軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座057】虫除け――2008.5.25



■虫除けシール――2008.5.27
女性たちは日除けと虫除けに最大の注意を払っているようだ。もっともヘビーなものでは顔をおおうネットまで、出てくるわ、出てくるわ。



■虫は友だち――2006.6.25
さされない虫、噛まれない虫ならつきあってみるのも楽しい。ときどきさす虫や噛む虫がいるけれど。


●無抵抗主義のすすめ

 虫さされにうんと弱い人がいる。他の人がなんでもないのに顔がお岩さんになったという事件が何回かある。
 アブに襲われたこともあった。八ヶ岳の権現岳から清里に下る途中で、大型のアブが濃密に待ちかまえている場所があって、そこを突破するまで、ほとんど全員がからだのあちこちを噛まれた。
 リーダーとしては、蜂に刺されるのは大きな責任だと考えているので、スズメバチの偵察飛行があったら、もうそこから引き返すくらいの覚悟はしている。おかげで大きな事故はないけれど、ひとりだけが蜂に集中攻撃されたことがある。
 中央本線沿線の滝子山の下り道で、私の後、2番目を歩いていた女性が突然大騒ぎし始めた。蜂の集中攻撃を受けたのだ。
 黒っぽい服装だったことがよくなかったのかもしれないし、2番目という順番が不運の原因だったかもしれない。ともかく黒くて丸い、クマバチの小型種みたいな蜂が彼女だけを攻撃したのだ。
 下山路の途中に陶芸家の家があり、その蜂がジムグリという名で、登山道の脇に巣があったのだろうと教えてくれた。蜂毒そのものは強くないということで、秘伝の塗り薬を分けてくれた。
 たぶん、先頭の私が蜂を驚かせて、2番目番目の彼女が攻撃目標となったのだ。
 ヤマビルについてはすでに書いたが、これから日本の山では、いて当然という虫になるのではないかと思う。21世紀に原始的な虫が地面からはい上がってくるという時代錯誤的恐怖は、なかなか強烈だ。
 ヒルはその人生(?)にただ1回、待ち伏せに成功して動物の血を吸えれば幸福というようなハイリスクな生き方をしているので、ヒル王国に踏み込んだらもう、逃れられない感じがする。ヒルが出没することが分かると、止まって休む気にもならなくなる。
 山に出かけて虫にさされる、虫に食われるという例はいくらでも出てくる。さてどうするか。
 結論として、私は無抵抗主義を貫きたい。虫を嫌う人たちは虫除けスプレーから始まって、虫除けパッチとか虫除けリングとか、虫が嫌う木の香りなどをくゆらせる忌避剤を準備している。
 キャンプ生活なら蚊取線香や蚊取マットもほしくなるだろう。
 私は昔、夏の知床半島山中にかなり長期間滞在したことがあるけれど、あのヌカガとかいう小さな虫に食われて、顔がまん丸になったことがある。
 ところがその洗礼を一度浴びると、あとはうっとうしいけれど、大騒ぎするほどのものではなくなった。
 あるいは6月から9月にかけて北米ユーコン川を下ったとき、北極圏の川べりでキャンプ生活を繰り返したが、虫にかかわる恐ろしい体験はほとんどない。テントを張ったら虫除けのネットを律儀に閉める程度のことで安眠も確保された。
 虫に関しては、みなさんが大騒ぎしている場面でできるだけ平静を装っているだけだが、人並みにかゆいこともある、という程度だ。


●刺されたら、噛まれたら

 以前、登山講習で一緒に仕事していた救急法の専門家が、こんな話をしていた。
 蜂に刺されたらオシッコをかればいいと聞かされた時代があった。アンモニアが虫さされに効くというところからの発想だろうが「もし蜂刺されに効くほどアンモニア濃度が高い小便をしていたら、その人の健康が心配ですね」とか。
 蚊に刺されただけでもどうにもかゆくて、気が狂いそうになることもある。虫さされのための薬が必携かと思うけれど、私は持っていかない。
 本気で困るような事態が生じたらどうするのか。
 私が必ず持っているのはポイズンリムーバーなどと呼ばれる吸い出し器だ。プラスチックのちゃちな道具で、アウトドア用品店で1,000円前後で購入できる。
 注射器の針取り付け口に似た穴が吸い出し口で、それを刺されたり噛まれた場所にあてて、強力な吸い出しをかける。何度かやると、傷口が引っ張り出されて、よく見えるようにもなる。血が出てくればラッキーだ。たっぷりと血を吸い出して、入り込んだ毒を除外する。
 小さな虫の毒は量的にも少量なので目に見えるほどの毒液がない場合にも、有効だと感じる。小さな傷があればそれが広がってきて、なければ皮膚がちょっぴり盛り上がってくるだけだから。
 さらに水をもっている。飲料用の水だけれど、それ以前に「薬」だと思っている。傷口を洗うのだ。洗うことによって傷口付近にあった毒が洗い流される。消毒するよりも、まず水で洗い流すことの効果が大きい。
 水で洗って、そこに鮮血がにじみ出てきたらラッキーだ。血が傷口を内側から洗ってくれる。いまでは赤チンとかヨードチンキなどを塗る人はいないだろうが、ああいうものは傷口周辺を色素で汚してしまうので救急法では禁止事項だ。医者の観察を阻害する。
 外から水、内側から鮮血。ふたつの液体で毒を流し出せれば、あとは帰ってからの手当でも遅くはない。
 毒蛇や毒サソリ、毒蜘蛛など、おどろおどろしいものに対応する方法としても「水で洗い、毒を吸い出す」という方法は合理的なのだ。もちろん「一刻を争って」処置することに一番大きな価値がある。


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