軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座103】私の写真術(2)絞りは開放――2010.10.20
*このシリーズは全4回で、(1)歩きながら、2)絞りは開放、(3)ロボット撮影術、(4)写真選びの「10秒ルール」――となります。

最近の写真撮影術がどうなっているのかじつはあまり知らないのですが、私の山の写真は1995年以来、ほとんどすべて絞り開放で撮っています。その「開放撮影」の裏側の理由をできるだけていねいに書いてみたいと思います。



上越の巻機山(1,967m)で足元に見つけたギンラン。登山道からだとちょっと邪魔者が多かったけれど、私の大原則は「登山道から一歩もはずれない」。思いっきりカラダをのばして覗き込みました。――――1998.6.28


●絞り開放……をめぐるレンズの進歩


大菩薩峠から笹子峠に至る南大菩薩の長い稜線上に位置する大谷ヶ丸(1,644m)の中腹にはぐるりとレンゲショウマが咲き誇ります。登山道からうまく見上げる位置にある花はなかなか出てきませんが。――――2005.8.20



南アルプスの北岳(3,192m)から塩見岳(3,047m)へと縦走したときに見た(たぶんありふれた)ミヤマトリカブト。キタダケトリカブトとは葉っぱが違うようですね。――――2001.8.24



秋田駒ヶ岳の最高峰は男女岳(1,637m)です。大焼砂のところにコマクサの大群落がありますが、すれ違った人に「シロバナがあるよ」と教えられて、望遠レンズでなんとか撮影しました。――――2005.7.13


 1989年(平成1)にキヤノンが EOS-1というプロ用の35mmAF一眼レフカメラを発売します。
 本格的なAF(オートフォーカス)一眼レフカメラというのは1985年にミノルタが発売したα-7000が嚆矢です。このαシリーズは現在はソニー製として受け継がれていますが、ともかくピント合わせを自動的におこなってくれるという革命が起きたのです。
 キヤノンはその波に出遅れます。のちにデジタルカメラでもそうですが、完全に出遅れたのです。その出遅れを取り戻すために新しいシステムを丸ごと開発し直して追いつき、追い越そうという戦略をとったのです。デジタルカメラでもそうですが。
 キヤノンはつまりAFセンサーを完全に自社開発して、2年遅れの1987年にEOS650を発売し、さらに2年後の1989年にプロ用のEOS-1を完成、35ミリ一眼レフシステムを完全にリニューアルしたのです。
 じつはそのEOS-1と「絞り開放」とは、私の側では深く関係していました。個人的なことなのですが、すこし脱線させていただきます。
 キヤノンという会社には広報部門があって新聞報道や雑誌報道に深く関わる仕事をしていました。ところが販売に関しては日本にキヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)があって、キヤノンUSA、キヤノンヨーロッパとの世界3極構造を構築していました。
 そして日本では当時約100億円といわれたテレビコマーシャルをキヤノン販売が担当していたのです。その結果、子会社ながらキヤノン販売も数億円規模の広報活動を展開する必要があるということで EOS-1発売を機にマスコミに対する対策の事業をいろいろ立ち上げたのです。
 その一つとして、キヤノン販売の事業全般にかかわる情報をマスコミ各社に送る「キヤノン通信」というツールを作成するため、モノ雑誌にかかわるフリーライターが7〜8人一本釣りされて集まりました。その一人として以後10数年、私はキヤノンとおつきあいすることになるのですが、まず最初に、持っていたニコンFのシステムを売り払い、EOS-1を購入したのです。
 レンズはあまり気が進まなかったのですが、28-80mm/F2.8-4というレンズを買いました。価格は16万円だったと思いますが、世界で初めて超音波モーターを搭載したレンズなので好き嫌いにかかわらず買うべきだと思ったのです。
 標準系ズームというのにほとんど魅力を感じていなかったので、メインレンズのつもりで24mm/F2.8と、テスト撮影で気に入った100-300mm/F5.6という超軽量の望遠ズームを購入しました。
 じつは28-80mmズームは、当時ほとんど手作り状態だったという超音波モーターが故障して動かなくなり修理不能となって捨てましたが、あとは現在も生きています。
 ニコンのシステムでも一応プロ用のレンズを揃えていたのですが、キヤノンに変えて驚いたのはコントラストでした。単純に、かすんだ遠くの山が「撮ってもムダ」に思えるとき、それが写ってしまうのです。富士フイルムのベルビアというカラーリバーサルフィルムとの組み合わせで、山の写真がとても楽しいものになったのです。
 100-300mmのレンズは開放絞り値がF5.6ですから、手ぶれを押さえるのが大変でしたが、富士山が見えたときのクローズアップなどで、驚くほど鮮明な絵を作ってくれました。
 しかしそれより、28-80mmというズームレンズは驚愕でした。どういう状態で撮っても単焦点レンズで撮ったものとして通用するシャープさを実現していたからです。このレンズは現在は24-70mm/F2.8となり38cmまでの近接撮影が可能になっています。メーカー希望小売価格は22万円ですが、プロ必携のレンズといえます。
 どのレンズがいいか悪いかというようなことに私はあまり関心がないのですが、高価なプロ用レンズとアマチュア用レンズの違いは歴然です。絞り開放で仕事ができるかどうかということです。
 さらにプロは開放F値が動くということも嫌います。私が感心した28-80/F2.8-4というレンズもマニュアル撮影するときに、50mmだったら開放F値がいくらになっているのか分からないという不満をいう人いたといいます。F4に絞ればもちろん問題ないのですが。ですから28-80mmの後継レンズは開放絞り値をF2.8に改善します。
 後に20-35mm/F2.8というレンズも使いましたが、これは20mmで絞り開放撮影をすると四隅の画像が流れます。絞れば改善するので周囲のカメラマンにはそれほど嫌われてはいないようでしたが、私には欠陥レンズとしか思えませんでした。すでに私は絞り開放で撮影するという大原則を立てていたからです。


●絞り開放撮影を阻害していた要因


奥秩父連峰の飛龍山(大洞山 2,077m)から前飛龍を経て丹波に下る長い尾根はおだやかな楽しさに満ちています。春、あちこちに見られたのはブナの芽生え。――――2001.4.28



上越の巻機山(1,967m)で見つけたイワウチワ。一眼レフのオートフォーカス機能はこれぐらいの距離感、ピントの浅さには問題なく対応してくれます。――――2002.5.8


 私のようなほとんど写真をとらないカメラマンでも、自由なレンズ選択ができるようになったのはまさにAF(オートフォーカス)のお陰です。
 昔、フィルム感度ASA100(現在のISO100)で昼間の戸外では「100分の1秒/F8」というようなガイダンスにはけっこう深い理由がありました。もし明るいレンズを絞り開放で使ったら、ピント調節精度が追いつかなくなる危険があったのです。
 標準レンズを50mmとしてF8に絞ればアバウトな距離計でも撮影領域が「被写界深度」に入ります。目測でも撮影できるピント合わせの安全領域が「F8」には含まれていたと考えます。要するに知恵者の選択だったと思うのです。
 さらに、私が最初に使用したカメラなどでは、最高スピードが500分の1秒でしたが、それが正しいかどうかははなはだ怪しいと考えられていました。スプリングで動くシャッターではすべての部分で正確とは考えにくい状態でした。100分の1秒あたりは精度が維持されているというふうに考えていたものです。
 また、ライカに代表される高級な「距離計連動式35mmカメラ」ではその距離計の基線長(三角測量の基準となる一辺の長さと、それを検出する倍率が距離計精度を表します)によって安心して使用できるレンズの範囲が決まっていました。望遠レンズはほとんど使用できないシステムでした。
 ところがそれが、一眼レフではファインダー上でボケを認識できるようになり、ピントも好きな位置で合わせられるようになりました。望遠レンズが一気に使いやすくなったのです。
 ところが失ったものもありました。広角レンズを使うと、ピントが合う領域が広いので実用上はあまり大きな問題がないのですが、ピントを合わせるという精度そのものは驚くほど低くなります。「被写界深度が広い」といいますが、逆にいえばボケの領域からピントの中心を探すのは難しくなります。おまけに広い範囲を撮るために画像の倍率が下がるのでピント合わせの精度も低くなります。一眼レフで広角レンズを使用しているときにはプロでもピント合わせが不確実といわれてきました。
 プロ用のAF一眼レフのAF性能をどの程度のところに設定するかという点で、キヤノンは300mm/F2.8というレンズを絞り開放で使って、100mの短距離走者を正面からとらえるピント精度というふうに決めたのです。自動車なら時速40kmということになります。
 これによって、通常の望遠撮影領域ではほとんどAFまかせでピントが合うようになり、広角レンズでもピント位置そのものが正確になりました。EOSシリーズではピントを合わせたい領域を手前と向こうで指定すると、合わせるべきピント位置と絞り値を自動的に算出してくれるというような新しいワザまで用意してくれました。ピントが合う範囲とされる「被写界深度」を自動的に計算してくれるというわけです。
 この高精度のAF機能によって、レンズを絞り開放で使い、最短撮影距離まで近づいて撮るというような難しいことも、簡単にできるようになったのです。私はプロ用のレンズで思わぬいい絵が撮れるようになりましたが、プロ用のカメラのオートフォーカスによって、腕を磨かずに技術レベルを上げることもできるようになったのです。


●広角レンズで絞り開放、最短撮影距離


北アルプスの鳳凰三山。地蔵岳(2,764m)から鳳凰小屋へと下る登山道の、ほんとうの道端に、キバナノアツモリソウが群れていました。味をしめて翌年も狙いましたが、早すぎて影も形も……。――――2001.7.12



これは那須岳(茶臼岳 1,898m)の山麓で見たチゴユリ。山ではごくありふれた花で、葉陰に控えめに咲いているのだけれど、花があまりにもシャープなのでいつもすぐに目に飛び込んできます。――――2003.5.24



白山(御前峰 2,702m)から、花の観光新道を下りました。テガタチドリの群落のところで振り返ると。後続の仲間たちが続いていました。――――2003.7.13


 こうして私は28mm、24mm、そして20mmといった広角レンズで最短撮影距離ギリギリまで近づいて山の花を撮るという撮り方を基本にするようになります。
 写真のうまい下手ということは別にして、超広角レンズでできる限りの近接撮影をするという手法に関しては、昆虫写真家・海野和男さんの試みに追従したのです。海野さんは子どものころに蝶を追いかけた記憶を写真で再現するために、超広角レンズでギリギリまで飛ぶ蝶に接近して撮影するという手法を編み出したのです。レンズの撮影倍率は無限遠にピントを合わせたときのものですが、レンズ鏡胴を繰り出してピントを近くに合わせていくと、撮影倍率は上がって、レンズの性格が変化します。
 そのことを利用した古典的な撮影技術が「50mm標準レンズは万能レンズ」というやつです。撮影画面の対角線を焦点距離とする50mmレンズで、遠い風景をパンフォーカス(手前から奥まで全部ピントが合った状態)で撮ると広角レンズで撮ったようになり、近距離を絞りを開けて前後にボケが出るように撮ると望遠レンズで撮ったようになります。標準レンズ1本で撮ったとは思えないマジックが可能という意味です。
 もうひとつ、視野と画角の問題があります。
 イメージセンサーとしての網膜には色情報に特化した錐体細胞(赤錐体、緑錐体、青錐体)と高感度の明暗情報からモノの形をとらえる桿体細胞があって、網膜の中心部には錐体細胞を多く並べた黄斑部があります。
 そして黄斑部の中央に「中心窩」と呼ぶ高解像度領域があって、網膜面積全体のほんの1%程度のところから出てくる情報が脳で受け取るときには全体の半分にもなるといいます。それほど凝縮された高密度の視細胞領域となっています。すなわち文字を一字ずつ読みとる視野です。
 黄斑部からの色情報は私たちの日常的な視野を構成しますが、それを「鑑賞の視野」というふうに意識すると、テレビ、映画、絵画などを見るときの視野として自覚できる場合があります。
 たとえば映画をゆったりと見る視野がそれなのですが、最前席に移ると鑑賞という冷静さは吹き飛んで臨場感に圧倒されます。周辺視野といいますが、網膜の、黄斑部の外側には明暗に反応する桿体細胞が並んでいて、左右180度という広い視野をもたらしてくれます。背中に目があるようなサッカー選手はおそらくその周辺視野をうまく使っているはずです。「見ないけれど見えている」という見方ができて、形はあまりうまく認識できないのですが、動きには敏感です。暗いところでも動きの情報を高感度でとらえてくれる防犯カメラのような性格です。
 一輪の花に近づいて大きく写すというだけなら近接撮影用のマクロレンズ(メーカーによってはマイクロレンズ)で撮るわけですが、それは中心窩で文字を読むようなクローズアップではないかと思うのです。
 ところが広角レンズを使ってみると、その周辺視野で感じる臨場感を写しとることができるように思います。草むらに顔を近づけていくと花だけでなく葉っぱも眼前に広がって迫ってきます。そういう群れのなかに目的の花がある、という印象が写しとれるように思うのです。
 だから私は絵づくりという意識はほとんどなくて、気になった花に顔を近づけて最短撮影距離でシャッターを切るというかたちを基本にしてきました。
 花の写真というよりも、単純な花の目撃記録ですが、そのなかから大きなボリュームとなった花を紹介したのが『山の道、山の花』(晩聲社・2007.8)でした。これは最近電子出版化されて、iPhone、iPadでお読みいただけるようになりました。
 広角レンズの臨場感を活かしつつ、絞りを開放にして前後にボケがくるようにすると、何を撮ろうとしているかがピントの合い方でわかります。しかもシャッターは高速側に動くので手振れがおきにくい。風に揺れる花をスナップショットするにはベターな方法かと思っています。


●ポケットタイプ・デジタルカメラのスーパーショット

 私は高価なプロ用レンズで、かろうじて本にまとめられる程度の写真を撮ってきたのですが、じつはサブカメラとして使い始めたポケットタイプのデジカメが驚くほどの性能を発揮することに気づいたのです。
 消耗品だと思ってときどき中古で安く購入するのですが、現在使っているのは710万画素。レンズは「5.8-23.2mm/F2.6-5.5」となっています。35mmカメラでは35-140mmに相当します。山で使うので単三電池使用が気に入っています。
 広角レンズとしてはいまや28mm相当が出ていますが、それよりもなによりもマクロモードにすると広角で5cmまで接近できるというのが素晴らしいのです。モニター画面を見ながら腕を伸ばしていくと、テレビ画面でズームインしていくような気分になります。35mm一眼レフで接写する場合はこうは簡単にいきません。そのことが本当に楽しいのです。
 それからもう少し引いた風景でも大きなプリントで較べてみると大差ないという場合が多いのに驚きます。
 遠景や望遠撮影ではさすがにプロ用との差は見えてきますが、人物の記念写真から近くは5cmの最短撮影距離まで、中近景の写真は本に使うのにも十分な画質といえると思います。
 しかも私は絞り開放で撮っていますから広角側でF2.6です。四角い看板をとると真ん中がふくらむというようなレンズのクセがあるのはいかにもアマチュア向けですが、絞り開放で撮ってもおどろくほどシャープできちんとした写真になります。レンズ性能としては驚くべきことかと思います。
 万能を求めるのは酷ですが、安くて軽くて小さくて、ほんとうに素晴らしいカメラだといえます。私はもうクローズアップカメラとして手放すことができません。


●2010.7.23〜25の3日間で北アルプスの白馬岳(2,932m)から朝日岳(2,418m)へと花の縦走路を歩きました。ポケットタイプのデジカメで花を覗き込むように撮った楽しい写真をご覧下さい。



大雪渓を登って、御花畑で見たミヤマクワガタ。小さいくせになんだかとても元気に見えました。――――2003.7.23



同じ場所にりっぱな花を咲かせていたミヤマオダマキ。これはなんとも上品な色合いの花でした。――――2003.7.23



御花畑の黄色系の花の代表はシナノキンバイ。人生の盛りを過ぎた、熟れた感じに思わずシャッター。――――2003.7.23



朝日岳の中腹を巻く白馬水平道は、水平どころか無限にアップダウンが続く道ですが、キヌガサソウが主役でした。――――2003.7.24



沢山風露と揶揄されるハクサンフウロですが、目を近づけてよく見ると、洗練された陰影に彩られていました。――――2003.7.24


朝日岳から蓮華温泉へと下る長い道も花の山にふさわしい道でした。シモツケソウが花の盛りにもう一歩という若々しさを振りまいていました。――――2003.7.25



北海道の夕張岳で見たような大群落はありませんでしたが、シロウマアサツキが道際に次々に現れました。――――2003.7.25



どこにでもあるウツボグサですが、これはずいぶんと華やかな印象でした。――――2003.7.25



五輪高原を抜けてそうとう下っていったとき、トキソウの群れを見つけました。――――2003.7.25



長い下りも終盤。大きな川を渡りました。休憩していると蝶が1匹(1頭と数えるほどのものではないと思いますが)私たちにしつこくアタックしてきました。――――2003.7.25


★目次に戻ります
★トップページに戻ります