山旅図鑑 no.167
霧降高原
2017.10.14

山旅図鑑目次



糸の会(no.1054)
2017.10.14
霧降高原


33パワー
登り18p→稜線15p



*「名だたるハイキングコースです。単純に秋の気配を味わいたいと考えています。写真を楽しめる旅になるといいかな、とも思います。」……という軽い計画でした。
*「地形図が1枚手元にないため、正式の計画書は当日お渡しするつもりです。とりあえず目いっぱいの行程で計画しましたが、後ろは時間で調節します。とにかく、楽しく歩きましょう。」……という成り行き次第の計画でした。
*天気予報では「雨のち曇り」でしたが、雨は軽かったものの「濃霧のち霧」という1日でした。


10月14日
・1045……霧降ノ滝入口バス停から霧降ノ滝へ(標高約750m)
・1105……霧降ノ滝入口バス停を出発(標高約750m)
・1115-20……身支度休憩(標高約750m)
・1150-55……丁字滝(標高約750m)
・1215-20……玉簾滝展望台で休憩(標高約750m)
・1245-50……マックラ滝(標高約800m)
・1315-30……猫ノ平で休憩(標高974m)
・1410-15……牧場内通行が終わって休憩(標高約1,100m)
・1425-30……大山山頂(標高1,158m)
・1520……霧降川合柄橋(標高約1,100m)
・1605……霧降高原道路でタクシーを待つ(標高約1,250m)


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の1人です。
伊藤 幸司(62点)



山旅図鑑 no.167
霧降高原
2017.10.14

霧降高原
【撮影】09時11分=伊藤 幸司
この日の天気予報は雨のち曇り。私たちは08時30分浅草始発の東武鉄道・特急けごん9号で東武日光へと向かいました。

霧降高原
【撮影】10時45分=伊藤 幸司
タクシーで霧降ノ滝入口バス停まで直行して、展望台への道を進みました。

霧降高原、霧降ノ滝
【撮影】10時49分=伊藤 幸司
これが霧降ノ滝。見えました。辛うじて。

霧降高原、霧降ノ滝
【撮影】10時50分=伊藤 幸司
滝を見る人たち。こんな体験はラッキーです。また来るきっかけにもなるでしょうから。

霧降高原
【撮影】10時51分=伊藤 幸司
この態勢で、これからいよいよ歩きはじめます。

霧降高原、センブリ
【撮影】11時14分=伊藤 幸司
滝の入口から公園風の遊歩道に入ると、この花が目立ちました。なにか園芸種かと思っていたのですが、念のためグーグルで「白い花 秋」で検索、そのトップページで「画像」を開いたら、そっくりな写真がすぐに出てきました。休暇村吾妻山ロッジの「吾妻山で咲く山野草」の一枚。よく見るとこの写真よりはるかにいい写真です。グーグルの画像検索は最近ものすごく便利になってきたと思います。この写真もあちらに載るかどうか、わかりませんが。
……で、これはセンブリだそうです。

霧降高原、ユモトマムシグサ
【撮影】11時17分=伊藤 幸司
これはマムシグサの仲間(というよりテンナンショウ属のひとつ)なのですが、葉っぱの表情がいわゆるマムシグサと、ちょっと違う感じがしました。そこで「霧降高原のマムシグサ」や「日光のマムシグサ」で検索してみるとユモトマムシグサというのがあると知りました。どうも奥日光の湯元が発見地だそうだから、アーネスト・サトウの次男で植物学者の武田久吉と関係があるかもしれません。
「ユモトマムシグサ(湯元蝮草)」によると「葉は(1)2個で、掌状に5(7)小葉からなり、小葉は倒卵形〜楕円形で先は鋭く、縁は全縁または粗い鋸歯がある」とのこと。マムシグサについて『山の花1200』(青山潤三・平凡社)には「葉は2枚、小葉は7枚以上でうち1枚が頂小葉の、鳥足状複葉」と書かれていて、それが実に的確。複雑なデザインのスカートをこれ見よがしに広げている感じなのです。
それに対して写真のマムシグサは5枚の葉がわかりやすい姿を見せています。
そこで『フィールド判・日本の野生植物』(平凡社)で調べてみると、マムシグサという項目に「ムラサキマムシグサ、ホソバテンナンショウ、オオマムシグサ、コウライテンナンショウ、ヤマトテンナンショウ、カルイザワテンナンショウ、ヤマジノテンナンショウ、ミクニテンナンショウ、カントウマムシグサ、アオマムシグサ」が別名としてまとめられているのです。本州から九州に広がるといいます。
それに対してユモトマムシグサがありました。こちらは東北南部から中部地方のブナ帯〜亜高山にあって「小葉は5枚、まれに3-9枚」で、マムシグサの「小葉は(5-)7枚以上」とで区別できるようです。

霧降高原、ユモトマムシグサ
【撮影】11時17分=伊藤 幸司
ユモトマムシグサの実が秋の色づきになっていました。これもよく見るマムシグサと形がちょっと違います。

霧降高原
【撮影】11時18分=伊藤 幸司
人の手で刈り込まれた……ということは鹿さんがそんなにいないのかな? という感じの笹原を進んでいきます。

霧降高原
【撮影】11時20分=伊藤 幸司
不思議な古木がありました。

霧降高原
【撮影】11時36分=伊藤 幸司
林道らしい舗装路に出ました。落ち葉の樣子から通る車はほとんどないようです。

霧降高原、丁字滝
【撮影】11時46分=伊藤 幸司
「隠れ三滝めぐり」というハイキングルートができていました。その第一弾・丁字滝。

霧降高原
【撮影】11時48分=伊藤 幸司
霧降川の流れに向かって下ります。

霧降高原、丁字滝
【撮影】11時49分=伊藤 幸司
これが丁字滝の全貌。霧降ノ滝はほとんどまったく見えませんでしたが、こちらはバッチリ。

霧降高原、丁字滝
【撮影】11時49分=伊藤 幸司
丁字滝のポートレイト、という感じがこれ。

霧降高原、ヤマグリ
【撮影】11時53分=伊藤 幸司
たとえば山道でキノコを見ると、多くの皆さんは「食べられる?」「食べられない?」という目で反応します。私はそれをいつも苦々しく思っていて、美味しいキノコはほんのひと握りなのに「食い気でキノコを鑑賞するなんて!」と繰り返し思うのですが、足元に落ちている山栗に関しては「食べられる?」という目で見てしまいます。
ウィキペディアで「クリ」を見ると「クリのうち、各栽培品種の原種で山野に自生するものは、シバグリ(柴栗)またはヤマグリ(山栗)と呼ばれる」のだそうですが「日本において、クリは縄文時代初期から食用に利用されていた」というのです。しかも「年間平均気温10 - 14℃、最低気温氷点下20℃を下回らない地方であれば栽培が可能で、日本においてはほぼ全都道府県でみられる」とのこと。
その、1万数千年前から日本人の生存を助けてきた食料が、そのまま足元に転がっているのです。そいつを無視していいものか!
ということなのですが、じつはムシとの関係がそこにかぶさってくるのです。足元に落ちているクリの実のほとんどに小さな穴が開いていて、すでに虫に先を越されてしまっているのです。だから落ちて、虫に見つかる前に拾わないと、気持ちよく食べられない。その日その道で1個でも見つかれば大成功だと思うのです。
だから貴重品なのです。
大風の吹いた翌日などには大漁ということもあるのですが、そんなときには皆さんで分けてもらって、その場でひと粒ずつ食べてみてもらいます。生栗の美味しさは縄文人の味わいとまったく同じ。人生に記憶すべき味わいです。

霧降高原
【撮影】11時56分=伊藤 幸司
2つ目の玉簾滝へは霧降川の流れを(上流から見て)右岸から左岸へと渡ります。
こういう橋は登山道ではしばしば見ます。傷んでいなくて、いい状態ですが、登山道で木の橋や階段、もろもろの施設を渡る場面が、いちばん危険だと考えます。雨などで濡れていたら最悪です。
そしてこの場面では、この脚さばきがベストです。丸太の頭を踏んでトントントンと歩くとき、靴と丸太の接地面積が最小になり、しかも平均的な日本人だと歩行時の重心移動にバラツキがありますから、思わぬ瞬間に足をとられて転びます。落ちると下は水面に隠れていますが岩だらけ。最悪の場面を想像してしまいます。
写真は「かならず2点を踏む」という歩き方の結果です。

霧降高原、霧降川
【撮影】11時56分=伊藤 幸司
日光の霧降高原はこの霧降川によって彩られているようです。その川筋をたどって歩けるというのはなかなかうれしい仕掛けだと思います。

霧降高原、玉簾滝
【撮影】12時01分=伊藤 幸司
これは隠れ三滝の2番目・玉簾滝。水量が多いときにはここまで水が溢れてくるようなところから接近します。

霧降高原、玉簾滝
【撮影】12時06分=伊藤 幸司
玉簾滝の全貌。丁字滝の落差10mに対してこちらは落差6m。「隠れ」シリーズというネーミングが絶妙です。

霧降高原
【撮影】12時09分=伊藤 幸司
これは玉簾滝の下流部。写真から感じる以上に道ははっきりしています。

霧降高原
【撮影】12時23分=伊藤 幸司
いやな道です。丸太の上に乗らずに、靴を隙間に落とすことで不用意なスリップ事故を防ぎます。
もしこういう道から落ちた場合に決定的に危険な場所だったとしたら、私は非常用装備の4本歯のアイゼンを出して、どれほど時間がかかっても全員にアイゼンで歩いてもらいます。10人のうち9人には通過できる状態でも、最後のひとりが問題です。恐怖心で急ぎたい、走りたい、飛びたい、となったらこちらが肝を冷やしますから。

霧降高原
【撮影】12時34分=伊藤 幸司
道標に従って登山道を進みます。

霧降高原、マックラ滝
【撮影】12時40分=伊藤 幸司
遠くに見えているのがマックラ滝。落差30mと「隠れ三滝」の中では圧倒的です。なのにみなさん、ここからの遠望で満足らしく、休憩。私だけが写真を撮りに滝まで行くことになりました。

霧降高原、マックラ滝
【撮影】12時42分=伊藤 幸司
これがマックラ滝。日光観光協会のホームページによると「昔は昼でも暗い場所であったために名がついたと言われています。また、マックラ滝は全国でもめずらしい北向きに流れ落ちる滝となっています」とのことですが、北向きに落ちる滝が珍しいかどうか、私にはわかりません。その後に「ハイキングなどされる場合には、ヒルなどがいる場合がございますのでご注意ください」とありました。

霧降高原
【撮影】12時53分=伊藤 幸司
マックラ滝の近くから本格的な登山道になります。これは登山道が鹿柵を乗り越える階段。

霧降高原、ドングリ
【撮影】12時56分=伊藤 幸司
ドングリがありました。足元のドングリを食べ物として見ているのは I さんですが、マテバシイやスダジイは縄文時代からの超栄養食だったようです。ウィキペディアによるとスダジイは「公園樹、街路樹、庭木などとして植栽される。果実はアク抜き不要で食用となる。木材は木炭やシイタケ栽培のホダ木になる」そうです。
マテバシイに関しては「食べられるドングリ。マテバシイの実を食べてみる」というレポートがありました。それによると「生で食べて美味しいのは、スダジイ、ツブラジイ、次にマテバシイです。これは試してみました。マテバシイは味が落ちます。食べられるには食べられます。マテバシイとシリブカガシは味が似ているそうです」とのこと。
ところで写真のこれは何でしょう。わかりません。前後の写真を見てみると殻斗(いわゆる「ぼうし」)の形からミズナラのドングリじゃないかなぁ、と思っています。

霧降高原
【撮影】13時04分=伊藤 幸司
道は谷筋から尾根へと登り続けています。

霧降高原
【撮影】13時13分=伊藤 幸司
ここで再び鹿柵を越えます。

霧降高原、ズミ
【撮影】13時14分=伊藤 幸司
鹿柵越えの階段を上がるとそこにズミ(小梨)の赤い実がありました。手の届くところに。

霧降高原、ズミ
【撮影】13時14分=伊藤 幸司
鹿柵の上から振り返って見るかたちですからここに写っているのはさっきまでいた世界。これから行く世界とどちらが鹿柵の内側で、外側なのか、わからなくなりました。
ともかく、ズミの赤い実だけがここでは華やかでした。

霧降高原
【撮影】13時29分=伊藤 幸司
鹿柵を越えたところは牧場でした。地形図には霧降牧場となっていますが、その牧場が始まったところに現在位置を猫ノ平とする案内板があって、名称は霧降高原牧場、放牧期間が通常5月15日から10月15日という記述がありました。その通りまでだとすると営業は明日まで。
私たちは13時15分から30分までゆっくり休んでそこからの「大山ハイキングコース」を踏み出しました。

霧降高原
【撮影】13時31分=伊藤 幸司
あいかわらずの濃霧。でもここまでくると濃霧を楽しむ気分にもなってきます。

霧降高原
【撮影】13時32分=伊藤 幸司
標高1,158mの大山に向かって、たぶん稜線の脇をたどっていくのだと思います。

霧降高原
【撮影】13時33分=伊藤 幸司
牧場内の舗装路に出ました。さすがに歩きやすい、というだけでなく、牧場の中を歩いているという気分には、ちょっと特別なものがありました。

霧降高原
【撮影】14時12分=伊藤 幸司
ここから牧場の外に出ます。牛柵だとザックがすり抜けるだけの幅があればその役目を果たせるようです。
私たちは正規の道で牧場内を抜けて、ここからふたたび牧場外の歩道に出るということを確認できました。

霧降高原
【撮影】14時18分=伊藤 幸司
ここで再び牧場内に入り、右手に登れと指示されました。

霧降高原、大山
【撮影】14時24分=伊藤 幸司
これが山頂。柵がいろいろあって、ここから先のルートがどれかわからず、あちこち確認する必要がありました。

霧降高原、大山
【撮影】14時29分=伊藤 幸司
大山(標高1,158m)山頂での記念写真。ずいぶん広々とした風景の中に出たもんだ、という気分の中で。

霧降高原
【撮影】14時31分=伊藤 幸司
道標もはっきりせず、柵を踏み越えて「多分」という感じの踏み跡をたどることにしました。以前、一度は整備したと思われる道が「あちら」のほうに延びていました。

霧降高原
【撮影】14時33分=伊藤 幸司
道がはっきりしないことを除けば広々としてとても気分のいい牧場風景を突っ切っていきます。

霧降高原
【撮影】14時36分=伊藤 幸司
ガスは時々濃くなったり、薄くなったりしています。もう雨は降らないようですから、今はこの濃霧を十分に楽しんでいます。

霧降高原
【撮影】14時42分=伊藤 幸司
ここで霧降高原牧場を離れます。標高1,689mの丸山に向かってひたすら歩くのだと思います。

霧降高原
【撮影】15時02分=伊藤 幸司
この辺りだけ、蜘蛛の巣がいくつかありました。規模からいってかなり大きなクモなんでしょうが、歩きながらのパッと見では獲物がかかった気配はありませんでした。

霧降高原
【撮影】15時02分=伊藤 幸司
カエデの紅葉は終わったのでしょう。あまりきれいな紅葉ではなかったみたいでしたが。

霧降高原
【撮影】15時05分=伊藤 幸司
これはなんの葉かわかりませんが、色とりどりの秋景色というふうに見えました。

霧降高原
【撮影】15時09分=伊藤 幸司
今日初めて、秋らしい森の景色を見た気分になりました。

霧降高原
【撮影】15時10分=伊藤 幸司
チラホラと赤い葉っぱが見えてきました。秋の気分も残っていて、良かったな、という景色。

霧降高原
【撮影】15時10分=伊藤 幸司
じつはあちこちにけっこうたくさんの紅葉が残っていました。標高1,100mあたりまで下って霧降川の上流部を渡るあたりで、季節がすこし巻き戻った感じでした。

霧降高原
【撮影】15時12分=伊藤 幸司
おおらかな縦走路という雰囲気になってきました。ササがきれいに刈り揃えられているようすでは、この辺りにも鹿さんが出没するのだろうと想像できます。

霧降高原
【撮影】15時13分=伊藤 幸司
霧降川の谷に下る最後のところで突然紅葉の風景が出現しました。

霧降高原
【撮影】15時13分=伊藤 幸司
このワンフレームだけでしたが、赤、黄、緑の錦秋を感じることができました。

霧降高原
【撮影】15時15分=伊藤 幸司
霧降ノ滝から隠れ三滝を経て、霧降川に再び戻ってきました。

霧降高原、霧降川
【撮影】15時17分=伊藤 幸司
ここで霧降川を渡ります。

霧降高原
【撮影】15時18分=伊藤 幸司
恐らくこの1週間ぐらい前、あたりはみごとな秋景色だったのでしょう。ちょっと残念。

霧降高原
【撮影】15時21分=伊藤 幸司
標高1,689mの丸山を中心とするいわゆる霧降高原へと入りつつあるようです。なんだか急に秋の気配がはっきりしてきました。

霧降高原
【撮影】15時22分=伊藤 幸司
見えているのは霧降川の向こう岸。さっき歩いてきた山肌がじつはこんなふうだったのかも知れません。気がついたら山霧が消えていました。

霧降高原
【撮影】15時30分=伊藤 幸司
秋の山道の楽しさはこんな場面にもあります。もちろん頭上の風景を見上げながらですけれど。

霧降高原
【撮影】16時15分=伊藤 幸司
私たちはこの日、霧降高原道路をくぐったところでタクシーと落ち合って、下山することにしました。計画からは約1時間の遅れでした。

霧降高原
【撮影】17時17分=伊藤 幸司
この日早めにタクシーを呼んでおいたのは、下山後のプランに重点をおくことにしたからです。
展望に恵まれなかったので、よく歩いたにもかかわらず、晴れやかな気分にはなれませんでした。そこで19時18分東武日光駅発の最終の特急までに日光小倉山温泉春暁庭ゆりんで入浴・食事という作戦にしたのです。
この写真は湯上がりのコーヒー。

霧降高原
【撮影】17時35分=伊藤 幸司
これはCafe Dining Bar おぐら庵の看板メニュー「温泉たまごのカルボナーラ」

霧降高原
【撮影】17時35分=伊藤 幸司
こんな感じで夕食となりました。



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