軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座049】女性用ダブルストック――2007.12.10



■LEKIの初期タイプの締め具
ポールを時計回しすると先端のねじが回って、赤い締め具を押し上げながら開かせる。それが外側のパイプを内側から押さえつけて固定する。設置面積が小さいので開きがちょっと甘いとすぐに緩んだ。


■LEKIの現行タイプの締め具
ポールを時計回しすると先端のねじが回って、内部の赤いガイドを押し上げる。そのガイドがブルーの締め具を内側から広げて、外側のパイプに張りつく。いま青い締め具が下がった状態で、さらに下がってポールに接すると戻りにくくなる欠点がある。


■SLIKのカメラ一脚用締め具
レバーを開くと内側のパイプを押さえつけているカムが緩む。倒すと圧迫方向に動く。


■Manfrottoのカメラ三脚用締め具
ねじを締めると内側のパイプを締め付ける。締め具は半分が外側のパイプを締め付けて、固定されている。


■GITZOのカメラ一脚用締め具
ゴムのついたリングを回すと、外側のパイプに刻まれたねじによって進行し、隙間にはさんだプラスチック板を押し下げていく。板は行き止まって内側のパイプに押しつけられる。

●道具の資質という側面から

 最近、同行する人たちのストックに「どうしても締まらない」とか「引き出せない」という状況が頻繁に起こる。以前はいくら締めようとしても空回りしてだめ、ということにほぼ限定したトラブルだったので、それは使い手側の小さなコツで解決できる範囲としてきた。
 ところが最近のものはコツではすまない不都合なのだ。道具の作り方にまで関心がある人でないと不都合の原因がわからない、というたぐいのトラブルが頻発している。いうなれば伸縮できないストックになってしまう。自動車ならリコールしなければいけないような不都合なのだ。
 男性の手を借りればどうにかトラブル脱出ができた時代が終わって、女性たちにはかなり使いにくい道具になってしまった。
 私がダブルストックの導入を決めたのは1996年の秋だった。そのときのことはこの講座の第15回「ストックとステッキ」で書いたが、大きな段差の下りや、足元の危うい下りで筋力の弱い女性の安全性を高め、同時に(私にはこちらが本命だったが)チーム全体のスピードアップを図るために急遽ダブルストックを標準装備とした。
 私はもともとステッキ使用の反対論者だった。片手で杖を使うと、からだのバランスがくずれる。そのひずみがかならず出るというあたりが第一の反対理由だった。
 ダブルストックなら左右のバランスが崩れないし、下りで一瞬体重を支えるときに、腕力のない女性でも有効だろうと想像した。
 想像でこういう大きな問題を決定するのが私の悪弊だが、ひとつだけ確かめたことがある。何人かの人がもっていたストック(片手使用だった)で岩を強くつついてみた。当時すでにドイツのLEKI社のものが登山用品店では主流になっていたこともあり、石突きの食い込みにも十分満足して、LEKIを選んだ。いまLEKI社のホームページを見ると、ダイヤモンドに近い硬度の超硬合金の刃物を埋め込んだプラスチック製の石突き部(フレックスチップと呼んでいる)は、30度までの曲げに耐えて、シャフト本体の損傷を防ぐという。
 当時、そういうことは知らなかったが、岩への刃の食い込みを見ただけで、LEKIの設計思想を感じることはできた。
 LEKIは日本ではレキと読んでいるが、英語版のホームページでは「Lake-ee」と発音してほしいと書いてあるからレイキーかと思う。が本拠地でのドイツ語読みについては私には分からない。ちなみにLEKIは創始者の名前からLE、所在地からKIをとったというだけのもの。
 飛行機関係の技術者でスキーヤーだったカール・レンハートがアルミポールを使用した軽量のスキーストックを作り、ビジネスを開始したのが1954年という。LEKI社の飛躍は、たぶん息子のクラウスがさまざまな新しいアイディアを持ち込んだ1984年以降だと思われるが、LEKIはトレッキングポールのトップメーカーとなる。
 しかし、私には不満があった。グリップベルトを左右逆に半ひねりずつしていたのだが、その表現が不十分、当時はダブルで使うという考えは少数派だったことから、ストックはバラして単体売りが基本だった。その結果、ダブルで買ったつもりが右手用2本だったり、左手用2本だったりした人が何人も出た。
 そこで左右の違いは、けっきょくグリップベルトの半ひねりの違いだけということを突き止めて、左右どちらでも実用上はかまわないということを確認した。
 つまり左右別々に用意しているのならそのことの表現をしっかりとしなければいけない。つまりLEKIの欠点はデザインの重要性をあまり認識していないことだった。
 そこで、致命的なミスがもうひとつ露見する。3段伸縮の段のつなぎ目のところに黒い握り(状のもの)をつけて、滑り止め(状の)溝をつけてあった。だからユーザーのほとんどはそこを握ってパイプを回してゆるめたり、締めたりしていた。ところがそれはほとんど飾りだった。のり付けがはがれても何の支障もない上に、それを握り部分として締めようとすると、締まりきらずに緩むことが多かった。
 LEKIの長さ調節は伸縮位置を決めたら、片手でグリップを握り、もう一方の手で先端部分を握ってぞうきんを絞るようにするのが合理的なのだ。なぜなら、当時の締め具はちょっとゆるいと効かない構造になっていた。3本のポールを同時に絞ることで、2か所の締め具を均等に締めないと、弱い部分が緩み始めることが多かった。
 つまりそこでも、ユーザーの締め方をリードするデザイン処理に欠けていた。
 現在ではスーパーロックシステムといって、弱い力でも締まりがよくなり、きちんと締めれば140kg以上の加重に耐えるうえに、ポールを1回転(360度)ゆるめても固定力が維持されるという。
 たしかに女性でもきちんと締めることできるようになったのだが、こんどは縮めたまま、びくともしないことが頻発した。
 下段のポールを反時計回りにすると内部の締め具が緩むのだが、回転目盛りに類するものがないので、止まるまで十分にゆるめて縮める人が多数派と考えられる。すると下がりきったナットが噛んでしまうのだ。そのまま位置合わせをして時計方向にいくら回しても締め具はなかで空回りしてどうにもならない。
 ……とここまで書くと、現在のLEKIポールで困っている人はそうだ、そうだと思うだろう。パイプ内部のすべりが良すぎるだの、締め具の表面が変化してしまったのではないかといろいろ見てみるがどうにもならない。
 戻しすぎてねじが噛んでしまったために、締め具とパイプ内部の摩擦力ではねじが動き始めないのだ。ポールを抜いて締め具を締める方向に直接回してやれば簡単に元に戻る。
 ねじの不都合はいずれ直ると思うのだが、デザインの欠如は、結局また新たな欠点を表出させるにちがいない。

●道具の資質という側面をもう一歩

 LEKIがモデルチェンジするために期待し続けてきたのだが、進化の方向がちがうみたいだ。最近、どうにも我慢ならなくて、標準機種の変更を考え始めた。ユーザーが使える状態にするのに毎回苦労するような操作系が、いまや致命的な欠点となってきた。本体そのものの性能に不満はないが、他社が追い始めると、基本性能より操作性に比重が移ってくることも多い。
 とにかく女性が安心して使えて、できるかぎりコンパクトなものはないかと探したら、候補が見つかった。アメリカのブラックダイヤモンド(Black Diamond)社のエクスペディションポールだ。9,450円という値札がついているので1本売りかと思ったら2本セットの値段だという。LEKIの女性用モデルと考えているスーパーショートが2本セットで18,375円(インターネットで14,700円前後の価格)だから、ブラックダイヤモンドはいわゆる安物のひとつかもしれないと考えていた。
 しかしブラックダイヤモンドというメーカーは1957年に米国のソルトレイクシティに設立された登山・スキー用品メーカーで岩登り用品に独特のセンスを発揮している。かなり前からそのポールの存在は知っていたが、ちょっと個性的すぎるようにも思えていた。
 今回はまず安さにビックリしたが、3段伸縮で長さは57〜125cmとなっている。LEKIのスーパーショートが55〜110cmであることと比べると、縮めたサイズは2cmちがいで、一般女性の小柄なザックに収納するのにはほぼ同等。
 伸ばしたサイズは、110cmはあくまでも女性用で身長が160cmを超える人には短かめになる。身長175cmの私も一時期使ってみて、110cmは短いが実用上はやりくりできると判断した。しかし短いことに変わりはない。新しいものはパイプが細くなって軽量化したのが大きな魅力だが、女性専用という印象は否めない。
 私自身の使用では120cmが標準だと思うけれど、カメラの一脚代わりに使うときには125cmを常用している。ちなみにLEKIのエルゴメトリックロングアンチという最上級機種は67.5〜130cmとなっている。
 ブラックダイヤモンドのポールは男女両用ということができるが、重さはどうだろう。カタログには「615g(ペア)」と出ている。LEKIの方は片方の重さが表示されているので2本分とするとスーパーショートで420g、エルゴメトリックロングアンチで510gとかなり軽い。
 そしていちばん大きな違いは締め具の部分だ。ブラックダイヤモンドは太いポールの先端にあるレバーを押すと、内側のポールをテコの原理でカムが押しつけられて固定する。その締め具合はねじで調節できるので、摩耗などにも対応できる。
 じつは伸縮方法については別の体験があった。ストックを一脚代わりに使う前、歩きながら写真を撮るためにカメラ用の一脚をいろいろ買った時期があった。ところが驚くべきことに、雨の山で1日使うとダメになる一脚が何本もあったのだ。LEKIは同じようなプラスチックの締め具を使用していながら、雨にも負けず、私が体重をかける場面でもびくともしない。私の手元にあるものは手入れもせずに10年目だ。そのことに感謝して使っている。
 カメラ用一脚で最後に残ったのはフランスのジッツオ(GITZO)のものだった。それも2本。機関銃の銃座メーカーから転身したジッツオの締め具は、ごく一般的なカメラ用三脚と同じく、ポールの各段に設けられた握りリングを回すと、その部分で緩めたり締めたりできて内側のパイプが出し入れできる。
 ところがイタリアのマンフロット(Manfrotto)の三脚は握りリングではなくて、ねじを回してパイプを締め付ける。伸縮の方法にはいろいろなやり方があるのだろうが、突きつめれば軽く締まって、緩まないという方向を目指している。
 ごく最近、カメラの量販店で驚くほど安い一脚を見つけたので買ってしまった。日本の老舗三脚メーカーのスリック(SLIK)のモノポッド350というもの。51〜160cmの4段式で、パイプは太くて重い。1本で350gだから2本なら700gになる。しかもカメラ用として雲台なし。ストックならグリップがない状態だ。タイで生産されているとはいえ、価格が3,465円。それが3,000円を割る価格で売られていた。
 石突きがないのでストックのように使うとゴムが滑って恐くて使えない。ストックの代わりにすると何でもないところでは便利だが、必要なところでは役立たずということになる。締め具もブラックダイヤモンドと同様のレバー式だからワンタッチで長さを調節できる。ただし微調節のねじがないので、締まらなくなったらお払い箱だ。
 しかしカメラの一脚ならそういう値段で買えるのだ。ブラックダイヤモンドの2本セットで9,450円という値段がそう安すぎるものでもないと思えてきた。
 ダブルストックは山歩きをできるだけ長く続けたいと考える人にはひざを守り、転倒の危険を防ぎ、登りでも脚力を補って、下りで圧倒的なスピード維持に欠かせない。岩場での有効性もそろそろみなさんに認識され始めるだろう。
 ブラックダイヤモンドをすすめるようになってから、まだ周囲で購入した人がいないので、私は8割は想像でこの文章を書いている。要は、ブラックダイヤモンドに限らず、後続メーカーは日本にも何社もあって、基本的にはよくできている。しかし値段でしかアピールできていないように思える。
 そこでぜひ、女性用の画期的な伸縮型ストックを真剣に考えて欲しいのだ。男性もそのおこぼれにあずかれる。


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