山旅図鑑 no.220
御岳山
2018.11.27

山旅図鑑目次


糸の会(no.1116)
2018.11.27
御岳山
64パワー

登り16p→下り7p→緩やかな登り14p→下り27p

*奥多摩の御岳山を、糸の会ではほとんど歩いていないルートで歩いてみようという、穴埋め的な計画でした。
*案の定、林道工事のため迂回路として城山経由の登山道に導かれました。予定では城山の山裾を巻くゆるやかな登りで16パワーのところ、上り16パワー+下り7パワーと変わりました。よくある工事用迂回路では急造のアップダウンのきつい道になるところですが、今回はよく踏まれた歩きやすい登山道をゆったりとたどるだけでした。運良く。
*昔、通ったことはあるけれど……という、よくあるパターン。おぼろげな記憶と動かしようのない現実が、しばしばドラマチックな展開を生んでくれます。いろんな意味でハプニングを楽しめる(可能性と危険性のある)計画の立て方といえるでしょう。

11月27日
・0925……JR青梅線鳩ノ巣駅を出発(標高約300m)
・0950……松ノ木尾根東屋を通過(標高約350m)
・0955-1000……迂回路入り口で休憩(標高約400m)
・1010-15……高圧送電線鉄塔。服装調節(標高約500m)
・1045……鳩ノ巣駅からの登山道と合流(標高約650m)
・1100-10……城山山頂(標高760m)14度C
・1150……大楢峠を通過(標高約700m)
・1215-25……休憩(標高約750m)
・1310……馬場家御師住宅(標高約850m)
・1325-45……武蔵御嶽神社(標高929m)トイレ休憩
・1420……ビジターセンターから大塚山方面へ(標高約850m)
・1420……大塚山巻道終了(標高約900m)13度C
・1440……尾根道から東斜面に下る(標高700m)
・1450……林道横断(標高約600m)
・1525-30……登山口で休憩(標高約300m)
・1545……JR青梅線古里駅(標高約300m)

今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の4人です。

稲葉 和平、秋田 守、小林 美子、伊藤 幸司



山旅図鑑 no.220
御岳山
2018.11.27

御岳山=登山
【撮影】09時18分=伊藤 幸司
日帰りの御岳山ですが、今回は鳩ノ巣駅から登って、となりの古里駅へと下ってくるというマイナーなルートを考えました。じつはこのときには考えてもいなかったのですが、やっぱりここへ戻ってくることになります。
それはともかく、この見事なイロハモミジの下で、まずはトイレと出発準備。

御岳山=登山
【撮影】09時18分=伊藤 幸司
なかなか見事な紅葉です。のっけにこんな出会いがあると、今日一日がなにか期待にあふれるもののように楽天的な気分になります。

御岳山=登山
【撮影】09時25分=秋田 守
出発はJR青梅線鳩ノ巣駅。朝早くには曇っていた空も晴れ渡り、日差しが暖かい。駅前のモミジはまだ赤い葉を残していた。今日の予定は御岳山へ登り、お隣の古里駅へ下る予定。糸の会は夏の唐松岳以来。初めてお目にかかる方もいらっしゃって挨拶して下さった。お恥ずかしながら、正直言って女性達のお顔は分かっても名前とまだ一致しない。ウォームアップを済ませ、青梅街道を渡る。コーチが駅前に山鳩というなかなかいい店があるんですよ、と教えてくれた。まさかそこまで戻ってくることになろうとはこの時は思いもよらなかった。

御岳山=登山
【撮影】09時33分=伊藤 幸司
駅から狭い道をぐんぐん下ると、この人車一体型吊橋になりました。

御岳山=登山
【撮影】09時33分=伊藤 幸司
橋から下を覗くとここにもありました。見事な紅葉。「鳩ノ巣渓谷」というのだそうですが、ひょっとすると駅前にあったモミジと関係あるかもしれないと感じました。

御岳山=登山
【撮影】09時33分=稲葉 和平
御岳山の紅葉の時期は過ぎているが、鳩ノ巣渓谷の紅葉は色鮮やかだった。最新のスマホでどう映るか興味があったが、どうも色が強調され過ぎている感じがする。もっとも、紅葉は(コンパクト)デジカメでもよほど条件が良くないとうまく撮れないけれど。

御岳山=登山
【撮影】09時33分=小林 美子
雲仙橋から、こちらは川の上流側。

御岳山=登山
【撮影】09時33分=小林 美子
こちらは川の下流側。橋のようなものがかかっている。
地元の人が必要があってかけたのだろうが渡りたくないような怖そうな橋だ。

御岳山=登山
【撮影】09時33分=秋田 守
鳩ノ巣駅を出て青梅街道を渡り、雲仙橋という細い橋を渡った。眼下には鳩ノ巣渓谷。残念ながら紅葉のピークは過ぎていて些か寂しい景色。狭い橋なのに何度か軽自動車が通っていった。そのたびに端っこの方によけないとならない。生活道路なのだから仕方ないことだが。下流の方には歩行者用のさらに細い橋が架かっていた。後でグーグルマップを調べたら、この細い橋がちゃんと記載されているではないですか。グーグルマップ、おそるべし。

御岳山=登山
【撮影】09時34分=伊藤 幸司
こんな色がわりの紅葉、下から見上げたら決定的に印象が違うのだろうと思います。鳩ノ巣渓谷の紅葉は私の視野にはほとんど入っていなかったのですが、なんだかとても惹かれるところがあります。

御岳山=登山
【撮影】09時34分=稲葉 和平
山の斜面にも何とか紅葉が残っている。この青空が紅葉を引き立ててくれている。

御岳山=登山
【撮影】09時34分=小林 美子
鳩ノ巣駅から、少し歩いて雲仙橋があった。
狭い橋を占領して、名残の紅葉を楽しんでいます。

御岳山=登山
【撮影】09時35分=伊藤 幸司
上流側を見ると多摩川源流の渓谷美をよく残している、というふうに見えてきます。
『KADOKAWA』の『Walkerプラス』というサイトに『紅葉名所2018』があって、『鳩ノ巣渓谷の紅葉』が出てきました。
【約40mの断崖の下、多摩川が巨岩・奇岩の間を流れる鳩ノ巣渓谷。11月上旬から見ごろを迎える紅葉の頃はひときわ美しく、特に鳩ノ巣小橋(吊り橋)からの眺望がお勧めだ。鳩ノ巣渓谷遊歩道を上流に歩くと多摩川を堰き止めて造った白丸ダムがあり、魚が遡上するための魚道を見学することができる(開館日は要確認)。】

御岳山=登山
【撮影】09時37分=伊藤 幸司
この状態で玉石といえるのかどうかわかりませんが、谷底から1個1個拾い上げて、ここに積み上げたのだと思います。石垣の工法としては「野面積み」ということになるのでしょう。
『石垣』というサイトでしょうか。『石垣の分類』がありました。
【石垣の分類で、最も一般的に使われるのが、野面積・打込みハギ・切込みハギという分類がある。
野面積みが一番古い時代の積み方で、打込みハギ、切込みハギの順に新しい積み方となる。
石垣で用いる「ハギ」は、「接ぎ合わせる」つまり石材と石材をつぎ合わせるという意味である。】
そして野面積み。
【自然石またはほとんど加工していない石を積み上げた石垣のことをいう。石質や形状も不揃いで、目地に隙間が多く、荒い感じがする。
見た目には崩れやすそうに見えるが、表面に出ていない部分が土の中に深く入り込んでおり、石と石とが重力によって移動したり転落したりする余地のないように組み合わせてあるので、崩壊する恐れがない。
また、隙間が多く雨水を石垣に溜めることなく外に出す効果がある。外見は粗野であるが、強堅な石垣である。その外観から庭園の石組にも通じる自然な趣がある石垣である。】

御岳山=登山
【撮影】09時38分=伊藤 幸司
登山口を確認するまではいつの場合も神経を使います。最新のガイドブックなどを参考にすると見落としやすい登山口に関して詳しい解説があったりするので安心して歩けるのですが、私は古い地形図に書き込みをしたものを繰り返し使っています。(みなさんにも使っていただいています)
古いといってもいろいろですが、20年ぐらい前に集中して揃えた地形図(1/25,000)と昭文社の「山と高原地図」が現在も私の地図資料の中心となっています。
古い地図で問題はないのかというと、先の東京オリンピックの頃から始まった新しい測量計画によって整備された国土基本図としての1/25,000地形図は国土の変貌を段階的に修正しながら現在に至っていますから骨格には大きな問題はないうえに、山の地形はあんまり変化していません。
私は2000年の1〜12月に刊行された『週刊日本百名山』(朝日新聞社・全50巻)で解説を担当したので、資料として一気に購入した地図類をそのまま現在まで使っているというわけです。
ちなみにそこではすべての山の紹介ルート図に私が考案した○印(高度差50m)と◇印(水平距離500m)を使ったのですが、まったく認知されませんでした。現在に至る「登山に必要なパワー計算法」はすでに完成していたのですが。

……で、今回は登山道の最新情報を持たずに登り始めたという事例になるのですが、私はまずどんな登山口が出てくるのか、けっこう緊張しながら歩いていました。もちろんこのルートは初めてではありませんが、たぶん20年ぐらい前に一度歩いただけだと思います。覚えてなんかいるもんか、です。
そういう不十分な資料で毎回の山歩きをしているわけですが、じつはあんまり困らない。首都圏のポピュラーな登山道では新しい標識が導いてくれるからです。山では「コンビニの先を右に曲がって」というような具体的な道案内に頼っていると逆に裏切られることがあるので、まずは「出てくるものを見逃さない」という観察に尽きるかと思うのです。
でも、なんでこんなはっきりした道筋のところで勝手に緊張してるのかというと「下界の道」と「山道」とは基本的に連続性を持たないと思うので、その関門をくぐり抜けるまでは安心できないのです。……それはつまり、つい数分前に見下ろした鳩ノ巣渓谷で、水辺に降りようとしたらどうするかというような見方に近いと思います。

御岳山=登山
【撮影】09時50分=伊藤 幸司
登山道は、なんとトイレがあるという立派な登山口から始まって、バイクでだって登れそうな、こんな立派な道になっていました。
ただし、登山口には真新しい注意書きがありました。
『登山道迂回のおしらせ
この度、越沢林道開設工事着手にあたり、登山道利用者皆様の安全を考慮し、登山道迂回の措置をとることになりました。
そのため、越沢を経由する登山道が通行止めとなり、城山経由での通行となります。
利用者皆様にはご迷惑をお掛け致しますが、ご理解、ご協力をお願いします。
尚、迂回ルートにつきましては別図でご確認の上、通行願います。
通行止め期間 平成30年9月6日から平成31年3月11日予定』
私たちはちょうどその、半年間の迂回ルートに導かれることになったのです。登山道にときおり起こる迂回ルートとしては驚くほど短期間の迂回のように思いましたが。

御岳山=登山
【撮影】09時50分=稲葉 和平
こんなところに四阿。山から下りてきてここで一休み、というにはちょうど良さそう。くつろいでいたのは外国人、最近はこんな光景も珍しくなくなった。

御岳山=登山
【撮影】09時50分=稲葉 和平
林道の脇にもちらほらと紅葉/黄葉が目に入りだした。

御岳山=登山
【撮影】09時51分=伊藤 幸司
森のなかに差し込んでくる光で紅葉がひとつ、浮かび上がりました。

御岳山=登山
【撮影】09時51分=稲葉 和平
暗い杉林に差し込んだ光で黄葉が浮かび上がったよう。

御岳山=登山
【撮影】09時51分=秋田 守
雲仙橋を渡り、石積みが続く集落を歩き、庚申塔を右手に見やり、やがて左に登山道入口。トイレがあった。しばらく登ると、東屋。松ノ木尾根東屋。異国の女性がお二人休んでいた。木々の間から写真を撮ろうとしたら、ここに来たらいい、と招いてくれた。柔らかな日差しを浴びた鳩ノ巣集落がいい感じで見渡せた。近頃は高尾山だけでなく、こっちの方までガイジンさんが来るようになったんだなあ。受け入れ体制をもっと整備しなくてはいけないのだろう。

御岳山=登山
【撮影】09時52分=秋田 守
周囲は植林された針葉樹。所々に赤や黄色に色づいた広葉樹があって、目を楽しませてくれる。しかし、気温が高くて暑いこと。厚手の長袖シャツを着てきたので、脱ぐことにした。半袖Tシャツ1枚で十分。この日、下界が気温高めというのは分かっていたが、山の中に入るのだから、そんなに暑くはないだろう、むしろ寒さに気をつけなければと考えたのが間違いだった。本当は長袖Tシャツを着てくれば良かったなと反省。時々、この手の失敗をやらかす。

御岳山=登山
【撮影】09時53分=伊藤 幸司
これから私たちが行くのはこの方向。この谷の足元には奥多摩随一といわれる越沢バットレスという岩場があるというほどの深い谷。この右隣りの谷にはかなり立派な海沢三滝があります。深山幽谷の趣を存分にみせてくれる山域です。遥かに見える稜線がどこかよくわかりませんが、その手前から左手の山並みにシフトしていくのだと思いました。

御岳山=登山
【撮影】09時56分=秋田 守
林道に出てしばらく歩いていたら、迂回路の看板があった。この先で工事をしているので城山方面へ迂回せよとのこと。ROAD AHEAD CLOSEDと英語表記の看板も。おお、ここでもインターナショナルですね。最近、山を歩く時はYAMAPというアプリを使っている。主なエリアの登山路をあらかじめダウンロードしておけば、実際に歩くルートをトレースしてくれる優れもの。が、この迂回路は表示されておらず、登山路から西へ軌跡がどんどんずれていった。これはこれで面白い。

御岳山=登山
【撮影】09時59分=伊藤 幸司
登山道はあっというまに立派な林道に出てしまい、すぐに迂回路へと導かれるというしかけ。この林道をアプローチルートとしてたどると簡単なんだろうなという思いと、こんな車道を歩かされるんじゃ面白くないという両方の気持ちがありました。
じつは私の地図ではこの林道の部分は徒歩道(登山道)として描かれています。昭文社の『奥多摩』(2000年)でも登山道になっていて、じつは鳩ノ巣渓谷を渡ったところからすぐに尾根に取り付いて城山経由でのびる古い登山道まだ残っているように描かれており、大楢峠でこの道と合流するようになっています。単純に、山の中腹をたどるトラバース道から稜線の道へと切り替わるだけの迂回ルートのように思われました。

御岳山=登山
【撮影】10時01分=伊藤 幸司
林道から階段で一定の高さまで登ると、歩いてきた林道を右手に見ながら逆戻り。ずいぶんきちんと用意された迂回路に見えました。みなさんを引率するという責任ある立場としてはハプニングへの期待も当然ありますが、まだどこかの地点で「引き返す可能性」も捨てられません。「計画どおり」がのっけから崩れているのですから、本来の道に戻れるとわかるまでは先のことは決められません。

御岳山=登山
【撮影】10時01分=稲葉 和平
向かい側の山腹の木々も結構色付いていて、気分がいい。

御岳山=登山
【撮影】10時03分=伊藤 幸司
私たちは左手奥からゆるゆると登ってきて、ここでUターンして城山目指して尾根道をたどるようです。でもこんな立派な登山道があったのか! と、ちょっと驚きました。
この道に立っている柱状の道標には右下への矢印があって「奥多摩線7号に至る」と書かれています。首都圏の登山道ではしばしばこういう送電設備の巡視・点検路の標識を見ます。
たしかに、私の地形図には高圧送電線が引かれています。それが尾根(私の地図には登山道は描かれていませんが)の標高490mあたりにあります。この標識があったのが標高420mあたりです。つまり表舞台から消えたような登山道が思いのほか立派なかたちで残っているのには、これが電力会社の巡視路という役目を失っていなかったからだと思いました。
じつは糸の会の初期の会員 S さんは茨城県で東京電力の送電線を保守する人で、仲間は北アルプスでも活躍する登山家たちで、その山岳部は本社の山岳部よりレベルが高いと豪語していました。山の雑誌で見て糸の会に入会してきたのですが、何でかな? 同時に宿直時には腕揃いの料理人たちとなり、茨城県はそば処ですからそば通ぞろい。筑波山麓に「新しい蕎麦屋ができたので機会があったらぜひ行って」と「ゐだ」を教えてくれたのは S さんでした。定年後は伊豆方面にいかれたようです。

御岳山=登山
【撮影】10時09分=伊藤 幸司
わりと広い尾根を緩やかに蛇行しながら登山道は登っていきます。植林としては比較的若い樹林です。

御岳山=登山
【撮影】10時10分=秋田 守
迂回路を登っていくと、鉄塔が現れた。確か手前の黄色い表示板に5号と書かれていた鉄塔。鉄塔ファンというマニアの一群が存在するが、鉄塔MAPというサイトまである。http://tower.30maps.com 調べきれなかったが、これは奥多摩線5号と昔は呼ばれていたのではないかと思うが、裏付けは取れず。その名称はJR古里線と変更されたと記しているマニアのブログページもあったが、これまた定かならず。奥が深いなあ、鉄塔世界。いずれにせよ城山は左手。

御岳山=登山
【撮影】10時11分=伊藤 幸司
地形図に描かれている送電線が登場しました。ところがこの送電線が登山者の目印にならなくなってきたのです。
電力会社が送電線情報を国土地理院に開示しないというのです。そのことを明確に伝えたのは毎日新聞の2012年1月30日の朝刊でした。
残念ながら私は原文を持っていません。しかしネット上のあちこちに拡散しているものなので、その波に乗せてもらって、『専修大学近い岳研究室』の『送電線』(2012年01月30日)を全文紹介させていただきます。
【送電線が地図から消える
これ,地図・登山関係者の間では以前から知られていたけど,毎日新聞が取りあげたのでここでも紹介する.
電子地形図とは,国土地理院が展開している「電子国土」のこと.
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送電線:電子地形図から消える 電力10社情報拒否
 地形図の電子情報化に伴い、国土地理院が電力会社10社に送電線や鉄塔の位置について情報提供を求めたところ、全社がテロなど安全上の問題を理由に提供を拒否し、送電線などの表記が最新の電子地形図から消えたことが分かった。送電線の記載は、登山などで現在地を確認する際に利用されており、日本地理学会などは掲載の継続を求めている。〔中西拓司〕
 送電線や鉄塔の記載が消えたのは、国土地理院の電子国土基本図。従来の紙の地形図(縮尺2万5000分の1)に代わるものとして、昨年2月からインターネット上で公開している。
 従来の地形図は現地での測量に基づいて作製していたが、電子国土基本図は航空写真に、自治体や法人などから寄せられた道路や建造物の位置情報を反映させて作っている。
 送電線や鉄塔などは航空写真では確認しにくいため、国土地理院は昨年末までに電力各社に位置情報の提供を求めた。ところが、いずれも「保安対策上の問題」を理由に提供を拒否されたという。関西電力の担当者は毎日新聞の取材に対し、「位置情報がテロなどに悪用される恐れもあり、詳細な情報は提供していない」と話す。
 これに対し、上越教育大の志村喬准教授(地理教育学)は「送電線や鉄塔の記載は、登山などの際に現在地を確認するのに役立つ。地理や地図学習の大きな障害になる恐れもある」と指摘。日本国際地図学会評議員の田代博・筑波大付高教諭は「ネット上ではより詳細な航空写真が公開されており、時代錯誤も甚だしい。あまりにも秘密主義すぎるのではないか」と話す。
 日本地理学会は、鉄塔などの情報を引き続き電子地図に掲載するよう求める意見書を国土地理院へ提出している。国土地理院基本図情報部の担当者は「利用者からの要望はできるだけ反映させたいが、電力会社から協力が得られない以上、掲載は難しい」と話している。
毎日新聞 2012年1月30日 2時31分
http://mainichi.jp/select/science/news/20120130k0000m040084000c.html
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山で調査する場合,支配人は原則紙地図を持参することにしており(忘れることはたまにある),国土地理院の電子地図やその紙出力版だけに頼ることはまずない.結局,現在販売されている紙の地形図には送電線が出ているから当座は問題はないのだが,デスクトップで仕事する場合や,それをベースにして論文用に地図を作り直したりする場合に送電線がないのは結構めんどうだ.ここにコメントされているように,山の地形を調べる場合,送電線の鉄塔が位置同定の鍵になるという側面はかなり重要だからだ.
それにしても,電力会社は何を考えているのだろう.あんなばかでかいもの(鉄塔)を隠したって隠しきれないし,この理屈が通るなら,携帯電話の電波塔,風力発電の風車,水道浄水場,原発等々,地形図から削除しなければならない施設は山と出てくることになる.ほんとうに時代錯誤もはなはだしい.ついでにいったら,(まあ新聞の短文記事を鵜呑みにはできないけど)国土地理院もやる気のない回答ですね.どのくらいやる気がないかといったら,このサイトの「お知らせ」を読むとよくわかる.元締めである国交省には,こういうインフラもまた重要だと考えてほしいのだけど.★ちなみに,コメントされている田代さんは本学・教職課程用「地理学」ご担当.】

御岳山=登山
【撮影】10時12分=伊藤 幸司
奥に見えてきたのはなんでしょう。よくわかりませんが奥の院だとすると、その左に御岳山、右に鍋割山があって鍋割山からの尾根筋が手前に張り出している……というふうに見えますが、どうでしょうか。目鼻立ちだけで顔を判別しようというのに似ているので、しばしば大きな失敗をするのですが、なんとか決着をつけたいと考えてしまうのです。

御岳山=登山
【撮影】10時17分=伊藤 幸司
小さな赤い実をまるでブドウの房のように垂らしたこの木はイイギリだと思います。葉が桐の葉に似ていて握り飯を包んだことから飯桐(イイギリ)といい、赤い実が南天に似ていることから南天桐(ナンテンギリ)というそうですが、それなら葡萄桐のほうが直感的だと思いませんか? 葉が落ちた後も実が残るのが特徴ともいわれるのは鳥にあまり好かれないから? 人間にも食べられるけれど苦くてうまくないとか。薬効でもあればいいのにね。

御岳山=登山
【撮影】10時20分=伊藤 幸司
枝打ちはかなりしっかりされているけれど、本格的間伐はされていないという状態でしょうか。東京都の森林は補助事業で間伐されるようになって、一時期のようなおばけの出そうな杉林は本当に少なくなりました。正当な評価ではないかと思いますが石原都政がきっかけではなかったかと思います。正しい見方かどうか自信のないところではありますが……採算のとれる植林ではないけれど、作業の続けられる林業にはなっていると感じます。

御岳山=登山
【撮影】10時21分=伊藤 幸司
迂回路をガイドされてこの尾根に取り付いたのが標高400mあたり、城山が標高760mですから標高差約360m。1時間はかかるでしょうから、1/3といったところ。登って、登って、登ります。

御岳山=登山
【撮影】10時32分=伊藤 幸司
この段落模様の紅葉はなんという木なのか、わかりません。ダンダラ模様の紅葉をするものとして、ひょっとしてツツジの仲間かと思ったのですが、空振りみたい。

御岳山=登山
【撮影】10時39分=伊藤 幸司
標高650mあたりで突然右にトラバース。地図を見ると傾斜が急になっているのでそれを避けたらしく、鳩ノ巣方面から登ってくるもう一本の尾根まで回り込んで行きました。
ところどころに掲示されていた地形図情報によると、私たちは標高650m等高線に沿って城山山頂の北東からほぼ真北へと回り込み、鳩ノ巣駅からまっすぐ城山をめざしてきた尾根(途中に519m峰があります)をたどって登る旧来の登山道に合流したのだわかりました。そしてそこは高圧送電線と交差する地点でした。
そしてさらに『大楢峠、城山、御岳方面』という手書きの大きな矢印がありました。ところがこれが『2015.10.29』となっており、今回の迂回路設置以前のもの。そしてその特殊な野外対応用紙には『東京都 奥多摩自然公園管理センター/東京都レンジャー Tel:0428-83-3271』と印刷されていました。城山への登山道はその時からすでに現役なんだと思いました。

御岳山=登山
【撮影】10時42分=伊藤 幸司
赤い実をつけたマムシグサがポツンと一株。

御岳山=登山
【撮影】11時01分=秋田 守
城山山頂は実に山頂らしからぬ佇まい。後の写真にあるように落書きのように書かれたものと、この三角点が山頂の証。国土地理院の電子地図にも城山の文字の下に三角点の記号と759.7の数字が記されている。この三角点は三等三角点らしい。全国に3万2000点設置されているという。2万5千分1の地形図の作成には三等以上の三角点が基準として使用されている。鉄塔のようにこの三角点にもマニアが存在する。全国千弱の一等三角点すべてを回るマニアもいるようだ。

御岳山=登山
【撮影】11時01分=秋田 守
このいたずら書きのような書き込みがなければ、ここが山頂だとは分からない。多摩川林務出張所の方はどうしてそれに気がつかなかったのだろうか。もっと先に城山山頂があるはずだと勘違いしてしまうよね。それにしてもこの迂回路、いつから続いているのか気になって調べたら、少なくとも3年ぐらい前から迂回させられている。どんな大がかりな林道工事をやってるのだろうか、それはそれで気になる。と思い、調べたら、それより前から工事をしていた。

御岳山=登山
【撮影】11時02分=秋田 守
この日、5時前に起床して自作してきたご飯サンド。真四角の海苔を半分に切り、そこへ薄くご飯を敷き詰める。で、その半分にいろいろな具材を載せて、真ん中で折りたたみ、ぎゅっと押さえて出来上がり。梅干しを小さく千切ったの、ちりめん、刻んだ漬け物など具材はいろいろだが、一番好きなのはたまり漬けカンピョウ。日光今市の上澤商店のものを愛用している。http://www.tamarizuke.co.jp なめこのたまり漬けも好物で、オムレツの具にするとめっちゃ美味い。

御岳山=登山
【撮影】11時03分=稲葉 和平
迂回させられて城山へ。眺望は皆無だったけれど、暗い杉林に差し込む初冬の日差しが心地よかった。

御岳山=登山
【撮影】11時05分=伊藤 幸司
約1時間の登りで、これが城山山頂。展望もなく立派な標識もなく、ベンチスペースだけがゆったりとありました。

御岳山=登山
【撮影】11時21分=伊藤 幸司
城山山頂からの下りはまずはそれなりの急斜面。遠望すればそれなりにとんがったピークのようです。

御岳山=登山
【撮影】11時23分=稲葉 和平
無粋な植林の杉林の向こうの雑木紅葉が美しい。

御岳山=登山
【撮影】11時24分=伊藤 幸司
南に下る狭い稜線をたどります。周囲に自然林が迫っています。右側の斜面は海沢に落ちていきます。海沢三滝の背景をなす山肌となっているはずです。

御岳山=登山
【撮影】11時26分=伊藤 幸司
滑りやすいといえばそれまでですが、降り積もった枯れ葉を踏みつけたり、蹴散らしたりしながら歩く楽しさは秋の山の醍醐味だと思います。掃かれなくていい落ち葉がそこにあり、その落ち葉が山肌を包み、いずれ溶け込んでいく、という豊穣感。ヤマグリの実が落ちていたら生のままひと口かじりたいのですが、よほど落ちたばかりのクリでないとすでに虫が入っています。森は生きているんだ、と思います。

御岳山=登山
【撮影】11時27分=小林 美子
こんな感じで登山道を登ります。
淋しい登山道だが、もうすぐ真冬の山になる。雪も降ればきれいな山になる。

御岳山=登山
【撮影】11時28分=伊藤 幸司
きれいな自然林、きれいな人工林も気持ちいいもんですが、こういうちょっと乱雑な印象の森も、ドラマチックで面白いと思います。
スギ、ヒノキの植林地を抜けていくと、ときどき巨木や老木が紛れています。際立っているものは守り神であったり、作業上の安全パイであったりするのでしょうが、なんかあまり役に立たなそうな木も残されています。
この写真にあるのは、際立った巨木です。この斜面の守り神として残されたと感じました。

御岳山=登山
【撮影】11時28分=伊藤 幸司
前の写真の木の根元には、やはり神が祀られていました。あるいはこれは植林という事業を守る神ではなくて、この峠道を守る神だったかもしれませんが、それなら、名の知られた木だったかもしれません。

御岳山=登山
【撮影】11時28分=秋田 守
城山山頂から、せっかくあれだけ登ったのにかなり下らなくてはならなかった。せっせと貯め込んだ貯金をはき出すようで、もったいないことこの上ない。針葉樹林の合間に紅葉の木々が見え隠れする。そうそう、少し気温が低く感じられるようになって、山頂の休憩タイムに長袖シャツを再度着込んだ。そして辿り着いたのが小楢峠。小さな看板が掛かっていたのでそれと判明。そこにあった小さな祠。何が祀られていたのだろうか。峠らしからぬ場所だった。

御岳山=登山
【撮影】11時31分=伊藤 幸司
道は緩やかになり歩きやすくなりました。この写真の3分後に右下から登山道が合流してくるのです。白丸駅と奥多摩駅の中間、氷川発電所のところから登ってくる登山道です。

御岳山=登山
【撮影】11時47分=伊藤 幸司
これが有名な「大楢峠のコナラの巨樹」のようです。
でも、まずは15年ほど前まで遡ります。
『日本の巨樹・巨木』に『大楢峠のコナラ』がありました。
【峠の名前もこの木から来たものであろうか、オオナラコナラと少々ややっこしいが。
鳩ノ巣から御嶽山を目指す中間地点でもあり、大きな樹冠が作り出す木陰は登山者の憩いの場にもなっている。
尾根上の立地のためか根上りが凄まじく、風格は満点である。
全国に見ても数少ないコナラの巨樹であり、とても貴重なものといえるだろう。
私は海沢から歩いて登ったが、奥多摩町中心部の氷川からも4WDの車であれば根元までアクセス可能である。しかし、この樹に会いに行くのなら是非とも自分の足で歩いていくことをお勧めする。】

『言葉の持つ力で、みんながしあわせになる』というサイトに『奥多摩登山者の道標として――。大楢峠のコナラ』がありました。2011年10月の記事ですね。
【みなさん、こんにちは。今回は、東京・西多摩郡奥多摩町梅沢(うなざわ)の大楢峠(おおならとうげ)にある、コナラ(小楢)をご紹介します。
以前紹介しました「金袋山のミズナラ」と違い、今回取り上げるコナラは山中に立ってはいますが、4つの登山道が交わり、尾根が平らに開けた場所にあるため、多くの人目に触れてきました。】
【私は写真奥の麓から登ってきましたので、コナラは右側に、ベンチが左側に見えました。根元から2本、別の樹が立っていたり、根がかなり盛り上がっていたりと、特徴の多い樹だと感じました。1本(モミ)の樹とは根元でまるで一体化しているかのようです。しかし同種の樹であれば癒着することがあるそうですが、異種ではないそうです。
樹のまわりには上述したミズナラと同じく、環境省の任意団体「全国巨樹・巨木林の会」のメンバーが設置した、樹の根を保護するためのサークルがあります。しかしミズナラのそれと違いそれほど大きくない石や枝でつくられているため、最初は気付きませんでした。訪れる方は、くれぐれも根元に入らないようご注意されてください。ちなみに私はそばに落ちていた枝を、サークルに加えておきました――。樹が傾いている西側の根元は弱っているように感じました。主幹も根元部分が空洞になっていて、向こう側が見えるほどです。専門家の診断によれば、根の3分2が機能していないんだとか。しかし推定樹齢500年、幹周り約4.5m、樹高約27mの堂々たる姿は風格が漂い、登山者の道標としての長い歩みを感じます。全国的にも数少ないコナラの巨樹ということで、まだまだ長生きしてもらいたいものです。見上げれば元気そうな緑色の葉をたくさんつけ、足元にはドングリがたくさん。今後もこの場所で、多くの登山者の安全を見守り続けることでしょう。】

『山はいいなあ』に『大楢峠から鍋割山』というレポートがありました。2015年11月11日の記録です。
【大楢峠に到着しました。聞いていたとおり、コナラの巨樹が豪快に倒れています。折れ口はかなり腐食していましたが、倒れてから腐食したのか、それ以前からなのか分かりません。樹齢4〜500年と推定された巨大な樹ですが、2年前の8月に見たとき、あまり元気がないように思いました。その直後の台風で幹に亀裂が入ったそうです。ひこばえが出るといいのですが、もう出ないかもしれません。その根元から立ち上がっている木はモミで、コナラの分身ではありません。】

『東京避難小屋』というサイトに『大楢峠のコナラの木がついに折れたので見てきた。』(2015年11月13日)というレポートがありました。
【大楢峠のコナラの木が折れたという話しを10月の頭頃に聞いておりましたので、今日、有給を利用してちょっと見てきました。
古里駅で降りて、駅前のコンビニで食糧など調達し、鳩ノ巣城山を経由しました。
大楢峠着。
もうずっと前から亀裂が入っていて、いつ折れてもおかしくない状態でした。
かなり豪快に折れていますね。
逆に回り込んで・・。
近寄ってみました。自重で幹が縦に裂け痛々しいです。
折れた部分の断面を見てみてみると。
白蟻の影響があったようです。。
正直、そんなに意識してなかったのですが。こうやって折れてしまうとなんだか残念です。
樹齢は400年以上と推定されているようです。木の寿命は私たち人間よりずっと長いですが、それでもいつかは終わりがあるんだな・・と改めて想いました。
峠の名前の由来となっている、コナラの木が倒れてしまって、この大楢峠の名前はこれからどうなるんだろうな〜とか考えていました。
でもたぶん、これからもずっとこの場所は『大楢峠』と呼ばれ続けるのかもしれません。
未来の人は「その昔この場所に大きいコナラの木があったらしいよ」なんて話しをするのかもしれませんね。
まぁ、その頃には僕も、そして貴方もこの世にはいないかもしれませんが・・笑(^^;)】

御岳山=登山
【撮影】11時48分=秋田 守
大楢峠まで来ると、そこが迂回路の反対側入口だった。迂回せずにすめば、もっと早く、楽にここまで来られたはずなのだが。看板に、平成30年9月6日から平成31年3月11日予定、とあるのを見ると、その前は迂回せずに通れたのだろうか。よく分からない。断続的に通行止めにして林道工事をやっているのかな。迂回のことを英語でDETOURというのは知らなかった。勉強になるなあ。あれ、越沢林道開設工事のため、とある。新たに林道を作ってるのか。

御岳山=登山
【撮影】11時54分=秋田 守
さて、大楢峠から先は道幅も広くなり、一面に落ち葉がたくさん降り積もっていた。歩きやすい道。アップダウンも少なく平坦なルートが続いて、歩行ペースも速めになった。このあたりだっただろうか、前を歩いておられた I さんが足を滑らせて転倒し、びっくりしたが、怪我もなかったようで安心した。御岳山までは北側斜面の道を行くので日が当たらず、歩き始めの気温よりぐっと下がった感じ。長袖シャツを着ていてちょうど良い加減になっていた。

御岳山=登山
【撮影】11時56分=伊藤 幸司
11時50分に大楢峠を出ると、標高750mの等高線をひたすらたどる感じになりました。鍋割山あたりから伸びてくる標高900m前後の尾根の中腹を歩くうちに、じつはこれが大楢峠を経て御岳山信仰を支えた御師(おし)集落へと続く物資輸送路だったのではないかと思うようになりました。

御岳山=登山
【撮影】11時56分=稲葉 和平
色はなくても好天に恵まれたせいで落ち葉を踏みしめる音も心地よく、気分のいい山歩きになった。

御岳山=登山
【撮影】11時59分=伊藤 幸司
とにかく気持ちいい道なのです。

御岳山=登山
【撮影】12時15分=伊藤 幸司
しばらくすると、なんとなく、向こう側に壁が立ちはだかっているような気配になってきました。新しい世界が待っているという気分。

御岳山=登山
【撮影】12時23分=伊藤 幸司
いよいよこのあたりが屈折点と思われるところで、気分一新の10分休憩としました。

御岳山=登山
【撮影】12時26分=秋田 守
今回は愛用のオリンパスOM-D E-M5 MarkIIを持参したものの、撮影すべき花が咲いてる訳ではないので、レンズは1本付けたきり。交換レンズはなし。12〜50ミリのマクロ機能付きズームレンズ。花の時期、雨降りが想定される時に雨の中レンズ交換したくないので使っているレンズ。せっかくマクロでも撮影できるので、道端の葉っぱを接写。60ミリのマクロレンズには敵わないけど、これでも少しはボケ味が出せます。じっくり見たら、葉脈が不思議な模様でそれなりに面白かった。

御岳山=登山
【撮影】12時29分=伊藤 幸司
すると早速、大波乱。御岳山と奥の院の間から落ちてくる越沢の源流をここで越えるのです。石垣をきちんと積んであるところを見ると、まるで林道のようだった立派な道がここでは橋渡しされていたのだろうと想像されます。この道が大活躍した時代があったとすれば、運搬の主役は牛馬だったのでしょうか、荷車だったのでしょうか。

御岳山=登山
【撮影】12時29分=秋田 守
行く手に突然石積みが現れて驚いた。この道は登山道というより、元々はかつての参詣道かな。それならば、道幅が広いのも分かる。周囲は広葉樹林。落ち葉がたくさん積もる訳だ。石積みがちょっと歪んだ三角形みたいに見えて不思議な感じ。見せるための石垣ではないので、自然石をそのまま使った野面積みという実用本位の石垣。お城などに見られる、近江の穴太(あのう)衆が手がけた穴太積みなんてのもあるけど、こんな山道には似合いそうにもない。

御岳山=登山
【撮影】12時30分=伊藤 幸司
向こう岸に渡ったら、また道は淡々と、下流側に伸びていきます。

御岳山=登山
【撮影】12時32分=伊藤 幸司
私の好きな落葉道。トチノキですかね。

御岳山=登山
【撮影】12時33分=秋田 守
落ち葉の中に朴の葉っぱがたくさん混じっているエリアが続いた。白くて大きな葉っぱはよく目立つ。見上げてみても、どれがホオノキなのかよく分からない。木の名前は苦手だ。いつまでたっても覚えられない。歩き始めの頃、登山道脇に生えていた少し赤っぽい幹の木、I さんが名前が出てこないともどかしげに思い出していらっしゃって、そのうち、ああリョウブ、と呟いた。言われれば、ああそうか、と思うのだけど、自分ではまず出てこない。要は覚える気がないんだな。

御岳山=登山
【撮影】12時42分=伊藤 幸司
あまり下るのもほどほどにしてほしいなと思い始めたころ、なんだかこの壁の裏側に回り込む気配になりました。

御岳山=登山
【撮影】12時44分=小林 美子
色もあまり映えない紅葉だけど・・もうすぐ葉も落ちる。
最後の最後の紅葉だ。

御岳山=登山
【撮影】12時45分=稲葉 和平
青空と紅葉と枯れ落ち葉、晩秋の山歩きの雰囲気たっぷり。

御岳山=登山
【撮影】12時45分=稲葉 和平
葉の落ちた雑木林を透かして、まだ紅葉の名残り十分に色付いている山腹が広がっている。

御岳山=登山
【撮影】12時45分=小林 美子
やはり、紅にひかれてカメラを向けてしまいました。

御岳山=登山
【撮影】12時46分=伊藤 幸司
まだ、鮮やかな紅葉が待っててくれるという気分。いよいよ目的地の御岳山に違いないという気分。

御岳山=登山
【撮影】12時47分=伊藤 幸司
青空と斜光線と真っ赤に燃える葉っぱ。

御岳山=登山
【撮影】12時48分=伊藤 幸司
白い綿毛状のものをたくさんつけた木があって、そこにスポットライトが当てられたかのように見えました。

御岳山=登山
【撮影】12時50分=伊藤 幸司
まるで秋の花という感じのものもありましたが、探しようがありませんでした。

御岳山=登山
【撮影】13時04分=伊藤 幸司
とうとう御岳集落にたどり着いたのです。

御岳山=登山
【撮影】13時05分=稲葉 和平
御岳山の集落の手前で突然手入れの行き届いた焼却炉が目に飛び込んできた。説明のパネルは写真を撮って拡大してみれば読めるかと思ったが、読めたのは「H11年度の水力発電施設周辺地域交付」という文字だけでした!。

御岳山=登山
【撮影】13時06分=秋田 守
調べてみたら、初めて御岳山へ登ったのはまだ山歩きを始めて間もない14年前のこと。山の上に突然集落が現れて驚いたことを覚えている。10年前にはイワイチョウを探して、鍋割山から城山へ歩いてもいた。それはさておき、山上集落に立派なお屋敷の茅葺き屋根が健在だったのは嬉しい限り。しかも葺き替えてさほど年月が経ってなさそう。どのくらい費用がかかるのか知らないが維持するのも大変だろうに。未だに山上に何軒もの宿坊や宿が営業しているのは凄いことだと思う。

御岳山=登山
【撮影】13時08分=伊藤 幸司
これは屋根を新しく吹き替えた『馬場家御師住宅』。いつもは向こう側から見下ろしていますが、これは裏側から見上げた状態。『No.216大岳山』で詳しく書いたばかりです。

御岳山=登山
【撮影】13時08分=秋田 守
参道脇に大根がずらり干してあった。いい風景だな。厳しい冷え込みで寒風にさらされて、美味しい漬け物になるのだろう。ところで、この大根は山の上で栽培しているのだろうかと誰かが疑問を呈していた。確かに。でもたぶん近くで栽培しているのだろう、きっと。いや、麓から運んでるのかなあ。グーグルマップのストリートビューでこのあたりも見ることが可能だ。2年前の12月に撮影されていて、同じ場所に大根が干してあって笑ってしまった。

御岳山=登山
【撮影】13時09分=稲葉 和平
御岳山に着いたものの、ここから山頂までが結構きつい。

御岳山=登山
【撮影】13時12分=伊藤 幸司
そしてこれは御岳の神代ケヤキ。
『ウィキペディア』は『御岳ノ神代欅』という項目を立てています。
【ケヤキは長命でかつ大木に生長することが比較的多く、環境庁(現・環境省)の調査によれば日本国内では樹木別巨木総数第2位を誇り、各地で天然記念物として指定されている。東京都青梅市御岳山(指定当時:東京府西多摩郡三田村大字御岳山字円山)145番地及び147番地の武蔵御嶽神社参道沿いにある本木は、標高約840メートルの傾斜面にあり、樹高約30メートル、幹周8.2メートル、枝張り23メートルと、東京都内4位の幹周を持つ日本国内でも有数の巨木ケヤキである。】
そして【本木の樹齢は約600年と推定されている。観光・集客等を目的とした情報源では樹齢1000年とも記載されるが、こちらについては具体的な根拠は明らかではない。】

御岳山=登山
【撮影】13時13分=伊藤 幸司
その神代ケヤキは崖っぷちに立つ駒鳥売店の庭木のような場所にあり、御神木というような雰囲気とはちょっと違うと、いつも感じます。でもこうしてみるとやはり大きいんですね。売店がちょっぴり失礼な場所にまで押せ押せムードで食堂を広げてしまったとも見えます。

御岳山=登山
【撮影】13時20分=伊藤 幸司
いよいよ武蔵御嶽神社への階段です。

御岳山=登山
【撮影】13時21分=伊藤 幸司
石段の上の方に、真っ赤なカエデがありました。オオモミジだと思います。

御岳山=登山
【撮影】13時22分=秋田 守
樹齢千年という神代欅を仰ぎ見、食堂や土産物屋の間の狭い道を登り、延々と続く石段を登りに登って、やっと参拝殿に辿り着いた。長い石段約は330段だという。石段脇には東京西部や埼玉など各地の講の石碑が立ち並んでいる。創建は崇神天皇の時代と伝わる古社だけあって、昔から広く信仰を集めてきたのであろう。ここが御岳山の山頂でもある。標高929m。国土地理院の電子地形図によれば、最高地点は本殿の裏手あたりのように見える。そこまでは入れなかった。

御岳山=登山
【撮影】13時23分=秋田 守
参拝殿前の狛犬は“おいぬ様”。ニホンオオカミである。先日訪ねた秩父の三峯神社も同様だった。山奥で道に迷った際に道案内してくれた白狼に、大口真神(おおくちまがみ)として御岳山に留まりすべての魔物を退治せよ、と日本武尊が仰せられたのが御嶽神社の起源と伝わる。江戸時代頃から、盗難除け、魔除けの神として知られるようになったという。最近は、ペットの健康を願う人達が増えて、愛犬祈祷をしているそうだ。しっかり商売しているなあ。

御岳山=登山
【撮影】13時24分=伊藤 幸司
まずはお参り。これは「幣殿・拝殿(へいでん・はいでん)」で1700年(元禄13)に5大将軍綱吉の命によって造営されたものが現在に至っているとのこと。
江戸時代には布教役の御師の活躍もあって、ニホンオオカミの「おいぬ様」は大口真神(おおぐちまがみ)として盗難除け・魔除けとして信仰されたとのこと。

御岳山=登山
【撮影】13時25分=秋田 守
参拝殿正面には龍や虎、獅子など、脇にはウサギの彫刻が刻まれていた。そして右手奥には龍の絵。この奥に本殿があり、明治初めの建造。さらに奥には旧本殿が保存されていて、移築当時は赤い色で塗られていたそうだが、実はその下は黒塗装だったらしく、徳川将軍家の特別の社にしか許されていなかった黒塗りがなぜ武蔵御嶽神社に許されたのか、しかもその上に赤で塗られたのか、などという謎が存在すると、神官による非公式ホームページに書かれていて面白い。http://www.komadori.com/jinja.html

御岳山=登山
【撮影】13時26分=伊藤 幸司
幣殿・拝殿を背に石段を降りようとすると、正面に日ノ出山がありました。

御岳山=登山
【撮影】13時28分=稲葉 和平
本堂の裏手に鮮やかな紅葉が残っていた。今シーズンお目にかかれた中では一番大きなモミジかもしれない。

御岳山=登山
【撮影】13時28分=稲葉 和平
本堂前のお犬様。いつもは前から顔を中心に撮っていたけれど、後ろから見ると筋骨のたくましさがすごい。御嶽神社の守り神のお犬様の真の姿はニホンオオカミ、ただの犬ではない。

御岳山=登山
【撮影】13時31分=秋田 守
御岳山山頂、すなわち武蔵御嶽神社境内にて長目の休憩タイム。本当はここで全員集合の記念撮影があるはずが、コーチ失念。一服しようとしたら、桜の花が見えた。黄葉をバックにピンクの桜。四季桜、というのか、冬桜というのか。我が家の近所の廣幡八幡宮にも咲いている。山桜と豆桜を交配させたもの、という説明があった。秋から冬と、もう一度春にも咲くのだという。埼玉の城峯公園や群馬県藤岡市の桜山公園などが冬桜の名所として有名だそうです。

御岳山=登山
【撮影】13時32分=伊藤 幸司
石段の脇に桜樹があって、秋咲き・冬咲きなのか狂い咲きなのか、花を咲かせていました。

御岳山=登山
【撮影】13時32分=稲葉 和平
本堂の裏手の大モミジを下から撮ってみた。光線の具合で違って見えるのではないかと思ったけれど、あまり違わなかった。

御岳山=登山
【撮影】13時32分=小林 美子
10月ざくらかな? 冬桜とも言われている。
バラ目バラ科サクラ属、
エドヒガンの系列でコヒガンの園芸品種。
毎年、年に二回開花する。

御岳山=登山
【撮影】13時34分=伊藤 幸司
もう一度輝く紅葉。オオモミジだと思います。

御岳山=登山
【撮影】13時34分=小林 美子
少し長めの休憩の所にあったもみじ。
誰よりもきれいに撮ろう(いつも良く撮ろうとしているのですがねぇ〜😩)
画面いっぱいに真っ赤なもみじです。
私としては、きれいだと思うのですが・・

御岳山=登山
【撮影】13時34分=秋田 守
宝物殿前にあった畠山重忠像。宝物殿で保管されている国宝、赤糸威大鎧を奉納したのがこの人だという。一目見て、小柄な武将だなあと思った。当時としてはこれぐらいが標準体型だろうが、普通はもっと大柄に造りそうなものをリアルな感じがして好ましい。源頼朝に仕え、武勇の誉れ高く、その清廉潔白な人柄から「坂東武士の鑑」と称されたそうだが、末期は哀れ。北条氏による有力御家人排斥の一環として、畠山重忠の乱により滅ぼされた。

御岳山=登山
【撮影】13時34分=秋田 守
宝物殿の前には、奥多摩の銘酒、澤乃井の菰樽が奉納されていた。日本酒好きとしては当然、沢井の蔵見学にも行ったことがある。醸造元の小澤酒造の蔵の側に仕込水の湧く横井戸があって、そこに沢ガニがいることから、カニのマークがシンボルマークになっている。訪れたのは2年前の冬、会社の山仲間たちと一緒に出向き、出来たてのフレッシュな新(にい)しぼりを呑んだ。蔵へ行く前には青梅の鉄道公園から青梅丘陵を歩いたなあ。廃鉄塔跡やトレッスル式橋脚などを見た。

御岳山=登山
【撮影】13時35分=秋田 守
休憩タイムに宝物殿付近の紅葉を撮影した。マクロでクローズアップを撮影。虫食い跡が面白い。緑の葉のうちに食われたのか、紅葉してから食われたのか、分からないが。ずいぶん探し回ったけど、虫食い跡や黒っぽいシミなどがないきれいな赤い葉っぱは見当たらなかった。時期が遅いからだろうか。でもこういう味があるのも被写体としては好きだなあ。きれい過ぎるとどこか嘘っぽくなるような気もする。女性と同じ、なんて野暮なことは言いませんが。

御岳山=登山
【撮影】13時47分=小林 美子
精霊の武将・畠山重忠。
初めは源頼朝の敵。
後に、源頼朝に臣従して、
武将として、常に先陣を務め、幕府創業の功臣として重きをなした人だそうです。

御岳山=登山
【撮影】13時51分=伊藤 幸司
やっと往路が終わりました。これからJR古里(こり)駅に向かって一気に下ります。石段の両側には各地の「講」が寄進した石碑が並んでいますが、私がこの石段を歩いている20年ほどの間に、石碑の更新が行われたような気がしてなりません。きちんと確かめているわけではありませんが。
……新しい石碑が立つということは、現役の信者がいらっしゃるということなのでけっこうなことです。そう思って手前の新しい階段の石柱を見ると「平成二十三年」とあります。「御師 天野光紘?」という名を確かめたくてネットで調べると「武蔵御嶽神社神職・天野光紘さん」が(何年のことだかわかりませんが)「広報たちかわ」に出ている市民企画講座で「再発見御岳山の魅力」の講師をされていました。きっと江戸時代から続く御師の活動のひとつなのでしょう。

御岳山=登山
【撮影】13時52分=伊藤 幸司
登るときには全く気づかなかった冬のサクラ。眼の前に浮かび上がってきました。

御岳山=登山
【撮影】13時52分=秋田 守
長い石段の登り初めの方に彫り物があるのは登っていた時に気がついた。帰りに改めて撮影した。あまのじゃく、だという。あまのじゃくを踏みつけて邪気を払うというのだが、そもそも天邪鬼は仏教の世界のものなのに、ちょっと違和感もある。仁王や四天王に踏みつけられる小鬼のイメージが強いから。まあ神仏習合の時代も長かったから、そんなことはどうでもいいのかもしれないが。毎日大勢の参拝客に踏まれて、ご苦労さん、と言っておこう。

御岳山=登山
【撮影】13時54分=伊藤 幸司
御岳山の門前町は「御岳山商店組合」として一覧することができます。
『御岳山商店組合』
【加盟商店一覧
食事・土産物……寿屋
食事……紅葉屋
食事・土産物……宝亭本店
食事・喫茶・売店・土産物……千本屋
食事・喫茶・売店・土産物……駒鳥売店
食事・売店・土産物……亀屋
喫茶・売店……山楽茶屋・古狸山
食事・売店……富士峰軒
売店・土産物……宝亭支店
宿坊・食事……蔵屋
宿坊……麻知屋
宿坊・食事・喫茶……山香荘
民宿……町久保田
宿坊……駒鳥山荘
宿坊……宝寿閣
宿坊・食事……南山荘
宿坊……御岳山荘
宿坊・食事・研修会場……憩山荘
宿坊・食事……原島荘
宿坊……能保利
宿坊……山楽荘
宿坊……藤本荘
宿坊……秋山荘
宿坊……嶺雲荘
宿坊……東馬場
宿坊……片柳荘
宿坊……うつぼや荘
宿坊……丸山荘
宿坊……静山荘
宿坊……登奈利荘
宿坊……高名荘
宿坊……大道
宿坊……旅荘靭矢】

御岳山=登山
【撮影】13時57分=秋田 守
参道を下っていくと、とあるお宿の屋根の上に庭木の剪定をしている人がいた。山の上にいったいお宿が何軒あるのだろうかと調べたら、御岳山商店組合のホームページによると、宿坊、民宿合わせてなんと20軒以上もあるようだ。これはびっくり。昔ながらの有名温泉地でさえ近年は閉業する宿が多いというのに。そういえば以前出向いた紀伊半島の大峰山山麓の洞川温泉もたくさんの宿が繁盛していたなあ。宗教系の宿は強いということだろうか。調べてみなくては。

御岳山=登山
【撮影】13時59分=小林 美子
ススキ、最後の姿。

……そして、
下山最終地、古里駅に着く。
上りの電車が今出たばかりで待ち時間がかなりあった。
下りの電車がすぐあったので、鳩ノ巣駅へもどり、駅前の、カフェ山鳩へ ・・
ここ、山鳩が良かったです。自然な、食材を使っている。
野菜が店の中にたくさんおいてあった。
買えない物(店で使うのだろう)がほとんどだったけど。

治助いも。
昔からのじゃがいもと言うのに引かれ買う。
小さい黒っぽい肌のジャガイモである。ただのジャガイモよ・・と言われました。
煮るのが1番と聞いたので
早速煮て食べましたが、
特別変わってなくて、
本当にただのジャガイモでした。

ししとう味噌。
これは、美味しくいただいています。

ハヤトウリ。
浅漬けか炒めものがいいとの事。
教えていただいたとおり作る。シャキシャキしてとても美味しく食べました。
これは、売れないと店主がいっていたカブが心残りでした
きっと、美味しかっただろうなぁ〜(^-^)

御岳山=登山
【撮影】14時01分=伊藤 幸司
1時間前にこの『馬場家御師住宅』を向こう側から撮りました。それを今度は上から見下ろしています。画面上部に手をかざしているのは、もちろん太陽光を遮るためなのですが、そこに関するこのキヤノンのレンズと2017年2月から2018年9月まで1年半ほど使ってきたフジノンのレンズの違いについてはどこかでまとめて書きたいと思っています。

御岳山=登山
【撮影】14時03分=伊藤 幸司
御岳山集落のはずれにビジターセンターがあるのですが、そこで道は3つに別れます。画面下に見える舗装路は御岳山ケーブルカー(御岳登山鉄道)の御岳山駅へと向かいます。私たちが進むこの登山道は大塚山へと伸びる縦走路(ただし途中からケーブル御岳山駅の背後に当たる富士嶺園地へも入れます)。ここでは写真右下隅にほんのチラリと見えるだけですが、ケーブルカーの滝本駅のところへ下る杉並木の表参道が特定車両のみ通行できる舗装路となって下っていきます。

御岳山=登山
【撮影】14時09分=伊藤 幸司
傾き始めた冬の日差しのなか、あとは「下るだけ」という開放された気分が広がってきます。その証拠に、足の早い人がトップ(10分交代)になると、吹っ飛んで行ってしまうことになります。
ちなみに、糸の会では……トップは全員交代性のトップです。順序を守り、10分で交代。トップになった人は全体のペースなど考えずに、自分の気持ちいいスピードを探しながら歩いていい、と決めています。10分後には全員が集結して、最後尾の人がトップになります)
私は最後尾のさらに後ろからのスウィーパーです。おかげで私の指示が遅れて、大塚山の山頂には出ずに、巻道を突っ走ってしまいましたが。

御岳山=登山
【撮影】14時20分=稲葉 和平
お天気は良いし、あとは落ち葉を踏みしめながら古里へとのんびり下るだけ。

御岳山=登山
【撮影】14時21分=伊藤 幸司
大塚山の巻道が終わると、いよいよ本格的な下りです。背中に日を浴びながら歩きやすい道をどんどん下ります。

御岳山=登山
【撮影】14時21分=秋田 守
御岳山からの下りは、登りルートより東寄りのJR古里駅へ下る尾根道。歩きやすいルートで、みなさん快調に飛ばしていく。立ち止まって写真など撮ってる場合じゃない。途中、飯盛杉という名所があった。説明板によれば、現在の樹は二代目で樹齢百数十年、杉2本、椹1本からなり、たがいに支えあいながらそびえたっています、とある。先代は落雷で焼失、再植樹されたという。婚礼の折に饗膳にご飯を高盛りして饗応して飯盛杉が枯れるのを防いだという、とあったが、今一意味が不明だった。

御岳山=登山
【撮影】14時29分=伊藤 幸司
目を奪うような紅葉はありませんが、自然林のところは穏やかな秋色に包まれています。こちらにあえて求める気分もないので、このフツーの秋、という感じが逆に嬉しく思われます。車窓の風景みたいなもんですけれど。

御岳山=登山
【撮影】14時29分=稲葉 和平
稜線を境に杉林と雑木林。雑木林の柔らかい美しさに救われる。

御岳山=登山
【撮影】14時29分=稲葉 和平
誰もいない山道を、落ち葉を踏みしめる感触を楽しみながら淡々と歩く。

御岳山=登山
【撮影】14時32分=伊藤 幸司
フレッシュな落ち葉、という足ざわりです。尾根はゆるやかになったり急になったりしながら「真っ直ぐ下る」という意志によって伸びていきます。高度計をみると1時間に標高差600m以上下るスピードです。私たちには高速走行という状態です。

御岳山=登山
【撮影】14時33分=稲葉 和平
色鮮やかとは言えなくても、空の青さに引き立てられて十分に美しい。

御岳山=登山
【撮影】14時35分=伊藤 幸司
尾根の東側を巻くような道になりました。すると西からの斜光線が気分をガラリと変えてくれました。

御岳山=登山
【撮影】14時39分=伊藤 幸司
逆光だとさすがに紅葉が際立ってきます。バカにしなさんな、というように。

御岳山=登山
【撮影】14時40分=稲葉 和平
コアジサイ? の黄葉に日が差し込み、鬱蒼とした杉林の林床を明るくしている。美しい。

御岳山=登山
【撮影】14時41分=伊藤 幸司
標高667mの無名峰の手前で右手に派生する尾根に沿って、一気に人工林の斜面に下っていきます。集落は標高約300mですから、残りの標高差350mは一気下り必定です。道がよければアッという間、でもけっこう波乱含みの可能性も多いのです。

御岳山=登山
【撮影】14時42分=稲葉 和平
暗い杉林の足元で、初夏に咲くコアジサイの地味な花からは想像できないほどの、圧倒的ともいえる存在感だ。

御岳山=登山
【撮影】14時42分=稲葉 和平
林床を覆い尽くすコアジサイの黄葉と青空と太陽の光。無粋な杉林のうす暗い空間も引き立て役として役立っている。

御岳山=登山
【撮影】14時46分=伊藤 幸司
まずは手入れの行き届いた造林地を抜けました。素人的な意見ですが、手入れのいい人工林に出ると「林道が近いぞ」というふうに思ってしまいます。車が入るのと入らないのとでは森林管理の手間と経費が大きく違ってくるのだと思います。
農林水産省林野庁・森林総合研究所の『研究の“森”から』というサイト(メールマガジン?)のNo.92(2001.03.21)に『山のみち ―林道の果たす役割』がありました。
【林道,作業動,集材路
 林業生産に使用される道には,林道のほか,作業動,集材路があり,これらを総称して森林路網と呼びます。作業道は,林道同様,トラック等一般車両の走行できる道で,集材路は林内作業車,トラクタ等の林業用車両が走行する道です。林道と作業道との明確な区分には難しい面がありますが,一般的には,①林道は基幹的な道であり,作業道は末端的な道,②作業道は,林道ほど規格が高くなく,コンクリート擁壁等の工作物は少ない,③林道は永続的に使用されるが,作業道は一時的に使用されるもの,と考えられています。年間の作設延長では,作業道は林道よりも多く作られています。(図1 林道、作業道、集材路)
 我が国の民有林における間伐材の搬出作業には,林内作業車が広く用いられていますが,この場合,全幅員1.5〜2.0m程度の集材路が作設されます。林内作業車は,かなり急な勾配でも木材運搬をすることが可能で,最大勾配は45%程度となることもあります。

林道の形態
 林道は,その分岐,連結する形状によって突込林道と循環林道に区分することができます。突込林道は行った道を必ず戻る形態のもので,谷沿いに林道が作設される場合に多く見られます。循環林道は谷沿いから中腹の林道に移行し,再び谷沿いに戻るような場合に多く見られます。循環林道は,路線の一部が崩壊等により通行不能になった場合でも他のルートを通って目的地に到達しうる利点があります。(図2 林道の形態)
 公道と公道等とを連結する林道を連絡林道と呼びます。林道から任意の2方向に進行できる利点があります。また,公道が何らかの理由により通行不可能になった場合,公道の迂回路として利用されることもあります。】

御岳山=登山
【撮影】14時52分=伊藤 幸司
手入れの行き届いた森林の近くには、やはり立派な林道がありました。でもガードレールまでついているとこれも単なる林道なのかな? とも思います。
『福井県』の正式サイトの『森づくり課』に『福井県 林道に関するQ&A』(2012年4月6日)がありました。
【Q3.林道の法的位置付け及び林道の維持管理について
 林道は、森林・林業基本法第12条により、森林の適正な整備を推進するため、森林の施業を効率的に行うための施設として整備されます。また、森林法第5条により計画される「地域森林計画」の中で、個々の路線の整備内容が計画されています。
 林道の管理は福井県では市町が林道管理規程等を設け、これを基に維持管理を行っています。また、林道は道路交通法第2条で「一般交通の用に供するその他の場所」として位置付けられ、同法の適用を受けますので、交通法規を守って走行する必要があります。
 なお、林道は用地買収を伴わずに、所有者の方の土地使用承諾等の協力により開設しています。
Q4.森林作業道だけで路網を構築してはいけないのか?
 森林作業道だけで路網を形成すれば、間伐材を少量ずつ長距離にわたって運搬しなくてはならないなど、非効率性から経費等が増大することになり、森林整備に要するコストが大幅に増加してしまいます。
 加えて、森林作業道は、その簡易な構造により開設されており、維持管理の観点からも、林道との連携による林内路網を整備することが重要です。
Q5.林道が整備されるとどうなるのか?
 山村の基幹的な産業である林業、木材産業の振興を図る上では、路網の整備は重要です。
 林道の整備により、作業現場へのアクセスの改善、集材距離の短縮、高性能林業機械の活用等を通じて、効果的かつ安定的な林業経営が確立できます。
 また、就労条件の改善により、労働強度の低減、安全性の向上、魅力ある職場づくりによる青年労働者の定着、促進等に大きな効果があります。
Q6.なぜ林道は完成までの工事期間が長期化するのか?
 林道工事は山斜面を走行する線的な工事であり、手前の工事が終わらなければその奥の先線の工事に着手できないことや、途中から進入路を設置し工区数を増やしたりすることがなかなか困難な場合もあります。
 このことから、林道工事は長期化し実施期間も長くならざるを得ませんが、開設工区数を可能な限り増やしたり、重点投資区間を設定するなど完成した部分の早期共用に努めています。
Q7.林道の舗装はどのような場合に行うのか?
 林道舗装事業は、「林道の機能向上と農山村地域の環境改善のため、既設林道を舗装する事業」であります。】

御岳山=登山
【撮影】14時56分=伊藤 幸司
またマムシグサがありましたが、これは「藤 純子」を突然思い出させるところなど、名のあるテンナンショウではないかと感じました。
この長い茎を「偽茎」というようなのですが、ふつうはそこに「鞘状葉」が巻き付いて独特のマムシ模様を作っています。それがここでは、紫色とそれを支える色気のある白の縞模様になっていて、おまけに全身がなよやかなポーズを作っています。それでいてピンとしている。
グーグルで画像をひと通り見てみましたが、この色はありません、この雰囲気はありません、でした。

御岳山=登山
【撮影】15時00分=伊藤 幸司
これはコジサイの葉っぱ……だと思って見ました。たぶん、ですけれど。

御岳山=登山
【撮影】15時04分=秋田 守
下山寸前の登山路脇に真新しい切り株があった。交通の便が良く、入山しやすいからだろうか、この日歩いた一帯の植林帯は手入れが行き届いている感じだった。ただ、見た限りの範囲の木々はまださほど太くもなく、何年も経たないと売りに出せない感じだったが、林業として成り立つのだろうかと心配になった。昔、尾鷲の速水林業を見学させてもらったことがあるが、全国から林業家が勉強に来てるだけあって、生態系維持の努力もしながら林業経営をしている様が先進的だった。

御岳山=登山
【撮影】15時05分=伊藤 幸司
結果的には、これは登山口の20分手前の風景です。高度計でももうほとんど最後だとわかりますが、私たちはもっと確実に旅の終わりを感じています。
突然、どこからともなく車の音が聞こえてきたりするのです。犬が吠え始めるのはときにもう少し前からかな? 「下界」が足元からなんとなく湧き上がってくるのです。
夏だと、もうすこし手前から空気が変わります。山の空気が、突然汗ばむような下界の空気(忘れたかった往路の空気)に戻ったとわかるのです。
そして、木々の間に、チラリと、これまでにほとんどなかった小さな形や色が出てくるのです。そして数分もすれば家の屋根だの、墓地だの、畑だのが、次々に姿を現してくるのです。

御岳山=登山
【撮影】15時21分=伊藤 幸司
旅の最後が今か今かと近づいてきたようなときでも、「登山口」(下山口)というのはドン! とそこに出てきます。なぜだかわかりませんが「山」から「里」への境界というのは、かたちはさまざまでも、なにか、大きな落差のようなものとして引かれているように思うことが多いのです。
地形図でいえば山を表す樹林の記号が畑と建物、それと道路になるわけですが、ここで見ているこの光景もそんなありふれているけれど確固たる山旅の終わりの景色。私たちの列の正面にある小さな建物になんとなく違和感を覚えたのですが、登山口のためにわざわざ造ったトイレでした。

御岳山=登山
【撮影】15時21分=秋田 守
1時間半の猛スピードで下山した。下山口にはイノシシ除けの柵が張ってあった。全国どこへ行ってもイノシシやシカなどによる農作物の被害が酷くなる一方だと聞く。最近水道管が壊されて長期間の断水で話題になった瀬戸内海の周防大島に4年前ミカン収穫の援農に出向いたが、そこでもイノシシの被害は激しく、しかも美味しい実だけを選って食べ荒らすとこぼしておられたのを思い出す。ジビエをもっとたくさん食べようという運動もあるようだが、何とか共存できないのだろうか。

御岳山=登山
【撮影】15時23分=伊藤 幸司
これは「御岳山登山口」。丹三郎という集落で最寄り駅はJR古里(こり)駅。大塚山へと登る道なのですが、何という登山口なんでしょうか。固有名詞はないんでしょうかね。

御岳山=登山
【撮影】15時34分=伊藤 幸司
これが東京都選定歴史的建造物・丹三郎屋敷長屋門。門前にあった東京都の解説は以下のとおり。
『原島氏は、武州大里郡原島村を本貫地(氏族集団の発祥の地)とし、熊谷次郎直実の末裔を名乗っており、また「丹」の名から武蔵七党丹党の出身であるとも言われている。
原島丹三郎友連は文明8年(1476年)に生まれ、小田原北条氏に仕え西多摩郡奥多摩の開発に努め、自らの名を付けて「丹三郎村」とし、天文年間(1532〜1555年)に亡くなったとされている。
長屋門は門の両側に部屋が連なる形式である。
多摩における茅葺きの代表例として、母屋とともに、江戸時代の名主屋敷としての姿を特徴付けて現在に伝えており、吉野街道沿いの集落において、奥多摩の四季折々の美しい里地里山景観を形成している。』

ウェブ上には写真レポートもありました。『銅の匙、記憶の旅』というこのサイトは『主として都内各所の街撮り』だそうですが『 丹三郎の末裔の館(奥多摩開拓史)』というタイトルで。
【丹三郎は日原の開発者原島丹次郎友一の弟の原島丹三郎友連が開発した村である(現在は奥多摩町丹三郎)。
青梅から吉野街道を古里駅に向って行くと、古里駅付近で大きな屋敷の門に出会わせるのですぐわかる。
原島氏は熊谷次郎直実の末流と称し、武蔵七党の一つ丹党の出身であることは、以前(日原探訪のとき)紹介した。
熊谷原島村の出身で、南北朝動乱の歳新田義貞軍に味方し、新田軍が足利軍に敗れると原島村を追われて奥多摩に逃れて、原島をを名乗り、兄丹次郎友連が日原を開発し、弟丹三郎が丹三郎村のみならず、大丹波(おおたば)、小丹波(こたば)を開拓したと云われている。
経済的には弟の方が成功したわけだ。
その理由は、土地の生産物の差にある。
弟の丹三郎が陣取り開拓した丹三郎村、さらには小丹波村、大丹波村一帯は良質な杉の産地で、多摩川を利用して多摩一帯はもちろん、江戸時代には木場にまで供給することが出来たようだ(丹三郎の丹生杉)。
一方、兄の日原は、奥多摩工業が採鉱を始めるまではほとんど石灰の採掘は不可能で、江戸時代の江戸への石灰(土蔵や塀、壁の材料)の供給は、青梅近郊に豊富にあった石灰鉱床が供給源であった。
したがって、日原の産物は白箸、下駄の甲などが寛永寺の庇護もあって、江戸市中まで出回ったといわれるが、その運搬手段は牛馬も通行困難といわれる急峻な山道を背負子を背負って氷川村(現奥多摩駅)まで往復しなければならなかった。
もっとも、戸望鉱床のそばの倉沢は昔から良質なヒノキの巨木が自生していることで有名だったが、このヒノキなどを切り出し、運送するには急峻なU字渓谷の日原川までまず「修羅(木製のソリ)」で運び、日原川を鳩ノ巣渓谷まで一本流しで下ろし、そこではじめて筏に組んで多摩川を下すという非常な手間がかかった。
しかし、日原は奥秩父方面に抜ける通路があり、秩父浦山口方面に原島姓の家々が数多く見られるのは奥秩父と日原の交流が盛んに行われていた証といわれている。】

御岳山=登山
【撮影】15時34分=稲葉 和平
そば・うどんの丹三郎。建物は丹三郎集落の庄屋名主の屋敷を保存したものとのこと、入り口だけ見ても往時の豪勢さが伝わってくる。

御岳山=登山
【撮影】15時40分=稲葉 和平
鳩ノ巣渓谷の黄葉も夕暮の近づいた古里ではほとんど色が残っていない。光線の具合だけではないと思う。

御岳山=登山
【撮影】15時40分=秋田 守
下山口で100円で無農薬のユズを売っていた。皆さんこぞって買っていらっしゃったが、その先には50円でユズを販売していた。こっちには無農薬と書いてないから、と自らを納得させていらっしゃる方もいた。都道を歩いて古里駅を目指す。多摩川を渡る時に、上流を見やると、奥多摩の山々が柔らかな夕方の光に照らされていて、思わず見惚れた。あのさらに奥の方に雲取山がある。長いこと行ってない。ぼくの山の師匠は残念ながら亡くなってしまわれたが、いつも雲取山荘で年を越していた。

御岳山=登山
【撮影】15時41分=伊藤 幸司
万世橋で多摩川を渡り、15時45分にJR古里駅に着いたのです。
選択肢のひとつはさっき見た丹三郎屋敷で営業しているそばの「丹三郎」でしたが「本日終了」という看板が出ていました。
さてここからどしようかということでしたが、通例なら青梅の先の河辺温泉へ直行するところ、時刻表を見ると15時40分に行ったばかりで、次の電車は16時19分。30分の待ち時間。そこで奥多摩方面を見ると15時55分にあるんです、次の電車が。
そこでとなりの鳩ノ巣駅まで戻って「山鳩でお茶して、それから河辺温泉に向かいましょう」ということになったのです。

御岳山=登山
【撮影】16時10分=稲葉 和平
いつみても心優しく「山鳩」のテーブルを飾る野菜、果物、お菓子。新鮮な色どりが食欲をそしる。

御岳山=登山
【撮影】16時10分=秋田 守
古里駅に着くと上り列車はちょっと前に出たばかり。40分ほど待たなくてはならない。と、コーチが鳩ノ巣に戻りましょう、と言う。山鳩に寄ろうとのこと。山鳩はお洒落なカフェだった。地元の野菜がたくさん置かれていた。材料として使うもの、販売しているものなど。ぼくはハヤトウリを100円で買った。地元で昔から栽培されてきた治助イモという幻のジャガイモもあった。よく行く奥秩父大滝村にも中津川イモという固有のイモがある。こういうのは大切にしたい。

御岳山=登山
【撮影】16時13分=秋田 守
山鳩ではぼく以外の男性すべてがあんみつを注文したのには驚いた。確かに美味しそうではあったが。でもたくさん汗をかいた後なんだから、ここは生ビールしかないでしょう。と、無粋を承知の上で、呑みました。旨かった。ビールもさることながら、付いてきた突き出しのコンニャクが絶品。蒟蒻芋から手造りしているとのことで、そりゃあ美味しい訳だ。今度、訪れる機会があれば、コーチお勧めの蕎麦サラダを食べてみよう。そういえば、鳩ノ巣には鳩美というお気に入りの蕎麦屋があるのを後で思い出した。

御岳山=登山
【撮影】16時21分=伊藤 幸司
カフェ山鳩のこれはクリームあんみつ。この店の代表選手はは「そばサラダ」だと思いますが、今回は甘党としてこれ、クリーム・フルーツあんみつ。同じクリームあんみつ組の全員の話題になったのは添えられた漬物でした。

御岳山=登山
【撮影】16時25分=伊藤 幸司
雰囲気は都会的なのに、食材は地元のもの。私などは「小さいだけだけれど、煮ても煮ても崩れない」という「治助芋」を買って帰ることに。
『カフェクアラ』というサイトに『幻のジャガイモ「治助」とは?』がありました。
【「治助」は、奥多摩でのみ栽培されているジャガイモの品種です。】
【・日本における最初のジャガイモ
「治助」はジャガイモが日本に初めて伝わった当時(江戸時代)の品種と言われています。
・原種の遺伝子に極めて近い
遺伝子検査をした結果、その遺伝子はジャガイモの原種(アンデス原産)に非常に近かった。
・病気に強く、やせた土地でも育つ
病気になりにくく、また他の作物では生育が悪い急斜面で砂利の多い奥多摩の畑(地元の言葉で「さかっぱたけ」という)でも育つ。
斜面の畑は、水はけ良く余分な水が滞る事がないので、質がいい芋ができた。
奥多摩ならではの気候風土が、治助にとっては最高の環境であり、これが今日まで生き残っていた大きな理由。】

御岳山=登山
【撮影】16時26分=伊藤 幸司
一般的な奥多摩の雰囲気じゃないですよね。私たちはここから河辺温泉→千葉行き特急あずさへとコマを進めたのです。

御岳山=登山
【撮影】16時46分=秋田 守
まさか再び戻ってこようとは思わなかった鳩ノ巣駅から上り列車に乗り込んだ。この駅は桜の時季は周囲が桜の花で埋まっていいですよね。ここから青梅駅で乗り換え、皆さんは河辺駅で途中下車されて駅前温泉へ。申し訳なかったですが、ぼくはパスさせてもらいました。実は下調べして、食堂のメニューを見たのですが、呑兵衛向きのメニューではなかったので、家に帰って美味しい酒を呑みたい、と思ってしまいました。同様のことが今後もあるかもしれませんが、ご容赦のほどを。



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