山旅図鑑 no.182
釈迦ヶ岳
2018.2.10

山旅図鑑目次



糸の会(no.1070)
2018.2.10
釈迦ヶ岳


44パワー(計画は53パワー)
林道登り6p→登り14p→下り14p→林道・車道下り10p



*甲府盆地から見ると御坂山地の主峰・黒岳の前衛に当たるので富士山の展望台としての期待がありました。加えて甲府盆地側の檜峯神社へ下る急斜面は雪の中ではドラマチックです。計画書には「尖った小さな山に雪が着いていることから、すばらしく楽しい山になります。とくに下りはアクション巨編です」と書きました。
*ただ、残念ながら甲府側に下るルートにトレースがまったくなく、雪が深くて下山不能と判断しました。加えて登りの道筋で軽い転落事故が起きて、山頂には立つものの、無理をせずに下山する方針を決めました。


2月10日
・1000……上芦川集落上部の車道雪道を出発(標高約1,050m)
・1020-25……林道で服装調節(標高約1,150m)
・1050-55……登山口で休憩(標高約1,300m)
・1130……稜線へ出る(標高約1,500m)
・1140-1210……ロープ下で軽い滑落事故(標高約1,550m)
・1235-55……釈迦ヶ岳山頂(標高1,641m)
・1334……稜線から下り斜面へ(標高約1,500m)
・1355……登山口(標高約1,300m)
・1400-10……林道で休憩(標高約1,300m)
・1435……出発地点(標高約1,050m)
・1450-55……アイゼン外す(標高1,000m)マイナス3度C
・1515……上芦川バス停(標高約950m)


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の2人です。 宮崎 徹(14点)
伊藤 幸司(28点)



山旅図鑑 no.182
釈迦ヶ岳
2018.2.10

釈迦ヶ岳登山、登山口へ
【01】撮影:10時03分=伊藤 幸司
私たちは9時10分にジャンボタクシーで石和温泉駅を出発しました。上芦川の集落を過ぎて「すずらん群生地」へと伸びる道は、すぐに本格的な雪道になりました。さすがに強気のタクシー運転手さんももうここまでということで、下車したのは9時50分ごろ。私たちは冬支度をして10時00分に出発しました。

釈迦ヶ岳登山、林道
【02】撮影:10時45分=宮崎 徹
登山口からしばらくは積雪の舗装路でした。

釈迦ヶ岳登山、上芦川登山口
【03】撮影:10時48分=宮崎 徹
ここから登山道。いつの間にか抜けるような青空に。

釈迦ヶ岳登山、雪の登山道
【04】撮影:11時09分=伊藤 幸司
登山口はもうひとつあって「すずらん群生地」や黒岳の「すずらん峠」へと伸びる観光林道から分かれた細い林道を登っていくと小さな駐車スペースがあって、いよいよ歩道になりました。10時50分から5分休憩して歩き始めたのですが、私たちはたちまち「道迷い」を体験することになりました。

雪がこの程度ついているだけでも、登山道はそれらしい顔つきを失ってしまいます。視線を遠くにして「道筋を見て」さらに不明部分はあくまでも「偵察という意識」で「引き返すのを前提」に進みます。自分の選択を肯定したい気持ちがあると間違いの深みに入ってしまう可能性がどんどん大きくなりますし、自分の判断を支持したい気持ちが大きくなればなるほど「今この場所に関する観察」が疎かになります。

一度後ろを振り返ってみると、同じ道を引き返すのがどんなに難しいか、わかります。(登りの道迷いは登りきれれば大方オッケイなのですが、下りの道迷いはほとんどの場合危険ですから、この場所を下ってくる可能性を考えながら登ります)

……という意味で、道迷いを起こしやすい場所でトップを体験するというのはかなり得難い体験となるはずです。谷筋の道から斜面を大きくジグザグを切って登る道への移行区間で、見た目の「道らしさ」に私たちはやっぱり引っかかってしまいました。

なおこのあたりから写真が白っぽいのですが(私がいま使っているカメラは各種の設定ダイヤルが触れただけで動くという致命的な欠陥を持っていて、このときは最高感度のISO3200になっていたので)かろうじて状況がわかるという程度写ったので出しました。

釈迦ヶ岳登山、稜線への登り
【05】撮影:11時24分=伊藤 幸司
稜線から下ってくる斜面を大小のジグザグをたどりながら登っていきます。この写真には登山道を示す赤布が見えていますが、雪がついたら道はほとんど消えてしまうので、そのときには自分に合ったカスタムメードのジグザグを切りながら、稜線まで登っていくということになります。

釈迦ヶ岳登山、稜線への登り
【06】撮影:11時27分=伊藤 幸司
先頭が稜線に出ました。そこには標識があったので私たちは登山道をきちんとたどって登ってきたといえます。

釈迦ヶ岳登山、山頂への登り
【07】撮影:11時30分=宮崎 徹
稜線は樹林帯でした。

釈迦ヶ岳登山、山頂への登り
【08】撮影:11時35分=宮崎 徹
所々で急な岩場が出現。

釈迦ヶ岳登山、山頂への登り
【09】撮影:12時15分=宮崎 徹
次第に眺望も良くなってきました。

釈迦ヶ岳登山、山頂への登り
【10】撮影:12時27分=宮崎 徹
山頂付近の登り。まだ樹林帯です。

釈迦ヶ岳登山、山頂への登り
【11】撮影:12時28分=宮崎 徹
山頂付近からの眺望。

釈迦ヶ岳登山、山頂
【12】撮影:12時32分=宮崎 徹
いよいよ山頂に到着です。

釈迦ヶ岳登山、山頂
【13】撮影:12時35分=宮崎 徹
残念ながら富士山は雲をかぶっていました。

釈迦ヶ岳登山、山頂から北面
【14】撮影:12時36分=宮崎 徹
山頂から北側を望む。

釈迦ヶ岳登山、山頂から北面
【15】撮影:12時39分=宮崎 徹
山頂から北側を望む。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山
【16】撮影:12時42分=伊藤 幸司
じつは山頂で富士山を撮ろうとしたときに、カメラのほうがどうもおかしいということに気づいたのです。このカメラは操作系や情報表示にデザイン的な基本ポリーが浸透していず、技術者が「よかれ」と思って個々バラバラに扱いやすさや見やすさを追求してしまったという困りもの。とくに設定感度の指定は触れただけで狂います。他社のカメラではきわめて起こりにくい設定ボタンの「軽さ」が原因だと思います。

……ちなみにデジタルカメラでオート撮影をするときにはこれまですべてで1/3絞りのアンダー露出を基準にしてきましたが、このカメラでは2/3絞りにしています。加えてこの写真では雲の部分を主役にしたかったので、カメラを雲に合わせてシャッターを半押した状態で手前まで入るようにレンズを下げて撮っています。ちょっとやりすぎて、手前の雪が不自然になってしまいました。

その仕上がりを現場できちんと見られるモニターではないので、ちょっと無理かな? と思ったら、フレーミングを変えて2枚目、3枚目と撮っておきたくなります。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山
【17】撮影:12時42分=伊藤 幸司
釈迦ヶ岳山頂での富士山の写真、2枚目はフレームを絞ってみました。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山
【18】撮影:12時42分=伊藤 幸司
そしてこれが釈迦ヶ岳山頂の富士山、3枚目。フレームを広げたのでテーマは富士山と御坂山地に変わりました。画面の左にはずれたところに黒岳があるのですが、右側に小さな三角の節刀ヶ岳(標高1,736m)、そこから左に続く十二ヶ岳(標高1,683m)が見えています。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山、御坂山地
【19】撮影:12時42分=伊藤 幸司
御坂山地を主役にしたフレーミングにしてカメラ任せに撮りました。この釈迦ヶ岳から黒岳に連なる稜線は画面のうんと左にあって、ここに見えているのは御坂山地の西半部分という感じですが、本栖湖に落ちていく西端部分は手前の節刀ヶ岳(標高1,736m)〜十二ヶ岳(標高1,683m)の稜線に遮られて見えていません。

釈迦ヶ岳登山、山頂から奥秩父
【20】撮影:12時42分=伊藤 幸司
これは奥秩父連峰(東アルプスと提唱されています)。一番高く見えているのが最高峰の北奥千丈岳(標高2,601m)と国師岳(標高2,591m)の高まりです。そこから左に下ると大弛峠(標高2,360m)、そこまでタクシーで上がれます。

さらに左にタラタラと進むと朝日岳(標高2,579m)、ゆるやかに一度下って登り返すと金峰山(標高2,599m)になります。その山頂にある五丈岩が重要なランドマークなのですが、ここでは見えていません。そこからまた左に下っていくと突起が見えます。もう少し見通しがよければ何本かの岩峰がその突起を飾っていると見えるのですが、ここではよく見えません。

釈迦ヶ岳登山、山頂から大菩薩嶺
【21】撮影:12時43分=伊藤 幸司
撮ったときも曖昧だったので、どれがどの山かちょっと自信がなくなりました。いろいろ調べたら「釈迦ヶ岳からの山岳展望」がありました。

それによると右端に見えている山は雁ヶ腹摺山(標高1,874m)。(その手前側になるのですが)雪がぱらぱらと残っている稜線がご存知、ハマイバ丸(標高1,752m)から大蔵高丸(標高1,781m)へと続く道、その高みが黒岳(標高1,987m)です。

黒岳は南大菩薩の主要な山でそこから左に進むと小金沢山(標高2,014m)を経て、画面の左端が大菩薩嶺(標高2,057m)。その大菩薩嶺から下る稜線(青梅街道の柳沢峠に出ます)の向こうに見える小さなピークが飛龍山(2,077m)だそうですから、雲取山はちょうど大菩薩嶺の陰になります。

釈迦ヶ岳登山、山頂から雁ヶ腹摺山、黒岳
【22】撮影:12時43分=伊藤 幸司
右に雁ヶ腹摺山(標高1,874m)、左に黒岳(標高1,987m)という写真です。昨年7月には雁ヶ腹摺山から黒岳に登り、雪の白が目立つこちら側の稜線を大蔵高丸(標高1,781m)〜ハマイバ丸(標高1,752m)とたどって米背負峠から下りました。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山
【23】撮影:12時43分=伊藤 幸司
周囲の山をひと回り見回した後で、再び富士山に戻りました。たぶんこれが私の無意識のセンス。山頂が見えないので主役がどこに来るか、頭で考えずに構えた瞬間の感覚で撮っています。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山
【24】撮影:12時43分=伊藤 幸司
これが2枚めのショット。富士山が主役なのだから、正面からドン! と撮ったほうがいいと思ったのでしょうね。私は。

風景写真ではフレーミング(やその後のトリミング)が主要な技術のように思われていますが、たくさんの風景写真を選んできた写真編集者としては、名だたるプロたちが同じ場所で撮った写真を選ぶときには「正面出し」をしている写真を基準にするよう心がけます。見た目のバランスなどより「チカラ」のほうが重要だからです。

なぜか? 一般的な写真編集では写真は紙のサイズや、基本レイアウトの写真枠に放り込まれますから、編集側の事情によるトリミングを前提にしています。指定では四辺のうちの二辺を指定して残りの二辺は「ナリユキ」とすることも多いのです。だから全体が微妙なバランスで保たれているような「完璧」な写真は壊れやすいので選べません。

釈迦ヶ岳登山、山頂の地蔵尊と富士山
【25】撮影:12時44分=伊藤 幸司
山頂にある二体のお地蔵さんはけっこうな有名人だと思います。

釈迦ヶ岳登山、山頂での記念写真
【26】撮影:12時49分=伊藤 幸司
釈迦ヶ岳山頂での記念写真。写っている人自身にしか顔がわからない写真になってしまいましたが。

釈迦ヶ岳登山、山頂から黒岳、三ッ峠山
【27】撮影:12時52分=伊藤 幸司
みなさんが隣りの黒岳越しに三ッ峠山を見に行ったので、後ろから覗いてみました。

釈迦ヶ岳登山、山頂から三ッ峠山
【28】撮影:12時55分=宮崎 徹
三つ峠も良く見えました。

■コメント1:伊藤 幸司=2018.3.24
三ッ峠山の最高峰は開運山(標高1,785m)で、ここでは左側に御巣鷹山(標高1,778m)があって、てっぺんに電波塔が立っています。開運山はその右側で、さらにその右端の崖のところに小さな電波塔が複数立っています。富士山の展望台として有名な「三ッ峠山山頂」です。そしてさらに右手に下ったところが木無山(標高1,732m)となっています。

釈迦ヶ岳登山、山頂から富士山、御坂山地
【29】撮影:12時55分=宮崎 徹
山頂のお地蔵さんと富士山方面を望む。

釈迦ヶ岳登山、山頂からの下り
【30】撮影:13時09分=伊藤 幸司
登った道を下ります。Mさんはこの下で岩を乗り越えるときに頭上の岩に頭をぶつけてバランスをうしなって滑落。急斜面をかなり転がり落ちるというハプニング。幸い怪我がなかったので、頂上まで一緒に登ってもらいました。

私のこれまでの1,500回以上の登山で滑落事故は何回かあり、三ッ峠山では全身に擦過傷、十二ヶ岳では足の骨折。いずれもラッキーなことに命に別状なく、自力で脱出できました。歩き方を注意した直後に転倒して足を骨折したケースでは富士山の吉田口登山道の下山ブル道と、湯河原・幕山からの下りの林道で転倒、手首の骨折がありました。転倒したときに手首を痛めるという例は自己防衛反応によるので、転びかけたらむしろきれいに転びましょうと繰り返しています。同様の例は富士山山頂でのトイレ休憩時に、強風に煽られて転倒、手首を骨折した人もありました。

なんでもない登山道で誰かが突然消えたという例もいくつかあります。いずれも危険な場所ではないと思っていたところで起こることが多いのでリーダーとしてはほとんど予測しにくいのですが、本人の注意力や疲労、全体の行動リズムなどに起因すると考えられるので、登りで頑張るのは借金を下りに残すようなものなので最悪です。

さらに私は下戸なので考えもしないのですが、糸の会でトップの酒飲みだった会員Tさんも絶対に許さなかった山頂での飲酒は思わぬ事故の引き金になります。酒に強い人には不運が訪れないにしても、それを勧められた人に危険が忍び寄ります。同時に、下りでのスピードアップはベテランには合理的な部分があるとしても、必死で追いついていく立場の人には危険です。

糸の会では幸いなことに、誰かになにか不都合な状況が発生したら、それを全員の体験として受けとめ、緊急事態の体験に計画全体を切り替えることができます。そういうわけで、この場面では全員が非常事態を認識していかに確実に下山するか、という課題に挑戦しています。

釈迦ヶ岳登山、山頂からの下り
【31】撮影:13時09分=伊藤 幸司
事故後の登りでは当然のことながら下りの場面を想像しなら山頂を目指しました。事故当事者の身体状況がどう変化するかわからないので、最悪の場合を考えつつ登っていったのですが、いざ下ってみると予想していたよりも足場がよく、スピードさえ求めなければ不安はないと感じました。

釈迦ヶ岳登山、山頂からの下り、ロープ
【32】撮影:13時11分=伊藤 幸司
私は大きな悩みをかかえていました。眼下の斜面の左側から登ってきて、右側の急斜面で雪の下りを楽しみたいというのが計画の主眼点でしたが、檜峯神社神社へ下る道にトレースがまったくありませんでした。全員快調という状態であっても、踏み込むことのできない雪の状態だと思いました。

もしこのMさんのトラブルが原因で来た道を戻るとしても、じつは予定の下山路で雪遊びをするという計画は、思わぬ大量の新雪によって私たちには不可能になっていたのです。みなさんにはそのことを理解していただかないといけないからです。

釈迦ヶ岳登山、山頂からの下り
【33】撮影:13時20分=伊藤 幸司
この日のルートでは唯一のロープ。使っても使わないでもいいという場所ですが、ここでどういう下り方をするか、リーダーとして私はしっかり観察しなければなりません。ダブルストックの使い方でその人の技量と心理状態がわかりやすくなるという意味で、私はストックに大いに助けられていますから。

山ですれ違うグループのリーダーやベテランメンバーの人たちが「4本足にはなりたくない」などと非難することはなくなりましたが、メンバーの安全管理のための「一歩先」に及ぶ、ものすごくありがたい情報を与えてくれるというところまで考えている人はほとんどいないようです。

安全に下るための道具という点ではメンバーのみなさんは十分に理解していますが、私は「いまの安全」より「これからの安全」をストックの使い方によって見ようとしています。

釈迦ヶ岳登山、下り斜面
【34】撮影:13時21分=伊藤 幸司
ロープのところでダブルストックを2本を束ねて片手に持ち、片手をロープに添えている人がいます。糸の会流のダブルストックに、まだ慣れていません。こういう場所でもストックは両手に持ったまま、手首にまわしたベルトでぶら下げた状態で、手は岩やクサリやロープをハンドホールドとして利用します。

もちろんそういう場面ではストックが邪魔になります。その邪魔が、私には重要で、邪魔なストックのさばき方を見ているだけで、その人の「余裕」がわかるのです。二本のストックを片手で握ってしまうと、その手自体が100%使える状態ではなくなります。

そういう安全管理が一番わかりやすかったのは槍ヶ岳の東鎌尾根です。痩せた岩稜にたくさんの梯子がかかっていて、その中には長大な梯子もあります。高所恐怖症の人にはとてつもなく恐ろしいけれど、きちんと下れば安全性は確保されています。もし事故が起こるとすれば心理的要因が大きいというケースです。

そういう場面では下から見ていて、危険な要因を排除することができます。邪魔なストックのさばき方を見ているという、おそらくほかのリーダーには理解しがたい安全管理法だと思いますが、岩場のストレスが蓄積していかないように「いまの安全」より「これからの安全」に力点をおく方法として、絶対に欠かせないと思っています。

釈迦ヶ岳登山、下り斜面
【35】撮影:13時37分=伊藤 幸司
稜線の分岐標識のところから、さきほど登ってきた道を下ります。

釈迦ヶ岳登山、下り斜面
【36】撮影:13時37分=伊藤 幸司
わずか2時間ほど前に6人が登った道がこの状態。風があったりすると、かなりわかりにくくなるでしょう。登りであれば微妙な変化から落葉に隠された道を探し出して辿れるとして、同じ状態の道を下りでたどるのは至難の業です。ほんのちょっと気を緩めるとたちまち道を外れます。

でも「下り」ですから下るうちになんとかなる、と考えてしまうのが人情です。でもいったんそのように観察レベルが下がってしまうと、ふたたび正しい道を見つける可能性は少なくなります。不安があったら、絶対にスピードを上げてはいけないのです。観察の精度がガクンと落ちますから。

釈迦ヶ岳登山、下り斜面
【37】撮影:13時45分=伊藤 幸司
道筋がはっきりと見えてきました。こうなったら安心ですが「谷」と「尾根」との広い視野の中で、登山道がどういうふうに下っていくか見続けていこうという意識はあったほうがいいと思います。

釈迦ヶ岳登山、雪の林道
【38】撮影:14時35分=宮崎 徹
帰り道バス停まで舗装路を下りました。

釈迦ヶ岳登山、上芦川の兜造り
【39】撮影:15時07分=伊藤 幸司
これまで、釈迦ヶ岳の登山口や黒岳のすずらん峠までタクシーを利用するときには上芦川集落の下に伸びる自動車道を通っていたので気づかなかったのですが、今回は迎えのタクシーがバス停で待っているというので集落を抜ける道を歩きました。するとこの集落が最近まで兜造りの古民家集落として観光化を計っていたと知りました。でもほとんどが空き家に。

釈迦ヶ岳登山、上芦川の兜造り
【40】撮影:15時08分=伊藤 幸司
茅葺屋根を金属板で覆う方法はいろいろあるようです。これなどはずいぶん美しいと思います。茅葺屋根の葺き替えには亜鉛メッキ鋼板(トタン板)からガルバリウム鋼板に代わって長寿命になったそうです。この家では、今どのような生活をしているのでしょうか。

釈迦ヶ岳登山、上芦川の兜造り
【41】撮影:15時08分=伊藤 幸司
「上芦川」地区には、「兜(かぶと)造り」と呼ばれる民家が多く残っています。……と書かれているブログ「兜(かぶと)造りの集落」は2010年11月12日のものですが、ありました。

────「兜造り」は養蚕が盛んに行われていた頃、採光と通風のために、妻面の屋根を一部切り上げたもので、その形態が兜に似ている事から、そう言われています。芦川町には150棟を超える兜造りの民家が残っています。多くは明治・大正・昭和初期の建築ですが、中には、江戸時代に建てられ、兜造りに改築されたものもあります。当初は茅葺き屋根でしたが、その後ほとんどが、トタンを被せ、窓もアルミサッシにと、現代風になっています。────

と書かれています。笛吹市が主催する散策会で、集落研究中の東京理科大学の学生の解説があり、NHKの取材班が同行したとのこと。ちなみに「芦川町の150棟」というのは上芦川、中芦川、鶯宿の旧三村が合併した芦川村のことで、2006年に笛吹市に編入されました。

釈迦ヶ岳登山、石和温泉での食事
【42】撮影:17時52分=伊藤 幸司
石和温泉での入浴はかんぽの宿。その後食事は富士野屋夕亭の夕庵でホロホロチョウ出汁のほうとう鍋など。この後、さらに待っていれば毎週土曜日の花火大会が見られるとのことでしたが。



★ページ 先頭に戻ります
Copyright 2018 Koji Ito & ito-no-kai All rights reserved.