックが、「頭打ちのサイズだから……」といわれても理解しがたいことかと思うが、大きさについての基本的な認識のしかたが違っているにちがいない。
 山の世界ではザックの重さについてはけっこう敏感だが、「比重」という考え方はあまり浸透していないようだ。私は昔川下りをしていたので、ザックを流したことがある。30kgの重いザック(キスリングザック)がプカプカと軽々浮いて流れていった。カナダ〜アラスカのユーコン川ではカメラと書類がびっしりつまった重さ10kgの革鞄(ショルダーバッグ)も流したが、一瞬かろうじて目の前に浮かんできた。
 それで分かるのは、カメラやノート、本などがびっしりつまったバッグは比重がおよそ1、通常の登山用ザックは比重でいうと0.3程度ではないかということだ。
 比重0.3というのはもちろん感覚的な言い方だが、100リットルのザックを満杯にして30kg、25リットルのザックにめいっぱい詰め込んで7.5kgという計算だ。
 いや、感覚的に違うという人もいるだろう。天幕をもっての本格的な縦走登山をするとなると水や燃料、水分を含んだ食料などの割合が増えるから、比重が大きくなる。100リットルザックで50kgちかくなるという場合もあるだろう。
 というわけで、25リットルのザックに約7kgの荷物を詰め込むとなると、どうだろう。おそらく5kgは雨具だの着替えだの、水や保温水筒、それに1食+αの食べ物。人によってはカメラや双眼鏡など。2kgの余裕は、冬に家を出るときの防寒衣料を押し込めるために残してある……という感じではないだろうか。
 重要なのは両脇についているコンプレッションベルトで、荷物が少ないときにザックを薄型に調節できる。簡単にいえば「大は小を兼ねる」ための調節ベルトだ。
 一番大事なのは背負ったときの背中との接触面の出来不出来だが、それはなかなかわからないし、よほどの欠点がなければ、やりくりできる……というのは絶対重量が小さいから。
 そういう意味で「25リットル」としているのだが、じつは、まったくの初心者には大きな呪文をかけてある。
 デイパックはいまやタウンユースのバックになっていて、安いものが近くで手に入る。その中から「大きめのもの」を選んで買ってもらうのを封じたいのだ。
 第一に「リットル表示」をしてあるものという呪文がかかっている。しかも「25リットル」はタウンユースとしては桁外れに大きい。だれも買いそうにない大きさだ。
 かくして、「割高だと思いますが、登山用品店で買ってみてください」という呪文が効いてくる。
 登山用品店で買ってもらえば安心……というほどお人好しではないが、少なくとも登山用品メーカーが作ったものはショルダーベルト(肩ひも)の取りつけ方や、その調節幅でみたときに、一応きちんと考えていると思えるものが多い。価格の割高感は保険料といっていいくらいのものだと思うし、癖の多い登山用品店とのつきあいの経験としても、速乾性のTシャツとデイパックぐらいなら安全といえる。(靴になると親切すぎて危険な店が多いのだが)
 そして、たぶん、1年も続けるとこの「25リットル級デイパック」は卒業している。不要かといえば、避難用ザックとしてもこれくらいのサイズでないと使い物にならないと理解されているはずだし、さらに数年、3つめの大型ザックを持つころには「サブザック」としてスタンバイするようになっているにちがいない。


●30リットル級というスタンダード

 日帰りの山歩きが日常的なものになり、ときおり小屋泊まりもするようになると、私の言い方では「10kgを背負って10時間の行動」というレベルを実現することになる。
 10kgを背負うとなると、じつはデイパックでは問題が出てくる。ザックとそれを背負う人とのあいだに生じてくるユーザーインターフェースの出来不出来が大きな問題となってくるからだ。
 パッキングについては機会があったらくわしく解説したが、昔のキスリングザックは綿帆布のシンプルな袋だったからおむすび型ザックにもなれば一時北海道で流行った「カニ族」の横長ザックにもなった。荷物のつめ方によってかたちも変われば、背中の当たりもちがったし、背負いやすさも大きく変わった。今の登山教科書にもよく載っている「パッキング技術」にはそのキスリングザック時代の古典的常識が紛れ込んでいることが多い。
 10kgの荷物を背負おうとすると、背中に接触する形状とショルダーベルトのつけ方が負担感に大きくかかわってくる。
 ユーザーインターフェースを手厚くすると、当然重くなる。あるいはデザイン的に解決しようとするとユーザーインターフェースの対応幅が狭まる危険もあるかもしれない。
 つまり、その10kgのなかにザックそのものの自重も含めて考えるとなると、軽いザックと重いザックのどちらをとるかという選択も重要になってくる。私のまわりにいる60歳代の女性たちの中ではいま、軽いザックが求められているようだ。
 ここでいう「30リットル級」は、登山用ザック全体でいえば軽量級とすべきである。厳密にいえば軽量級のスタンダードというべきかもしれない。
 見るポイントはショルダーベルトが固定式であること、ウエストベルトと一般に信じられているものが、シンプルなぶれ止めベルトにとどまっている。その2点が重量級との大きな違いだ。あるいはそれに加えると、天蓋と呼ばれるポケット付きのふたも背中側が固定されている。あるいはデイパック型の名残によって、天蓋をつけずに、ファスナーで閉じる形式のものも混在している。
 ショルダーベルトの固定というのは、肩側への取りつけ位置が可変式ではないということで、長さ調節はベルトの下端で十分にできるから実際には大きな問題はあまりない。それに対して天蓋の固定というのは肩側が本体に固定されていて、ふたの先端につけられたベルトはもちろん長さ調節が出来るから実用上は困らないのだけれど、荷物があふれたときにやりくりする余裕は考えられていない。
 ウエストベルトが脆弱という意味は、重量級のもので説明したいのだが、ザックの重さの背中全体への分散という意味では簡単な「ウエストベルトもどき」でも10kg程度の領域ではかなり有効ということがいえる。
 現実的な問題はむしろポケットの付け方ではないかと思う。たくさんのポケットがあると便利というのが初心者の見方で、ポケットなど全部省いたシンプルなつくりのほうがいいというのがベテランの見方という傾向はあるけれど、30リットル級はその移行帯としてバリエーションに富んでいる。
 そういう意味では登山用ザックの軽量級として一番ポピュラーなクラスと位置づけるのがわかりやすい。価格的にもバラエティに富んでいるので、選ぶ楽しさが味わえるというふうにもいえる。
 このクラスになると、だから私はアドバイスしない。みなさんがそれぞれの判断で買ってきたものを横目で見ながら、ゆるやかに流行を観察するのが楽しい。最初の買い物ではないので、失敗も経験のうちと考えていい。軽量級といっても、軽い方の流れと、重いほうの流れとでは、おなじサイズでも雰囲気がずいぶん違うし、この領域は40リットル前後まで広がっている。


●50リットル超級

 山歩きになじんでくると、登山者のなかの初心者とベテランというちがいも雰囲気でわかるようになってくる。
 「10kgで10時間行動」ができればベテランだと私は考えているが、一般登山道の範囲だけでも、深田久弥の「日本百名山」などはクリアできる(正確には百名山はポピュラーになってすべて一般登山道になってしまった)し、有名どころの山はひととおり選択の範囲内に入ってくる。
 もちろん雪の山も(本格的な冬山登山ではなくても)楽しめる。一歩グレードアップする段階にさしかかると、本格的な登山用ザックに目が向くのは当然のことといえる。
 ここでは50リットルあたりから登場する「本格派」あるいは「重量級」の登山用ザックを考えるわけだが、「重い荷物をもつためとは限らない」というあいまいなところが一番重要なポイントなのだ。
 異論があるかもしれないが、私はこの「50リットル超級」を本格的なウエストベルト装着のザックと考えている。
 軽量級との一番の違いはウエストベルトの幅にある。それからザック本体からベルトが出てくる部分では当て布状の保護パットの大きさの違い。
 実質的な違いは、じつはザックそのものの高さにある。
 ウエストベルトは基本的には腰骨に当てなければいけない。胴体部分を支える脊椎ではなくて、脚部でそれを支える腰骨にウエストベルトは加重するための装置である。
 ウエストベルトを正しくウエストに固定すると、ショルダーベルトの位置がからだにあわないといけない。軽量級のザックでは上部合わせだったショルダーベルトが、ある意味では下部合わせになる。したがって、ここでいう「50リットル超級」ではベルトの取りつけ位置に可変機能が標準装備されていなくてはいけない。
 その前提として、ザックの下部が腰骨の位置にあり、ショルダーベルトの上端が肩の位置にくるとなると、ザックはその長さ以上なければいけない。小さな容量のザックでは作れないから、どうしても50リットル以上になってしまうというふうにもいえる。逆にいえばもちろん一般にいわれるように、ザックが重くなるとそれを支えるために先進的なショルダーハーネスシステムが求められるということになる。
 ザックが背中にうまくフィットするということは重要だが、肩から背中にかかった重力は背骨を通ってすべて腰椎にかかっていく。その重さの半分を腰骨によって脚部へ分担させることは、背負う重さは変わらなくても、加重分散という意味では素晴らしく大きい。そしてサイズをからだに合わせておけば、ショルダーベルトの微妙な長さ調節によって、その加重分担をかなり大きな幅で調節できる。ショルダーベルトとウエストベルトが対等の関係になる、ともいえる。
 この本格派ザックについても、私の周囲の人たちはやはりザック自体の重量を問題にするようだ。本体のつくりもしっかりしてくるし、部品も重くなるわけだから、ザックそのものの重さが2kgから3kgあたりに分布する。その重さが嫌われるわけだが、それは10kg程度の重さに対しては少なからぬ自重ということになるが、それでも、腰椎あたりに弱点を抱えている人は、このような本格派ザックによって負担軽減を計るべきだと考える。
 そういう意味では50リットルは本格派の登山用ザックとしては最小クラスと考えたい。
 私はだいたい80リットル級から100リットル級のザック1個で超入門編の軽い日帰りから予備テントをもった避難小屋泊まりまですべてすませていて、はきっぱなしのランニングシューズとコンビなのだが、この10年間で4個目となっている。重さは20〜25kgだが、200日使うと急にあちこちから劣化症状があらわれてくる。ちなみにズック靴は100日がおおよその限度だ。
 なんでそんな場違いなザックで……と白い目でみられるのだが、私は出来のいい背負子のつもりで使っている。天蓋がかなり上まで浮かせられる構造のものがスタンダードなので、日常の使用状態のまま30リットル級のザックを2個運ぶことも可能になる。上に積み上げて天蓋で押さえるという本来の役目を果たしてもらえるからだ。
 価格は有名ブランドは4万円前後だが、2万円前後の格安ブランドもあり、私の狭い体験では国産・外国産いくつかの格安ブランドのものが高級品と違うと感じたことはない。バーゲンで半額になると買い得感はすばらしい。
 もし1万円台で80リットル超級のバーゲンを見つけたら衝動買いをすすめたい。中身は少なくても「大は小を兼ねる」方式で使ってみていただきたい。登山プロパーのみなさんはザックの「ジャストサイズ」にこだわるようだが、わたしは「大を買って小さく使う」という選び方に合理性を感じている。どうしてももてあますようなら、車のトランクに放り込んでおいてみていただきたい。重量級ザックはファスナーで大きく開く構造にもなっているはずなので、トランク内トランクとして意外に便利なはずだから。


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