軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座028】雪遊びのいろいろ――2006.12.10



【写真010314-217】
■北八ヶ岳・茶臼岳の下りで――2001.3.14
茶臼岳から麦草峠へと下る斜面は、雪がつくとすばらしいボブスレーコースになる。右上隅には天狗岳と、その奥に南八ヶ岳の白い峰。画面中央の白い雪面に麦草ヒュッテが見えている。



【写真030226-214】
■南アルプス前衛・入笠山の樹林帯――2003.2.26
何をやっているかというと、深雪でのツボ足競走。カラマツ林まで一列で入ってきて、そこで右向け右で横一列に。深い雪で走り出したら、たちまち大混乱。要領と運の勝負。



【写真980117-223】
■箱根湯坂道の浅間山あたり――1998.1.17
大雪が降って、箱根の道はことごとく雪に埋もれた。軽いハイキングのつもりが雪づくしの1日になった。これは小さな急斜面で「滑るが勝ち」。ベタベタの雪だが知ったもんか。



【写真980304-303】
■奥秩父・西沢渓谷の観瀑路で――1998.3.4
計画した私が無知だったが、3月には氷瀑はゆるみ、雪がつもって登山道のクサリを埋めていた。危険で中止。しょうがないので雪合戦やら雪滑りやらで「ごめんなさい」



【写真060314b-234】
■美ヶ原高原の牧場で――2006.3.15
標高約2,000mに広がる美ヶ原は、日本アルプスなどを展望できるすばらしいロケーションだが、雪が積もれば牧場内を自由に歩ける。美しの塔に向かって、足跡ペインティング。



【写真050412b-117】
■岩手・八幡平の山頂付近で――2005.4.13
後生掛温泉から八幡平へのスノーハイキング。濃いガスでホワイトアウトを経験した。「何も見えない」が「どうにも見えない」に変わり、白い魔境からの脱出ゲームになった。



【写真990123b-403】
■安達太良山の薬師岳展望台から下る道で――1999.1.24
吹きだまりの薮を抜ける道では、ツボ足だと地雷を踏むような恐怖(というかおもしろさ)が味わえる。笑っていられるのは所詮は「あそこまで」と見えているから。



【写真980110-213】
■西丹沢前衛の不老山で――1998.1.10
新雪が積もったら、とりあえず雪型遊び。バタンと倒れて雪に自分の印を残す。雪との距離をゼロにしてしまうと、山歩きの気分がまったく変わる。



【写真990210-112】
■北八ヶ岳・渋の湯から黒百合平へ登る道で――1998.1.10
太平洋岸の冬は晴天が多い。青空に白い雪もあるけれど、これは霧氷。雪の上に寝ころんでみると、風景ががらりと変わる。


●昔、テレビで

 湾岸戦争のころだから古い話になるが、テレビの深夜番組(テレビ朝日・プレステージ)のなかで小さなアウトドア番組をもっていた。
 番組は毎月1回の月〜金で11回続いたが、その9回目、1992年の2月に「雪上遊戯」というのをやった。ちょうどアルベールビル・冬季オリンピックにぶつけて……。
 日本海側に新しくできたスキー場とのタイアップで1泊2日のロケ条件を確保し、女性タレントや女子大生とともに出かけた。雪に飛び込む、雪面で泳ぐ、深雪へジャンプ、斜面で後転、滑り玩具実験など、素朴な肉体派テーマに加えて、スキー場で露天風呂に入るとか、スキー専用マウンテンバイクの紹介とか、雪洞でパーティなど、ゲレンデとゲレンデ脇の深い雪を存分に利用していろいろやってみた。
 露天風呂沸かしではステンレス製の五右衛門風呂をメーカーから借り出した。背負って歩けるという軽さが売りの商品登場まではよかったのだが、雪をまっ正直に湯にするのはとてつもなく大変ということをまったく理解できない相棒ディレクターのおげで、180リットルの湯を沸かして入浴するまで、まるまる一晩かかってしまった。
 一気にいろいろなアイディアを実行してみて、いちばんおもしろかったのは素朴な「雪泳」だった。深雪の急斜面に飛び込むとほとんど自然にズレさがっていくのだが、そこで手足をバタバタさせて泳いだ気分になる……というだけのこと。
 ところがやってみると想像したほど単純ではない。まず最初の飛び込みに勇気がいる。ふつうなら足踏み状態でズレ下がっていくような急斜面に、飛び出して頭から突っ込むような動きをするにはけっこうな気合いが必要なのだ。
 そして雪面にズボッと埋まる瞬間の意外な感動。やわらかさもあるけれど、その白い物質に包み込まれてしまって瞬間動けなくなる衝撃と、それから脱出する解放感。外から見ていると半分雪に埋もれただけで、軽くもがいているだけなのだが、当人には生まれて初めての不思議な感触が身を包む。
 それから手足バタバタでいろんな泳法を試してみる。半分ズレ落ちながらの泳ぎだからなんでもいいようだが、平泳ぎだと雪の中の手が半端な力では動かない。とにかく手を雪から抜いて前方へ伸ばしてかくのがいちばん合理的なのでおおかたクロールになる。抜き手だの、犬かきだの、バタフライだのと試みてみるのもおもしろい。
 昔スキーを習った人間にしてみれば、今のスキー場は管理されすぎている。露天風呂の湯がようやく湯気を立て始めたころ、スキー場は突然にぎやかになった。まだ夜明け前だというのに圧雪車が何台もゲレンデを走り回る。
 いまのスキーゲレンデは限りなく舗装道路に近いのだ。前輪をスキーに変えたスキー専用マウンテンバイクやスパイクタイヤや専用チェーンを装着したマウンテンバイクで下るのも、なんの問題もない。もちろんふつうの靴でふつうに歩ける。
 そのスキー場は日本海側につくられたので雪の量は豊富だった。スキーゲレンデが人工的に固められているのに対して、その外側にはやわらかなバージンスノーがふんだんにある。昔なら腕自慢のスキーヤーが見え張ったシュプールをそういう斜面につけていたと思うが、今はだれも圧雪コースからはずれない。
 いいスキー場は、いい雪をふんだんにもっている。それが一番の財産のはずであり、その雪の楽しさをおおいにエンジョイできるように、ロープウェイやリフトなど、輸送手段を完備している。
 スキーやスノーボードはもちろんけっこうだが、特上のバージンスノーを捨てておくのはもったいない……と考えるようになった。


●登山道をはずれる自由

 登山道でも同じことがいえないだろうか。
 私はアイゼン+ピッケルによる滑落停止技術を必要とする冬山登山には踏み込まない。本格的な雪氷登山であれば純技術的にやるべきものも多いし、候補となる山も無数にある。ところが私が企画するのは滑落と雪崩の危険を避けるべく、樹林帯から出ない雪山歩きになる。
 冬に雪の山に登るというと、たちまち「危険な冬山登山」と見られるが、実際には「緊張感のある雪山歩き」という程度のものになる。
 この講座21回目で「勇気ある撤退」について書いたが、その判断基準について「想定外」という言葉を使った。
――想定外として数えるには小さなことかもしれないが、そのひとつひとつをきちんと数え上げているうちに、「あとひとつ重なったら余裕幅がなくなる」という一線が見えてくる。――
 冬の山では気温が低いという基本条件をマイナス要因としてカウントしておかなければならない。体感温度ということを考えれば、風もマイナス側にある。そして雪は道を隠すことにもなり、滑りやすくすることもある。想定外の小さなマイナス条件でも加わったら、すぐに撤退を考えはじめる必要はある。
 けれど、多くの場合、雪は道を歩きやすくする。たとえば北八ヶ岳では山小屋の多くが通年営業していて、それぞれ徒歩2時間程度の距離に点在している。当然登山者も多くて、雪が降っても、すぐにだれかに踏まれてしまう。その道は岩が隠れて、断然歩きやすい。所要時間も短くなる。雪のお陰で登山条件が大きくプラスに振れる。
 つまり雪があることで登山の技術的な振幅が大きくなる。プラス側へもマイナス側へも大きく振れる。おもしろさの振幅が大きくなるというふうにもいえる。
 加えて、雪がかぶったら、「登山道を一歩もはずれない」という私の基本方針は大きく変わる。踏みつけによる道の破壊に加担する心配をしなくていいだけでなく、道を無視して歩き回る自由を獲得できる、と考える。
 雪があったら、雪そのものを積極的に楽しみたいと考えて、最初はテレマークスキーやクロスカントリースキー、あるいはスノーシューや輪カンジキによって、雪の森に深くは入り込めるようにもなった。
 同時に、軽アイゼンだけで歩ける雪山でも、道をちょっとはずしたところで楽しめる小さな雪遊びもだいじにしてきた。トレースのない雪道だったら、先頭を歩くだけでおもしろい。
 転んで雪に触れるのではなく、雪に飛び込んで積極的に触れてしまう。そこから雪との距離が一気に縮まる。雪山を歩きながら、雪と戯れるチャンスがあれば、どんな幼稚な発想でもいいからやってみようと考えるようになってきた。
 ここではそういう、雪山での雪との戯れのいくつかを写真で紹介しておきたい。


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