軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座061】ゴミ袋ポンチョ――2008.7.25



■梅雨時の休憩時間――1998.6.13
雨の日に武蔵五日市駅から徳倉三山を歩いた。雨で濡れるか、汗で濡れるか、みなさん悩みながら歩いていた。



■ゴミ袋ポンチョの完成――1996.6.26
90リットルのゴミ袋でポンチョ+スカート。靴にも雨よけをつけている。子供なら「かわいい」のだろうが。


●夏の雨具を考える

 夏の雨はなかなかやっかいだ。気温が20度Cを越えたら、登山者が一般的に使用している(ゴアテックスに代表される)透湿防水のレインウェアでは汗をかく。
 そんなことは分かり切っているはずなのに、みなさんあわてて着た上に、胸元までガードを固めている。体を雨にさらしたくないのだろうが、汗で濡れるのはいとわないのだろうか。
 透湿防水などという考え方のない時代には夏は風通しのいい雨具を選んだ。ポンチョがその代表だ。背負ったザックごと屋根をかぶせたようなかたちで、裾はひらひらと広がっている、両側の袖口を止めなければ脇からも風が通る。
 もうひとつの考え方は「濡れればいいさ」だ。沢登りだと全身濡れ鼠になったまま行動したりするけれど、行動中は濡れたままでいいと考えて、行動が終わったら着替えてストレスから解放する。陸上競技やサッカー、ゴルフなど、全天候型スポーツ競技に近い考え方だ。
 透湿防水という機能は雨具を革命的に飛躍させたが、それは環境が体にとって敵対的な低温領域において圧倒的だった。濡れてもいいと考える人も居、濡れたくないと考える人も居るというような選択の余地がある領域では、その存在感もぐらついてくる。
 昔、ナイキが冬季限定販売でゴアテックス防水のランニングシューズを作っていたことがある。私たちは都内の大型スポーツ店を回って、どの店にどのサイズの靴があるか情報を回したりしたけれど、店ではけっこう冷たくあしらわれる存在だった。
 どうしてかというと、雪国のスポーツシューズとしては防水が必要なのだが、それでも走れば蒸れるという。透湿機能はあっても換気機能はないのだから、ランニングには不十分……というのがランニングシューズ売り場の担当者の常識的判断だった。
 だからいま、ゴアテックス防水のウォーキングシューズは多くのメーカーが競って作っているけれど、あのナイキのACGシリーズのランニングシューズのように軽くて柔らかい靴はない。
 つまり、換気が必要な条件下では透湿程度では追いつかないという現実がある。
 この連載の「ブランド物語」で東レのダーミザクスを取材したとき、ゴアテックス同等のダーミザクスは冬季の低温状況での登山活動にターゲットを絞っていると聞いた。正式名称は「エントラント・ダーミザクス」というそうで、東レの透湿防水素材の総称がエントラント。ところが「エントラント」といえば、これまでは上下で6,000円ぐらいの安い作業雨具だと思っていた。表地に透湿防水フィルムを張っただけの2レイヤーで、肌触りをよくするために内側にネット地をつけたりしている。
 そころがそのエントラントは、ゴルフ用として高級な透湿防水雨具になっているという。ファッショナブルな表地で、裏には肌触りを改善するためのシボ(突起模様)を印刷したりしている。平地用のエントラント雨具は透湿機能を大きくしてあるという。安物というイメージは裏切られた。
 いままで私たちは冬用の透湿防水雨具を1着もってベストチョイスと考えていたけれど、私のように「軽登山」という領域に限定すれば、むしろ夏向きの雨具を真剣に選ばなければ合理的ではないということになる。


●半端な雨具

 私がひとりでカルチャーセンターの登山講座を持つようになったとき、山歩きを体験してみようというだけの人に高価な雨具を買わせるわけにはいかないと考えた。かといって、冬まで続けてくれるなら、そのときにはきちんとした透湿防水雨具を、むしろ外界のストレスに対するバリアスーツとして購入してほしいと考えた。
 間違っても、登山用品店に飛び込んで「雨具はどれがいいですか?」などと聞いてもらいたくなかった。店員は親切に、冬の北アルプスだって平気なものをすすめてくれる。「これをお持ちになっていれば万全です」と。
 そこで、わたしは入門者には「折り畳みカサと使い捨てのビニール雨具」と指定した。
 ビニールのレインコートは夏の富士山で活躍するが、実用的には使いずらい。汗がたちまち結露して、それが表から透けて見える。汗が見えるというのは気持ちまで萎えさせる。
 じつはビニールのレインコートは雨だからといって使うつもりはない。非常用装備として持っていてもらうことで、雨に濡れる体験を貴重なイベントにしやすいのだ。使わないけれど安心という持ち方だ。
 私はそのイベントのために、70リットルのゴミ袋を大量に持ち歩いていた。底から25cm上に25cmの切れ込みを入れる。さらに5cm上にも25cmの切れ込みを入れておく。
 その切れ込みは片側だけで、ひっくり返して頭にかぶると5cm幅のあごひもつきになる。底の反対側はザックを覆う出っ張りになる。
 40リットル前後の本格的なザックを背負っている場合には90リットルのポリ袋の方がいいのだが、デイパック程度ならスーパーなどでも買える70リットルのゴミ袋で十分だ。
 袖口は作らないが、かぶっているだけなので不自由ではない。雨がひどいようならもう1枚のゴミ袋の底を抜いて筒にして、東南アジアの腰巻きのようにする。
 ポリ袋はけっこう重い装備になるが、雨の用意のない人のためにけっこうなファッションイベントを展開できる。
 足はどうするのか。これはなかなかむずかしい。わたしが実験を繰り返したのはレジ袋による靴用スパッツだ。底辺が30cm幅の手提げポリ袋を用意して、靴の上から両足にはく。足首を固定して、くつの部分をテープでぐるぐる巻きにする。ビニールテープだと濡れた部分がつきにくいので、細い布粘着テープが最適だ。ぐるぐる巻きというのは甲の部分から靴底へという方向で巻く。
 最後に靴底の部分を切り落とすのだ。靴底は靴本来のもので、ポリ袋はひさしのように靴を覆っている。ぐるぐる巻きのテープが骨材になってそのひさしの形状を維持してくれる。
 私はそのころからメッシュの運動靴をはいていたのでずいぶん実験したけれど、歩き方の完璧を求めるためにはいい方法だ。私は雨の日、丹沢の大蔵尾根を靴を濡らさずに登り切ったことがある。乱暴に歩くとひさしはずれてしまうので、完璧な歩き方を求められる。
 しかし、けっきょく、夏の雨にはカサが一番という結論に落ち着いた。私は歩きながら写真を撮る。レンズを濡らしたくないからカサをさす。ポケットタイプのデジタルカメラだとレンズが小さいので、そこに雨に当たるとやっかいなのだ。
 それから、歩きながらけっこうメモをとる。地図上に通過時刻を書き入れたり、花の名前を列記したりする。カサがないとそういう作業がやりにくい。
 カサは山では不便に見えるが、樹林帯では嵐の日でも風はきわめて弱くなるのでカサで70%の雨は防げると思っている。
 30%はどこかというと両足のひざから下。それから両腕。ところが強い雨や長い雨の場合には雨を防ぐ能力は50%以下に下がる。ザックの背中から流れ落ちてきた水が、しだいに腰まで回り込んでくる。パンツまでびっしょり濡れるようになる。だから、雨がひどくなりそうなときには早めに雨具のズボンをはいていた。
 夏の雨具のありかたを考えているうちに、ひとつのかたちが固まってきた。私は100リットルザックを常用しているのでそれにザックカバーをかけると、背中側の完璧な雨具になる。腰回りに雨水が回ってくるのを防ぐためにゴアテックス雨具のズボンを切って半ズボンにしたものをはく。あとはカサをさして、濡れるところがあれば濡れればいいさ、と開き直る。
 速乾性の登山用ズボンをはいていると、道際の草についた雨のしずくや露がまったく気にならない。あっという間に乾くからだ。Tシャツも同様に、少しぐらい濡れても問題ない。
 ある日、谷川岳の天神尾根で猛烈な驟雨になった。たちまち道が川になった。そんな雨の中でも、カサ+ザック+半ズボン雨具は汗もかかずに満足できるパフォーマンスを発揮してくれた。気温20度C以上の雨は、当分、そうやって、開放的に楽しみたいと思っている。
 もちろん、ゴミ袋ポンチョは、数枚、かならず携行しているけれど。


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