軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座104】私の写真術(3)オートマチックカメラとロボット撮影カメラ――2010.11.13
*このシリーズは全4回で、(1)歩きながら、2)絞りは開放、(3)ロボット撮影術、(4)写真選びの「10秒ルール」――となります。

ロボット撮影というとお天気カメラや自然観察の無人撮影カメラをイメージする方が多いかと思いますが、ここではもっとシンプルに、カメラを撮影用ロボットとして認識しようという意味に使いたいのです。



白馬岳(2,932m)では晴れた日の夕方に雪渓側からガスが上がるとほとんど間違いなくブロッケン現象があらわれるのですが、この日も出ました。ブロッケン現象はカメラ巻かせで撮るのが安全です。――――2004.7.23


●まずは「カメラ」の歴史から


鹿島槍ヶ岳(2,889m)を目指して種池山荘を出発したのが夜明け前。爺ヶ岳(2,670m)の手前で日が出ました。山頂では大型カメラを構えたカメラマンが鹿島槍を狙っていました。――――1997.7.20



木曽の御嶽山(3,067m)では幸運にもいつも展望に恵まれています。正面遠くに見えるのが北アルプスで、虹もきれいに写りました。――――2001.9.13



明日は仙丈ヶ岳(3,033m)に登るという日、北沢峠の小屋から見た月には薄い雲がかかっていました。幸いに翌日は晴れましたが。――――1998.10.5



那須の三斗小屋温泉に泊まりました。この夕焼けの後、夜半に雪が降り積もり、翌日は北風がものすごい風圧を加えて峰の茶屋へと噴出する、名物の冬の風になりました。――――1998.11.11



吾妻連峰の長い稜線を抜ける前に夜に追いつかれていまいました。そのときの気分を記録しておきたいと、適当な場所でカメラを適当に置いて、長時間露出を試みました。坂本龍馬が写真を撮られた時代には、これでもハイスピードシャッターだったかもしれません。――――2001.10.10


 前回に引き続きまた長い前文になりますが、天才レオナルド・ダ・ビンチが知っていたというカメラから話を始めたいと思います。
 それはまだカメラ(写真用カメラ)ではなくてカメラオブスクラ(暗い部屋)であって、壁面の小さな孔から入った光が外の景色を天地逆さまに投影するという科学的観察によるものでした。
 その暗い部屋を持ち運びのできる暗い箱にしたものもまだカメラオブスクラで、風景画家がスケッチに利用したといわれます。小さな穴を通り抜けた光線が倒立像を投影するという意味ではピンホールカメラです。16世紀半ばには、穴のところに凸レンズを置くと投影される映像が飛躍的に向上するということも明らかになっています。
 1827年フランスのアマチュア科学者ニエプス(ジョセフ・ニセフォール・ニエプス)は光で硬化する特殊なアスファルトプレートに窓からの風景を写し取ったのです。それが現存する歴史上最初の「写真」といわれています。
 ニエプスの共同研究者となったダゲール(ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール)が写真の本流となる銀板写真法(ダゲレオタイプ)を完成させたのは1839年のことでした。写真用カメラの進化がそこから始まります。レンズと感光素材とそれを覆う箱があれば写真用カメラは成立するのです。
 ……で、最も進化した写真用カメラはなにかというと、私だけの考えかもしれませんが、携帯電話のカメラです。
 なぜか。シンプルなレンズと高画素のイメージセンサーが驚くほど小さなかたちでまとまっている……という点で人間の目に限りなく近いからです。画素数がもっと増えて人間の網膜上の視細胞と同じくらいになれば、あとは必要な範囲を切り出すだけで、画角(視野)も切り替えられます。
 構造的には携帯電話のカメラが一番新しいと思うのですが、じつは人間の目が網膜の後に巨大な画像処理装置である脳を配置しているのと較べると携帯電話はまだ素朴です。
 そこでいよいよ一般的な写真用カメラの話になるのですが、カメラがとらえた映像を「写真」にするためには焦点調節(ピント領域の選択)と適正露出(光量調節)が必要で、フレーミング(撮影範囲の確定)とシャッターチャンス(撮影瞬間の固定)が表現意図に直接関係します。
 この4つの要素をフルマニュアルでかなえてくれたカメラの代表はライカM3だと思います。それから露出決定をカメラ側でアシストしてくれるカメラ(AE機能)の代表としてはニコンFを挙げたいと思います。さらにピント合わせをアシストしてくれるカメラ(AF機能)の代表はキヤノンEOS 1としたいと思います。
 フルマニュアル、AE、AFそれぞれに名機がいろいろあると思いますが、ファインダー視野が100%というフレーミング性能を加味するとこの3機種になるかと思います。
 ところで、ライカM3についてはとてつもない名機だったということはご存知でしょうが、その精密きわまるファインダーが製造台数を制限し、とうとうライツ社を倒産させるに至ったといわれています。そのころライカの背中を追っていたキヤノンや、コンタックスに追随していたニコンはライカM3の出現に一種絶望し、ともにその「距離計連動式35mmカメラ」というジャンルから「35mm一眼レフカメラ」へと転進するのです。
 これらのカメラは高価ですから、プロ用、あるいはハイアマチュア用としてシステム化されていて、一般のアマチュアカメラマンにはスペックダウンした普及機が用意されました。
 そしてスペックダウンの中には、ハイエンド機の常用機能を確保したサブカメラと、オート機能を初心者向けのインターフェースで組み込んだ入門機に分かれていきます。
 すご〜くわかりにくい説明をしましたが、オートマチックカメラとロボット撮影カメラの分岐点はそこにあります。


●オートマチックカメラの鍵は相性











1日目は尾瀬ヶ原を縦断して見晴(下田代)の山小屋街に泊まりました。2日目の朝、燧ヶ岳(2,356m)から昇る日の出を待ちました。カメラまかせで撮ったその刻一刻。――――1997.6.19


 カメラはいまやデジタル化してフィルムカメラ時代と較べると圧倒的に飛躍したのはご存じのとおりです。
 初心者向けのカメラはすべてがオートマチックカメラになっていて、それもフィルム時代には現像・プリント段階で(プロフェッショナルな補正をして)最後のつじつま合わせをしていたのが、いまではカメラ側で最終画像を出してくれます。
 フィルム時代のオートマチックカメラでは、カラーリバーサルフィルムを使えれば高級機、ネガカラーフィルムでないとだめなのが普及機と分けることができました。しかしデジタルカメラではオート・ホワイト・バランスといって自然光でも人工光でも写真の中の白を白として出そうという努力がすべてのカメラで行われます。
 何も考えずにシャッターを押せば写真が写るという意味ですばらしいオートマチックカメラばかりだといえそうです。
 さて、本論です。ここでいうオートマチックカメラはポケットタイプのデジタルカメラと考えていただいてけっこうです。それについては店頭やカタログでいろいろ調べて、最終的に懐具合と相談しながら候補を決める……というのではなく、中古カメラ店で浮気買いをしていただきたいのです。予算は2万円前後としてみてください。
 日本の多くの皆さんは中古品を買うことにかなり躊躇されますが、そういう国民性ゆえに、日本で売られている中古品は(ブックオフの古本と同様)中古とは呼べないもの(たとえば新古)が多いのです。
 しかし、それは安いから……というおすすめではありません。浮気買いをすすめたいのです。フルオートマチックのカメラならどのメーカーのものでも同じかというと、そうではないからです。どのカメラでもオートで撮れてしまうにもかかわらず、メーカーが異なるとずいぶんと、なにかが違うのです。いい友だちだからといって、みんな同じ性格ではないのと同じです。
 そこで少なくとも数社の違いを体験するまでは浮気買いをしていただきたいのです。(ちなみに不要になったカメラは周囲のチビッコたちに気前よくプレゼントすると喜ばれます)
 なぜなら、完全自動を目指すとなると、使われる状況をすべて想定内に取り込まなければなりません。逆にいえば想定外の状況は切り捨てられることになります。親切だけれど頭の固い親友のような存在になるのだと思います。どのカメラも基本的にはフルオートなのですが、こまかな違いはあるということです。
 私の印象では小学校の運動会スナップぐらいからリビングルームの家族写真ぐらいまでなら、高価な一眼レフカメラとほとんど優劣つけがたい写真になります。そして接写領域になると、接写用レンズをとりつけた一眼レフカメラよりはるかに有能になります。
 つまりそのカメラの想定内領域では、驚くほどすばらしいパフォーマンスを見せてくれると言っていいと思うのです。そしてその想定領域の決め方に、作った人の考え方の違いが出てくるのだと思います。


●マニュアルカメラからロボットカメラへ


これは槍ヶ岳(3,180m)の槍岳山荘(現・槍ヶ岳山荘)のわきに出たブロッケン現象です。光輪の中にいるのは、もちろん撮影者の私。道にいる人がもう少し進んで夕日を浴びると、その人もブロッケンの光の輪をゲットするでしょう。――――2001.7.29



鹿児島空港は霧島山(韓国岳1,700m)の南にあります。霧島山に雲がかかり、南から太陽光を浴びて、飛行機がブロッケンの日輪の中に浮かびました。もちろんとっさに、カメラまかせの撮影です。――――2005.12.13



北穂高岳(3,106m)の山頂で夕日を眺めていました。眼前にガスが飛んで、青空を隠したとき、南峰の向こうにある夕日が遠ざかっていくような気分になりました。――――2005.8.28



美ヶ原は雲の中にあって、ときどきホワイトアウトを体験しました。冬の太陽が光を増すと、ゆるやかな白い平原の輪郭が浮かび上がります。――――2002.2.13



御嶽山の最高峰・剣ヶ峰(3,067m)の山頂にあるのは御嶽神社。御来光を拝む主役はその信者たちです。ずいぶん寒そうないでたちですが、凛とした空気が漂います。写真正面には八ヶ岳、右に富士山、中央アルプスと南アルプスの北端も見えています。――――2002.7.28



美ヶ原の牛伏山から落日を眺めていると、パラボラアンテナが林立する最高峰・王ヶ頭(2,034m)の脇に太陽は落ちていきました。写真右端に穂高連峰が見えています。――――2004.12.14


 マニュアル操作で写真を撮る人が偉く見えることがあります。三脚を立てて、露出計を使っているだけでプロフェッショナルな雰囲気になります。
 私が最初に使ったズームレンズは28mm〜80mm F2.8〜F4 というものでしたが、これは不評で次のバージョンから開放F値がズーム全域でF2.8になりました。
 望遠側で開放F値が変化するというのはアマチュア用のレンズではごく当たり前のことですが、プロの中には、このレンズを絞り開放で、かつマニュアル使用したい場合があるらしいのです。するとたとえば、焦点距離50mmで撮影しようとしたときの開放F値が分からないという苦情が出るのだそうです。
 もちろん、カメラ側に用意されたAE機能で撮影すれば、28mmのところでF2.8に設定すれば50mmでの撮影も80mmでの撮影もそれぞれの開放F値で撮影してくれるのですが、マニュアル撮影しようとするとF4より明るい領域では使いにくいということになるわけです。そのことに関してメーカーは反省をしたということのようです。
 プロが使うレベルのカメラも、もちろんフルオート撮影はできます。しかしそれだけでは相性が悪いと感じた人は他社のカメラに乗り移ってしまいます。そこでありとあらゆるプロカメラマンのニーズに応えようと設計の幅を広げます。
 言葉でいうと難しそうですが、じつは簡単。オートとマニュアルの間をできるだけ細かく埋めていけばいいのです。つまりセミオートやオートの部分調節といった機能をたくさん挟み込んでいけばいいのです。
 素人考えで「簡単」と言いましたが、じつはアイディアを並べただけではダメなのです。AEにしろAFにしろ、本来の精度が十分な余裕幅を持てるだけの精度をもち、それをコントロールできるだけの頭脳をそなえていないと、ムダなボタンがいっぱい並ぶだけに終わります。
 つまりさまざまなセンサーを用意し、頭のいいCPUで判断させ、動かすべきところを正確に動かすという画像撮影ロボットになっていきます。あらかじめ用意したオートメニューからはみ出す撮影領域があっても、それをできるだけ支援できるセミオート機能が、じつはロボットカメラの重要な能力ということになります。
 わかりやすく言えばオートマチック撮影の、その先への拡張に富んだカメラということになります。
 そうなると、このクラスのカメラではほとんどの場合、価格と性能が比例します。ですから各メーカーのフラッグシップ機とその下のサブカメラまでが選択候補ということになります。
 もちろん価格的にはそれなりのものですから、ポケットマネーの重さと比較するとつらい値段かもしれません。しかしカメラ王国日本では、2年遅れなら半額ほどで買えるのではないでしょうか。
 じつはボディの価格に悩んでいるのでは先行きが暗いのです。いまやレンズのほうがはるかに高価……な場合が多いからです。バブルの時代に中学高校生に望遠ブームが起きたことがありました。カメラメーカーでは「ボディをおまけにつけようか?」などと話していたことがあります。ヨーロッパのプロカメラマンは機材は自前で用意するのが基本ですから、新しいレンズを買うと写真の売れ行きが変わることから、機材競争が勃発したこともありました。スポーツやファッションショーの現場では、レンズの選択が勝敗を決めることがあるのです。
 レンズに関してもアマチュア用とプロ用では設計段階から違った考え方をしていることが多いので、ズームレンズでは値段が大きく違ってきます。単焦点レンズ(ズームでないもの)をやはり中古で1本か2本、買ってみることをすすめます。
 さて、高価で高性能のロボットカメラをゲットしたとして、カメラをどのように使いこなしたらいいのか。
 最近、カメラの実習講座に出ているという人の話を聞いたら仰天しました。カメラからポロンと出てくる写真(jpg=ジェイペグ=画像)を最善のものにするために、いろいろな補正を学んでいるのだそうです。
 つまりのっけから、オートの枠外のマニュアル支援機能をいかに使いこなすかを教わっているようなのです。
 日本人の悪い癖で、用意されている機能を「使いこなしたい」という律儀さが「勉強」だと考えてしまいます。
 こう考えてほしいのです。まずはオートで撮ってみる。不満があったら、その不満を解消してくれる仕掛けが、このカメラにはきっと隠されているはずだ……と。
 不満が何かというところが、じつは写真には一番大事なところなので、それについては次回に書かせていただきます。


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