御嶽山からの富士山

★「山歩き」を考える・目次へ


後藤ちあきさんへのアドバイス
冬に山歩きを始める人へ
服装の考え方
2018.1.7

1.日帰りが簡単か?
2.防寒対策(上半身)
3.防寒対策(下半身)
4.手袋と帽子
5.冬の靴について
6.軽アイゼン
7.保温水筒
8.貼るカイロ
9.登山用品店


★メール欄へ戻ります


*突然、次のようなメールをいただきました。


2017.12.25
伊藤様
はじめまして、後藤ちあきと申します。
知り合いに紹介して頂き、メールさせていただきました。
山登りに興味あり、挑戦したいと思ってます。経験者ではありませんが、高尾山には登ったことがあるくらいの経験しかありません。

サイトの中の写真、とても綺麗ですね。
体験入会みたいなものはあるのでしょうか? ありましたら、参加希望したいです。
どうぞよろしくお願いします。
後藤ちあき


それに対して私の返信


2017.12.25
後藤ちあきさま
*メールありがとうございます。
*最近、ポツポツと参加体験される方が出てきたので春からはもうすこし意識して計画を立てたいと考え始めたところです。

*現在の計画で、初体験でも対応できるのは以下のものと考えます。
1a 飯盛山
1c 美ヶ原(泊まり)
2a 陣馬山
2c 八甲田山(泊まり)
3d 岩戸山
*「計画&参加」ページの下段に糸の会の今期の「お知らせ」がありますので、ご一読いただければと思いますが、初めての方でも対応可能な計画です。

*冬の装備は登山用品店で高価なものを揃えるのは無駄ですから、個々にご相談に応じます。靴に関してはちょっと慎重になりますが、服装に関してはユニクロレベルで十分です。
*真冬の体験は貴重ですので、おすすめします。……じつは糸の会にはベテランが多いので、長時間歩くことに関しては驚くほど達者です。ですから行動時間が短い計画が「初体験向き」なのです。美ヶ原などは絶対のおすすめです。

*まずはなにか、具体的な質問をいただきたいと思います。
*その際ですが、糸の会ではメール欄を集会場所、コミュニケーションルームとして活用しています。「後藤ちあき」さまという名前(メール欄12月1日を御覧ください)で公開させていただきたいのです。個人情報に関わる部分には配慮しますし、公表されたくない内容に関しては「非公開」としていただいてけっこうですが、仲間全員で「糸の会」の動きを見られるようにしておきたいのです。

*今回のこのメールも問題なければ次の機会に公開させていただきたいと思います。
*個々の質問にできるだけ応えたいのも、それが他の人に共有されるのであれば、最善を尽くしたいと考えているからです。

*まずはご連絡、ありがとうございます。
2017.12.25 伊藤 幸司


後藤ちあきさんの第2信


伊藤 様
こんにちは、メールお返事ありがとうございます。

具体的な質問ですが、
*全くの初心者なので、みなさんについていけるか心配です。
*まず何から揃えていけばいいのかがわかりません。やはり、靴選びが一番重要だとかんじますが、何を基準にして靴選びをしたらいいのでしょうか?
*服装はユニクロで対応可能なのは、安心しました。通気性がよく、動きやすいものを選べばよいでしょうか?
*まずは、日帰りで初心者でも参加できる山に参加したいです。いつかは、泊まりのコースに参加できるようになりたいです。
本当に、初心者、ど素人です。まずなにから始めていいかがわかりません。

メール公開ですが、公開して頂いても問題ないです。公開してほしくない時は、公開しないでほしいとこちらからお伝えするようにします。

以前、高尾山登ったとき、頂上に到達したときの、気持ちよさと、途中の鳥の鳴き声、川の流れる音の良さ、森林の香りがとても心地よかったです。
こんな素人の私ですが、ぜひ参加させて頂きたいです。
よろしくお願いします。

後藤


冬に山歩きを始める人へ
服装の考え方


1.日帰りが簡単か?

*初参加の方はまず「日帰りの簡単な山」と考えるのでしょうが、私に言わせれば大間違い。(なお、自分で計画して自分で行動する場合には
「自習登山のすすめ(単独行を考える)」をお読みください)
*遊園地の絶叫マシンや、バンジージャンプのように、突然、人生で初めての強烈な刺激を体験するときには、自分のアタマの予想とか、想定をはるかに超えるものになっているはずです。
*でも最後のところでは機械的安全装置があるとか、犯罪的ではないからという暗黙の了解によってアタマを納得させているはずです。すべてのイベントに危険は内在しているので、ある確率で危険なことが起こるのですが、アタマはその危険を「危険率」として客観化し、自分にかかわらない「あくまでも可能性」としてスリルやリスク感にしてしまいます。

*そういう意味で「冬の山を体験したい」という人に最初におすすめしたいテーマパークはどこかといったら、私の場合には「真冬の北八ヶ岳」です。糸の会の皆さんは、比較的経験の浅い段階で、あのマイナス10度の寒さや、それに北風が加わった展望地点での極寒の休憩や、風陰の雪道の清涼感など、人工的には作り得ない贅沢な環境をダイレクトに体験していただけたかと思います。
*ですから今回、私が(たまたま立てていた)この冬の企画の中で、初参加としておすすめするのは「冬のテーマパーク」としての美ヶ原であり、八甲田山なのです。

*では私が返信で「最近、ポツポツと参加体験される方が出てきたので春からはもうすこし意識して計画を立てたいと考え始めたところです」と書いたのは、なんでしょうか。
*外部の人が文字通り読む意味と違うのです。それは初参加のみなさんに合わせるという意味ではなくて、それに参加する糸の会のメンバーに「初参加の人がいる可能性があるので、計画通りにことが運ばない可能性があります、悪しからず」という意味なのです。
*だいたい、外部の人が組みしやすいと感じる計画では、ベテランの人に「歩き足りない」と言われてしまう危険があります。たとえば頂上を踏む(もし不満が残っても結果をその山の責任にできる)とか、2万歩歩いた(せめて運動効果はあったといえる)というようなわかりやすさが評価の基本になりますから、達成感や向上感で点数を稼ぎたいと思います。ですから、どうしても、外部条件がよくないときには行動をハードめにもっていきます。達成感や向上感で点数を稼ぎたいと思いますから。

*全員が初心者の「入門講座」なら考え方がちょっと違いますが、いまここで初参加の人を、その人のアタマで想像できる範囲内のところにお連れしても、あんまり意味はないと思うのです。
*……というより、安全です、安心です、どうぞおいでくださいというふうには言いません。これまでも言ったことは「ない」と(私自身は)思っています。
*何パーセントかの危険がないはずはない、と理解していただきながら、それでも「おもしろそう」と思った人しか受け入れないようにしてきました。自分の安全をすべて誰かに託してしまう人や、楽天的に考える楽しさを知らない人にとっては、私のような欠点だらけのワンマン・リーダーはまちがいなく「危険人物」だからです。私にしても、そういう人には、なにか危険な状況に陥ったときに、それを突破してくれるパワーを期待できません。私は危機的状況のときに、メンバーのみなさんからどれだけ支えられたかわかっています。(ほんとうに)

*残念ながら、初体験の人に見通せる「安心」はあらゆる「安全」のど真ん中にしかないのです。山歩きのように、想定外のことが起こりうるフィールドではありとあらゆる瞬間に必ず「危険」を内在しています。つまりごくごく小さい「安全」の粒の周りはすべて「危険」と考えてもいいのです。
*たとえば寒さを体験するということは、軽い凍傷にかかる危険をスレスレ体験する可能性を追求するということなのです。安全という逃げ場を脇に用意できる場所で、危険な領域に踏み込んでみるというのが登山講習における「絶叫マシン」的プランだと考えています。
*そして参加される皆さんの、自分の行動能力の未熟さもですが、装備にしても、何かが足りなかったときに初めてわかることに、じつは本当の意味があるのです。環境が与えてくれることを、できるだけ裸に近い感覚で、からだにいろいろ体験させてみることが重要なのです。

*つまり、私は極めつけの自然環境を絶叫マシンとして組み立てるのがプロの仕事だと考えているのです。同じマシンに2度、3度と乗った人、乗せられた人にはきっとネタバレしているでしょうが、最初は(たぶん)絶叫です。冬だとその絶叫を演出しやすいのです。真冬の安達太良山などは悪天候での疑似遭難体験が最大の目標テーマです。幸いそれが当たって山頂に立てない年が続きましたが。


2.防寒対策(上半身)

*冬の山を体験したことがない人にあらかじめ「理解」しておいていただきたいのは「寒さ対策はほどほどに」と「冷たさ対策は徹底的に」ということです。
*真冬に試合が行われる駅伝やラグビーやサッカーの選手たちの服装を思い出してください。冬の山歩きでは(ちょっと間違うと)あれと同じような運動量が必要になります。半袖、半ズボンの世界です。そして実際、冬ならではの「陽だまりハイク」は太平洋岸の冬の山歩きの大きな魅力なのですが、たいてい、一番寒いのは山ではなく、家を出て駅で電車を待つ間です。

*まず、肌着としては夏と同じウィックドライ(速乾性)のTシャツを着るべきです。たとえば、南斜面で葉を落とした自然林の中を歩くと、陽光に照らされて無風、冬とは思えない暖かさです。そのときに、普段の生活で着ている暖か肌着を着ていると汗をかきます。冬の山で汗をかいてしまったら、それがからだに悪さをしないように処理するのはけっこうやっかいなのです。ですから休憩時に潔く脱いで修正するために、肌着がTシャツであることが重要なのです。
*肌着をTシャツとして、たとえばその上にユニクロのヒートテックや極暖、超極暖などの暖か肌着を試してみることで、山での暖かさを実験的に体験することが可能です。

*私は糸の会の冬の山で羽毛のジャケットを持っていったことは一度もありません。私は完全なフリース派です。
*コンパクトに持ちたいということで羽毛を選ぶのはザックの大きさとの関係ですから構わないのですが、技術論としては賛成ではないのです。往復の街着としてだとか、宿泊地での外歩きには便利かと思いますが、「ヘビーデューティ」という過剰性能に期待するのは「安心」でしょうが「危険」です。

*じつは安全なときの羽毛の快適さは申し分ありません。ところが歩きはじめても羽毛ジャケットを着ているような人は、羽毛の凄さを知らないこと明らかです。つまりサッカー選手がガウンを着たままピッチに飛び出していくのと同じことをしているわけです。羽毛が暖かいという安心より、自分のからだの熱出力をコントロールできないという欠陥のほうが致命的です。せっかくの冬の山で「寒さ」と「暖かさ」のギリギリのところで衣類調節をするという技術体験のチャンスを失っていることを残念に思います。

*ちなみに私のこの冬の基本は、夏用Tシャツの上にユニクロの「超極暖」を着ています。どこまで暖かいかの体験ですが、陽だまりハイクという状況では着ていられません。これから始まる真冬の山ではその上に薄いフリースを着るか、保温性のないシャツ(最近綿シャツを着てみています)を着て、風があったら薄いウインドブレーカーです。
*極寒の山の場合はその先に、厚手のフリースがあり、風雪対策として透湿防水レインウエアの上下があります。


3.防寒対策(下半身)

*冬の寒さの中では、下半身は最初から「固めて」おきます。行動中に変更できるという保証がないので、体温調節はもっぱら上半身でおこないます。気象条件が厳しいようなら、透湿防水レインウエアもアウターシェル(外壁)として予め履いておくべきです。さらに私は「貼るカイロ」を予備装備として用意してもらっています。(これは正統的な登山技術としては邪道だろうと思いますので、あとで独立した項目を設けます)
*考え方としては、保温性の高い冬用のズボンをはく、あるいは外側はオールシーズンとしておいて、内部にはくタイツで保温性能を調節するということですが、首都圏での日帰りでしたら、オールシーズンのズボンを冬もはいて、内側にタイツ……上半身と同じくユニクロ(ヒートテック、極暖、超極暖)で自分のスタンダードを見つけるのが合理的だと思います。(ユニクロ衣料と登山用衣料に関するコメントは後述します)

*一番悩むのは靴下です。私は一年中、ポリプロピレンの薄い靴下を肌着として、極厚の登山用靴下をはいています。そういう話をしている年寄りがいる、と登山用品店の店員に言ったら、まずまちがいなく「化石のような登山装備」といわれるでしょうが、私は2サイズオーバーのランニングシューズとその2枚の靴下で靴がへたるまで、1年半前後、夏冬すべて(最盛期には年間100日前後)1足で通すのを20年ほど続けてきました。(靴に関しては話し出したら止まらないので、独立した見出しを立てます)
*ポリプロピレンは「オーロンTシャツ」が登山用として登場した登山用衣料の革命期(1980年頃でしょうか)に一群のニュースターのひとつでしたが、今では探すのも大変という少数派になっています。染色性が悪いので、おしゃれとは無縁、そして最近知ったのですが、足ムレのニオイがきついのだそうです。でも使い続けるごとに繊維が柔らかくなって、私は手放せません。(興味のある人はネットで探してみてください)
*登山用の靴は昔は軍靴の底に軟鉄の鋲を打ったのが始まりでしたから、基本的には足を靴に合わせるという考え方があって、それが東京オリンピックの後までも続いていました。だから靴に足を合わせるために厚い靴下が推奨されたのですが、薄い靴下1枚ではくという軽登山靴が勧められるようになって理論的な破綻が生じてくる……のですが、それはまた別項で。
*厚い靴下をはいて1サイズオーバーなのに、私が2サイズオーバーの靴をはいていたのは、雪の山ではさらに防水靴下をはいていたからです。
*防水ソックスはシールスキンズ社(英国のち米国)のものをだいぶいろいろ試してきました。軍用としても使われているということですが、手元に残骸がいくつもあるというのが現実。必要なときだけ使えば傷みも少ないと考えたのですが、足の場合はほんのちょっとした浸水でも防水の失敗となるので、一般論での完全防水としてはお勧めしきれないというのが正直なところです。しかし雪が溶けない(たとえばマイナス5度C〜10度C)状態での山歩きでは、防水ソックスはメッシュのランニングシューも完全な冬用に変えてくれました。
*最近では登山用、釣り用、サイクリング用、土方仕事用など色々な防水ソックスが驚くほど安い値段で出ていますから、雪の山ではそれ相応の働きをしてくれるだろうと思います。ここでは皆さんの使用報告をいただきたいのですが、首都圏の春にグチャグチャの雪道を歩くのでなければ、防水ソックスを履けば深い雪でも楽しく歩きます。そして冬の靴選びはほんとうに自由になります。
*靴にはスパッツが不可欠と考えるのが常識のようですが、私は持っていません。ズボンの裾を汚さないためにはいている人が多いようですから、むしろ汚さないように歩く足さばきを工夫したほうが効率的なように思います。


4.手袋と帽子

*最初に書きましたが「寒さ対策はほどほどに」して「冷たさ対策は徹底的に」という冷たさ対策が手袋と帽子です。
*帽子は簡単です。登山用品店に行ってみると冬用のさまざまな帽子がありますが、耳まで覆える毛糸の帽子を持てば、基本的には何でもいいと考えます。冬の嵐のような状態に襲われたとしたらまず間違いなくアウターシェルとしての透湿防水レインウェアのフードをしていますから、そのフードがきちんと頭部を護ってくれるように留められるところは留め、締められるところは締めるということのほうが重要です。
*一番厄介なのが手袋です。重装備としてのイメージは作業しやすい5本指の手袋をして、保温のためにはミトンに手を突っ込んでおくことです。ミトンは小さな子どもがするように左右のミトンをひもで繋いで首からかけるという方法と、ミトンの内側にゴムひもをつけて、脱いだときに手首から外れないようにする方法があります。
*ゴムひもの付け方は、長さ25cmのゴムひもを輪にして「手首の内側」(脈を測るあたり)に縫い付けます。するとミトンの袖が長くても問題なく手首にぶら下がります。じつは山で使う手袋の全てに同じ方法でゴムひもを取り付けておくと、強風の中で外したときにも絶対に飛ばされません、なくなりません。冬の危険で一番心配なのは、手袋を失うことです。風で飛ばされるだけでなく、雪の上に落としたら、もう見つからないという危険もあります。手袋を絶対に手から離れさせないという準備がものすごく重要です。
*その手袋の重要さを説明するために、私が仕事仲間だった登山ガイドから聞いた話が象徴的でした。夏の北アルプス稜線でうずくまっている登山者を見つけたのだそうです。気温10度Cでも雨になり、風が吹けば「真夏でも凍死」と昔いわれましたが、今風に言えば低体温症。その登山者はただうずくまっていたそうです。ザックを開てみると着るものも、食べるものも全部ある。なのに放っておけば死に至る危険の中でただうずくまっていたのです。なぜか、必要なものをザックから取り出せなくて、ジリジリとそういう状態に落ち込んでしまったというしかない状態だったというのです。低体温症になると思考力も奪われます。
*つまり、手がかじかんで、ザックのひもを解けなくなっただけで、死に至る可能性があるのです。冬の山ではごく簡単に、そういう場面がありえます。だから手袋はある意味「命より大事」なのです。吹雪の中で何かをするために手袋を外したら、たちまちそういう危険に迫られます。
*ところが手袋はなにがいいか、結論が出せません。私は写真を撮りますから、カメラを操作できる薄手の手袋が基本です。でも指先を冷やすと凍えて操作がしにくくなるので保温用の手袋も必要です。それから、リーダーとして何か必要な仕事が発生すると手袋が雪に触れるので濡れたりもします。
*登山用品店では冬用の手袋がいろいろありますが、驚くほど高価です。高価だから完璧かというとオールマイティではありません。そこで私がほしいのはペラペラの、透湿防水布だけでシンプルに作られた安物のミトン(あれば買いたいと思っているのですが、最近見当たりません)。冷え切った手を(もちろん手袋ごと)突っ込んでおくだけで、指先の冷えは回復方向に向かいます。ミトンでなくてただのフクロでもいいのですが、そこに使い捨てカイロが入っていれば、想像するほどではないにしても有効です。
*あるいはまた、雪に触れざるをえないときには、作業用品店にあるブカブカのゴム手袋の類、使い捨ての手袋型ビニール袋などを試してみるのがいいように思われます。あるいは厳冬期用の作業手袋なども有効かと思います。
*つまり冬の山では、そこがどんな状況で、どんな行動をするかによってさまざまな手袋が装備として必要だということです。高価な手袋が有効なのではなくて、色々な種類の手袋が必要だと思うのです。
*でも基本は、冬の山では絶対に素手にならないように、肌着としての薄い手袋を常備して、そのまま入れられる、できるだけ保温性のいい手袋、できれば透湿防水の手袋を用意するのがベターかなと思います。
*通常の山歩きの場合には、何かの理由で指先が凍えるようなときには、ポケットに使い捨てカイロを入れておいて、そこで指先を温めるというかたちもアリかなと思いますが、するとストックをどうするか。
*ちなみにスキー用品店にもいろいろな手袋があって格安ですが、ゲレンデスキーではいつでもレストハウスに逃げ込めるので、登山で求めるものとは要求される機能が少し違うように思われます。
*今年私はスマホ用手袋で、薄手でさらに指先が薄布1枚となっているものを標準使用しています。陽だまりハイクならそれ1枚で十分です。
*行動中に寒さが厳しくなったり、手袋が濡れたりしたときのために予備を持ち、大きめの、アウターシェル(オーバーミトンなど)となる防水性のあるものを用意しておけば十分かと思います。

5.冬の靴について

*私は長い間、アシックスのトレーニング用ランニングシューズ1足で夏〜冬〜夏ぐらいを通してはき、小指あたりに穴があくか、ミッドソールがスカスカになったら、次の靴を買うという履き方をしてきました。
*なぜランニングシューズにこだわったかというと、山歩きをからだにプラスな運動の機会と考えれば、可能な限り素足に近い靴を履き、重心位置を意識しながらスムーズな足さばきを磨くのが基本だと考えたからです。
*詳しく書く余裕はここにはありませんが、すでに何度も繰り返して主張しているところですからその裏付けとなるように、ほぼ20年、そういう考えを基準にして靴を選んできました。
*ともかく登山道を不整地の運動場と考えた場合には、飛んだり跳ねたり、走ったりできるしなやかな靴で、基本的にはつま先立ちで歩けることが重要なのです。
*化石のような山の「常識」のひとつに「足首を保護する機能」というのがありますが、それは平地を歩くことができなかった(スキー靴とほぼ同様のつくりだった)昔の登山靴の場合です。靴底にシャンクという板を入れて反らないようにして、つま先だけで岩場に立つために(スキー靴のように)足首を固めたかったのです。同時に、下駄を履いているようなものですから、岩のアタマなど突起に不用意に足を載せると振られます。そこで「足首を保護する」必要があったのです。
*しかしいまでは登山靴は基本的に軽登山靴で、平地を楽々歩けるようにできています。足首を保護する必要はほとんどないのですが「安心」はあるようです。ワークブーツだって地下足袋だって、足首を保護してくれると安心感はありますから。
*すいぶん乱暴な論法のようですが、私も悩んでいた時期があります。でも登山家で山岳マラソンもやっていた友人が「結局ランニングシュースになるかな」と言っていたことから吹っ切れたのです。持論が正しいと決めたのです。
*いまの軽登山靴は靴底のエッジもこれみよがしにシャープです。ドロドロの急坂で地面をグリップしてくれるオフロード用自動車タイヤのように頼もしく見えます。しかしじつは、重心が安定すれば、靴底のブロックパターンは関係ないと知ったのです。
*それは私がカルチャーセンターでまったくの初心者を受け入れる入門講座を何度も立ち上げたとき「とりあえず履きなれた運動靴で」と指導したときに、発見したことなのですが、靴底のブロックパターンやエッジを使って滑りを止めようとしたときには重心が動くのです、とくに後ろに移動することが多く、スキー初心者がへっぴり腰になるのと同様、アタマが安心を求めて危険な姿勢をとる状態になるのです。
*そのとき、重心を維持するために「つま先立ちで!」と試みると、驚くほど滑らない。でも軽登山靴だとその姿勢がとれないのです。
*バレリーナのように、体操選手のように、あるいは山道を駆け抜けるトレイルランナーのように、そしてたぶん重い荷を運んでいた地下足袋の強力さんのように、靴に頼らずに自分の側で「滑らない足さばき」を身につけることが重要と考えるのが、私の登山技術の基本となってきました。
*また同時に、下りで滑るのを防ぐためにかかとで滑りを止めようとする歩きかたは、それを指導する人がいたら犯罪的です。……というのは下りでかかと着地をすると、その瞬間100%ヒザが伸びています。着地の衝撃をそのヒザが受けるのです。そういう下り方を、しかもベテランのスピードで初心者に強要すると、一発でヒザを傷める危険があります。私は学生時代に下りで「走れ〜!」という号令によって足を傷めた仲間を何人も見ています。
*そういう化石のような山靴理論が、いまもなお生き残っているのが私には不思議ですが、トレイルランニングの普及で、登山用品店にも「やわらかい登山靴」が並ぶようになってきました。
*そういう意味で、メッシュのランニングシューズをアウターシェルとして、いい防水靴下を必要に応じて履ければ、最高のオールウェザー・シューズとなると考えてきたのです。
*ほぼ20年ぐらい前でしたが、ナイキがゴアテックス防水のランニングシューズを冬期用として販売したことがありました。私たちは置いてある店の情報を共有しながら入手に奔走したことが何シーズンかありました。それはランニングシューズでしたから、登山用品店にはもちろんなく、スポーツシューズ店でも、店員に「走ったら蒸れるよ」と冷たくあしらわれていたのです。
*最近では登山靴のゴアテックス防水は当たり前で、トレイルランニング用とされるものにもゴアテックスが使われるようになりました。でも、ゴアテックス・ブーティとよばれる透湿防水フィルムを張ってあるのが、しなやかな靴だと破れやすいのだと思うのですが、あっという間に浸水してくるものもあるのです。
*もう1年以上になりますが、どこかの店でトレイルランニング・シューズを見ていたら、サロモン社の靴に「GTX」という記号がついています。ゴアテックス防水という意味です。サロモンの靴は長い間ゴアテックスを使わずに頑張っていたというイメージがあったので、アレッ? という感じがして、とりあえずはいてみたのです。すると(強烈な雨にはなかなかあわないのですが)防水機能は長持ちしている気配です。糸の会ではサロモンに同様の印象を持っている人がいるので、まずは「サロモンのゴアテックス防水のトレイルランニングシューズ」で足合わせしてみていただきたいと思います。
*既成靴はメーカーごとに性格が違うので日本人ならアシックスかミズノで3E(足囲、一般にいう足幅)のものをはくと、ハズレが少ないと思います。
*一般にいうサイズ(足長)では先端に指をつけた状態でかかと側に指が1本入る程度ゆるいもの(1cmオーバー)をおすすめします。
*じつは多くの人は靴紐の締め具合をアタマで判断しています。足に判断させる締め方できっちりやるとジャストサイズにこだわる必要がありません。
*そこで最近の軽登山靴、薄手の靴下1枚で足合わせをするということの技術論的矛盾につていですが、人間の足は左右同じではありません。1日の時間によっても変化します。オーダーメイドの靴ならともかく、既成靴で、しかも足に靴が寄り添ってくるような柔らかな靴でないものを「ジャストサイズ」で提供できるのか、という問題が未解決です。しばしばそのツケを高価な中敷きで解決してしただけたりするのですが。
*もし安くて信頼できる防水靴下が見つかったら、アシックスの(スポーツ少年・少女向きに作られた格安の)トレーニングシューズを最初の1足として強くおすすめしたいのですが。


6.軽アイゼン

*冬に限らず、一年中、ザックの中に軽アイゼンを入れておいていただきたいというのが私の原則です。
*その場合の軽アイゼンは手のひらに乗るちっぽけな「4本歯」などと呼ばれるものです。
*でもそれを登山用品店で相談すると「おやめなさい、危険です」といわれていまや標準的な「軽アイゼン」(6本歯)を強く勧められるだろうと思うのです。その結果、糸の会のメンバーのほとんどの方が6本歯の軽アイゼンを使っています。
*しかし私は冬の山歩きでは、4本歯の軽アイゼンで登れる範囲を一歩も出ません。たとえば北八ヶ岳は冬の山歩きには最高の山域ですが、北の端の蓼科山の最後の斜面と南の端の天狗岳は除いた縦走路に限定しています。
*なぜ登山用品店で「危険」といわれるかというと、夏道の歩き方をすると土踏まずのところだけにある歯が浮くのです。その歯を浮かさないように歩くためには、靴を厳密に斜面にフラットに置かなければいけないからです。
*つまり4本歯だと厳密に歩かなければいけないところを、6本歯ならいつもの歩き方でも滑りにくいという安全性能が得られるという意味です。私は雪道で足さばきの洗練を実現するために4本歯のアイゼンにこだわり続けているのです。
*いつだったか、雪がシンシンと降る陣馬山で素晴らしい冬景色を堪能したことがありましたが、和田峠から陣馬高原下バス停まで、自動車道路を下り始めると最大の危機が訪れました。昼間溶け始めた雪解け水が道路を流れていて、それが夕方、日陰で凍り始めていたのです。
私はそのとき軽アイゼンを3セットか4セットもっていましたからみなさんに片足だけつけていただきました。車の道ですから平滑で傾斜もそれほど強くありません、片足だけでも固定できれば、氷の帯をひとつひとつ越えていくのは不可能ではありません。なんとか無事にバス停までたどり着いたのでうが、アイゼンをつけなかった私はみごとに2回、スト〜ンと転びました。ザックをクッションにして問題はなかったのですが、非常用装備としてのアイゼンの効果を思い知ったのです。
*夏にどうしても必要だったという例はほとんどないのですが、夏の山では濡れた木の橋や桟道が氷に匹敵するほど危険です。通れない橋のところはたいてい迂回路ができているので軽アイゼンを使ったことがないのですが、濡れた橋を通ったら10人にひとりは滑る、滑ったらその後どうなるか予測できない、という場所は何度も見ています。そういう場面での安全保障として、チームに最低2セットの軽アイゼンは常備しておきたいと考えています。そしてベテランの人たちには通年、ザックに放り込んでおいてくださいと頼んでいるのです。
*もしメンバーの中に体調を崩した人、足に怪我をした人がいたら、下りで軽アイゼンをはいてもらうことも考えます。足が滑らないければ余計な力を使わないで、安全性を高めることができるような道が時々あるからです。


7.保温水筒

*冬に限らず、糸の会のメンバーはお湯を持参します。からだに優しいのだそうです。
*私は逆に一年中水です。かつては登山用プラスチックボトル、最近は500mlのペットボトルをザックの外ポケットに突っ込んでいるだけです。ですからご想像の通り、夏はぬるく、冬は冷たい。マイナス10度Cだと水は数時間で氷になりつつあります。
*冬の寒さの中で飲む暖かくて甘いお茶は最高……です、けれど。


8.貼るカイロ

*使い捨てのカイロは鉄粉の酸化熱を利用するので、じつは重い。重い上に、持ち帰らなければならない。だから登山装備としては半端です。
*しかし私は冬の重要な基本装備と考えています。貼るカイロを持つことで、衣類の不備を適材適所で補うことができるからです。そのあたりはすでにみなさんご存知だと思います。
*わたしが本当にその威力を実感したのは、1992年でした。そのころテレビ朝日の深夜番組にアウトドアのミニシリーズを持っていて、その7回目として武甲山を下ったところ、橋立川の河原に農業用ポリシートでインディアンふうのティピーを作って「冬版ゴミ袋キャンプ」をしたのです。薄っすらと雪の積もった1月、気温0度Cで風呂マットを敷き、各自ゴミ袋3枚で寝たのですが、女性タレントと女学生2人、私とディレクターがモルモット。そのとき使い捨てカイロの主要メーカーから各種製品の提供を受けて、ジャンケンで分けたのです。
*ダイヤモンド社の「ダイヤモンドBOX」という雑誌でもタイアップしていたのでカイロ使用のレポートを書いたのですが、女子大生のひとりが選んだのが貼るカイロ。それを彼女は全身に20枚以上貼って、完璧に熟睡したのでした。
*もちろんその当時は使い捨てカイロによる低温やけどが問題になっていましたから途中で2度ほど起こして状態を確かめたのですが、完璧でした。
*うまくいった原因のひとつは撮影にあたって登山用の肌着を上下とも着てもらっていたからだと推測しました。肌の湿りや汗が排出されるので肌まわりが乾燥して、低温やけどにならなかったのだと思いましたが、貼るカイロの威力をまざまざと見たのです。
*貼るカイロは肌着の上から貼ることになっていて、JIS規格でその最高温度が定められています。肌に直接貼ると医療用になり、貼らないカイロ(ハンドウォーマー)は振ると瞬間的にかなり熱くなるように作られています。貼るカイロは体温の環境下で非常に安定して発熱を持続するということがわかりました。
*ですから登山用の肌着にこれを貼ると、フリースシャツ1枚分かそれ以上の暖房効果があり、自力で体を温める機能が衰えたシニア層には「熱源をもつ」ということがものすごく重要だと感じます。
*足に使う場合は人によっていろいろ違うのですが、通勤靴用のつま先タイプはあまり有効ではないようです。私は貼るカイロを足の甲や足首に貼って、靴下周りを緩やかに温める程度だと靴ずれなど起こさずに、ある程度保温できるのではないかと思います。じつは私自身が足に貼るカイロを使ったことがあまりないのですが。
*ちなみに、私は貼るカイロの「ミニ」を基本と考えています。ミニとレギュラーは基本的に持続時間が違うだけです。


9.登山用品店

*20年以上前の話ですが、真冬の北八ヶ岳に行くのに「スノーブーツ」をおすすめします、と言ったことがありました。ひとりが当時一番親切だといわれていた登山用品店に飛び込んでしまったのです。その店ならスキー用品のところへ、と言っておいたはずなのに。その結果、その人は4万円でお釣りが来るぐたいの革の登山口をドタドタとはいて登場したのです。
*迎えた店員の立場に立ってみたら、登山用品店、それも全国的に有名だった親切な店に初心者が飛び込んできて、厳冬の北八ヶ岳に行くと知ったら、雪山に対応できない登山靴を売るわけにはいかないでしょう。その人は言われるがままに買ってしまったというだけのことです。
*朝日カルチャーセンター横浜で、私は登山講師の末席につらなって1980年代からの中高年登山ブームにお付き合いせていたいたのですが、そこでは雪山体験もやりました。有名登山家が実技指導したりするので、雪山と言えばいわゆる雪氷登山の入門編ということになります。参加者にはピッケル、アイゼン(前爪のついた10本歯など)、そのアイゼンを装着できる登山靴、登山用品としての手袋などが必要でした。おおよそ10万円という買い物です。それで続くかというと、1回限りの体験で終わった人も多かったのです。

*1992年の冬に武甲山中でゴミ袋キャンプをした話は書きましたが、そのあと、シリーズ最終回では北八ヶ岳山小屋案内というのをやりました。……で、タレントさんには必要な装備を支給しましたから問題ないのですが、カメラクルー(カメラマン+音声さん+アシスタント)は行き先がマイナス10度Cかも知れないなどとは思ってもみずに来ているのです。スニーカーにジーパン、せいぜい防寒ジャンパーを着ているぐらい。その若者たちに仕事をしてもらうために軽アイゼン(ロープで締めるのでスニーカー対応)とレジ袋で足ごしらえし、貼るカイロと、いざという場面でのビニール・レインコート、あとは「若さ」という準備をしました。
*私はスタッフの行動をリードするためにランニングシューズにレジ袋をはくだけにしました。自慢げにいいますが、歩き方がきちんとしていれば、雪の中ではレジ袋は靴底にぴったりと張り付いて、まったくズレずに最後まで問題なく歩けました。

*私は山岳部ではなく探検部の出身ですから、基本的にはヘビーデューティではなく、ライトデューティからの発想をします。多目的装備や汎用機能などを重視します。そういう意味ではオートキャンプなどのヘビーデューティな商品群はしばしばシロウトダマシなどと感じてしまいます。登山用品店でも、店員は安全第一主義、高品質主義をとっているので、客の要望をどんどん積み上げてランクを上げていってしまうように感じます。
*じつは登山用としてのロットがかならずしも大きくないので、登山用の装備にはこまかな工夫がいろいろ盛り込まれています。品質や機能の「いい」「わるい」もこまかく、厳密に考えられています。それが付加価値になっているのでしょうが、端的に言えば「命のかかかる」場面とそうでない場面とでは装備に要求するレベルが違うのです。
*私が冬の山歩きとしているのは、滑落と雪崩のない雪山です。樹林帯では大規模な雪崩は起きません。その上の高山帯に出ると雪と氷の世界になります。アイゼンとピッケルが不可欠です。一歩間違えれば滑落です。

*私はさらに手のひらに乗る「4本歯」の軽アイゼンに技術レベルを限定していますから、どんなに荒れた天気でも、樹林に守られて行動できる領域から大きく逸脱することはないのです。それは吹きさらしの場所とは世界が違います。
*しかも北八ヶ岳ではおおよそ2時間歩けば山小屋があります。最近はフルオープンではない小屋もあるようですが、山小屋が力を合わせて登山客を呼び込もうとしていたころには、ほんとうに楽しい山でした。太平洋岸のお天気ですから、東京から富士山が見えているときには基本的に快晴です。晴天率が高いので、雪国の山とは違うのです。そういうすばらしい山が眠っているとしたらもったいない。山歩きのゲレンデなのです。だから私は真冬にスニーカーで出かけることもその表現のひとつだと思っているのです。

*ここではユニクロを出しましたが、その他日本の多くの衣料量販店で新しい繊維が毎年登場してきます。その中でユニクロは東レと組んで、世界最先端の繊維を武器にしています。製造ロットが違いますから値段も安い。ただし登山用ではないので、痒いところには手が届いていません。
*1980年ごろ、突如米国のパタゴニア社がシンチラ・フリースを登山用品として登場させました。モルデンミルズという繊維会社との共同開発でした。ユニクロが大量のフリースを並べて世界企業への道を踏み出したのは1998年からだったと思います。この年は200万着、翌年は800万着といわれています。特許の関係などもあるのでしょう。日本の繊維メーカーが作れるようになったのです。値段も驚くほど安くなりました。
*パタゴニアの後を追ったのは日本のモンベルです。創業者の辰野勇さんは登山家ですが、商社で繊維部門にいたことから新しい繊維を積極的に活かして1975年の創業から画期的な製品を生みだします。とくにパラシュート布を使ったレインギア・ストームクルーザーは世界進出の先駆けとなりました。

*登山用品としての衣類はいつも新しい繊維を求めてきたといえます。ユニクロが乗用車なら、登山用品店にあるのはレーシングカー、ともいえます。自分の必要がわかってから、登山用品店でひとつひとつ選んでいくと、自分に必要なものがそろっていくのだろうと思います。あるいはまた、糸の会の古い会員の持ち物をいろいろ見せてもらうことで、むだなく必要な装備を整えていくこともできるだろうと思います。


★ページ 先頭に戻ります
Copyright 2017 Koji Ito & ito-no-kai All rights reserved.