山旅図鑑 no.169
倉掛山
2017.10.24

山旅図鑑目次


糸の会(no.1056)
2017.10.24
倉掛山
54パワー

稜線27p→下り27p

*レンゲツツジの名所として有名……だった三窪高原は、シカの食害で悲惨なことになってから足が遠のいていました。しかし倉掛山まで足を伸ばしてさらに笛吹川沿いのバス通りまで下る長い道の、秋の風情はどうだろうかと、訪ねてみました。

10月24日
・0935……青梅街道・柳沢峠を出発(標高約1,500m)
・1010-15……柳沢ノ頭で休憩(標高1,671m)16度C
・1030-35……ハンぜノ頭で休憩(標高約1,700m)
・1130……板橋峠を通過(標高約1,600m)
・1205-15……休憩(標高約1,700m)
・1300-10……倉掛山山頂(標高1,777m)
・1355……白沢峠を通過(標高約1,550m)
・1440-50……休憩(標高約1,250m)
・1505……林道(跡)に出る(標高約1,200m)
・1540……白沢橋(芹沢バス停近く)に到着(標高約950m)

今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の2人です。

三浦 陽子、伊藤 幸司



山旅図鑑 no.169
倉掛山
2017.10.24

倉掛山=登山
【撮影】09時40分=伊藤 幸司
これは柳沢峠から三窪高原へと登り始めるところ。柳沢峠は標高1,472mで青梅街道の最高地点です。
『ウィキペディア』の『柳沢峠』に次のように解説されています。
【江戸時代まで青梅街道はこの柳沢峠ではなく大菩薩峠(標高1897m)を経由していた。大菩薩峠は道幅も狭く通行も困難な青梅街道最大の難所であり、遭難者も多く出していたが、甲州街道より二里短く関所が無いこともあり利用者は多かった。塩山側の麓には萩原口留番所跡がある。江戸(東京)から甲府に至るには甲州街道を経由する場合都県境(小仏峠または大垂水峠)と笹子峠の二つを越えなければならないが、甲州裏街道と言うべき青梅街道経由ならば大菩薩峠だけを越えればよい。峠の標高は甲州街道経由の方が低いが越える回数を考慮すると青梅街道経由にも利点があることも挙げられる。】
【明治になり県令藤村紫朗の主導によって民費で道路改修を行うことになるが、大菩薩峠に車道を通すのは困難だったため、1878年(明治11年)現在の柳沢峠経由の道路を開削した。開削後、青梅街道はルートを大菩薩峠経由から柳沢峠経由に変更された。現在でも青梅街道の要衝であり、中央自動車道や甲州街道(国道20号)の混雑時(渋滞時)には東京方面に抜ける迂回路として交通量が多い時がある。】

倉掛山=登山
【撮影】10時05分=伊藤 幸司
柳沢峠からの道は柳沢ノ頭(標高1,671m)に向かって延びています。土留めの階段がほぼ使われずに道際に道ができつつあるという、よく見る光景です。
まだ水流にえぐられたりして谷地形になってはいない場所でこの状態だということは、わざわざ通れない道を想定して作ったとしか考えられません。出来立ては立派な階段道路に見えたのでしょうが、あっという間に表土が流されて障害物道路になったという欠陥商品です。発注したのは地元の自治体でしょうから、税金をドブに捨てた状態です。土木に関する設計基準はいろいろあるようですが、登山道のいちばんやさしい条件のところが、こんなふうに手抜き工事のやり放題になっているのはどうしてでしょうか。
登山道整備の難しい場所のことをイメージしながら言っているのではありません。地元の造園業者でも理解できる範囲のこの程度の道(これなどは登山道というよりはハイキング用の歩道でしょう)が欠陥道路だというふうに専門家には見えていないのですか? といいたいのです。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】10時10分=伊藤 幸司
柳沢ノ頭(通常「頭」はかしらと読みます)から稜線をたどるとすぐにハンゼノ頭という展望台に着きます。ベンチがあって、富士山です。
柳沢ノ頭という名前は「柳沢源流の峰」という意味で、「山」とか「岳」とつけるほどの大きなピークではないけれど、山仕事をしていた人たちは沢筋が重要な上り下りのルートでしたからその目印として稜線の突起に「頭(かしら)」という名をつけたと考えていいのです。
私には山の名前に川の名前が多いという印象があったので、今回『標準地名集(自然地名)』(国土地理院・1981年)で調べてみたら、川の名前と山の名前がセットになって『1/20,000地勢図』に載っているのは(あいうえお順に)音更川/山、葛城川/山、釜無川/山、斜里川/岳、暑寒別川/岳、双六川/岳、大日川/山、那智川/山、西別川/岳が見つかっただけでした。
でも、じつ谷川岳の場合のように、名前の根拠となった「谷川」が1/20,000地勢図にも湯檜曽川の支流として出ているのですが、この本では「谷川」という名前の川は採用されていませんでした。
明治時代から造られ続けてきた日本のオフィシャルマップである地形図(全国を網羅した最初の基本図シリーズは1/50,000で、現在は1/25,000)を作るに当たって「地名調書」というのが整備されていきました。その際、山麓の行政機関に確かめるにあって、昔は山仕事をする人々の呼び名をかなりたくさん収録したという経緯があったのでしょうが、その場合は山裾のあちこちで利用される沢が違うわけですから、問題が生じます。大きな山になると山麓といってもいくつもの県、いくつもの市や町にまたがっているわけで、こちらの川と向こうの川とではまったく世界が違います。谷川岳はだから群馬県側からの命名だったというべきでしょう。もし新潟県側からの命名なら万太郎岳などという名前になっていたかもしれません。周囲から広く見られる山の場合はその土地ごとに違う名前があったことから、正式山名に関して勝者と敗者があったに違いないと思われます。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】10時15分=伊藤 幸司
ハンゼノ頭で休憩している間に富士山の山頂が見えてきました。この写真、後で見て、ほんとうに富士山かどうかちょっと疑ってしまいましたが、富士山頂です。

倉掛山=登山
【撮影】10時19分=伊藤 幸司
期待の紅葉がこのあたりから始まるという気配。カメラを取り出す人が何人もいました。

倉掛山=登山
【撮影】10時21分=伊藤 幸司
カエデの紅葉です。葉の形がはっきり見えるところがないので判断のしようがありませんが。

倉掛山=登山
【撮影】10時21分=三浦 陽子
はじめはは穏やかな山歩きだと思っていた。

倉掛山=登山
【撮影】10時22分=伊藤 幸司
こちらはカエデの黄葉。

倉掛山=登山
【撮影】10時23分=伊藤 幸司
カエデの紅葉。もしここに陽射しがあったら、風景全体を支配してしまうような存在感だと思うのですが。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】10時29分=伊藤 幸司
ふたたび富士山が見えました。手前の山並みは、どうでしょう。左肩が下がりっぱなしになっていくので、まったく見当がつきません。あるいは雲の中に御坂山地があるのだと思います。見えれば山頂の真下に黒岳がそびえていると思います。

倉掛山=登山、甲府盆地遠望
【撮影】10時31分=伊藤 幸司
甲府盆地が足下に広がってきました。右から下ってくる山裾に石和温泉があり、甲府の街があります。晴れていれば南アルプス南部の山々がくっきりと見えるはずです。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】10時31分=伊藤 幸司
この写真で手前の山並みがわかりました。富士山の右寄りにあるピークは御坂山地の最高峰黒岳です。そこから左に下る稜線が富士山の左寄りで一度持ちなすところが御坂山。画面左端にあるのが三ッ峠山です。ちなみに画面右端に見える小さな丸い突起は釈迦ヶ岳だと思います。

倉掛山=登山
【撮影】10時39分=伊藤 幸司
秋枯れの山稜をたどります。

倉掛山=登山
【撮影】10時40分=伊藤 幸司
落ち葉を踏んで歩く、というのがじつは山歩きのものすごく重要な楽しさだと私は思っています。落ち葉が滑るとか、隠れた石で不安だとかいう人がいますが、落ち葉を積もった状態にしたまま贅沢な気分で歩くというのが秋の山のスタンダード。都会ではたちまちゴミになってしまう落ち葉が、山ではこれから宝物として山に合体していくのです。吹き溜まりの深い落ち葉こそ、秋の山そのものだと思います。

倉掛山=登山、オヤマボクチ
【撮影】10時43分=伊藤 幸司
これはオヤマボクチ。大きなアザミの花……のようなところに白い糸がたくさん絡んで咲いていました。
『ウィキペディア』の『オヤマボクチ』にかなり丁寧な利用例がありました。
【根は漬け物にするなどして食べられる。また、氷餅の副原料として利用するほか、長野県飯山市の富倉そばでは、茸毛をつなぎに使っている。
原料としてヨモギの代わりにオヤマボクチの葉を用いることもあり、新潟県の笹団子や山梨県と東京都/檜原村の草餅で利用される。山梨でウラジロと、東京都檜原村でネンネンボウと呼ぶことがある。】
そのウラジロの例は、ここと同じ甲州市の旧大和村にあるやまと天目山温泉(公営の日帰り温泉)で「うらじろざるうどん」や「うらじろまんじゅう」を楽しむことができます。味はほとんどヨモギですけれど。

倉掛山=登山
【撮影】10時54分=伊藤 幸司
いいですねえ、こんな道。歩く気持ちよさが伝わってきます、撮った私にも。

倉掛山=登山
【撮影】10時56分=伊藤 幸司
歩き始めて、まだ1時間半になりません。ひとつひとつはそれほど際立った光景ではないのに、やはりすこしずつ身にしみてくる感じはあります。この黄葉もなんだか仲間という気分で見ていたりします。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】11時00分=伊藤 幸司
富士山がまた見えました。雰囲気はまったく変わりませんね。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】11時00分=伊藤 幸司
こんなふうに厚い雲の天井の下を、私たちは歩いています。

倉掛山=登山、ススキ
【撮影】11時02分=伊藤 幸司
ススキは近づいて主役にしてやろうと思うとなかなかうまく撮れませんが、こんなふうに脇役にすると、とたんに主役の座を奪ってしまったりするのでおもしろい。

倉掛山=登山
【撮影】11時04分=伊藤 幸司
この木、なんだかわかりません。まだ熟さない実の部分が特徴的なので、あんがいいつも見ている木だと思うのですが。

倉掛山=登山
【撮影】11時13分=伊藤 幸司
登山道が防火帯になりました。こういうものを誰がどのように計画して実現するのか知りたいと思いましたが、ネット上ではなかなかわかりません。森林法に定める防火保安林というのもありますが、防火帯もそれに含まれるかどうか。ただ、林業地域における「火入れ」作業に際しての各自治体の取り決め文書はたくさんあります。あるいは森林管理業務を行う事業者の文章の中に、幅6mの防火帯をつくって林道としても活用するのが合理的というものもありました。
『ヤマレコ』の『その他』に『防火帯』(2015-05-17)がありました。
【大規模な森林火災を防ぐことを目的に、防火活動の一環として延焼が予想される地域の樹木を伐採した帯状の地帯。登山道として利用されている場合、樹木が無いため日当たりが良く、視界も開けていて歩きやすい。 】

倉掛山=登山
【撮影】11時14分=伊藤 幸司
はじめての急な下りになりました。下ったところまで林道が入っていて、板橋峠と呼ばれています。以前タクシーでそこまで入ったことがあります。

倉掛山=登山
【撮影】11時15分=伊藤 幸司
板橋峠のところに見えてきたのは太陽光発電施設。その建設が進んでいるようです。

倉掛山=登山
【撮影】11時18分=三浦 陽子
急な下りや上りが繰り返しあり。

倉掛山=登山
【撮影】11時34分=伊藤 幸司
標高約1,600mの板橋峠から標高1,777mの倉掛山までは小さな起伏が連続する稜線です。距離にして約3km。気持ちのいい尾根歩きといえるでしょう。

倉掛山=登山、コハウチワカエデ
【撮影】11時34分=伊藤 幸司
黄葉したカエデが足元にありました。この葉の形をネット上で探してみるとコハウチワカエデだと思われます。紅葉するのが基本のカエデのようですからこれはその途上か、天候のために今年は赤くならないのか。
『新美園』という造園会社のサイトに『コハウチワカエデ』という記事がありました。
【造園や庭づくりで植栽されますコハウチワカエデはカエデ科・カエデ属の落葉樹です。
この分類の中には多くのモミジ・カエデ類が含まれ、葉の切れ込みが深いものはモミジ、切れ込みが浅いものはカエデと呼ばれるのが通常となります。
コハウチワカエデの葉は切れ込みが浅く、小さな手のひらの様な可愛らしい雰囲気があります。
イロハモミジなどは鋭利な葉が凛とした上品さを感じさせますが、コハウチワカエデの葉は丸みを帯びた優しいフォルムといった所でしょうか。
コハウチワカエデはその非常に繊細で上品な樹形から、ナチュラルガーデンにしばしば植栽を致しております。
枝が繊細、という事もございますが、枝葉の数そのものがとても少なく、上部へ枝が伸びてもなかなか太らない性質を持っています。この為庭への植栽後の放任をしても樹形が柔らかな状態を保ち、美しい山間の風景を見せてくれます。
小さな手のひらの様な葉は密生せず、常に幹模様や枝模様が見られます。
カエデ類としては稀な生育の緩やかさであり、上手く根付けば非常にローメンテナンスな植木と言えます。
ですが忠実に山間に通ずる条件下でなければ元気に育ち続ける事は難しく、至らない条件は人の手で工夫して植栽をする必要があります。
もともとは山の高木の枝下で点々と自生する木ですので、強い直射や強風にさらされる事に慣れていない植木です。
尚且つ山の土は落ち葉を大量に含んでおりますので、それに近い土で植え付けを行う必要があります。
かといってじめじめとした土壌ではなく、山の緩やかな斜面に習う様に水捌けも良好でないといけません。
そして日光を避けるあまりに暗い日陰へ植えた場合も、うまく育たない事が見受けられます。やはり枝元に注ぐ木漏れ日の様な環境が最良であるかと思われますが、お庭の中では中々作るのが難しい条件と言えます。】

倉掛山=登山
【撮影】11時36分=三浦 陽子
きれいな紅葉もあったが、白沢峠からの下りは狭く小枝散乱、荒廃気味の道だった。

倉掛山=登山
【撮影】11時56分=伊藤 幸司
防火帯は穏やかな顔つきをしながら、どこまでも私たちを誘い込んでいく感じです。

倉掛山=登山
【撮影】11時59分=伊藤 幸司
ゆるやかに見える斜面も、実際にはこんな感じだったりします。べつに困るほどではありませんが。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】12時10分=伊藤 幸司
斜面を登って振り返ると、また富士山がありました。

倉掛山=登山
【撮影】12時22分=伊藤 幸司
こんどはけっこうな登りになりそうです。

倉掛山=登山
【撮影】12時42分=伊藤 幸司
ひと山越えて下ります。雰囲気が変わったのはこれまでは自然林の中を抜けてきたのに、ここでカラマツの植林地に入ったのです。

倉掛山=登山
【撮影】12時42分=伊藤 幸司
間伐した木が苔色に染まっている光景は初めて見たように思います。なにか特別な場所なのでしょうか。

倉掛山=登山
【撮影】12時44分=伊藤 幸司
道際の木に、鹿の頭蓋骨が飾ってありました。

倉掛山=登山
【撮影】12時45分=伊藤 幸司
おそらく、たぶん、登山道の道筋に鹿の死体があったのでしょう。登山道を歩いてきた誰かが……こちらに向けて。

倉掛山=登山、ハウチワカエデ
【撮影】12時49分=伊藤 幸司
さて、これはコハウチワカエデとは雰囲気がだいぶ違うのでハウチワカエデではないかと思います。
『森と水の郷あきた あきた森づくり活動サポートセンター総合情報サイト』に『樹木シリーズ⑪ ハウチワカエデ』がありました。
【葉は切れ込みが浅く、カエデの中では最も大きいので、若葉と花、新緑、紅葉ともに美しい。特に紅葉時は、葉全体が色づかず、黄色、オレンジ、赤など様々に染まるので見応えがある。寒冷に強く、やや標高の高いブナ帯に生育する。より高木層のブナに被われていても生育可能な耐陰性の強い樹種である。自然樹形が最も美しく、剪定不要なことから庭園樹、街路樹としてよく植えられる。
名前の由来・・・葉の形が天狗の持つ鳥の羽の団扇に似ていることから「羽団扇楓」と書く。なお、カエデは、葉の形がカエルの手に似ていることに由来する。】
【葉・・・「天狗の団扇」に似た葉は、直径7〜12cmと大きく、基部は心形で、掌状(しょうじょう)に浅く9〜11に切れ込みが入る。葉柄は、葉の長さの1/2以下と短く、毛がある。】
【紅葉・・・カエデの仲間では、葉が最も大きいから、一度に色づかず、葉先から少しづつ変化していく。だから黄緑、黄色、オレンジ、赤など変化に富み、多彩なグラデーションでブナ帯の森を艶やかに彩る。
紅葉の順序・・・同じ樹木であれば、光が良く当たる場所から順次紅葉する。
奥山のブナ林内の黄葉・・・ハウチワカエデは、ブナ林の中に生えると赤くならず、黄色いままのことが多い。これはブナやミズナラなどの高木類に遮られ、日射が不足するからだと考えられる。
里山・公園樹の紅葉・・・二次林を主体とする里山では、ハウチワカエデが赤く色付く。これは、大きな木が相対的に少なくなって、ハウチワカエデなども十分日射を受け、赤い色素を作りやすくなるからだと考えられる。いずれにしてもハウチワカエデの紅葉は、日当たりの良い所ほど美しい。】

倉掛山=登山
【撮影】12時49分=伊藤 幸司
これが山頂への最後の上りになりました。

倉掛山=登山、倉掛山山頂
【撮影】12時57分=伊藤 幸司
倉掛山山頂。尾根上の小さな屈曲点という感じの場所でした。

倉掛山=登山、倉掛山山頂
【撮影】12時57分=伊藤 幸司
青空が見えてはいるものの、雲は厚く、なかなか陽射しは届きません。

倉掛山=登山、倉掛山山頂
【撮影】12時58分=伊藤 幸司
山頂から、広瀬湖が見えました。この人工湖は笛吹川を堰き止めて造られたもので、手前側の湖岸を走る国道141号線は中山道熊谷宿から秩父を抜けて雁坂峠を越え、甲府に至る「秩父往還」。その山梨県側の部分が「雁坂みち」と呼ばれています。ダム湖の先端部、西沢渓谷入口のところが登山道の雁坂峠入口ともなっていて、国道は秩父に抜ける雁坂トンネルに入っていきます。

倉掛山=登山、富士山遠望
【撮影】13時00分=伊藤 幸司
見納めの富士山です。終日見えていたというべきか、見えていなかったというべきか、わかりませんが。

倉掛山=登山、倉掛山山頂
【撮影】13時02分=伊藤 幸司
山頂での10分休憩。
登路では疲労のコントロールが必要でしたが、下山ルートでは体力だけでなく気力の問題も重要です。下りだと道の状態だけを見ても構造的に事故が起こりやすいのですが、登りの疲労が注意力を散漫にすると感じることが多いのです。糸の会ではダブルストックを使うことで下りでの安全性を飛躍的に向上させてきたとはいえ、悪い流れにならないように、チーム全体の動きをきちんと整え直すべきだと考えます。ですから山頂ではエネルギー補給に加えて、気分の切り替えも兼ねた「10分休憩」とし、リーダーである私の印象でそれを延長したほうがいいと感じるときにはズルズルと伸ばします。行動記録にはこの休憩を「1300-10」と書いてありますが、もしこのとき不安な要素があったら「1300-10-20」などと延長時間が記されたところです。

休憩時間の管理は、じつはリーダーの最大の危機管理項目だと思っていますから独断的にコントルールすべきだと思います(その中で時に休憩時間管理の失敗があったとしてもリーダー自身の重要な教育的経験だと考えます)。メンバーの中でうるさいことをいう人がいるようなチームは一見すると民主的に見えますが、危機管理的には脆弱だと思います。
たとえば私の場合、こういう重要な休憩時にはメンバー全体のふんわりとした雰囲気と、その中でマイナスの雰囲気で目につくメンバーをチェックします。エネルギー補給をするだけなら通常の10分休憩でいいのですが、それだけでは不十分だと感じたときには「下りの安全のために」時間をずるずると延長します。時間的な余裕がない中で休憩時間を伸ばすというのは下山の安全性と直接関わってくる選択ですから、リスクを伴うことになるのですが、そういうときこそリーダーとしての力が問われる場面だと思います。
……でどうするかというと、みなさんのおしゃべりが盛り上がっているのなら放置しますし、そうでなければ思いつきの「頂上講座」をこちらから始めます。だれか特定の人のために時間を延長するのではなく、リーダーの特権でなにかやってしまうのです。時間の浪費にしか見えなくても。
そういうことも含めて、これからの下りに対する切り替えをしっかりやっておきたいと思うのです。

ちなみに加えれば山頂で昼食休憩を含めた楽しい宴会をしているグループをよく見かけます。私も甘い紅茶を出したり、鍋料理をしたりした時期があります。記憶に残るという意味ではいいのですが、夏に大きな山に登るとか、冬にも登り続けるとか、自分の肉体の能力拡大が自分自身で見えるようになると、各自が自分のカラダと向き合う環境をよりよく整えたいことから、適宜のエネルギー補給と、体調管理のための一口給水を「10分休憩」と「5分休憩」で小分けに実施できるようにしてきたのです。
したがって山頂での宴会は思い出深いものになるので賛成ですが、そこにアルコールがついたら完全にアウトだと思います。もちろんリーダーがアウトです。山頂でのその1杯に勝るものはない……のでしょう。山でよくあるケースですが、山頂での一杯ぐらいなら下山に問題ないというベテランがその催しを継続させているのでしょう。その人にはリスク管理に問題はないとしても、下山にアルコールがマイナス要因となる新参のメンバーに対して、その(軽い)酒宴のリスク管理をどのように考えているのでしょうか。
私は完全な下戸なので自信を持っていえませんが、ある出版社で5時を過ぎると社内で酒を飲みながら仕事してきたという酒豪が「絶対にダメ」といっていました。酒と車の関係に似た問題になってきます。
そういうチームでは(たぶん)下りのスピードもリーダーなりベテランメンバーの気持ちいいスピードになっているのではないかと想像するのです。私は学生時代、探検部というクラブの活動で登山をかなりやりましたが、下りで「走れ〜」という号令がかかると、新人部員が足首を捻挫したりすることが多かったのです。それよりも(ここでは詳しく述べませんが)早く降ろうとすると滑り止めのためにかかとを使います、すると着地時にヒザが伸びているので、衝撃が直接ヒザにくるのです。長い下りを急がされて、一発でヒザを壊した例も見ています。つまり山頂の宴会にしろ、下りのスピードアップにしろ、ベテランメンバーにとって気持ちいい行動パターンが、新人メンバーにとって危険だという例は多いのです。
私自身がリーダーとして優れているかどうかわかりませんが、登りが終わってこれから下りにかかろうとするときには、リーダー自身とメンバーとの関係も一度リセットしたいと考えているのです。

倉掛山=登山
【撮影】13時18分=伊藤 幸司
これまでと同じような防火帯の道が明らかに下りに転じました。

倉掛山=登山
【撮影】13時27分=伊藤 幸司
防火帯をかなり長いことたどってきましたが、このあたりは左手がすぐに稜線です。稜線脇というべきところにある防火帯というのは森林火災の延焼を防ぐという意味で、どのような効果が発揮されるのでしょうか。
『私の森.jp 森と暮らしと心をつなぐ』というサイトは【このサイトは2008年3月に枝廣淳子さんの呼びかけに応えて立ち上がった、森の情報ポータルサイトです。2011年よりは有限会社グラム・デザインと、森への想いを共にするクリエイター仲間のボランティア・ワークによって、運営されています。】という背後関係の見えにくいサイトですが、驚くほど立派で、暖かい雰囲気がただよっています。その『森のクイズ』に『防火性の高い樹種はどれ?』という設問がありました。
【答え:(2)常緑広葉樹です。
正確には「ほとんどの常緑広葉樹」というべきで、全ての常緑広葉樹が防火性が大きいわけではありません。目安としてまとめると、
防火性大:大部分の常緑広葉樹
防火性中〜小:ほとんどの落葉広葉樹
危険:ほとんどの針葉樹、タケ、ササ
となります。枝葉の燃えにくさによる「延焼防止効果」と、植物自体が持つ「熱遮断効果」が大きいものは防火性に優れ、葉が厚くて水分を多く含む常緑植物が該当します。逆に葉に樹脂や油脂を多く含むスギやマツ類は延焼の可能性が高く、タケ、ササも燃えやすく危険だとされます。山火事の時に木が伐り倒されるのは、日本の山林に延焼の危険が高い針葉樹が多いためだと考えられます。
さらに、防火性の高い樹木でも1本だけでは効果を発揮できません。防火機能を発揮するためには群落になっていることが必要です。日本でも古くからある屋敷林を思い浮かべるといいでしょう。屋敷林は、延焼を防ぐ効果があるほか、熱気流や煙の上方拡散を促したり、飛火を消火する作用等も合わせ持っています。

群落になると次のような効果があるそうです。
水分の放出:多量の水分をもつ植生は熱せられると水分を放出して延焼を防ぐ。
輻射熱の遮断・拡散:輻射熱を遮断して、熱気流を上にそらせて火災の拡大を防ぐ。
火の粉をつかまえる:火がついた飛来物を補足して延焼の危険を減らす。

植栽に防火機能があったなんて知っていましたか? ご近所で敷地の境界にどんな木が植わっているか調べてみると面白いかもしれませんね。
参考リンク
森林科学講座18「群落の防火性」(PDF)
鹿児島県「取り組み例(樹木による防火機能を利用する)」
森のクイズ:「居久根(いぐね)」って何?(屋敷林について)】

倉掛山=登山
【撮影】13時37分=伊藤 幸司
いよいよ道は防火帯を外れて、稜線そのものをたどり始めました。

倉掛山=登山
【撮影】13時37分=伊藤 幸司
私たちは今見えている広瀬ダムのすこし下流に出る予定ですが、かなり急峻な斜面を下っていくことになります。……といっても30度から40度の斜面に20度前後の登山道が伸びているという標準的なイメージで問題ないと思います。

倉掛山=登山
【撮影】13時40分=伊藤 幸司
一気に下っていくという感じになりました。道はきちんと踏まれているので、十分に歩きやすい道ですし、それなりの頻度で利用されている道だと考えます。

倉掛山=登山
【撮影】13時51分=伊藤 幸司
ここが白沢峠。標高約1,550m。このトラックが見るたびに少しずつ崩れていきます。いずれにしてもこの車が自力で上がってきた時代があるわけです。周囲の植林と関係があるのだろうと推察するだけですが、しばしば戦後の一時期に全国各地で試みられた鉱山開発なども視野に入れておかなかければいけないかもしれません。

倉掛山=登山
【撮影】13時52分=伊藤 幸司
この車、けっこうカッコいいんですよね。よく見れば左ハンドルですよ。いつ頃、どんな人物がこの車でここまで上がって来たのでしょうかね。

倉掛山=登山
【撮影】13時56分=伊藤 幸司
この木の運命も背負わされて、異国の山に朽ち果てていこうとする(たぶん)アメリカ産のトラック。左にハンドルを切れば下山路です。

倉掛山=登山
【撮影】14時04分=伊藤 幸司
白沢峠から下り始めると、とたんにこの道です。急斜面はいいとしても、なんとなく寂れた感が私には気になります。この夏にどれほどの登山者がこの道を通っているのだろうか。

倉掛山=登山
【撮影】14時24分=伊藤 幸司
傾斜が急でも、道は問題なく「軟弱な都会の登山者」向けにできています。ダブルストックならむしろ快適な状況です。

倉掛山=登山
【撮影】14時38分=伊藤 幸司
わりとすぐに流れの脇に出ました。水が流れているということは、傾斜が緩やかだということです。糸の会のシミュレーションマップでも赤○がひとつ以上離れて並んでいます。ひとつ離れているだけでも傾斜は200分の50、すなわちtanθ=0.25で約14度、足元は悪い部分があるにせよ、勾配はゆるやかになって、10度前後で最後まで行きそうです。

倉掛山=登山
【撮影】14時47分=伊藤 幸司
これから同じような道が続きそうということがわかって、一息入れます。白沢峠から1時間で標高差250mぐらい下りました。あと約300mというところです。まだどんな道が待っているかわかりませんが、時速300m(下りの高度差)で歩ければ白沢橋まで1時間前後という目安です。事故さえ起こさなかればいいのです。もちろん10分休憩をとりました。

倉掛山=登山
【撮影】14時58分=伊藤 幸司
流れに沿う道には、こういう場所が出てくるんですよね。私が山歩きで一番危険だと思っているのはまさにこういう場面で、この丸太の桟道の歩きかたについては、できるかぎり現場で大声を張り上げて「2種類のものを同時に踏むように!」と伝えます。これなどは最悪の状態で、湿って表面がヌルヌルの桟木が、ポン、ポンと「きれいに歩くのがベスト」という顔つきで招きます。そのとき最初の1歩で靴底の滑り具合を確かめる人ならばすこしは安心なのですが、それでもここを「スマートに歩く」と思った瞬間に危険な状態に陥ります。濡れてヌルヌル(しかも丸みのある接地面)で滑らないためには、振り出した足の接地面にきちんと重心を乗せてから前に出ないと滑るのです。
まずはここで滑ったら、次に何が起こるのか、想像することです。そして丸太の桟木(角材でも同様なのですが)につま先をかけたらかかとは下の材木に落として「2種類の接地点」を踏むのです。ここで見る限りものすごく歩きにくいのですが、それを「絶対に!」やってもらわなければいけないのです。
私がこういう場面で歩き方の注意を大声でするには、理由があります。それはなんとか全員に注意を与えて、さらに難易度が高ければストップし、非常用の軽アイゼンを(片足だけにでも)装着して、安全第一主義で渡らなければいけないと考えているからです。10人中9人には大丈夫だと思っても、1人に不安があったら、そうしなければいけないのです。きちんと見れば、この桟木がかなり難易度の高いものだということがわかります。
一番危険なのは、運動神経のそこそこいい人が、面倒くさいのと怖いのとでトン、トン、トン、と渡りきってしまおうとすることです。細心を払うべき重心の移動というもっとも貴重な体験を無にするだけでなく、大事故の確率をかなり大きなものにしてしまいます。10人中9人が無事でも、1人が事故ったら安全対策が完全に破綻したと考えるべき、最悪の場所なのです。

倉掛山=登山
【撮影】15時10分=伊藤 幸司
15時05分に林道(跡)に出たのです。するとこのような落差のある水流が出てきます。かつて砂防ダム(最近では砂防堰堤と呼ぶようですが)を造るに当たって林道を切り開いたのでしょう。それが放置されて歩きやすい登山道となっているのです。地形図(1/25,000)には登山道として描かれていますが、ある時期には車が通れた林道跡です。

倉掛山=登山
【撮影】15時22分=伊藤 幸司
林道跡になったとはいえ、やむなく渡渉させられる場面もありました。迂回を求められたところだと思います。

倉掛山=登山
【撮影】16時35分=伊藤 幸司
白沢橋で国道に出たのが15時41分。すぐそばの芹沢バス停に着いたら、すぐに15時45分のバスが来たので、帰路の選択肢のひとつだった「途中下車してはじめての温泉に行ってみる」ということで三富温泉・白龍閣の湯につかるべく雷(いかづち)バス停で下車したのです。滝の見える露天風呂はさすが好立地ではありますが、ちょっと寂しい雰囲気でした。

倉掛山=登山
【撮影】17時36分=伊藤 幸司
帰路はタクシーで塩山駅へ。大月駅から千葉行きの特急あずさ30号に乗るためには18時29分塩山発の登り普通列車に間に合わせるということで駅前の食堂へ。じつはもう1軒あったのですが、何だったかのの事情でこちらの定食。

倉掛山=登山
【撮影】17時47分=伊藤 幸司
まあ、こんな感じでちょっと盛り上がりに欠ける食事になりましたが、帰路が塩山からとなる山の場合、千葉方面から参加しているメンバーが「千葉行きあずさ」のために入浴も食事も省くというので今回はかろうじて入浴と食事ができたので及第点か。空腹ですからみなさん美味しくいただきましたが、店には申し訳ありませんが、華やいだ気分とはちょっと遠かった。「かざはな」でのパスタセットなんかと比べると。

倉掛山=登山
【撮影】18時19分=伊藤 幸司
まあ、穏やかな待合室風景。大月に銭湯があったときには、温泉に入る余裕がなくても、ひと風呂浴びてゆっくり食事というのが定番だったのですがね。



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