軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座101】安全装備としてのメガネ――2010.8.17


登山の安全装備のひとつとして中高年登山者のみなさんに遠近両用メガネをすすめたのは4年前でした。今回「3プライスショップ」などと呼ばれる格安チェーン店で2万円弱のメガネを作った後、レンズだけで5万円超という世界最高品質の遠近両用メガネも作ってしまいました。



北アルプス白馬岳の大雪渓を登りました。真夏の太陽が輝いて雪面がギラギラするなか、このメガネは調光機能によって最大濃度になっていたと思います。掛けたままだとほとんど気づかずに透明からこの濃度まで、紫外線量によって変化します。――――2010.7.23



白馬の大雪渓で最大濃度になったときのメガネ。目の位置から下に14mmが累進屈折帯。遠近両用レンズの遠〜近移動の領域となっています。――――2010.7.23


●遠近両用メガネのすすめ

 この講座の20回目(2006.8)に「遠近両用めがねのすすめ」を書きました。基本的な考え方は変わりませんので、どのようなことを書いたのかおさらいしながら話を進めていきたいと思います。
 書き出しはこうでした。

 いっしょに山に行く人で、60代以上の人の半分以上は文字が読めない。じつは私も同様で、めがねなしで地図を見ても用をなさない。
 みなさんは私が近視と思っているようだが、自動車の運転免許は裸眼でとっている。めがねをかけるようになったのは遠近両用めがねからだ。
 山では写真も撮るけれど、それには基本的にめがねは不要。一眼レフカメラのファインダーには視度調節機能があるし、双眼鏡にも同様のピント調節機能がある。
 問題は地形図のこまかな等高線だ。通常はそんなもの見なくてもいいのだが、見る必要が生じたときには、ひょっとするとそのことが重大なことがらにかかわってくるかもしれない。
 そのときに「見るのがおっくう」な状態が(私の場合は)危険だと思った。リーダーとして判断の権限を握っている人間が、危険につながりかねない状況で「おっくう」という状況は絶対に許せない。
 表現が強いので誤解されると困るので断っておきたいが、判断のまちがいを「許せない」と考えているのではない。「おっくう」を放置していることが許せないのだ。
 見ていると、周囲のみなさんの半分以上は、その「おっくう」を放置していて、文字が読めない。小さな文字を読むのと、大きな風景を見るのと、山ではどちらが大切か……ということを真剣に考えたこともある。しかし選択の問題ではない。めがねをかければ両方とも可能になる、はずなのだ。
 ただ、めがねをかけた生活をしていると「眼力が弱まる」という気分になることがある。自分の目に力がないという感じがする。近視の人が「遠くを見ると視力が上がる」というのがそれだろうか。
 山でめがねをかけないでいると、その目の力がよみがえるように思える。だからめがねをしまって裸眼で積極的にやってみたこともある。小さな文字だってすこしは読めるようになるかもしれないし、小さな老眼鏡もいろいろあって、使いこなせば問題は解決しそうに思われた。
 しかし、結論として、私は山を歩く中高年のみなさんに、遠近両用めがねを強くすすめるべきだとの結論に達した。

 現在もこの考え方は変わっていません。私のまわりで新しく遠近両用メガネを作った人ももちろんいますが、メガネ軍団になったわけではありません。メガネをかけていると汗で曇るなど理由はあるようですが、老眼鏡以上の重要な登山装備となったわけではない、という人も多いようです。
 それから、相変わらず遠近両用メガネを阻害する主張があります。遠近両用メガネを掛けると「足元があぶない」という人がいるのです。慣れないうちに階段などで足元が危ない経験をしたという意味ならわかりますが、道具を使いこなすセンスのない人が、けっこう大声で叫ぶのです。
 遠近両用メガネは、昔はメガネの下部に焦点距離の違うレンズをつけて二焦点メガネとなっていました。いまの遠近両用メガネはレンズの中心が遠距離用で、下に下がるに従って中距離から近距離へと連続的に焦点を変化させます。見たいところに視線を定めたまま顔を上下させると、ピントがバシッと合うのです。足元は1m以上離れていますから、顔を動かす量は大きくありません。その程度のことができない人がけっこういるらしいのです。
 私はカメラマンですから非球面レンズを使ったカメラレンズのすごさを知っています。メガネの累進屈折レンズはまさにその非球面レンズなのですが、何枚分にも相当する度数の違う老眼鏡に、近視、乱視、遠視などのレンズも合体させた個人仕様のレンズを作ってくれるのですから夢のレンズというべきです。
 その夢のレンズも日々進化していますから、すべての道具がそうであるように最先端のものとスタンダードなものとが存在します。登山用の靴や雨具もそうですが、スタンダードなクラスはいま、2万円でおつりがくるとテレビで宣伝しています。そういうことから登山用品としての遠近両用メガネを再度訴えようと考えたのです。

 じつは、私自身が新しいメガネを作ったのです。老眼が進んでこれまでの遠近両用が遠〜中になって、山で地図を見るときにもちょっと苦労するようになってきました。家で仕事用に持っている中近両用(手先の仕事用)がふつうの遠〜近になってきました。そこでテレビでコマーシャルを流している低価格チェーン店で、作ってみたのです。
 結果はOKでした。新しいメガネをかけていれば、必要なことはすべてできます。できたての新しいメガネを掛けた瞬間に、遠くて小さな文字の見え方にちょっと不満がありましたが、すぐに慣れてしまいました。
 私の古いメガネはいわゆる有名店でそれなりの値段で作ったものです。ちょっとしたトラブルがあって作り直しをしたりしましたが、けっきょく家族全員のメガネをそこで頼みました。
 そういうささやかな体験と較べ合わせてみて、2万円でおつりのくる遠近両用メガネ(遠近両用でなければ1万5000円前後)は十分に使える、安かろう悪かろうというものではなさそうだ、と思ったのです。
 そのことを周囲の皆さんに話すと、女性から意外に強い反対意見が出てきました。「けっきょくオバさんメガネなのよね」といったのは流行の細型のメガネにできなくてガッカリしたという人です。またある人は新調したメガネをかけて山に来たら「マダム」と呼ばれたといいます。
 そのあたりがひとつの、かつ大きな問題かもしれません。遠近両用にするには中心から下へと遠〜近の焦点移動をさせる累進帯長に14mmの幅が必要とされているのだそうです。そのためメガネの上下の幅が30mm以上なければならないのです。
 もちろん技術的には累進帯長を11mmまで縮める設計のレンズもあるそうですが、ゆがみが出やすいのだそうです。もちろん2万円では無理ですが。
 メガネフレームの流行の波は、軽いプラスチックレンズができて大きいメガネになりました。今はたぶんその揺り戻しの細型フレームではないかと想像します。待っていれば「顔にあったフレーム」とかいって、細くも大きくもないフレームが流行るのではないかと思うのです。どういうメガネフレームに合わせるにせよ、もとのレンズは同じですから。
 そういうわけで、大きなフレームのメガネを作るのは何の問題もないのですが、これ見よがしに細いフレームにしようとすると限界があるのです。私もその大きな眼鏡店に入っていろいろなフレームを眺めていたら、いちばん上のフロアに誘導されました。上下幅30mm以上の、値段も5,000円ほど高くなるしっとりと落ち着いたフレームの部屋でした。たしかに、オネエさんと呼ばれたいオバさんには屈辱的かもしれない差別です。


●アウトドアでのUVカット

 ひとつのメガネを巡るさまざまな意見はあると思うのですが、それでもメガネをかけてほしい理由がもうひとつあるのです。UVカットです。
 私は昔、八幡平でスキー合宿していたときに集団で雪目(光誘発角膜炎)になったことがあります。しかし私自身はまぶしさや紫外線に弱い方ではないらしく、それ以外に困った体験はありません。
 さらに、遠近両用メガネを掛けるようになってからは、冬のスノートレッキングなどにもサングラスを持参しません。いまのメガネは基本的にUVカットが標準装備されているからです。「UV400」というのだそうですが、400ナノメートル以下の短波長をカットすることで、有害紫外線はほぼ100%除去してくれます。カメラ用のUVフィルターと同じで、ほとんど透明です。
 登山用のゴーグルでは、たとえばヒマラヤの高所登山では暴力的な紫外線から目を守るために周囲からの光の侵入もきちんと防いでおかないと危険です。しかし樹林帯の中で雪を楽しむという程度では、メガネさえかけていればほとんど問題ないのです。
 もちろん、サングラスを持参する人もいます。雪の山に行くわけですから常識的な判断です。ところが見ていると、まぶしいところでは掛けていますが、はずしている時間もけっこう長いのです。掛けっぱなしにしているとけっこう見えにくいことがあるようです。
 ご本人はご存じないようですが、山の上ではまぶしくない場合でも大量の紫外線が降っていることが多いのです。サングラスをはずしている時間に浴びる紫外線の総量は、ひょっとするとサングラスを掛けているときに防いでいる紫外線の量より多いのではないかと思うのです。もちろん普通のメガネを掛けっぱなしにしていれば、まぶしさはあるとしても、紫外線はほとんどカットしています。
 女性は日焼けに敏感ですが、すくなくともその時間帯は目にも日焼け止めをしたいのです。水晶体が濁ってくる白内障は老化現象のひとつですが、紫外線が直接の犯人とされています。登山講師としての私の立場では、白内障の原因となる紫外線をカットしてくれるメガネの着用をすすめないわけにはいきません。遠近両用メガネをつくって、登山装備と考えて掛けてくれれば、一石二鳥というわけです。


●最高級品質のレンズを体験する

 そういう「2万円でおつりのくる遠近両用メガネ」の体験レポートを書こうとしていた矢先、聞き捨てならない話を聞いたのです。世界最高級の遠近両用メガネが日本でならかんたんに作れるというのです。
 問題は値段ですが、レンズは5万円から10万円、それにフレームを加えた値段だというのです。
 心配なのはレンズの価格差の部分ですが、目の方にやっかいな問題がなければ、基本的には5万円あたりのレンズで最高品質を味わえるというのです。
 HOYAの両面複合累進設計というのだそうですが、私流にいえば両面非球面。累進屈折帯を表と裏から複合的に作り上げるので当然これまでより視野を広げるなど品質が飛躍します。
 調べてみるとHOYAという光学レンズメーカーはメガネレンズに関しては後発ながら、得意としてきた研磨技術や表面処理技術を武器にいまや世界のトップメーカーとなっているというのです。そしてネットで調べているうちに興味深いデータを見つけました。
 一橋大学大学院に国際企業戦略研究科というのがあって、ハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授の名前を冠した「ポーター賞」を2001年に創設、独自性のある優れた戦略を実行している日本の企業を選んできました。その第一回受賞者がHOYAであり「世界トップ5メーカーの中でもっとも後発でありながら、現在、高屈折プラスチックレンズの販売量は世界一」というポジショニングが受賞理由だったというのです。
 もちろんその中心に遠近両用レンズがあるということなので、文字どおり世界最高水準のレンズ技術を体験できるというのです。
 それと、HOYAは後発メーカーゆえに、メガネ店と直結した情報システムを構築してきたといいます。つまり視力測定からフィッティングまで、街のメガネ屋さんとの連携技術も含めての品質向上をすすめてきたというのです。
 レンズ・フレーム付きで2万円の格安メガネと。レンズだけで5万円以上という世界最高級品質のメガネをこの機会だから両方体験しておくべきだという気持ちになったのです。
 もうひとつ別な理由がありました。昔からあるものと同じかどうかわかりませんが、調光レンズというのがあります。HOYAではサンテックと呼んでいますが、自動的にレンズを暗くするサングラス機能をつけることにしたのです。遠近両用レンズをすすめるのとは別に、若い人にも山でメガネを掛けてもらうにはサングラスについて考えてみる必要があると考えたからです。

 結果はどうだったかといいますと、2万円でおつりの遠近両用メガネは八割以上OKということを確認しました。八割という数字は目分量ですが、基本的に合格点だと思います。
 ほんの数千円で仕入れる激安レンズを使っているとのことですが「3プライスショップ」などという価格三本立てメガネチェーンはジェネリック医薬品と似ているかと思うのです。評価の定まった技術で徹底的にコストを削減し、八割の問題を解決する。そういう意味での八割主義かと思います。私の場合は仕上がりに満足しているので、特殊な問題はなかったということです。
 それに対して、HOYAのレンズで作ったのはフルオーダーメード、医薬品でいえば新薬の世界だと思います。私の遠視に由来する両眼視機能に若干の問題があって、レンズにプリズムを加えたといわれました。
 そういう微妙な問題がいろいろあれば、きちんとしたオーダーメードでないと対処しきれないということになるわけです。ですからメガネをいくつも作って、いつもなにか不満が残るような場合には、一度世界最高水準のレンズで作ってみるという決断は、むずかしい病気のときに専門医を訪ね歩くのと同じだと思いました。
 言い方を変えれば八割の人は格安メガネで実用的なメガネを手に入れることができると思います。私が訴えたい登山用メガネもそれで十分かと思います。しかし世界最高品質のレンズを使ってみるというのは自分の目の能力を最大限回復したという安心感につながります。
 有名メガネ店でつくれば必然的にかかってしまう値段は、おもにフレームの金額ではないかと思っていたのですが、レンズの値段も、そういえば出ていたなあと思い出します。そのときにはひたすら安い方に目がいっていたのですが、コーティングにしても埃のつきにくいコーティングと、汚れを落としやすいコーティングは違うのだそうです。レンズは今、性能面でガラスレンズを凌駕したプラスチックの時代に入って、コーティング(表面処理技術)で新しい世界が開かれようとしているのだそうです。HOYAはその先端に立っているというのです。
 それに加えていわゆるメガネ店は日本で1万店、ヨーロッパで4万店、アメリカで2万店だそうですが、そこで蓄積されたフィッティングの技術と高品質のレンズをうまくマッチングさせようというのがHOYAの戦略ですから、私たちには案外身近な選択肢といえそうです。

 最後に調光機能はどうだったかというと、つけていると自分ではまったくわかりません。はずしてみるとかなり黒くなっているので唖然としたりしていました。
 色はグレーにしましたから透明のメガネが濃いグレーまで変化するのですが、明るい光の中から暗い室内に入っていくようなときでもメガネが邪魔だと思うことはありませんでした。実際には濃くなった状態で入っていくのでしょうが、入ってから次の動作に移ることには透明になっている感じです。歩いて行動しているスピードで調光機能が邪魔になることは全くないと思います。
 注意書きによると透明に戻るのに時間かかかることから、明るい道からトンネルに跳び込むようなときには危険とされています。しかし車の運転ではフロントグラスが紫外線を吸収してくれるのでたぶん透明のまま。問題ないと思います。
 じつはこの調光機能は紫外線が当たると化学反応を起こす調光素材をコーティングしてあるため、明るいから色がつくというわけではありません。木曽駒ヶ岳の山頂部で、濃い霧に包まれて夕闇のような気分のとき、メガネが濃い色に染まっていて驚いたことがあります。つまりレンズが紫外線濃度センサーになっているのです。白馬の大雪渓では青空のもと白い雲が流れていましたから風景はドラマチックに動いていましたが、その印象がメガネのせいで損なわれるというようなこともありませんでした。
 日差しの中で雪面を眺めているとメガネはたぶん最高濃度というような濃さになっていたのですが、これが冬のスキー場だと温度が低いのでもっと濃くなるということです。
 私は実験という考えから2万円弱のメガネと取っ替え引っ替え使ってみたのですが、もともとまぶしさにはあまり困らないできたので大きな差は感じませんでした。
 しかしまぶしさに弱い人がいて、その人によるとサングラスをいろいろ使ってきたけれど、レイバンを基準にしてみると、品質に問題のあるサングラスがけっこう多いというのです。
 まさか今はないでしょうが、UVカットをしていないファッション・サングラスなどしたら、暗さで瞳は開いて、そこに紫外線がドバドバドバと注ぎ込まれてしまいます。まぶしいから暗くしたいと考える人は、まぶしくないけれど紫外線がふんだんに降り注いでいるところでの目の保護がさらに重要だということに気づいてほしいと思います。
 もう一度繰り返しますが、紫外線から目を守るなら、紫外線が降り注いでいる長い時間、ず〜っと守ってやらないと大きな効果はないのです。ですからきちんとしたメガネを作って、それに調光機能を加えたら、一段上質のサングラスになるのです。
 真夏の北アルプス稜線や、真冬の蔵王の樹氷林で、サングラスの必要を感じたことはありません。透明のUVカットのメガネで十分だと思いますが、さらに紫外線量に応じてサングラス機能が立ち上がってくる調光機能メガネはアウトドア用としては高級だと思います。


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