発見写真旅・展(158)――2017.7.25 雁ヶ腹摺山+大蔵高丸(83パワー)<b> 発見写真旅・展(158)――2017.7.25 雁ヶ腹摺山+大蔵高丸(83パワー)


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★糸の会 No.1044 雁ヶ腹摺山+大蔵高丸(83パワー)────2017.7.25
*登り8p→下り8p→登り12p→下り9p→稜線23p→下り8p→林道下り15p

*計画の発端は夏の北アルプスに備えてのロングウォーキングとして……でした。
*そのとき、行きたかったのは南大菩薩の長い稜線。どこからスタートするにしても、終点を笹子峠にすることで目的意識ははっきりします。しかもその手前に緊急の逃げ道が何本もあります。
*ところがもうひとつ、真意をいえば、この機会に大蔵高丸の花の現状を確かめてみたかった。でも大蔵高丸はすでに19回も実施していて、最近ではまったく花のなくなったこの山のことはみなさんがご存知。参加者がゼロということになりかねません。そこで「大蔵高丸」という匂いを消して「雁ヶ腹摺山」としたのです。
*計画書には次のように書きました。
「大峠からの雁ヶ腹摺山往復を、おまけながらメインに掲げたので、9時からの歩きはじめでは、どうしても笹子峠までとどかないことがわかりました。日没後までたっぷり歩いて……という時間でも大鹿峠までがいいところ」
*なぜ、大蔵高丸にこだわったのかというと、いずれ「追加分」としてこれまで見た花の写真をここで一覧していただけるようにしたいと考えています。


7月25日
・0930……大峠を出発(標高約1,600m)
・1010……雁ヶ腹摺山への途中でハチ出現により撤退(標高約1,750m)
・1035……大峠から黒岳へ種発(標高約1,600m)
・1040-45……休憩(標高約1,650m)25度C
・1110-15……休憩(標高約1,800m)
・1200-15……黒岳山頂(標高1,988m)
・1301-15……湯ノ沢峠でトイレ休憩(標高約1,650m)
・1350-1400……大蔵高丸山頂(標高1,988m)
・1430……ハバイマ丸を通過(標高1,752m)
・1450-55……休憩(標高約1,650m)
・1515-25……米背負峠で休憩(標高約1,550m)
・1600-05……米背負峠登山口(林道)で休憩(標高約1,250m)
・1705……天目山温泉(標高約1,000m)


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の2人です。
小林 美子(6点)
伊藤 幸司(58点)


このalbumシリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。
(期間を限定せずに)ご覧いただいたみなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:小林 美子




撮影:伊藤 幸司























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【01】撮影:09時34分=伊藤 幸司
雁ヶ腹摺山(がんがはらすりやま)は大菩薩峠から笹子峠へと南下する稜線からわずか離れたところにあります。現在では大月方面から大峠まで車で入れるので、そこからわずか8パワー(平地を時速4Hで歩くパワーで1時間の距離)に過ぎません。道はこのようにしっかり踏まれていて、人気の山だということがわかります。じつは古い五百円札に描かれた富士山が、当時写真コンテストから探し出されたアマチュア写真家の写真によるということで有名な山となったのです。
糸の会で1997年、最初にこの山を訪れたときには車で上れる最終地点の金山鉱泉山口館に泊まって、往復登山しています。ところが今では頂上直下というべき大峠まで林道が延びて、車で簡単に登れるようになりました。
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【02】撮影:09時50分=伊藤 幸司
小さな沢を渡るところでも、なかなか立派な橋がかかっていました。
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【03】撮影:09時51分=伊藤 幸司
ずいぶん遠くだったので見られた人は少なかったと思いますが、シカの姿がありました。50倍望遠で撮っているので、ブレました。
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【04】撮影:09時58分=伊藤 幸司
9時30分に登り始めましたから、半分は来たというあたり。もう少し行けば山頂から広がる明るい草原に出ると思われます……というあたりでしたが、じつは先頭の人の周りをハチが飛び始めました。最後尾の私の周囲にも近づいてきたので、スズメバチの仲間としては小型のものだとは思いましたが、偵察行動には間違いないようなので、全員退却と決めました。
私たちの登山で一番危険な敵はハチです。以前、隣の滝子山で下山時に、土地の人が「ジバチ」(だとすればクロスズメバチ)と呼んでいたハチの巣が道際にあったらしく、地面からハチが飛び出したのです。メンバーのひとりが何か所も刺されました。その時、私は先頭を歩いていましたがなんともなく、運の悪い人がひとりだけ犠牲者になりました。
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【05】撮影:10時24分=伊藤 幸司
結局30分ほど登ったところで、いったん退却すると、けっこう長い間ハチの偵察が続いたので、そのまま下山、10時30分過ぎに大峠まで戻りました。
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【06】撮影:10時34分=伊藤 幸司
写真は10時34分に撮られています。標高約1,600mの大峠から1,988mの黒岳へと向かいます。
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【07】撮影:11時01分=伊藤 幸司
標高差約400mの登りは12パワーあります。1時間に8パワーなら1時間半というところですが、ここでは(休憩時間を含めて)1時間40分かかりました。
ここに見える登山道は心持ち急ですが、計ってみると約20度。道はジグザグを切って、「20度以下」を目安に延びていることがわかります。平地を時速4Hで歩く以上のエネルギーを使わないようにして登っていくには、「時速1km」に減速します。
模式的にいえば、1時間のうちの15分で水平方向へ1km進み、垂直方向へ300m登るという歩き方になります。つまり歩く力の3/4を真上に体を持ち上げるように歩く、というのが整備された登山道の歩き方ということになります。斜め上の「前方」に向かって歩いたら、そこで省エネ型の歩きは吹っ飛んで「ダッシュ」になります。
「登りはゆっくり」ではないのです。エネルギーの3/4を、体を真上に持ち上げる動きに切り替えなければいけないのです。登山の本当の健脚とは、傾斜がもっと急になってもスピードが落ちない「登坂力」が圧倒的に大きい登山者ということになります。雪の山に出かけるとすぐに分かることですが。
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【08】撮影:11時15分=伊藤 幸司
これはカニコウモリ。カニさんとコウモリさんとが合体しているという意味らしいのですが……。
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【09】撮影:11時25分=伊藤 幸司
日本の山では、尾根から谷に落ちる斜面は急ですが、尾根を登る道は(下界から見上げる山なみの印象とほぼ同じで)全体として穏やかに登っていきます。急な上り下りがあればそこには「山」とか「岳」「峰」「頭」とかの名前がついていたりします。
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【10】撮影:11時37分=伊藤 幸司
ストックの握り方はスキーストックと同じです。ベルトをつけているので大きな力はそれで受けることができるので、じつはグリップを強く握る必要はありません。私は「ペンホルダー」と言うのですが、2本か3本の指で軽く持っているだけで通常は十分です。極端に聞こえるかもしれませんが、小指が1mほど長くなったという感じです。
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【11】撮影:11時43分=伊藤 幸司
登山道上のこういう波乱は楽しいと思います。危険のほとんど無い障害物として。
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【12】撮影:11時52分=伊藤 幸司
さあて、わかりませんが、敷き詰められているのはハナゴケでしょうか。そこにシラビソかオオシラビソの若木が伸びてきている……ということではないでしょうか。あちこちからスギゴケらしき濃い緑のコケ類が顔を出しています。
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【13】撮影:11時53分=伊藤 幸司
枯れ木を自分たちの新世界としておおよそ移住が完了したコケの皆さん。たぶん一番いい席を確保したのがスギゴケという感じ。周囲には次のチャンスを狙っているかのようにマイヅルソウに似た小さな葉がポツポツと見られます。
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【14】撮影:11時53分=伊藤 幸司
前の写真をさらにクローズアップしてみると、なんだか深い世界が見えてきます。
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【15】撮影:12時01分=伊藤 幸司
足元に時々現れるイチゴはクマイチゴでしょうか。木苺はすべて基本的に「食べられます」が、オレンジ色のモミジイチゴ以外は「おいしい」というレベルじゃないと、私は思っています。
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【16】撮影:12時14分=伊藤 幸司
黒岳で南大菩薩の縦走路に出ました。この計画、予告では笹子峠を目標にして行けるところまで行くというロングウォーキングでしたが、前泊しないとちょっと無理。……なのにどうしてわざわざ雁ヶ腹摺山を掲げて来たのかというと、何としてでも湯ノ沢峠から米背負峠までの首都圏有数の「花の稜線」の現実の姿を見ておきたいという私の個人的な企みがあったからでした。その花畑は大菩薩峠から下ってくると、この黒岳の南面から始まるのです。
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【17】撮影:12時24分=伊藤 幸司
黒岳の山頂から歩き始めたところは南大菩薩の稜線としては異例な雰囲気、おおらかな緑の世界が広がっています。
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【18】撮影:12時25分=伊藤 幸司
足元に、緑のコラボ。こんなのを見つけようと歩いていると、際限がありません。
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【19】撮影:12時28分=伊藤 幸司
いよいよ黒岳から湯ノ沢峠への下りです。もうすぐ、花畑が始まる、はずです。
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【20】撮影:12時29分=伊藤 幸司
この日は歩きだしたらすぐにヤマオダマキが登場しました。
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【21】撮影:12時30分=伊藤 幸司
これは珍しい。たぶん花びらが格納状態のコウリンカではないかと思います。
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【22】撮影:12時31分=伊藤 幸司
シモツケの花も咲いていました。
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【23】撮影:12時31分=小林 美子
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【24】撮影:12時32分=伊藤 幸司
黒岳の南斜面には草原が広がっていましたが、道はあの先から樹林のなかに入り込んで、明るい場所に出たら、そこが湯ノ沢峠でした。白く崩れやすい岩場の道が廃止されたように思われました。
ちなみに、湯ノ沢峠には避難小屋があり、トイレが有り、そして駐車場があります。「大蔵高丸」という計画で花を見に来たのは糸の会の夏の定番でしたが、大方は甲斐大和駅からタクシーでまっすぐ湯ノ沢峠まで登ってしまいました。
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【25】撮影:13時18分=伊藤 幸司
トイレ休憩をして稜線の道を歩きだしたらすぐに「首都圏有数の」花畑……だったのです。さすがに、これはコガネギク(ミヤマアキノキリンソウ)でしょうか。
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【26】撮影:13時19分=伊藤 幸司
ヤマオダマキもまた登場しました。
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【27】撮影:13時20分=伊藤 幸司
高原の気分を盛り上げていたのはノアザミかノハラアザミか。遠くからでは区別しにくいタムラソウもあるはずですし、旧大和村が出した「湯ノ沢峠の花しるべ」にはホソエアザミ(ホソエノアザミ)もあるとのこと。ともかく、昔の気分が蘇ってきました。
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【28】撮影:13時20分=伊藤 幸司
旧大和村の花カタログには出ていないのですが、ハクサンフウロとグンナイフウロ、それにタチフウロがあるはずです。これはそのタチフウロだと思いますが、ただ一輪。
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【29】撮影:13時21分=小林 美子
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【30】撮影:13時22分=伊藤 幸司
これがじつは湯ノ沢峠のお花畑。通路の管理はしっかりしていますが、花はほとんどありません。全体は鹿柵で囲われているので緑は戻ったようですが、この時期でも花の気配もないのは復興道遠しという感じでしょうか。
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【31】撮影:13時23分=伊藤 幸司
ウスユキソウかホソバウスユキソウか。
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【32】撮影:13時23分=伊藤 幸司
シンボルツリーは健在のようです。
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【33】撮影:13時24分=伊藤 幸司
シモツケとウスユキソウ。
じつはここに何度も通った大きな目玉はルリトラノオ。旧大和村の花カタログにはヤマトラノオとルリトラノオが載っていたのですが、ブルーの尾をピンと空に突き立てたどちらがどちらか。図鑑によればルリトラノオは栽培種としては一般に出回っているけれど、野生種としては伊吹山の特産とのこと。以前ならまさにこのあたりから青いトラノオを見る楽しみがあったのですが。
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【34】撮影:13時24分=伊藤 幸司
道すじのところどころにノイバラがあって、それがなかなかいい役どころとして登場します。顔を出すたびについ目を向けてしまいます。
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【35】撮影:13時24分=小林 美子
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【36】撮影:13時25分=伊藤 幸司
ウスユキソウかホソバウスユキソウか、わかりませんが。
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【37】撮影:13時25分=伊藤 幸司
この時期、シモツケが主要な花だったかもしれません。
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【38】撮影:13時25分=伊藤 幸司
ノハラアザミはまちがいなくフツーのアザミなのでしょうが、こう見るといい色してますね。
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【39】撮影:13時25分=伊藤 幸司
これは葉っぱを見るとシモツケではなくて、シモツケソウ。
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【40】撮影:13時25分=伊藤 幸司
ウスユキソウの花です。
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【41】撮影:13時26分=伊藤 幸司
画面中央にあるシンボルツリーを振り返っています。鹿柵をくぐって保護地域の外に出たところです。遠方に見える白い山肌は黒岳の南面、あのあたりを、昔は下ってきたはずです。
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【42】撮影:13時26分=小林 美子
2年前には、全然咲いてなかった
シモツケソウ
湯の沢峠のお花畑を賑やかにしていました。
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【43】撮影:13時27分=伊藤 幸司
右の鹿柵は湯ノ沢峠側、左は大蔵高丸側になります。最初に来た頃には大蔵高丸への急斜面を直登していたのですが、その後右手から大回りする道がつきました。この道の様子を見ると整備も素晴らしいけれど、人もたくさん歩いているように思われます。
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【44】撮影:14時01分=伊藤 幸司
大蔵高丸の山頂です。「山梨百名山」で大月市の「秀麗富嶽十二景・三番山頂」とあります。三番山頂というのはじつはここと、この先の「ハマイバ」(ハマイバ丸)のふたつのことで、「十二景」は全部で19の山頂から楽しめるというリストになっています。
ですが、じつは私は今回で19回目だというのに、ここからも、ハマイバ丸からも、まだ一度も富士山を見ていません。花の写真を撮るにはピーカンより明るい曇りや山霧流れる天気がいいので、私のパワーがそういう写真的な天気を引き寄せてきたと密かに信じているのですが。
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【45】撮影:14時10分=伊藤 幸司
ササの花が咲いて、一斉に枯れました。地下茎で強固に地盤を拡大するササは、歴史的な存在能力をリフレッシュするために一斉に枯れて、種子で次世代の群落を作るのだそうです。
ササは大菩薩峠から黒岳までの稜線ではほとんど主役を張っていて、花畑の存在を許さないという印象です。ところが黒岳の南面から大蔵高丸、ハマイバ丸を経て大谷ヶ丸までの稜線では、ササ原と花畑があちこちで領土戦争を繰り返していて、大小の花畑が次々に登場して、すこしずつその表情を変えていきます。山の「お花畑」は規模の大きさに価値があると思われますが、ここでは歩くに従ってストーリーの違う一幕芝居を次々に楽しめる……という演出なのです。
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【46】撮影:14時15分=伊藤 幸司
ハマイバ丸の一帯をシカの食害から守る鹿柵だと思います。
以前、奥日光中禅寺湖畔の千手ヶ浜でクリンソウを増やしてきた伊藤さんに聞いたのですが、戦場ヶ原などに鹿柵をめぐらしても、1か所穴が開けられると、シカ軍団にその情報が筒抜けになってしまうというのです。伊藤さん自身はクリンソウに毒があるのでシカが食べないということに安心していたら、ある日1頭が根を掘れば食べられるということを知って、以後その情報がたちまちシカの世界に広がったといいます。
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【47】撮影:14時16分=伊藤 幸司
色がずいぶん白いですが、タチフウロでいいでしょうか。
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【48】撮影:14時17分=伊藤 幸司
花が開いていないのですごく硬い黄色の塊となっていて、相変わらず自信がないのですが、コガネギク(ミヤマアキノキリンソウ)だと思います。
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【49】撮影:14時18分=伊藤 幸司
この日は棘のないタムラソウを見ませんでした。けっこうたくさんあったと思うのですが。
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【50】撮影:14時20分=小林 美子
お花畑の周りはアミに囲まれ、花を守っていた甲斐があったのでしょうか、復帰の気配がして嬉しく、又来てみたいと思います。
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【51】撮影:14時23分=伊藤 幸司
コウリンカの花があって、マツムシソウの花がないというのは不思議でした。
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【52】撮影:14時29分=伊藤 幸司
ハマイバ丸の山頂を過ぎました。もうちょっと先に富士山の展望地点があるのですが、方向としては左の林の向こうという感じ。奥に見えているのは大谷ヶ丸。レンゲショウマの宝庫でした。
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【53】撮影:14時40分=小林 美子
10分交代
待っている所にこんな
キノコがありました。
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【54】撮影:14時43分=伊藤 幸司
イケマというつる植物のようです。何度も見ていたと思いますが、名前を調べてみたのは初めてです。
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【55】撮影:14時43分=伊藤 幸司
じつはハマイバ丸の山頂手前にヒヨドリバナの一群があって、そこに驚くほどたくさんのアサギマダラが飛び回っているのを何度も見ました。ヒヨドリバナは秋の七草のフジバカマと近隣の貧相な花しかつけていないのにアサギマダラのお気に入りのようです。でもこのイケマはかなり強烈な毒草にもかかわらず、アサギマダラの食草で、幼虫はその毒を体内に蓄積しつつ、葉を食べて成長するのだそうです。
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【56】撮影:14時47分=伊藤 幸司
この急坂がこのルートのひとつのイベントです。土が濡れていたりすると、かなり厄介です。
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【57】撮影:15時25分=伊藤 幸司
大谷ヶ丸に登らずに、米背負峠から下ることにしました。谷沿いの道を歩き始めたところですが、写真を見て初めて、先頭を歩く人の先に黒々とした線があったことに気づきました。恐らく、複数のシカが通った跡だと思います。
まさにこの地点、以前はポツン、ポツンとレンゲショウマがあったのです。このすぐ背後、米背負峠から大谷ヶ丸に登る道すじにはけっこうあって、大谷ヶ丸の山頂付近から滝子山へと向かう道すじには驚くほど濃密にレンゲショウマがあったのです。
それがある年、パタッと消えてしまったのです。この道を下っていくと、沢筋に出るまでに、ポツン、ポツンと出てきたのですが、それも完全に消えてしまったのです。
最初はレンゲショウマだけが消えたので時期的な問題や年ごとの豊作・不作もあるかと思っていたのですが、大蔵高丸に新しい巻道ができたとき、そこにはレンゲショウマがあったことから、シカなどによる食害だと思うようになりました。そして年ごとに花も咲かない山になってしまったのです。
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【58】撮影:15時49分=伊藤 幸司
この手の木の橋が私たちの山歩きでは一番危険な場所だと考えています。「濡れている木の橋」だったら、まずは渡らないことを考えます。どうしても渡らなければいけないときのために私は一年中軽アイゼンを数個、ザックに入れています。
そして、普通に歩くのであれば「2種類の木を同時に踏む」ということを声高に叫びます。つまり、丸太の1本をトントントンときれいに歩きたい気持ちを阻止するのです。小さな接地面で体重移動をするときには「つま先立ち」が基本ですが、それでも移動による重心のバランスがほんのちょっとでも崩れるとストン! と足をすくわれます。こんな場所でも、足をすくわれた後の「危険」は相当のものになります。
10人中9人が大丈夫でも、だめなのです。ひとりが転んだらアウトなのです。そういう目で見たときに危険が放置されているこういう橋には「下を歩く」可能性が残されています。だからこの橋はある程度放置されているともいえます。一般登山道では「濡れた木」ほど危険なものはありません。
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【59】撮影:16時19分=伊藤 幸司
非常に稀なことですが、モグラさんが道路上で絶望死しているのに出会いました。地中に長大なトンネルを掘って、落ちてくるミミズなどを食べる生活が驚くほど安定しているらしく、12時間絶食すると餓死するんだそうです。このモグラさんも舗装した路面まで出てきて餓死したのでしょうか。
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【60】撮影:16時19分=伊藤 幸司
以前は米背負峠から小一時間下ったところで林道に出ると、タクシーが待っているという状況を手配することができました。米背負峠で大月方面に電波を探ると通じるとこがあるのです。
ところがその林道で崩落事故があって、車両通行止めになりました。その林道を1時間歩くと天目山温泉に自力でたどり着けます。
その途中、崩落防止の法面で林道のあやしい表情を見ながら歩きました。日本の疲労感は山の至る所に延ばされた林道でひしひしと感じます。
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【61】撮影:16時32分=伊藤 幸司
ここが、この林道が閉鎖される原因となった崩落現場だったようです。
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【62】撮影:16時36分=伊藤 幸司
林道の終点、というより入口のところに、オニグルミの木があって、立派な実がついていました。
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【63】撮影:17時04分=伊藤 幸司
天目山トンネルをくぐると、出たところに旧大和村(甲州市)のやまと天目山温泉「やまとふれあいやすらぎセンター」があります。1日に何本かバスもありますが、甲斐大和駅までのタクシーを呼ぶことも可能です。
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【64】撮影:19時31分=伊藤 幸司
天目山温泉に直行しない下山ルートだったら、タクシーを呼んで「勝沼ぶどうの丘」の天空の湯に直行し、展望レストランで夕食ということにするところですが、タクシーで甲斐大和駅に出たので大月の濱野屋に行きました。

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