山旅図鑑 no.196
檜洞丸
2018.5.22

山旅図鑑目次


糸の会(no.1085)
2018.5.22
檜洞丸
69パワー

登り35p→下り34p

*夏の大きな計画のための体力チェックと考えた日帰り計画です。
*その時期をシロヤシオに合わせておきました。一時期丹沢山とその三峰尾根にシロヤシオを訪ねる計画を繰り返したことがありましたが、最初の素晴らしさを超えることがなく、シロヤシオの季節には那須岳や奥日光へと行くようになりました。今回、それを再び丹沢で、ということにしたのですが、例年より春の気温が高く、花の進行が1週間から10日早いという異常事態、シロヤシオへのみなさんの期待をできるだけ膨らませないように注意しながら当日を迎えました。
*登り下りがそれぞれ35パワーなので、1時間に8パワーの出力(平地を時速4kmで歩くパワー)として登り・下りとも約4時間半と概算しました。登りで10分オーバーのうえ、下りの安全のために山頂でゆっくり休んだのでほぼ1時間遅れで下りにかかりました。下りを登りの7割のパワーで歩ければその1時間を取り戻せるという胸算用で、下りで生じる予定の余裕を先に使ってしまったので、下りは事故らないことと、調子の悪い人出ないように注意して、けっこうスリリングな危機管理体制になりました。
*約20年前、初期の糸の会で箒沢公園バス停の大石キャンプ場から登り、ツツジ新道を下ったことがありました。そのときには帰路をバスで計画していましたから、荒れた下りでの安全とペース維持とにものすごく神経を使いました。その結果糸の会ではダブルストックを標準装備とし、下りでの安全確保とスピードアップに積極的に活用することになったのです。

・1010……用木沢出合を出発(標高610m)
・1100-10……休憩(標高約950m)
・1140-55……犬越路避難小屋でトイレ休憩(標高1,168m)
・1235-40……休憩(標高約1,350m)
・1455-1525……檜洞丸山頂で休憩・檜洞丸青ヶ岳山荘でトイレ(標高1,600m)
・1640-45……休憩(標高約1,150m)
・1725-30……休憩(標高約850m)
・1750……ゴーラ沢出合(標高約750m)
・1825……ツツジ新道登山口着(標高約600m)

今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の4人です。

秋田 守・稲葉 和平・山咲 野の香・伊藤 幸司



山旅図鑑 no.196
檜洞丸
2018.5.22

檜洞丸登山、富士山
【撮影】09時18分=伊藤 幸司
小田急線・新松田駅から西丹沢へ行くにはバスが頼り。ところが千葉方面からの参加者の多い糸の会ではバスに合わせて電車の時刻をあわせるのが(平日では特に)難しくなってきました。今回はジャンボタクシーがゲットできたのでいい気分。富士山がくっきりと見えていました。

檜洞丸登山
【撮影】09時18分=稲葉 和平
新松田からのジャンボタクシーのドライバーは女性。最近は大型バスやトラックでも女性のドライバーを見かけるが、大体は元気が良くて、GOOD!。

檜洞丸登山
【撮影】09時21分=稲葉 和平
タクシーから見えた富士の山頂がくっきり白い。前日まで下界は雨模様だったが富士山頂は雪だったようだ。

檜洞丸登山
【撮影】10時08分=秋田 守
新松田駅からタクシーを2台チャーターして用木沢出合まで入り、そこから登り始めた。こういう機動性はありがたいです。

檜洞丸登山
【撮影】10時14分=伊藤 幸司
タクシーの利点は西丹沢自然教室バス停から2kmほど奥の用木沢出合(中川川=変な名前ですが、の上流部、白石沢への合流地点)まで入れることです。私たちは10時10分に用木沢出合を出発しました。すぐに立派な橋を渡ります。これから私たちはこの用木沢を遡っていきます。

檜洞丸登山
【撮影】10時15分=伊藤 幸司
こんなところで魚が穫れるのでしょうか。
ネット上ではここにもけっこうな釣り人が入っているようです。「カフェmukuのブログ」ではこんな感じ。
【GW初日は人だらけの中川川の用木沢に行ってきました!真横に林道があり歩く距離も少なくて楽でした😀
キャンプ場はテントだらけ🏕漁協のオジさん情報では放流魚が残ってれば釣れるよ!
そりゃあ残ってれば釣れるでしょ!とツッコミ入れときました😏
堤防が多いながら簡単に超える事も出来ます!
現れるポイントは何匹釣れるのかと嫌でも力が入ります!
しかし…全く魚が見えません😅
チョット走ったイワナもいましたが一緒に遊んでいた友人Sくんも前乗りの気合いが実りません🤑
私的には見ているだけでニヤ付くポイントばかり!ただ魚がいないだけ😀
しかし歩いているだけで気持ち良く空気も上手い!家族連れの人と話しをしたり年配の夫婦と話したりなんだかリフレッシュした気がしました!
まぁ、たまには気持ちを方向転換して山を感じてみると釣れなくても充実です😀】

檜洞丸登山
【撮影】10時16分=伊藤 幸司
こんな沢ですが、橋には流れ止めがついていて、増水時に対応できるようになっています。以前、その増水時に渡渉に失敗してころんだ人が出て、敗退したことがありました。

檜洞丸登山
【撮影】10時16分=稲葉 和平
歩き始めてすぐ、渓流沿いの気分のいい新緑の道が眠気を吹き飛ばしてくれた。

檜洞丸登山
【撮影】10時16分=秋田 守
お天気に恵まれ、とにかく木々の緑色が眩しいばかり。吸っている空気まで実際以上に美味しく感じてしまうほど。

檜洞丸登山
【撮影】10時17分=伊藤 幸司
新緑の季節に陽光が降り注ぐと世界が変わるというような気分になります。山野草の季節が終わって、木の季節になったのだと感じながらシャッターを切りました。

檜洞丸登山
【撮影】10時17分=稲葉 和平
新緑の空中に飛び出していくような鉄橋。丹沢というとつまらない道しか想像できなかったが思わぬ展開に少し嬉しくなった。

檜洞丸登山
【撮影】10時17分=秋田 守
高い堰堤下で釣りをする人がいた。こんな所で釣れるのだろうかと、門外漢は余計な心配をしてしまった。逆から見れば、こんな所を苦労して登って何が楽しいのだろうかと思われるのかな。この先にも山女魚狙いで釣りをするカップルがいて、竿を持たずに同行している老婦人がぼそりと、見えている魚は釣れない、と呟いたのが面白かった。

檜洞丸登山
【撮影】10時20分=伊藤 幸司
登山道は流れを何度か渡りましたが、川筋に沿って、じっくり登る感じになりました。

檜洞丸登山
【撮影】10時20分=稲葉 和平
遊歩道のようなこんな道はどこまで続いてくれるのだろう。

檜洞丸登山
【撮影】10時20分=山咲 野の香
最高の天気、光あふれる用木沢に釣り人。思わず足を止めた。ヤマメ狙いと言う。

檜洞丸登山
【撮影】10時21分=稲葉 和平
木の橋も気持ちがいい。白い花が目に入ったがたぶん空木の仲間、これからいくらでも出てくるだろうとあまり気に留めなかった。しかし、意外なことに、あまり現れなかった。

檜洞丸登山
【撮影】10時22分=伊藤 幸司
沢沿いの登山道にこの花がありました。5弁の花びらにしても、先端に黄色い約をつけた10本ほどの雄しべにしてもくっきりとかわいい。花の中心部にある黄色いリング状のものは雌しべに関係するものでしょうか。
葉には小さな鋸歯があって、対生。その根本は花茎(3本に分かれています)を抱いています。
基本的な知識があれば簡単に候補を絞り込めるところでしょうが、私には見れば見るほどはじめての出会いみたい。グーグルの画像検索で似た花を片っ端から見てみましたが、ガマズミの仲間とは違うようだし、クロミノニシゴリ、ゴマギなども似ているようで別人みたい。けっきょく不明ですが、鄙には稀な美人だと思いました。

檜洞丸登山
【撮影】10時22分=稲葉 和平
ヤマメ釣り。こんな新緑の中の美しい渓流での釣り、釣れなくても気分は良さそう。

檜洞丸登山
【撮影】10時23分=伊藤 幸司
この道は東海自然歩道の一部です。ありふれた登山道に見えますが、この新しい木の橋も私の目にはすこし特別なものに見えてきます。
東海自然歩道は1969年(昭44)に厚生省国立公園部(当時)が提案し1973年(昭48)に完成した日本最初の長距離自然歩道です。明治百年の記念事業として国定公園となった「明治の森高尾国定公園」と「明治の森箕面国定公園」とを結ぶ全長1,697kmの自然歩道でした。
背景には一人の役人の夢というか、冒険というか、大胆かつ強力かつ狡猾なリーダーシップがあったようです。
土木学会中部支部研究発表会 (2011.3)の「東海自然歩道の建設とその背景」(岐阜大学・小川翔+出村嘉史)という論文がありました。学術論文ですので文脈が複雑、こちらの求める部分だけ引用させてもらいます。関心のある方はぜひ全文お読みください。
まずは「はじめに」という部分です。
【東海自然歩道は,厚生省の国立公園部計画課長の大井道夫によって発案された.】そしてプロモーションとしては大成功を収めたのです。
【この自然歩道計画は東京から大阪までの大都市圏周辺に自然公園を設定し,その自然公園を歩道で結び合わせるという一大国家プロジェクトとなった.そして,昭和44年1月の構想発表と同時に新聞各社はこの構想を大々的に取り上げ,強い支持を受けた.国民からの反響も大きく好スタートをきったかのように思われた.】
しかし課題は山積みであったのです。
【(1)路線調査の実施 急激な野外レクリエーションの需要の増加に対応するため,東海自然歩道の建設は急務であった.このため,候補地域の調査を迅速に行わなければならなかった.しかし,厚生省国立公園部という1部署だけでは,東京から大阪までの広範囲の路線調査は困難であった.
(2)土地の管理の在り方 歩道の選定経路上には公有地だけでなく,民有地が多く含まれていた.自然歩道を建設する際には,その歩道の管理の在り方が問われた.将来,自然歩道を維持していく上で,民有地に対してどのような形で自然歩道を設定するか,という課題である.
(3)予算の確保構想時,厚生省は約30億円の費用が必要であると試算していた.しかし,当時の厚生省国立公園部の全予算は10億円程度であり,建設費がたりなかった.そのため,厚生省は大蔵省に対し,昭和45年度予算として,東海自然歩道の建設費7億円を要求した.しかし,この構想はゼロ査定をうけた.】
さてそこで大井道夫はどうしたか。
【a.関係都府県が主体となって,歩道及び付属施設の整備事業を行う.
b.全体の計画の実施については,広く国民一般が参加する推進団体が結成され,強力に促進をはかって行くことを期待する.
c.歩道は既存の道路を使用する.】
ここには世界の歩道計画事例が参考にされていたのだそうです。
【地方自治体を主体とする考え方は,イギリスの長距離自然歩道の建設を踏襲しているといえる.イギリスでは,昭和26年に地方自治の手によって国立公園と国立公園をつなぎ合わせた長距離歩道が全国規模で整備されていた.全国規模で歩道を調査・整備するためには,関係都府県の協力が必要不可欠であるといえる.
積極的に市民団体の協力を得る考え方は,アメリカの探勝歩道であるアパラチアン・トレールにみられる.この歩道は民間団体の手によって,大正11年から昭和12年までの15年間の歳月を要して作られた.日本における民間団体による推進力は,予算確保において重要な役割を果たすことになる.】
そして実現へと向かって、さまざまな動きが加速していったのです。
【(1)都府県主導の路線選定路線決定の方法は,まず国立公園部内で厚生省原案路線が選定され,その後に地方自治体が主体となって調査し,修正されていったことがわかった.特に路線調査において,より魅力ある路線がないか,興味対象となる歴史的地域・遺産がないか,検討し路線修正するよう求められていた.】
厚生省は大まかな幹線ルートを選定しただけで,具体的なルートは都府県に委ねた、というのです。
【(2)既存道路を用いた都府県による土地の管理厚生省構想原案によると,公有地はゾーニングで指定し,民有地は土地の買上げを検討していたことがわかった.買上げ費用は都府県が全額負担であった.土地を公有化することで,無秩序な開発を防ぐためであったと考えられる.】
新たな予算確保のために、新たに国定公園を指定して、自然公園内の自然歩道という別枠の予算を使えるようにしたというのです。
【このため,昭和44年の答申を活用して,自然歩道の沿線を自然公園として指定することを推進したと考えられる.当時,図-1のように全ルートの約70%を自然公園に含める計画があった.その結果,昭和45年11月30日に新たに四国定公園が指定され,四国定公園が拡張された.】
さらに自然歩道建設を国民的な運動として展開しようという試みも盛り上がっていったといいます。
【ゼロ査定から予算獲得までには,民間団体の支援が大きな影響を与えたことがわかった.昭和45年1月17日,国立公園協会が中心となって「東海自然歩道友の会」が結成されたのである.この友の会には日本万歩クラブ,日本歩け歩け協会,ボーイスカウトなど50団体が集まった.友の会は,新宿・渋谷駅前にて2日間で約6時間の署名運動を行い,5,322人の署名を集めた.このことは1時間あたり約900人もの署名を集めたことになり,国民の支援の高さがうかがえる.さらに,他の団体の署名を合わせると17,896名となった.署名運動の2日後には,総理大臣や自民党幹事長,官房副長官,厚生大臣,大蔵大臣に署名を持って陳情を行った.さらに,国会や自民党,大蔵省に対して,約4,000枚による葉書による陳情を行った.署名運動の前日の23日には,女性文化人5人(随筆家,作家,画家,登山家,歌人)が予算獲得のために,厚生省の公園部長を訪れ,構想実現への激を飛ばした.また,官房副長官にも陳情を行った.その結果,昭和45年度予算として2億5千万円を獲得できたのである.】
東海自然歩道は時代の寵児といってもいいかもしれません。日本の高度成長期は1954年(昭29)から1973年(昭48)までの19年間だそうですが、1964年に東京オリンピック、1970年に大阪万博があり、1968年には国民総生産(GNP)が西ドイツを抜いて世界第二位になりました。
その影には「四大公害病」と呼ばれる水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病などが発生しており、光化学スモッグ、自動車排気ガス、アトピーなど広範囲の健康問題が真剣に語られるようになっていました。そこに差し込んだ一陣の風……が東京と大阪を結ぶ長大な緑の糸、という一種奇想天外なアイディアだったのです。

檜洞丸登山
【撮影】10時24分=稲葉 和平
今日はどこまでこんな気分のいい道を楽しませてくれるのだろうと思いながら。

檜洞丸登山
【撮影】10時25分=伊藤 幸司
こういう道が自然歩道と登山道との違いかと思います。ここは1965年に制定された丹沢大山国定公園ですから、国定公園を維持する予算から歩道として整備されているのではないかと思います。
なお東海自然歩道は一時期かなり荒れていましたが、15〜20年前に全面的に修復作業が行われたという印象をもっていました。今回調べてみると環境省が「自然公園等整備事業の概要」という文書を出していることを知りました。
【地方公共団体が交付金事業として整備
1 整備計画
自然とのふれあいの推進及び自然環境の保全・再生を図るため交付金を活用し、事業を重点的かつ計画的に実施するための整備計画
● 作成主体:都道府県(関係市町村等と調整のうえ作成)
● 計画期間:3〜5 年
国立公園整備事業、国定公園等整備事業、長寿命化対策整備事業ごとに計画を作成
2 交付対象事業
交付金の対象となる事業は整備計画に位置づけられた次の事業
❶国立・国定公園整備
公園事業として実施する道路(車道、自転車道、歩道)、橋、広場、園地、避難小屋、休憩所、野営場、駐車場、桟橋、給水施設、排水施設、公衆便所、博物展示施設、植生復元施設、動物繁殖施設、砂防施設、防火施設、自然再生施設 等
国立公園において、地方自治体が所有する公園利用施設の国際化対応や老朽化対策のための施設整備について、その事業費の1/2を上限として支援
国立公園整備については植生復元施設、動物繁殖施設、自然再生施設は対象外
❷国立公園及び国定公園区域外の整備
長距離自然歩道(歩道、橋、標識類、路傍休憩地 等)
平成18年度までに着手している国指定鳥獣保護区における自然再生事業
②については国定公園等整備事業のみ対象
❸国立公園施設の長寿命化対策整備
インフラ長寿命化計画(個別施設計画)を策定し、地方公共団体が予防保全型管理を行う既存の国立公園施設】

檜洞丸登山
【撮影】10時40分=伊藤 幸司
10時36分に「東海自然歩道・犬越路1.3km」という標識がありました。私たちは用木沢を遡っていますが、地図によるとどこかで支流に入って犬越路という名の峠へと登り詰めます。その分岐点がどこか、たぶんわからないまま、登山道に導かれていくのだと思われます。

檜洞丸登山
【撮影】10時40分=秋田 守
前を歩く若井さんは地質学に造詣深く、あれこれ丹沢一帯の地質が形成された経緯などを教えて下さる。なるほどと、その場では面白く拝聴するのだが、帰ってきたらすっかりその内容を忘れているのが我ながら情けない。

檜洞丸登山
【撮影】10時47分=伊藤 幸司
鹿柵にハシゴがかかっていました。奥の方の小さく見える標識には「平成20年度渓畔林整備事業・植生保護柵工」とあり、さらに「この植生保護柵は、ニホンジカの菜食から下草を保護するために設置しました。神奈川県自然環境保護センター・電話046-248-6802」とありました。たしかに、柵の外側は丸裸という感じですが、柵内も10年間保護されているという割には貧相な感じです。

檜洞丸登山
【撮影】11時08分=伊藤 幸司
すでに用木沢本流から分かれて急登にかかりました。丹沢らしい登山道になりました。丹沢山地は急峻な地形ゆえに、登山道も各地で崩落に巻き込まれ、激しい浸食にさらされたりしています。
その険しさを科学的に説明しているのが神奈川県自然環境保全センター・研究連携課の「水環境モニタリング」でした。
【全県および県外上流域について10m四方のメッシュで平均傾斜30°以上の箇所を着色しました。平均傾斜30°以上の箇所は、県内でも山岳地かつ森林地帯である水源の森林エリアに集中しています。
 特に丹沢山地は、その山地のなりたちに起因して急峻な地形をしています。すなわち、プレートの境界に位置し山塊は地殻変動の影響で隆起・侵食作用を受け続けたことから、断層・亀裂の発達や渓谷部の開析が進み、複雑かつ深い渓谷と急峻な斜面で構成された険しい地形となっています。
 同じ山地であっても、火山噴火に伴う溶岩等の噴出物が堆積して形成された富士山や箱根火山は、比較的傾斜が緩やかです。
 このような傾斜や斜面位置は、森林土壌の厚さとも関係し、たとえば傾斜40°を超えるような急傾斜では土壌は比較的薄くなります。
 各山地について、標高帯ごと(標高800m以上、標高300~800m、標高300m以下の3区分)に平均傾斜を求めました。
 いずれの山地も標高300m未満の山麓部では平均傾斜が20°未満であり比較的緩やかです。 標高300m以上では、平均傾斜30°未満の箱根外輪山が比較的傾斜が緩やかで、丹沢山地と小仏山地はいずれも平均傾斜30°を超え急峻です。】
ここでは大室山から犬越路を経て檜洞丸から鍋割山方面へと伸びる線を境にして丹沢山地を東部と西部に分けていますが、私たちが今日たどる道は「西部」と考えていいようです。地層についての概説がありました。
【変成岩類
 複合貫入岩体であるトーナル岩・石英閃緑岩と丹沢層群の境界周辺に分布します。主なものに貫入岩体の東側(檜洞丸、丹沢山、鍋割山といった稜線)に分布するホルンフェルス、南側に分布する結晶片岩(緑色片岩)があります。
 丹沢層群にマグマが貫入する際に、プレート運動による圧縮やマグマの熱による変成作用を受けて性質の異なる岩石になったものです。】
さらに表層地質に関しては。
【他の山地ではわずかしか見られない深成岩や変成岩がおよそ半分を占めることが特徴です。残りの固結堆積物と火山性岩石は、丹沢山地(東部)と共通し、丹沢層群を構成する岩石が多くを占めます。
 丹沢山地(西部)では、特に風化した石英閃緑岩によって山体の保水性が発揮されています。】
その面積割合を上位3位まで比較した表もあります。
1位・石英閃緑岩(深成岩)30.9%
2位・緑色凝灰岩(固結堆積物)26.5%
3位・結晶片岩(変成岩)11.8%
【丹沢山地の深成岩は、ここではすべて石英閃緑岩に分類されています。
変成岩のホルンフェルスは6.2%であり、変成岩全体では全体の18%を占めます。】

檜洞丸登山
【撮影】11時10分=山咲 野の香
新緑の中、気分よく。
姿は見えないけど、結構力強いタンブリングをBGMに。

檜洞丸登山
【撮影】11時13分=伊藤 幸司
土留めの階段が破壊されています。

檜洞丸登山
【撮影】11時17分=伊藤 幸司
破壊された土留めの階段の上に、組み立てた木製階段を置いてありました。丹沢山地はその全域が神奈川県にあって、多くの登山家を育ててきた山でもあるため、避難小屋や登山道はよく整備されています。でもその、予算づけられた整備が私などの目にはちょっと問題だと映るのです。
丹沢の表玄関というべき大倉尾根では登山道整備工事とその破壊浸食とがえんえんと繰り返されています。破壊を防ごうと土木工事を進めれば進めるほど、自然の破壊力に返り討ちされてしまうのです。(それについては、その場所で考えたいと思っています)
結論として、予算を組んでこの作業をして、完成写真を撮った……まではいいのですが、それが一瞬にして破壊されたという例をけっこうあちこちで見てきました。……これは2018年5月22日の状態です。

檜洞丸登山、ヒロメノトガリアミガサタケ
【撮影】11時22分=伊藤 幸司
この感じはアミガサダケだと思うのですが、アミ模様がないのでその仲間と考えるのが妥当として、グーグルの画像検索でずいぶん見たのですが、もうすこしシャキンとしたした姿でないとドンピシャのものはないようです。
トガリアミガサダケというのがあって、それからヒロメノトガリアミガサダケというのもあるらしく、ヒロメノ……だろうと自分の中では確定しました。
「山旅ネット」というのでしょうか、「ヒロメノトガリアミガサタケ」がありました。
【傘:長さ4〜15cm、傘と柄を含めたきのこ全体で30cm近くになることがある。表面にはよく発達した縦脈と、やや発達の劣る横脈が走り、幅の広い網目を形成する。頭部全体の形状長卵形〜円錐形。淡黄灰褐色〜淡褐色。
柄:長さ2〜8cm、中空。柄とほぼ同色。普通根本は膨らむ。
人里のきのこであるアミガサタケ類にあって、唯一標高1000m前後のブナ帯に発生する。他のアミガサタケ類にくらべ、網目の一つ一つが明らかに大きく、簡単に識別することができる。】
そして特徴。
【人里のきのこであるアミガサタケ類にあって、唯一標高1000m前後のブナ帯に発生する。他のアミガサタケ類にくらべ、網目の一つ一つが明らかに大きく、簡単に識別することができる。】
そして食用でもある(条件により毒)とか。
【他のアミガサタケ類同様、濃厚で、かつすっきりした素晴らしいうま味を持つが、特に大きく成長したものでは肉質が薄く、紙質になり口当たりが悪い。洋風のスープ、肉類のソースにダシとして使用するのがよいだろう。】

檜洞丸登山
【撮影】11時28分=山咲 野の香
随分白く写ってしまったが、クワガタソウと思う。小さくても目をひく。たくさんあった。

檜洞丸登山
【撮影】11時29分=秋田 守
足下にキランソウ。別名ジゴクノカマノフタ。今回のお目当てはもちろんシロヤシオだったが、小さな花々も思いの外多く、目を楽しませてくれた。

檜洞丸登山
【撮影】11時30分=秋田 守
初めのうち、この花がクワガタソウだとは気がつかなかった。写真の花はピンクがかっているが、手前に咲いていたのはもっと白っぽかった。クワガタソウのイメージはもっと紫色っぽく、角のように突き出す雄蘂が長いように勝手にも思い込んでいたからか。北海道のアポイ岳の固有種、アポイクワガタの印象が強く、そちらに引きずられているのかもしれません。

檜洞丸登山
【撮影】11時32分=伊藤 幸司
稜線にどんどん近づいて、あと一息というところまできました。

檜洞丸登山
【撮影】11時39分=伊藤 幸司
犬越路で休憩しました。これから遠い稜線まで登っていきます。

檜洞丸登山、ムラサキケマン
【撮影】11時42分=伊藤 幸司
ムラサキケマンの花がありました。

檜洞丸登山
【撮影】11時42分=山咲 野の香
犬越路避難小屋から。
檜洞丸は右奥か。まだまだ。

檜洞丸登山
【撮影】11時43分=稲葉 和平
新緑と青空と白い雲、数日前までの天気予報では想像できなかった、最高の天気に恵まれた。

檜洞丸登山
【撮影】11時45分=秋田 守
避難小屋とトイレのある犬越路から目指す檜洞丸方面を眺める。ここまで1時間半ほど。

檜洞丸登山
【撮影】11時46分=伊藤 幸司
犬越路の避難小屋を覗いてみました。小屋の外側にトイレがあって、それでトイレ休憩。ここからは檜洞丸への登りと、大室山への登り、それから、たどってきた東海自然歩道は峠を越えて風巻ノ頭〜袖平山〜八丁坂ノ頭〜黍殻山〜焼山〜と長い稜線歩きが始まります。

檜洞丸登山
【撮影】11時54分=秋田 守
なぜか尾根筋にタンポポが所々に咲いていた。

檜洞丸登山
【撮影】11時55分=伊藤 幸司
犬越路から檜洞丸への登りには、小笄(ここうげ)、大笄(おおこうげ)、熊笹ノ峰というピークが並んでいます。

檜洞丸登山、ムラサキケマン
【撮影】11時55分=稲葉 和平
元気のいいムラサキケマン。日の当たり方がよく紫色が美しい。葉のかたちもいい。

檜洞丸登山
【撮影】12時01分=稲葉 和平
稜線の道も美しいブナ林。

檜洞丸登山
【撮影】12時02分=伊藤 幸司
丹沢ではこのような崩落斜面があちこちにあって、ときには登山道までえぐり取ってしまいます。

檜洞丸登山
【撮影】12時02分=伊藤 幸司
1202_180522-072_ito-koji.jpg
奥のピークが檜洞丸でしょうか。

檜洞丸登山、イワニガナ
【撮影】12時03分=伊藤 幸司
この黄色い花弁が5枚だったらニガナだと思うのですが、それが増えて7〜9枚(あるいは8〜10枚)となったらハナニガナ、15〜25枚と増えたらノニガワということのようです。でもこれはノニガワではありません。葉っぱが細長い線状披針形ではなくて卵円形〜広卵形。イワニガナです。別名ジシバリ。さらにオオジシバリというのがあるようですが、それは葉っぱが大型で披針形、しかもジシバリという名前をつけながらランナーを伸ばして増える手段をもっていないとか。だからイワニガナで間違いないと思います。

檜洞丸登山
【撮影】12時03分=山咲 野の香
振り返ると大室山。奥には鍋ブタの大岳山がうっすらと。

檜洞丸登山
【撮影】12時04分=山咲 野の香
もう一度、万緑の塊?
どっしりした大室山の全貌。

檜洞丸登山
【撮影】12時05分=伊藤 幸司
1205_180522-080_ito-koji.jpg
道は緩やかになり、自然林の緑はやさしく、とても気分のいい登りです。

檜洞丸登山
【撮影】12時08分=伊藤 幸司
これは水抜きの一例。

檜洞丸登山
【撮影】12時11分=伊藤 幸司
尾根筋がしだいにはっきりしてきました。

檜洞丸登山
【撮影】12時12分=伊藤 幸司
遠くに愛鷹山が見えてきました。

檜洞丸登山
【撮影】12時13分=伊藤 幸司
愛鷹山の右手には富士山がありました。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時16分=伊藤 幸司
さてこれはトウゴクミツバツツジでしょうか。

檜洞丸登山
【撮影】12時16分=稲葉 和平
若干霞んでいるとはいえ、富士山が一応見えた!

檜洞丸登山、カマツカ
【撮影】12時17分=伊藤 幸司
特徴のある花と葉っぱ、調べてみるとカマツカだと思われます。「松江の花図鑑」によると【花弁はほぼ円形で、内側の基部にまばらに白い軟毛がある。雄しべは20個。花柱は3個。】かつ【葉身は長さ4〜7cmの広倒卵形〜狭倒卵形。洋紙質で、縁には細かくて鋭い鋸歯がある。】とのこと。花の写真を見て、まず間違いないと思います。
岡山理科大学・植物生態研究室(波田研)のホームページには次のように書かれていました。
【材は粘り強いので鎌や鎚の柄にされるけれどもあまり長い材を得ることができず、長くても1m程ではないかと思う。このようなことから、鎌程度の柄には良い材料であるとの意味で、カマツカ(鎌柄)と呼ばれているものと思う。この名前の他、ウシコロシという和名がある。これは、牛の鼻ぐり(鼻環)に使うことから付いた名前であり、これも材が粘り強いことから付いたものである。】
ちなみに、私のレベルでは関係ないけれどひょっとすると重要かもしれない、次のような記述がありました。
【カマツカの枝は普通に長く伸びて葉が互生している「長枝」と毎年ほとんど伸びず、葉が3枚輪生状に付いている「短枝」が形成される。光が十分当たる場所では枝を伸ばさず、毎年ほぼ同じ場所に葉を付けるが、勢いのよい枝では葉はまばらに付いており、枝は短期間に長く伸びる。新しい光環境を求めるために形成される枝である。このような短枝と長枝を付けるためにイメージが大きく異なり、初心者にはわかりにくい植物の1つとなっている。】

檜洞丸登山
【撮影】12時17分=稲葉 和平
モミ。写真を拡大してみると、先端が凹み、葉の付け根が盛り上がっている。

檜洞丸登山
【撮影】12時18分=伊藤 幸司
穏やかな登りから、急な登りへの転換。私たちはただ、導かれるままに登っていくしかありません。

檜洞丸登山
【撮影】12時18分=秋田 守
カマツカの花。咲きっぷりが見事だった。生い茂る木々の下を登山道が続くので、歩きやすく快適。

檜洞丸登山
【撮影】12時20分=稲葉 和平
ガマズミかな? 葉が少し細いような気もするけど。ミヤマガマズミ? 

檜洞丸登山
【撮影】12時22分=伊藤 幸司
この道は、ここで浸食のようすが見て取れます。この上で豪雨に対する水抜きを試みておけば、これ以上の破壊は防げるように見えるのです。

檜洞丸登山、ツクバネウツギ
【撮影】12時27分=伊藤 幸司
このツクバネウツギは、ここでは赤みを帯びて見える5枚のがく片が羽根つきの羽根に見えるので、みなさんよくご存知の花らしいということは何度か体験していたのですが、私にはその花とその名前との合致がありませんでした。とりあえずグーグルの画像検索で「白い花に黄色い網目」と探したら、ドンピシャ、この花が出てきました。
そこでいろいろ調べてみたのですが、結局「松江の花図鑑」にいきつきました。
【花は白色、ときに淡黄色や淡紅色を帯びる。花冠は長さ2〜3cmの漏斗状で、細い花筒からやや急に鐘状に広がる。先はやや唇状で、上唇は2裂、下唇は3裂する。下唇の内側に橙色の網状紋がある。雄しべは4個、花柱は1個。花筒の基部には棍棒状または球状にふくらんだ蜜腺がある。萼は基部まで5裂し、萼片は長楕円形で長さ5〜12mm。】

檜洞丸登山、ホオノキ
【撮影】12時28分=伊藤 幸司
多くの方は気が付かなかったかもしれませんが、最後尾を歩きながら、振り返るとホオノキがありました。植物名としてはホオノキですが日本語としては「朴の木」葉っぱは「朴葉」ですよね。じつは私は今回確認するまで「ホウノキ」と書いていたような気がします。
これに関してはウィキペディアに次のような解説がありました。
【葉は大きく、長さ20 cm以上、時に40 cmにもなり、葉の大きさではトチノキに並ぶ。葉柄は3-4 cmと短い。葉の形は倒卵状楕円形、やや白っぽい明るい緑で、裏面は白い粉を吹く。互生するが、枝先に束生し、輪生状に見える。】

檜洞丸登山、ホオノキ
【撮影】12時28分=伊藤 幸司
ホオノキの花は上を向くので、近くの木を見上げてもよく見えず、山の斜面などで足元からそびえ立ってきた木がある場合には花を期待してしまうのです。これは私のカメラの50倍望遠で撮ったもの。
ウィキペディアには葉に続いて花に関しても興味深い記述がありました。
【花も大型で大人の掌に余る白い花が輪生状の葉の真ん中から顔を出し、真上に向かって開花する。白色または淡黄色、6月ごろ咲き芳香がある。ホオノキは花びらの数が多くらせん状に配列し、がく片と花弁の区別が明瞭ではないなど、モクレン科の植物の比較的原始的な特徴を受け継いでいる。】

檜洞丸登山
【撮影】12時28分=秋田 守
前回、初めて参加させてもらった糸の会で簑山へ登った時にも見かけたツクバネウツギ。

檜洞丸登山、サラサドウダン
【撮影】12時30分=伊藤 幸司
サラサドウダンですが、ウィキペディアには【サラサドウダン(更紗灯台、更紗満天星、学名:Enkianthus campanulatus)はツツジ科ドウダンツツジ属の落葉低木。別名、フウリンツツジ。】とありますが、「筑波実験植物園」には【サラサドウダン(フウリンツツジ, ヨウラクツツジ) 】とありました。
「ヨウラクツツジ」というのはそれ自体「環境省RDB:絶滅危惧 II 類」に指定されているようで、その園芸種にいろいろな名前がつけられているようです。私たちには清楚な「ウラジロヨウラク」がおなじみですが。
筑波実験植物園の「サラサドウダン=ヨウラクツツジ」? という小さな疑問はそこまでです。が、「現場の目」という項目に興味深い記述がありました。
【白地の花冠に紅紫色の縦筋が入ったものが俗に言うサラサドウダンです。ところが、ツツジ科植物の多い安達太良山のサラサドウダンは縦筋がごく薄く花冠全体が肌色のものや、ベニサラサドウダンと判別困難なものなどが多く自生しています。それらは植栽されたサラサドウダンには見られない花色の複雑な変異があります。この山では標準花色のサラサドウダンはごく少ないようです。(中野好基) 】

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時32分=伊藤 幸司
地面にたくさん落ちていた紫色の花びらがトウゴクミツバツツジなのかどうか知りたかったのですが、花が枯れて、三つ葉が伸びてきた木を見つけました。

檜洞丸登山、サラサドウダン
【撮影】12時32分=秋田 守
サラサドウダンもたくさん見かけた。可愛い花で好みのタイプ。全然関係ないけど、この花を見ると、冬の北海道で活躍する「ササラ電車」を思い出してしまう。語感が似てるだけなんですが。

檜洞丸登山
【撮影】12時40分=伊藤 幸司
尾根筋の小さなコブをひとつ超えつつあるのだと思います。

檜洞丸登山
【撮影】12時42分=伊藤 幸司
丹沢というと古木がひとり頑張っていて、若木もなければ下草も貧相というイメージが強いので、緑に囲まれた登山道はとても豊かな気分になります。

檜洞丸登山
【撮影】12時42分=伊藤 幸司
登山道を覆う緑の中にシロヤシオがありました。この花が今回の目的でしたが、例年より1週間から10日季節が先走りしているということを4〜5月の山では例外なく体験してきたので、みなさんも半分諦めての今日でした。でも標高1,400mあたりのここでまだ花が残っているというのは、ちょっと明るい発見でした。
山では標高が高くなるほど気温が下がり、季節が変わるのは紅葉などではっきりと分かりますが、じつはそれだけではありません。登り始めにあった「平地の風」が、どこかで突然「山の風」に変わることがあります。真夏の低山ではその境目をドラマチックに体験することが多いのです。ですから下界が春の風になっていても、山の上部にはまだ冬の風が吹いているということもあるのです。そしてさらに、山では雪解けによる季節のバラツキも大きいのです。最低限、残雪がなくなるまでは地温は上がらないと考えていいからです。
この残花を見て、私は「ひょっとすると〜」という明るい気持ちになりました。

檜洞丸登山
【撮影】12時44分=伊藤 幸司
また下っています。上り下りがだんだん細かくなってきたように思われます。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時46分=伊藤 幸司
目を上げればそこにもトウゴクミツバツツジ。

檜洞丸登山
【撮影】12時47分=伊藤 幸司
下ったと思ったら、数分後には登り返しています。それもけっこうな急登。

檜洞丸登山
【撮影】12時52分=伊藤 幸司
登って、登って、また登って、という気分です。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時52分=伊藤 幸司
足元にトウゴクミツバツツジの花。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時55分=伊藤 幸司
見上げると、そこにもトウゴクミツバツツジ。なんだか、登るに従って花が若返ってくるような気配です。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時55分=伊藤 幸司
まあ、満開という状態ですね。トウゴクミツバツツジ。

檜洞丸登山、マイヅルソウ
【撮影】12時56分=秋田 守
標高が少し上がってきたあたりにマイヅルソウが咲いていた。山の花の時期は、季節の横軸と標高の縦軸を掛け合わせないといけないのが難しい。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時57分=伊藤 幸司
小さなクサリ場もありましたが、花に囲まれていると気分が全然違います。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】12時57分=秋田 守
標高1300m手前あたりから先、トウゴクミツバツツジが花盛りの様相を見せ始めてくれた。その艶やかな色合いで山の中が一気に華やぐように見える。

檜洞丸登山、マイヅルソウ
【撮影】13時02分=伊藤 幸司
足元にマイヅルソウが出てきました。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】13時04分=稲葉 和平
ちょっと雲が増えてしまったけど、富士山。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】13時05分=稲葉 和平
アップの富士山。

檜洞丸登山
【撮影】13時07分=伊藤 幸司
クサリ場が出始めたのかも知れません。縦走路で出現するクサリやロープは「頼るのが礼儀」ではありませんし、しばしば「頼るほうが安全」でもありません。できるだけ自力で登って、もしクサリやらロープやらを使わせてもらったら、なぜそこで使ったかをきちんと確認しておくべきです。つまり岩場での自分の実力を確認する場と考えて、単に「通過したらOK」ではなく、あくまでも安全装置として利用させてもらうべきです。
それはたとえばこの時期の登山者のための安全装置ではなくて、冬季、ここに雪がついているときを想定した安全装置かもしれません。あるいはたまたま事故があったために、ガードレール的に、義務的につけられたものなのかもしれません。ときに、使うとかえって安全を崩されやすいものもあるのでご用心。

檜洞丸登山、アザミ
【撮影】13時07分=伊藤 幸司
アザミがありました。何アザミなのか知ろうとして西丹沢ビジターセンターブログを覗いたら、ありました。
【葉といえばアザミの葉も増えてきました。ズボンを履いていても要注意です。なのでこれからの季節は短パンはよしたほうがいいと思います。】
多分同じアザミの写真がありました。(ちなみに西丹沢ビジターセンターはバス停の名前となっている西丹沢自然教室の新しい名前です)
以前、大山あたりでアザミについていろいろ調べた記憶がありますが、西丹沢では「アザミ」と「フジアザミ」でいいような気配です。でもちょっと深追いしたら「みんなでつくる日本の花アルバム」というサイトに「ホソエタイアザミ」がありました。
西丹沢で撮影された写真に【タイアザミとホソエノアザミの自然交雑種で、両者が混在するところに生える多年草。】【葉腋から長い柄をだしその先にタイアザミに似た頭花またはホソエノアザミに似た頭花をつける。】とありましたが、写真で同じものかどうか確認できません。答えになりませんが、丹沢のアザミは不埒な「自然交雑」が進んでいるようで、素人にはわかりません。「アザミ」で通したほうが正確だというのが西丹沢ビジターセンターの結論なのかもしれません。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時08分=伊藤 幸司
登るに従ってシロヤシオの季節がだんだん逆戻りしていくようです。遅過ぎはしなかったかも……という感じです。

檜洞丸登山
【撮影】13時08分=伊藤 幸司
ちょっぴり下ります。

檜洞丸登山
【撮影】13時08分=稲葉 和平
新緑の中に色鮮やかなミツバツツジが時々顔を出す。

檜洞丸登山
【撮影】13時09分=伊藤 幸司
1分後には登ります。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】13時12分=伊藤 幸司
花があると疲れがぜんぜん違います。これだけはっきりとした花のかたまりだけではなくて、足元の一輪の花にも癒やされますから、シニア登山には味方が多い。若い頃には大なり小なり「力をぶつけてみたい」、「登山で自分の力を測ってみたい」という気持ちが多いので、花なんて「きれいなだけ」ですが、シニアの私たちには花たちが応援サポーターです。私たち13人の平均年齢は(正確に計算して)69歳ですから、安全第一はもとより、安楽第一でもあるんです。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時17分=伊藤 幸司
シロヤシオの花と葉っぱがどちらもピンとした状態です。「五葉躑躅」としての美しさがわかります。

檜洞丸登山
【撮影】13時17分=伊藤 幸司
こういう装置が好きなわけではありませんが、このルートがどのようなレベルの登山者をイメージしているか想像できます。今日は行程の最後が時間ギリギリなので、ありがたいとも思いつつ見ています。

檜洞丸登山
【撮影】13時18分=伊藤 幸司
私たちはいま先頭の「10分交代制」をとっています。ひょっとすると雪山でのラッセル交代をイメージされるでしょうが、違います。10分後には最後尾の人が先頭に出るのです。……なぜか? それは10分後に全員が集まって、先頭を入れ替えるというややこしい交代制なのです。
そのメリットはどこにあるかというと、遅れる人が出ても10分後には必ず追いつけるので、このような場面では自分のペースで歩けます。遅れても「迷惑ではない」のです。
一方、先頭に立った人は自分のペースで10分間歩けます。自分なりの、気持ちいいペースを確認することができます。そうやって早い人と遅い人とがそれぞれの歩くペースを確かめながら、全体としては一番遅いペースの人に合わせるというシステムになるのです。
糸の会が始まっていらいほぼ20年間、私がトップにいてその日見た花や風景を代表撮影しながらペースを作っていましたが、下りなどでちょっと考え事などしていると後ろが大きく遅れています。どう技術をこらしても、全体のペースは一番遅い人に合わせるしかないので、なかにはフラストレーションの貯まる人も出てきます。(そこで数人ずつ先頭を入れ替えて、歩きながら技術的な話をするということもやりました)
全体のペースを揃えるという団体行動で20年やってきたのですが、一般の山岳会などなら「リーダー養成」というかたちでトップを体験させ、ルートファインディングやペース配分などの体験をさせることがあるはずです。そういうかたちでのチャンスも奪っているということから、単に「トップを経験してほしい」ということで始めたのです。じつはみなさん10年〜20年のお付き合いで、回数では数百回のお付き合い。そういう人たちですから年間50回とか100回という計画のうち初めての山自体がほんの数回という状態。だから大方はお互い周知の山なのです。だったらトップを歩いてもらってフレッシュな光景を楽しんでもらうほうがいいのではないかと考えたのです。私にも余裕がありますから。
すると、全体のペースはほぼ一定だとしても、それぞれの10分間のペースは様々に変化します。いろいろな人のペースの中でもまれながら、遅いペースに関しては全員がその権利を保有しているということになります。私だけは常に最後尾にいますから、そういうみなさんの動きを眺めながら歩いているわけです。危機管理担当として。

檜洞丸登山
【撮影】13時19分=伊藤 幸司
登りの、いい風景だと思います。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時19分=稲葉 和平
シロヤシオ(五葉躑躅)はピークを過ぎてはいた。

檜洞丸登山
【撮影】13時21分=伊藤 幸司
こういう風景を見ている人と、見ていない人がいるわです。それがこの花ぐらいではよくわかりませんが、富士山が見える場所だと、見つける人かどうか、はっきりします。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】13時24分=伊藤 幸司
朝の富士山とはずいぶん違って見えますが、でもここでご対面。先頭の人たちが立ち止まりました。

檜洞丸登山、大室山
【撮影】13時24分=伊藤 幸司
これは犬越路から反対側へ登った場合の大室山。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時28分=伊藤 幸司
ちょっと年増のシロヤシオ。登ってきたらこれだ、というのはちょっと心配。シロヤシオに関しては一喜一憂しています。

檜洞丸登山
【撮影】13時31分=伊藤 幸司
こういうはしご状のところでのダブルストックは多くの登山者には見苦しく見えるようです。でも私はストックは両手首にベルトでぶら下げたまま、空いた手でハンドホールドをしっかりして移動することを求めます。そのときのイメージは槍ヶ岳の東鎌尾根のハシゴです。
ハシゴで左右2本のストックをぶらぶらさせているとあちらこちらにひっかかって往生します。わかっていて、それを求めるのです。
ハシゴは基本的に安全です。安全ですが、精神的な不安感は相当大きい場面でもあります。要するにきちんと歩ければ安全、高度恐怖などで思わぬ動きをしたりすると、足が滑ったりしてその危機感をさらに増幅させたりします。
そこで私は邪魔なストックをきちんとさばきながら通過することを求めるのです。(見ている人がいたらナンセンスな方法と映るでしょうが)
ハシゴは工作物なので、一度ストックのさばき方がわかったら、あとは丁寧に行動するだけです。その落ち着きを求めたいのです。
これはハシゴと呼ぶにはちょっと場違いなもので、右側には踏み跡もあります。それが見えていないという点を、軽く記憶しておきたい場面です。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】13時31分=稲葉 和平
新緑にミツバツツジが映える。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ、富士山
【撮影】13時42分=秋田 守
出ました、富士山。何と言っても富士山。その手前にトウゴクミツバツツジが彩りを添える。いいですねえ。そういえば今年の山はじめは、1月20日に河口湖近くの足和田山へ行って、間近に富士山を見たのだった。今年はご縁がありそうだな、富士山。登るより、見るのが好き。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時42分=秋田 守
いよいよ本日の本命、見頃のシロヤシオが現れ始めた。標高1400mあたりか。手前にもシロヤシオはあったが、花が散っていた。この木もややピークを過ぎていたのかな。ゴヨウ(五葉)ツツジの別名の通り、5枚の葉っぱ。

檜洞丸登山
【撮影】13時44分=伊藤 幸司
明るい尾根に出ました。青い空に白い雲。……絵に描いたようなラッキーな山歩きになりました。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】13時45分=伊藤 幸司
シロヤシオとトウゴクミツバツツジ。揃い踏みです。

檜洞丸登山
【撮影】13時48分=稲葉 和平
長瀞・岩根山の全山を薄紫一色に埋め尽くすミツバツツジや、東秩父村白石集落のサクラやコブシ、レンギョウ、ハナモモなどと一斉に咲き誇るミツバツツジ、とはまた違う美しさだ。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】13時48分=稲葉 和平
ミツバツツジと富士山。うまくは撮れない。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】13時49分=伊藤 幸司
目を上げれば富士山です。首都圏の山からだと、午後にいったん富士山はメリハリを失います。あとは夕方、日が傾いてもう一度くっきりと見えてくるかどうかです。

檜洞丸登山、オオジバシリ
【撮影】13時49分=秋田 守
足下に咲いていたのはオオジバシリ。上を向いたり、下を向いたり、忙しくなってきた。黄色い花はなんとなく区別が分かりづらくて苦手意識がどうしてもつきまとう。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時50分=伊藤 幸司
シロヤシオの乱舞という雰囲気になりました。愛子内親王のお印がこの花ですがその場合は「ゴヨウツツジ」。
山北町のホームページに「檜洞丸のシロヤシオ」がありました。
【(かながわ花の名所100選) 海抜1601mの檜洞丸(ひのきぼらまる)山頂付近では、5月下旬の西丹沢山開きのころになると、樹齢100-200年のシロヤシオツツジ(ゴヨウツツジ)をはじめ、紫色の東国ミツバツツジ・樺色のヤマツツジが新緑の中に開花し、花見の登山者で賑わいます。白色のバイケイ草(7月上旬-下旬)、紫色のトリカブト(9月上旬-下旬)も多数見られる。】

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時50分=伊藤 幸司
シロヤシオの葉はこのような縁取りが特徴……だと思っていました。そのシロヤシオの名所、那須連山の中の大倉尾根へはシロヤシオを見るために何度も行きましたが、そこでのレポートにちょっとおもしろい話が。
「四季の山野草」というサイト。2012年6月7日、マウントジーンズ・スキー場で。
【今まで見たことのない、赤褐色の縁取りの入ったシロヤシオの葉が多いことに気がつく。おみやげとして鉢植えのシロヤシオを販売している店の主人に聞くと、日に当たるとできる、いわゆる日焼けとのこと。葉が生い茂り、日が当たらなくなると、下の葉にもどるそうです】

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時52分=秋田 守
谷の方を見下ろせば、立派なシロヤシオ。標高が上がってきたら、シロヤシオの花がどんどん勢いよく咲いている。緑をバックに白色が美しく映える。

檜洞丸登山
【撮影】13時53分=伊藤 幸司
なかなか楽しい山道です。緑の風がゆるやかに吹いていました。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時53分=伊藤 幸司
シロヤシオもこれだけ花をつけていると存在感が増してきます。松肌と呼ばれる幹や枝はけっこうハチャメチャに伸び上がっていくように見えます。とくに急斜面に生えていると、それが顕著に現れます。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】13時54分=伊藤 幸司
シロヤシオとトウゴクミツバツツジのコラボレーションがまた楽しい。お互いに引き立て合う関係になります。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時54分=稲葉 和平
シロヤシオ。大きな木の大きな花はやはり存在感がある。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】13時55分=伊藤 幸司
シロヤシオ。今年の異常高温の中で、ギリギリで間に合ったという感じがしました。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】13時55分=秋田 守
ゆるやかなアップダウンが続く気持ちの良い尾根道。両脇にトウゴクミツバツツジ、やがてシロヤシオも。ついつい脇見しながら歩いている。カメラでパチリも忙しい。本当はコンデジではなく、レンズ交換式のデジカメとマクロレンズを持参したいのだが、この会の歩行ペースでは、もたもた撮影していられなさそうで、当面はコンデジで我慢の予定。

檜洞丸登山
【撮影】13時56分=伊藤 幸司
丹沢名物の木道が始まりました。

檜洞丸登山
【撮影】13時56分=伊藤 幸司
眼下の流れは東沢でしょうか。下っていくと西丹沢自然教室バス停の近くで西沢と出合います。今日の、登り始めの用木沢は白石沢(多分この写真では右手から下ってくる)に注ぎ、東沢と西沢を合わせて中川川(なかがわがわ)となります。ウィキペディアによれば中川温泉のある山北町中川を流れているので中川川とか。ではその場所を中川と呼んだとき、この川は何という名前だったのか? 中川温泉の先でダム湖の丹沢湖に注ぎます。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ、シロヤシオ
【撮影】13時56分=秋田 守
このあたりからトウゴクミツバツツジとシロヤシオの競演が始まった。まるで紅白花合戦。12年前に西丹沢自然教室から檜洞丸まで往復した時は、時期は今回とほぼ同じだったが、シロヤシオはまだ咲き始めで少ししか花を見られなかった。こんなにたくさん見られるなんて夢のよう。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ、シロヤシオ
【撮影】13時57分=稲葉 和平
シロヤシオとミツバツツジ。目で見たようには撮れない。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ、シロヤシオ
【撮影】13時58分=稲葉 和平
新緑とシロヤシオと薄紫のミツバツツジ。色が素晴らしい。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】13時59分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジですよね。あまりにも立派、という感じ。よく見ると1本の木なのかどうかもわかりません。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時00分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジ。素晴らしい色の世界、という感じがしました。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時02分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジ。花よりも、肉体の方に興味がわきました。

檜洞丸登山
【撮影】14時02分=稲葉 和平
山頂に近づくと立派な階段。公園のよう。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時03分=山咲 野の香
トウゴクミツバツツジ繚乱。

檜洞丸登山
【撮影】14時09分=伊藤 幸司
てんでんばらばら、のんびりゆったり。こういうバラツキ感が糸の会的だと思っています。10分後にはまたひとつにまとまって仕切り直しになりますから。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】14時10分=伊藤 幸司
太陽が上がりきって、富士山はどんどんメリハリを失っていきます。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】14時11分=山咲 野の香
富士山が大きくなってきました。

檜洞丸登山
【撮影】14時11分=山咲 野の香
トウゴクミツバツツジとシロヤシオの斜面に、無理やり富士も参戦。

檜洞丸登山
【撮影】14時12分=山咲 野の香
花やら富士やらキョロキョロできて、階段も悪くない。雲もイイ感じ。

檜洞丸登山
【撮影】14時12分=伊藤 幸司
このあたりの鹿柵では古木の樹皮を剥がされるのを防ごうとしているのでしょうか。

檜洞丸登山
【撮影】14時13分=稲葉 和平
視界が開けてきたが、富士山にかかる雲も広ってしまった。

檜洞丸登山
【撮影】14時13分=稲葉 和平
山腹の新緑の中に点在するミツバツツジの薄紫色、心浮き立つ美しさだ。

檜洞丸登山
【撮影】14時15分=伊藤 幸司
犬越路の避難小屋を出てから2時間20分。前方左にその山頂らしき高まりが、また見えてきました。本当かどうかわかりませんが。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時15分=伊藤 幸司
登っていくに従って存在感を増してきたようなトウゴクミツバツツジ。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時19分=稲葉 和平
シロヤシオをアップで。元気のいいシロヤシオはなかなか近寄れず、この程度。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時20分=伊藤 幸司
巨木に寄り添うようにしながら枝を伸ばしていくシロヤシオ、私にはこれがスタンダードな姿のように思えます。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時21分=伊藤 幸司
(たぶん)鹿さんが刈り込んだ笹原……のなかに、トウゴクミツバツツジの林がありました。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時21分=伊藤 幸司
このあたりは完全にトウゴクミツバツツジの花園でした。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時22分=伊藤 幸司
ところがそのトウゴクミツバツツジから1分先に、このシロヤシオ。思わず立ち止まってしまいました。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時22分=伊藤 幸司
ここでは花が絶品状態。シロヤシオの凄さという感じでした。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時23分=伊藤 幸司
シロヤシオとトウゴクミツバツツジ。とくに意味はないですが、きれいでした。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】14時23分=秋田 守
あまりきれいに撮れなかったが、シロヤシオと富士山。この組合せも、なかなかいいなあ。これまでに見た中で一番のシロヤシオは、2005年6月初旬に奥日光に出かけた際に中禅寺湖畔で見たたくさんの満開のシロヤシオ。当たり年だったのかな。その数年前に誕生された愛子さまのお印としてシロヤシオが注目を浴びていた時代だ。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時25分=稲葉 和平
圧倒されるほどの色鮮やかさ。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時25分=稲葉 和平
雲が残念だけど、シロヤシオ。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時26分=稲葉 和平
山頂付近のシロヤシオはまだまだ元気だった。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時26分=稲葉 和平
でも、近寄ると、もう少し前だったら、と欲が出てくる。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時26分=秋田 守
このシロヤシオは立派な枝振りだった。しかも花がフレッシュでドンピシャの満開状態。思わず、おおお、と歓声を上げてしまった。撮影する距離感が難しい。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】14時27分=伊藤 幸司
これは他の人がもっときれいに撮っているだろうと思いますが、シロヤシオを見上げるという風景はなかなかのものです。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時27分=稲葉 和平
いくら見ても飽きない。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時28分=稲葉 和平
まるで森林公園。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時28分=稲葉 和平
シロヤシオはピークを過ぎているかもしれないけれどミツバツツジはちょうど見頃、ぜいたくを言うのは止めておこう。

檜洞丸登山
【撮影】14時29分=伊藤 幸司
また木道。お金があるからこういう道をつくれるわけで、避難小屋なども含めて神奈川県と東京都は別格だと思うことが多い、と思います。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ、バイケイソウ
【撮影】14時30分=秋田 守
標高1500m付近、もう山頂は近い。この手前ぐらいから木道を歩く。まだまだ紅白のツツジ花合戦が続いている。樹下にバイケイソウがそろそろ増え始めてきた。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時31分=伊藤 幸司
檜洞丸のツツジはシロヤシオにせよトウゴクミツバツツジにせよ、古木です。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時33分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジの、カラダを主役にして見た印象です。

檜洞丸登山
【撮影】14時33分=稲葉 和平
ほぼ計画書の予定通りの時間に山頂。

檜洞丸登山
【撮影】14時36分=秋田 守
山頂が目の前に見えてきた。でも階段がずっと続いている。あれを登るのかと思うとちょっとうんざりするが、あと一息、元気出して行こうじゃないか。

檜洞丸登山
【撮影】14時41分=伊藤 幸司
もう山頂だろうと思いながら、みんな「最後の登り」です。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時42分=伊藤 幸司
足元は相変わらずのシロヤシオ vs トウゴクミツバツツジ。このあたりが住みやすい場所なのでしょうか。

檜洞丸登山
【撮影】14時43分=伊藤 幸司
こういう急登。青空がどんどん近づいてくるのに、山頂は逃げていく感じ。

檜洞丸登山
【撮影】14時43分=伊藤 幸司
構造物はこんなふうに破壊されます。たぶん年に1回か、数年に1度かの豪雨のときに。

檜洞丸登山
【撮影】14時44分=秋田 守
いいなあ、こういう遊び心。彫ってくれた人のセンス、とても素敵だと思う。このもっと手前には、3本の丸太の頭に、桧・洞・丸、と彫ってあった。その後に、こう来るとはね。上りの階段に対するうんざり感をずいぶん和らげてくれた。

檜洞丸登山、セイヨウタンポポ
【撮影】14時46分=伊藤 幸司
道路工事が行われたのでしょうがないのかもしれませんが、これはどうもセイヨウタンポポ。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時47分=伊藤 幸司
ものすごい色のツツジが現れました。これもトウゴクミツバツツジでしょうか。いろいろ調べてみましたが、トウゴクミツバツツジのボディコン(表現が古いかな?)でしょうか。幹のあたりが頑丈に見えます。

檜洞丸登山
【撮影】14時47分=秋田 守
下から見上げた時に、いい所で眺めを楽しんでいる人達がいるなあ、と羨ましく思った。こんな場所でトウゴクミツバツツジやシロヤシオと富士山を眺めながらお弁当を食べたら最高だね。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時48分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジ。花のアップを撮ろうと思ったのですが、なんだかこの程度で引き下がったような気がします。圧倒的な迫力でした。

檜洞丸登山、ミツバツチグリ
【撮影】14時49分=伊藤 幸司
これはミツバツチグリでしょうか。三つ葉で地上に走出枝(ランナー)を伸ばして広がっていきます。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】14時49分=秋田 守
たまにはアップで。トウゴクミツバツツジとミツバツツジの違いは、トウゴクが雄蘂が10本あるのに対して、ミツバの方は5本、花の付き方がトウゴクは葉と同時に、ミツバは花が先で葉は後から、だそうです。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】14時51分=稲葉 和平
なかなか青空を背景にして、これほど色鮮やかなミツバツツジを見ることができるチャンスは少ない。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】14時51分=稲葉 和平
山頂はもうすぐだけど、誰もが足を止めてしまう。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】14時52分=稲葉 和平
雲が残念だけど、きれいに撮れた一枚。

檜洞丸登山、哨戒機のP-3C
【撮影】15時04分=伊藤 幸司
山頂に着いたときに、頭上を飛行機が飛んでいきました。同行の男性2人が詳しいらしく、哨戒機のP-3Cだというので、とりあえず50倍ズームの望遠端で撮りました。デジタルカメラのブレ防止機能は驚くべきものですが、上を向いたまま手持ちでシャッターを押すとその瞬間にフレーミングがずれるので、1枚目は画面左下に、2枚めのこれはいくぶん右上に。どちらも狙ったのは真ん中のつもりでしたが。

檜洞丸登山
【撮影】15時07分=秋田 守
計画より少し遅れて、14時50分過ぎ、檜洞丸の山頂に到着。山頂はゆったり広い。木の根元に石の祠。ここで休憩。少し下に小屋があり、トイレに立ち寄った女性陣は戻ってくる登りが辛いとこぼしておられた。

檜洞丸登山、バイケイソウ、オオバイケイソウ
【撮影】15時10分=伊藤 幸司
これはバイケイソウ。ただし丹沢ではオオバイケイソウといっているように思います。西丹沢ビジターセンターブログには「オオバイケイソウとコバイケイソウの違い」という項目がありました。
【最近よく質問されることを紹介します。『オオバイケイソウとコバイケイソウってどんなところが違うのですか?』という質問です。名前も『オオ』と『コ』しか違わないので見た目もかなり似ていますよね。オオバイケイソウは神秘的でコバイケイソウは清楚で可憐な感じがしますね。】
オオバイケイソウで検索すると(多分以前どこかの山で引用したのと同じだと思いますが)「丹沢山地に育成するオオバイケイソウの地上部個体密度とその生育立地との関係」(安藤友理子・持田幸良 神奈川自然誌資料(29)17-26 Mar.2008)という論文が出てきました。
そこでオオバイケイソウについての説明。
【神奈川県植物誌2001(神奈川県植物誌調査会2001)によればオオバイケイソウは「関東・中部地方に分布し、県内では丹沢・箱根のブナ帯のやや湿った林内に群生する」がその生育立地については言及されていない。】
その引用元の「神奈川県植物誌2001」は高価な書籍のために全文がネット上に出ているのかわかりませんが植物の一覧ページに次のようにありました。
【オオバイケイソウ Veratrumgrandiflorum Loes.f. var. maximumNakai ブナ帯の草地や樹林内に普通.県内では丹沢と箱根に産する.丹沢ではシカが好まないために増加している.】
項目としてはオオバイケイソウだけで、バイケイソウもコバイケイソウもありません。
なんだか丹沢ではバイケイソウの仲間はオオバイケイソウに統一されているようなので、平凡社の大作『日本の野生植物 草本』(1982年)のハンディ本として出版された『フィールド版 日本の野生植物 草本』(1985年)でユリ科のシュロソウ属を見るとコバイケイソウに「変種ウラゲコバイケイソウ」、「変種ミカワバイケイソウ」があり、バイケイソウに加えて「ミヤマバイケイソウは前種(バイケイソウ)とコバイケイソウとの中間型の一つである」と書かれています。
もうひとつ、保育社の『原色日本植物図鑑 草本編(下)』(1964年)を見てみると、こちらもコバイケイソウとバイケイソウの見出ししかなく、コバイケイソウには変種としてウラゲコバイケイ(シシノハカマ、ミカワバイケイソウ)が出ています。バイケイソウには変種の記述はありません。
これらの本は古いのかもしれませんが、私が知るべき山の花の最低ラインを示してくれている『山の花1200 山麓から高山まで』(青山潤三・平凡社・2003年)にはコバイケイソウという見出しが立っており、その仲間としてミヤマバイケイソウが加えられているだけです。
神奈川県の専門家の皆さんには、ぜひ、オオバケイソウとバイケイソウの関係を明快にしていただきたいと思います。なお「神奈川県植物誌2001」ではオオバイケイソウに「Veratrum grandiflorum Loes.f. var. maximum Nakai」とあるのでそれで検索してみるとありました。
神奈川県自然環境保全センターの「シカ不嗜好性植物図鑑」です。
【オオバイケイソウ シュロソウ科 Veratrum grandiflorum Loes.f. var. maximum Nakai
県内分布:丹沢、箱根
生育環境:湿った林内
生活型:多年草
特徴:高さ 60 〜 150cm。葉は裏面に毛状突起がある。花は 7 〜 8 月、数年おきにいっせいに開花する。花穂は通常直立して、ときに花穂の点頭する系統もある。花被片は長さ 15 〜 20cm、白色で基部付近に緑色の部分がある。】
ここでもその他のバイケイソウの仲間につていての記述はまったくありません。こうなると丹沢山地にあるのはオオバイケイソウ一種類と考えるべきでしょう。
念のため学名の「Veratrum grandiflorum Loes.f. var. maximum Nakai」で検索してみると「三河の植物観察」というサイトにバイケイソウがありました。
そこに3つの学名が列記されているのですが、そのひとつが「Veratrum grandiflorum (Maxim. ex Miq.) O.Loes.」なので、それで検索にかかったようです。……でどうなんだということは、まったくわかりませんが。

檜洞丸登山
【撮影】15時22分=伊藤 幸司
檜洞丸山頂での記念写真。

檜洞丸登山
【撮影】15時23分=伊藤 幸司
これが平均年齢69歳の記念写真。念のため最高年齢は82歳、最少年齢は61歳。

檜洞丸登山、オオバイケイソウ、バイケイソウ
【撮影】15時26分=伊藤 幸司
山頂からの下りは木道で始まります。足元には「オオバイケイソウ」が広がっています。

檜洞丸登山
【撮影】15時27分=伊藤 幸司
下りになると階段状の土留めになります。

檜洞丸登山
【撮影】15時27分=稲葉 和平
公園のように整備が行き届いているのに、山頂の標識は意外に素っ気なかった。でもこれでいい。

檜洞丸登山
【撮影】15時27分=稲葉 和平
山頂でたっぷり休んで、あとはのんびり下るだけ、たぶん計画書の時間よりは早く下山できる、と思っていた。

檜洞丸登山
【撮影】15時29分=伊藤 幸司
これは木道の板についた無数の穴。ほぼ中央の丸い傷が私たちが使っているストックの刃跡です。丸くない刃跡は全部アイゼンのものと考えていいでしょう。残雪期には雪を挟まずに直接この板に乗り、体重を完全に掛けて歩きます。
尾瀬などでは木道でのストック使用を禁じていますが、○の傷跡と□の傷跡とをきちんと区別して見ていただきたいと思います。

檜洞丸登山
【撮影】15時29分=伊藤 幸司
非常に手の混んだ作りの木道が並べられていました。周囲には古い道筋も見られますから、登山道の保全としてはなかなかやっかいな場所なのだろうと思われます。

檜洞丸登山、バイケイソウ
【撮影】15時29分=稲葉 和平
下りもバイケイソウの美しい緑の中の公園のような木道。

檜洞丸登山
【撮影】15時31分=稲葉 和平
檜洞丸がこれほど整備された美しい山とは全く想像していなかった。

檜洞丸登山、バイケイソウ、オオバイケイソウ
【撮影】15時34分=伊藤 幸司
ここもまだ山頂部といっていいと思います。「オオバイケイソウ」の大群落が広がっています。

檜洞丸登山、バイケイソウ
【撮影】15時35分=秋田 守
さて下りはツツジ新道経由で。山頂周囲はバイケイソウがびっしり覆い尽くしている。しばらくは木道歩き。この先に風力発電の風車と太陽光発電のパネルが設置されていた。

檜洞丸登山、マルバダケブキ
【撮影】15時37分=伊藤 幸司
これはたぶんマルバダケブキ。以前はこちらが主役だったかと思います。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時37分=稲葉 和平
この気分のいい花に囲まれた下りの道を先頭で歩けたのはラッキーだった。

檜洞丸登山、バイケイソウ
【撮影】15時37分=稲葉 和平
バイケイソウは地味な花だけどこれだけの群落だと花の時期は見事だろう。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】15時39分=伊藤 幸司
再び富士山です。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】15時39分=伊藤 幸司
再びトウゴクミツバツツジです。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時40分=伊藤 幸司
再びシロヤシオです。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時40分=伊藤 幸司
ほぼ中央に見えるシロヤシオの花は、白い花弁が白い糸の先にぶら下がっているように見えます。白い糸に見えるのは雌しべの花柱なのでしょうが、とにかくシロヤシオの花はポトン、ポトンと落ちていきます。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時40分=稲葉 和平
道脇に広がるシロヤシオ。上りよりもこの下山道の方がシロヤシオが近い。

檜洞丸登山、三葉躑躅
【撮影】15時40分=稲葉 和平
シロヤシオと三葉躑躅が交互に現れ、飽きない。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】15時42分=稲葉 和平
谷合のミツバツツジを上から眺めるのもまた違った趣がある。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】15時42分=稲葉 和平
斜面の下にあるミツバツツジを、遠景を一緒に画面に収めたかったが、空の色は飛んでしまう。

檜洞丸登山、シロヤシオ、ミツバツツジ
【撮影】15時43分=稲葉 和平
シロヤシオとミツバツツジを並べると、写真ではシロヤシオに分が悪い。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】15時44分=伊藤 幸司
ここまでは石棚山から大石キャンプ場へと下る稜線をたどってきましたが、ようやくこのあたりからツツジ新道への下りが始まります。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時44分=伊藤 幸司
ここに巨木というべきシロヤシオがありました。私はなぜか、うまく撮れませんでしたが。檜洞丸の象徴的なシロヤシオだと思います。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時44分=秋田 守
この日出会ったシロヤシオの中で最も大きな樹。迫力満点。咲いている花の数も凄まじい。この角度で大枝を張ってよく倒れないものだと感心してしまう。

檜洞丸登山
【撮影】15時45分=伊藤 幸司
これは何山かわかりません。道志から秋山の方向だったかとも思います。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】15時45分=伊藤 幸司
なんともまあ階段下りです。花道の階段です。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】15時45分=伊藤 幸司
富士山はまだまだメリハリのない状態で見えています。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時45分=稲葉 和平
見事なシロヤシオ。

檜洞丸登山
【撮影】15時46分=伊藤 幸司
まあ、立派な木道です。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時46分=稲葉 和平
眼前に大きく広がる大きなこの日一番のシロヤシオ。私の腕では捉えきれない。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時46分=稲葉 和平
シロヤシオ。数本がまとまっているのかもしれないが、圧巻だ。

檜洞丸登山、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ
【撮影】15時46分=山咲 野の香
下りでも競演は続きます。因みに、赤のツツジの花言葉は「恋の喜び」、白は「初恋」だそうです。なるほど。やはり見ているだけで、こちらも心弾む乙女だったのね!

檜洞丸登山
【撮影】15時46分=山咲 野の香
木の階段のおかげで、ルンルン? な下り。

檜洞丸登山
【撮影】15時52分=山咲 野の香
来し方。ツツジにデコレーションの尾根を歩いてました。

檜洞丸登山、ミツバツツジ
【撮影】15時47分=稲葉 和平
日差しが傾くとともに新緑とミツバツツジの色合いも深みが増すように見える。

檜洞丸登山、富士山
【撮影】15時49分=稲葉 和平
遠方の富士を背景に、そろそろミツバツツジともお別れ。

檜洞丸登山
【撮影】15時50分=伊藤 幸司
これが日本の山では一般的な風景です。左右の崖の上面から1mほど掘り下げたのは水の力。登山者が歩くことで道ができ、そこに雨の流路ができてどんどん掘り下げられてこのように。近々に掘削された柔らかな土なので豪雨があって、ここに水が流れ込んでくれば土留めの階段など一気に崩壊させられます。丹沢・鍋割山荘の草野さんから昔「50mごとに水抜きできれば道は守れます」と聞いたことがありますが、水が浸食力を増す前に逃すようになっているかどうかが重要です。

檜洞丸登山
【撮影】15時52分=伊藤 幸司
進行右手の稜線を見ています。山頂のすぐ手前で歩いた道です。14時42分に見た花を横から見ている状態です。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時53分=伊藤 幸司
これまでたっぷり見てきたシロヤシオですから、こんなふうな光の演出が新鮮に感じます。

檜洞丸登山、トウゴクミツバツツジ
【撮影】15時56分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジもおだやかな表情と感じます。いつまで出てくるのか、最後の別れを待ちながら、という感じで。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時56分=秋田 守
事前に檜洞丸およびシロヤシオについて予習していた時に個人のブログで花びらが6枚のシロヤシオの花を見つけた、と書いてる人がいて、ぜひ見てみたいなあ、と思っていたら、最後の最後に発見できた。普通は、葉っぱ同様、花びらも5枚だが。

檜洞丸登山、シロヤシオ
【撮影】15時57分=山咲 野の香
ネット情報にあったという、花びら6枚のシロヤシオ。噂が聞こえた途端の発見でビックリ。

檜洞丸登山
【撮影】15時59分=伊藤 幸司
尾根が谷に落ちるときには通常急斜面になっていきます。

檜洞丸登山
【撮影】16時42分=秋田 守
下山途中、休憩時間に稲葉さんが小さな石にとても上手に座っていらっしゃった。女性のどなたかが指摘されたのを聞いて、見てみたら、美しい佇まいだった。

檜洞丸登山
【撮影】17時38分=伊藤 幸司
白い河原がもうすぐそこにあるというところで、急斜面は急落という感じになりました。正規の登山道でもこのようにいささか乱暴な下り方になったりしますが、道迷いになって知らない尾根を下ったときには、最後にこれ以上の断崖が待ち構えているというイメージを忘れないように。それを考えたら、道に迷ったと思った時点で「上に戻る」という大原則に従うべきだと思います。
4月5日の達沢山では、間違った尾根を下っているということはわかっていたのですが踏み跡があって、利用している人がいると判断して、そのまま下ってもらいました。最後、沢に下ってから十分に時間をかけて偵察しましたが、やはり利用している人がかなりの人数いるルートとして、地図にない道を確認できました。このところ、それに類する「道迷い」体験を繰り返しているように思います。それを楽しんでいるメンバーもいるので、糸の会はちょっと危険です。

檜洞丸登山
【撮影】17時46分=伊藤 幸司
ここが「ゴーラ沢出合」。ここから東沢の右岸をたどります。

檜洞丸登山
【撮影】17時50分=伊藤 幸司
昔はもっと沢筋を忠実にたどって歩いたように思いますが、けっこう高速歩行のできるバイパスができていると感じました。

檜洞丸登山
【撮影】18時00分=稲葉 和平
日は傾き、ほぼ午後6時、なんとか計画書の時間までには下山できそう。先を急ぐ。

檜洞丸登山
【撮影】18時20分=伊藤 幸司
最後のところで、昔通った古いルートが通行止めとなっていることを確認しました。予定より少し遅れていたのでジャンボタクシーが登山口のところで待っていてくれました。
もちろん、心配はかけたくないので下山時刻が予測できる段階になったらタクシー会社に電話を1本入れる努力をします。たとえ「圏外」でも携帯画面を見ながら歩いていると、ポッ! と一瞬アンテナが立つときがあります。そういう時を逃さずに電話しておきます。
じつは丹沢は電話の通じやすい山なのです。以前、屋久島で、永田岳から永田歩道で下る予定が、豪雨で渡渉不能地点があると聞いて花山歩道を下ることにしたのですが、登山口に着いたときにタクシーが待っていてくれないと宿にたどり着けないという状態になり、ずっと携帯電話を手にして下りました。すると信じがたいことに、1か所だけ、電波の通じる場所があって、宿とタクシー会社に連絡ができたのです。そういえばトムラウシでもほとんど1か所だけ、宿に通じて、遅い夕食をいただくことができました。
なお、檜洞丸のお隣さんの蛭ヶ岳山頂では、富士山展望広場の片隅で電話が通じます。眼下には山中湖も見えるのでたくさんのアンテナが見える範囲にあるはずなのに電話が通じにくいのは、一番強い電波を出しているアンテナを選択できないから、と以前やっていたブログの取材でNTTドコモの専門家から聞きました。基本的に携帯電話のアンテナ電波は上に漏れないようにしてあって、山の上からだとたくさんのアンテナが見えていても、そこから漏れてきた電波を拾うことになり、しばしば同じような弱い電波がぶつかりあって通じにくいとのこと。そういうときには自分がくるりとひと回り、それからあたりをひと回り……というが基本とか。すべて、基本的にはNTTドコモの話です。たとえば四国の山だったらNTTドコモでないとのっけから話になりません。



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