山旅図鑑 no.221
鎌倉=源氏山〜大平山
2018.12.6

山旅図鑑目次


糸の会(no.1117)
2018.12.6
鎌倉=源氏山〜大平山
37パワー

街路4p→稜線33p

*計画書には次のように書きました。
『*鎌倉は(おそらく、たぶん)紅葉シーズンのど真ん中。あの小さな町に人と車があふれるというイメージも重なります。
*ですからどうなるか、行ってみなければわかりませんが、極楽寺駅から市街地を抜けて建長寺へ、建長寺から鎌倉アルプスをたどって瑞泉寺、そのあと入浴と食事という基本計画を立てました。当日どうなるかはわかりませんが。
*さいわい平日ですからなんとかなる……と楽天的に構えて出かけたいと思います。いいも、悪いも、お楽しみに。』
*じつは計画書を作ったときには大仏切通から北鎌倉まで「葛原岡・大仏ハイキングコース」というのがあるということを知りませんでした。うかつなことに。地図上でたどったルートはまさにそれだったのですが、イメージが違っていたのです。でもおかげで1日たっぷり歩く鎌倉になりました。

12月6日
・0920……江ノ島電鉄・極楽寺駅を出発(標高約20m)
・0925-30……極楽寺(標高約40m)
・0940-50……力餅家(標高約0m)
・1015-20……大仏トンネル上で休憩(標高約50m)
・1120-25……鎌倉山山頂(標高93m)
・1200-45……昼食・針ノ木北鎌倉店(標高約30m)
・1300-30……建長寺境内〜半僧坊(標高約100m)12度C
・1350……覚園寺分岐(標高約100m)
・1415……大平山山頂(標高159m)
・1500……瑞泉寺入り口(標高約50m)

今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の4人です。

稲葉 和平、矢野 博子、藤原 由香里、伊藤 幸司



山旅図鑑 no.221
鎌倉=源氏山〜大平山
2018.12.6

鎌倉ハイキング
【撮影】09時04分=藤原 由香里
皆さんと合流するため、極楽寺駅で待っているところです。写真では伝わらないですけど、風が強くて寒かった。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時12分=稲葉 和平
鎌倉の天気予報は前々日までしか見ていなかったから、雨は夜になってからだと思っていた。しかし、朝から雨、歩き出しから雨具を着けるのは久しぶりだ。天気予報は昨日から変わっていたらしい。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時15分=伊藤 幸司
JR鎌倉駅から江ノ電に乗り換えて極楽寺駅。予報では日中「雨時々曇」で夜「曇」でしたから、基本的に雨の鎌倉。紅葉のこのシーズンに「雨とはラッキー」と思っていた人も何人かはいたはず……? です。すくなくともそのひとりは私でした……が。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時16分=稲葉 和平
大した雨ではなさそう。風さえなければ問題ないけれど、鎌倉は都心より気温が高いとは言え、尾根筋で風に吹かれるとこの時期は結構ヤバい寒さになる。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時18分=矢野 博子
この日最初に訪れた最初のお寺。境内撮影禁止ということで 入り口からの一枚。天気はイマイチだったが この少し前に食べた力餅で 皆 なんとなく満足していた。
雨も上がったが 人は 私たち以外居なかった。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時23分=藤原 由香里
こんな面白そうなものが極楽寺駅の横にありました。現在は使用されていない水門だそうですが。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時24分=伊藤 幸司
まずは極楽寺。入り口に「撮影禁止」とあったので皆さん盛り上がらずに境内を軽く一周。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時24分=藤原 由香里
極楽寺駅は単線です。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時25分=藤原 由香里
ここは極楽寺です。撮影禁止と書かれていたので門の外で写真を撮っています。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時26分=藤原 由香里
春にはきれいな桜が咲くんだろうなぁ。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時29分=稲葉 和平
極楽寺。山門の前まで来てものすごい違和感を覚えた。門をくぐって中を覗くと、まず目に入ったのは「撮影禁止」の文字。境内に入っても納得がいかない。今まで数回来ているが冬は初めて、人が誰もいない極楽寺は想像できなかった。来たのは大体は紫陽花の時期で、その時期の鎌倉にしては静かな場所だが、それでもかなりの人出だ。境内には美しい大輪の紫陽花と有名なナツツバキ(ヒメシャラ)の大木、そして大勢の観光客がいる。
実は境内が撮影禁止であることを知らなかった。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時30分=伊藤 幸司
極楽寺の前から極楽寺駅を見下ろしました。鉄道マニアだったら絶対に電車が入るまで待ったでしょうが、私はすぐに、歩き出したみなさんを追いかけました。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時30分=稲葉 和平
山門の右手に立派なカヤ(イチイ科)の木があったような気がする。カヤの実(種の中身)は食べられるというので、もいで食べたのだが、熟していないので渋いだけだった。なお、果実(種の外側)は有毒らしい。一方、同じイチイ科のイチイの実(果実)は、昔は飢饉の際の食糧として植えられていたくらいで食べられるが、種の中身は有毒とのこと。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時31分=伊藤 幸司
駅を出るとぽつんと一軒、こんな店がありました。パッと見では私などにはなんの店かわからないのが鎌倉風……なのかも。分かる人にはわかるんですよね、匂いかなんかで。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時31分=藤原 由香里
長谷駅と極楽寺駅をつなぐトンネルです。コンパクトなトンネルです。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時32分=伊藤 幸司
私たちがゆるゆると下っている自動車道路は、地図で見ると極楽寺駅のあたりから突然湧き出たような道なんです。背後には住宅街が広がっていてそこに細い根を大きく広げているみたい。でも道が広く立派になった途端、両側にあるのは傾斜面を切り開いたような狭い土地ばかりで、階段を上らないと家に帰れないような家ばかり。手すりなどを見てみると要介護の人が住んでいる家ではないようですし、小さな標識などを見ていくとレストランだったりするのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時32分=伊藤 幸司
こちらの雰囲気は住宅ですね。自転車に乗る人がいるんでしょうが、ひょっとすると鎌倉ではこれが車の車庫入れ用通路かも。勝手に想像が膨らみます。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時33分=伊藤 幸司
自転車があったので撮りました。階段を、です。
鎌倉の、こういう、メジャーだかマイナーだかわからないけれど存在感のある階段についてなにか思索的に語っている人がいないかとネットサーフィンしてみたけれどなかなか見つかりません。でもそういう気分をちょっと満たしてくれるものは見つけました。
『Sep 6, 2017──by Yuka Sato』という署名の『長い階段の先にある未来。 〜北鎌倉にある大好きな古民家の話〜』
【5時15分、夕暮れ時の北鎌倉駅。秋風が吹いていた。
9月になった途端、急に秋めいた空気を感じるようになった。
もう何度この駅を訪れただろう。何度助けられたんだろう。
大人になって初めてこの駅に降り立ったあの時、春風が私の生きている瞬間を証明してくれた。誰よりも繊細な心理状態だったと思う。あの時ほど、心が動いた瞬間はない。
もう二度と味わえないし、味わえなくて良い感覚なのだと思う。
でもこの場所を訪れるたび、あの時のことを少しだけ思い出す。

北鎌倉に来ると"ミライエ"という古民家にいくために、長い階段を登ることになる。
ミライエには先輩も上司もいないし、家族・親戚がいるわけでも、先生や教祖がいるわけでもない。
そこに集まっているのは、さまざまなバックグラウンドを持つ友達・仲間。ここに住んでいる人たちもいるので、シェアハウス兼イベントスペースといったところだ。普段ここで暮らしている人たちは、この古民家の暮らしをたっぷりと楽しんでいる。とても羨ましい。
ミライエは私にとっていわゆる、サードプレイス的な存在。
サードプレイスとは人によって様々なものが該当するのだけれど、例えば趣味のコミュニティ、スポーツジムや習い事の場、地元のお祭りで結びついているコミュニティなど「自分らしく居られる心地よい場所」のことなのである。
『自然や自由を感じながら、"未来"のことを考えられる創造的な家』なんて説明をしてみても、なかなかに胡散臭いかもしれないのだけれど、ミライエという場所を端的に表すなんて無理な話だ。それくらいこの場所には多様な役割がある。訪れる人それぞれにとって、さまざまな顔を見せる家なんだと思う。】

鎌倉ハイキング
【撮影】09時36分=藤原 由香里
道路沿いに墓地がありました。お地蔵さんが沢山あってその中心にお釈迦様みたいなお坊様が立っておられました。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時36分=藤原 由香里
後光を背負ったお坊様ですよねぇ。観音様なのかな?

鎌倉ハイキング
【撮影】09時37分=藤原 由香里
後光を背負ったお坊様と道路を挟んで反対側に「星月井」の石碑がありました。飲み水の井戸みたいです。そしてその上にはお寺がありました。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時38分=伊藤 幸司
今回私たち10人のグループの中にはこの鎌倉をよく知る人が2人いました。予定のルートは大仏坂から北鎌倉駅へと向かう「葛原岡・大仏ハイキングコース」と建長寺から入って瑞泉寺までの天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)で、街なかではできれば菓子や食事や喫茶もできれば楽しみたいという遊山の旅でしたから、さっそく名物「力餅」。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時38分=稲葉 和平
鎌倉最古の和菓子屋さんの力餅を買うためにみんなで店内に。いままで幾度もこの店の前を通っているけれど、いつも他のお客さんで一杯、力餅が気になりながらも指をくわえて通り過ぎるだけだった。雨だといいこともある。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時38分=藤原 由香里
駄菓子屋に群がる子供のような図ですが。カッパとカバー付きのザックで小学校1年生みたいです。力餅に群がっています。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時45分=矢野 博子
神社の脇には 江ノ電。民家すれすれに走っていて 電車ではあるが この辺りの人はバス感覚で利用しているに違いない。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時47分=伊藤 幸司
なんと300年「変わらず、広げず、同じ地で同じ味」なんだそうです。
『地元記者発、鎌倉観光ガイド 鎌倉タイム』に『力餅家』がありました。
【鎌倉坂ノ下、御霊神社門前にある力餅家さんは、創業300年という老舗中の老舗。変わらず、広げず、同じ地で同じ味を守り続けた敬愛すべき存在です。筆者も含め鎌倉で育った人は、餅とあんこの素朴なお菓子といえば、赤福よりも力餅を身近に感じています。
店名ともなっている力餅は「権五郎力餅」といい、つきたての餅をこれまた出来たての餡でくるんだ絶品。添加物は一切使われておらず、本物の餅の歯ごたえと粘り、あんこの香りと甘さが記憶に残ります。
季節となるとヨモギの練り込んだ餅を使った力餅が並び、これを筆者は毎年楽しみにしています。「権五郎力餅」は添加物なしのため美味しさと引き換えに日持ちはせず「本日中にお召し上がり下さい」ということになります。最近は日持ちするように求肥を使った力餅があり、進物などには重宝します。
朝、力餅家の前を通るともち米を炊くなんともいえないいい香りが漂います。無性に食べたくなりますが、残念ながら開店時間前という記憶が何度もあります。】

鎌倉ハイキング
【撮影】09時47分=稲葉 和平
大きさが力餅という名前から想像していたより小さい。甘さ控えめで、一人2切れだと少し物足りない感じかな。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時47分=稲葉 和平
雨の中で、路上で立ち食い。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時48分=藤原 由香里
これが力餅。一人当たり2個。お値段は忘れましたが、駄菓子並みの安さだったようでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時50分=伊藤 幸司
力餅家のところから山側に向かって線路を渡ると正面に御霊神社(権五郎神社)がありました。
『楽しい鎌倉』というサイトの『2013年5月22日』に『頼りになる御祭神、権五郎神社(御霊神社)』がありました。
【この鎌倉権五郎景正という人物は、16歳で源義家(頼朝の高祖父)に従い後三年の役(1083年〜1087年)に出陣して大活躍しました。後三年の役の様子を描いた「後三年合戦絵詞」の中に、猛々しい若武者ぶりが描かれています。】
【戦いの中で右目を射られた景正は、刺った矢を折り取って射返し、敵を倒します。さらに、自陣に戻って、目に折れ残った矢を抜こうと、仲間が顔に足をかけると…、
「矢にあたって死ぬのは武者として望む所だが、生きながら顔を踏まれるのは許さん! お前を仇として刺し違えて死んでやるっ!」
と、言い放つ16歳! 質実剛健の男子ここにあり! 神様として祀りたくなるのも当然です!! 】
当然ですかね? でもその結果【為次、舌をまきていふことなし。膝をかゞめ、顔をおさへて矢をぬきつ。おほくの人、これを見聞。景正が高名いよいよならびなし。】とか。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時50分=稲葉 和平
御霊神社の前の踏み切り。紫陽花の季節は江ノ電の撮影スポットの一つだ。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時51分=伊藤 幸司
その踏切に、江ノ電が近づいてきました。もちろんまずは電車。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時51分=稲葉 和平
御霊神社。門の前を江ノ電が通るためか、いつもは混雑しているけれど。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時51分=藤原 由香里
力餅のお店からまっすぐ進むと、踏切があり唐突にお寺です。え〜っ、こんなでいいのかなあ!?

鎌倉ハイキング
【撮影】09時52分=伊藤 幸司
改めて、これが御霊神社(権五郎神社)です。
──この写真で右上に撮影者の雨傘が写っているかのような黒い影にお気づきかと思います。よく見れば他の写真にもあって、縦位置の写真にも出ています。じつはこれレンズ先端につけたフード(サードパーティ製です)が緩んで斜めになってしまったので、超広角の21mm相当で撮ったときに、画面の縁に出てしまうのです。この日は最後まで気づかなかったのですが、それは基本的に背面のモニターではなく、見えにくいファインダーを使っていたことにもよります。写った写真をその場で再生するということもほとんどしませんし。
──後日フードはボンドでレンズ本体に完全固定してしまいました。カメラが雨に濡れたり、レンズにいやな光線が入り込んだりするのはほとんど気にしないのですが、雨の日にレンズに水滴がつくのは徹底的に防ぎたい。ですから山でもよほどの風がない限り傘をさして歩いています。フードでほんのちょっとしたひさしができるだけで、雨の日のレンズの防御は格段に向上するからです。つまり、やっぱり、雨傘の縁が画面に入り込んだのと同じことではあるのですが。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時52分=藤原 由香里
コンパクトなきれいなお寺です。今回は通り道。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時52分=藤原 由香里
ややっ、江ノ電が来たぞ。と走って踏切のそばでパシャリ。一応満足するのでしたが。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時53分=藤原 由香里
お寺から踏切を振り返ると、あれ? 電車はここで撮る方がカッコよかったなぁと後悔してしまったのでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】09時54分=伊藤 幸司
御霊神社(権五郎神社)のすぐ近くにあった民家の入口。道際から入っていく敷地のオープンマインドが新鮮でした。ひょっとしてここに鎌倉らしさがあるのかとも思いました。私がこの敷地に一歩たりとも無断侵入したわけではありません。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時00分=藤原 由香里
長谷寺はスルー。雨でしたが観光客は来ていました。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時05分=伊藤 幸司
なんとも気になる店構えだと思って撮ったら「大仏前」という道路標識まで写っていました。よく見たら「鳩サブレー」、豊島屋の長谷大仏前店でした。
『鳩サブレー』はもちろん『ウィキペディア』に出ています。
【鳩サブレーは、豊島屋の初代店主である久保田久次郎が店に来た外国人からもらったビスケットが原点である。フレッシュバターをふんだんに使用した製品だが、開発を始めた当時はバターが使われていることが分からず、それを見つけるまで大変苦労をしたという。ビスケットとの違いを出し、日本人に馴染みやすい味にするため、スパイスやフレーバーは使用していない。鳩の形となったのは、久次郎が鶴岡八幡宮を崇敬しており、本宮の掲額の「八」が鳩の向き合わせであることと、宮鳩が多数いるところから着想を得たためと言われている。なお、開発当初は鳩の尻びれは2本であったが、尻尾が太く見えるという理由で3本になった。現在、本店二階にあるギャラリー「鳩巣」に尾びれが2本の型が展示されている。】
じつは私は最後に駅で鳩サブレーを買ったのです。4歳の孫娘に「鎌倉の鳩サブレーだよ」と手渡す瞬間を想像しながら。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時06分=藤原 由香里
鎌倉大仏も当たり前のようにスルー。そうです、目的は観光ではないのです、私たちは。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時08分=伊藤 幸司
鎌倉大仏の前を抜けて大仏切通へと向かいます。この時期にはツワブキが今日の私たちのルートに沿った極楽寺、長谷寺、建長寺で、あるいは鎌倉駅に近い安養院、英勝寺でも見られるとのこと。これは鎌倉大仏殿跡のあたりからはみ出してきたツワブキみたい。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時10分=伊藤 幸司
この立派なトンネルのところが「大仏切通」。私たちは右手の階段を登っていくようです。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時11分=伊藤 幸司
階段の途中に案内板がありました。真っすぐ行けば150m先に「大仏切通」があったのですが、私たちは右手「源氏山公園・銭洗弁財天 1.8km」を目指したのです。
『地元記者発、鎌倉観光ガイド 鎌倉タイム』の『大仏切通し』が秀逸ですね。ちょっと足を伸ばしておけば、この日の鎌倉全体の印象がだいぶ違ったかもしれないと思いました。
【ミステリアスな古道
大仏切通しは不明な点が多いミステリアスな古道です。車道に近くなる場所では車の騒音が気になるものの雰囲気はいかにも切通しらしい趣に溢れています。特に火の見下やぐら付近は見所です。】
【大仏の裏手から常磐へと抜ける大仏切通しはいわゆる鎌倉七切通しのひとつです。七切通しは、朝比奈、名越、化粧坂、大仏、極楽寺坂、亀ヶ谷坂、巨福呂坂(民家があり通行不能)の7つを指します。このうち古道の趣を感じることのできる切通しは、朝比奈、名越、化粧坂、大仏の4つです。
長谷駅から大仏へと至る道を、大仏を越えてしばらく進むと右手に廃れた洋館があり、正面に大仏トンネルが見えてきます。トンネルの右側に階段があり、これが大仏切通しの入口です。ちなみに、廃れた洋館は子供の頃は柔道を教えてくれる場所だったような気がしますが、現在は閉鎖されているようです。
大仏切通しは江戸時代初期の17世紀前半に刊行された『玉舟和尚鎌倉記』に、史料上初めて登場するようです。1685年の『新編鎌倉志』にも記述があります。1879年(明治12年)に開削工事が行われ人力車が通れるよう9mほど切り下げたそうです。その後関東大震災の倒壊などを経て現在の姿となりました。
切通し全体は30分とかからずに踏破することができます。距離は短いですが、左右に小刻みにくねっており落石などにより歩き難くなっています。その辺りがいかにも切通しといった風情を醸し出しています。
大仏トンネル側から入ると出口にあたる火の見下やぐら付近は独特の雰囲気を持つ場所です。森の中にぽかんと口をあけたような平場は、時間が止まったかのような静寂です。大きな岩壁にやぐらがいくつも掘られており、火の見下やぐらといわれています。
大仏切通しは、大仏トンネル側の出入口付近から葛原岡・大仏ハイキングコースに繋がっています。ハイキングコースは源氏山を抜けて浄智寺に至ることができます。ハイキングコースに繋がっているためか場所がわかり難くなっています。】

鎌倉ハイキング
【撮影】10時11分=藤原 由香里
車道脇のモミジが日の当たるところだけ赤くなっていました。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時01分=藤原 由香里
トンネル横の階段を上っていきます。これだけで汗ばんできました。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時15分=稲葉 和平
ハイキングコースに入ると人の気配がなくなる。観光シーズンでも人混みから抜け出すことができる。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時16分=伊藤 幸司
葛原岡・大仏ハイキングコースはとりあえず登ります。ガンガン登るという感じで狭い尾根に上がるのです。
『菊名 中学受験 合格の国語力 エース学院 クオリティ菊名教室』という長いタイトルのサイトに『理科:鎌倉の地層』(10日9月2016)という記事がありました。『スタッフブログ土曜担当の大場です』とのこと。
【今回はお目当ての甘味を食した後はノープランだったので足の向くまま鎌倉と北鎌倉の中間くらいまでを散策しました。
扇ガ谷の辺りは趣のある邸宅が多く、たくさんの自然に囲まれていて歩いて回るだけでもとても興味深い風景ばかり。
住宅地のあちこちでよく見られるのがこのようなトンネルです!
トンネルの上に、シマシマ模様が見えますでしょうか?
自然のままの地層がむき出しのトンネルです。
実は鎌倉・北鎌倉の辺りは地層を観察するのにはうってつけの場所なのです!
地層とは、基本的に川によって運搬されてきた土砂が何年もかけて海底に堆積し、年代によって粒の細かさなどが違う層が何層にも重なってできたものです。
鎌倉の場合も、小石の層や砂の層、泥の層がミルフィーユのように重なってシマシマ模様になっています。
また、富士山や箱根の山々の噴火によって火山灰が堆積してできた関東ローム層も見られます。(これは社会でも習いますね!)
つまり、今は陸になっている鎌倉も、遠い昔には海の底だったという事です。
何万年も前に積もった地層が隆起し、陸地になり今目の前に存在している。
そんな遥かな時間の流れを想像しながら地層を観察してみるのも面白いと思います。
ちなみにここ、菊名周辺も下末吉台地と呼ばれる地層からできているそう。
約12万年前に海底で堆積した地層のようです!
菊名も何万年も前には海の底だったのですね。。。】

鎌倉ハイキング
【撮影】10時17分=伊藤 幸司
谷を挟んだ向こう側の斜面に階段状の道がありました。公の道か、個人の敷地内の道かわかりませんが。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時17分=藤原 由香里
ツルツル滑りそうに見えますが結構滑りにくい岩です。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時24分=伊藤 幸司
ずいぶん高くまで登ったような気分でも、屋根より高い……鯉のぼりぐらいですかね。集落をぐるりと取り囲んだ高い塀のような尾根に上がったと感じました。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時30分=伊藤 幸司
ハイキングコースというだけに人はたくさん歩いているみたいです。稜線をたどる道ですから、行けるところまでいけばいい、という感じのように思われます。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時30分=伊藤 幸司
左右とも斜面が下っていくような尾根道です。海辺の森ですから常緑樹が多く、展望は必ずしも良くはない。でも足元には、ずっと町並みがあるのです。
『Nature in Kamakura』というサイトが公共のものなのかどうかわかりませんが、平成15年に鎌倉中央公園で行われたという岩田晴夫さん(鎌倉市緑化推進専門委員)による『鎌倉の自然を学ぶ講座 』の『鎌倉の自然環境 上』が掲載されていました。
【鎌倉の自然環境の概要
 鎌倉の自然は、源氏山〜大仏ハイキング・コース〜鎌倉山ラインの北側と南側で対照的です。
 海に面した南向きの谷戸は、温暖で日当りが良いため、早くから宅地開発が進み、北側の日当りが悪く、湿気の多い谷戸の開発には、地形の大規模な改変が必要なため、急傾斜地を中心に開発されずに、緑地として残っています。
 鎌倉には小さな川が多く、水源から河口まで市内にあるのが特徴です。良好な水源環境が残されているので、河川改修の進んだ下流部でも、親水化等の工夫をすることによって、水系環境の向上が容易です。
 たとえば、御谷川では、親水化整備の効果によって、アユが鎌倉駅のホームの下の暗渠を通って遡上し、英勝寺の前にまで来るようになっています。
 農地の減少に伴い、ため池なども減っています。大船の散在ヶ池や、笛田の夫婦池などは、かつてのため池の名残です。
 現在の鎌倉の緑地は、市域の約40%です。1973年に行われた鎌倉の植生の調査時に比べ、2002年の調査では、ササが増え、ススキが減るなどの変化が見られました。海浜植物も貴重になってきています。
 鎌倉では、代償植生がほとんどです。人により植えられたり、人の手が入ったりすることで維持されてきた植物が多く見られます。コナラ、クヌギ、クロマツ、スギ、ヒノキなどです。】
【谷戸環境と生態系
 鎌倉の地形の特徴は、丘陵にひだのように刻まれた谷間「谷戸(やと)」にあります。現在、鎌倉で人が住んでいる場所の多くは、谷戸の底の平地に当たり、緑地が残されているのは、尾根や斜面林の部分です。
 本来、谷戸では、斜面林を水源として、谷底の両側に流れがあるものですが、その流れまで含めた環境要素がすべて残されている谷戸は、減少しています。】
【鎌倉の谷戸には、狭い中にも複雑な地形があり、野鳥はその環境を、うまく使い分けています。たとえば、谷戸の斜面をシジュウカラなどが、谷戸底をアオジなどが利用し、水場は皆で使う様子が見られます。】
【4つ足動物について見てみると、30〜40年前に、畑などが減り、キツネがいなくなりました。今いるのはタヌキやイタチのほか、外来種のハクビシン、アライグマなどです。
 また、ごく普通に林にいるのは、アカネズミ、カヤネズミ、茶色いハツカネズミ、クマネズミ、ドブネズミ、ごく少数のハタネズミ(死体・非公式記録)などです。一番多いのは、タイワンリスです。】
このような具体的な話がエンドレスという雰囲気で語られていたようです。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時30分=藤原 由香里
木々の隙間から遠くに紅葉が見えます。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時31分=伊藤 幸司
これが鎌倉のハイキングルートの、よくある光景だと思います。木の根が浮き上がっていて、けっこうかわいそうな気持ちになります。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時31分=稲葉 和平
今年は台風の塩害で海沿いの木は落葉してしまい、鎌倉の紅葉は期待できないと聞いていたけれど、結構色付いている。雨天にもかかわらず、色も悪くない。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時32分=藤原 由香里
岩と根っこの登山道。どっちも丈夫です。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時35分=藤原 由香里
この奥にコーヒー屋さんがあるらしい。営業できているのだろうかと心配された方もいらっしゃるでしょう。なんと「食べログで3.51」も獲得している人気の素敵カフェでした。今度、天気の良い時に来てみましょう。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時35分=藤原 由香里
木々の間から海が見えます。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時37分=伊藤 幸司
この紅葉はハゼノキでしょうか。鎌倉にハゼノキがあるかどうか確かめておくべきだと思ったので調べてみるとありました。
『近藤純夫さんと平凡社編集部で運営しています』というサイトだそうですが『「鎌倉花図鑑」を作ろう!』というのに黄葉のハゼノキがありました。
【花名 ハゼノキ(櫨の木)の紅葉
初夏に黄色の花をつけ、秋に紅葉する。日本には江戸時代に琉球から持ちこまれたためリュウキュウハゼともいう。
**の紅葉紅葉期10〜12月、花径0.5〜1.5cm、樹高7〜15m
分類 ウルシ科ウルシ属の落葉高木
学名 Rhus succedanea
原産地 中国原産】
ちなみに**印の部分に文字の欠落があるようです。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時38分=稲葉 和平
雨の鎌倉ハイキングは初めてだが、晴れている時とは全く違う雰囲気だ。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時38分=藤原 由香里
頭上にもところどころ紅葉が現れます。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時38分=藤原 由香里
赤と黄色、どっちにもなれるんだよと言っているようです。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時40分=伊藤 幸司
木の種類がじつはほとんどわからないので具体的に説明できないのですが、相模湾や駿河湾沿いの山、あるいは房総半島などを歩いていると、その照葉樹林がなんとなし、異国情緒というふうに感じられます。中華街でちょっと変わった料理を前にしたような新鮮味、程度かもしれませんが。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時40分=伊藤 幸司
『ウィキペディア』の『ハゼノキ』には次のような解説がありました。
【ハゼノキ(櫨の木、黄櫨の木、学名:Toxicodendron succedaneum)はウルシ科ウルシ属の落葉小高木。単にハゼとも言う。別名にリュウキュウハゼ、ロウノキ、トウハゼなど。果実は薩摩の実とも呼ばれる。
東南アジアから東アジアの温暖な地域に自生する。日本には、果実から木蝋を採取する資源作物として、江戸時代頃に琉球王国から持ち込まれ、それまで木蝋の主原料であったウルシの果実を駆逐した。古い時代には現在のヤマウルシやヤマハゼといった日本に自生するウルシ科の樹木のいくつかを、ハゼと称していた。
俳句の世界では秋に美しく紅葉するハゼノキを櫨紅葉(はぜもみじ)とよび秋の季語としている。櫨の実も秋の季語である。
ウルシほど強くはないが、かぶれることもあるので注意が必要。】
【歴史
日本への渡来は安土桃山時代末の1591年(天正19年)に筑前の貿易商人 神屋宗湛や島井宗室らによって中国南部から種子が輸入され、当時需要が高まりつつあったろうそくの蝋を採取する目的で栽培されたのがはじまりとされる。その後江戸時代中期に入って中国から琉球王国を経由して、薩摩でも栽培が本格的に広まった。薩摩藩は後に1867年(慶応3年)のパリ万国博覧会にはこのハゼノキから採った木蝋(もくろう)を出品している。
なお、今日の本州の山地に見られるハゼノキは、この蝋の採取の目的で栽培されたものの一部が野生化したものとみられている。】

鎌倉ハイキング
【撮影】10時44分=伊藤 幸司
まあ、緑たちが元気に暮らしているようすだと思います。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時47分=伊藤 幸司
私たちはだんだんと深い森に導かれていきました。
『鎌倉市森林整備計画』が平成30年4月1日から40年3月31日という10年間の期間で立てられたようです。(ほんの数か月で「平成」ではなくなりますけどね。)
【1森林整備の現状と課題
 本市は神奈川県の南東部三浦半島の基部に位置しており、京都・奈良と並ぶわが国を代表する古都の一つで、その歴史的文化遺産の大半が背後丘陵の自然的環境と一体をなしている特色ある歴史的風土を形成している。
 市域総面積3,967haのうち「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」により「歴史的風土保存区域」約989ha(逗子市分約6.8haを含む。)、同区域のうち枢要な部分を構成する地域として「歴史的風土特別保存区」約573.6ha、また「首都圏近郊緑地保全法」により「近郊緑地保全区域」約294ha、同区域のうち特に重要な緑地として「近郊緑地特別保全地区」131haが指定されており、生活空間を取り巻く身近な緑が都市環境の質を高める役割を果たしている。その他、「都市緑地法」による「特別緑地保全地区」について、「鎌倉市緑の基本計画」における指定目標18箇所約94.3haのうち、10箇所約48.8haを指定しており、計画的な緑の保全を図っている。
 本市内における地域森林計画対象民有林の面積は、1,107haである。そのうち、スギを主体とした人工林面積は182haであり、人工林率は16%で県平均(39%)よりかなり低い値となっている。
 人工林は各地に分散しており、施業の共同化が行い難い状況にあるが、森林がもつ保健文化機能の維持増進を図る等の目的により、本市においても人工林の適切な間伐及び住宅地周辺の森林の整備を実施することが課題となっている。】
以下、いろいろ書かれていますが、これが日本全体で見てどれほど先進的なものなのか、独創的なものなのか私にはわかりません。しかし次に引用するように、素人でも理解できるような具体的な指針も書かれていることから、私には公文書ながら好感の持てるものと感じられたのです。
【2立木の伐採(主伐)の標準的な方法
 立木の伐採のうち主伐については、更新(伐採跡地=伐採により生じた無立木地が、再び立木地となること。)を伴う伐採であり、その方法については、以下に示す皆伐又は択伐によるものとする。
○皆伐:皆伐については、主伐のうち択伐以外のものとする。皆伐に当たっては小面積かつ分散的に行うものとし、伐採面積は2ha以下を標準とし、やむを得ない場合にあっても20haを限度とする。
○択伐:択伐については、主伐のうち、伐採区域の森林を構成する立木の一部を伐採する方法であって、単木・帯状又は樹群を単位として伐採区域全体ではおおむね均等な割合で行うものであり、材積にかかる伐採率が30%以下(伐採後の造林が植栽による場合にあっては40%以下)の伐採とする。
 ただし、法令等により施業が制限されている森林については、当該法令等の定めを遵守して行うこととする。
(1)単層林施業
 単層林における主伐は、林地の保全に配慮し、択伐又は小面積かつ分散的な皆伐によることとし、林地の保全、落石等の防止、寒風害等の各種被害の防止及び風致の維持等のため必要がある場合には、所要の保護樹林帯を設置すること。
 主伐の時期は、短伐期単層林については、原則として標準伐期齢に達した時期以降に、また、長伐期単層林については、標準伐期齢のおおむね2倍にあたる林齢以降に行うこととし、多様な木材需要への対応、地域の森林構成等を踏まえ、伐期の多様化や長期化を積極的に図りつつ、生産目標に応じた林齢で伐採すること。
 伐採跡地については、適確な更新を図るため、適地適木を旨として気候、土壌等の自然条件に適合した樹種を早期に植栽すること。
2)巨木林施業
 巨木林における主伐は、下層植生の豊富な林齢100年生以上の針葉樹林を目標とすることを踏まえ、林地の保全に配慮して、択伐又は小面積かつ分散的な皆伐を行うこと。
 伐採跡地については、適確な更新を図るため、適地適木を旨として気候、土壌等の自然条件に適合した樹種を早期に植栽すること。
(3)複層林施業
 複層林における上層木の主伐は、下層木の保護及び更新の時期、方法に留意して慎重に行うこととし、主伐の時期は、おおむね単層林に準じる。
(4)混交林施業
 混交林施業における針葉樹の主伐は、針葉樹単層林を樹種構成が多様で階層構造が発達した針広混交林へ誘導することを主眼としていることを踏まえ、林地の保全、野生生物との共存等に配慮しつつ、天然下種更新の促進や、植栽する広葉樹苗木の生育のために必要な空間を確保するために行うものとし、森林の状況や自然条件等を勘案して、単木、帯状、群状などの種類を選択すること。
5)広葉樹林施業
 広葉樹林における主伐は、樹種構成が多様で階層構造が発達し、安定した活力ある広葉樹林を目標とすることを踏まえ、択伐又は小面積かつ分散的な皆伐を行うこととし、林地の保全、野生生物との共存、天然下種更新又は萌芽更新の促進等に配慮して慎重に行うこと。】

鎌倉ハイキング
【撮影】10時47分=矢野 博子
霧にむせぶ相模湾。寒さが伝わってくる。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時47分=藤原 由香里
杉林の中に黄色く紅葉している樹が所々に存在感を出している。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時48分=藤原 由香里
林の奥に秘密みたいな階段があった。見つけた!! と言うような気分。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時48分=藤原 由香里
色とりどりの小人が丸太の階段を上っていく。そんな絵本の風景を想像してしまう。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時50分=矢野 博子
一体 紅葉は どの程度進んでいるんだろうと歩き始めるまで 多少不安だったが 現れたるもみじは 地面をしっかりと赤い絨毯で囲い なかなかの見ごろだった。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時50分=矢野 博子
当日は 雨模様で平日、普段賑わうであろう鎌倉も静かで むしろ好天でなかったことに感謝したくなる。この後 昼食に使った場所も大勢であるにも関わらず 待たされることもなく 美味しく頂けた。コーチの計画書によると ”軽装でお越しください”とあり ストックなんぞ持っていったら笑われそうで持っていかなかった事を後悔した。雨の後の山道は 鎌倉でも侮るなかれで 滑りこそしなかったが 結構大変だったからだ。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時51分=藤原 由香里
なにやら柵で囲われている。あれはなんだ!?

鎌倉ハイキング
【撮影】10時52分=藤原 由香里
この柵は庭を守っているのかな?

鎌倉ハイキング
【撮影】10時55分=稲葉 和平
いきなり美しいモミジの広場がでてきた。十分に見ごろと言っていい。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時55分=稲葉 和平
カメラをデジカメからスマホに切り替えたら、縦と横の感じがずいぶん違っていて、このような紅葉の写真を撮るのにどちらで撮るのがいいのか、まだ感じがつかめていない。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時55分=藤原 由香里
ここら辺は人が住んでいる場所で、そこからの風景。今日は曇っていますが、それなりの良さがあります。毎日海を眺められる羨ましい絶景です。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時56分=伊藤 幸司
突如ハイキングコースは終わって「梶原五丁目14」という標識のある車道に出ました。手書きの道標には大仏まで1.8km、源氏山公園まで3分とありました。
そしてそこに、みごとな紅葉があったのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時57分=伊藤 幸司
鎌倉のカエデ類にはどんなものがあるかと調べようとしたら、どうも鎌倉ではいわゆるモミジも含めて「カエデ」と総称している感じがしてきました。歴史的に見て、京都ほどではないにしても寺社には名のあるカエデ類が植えられていて、いちいち詮索するときりがない……からなどと思ってはみたものの、そういう知ったかぶりの解説にぶつかりませんでした。
たとえば『mirushiru.jp 湘南・鎌倉・三浦半島の花暦を少しずつまとめています』というサイトに『カエデ』(2018年12月04日)がありました。
【カエデはカエデ属に分類される樹木の総称。一般にカエデといわれて連想するのはイロハモミジ(いろは紅葉)という品種で、神奈川県内でも丘陵地の林の中などに自生する。カエデは園芸種も多く、一口にカエデで済ませてしまっているが、葉をよく見れば思いのほかたくさんの品種があることに気づかされる。】
【東北の山々や京都の紅葉情報に釣られて鎌倉へも早々と足を運ばれる観光客が毎年あとを絶たないが、11月中旬では色づき始めた株が鎌倉中を探せば数本見つからないでもないという程度の空振りに終わってしまうことは承知しておきたい。また鎌倉の紅葉は赤一色には染まらないことも多く、”山一面の錦絵”であるとか、十本ニ十本も真っ赤なもみじが連なる絶景のようなものもない。社寺の伝統建築を背景にして視界を狭めて見るなど、工夫をするとより一層楽しめるのではないか。
鎌倉の紅葉が見頃を迎える11月下旬から12月上旬は、僅か三日程度で色付きががらりと変わることがあるので注意が必要。真っ赤に染まったと思ったらちょっとの強風で木の頂上部が散り禿げかけてしまうことさえある。特に12月に入ってからは悠長に構えていてはいけない。】
【一口にカエデといっても品種は多い。最も一般的なイロハモミジ(いろは紅葉、イロハカエデ)、ヤマモミジ(山紅葉)、テツカエデ(鉄楓)、ウチワカエデ(団扇楓)の類など、よく探せば数十種類にのぼるかもしれない。】
【紅葉は、もみじ?こうよう?カエデとの違いは?
カエデ属の樹木を総称してカエデ(楓)という。カエデに限らず、葉が赤く色付く現象ないしその色付いた葉を紅葉(もみじ、こうよう)という。一般にはよく紅葉(こうよう)したカエデのみを特に紅葉(もみじ)といい、転じて俗に紅葉(こうよう)していようがしていまいがカエデすべてを紅葉(もみじ)と呼ぶ。】

鎌倉ハイキング
【撮影】10時58分=藤原 由香里
モミジの綺麗な公園でした。ちょうど赤い色が地面を彩っていました。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時58分=藤原 由香里
素敵です。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時59分=稲葉 和平
雨天でこれだけの色だから、晴れていれば相当きれいな色だろう。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時00分=矢野 博子
初めて拝見する頼朝像。イケメンね とか 思ったほど美男子じゃないわね と皆勝手なご意見。いつの世でも イケメンは もてはやされるものかも。

鎌倉ハイキング
【撮影】10時00分=藤原 由香里
この日は高校生らしき若者のグループにいくつか会いました。校外学習でしょうか。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時01分=藤原 由香里
また別の場所のモミジです。オレンジ色です。春もきれいそうです。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時01分=藤原 由香里
モミジのカーテンです。緑も混じっています。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時05分=稲葉 和平
ピークではないけれど、十分に紅葉/黄葉が目を楽しませてくれる。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時06分=矢野 博子
雨に濡れた道を埋める落ち葉。これはこれで きれいだ。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時06分=藤原 由香里
クスノキの大木。今回、こんな大木をいくつか見ました。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時07分=伊藤 幸司
源氏山公園の源頼朝像。
『AQUADINA 鎌倉観光のガイド情報サイト』の『源氏山公園』にはこう書かれています。
【源氏山公園は、1965年に源氏山一帯を整備して造られた公園。公園内には大小さまざまな広場があり、桜や紅葉の名所として知られている。源氏山公園のシンボルの頼朝像は、1980年に頼朝の鎌倉入り800年を記念して造られたもの。像の周辺は広場になっており、桜や紅葉の時季には多くの観光客で賑わう。また、ハイキングコースとしても有名で、北鎌倉と鎌倉大仏を結ぶ葛原岡・大仏ハイキングコースのポイントの一つでもある。】
その「公園のシンボルの頼朝像」の作者を知りたいと思っていろいろ探してみたのですが、どうしても見つかりません。どこを見ても「1980年に頼朝の鎌倉入り800年を記念して造られたもの」という紋切り型になっているみたいなのです。おそらくけっこうな費用を計上してここに置いたのでしょうから、どこかに作者名があってもいいと思ったのですが。
『地元記者発、鎌倉観光ガイド 鎌倉タイム』の『源氏山公園』でもこの像の写真が大きく使われています。
でもその像に関するコメントは【鎌倉時代からある像というわけではないのですが、筆者が描く頼朝にとても近い容姿をしています。】というのと【桜は源頼朝像の眼前に、紅葉は像の背後と少し大仏ハイキングコース方面へと行ったところに色づきます。】とあるだけ。たいした像ではないのかもしれませんが……。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時07分=稲葉 和平
頼朝像。以前に来た時には人混みをかき分けるようにしてこの広場を脱出した。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時08分=伊藤 幸司
思いもかけぬ賑やかな色でした。黄色い花を咲かせているツワブキの緑の葉に紅葉(もみじ)が散っていたのです。その色合いが絶妙でした。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時08分=稲葉 和平
なぜか公衆トイレの前の通路が素晴らしい紅葉。ほんとはこの前後の写真3枚をセットにして見たほうがいいのだけれど。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時08分=藤原 由香里
紅葉の森に迷い込みそうな雰囲気。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時09分=伊藤 幸司
私たちが急いだのは公衆トイレ。さすが「楓の名所」源氏山公園です。これはイロハモミジでしょうか。ともかくトイレへ一直線。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時09分=伊藤 幸司
『ウィキペディア』の『イロハモミジ』に次のような記述がありました。
【葉は長さ 3.5〜6cm、幅 3〜7cm で、掌状に深く 5〜9裂する。和名は、この裂片を「いろはにほへと……」と数えたことに由来する。裂片の縁には鋭く不揃いの重鋸歯があり、裂片の先は長く尾状に伸びる。秋(10〜12月)には黄褐色から紅色に紅葉して散る。葉はオオモミジやヤマモミジなどに似るが、本種の葉は一回り小さく、鋸葉が粗く不揃いなところで区別される。】
この写真の現物をきちんと見ていない(そのときにはこんなこと忘れています)のでオリジナル写真でチェックしてみました。でも微妙。イロハモミジかオオモミジか……というところです。鎌倉の皆さんは賢いので「カエデの紅葉」でいい、ということのようですが。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時09分=伊藤 幸司
これがその、道路に葉を散らしている「カエデ」です。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時09分=稲葉 和平
雨に濡れた紅葉/黄葉の落ち葉、風情がある。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時09分=藤原 由香里
モミジがキレイ。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時09分=藤原 由香里
細く分かれた手のひらのような葉が、細かい色彩になって色を構成している。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時10分=藤原 由香里
アップで撮ってみるとツヤツヤしてます。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時11分=稲葉 和平
サザンカの色と紅葉/黄葉の落ち葉、見ごたえ十分。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時12分=伊藤 幸司
紅葉の名所でサザンカもまさにピークの表情を見せていました。
この状態、花が散ったときなら、丸ごとポトンと落ちていればツバキ、花びらがパラパラと散っていればサザンカと区別できますが、そうでなければほとんどお手上げです。
京都府立植物園の園長を勤めた麓次郎さんの大著『四季の花事典 花のすがた・花のこころ』(1985年・八坂書房)には、元来サザンカは沖縄〜九州〜四国という日本列島南端部の山地に自生していたもので、昭和32年(1957)に天然記念物に指定されたのは「千石山サザンカ自生北限地帯」(佐賀県神崎郡東脊振村)で、その後山口県萩市の指月山にも自然生のサザンカが確認されて【現在のところ、これが北限と考えられている】とのことです。
するとずいぶんマイナーな花という感じですが、江戸時代に一気にメジャーデビューしたようです。
【サザンカが観賞植物として認められたのはツバキより後代で、はじめて現われた記録は『立華正道集』に「茶山花」の名で登場する。これより3年前に出版された『花壇綱目』にはツバキの記事はあるが、サザンカは載っていない。サザンカを具体的にとりあげて園芸的に解説したのは、貝原益軒著の『花譜』で、次のように記している。
「茶梅花(さざんくわ)…花は茶に似て白く香はし、ひとえなり、葉は山茶花(つばき)に似て小さし、其たかき事12丈にいたる山木也、赤土黒土によろし、海紅花(くれないのさざんか *注=漢字・読みとも原本通りです。念のため。次の「中略」も)──中略──茶梅花の紅なる也、淡(うす)き濃き二色あり、高さ12尺の時より花さく木大ならず、又長じがたし、10月よりひらきて2月に至る。花の色うるはしく盛ひさし、冬の間花すくなきときひらきていと愛賞すべし。是又赤土黒土によろし、正月5日赤土に枝をさすべし」とあって、はじめて海紅花として紅花の品種のことを書いている。
 しかし、この頃、すでに園芸家の間には相当多数の品種が蒐集・栽培されていたらしく、翌年の元禄8年(1698)に発刊された『花壇地錦抄』には「茶山花のるひ」として52品種が登載されている。その後、サザンカ熱が高まり、品種も多くなって『本草花蒔絵』には60図、100品種が解説されている。かつて、茶梅の話として伝えられるところによれば、11代将軍、徳川家斉公(1787-1836)はたいへんサザンカを愛好し、6尺の大鉢植の「大和錦」を10両で、また「根岸紅」は1尺につき1両の割合で買い上げたほか、駒込村の植木屋で無名の珍花を見て、直ちに「君の万歳」と命名するなどたいへんな熱の入れようであったという。】
……というような華やかなデビュー、納得させられる感じがします。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時12分=藤原 由香里
地面に落ちていても、幾重にも重なって綺麗。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時12分=藤原 由香里
紅葉して落ち葉になっても、よく見ると艶々していますよ。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時12分=藤原 由香里
オレンジ紅葉。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時13分=藤原 由香里
赤色紅葉。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時14分=矢野 博子
かまぼこ板に書いたような源氏山の表示。ちょっと 貧弱だけど 沢山の桜の木が回りを囲んでいるので さぞかし 花見のころは大勢の人でにぎわうに違いない。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時16分=藤原 由香里
落ち葉と相まって一体感が出ている。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時18分=伊藤 幸司
紅葉(もみじ)とサザンカの競演が源氏山公園のそこ、ここに、ありました。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時19分=藤原 由香里
山茶花がこんなに大きな樹になっているものだから落ちた花びらがこんなにピンクに地面を染めてしまっている。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時19分=藤原 由香里
こんなにピンクだったなんて、すごいピンクだ。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時21分=伊藤 幸司
標高93mの源氏山では、ようやく探し出したような山頂で記念写真。山頂の標識も、写真中央の木の幹にかかっている小さな木片だけでしたが。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時21分=藤原 由香里
ここはアジサイの階段でした。この上に源氏山山頂があります。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時23分=藤原 由香里
源氏山ってどこに書いてあるでしょうか?

鎌倉ハイキング
【撮影】11時25分=藤原 由香里
桜の時期がきれいそうだね〜と声がありました。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時27分=伊藤 幸司
ま、サザンカが完全に主役ですね。おそらくこれだけの見事な咲きっぷりだと名のあるサザンカに違いないのでしょう。ウェブ上で探してもなかなか出てこないので、麓次郎さんの『四季の花事典 花のすがた・花のこころ』(1985年・八坂書房)をもうすこし読んでみたいと思います。どれがどれ? というより、こんな解説が写真のこの場所に立っていたら、嬉しかったという意味で……。
【さて、このように異変に富んだ多数の品種が成立する過程には、本来のサザンカ以外にヤブツバキその他のツバキ属植物が関与したとも考えられている。
 そこで、サザンカの品種は開花期、樹性、花や葉の形態などにより、一応次のようなグループに分けるとわかりやすく、便利である。
(A)サザンカ群…最も普通のサザンカで開花期が10-12月の秋咲。花形は一重か半八重で、雄しべが弁化することはあまりない。花色は白、桃、紅、覆輪などで樹形は立性。
○御美衣(おおみごろも) 江戸時代から切花、庭木、生垣に用いた品種で、一重中輪、白地に紅ぼかし、花弁は6-7枚、花径8-11cm。
○七福神(しちふくじん) 樹形立性で強健、花は紅色で蕊が黄色で美しい。花径8-9cm、花弁10-12枚。庭木にも、鉢植にもよい。
○根岸紅(ねぎしこう) 花は一重の紫紅色、雄しべが純黄色で明るく美しい。昔から美しい紅花の代表種、立性で伸びよく丈夫、庭木によい。
○東雲(しののめ) 江戸時代からの名花で、花は淡紅色、花弁10-15枚の半八重、径12-15cmとごく大輪で芳香がある。立性で強健であるので、庭木に適す。
○鳴海潟(なるみがた) 花径約12cm、抱え咲の柔らかい感じの花で、花弁は爪紅、花心の黄色い蕊との対照が美しい、立性で庭木によい。
○花大臣(はなだいじん) 花径12cmの大輪で明るい淡紅色、花弁は10枚内外で厚くて美しい。雄しべは太くて黄色。庭木、切花用に適す。

(B)カンツバキ群…11月頃から2月頃まで咲く品種群で、小形の明るい桃紅色の八重花をつけるカンツバキ、関西でいう獅子頭がこの群のもとになっている。雄しべが弁化して八重や獅子咲になるものが多く、樹は横出性で低い。ツバキのごとく葉が厚く、葉裏は無毛。
○昭和の栄(しょうわのさかえ) 花は明るい紅色の獅子咲で、花径約8cm、花弁数は25枚前後で花の寿命が長く多少立性なので切花、鉢植、庭木のどれにもよく、最近コサージにもする。
○富士の峰(ふじのみね) 花は乳白色または淡緑白色の八重で後に獅子咲になる。花弁は25-30枚あって薄く、花径6-8cm、咲きはじめが美しい優秀花として人気がある。
○乙女(おとめ)サザンカ 関西で作出された品種、花の形や色が乙女ツバキに似ているので、乙女サザンカと名づけられた、花径7cm前後の中輪で花弁は約30枚の千重咲、色は淡ピンク、上品で美しく、切花して3日以上もつ、切花用にも庭木用にも適す。
○紅乙女(べにおとめ)サザンカ(一名緋乙女サザンカ) 乙女サザンカに続いて作出された品種で、花形はよく似た乙女咲の千重咲、花弁数が27-30枚、花径約6cm、花色が乙女より紅色が濃いのですぐ区別できる。切花、庭木としてよい。

(C)ハルサザンカ群…開花期が12-3月とおそく咲くものが多い。葉がやや厚く、花弁や雄しべの基部が他のサザンカ群よりやや長く合着しているなどの点から、一応サザンカとツバキの自然交配種と考えられている品種群である。花形は一重から八重咲まであり、花色も白、桃、紅、覆輪、白地に紅の縦絞りなど色彩豊かである。樹形は直立して高く伸びず、一般に横張り形である。
○飛竜(ひりゅう) 江戸期に切花用にされていた品種で、花径9cm内外の受け咲、花は濃紅色に白の斑入、花弁数12-15枚、樹性は立性で強健、本種に白星斑の入ったものを星飛竜という、葉は厚い照葉で毛が少ない。
○三段花(さんだんか) 花は、花の中に花が出る三段重ね。大部分は二段咲の珍しい赤花。

(D)タゴトノツキ群…油茶系統と考えられている白色一重咲、葉が大きく、厚くて光沢がなく、葉脈が目立つ、現在のところ、品種名のついているのは田毎の月だけである。

 以上、群ごとによく用いられる品種を少々記したが、これはほんの一例にすぎない。なお熊本には肥後サザンカがあり、アメリカには数百種のサザンカの品種が育成されていることを付記しておく。】
こういう解説があったからといって、役に立つとは思いませんが、おそらく、きっと、名のあるサザンカだと思うのです。すくなくとも鎌倉ご自慢の……。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時27分=藤原 由香里
アジサイの残りです。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時27分=藤原 由香里
山茶花のところに戻って、やっぱりきれいだなぁ。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時28分=伊藤 幸司
「カエデ」と「サザンカ」の競演、ありがとう。……という気分でした。ほんとうに。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時28分=藤原 由香里
紅葉と同じ色で一体感あってナイス!

鎌倉ハイキング
【撮影】11時29分=藤原 由香里
カッパ着ているとそれだけで絵になることを発見しました。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時34分=藤原 由香里
3人用の水道ですが、背の高さに応じて使い分けられます。という注意書きをつけたくなる。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時39分=藤原 由香里
ここは縁結びの神様らしいですが、だれもお賽銭をする人もいなければ、お団子が食べられるとか、そんな話でほぼスルーしていきました。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時41分=伊藤 幸司
なんだか、また元のようなハイキングルートに戻ったようです。一瞬住宅地と交錯しただけで、左右に人の住む「谷戸」(やと)を見下ろしながら「天空の」とは大げさですが「塀の上」という程度の尾根道が続きます。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時42分=伊藤 幸司
進行方向右手に見えているこの場所がどこなのか全然わかりませんが、地図からだと扇ガ谷(おうぎがやつ。旧扇ヶ谷村)だと思われます。
鎌倉では「谷」と書いて「やつ」と読んでいるようで、それはすなわち「谷戸」(やと)のようです。
『多摩川下流都市における谷戸の実際〜生態学的現状と資源的展望〜』というタイトルの論文で『東京都市大学付属高等学校学生 長谷川友紀(2009年・財団法人とうきゅう環境浄化財団助成研究)』となっています。100ページを越える論文で、内容も本格的。その序章に【谷戸の語彙的定義】がありました。
【谷戸(やと、yato)という言葉は、日本語として往古から用いられてきた。しかし、現代ではこの語は、あまり使われなくなり、知らない人の方が多いくらいである。この節では、そんな語彙的な諸背景を考察したい。
国語系辞書の『広辞苑』によれば、「やと『谷』→やつ」と、「やつ」に飛ばされ、
──やつ『谷』(関東地方で)低湿地。やち。やと。特に鎌倉周辺に地名として多く現存し、地名としては「や」ともいう。
──十六夜日記「あずまにて住む所は、月影の谷とぞいふなる」。「扇ヶ谷 (おうぎがやつ)」。
と記載されている。つまりは、低湿地として扱われるため、実際の定義より広範囲にわたっている。

いにしえの語義を探るべく『古語大辞典』によれば、
──やつ『谷』〈名〉たに。特に相模の鎌倉や下総(しもうさ)のあたりで用いる語。
──「鎌倉亀が江が谷の長(=遊女宿ノ女主人)に預け置きしが」〈謡曲・景清〉。
──「人馬は未だ疲れず、ここの谷、かしこの小路の小路より、どっとをめいては懸け入り」〈太平記・三一・鎌倉合戦〉。
──「谷 ヤツ」〈温故知新書〉。
──千葉県東葛飾郡では山間の耕地のことを「やつ」と称する。東北から北関東・新潟・長野方面では、湿地や沢のことを「やち」という。「やち」は「やつ」と同じく田に水を供給する源であって、自然灌漑(かんがい)の稲作時代にあって信仰された場所であったらしい。常陸国風土記行方郡の条に、蘆原を切り開いて田を作ると「やつの神(=蛇)が訪れたとあるのもこの信仰を伝えたものであろう。〈語誌 渡辺昭五〉」
と記載されている。
ここでは、更に細かく定義されている。谷戸たる条件に、自然灌漑による耕地すなわち農の存在が明記されている。

この 2 つの辞書から推察できる谷戸の語彙的定義は、1.関東平野の中に位置すること、
2.用水の便の良い自然灌漑が行えること、
3.台地部に刻まれた低湿地であること、
4.農が営まれることである。 】

鎌倉ハイキング
【撮影】11時46分=藤原 由香里
倒木の木の根っこの裏側。秋にはこんな光景をよく見ます。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時46分=藤原 由香里
この岩はピンボケのように映っていますが、ピントはあっているのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時48分=伊藤 幸司
大仏切通のところから登り始めた道と同様の雰囲気です。源氏山公園はこのハイキングコースでは例外的な外部との接続点だったようです。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時50分=稲葉 和平
鎌倉の山にはモミジの高木が多く、遠くから見える一方、近くに行くと上を見上げないと気が付かないこともある。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時50分=矢野 博子
個人宅と思われる門。こんな森閑とした風景 さぞかし山奥と思っていたら ここからしばらくしたら JR横須賀線が 走っているのが見えて 意外と町に近いんだと驚いた。そうだ 鎌倉は 山が 海に迫っている地形だった。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時50分=矢野 博子
石畳を飾る落ち葉。赤に黄色 オレンジと目を楽しませてくれた。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時50分=藤原 由香里
ここにある石は他から持ってきたのか、ここにもとからある石に掘ったのか。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時51分=藤原 由香里
山道は岩道です。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時52分=矢野 博子
やはり 歴史のある町は 情緒があって気持ち良いです。行き交う人も少なく初冬の鎌倉は 静かでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時53分=藤原 由香里
樹の根っこは岩に生えています。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時55分=伊藤 幸司
後醍醐天皇の忠臣として鎌倉幕府に敵対して捕らえられた日野俊基の墓と、日野俊基を祀る葛原岡神社がありました。道はそこから北鎌倉駅へと下る雰囲気になり、浄智寺の手前でこの竹林が現れました。かならずしも手入れが行き届いているとはいえません。いちばんきれいなところを撮っています。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時55分=稲葉 和平
このさりげないお庭は、たぶんお寺の敷地だろうとは思うけど、美しい。都会ではちょっとお目にかかれない。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時56分=伊藤 幸司
サザンカの生垣がここでも華やかな色を散らしていました。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時57分=伊藤 幸司
足元の歩道にイロハモミジの葉が美しく散り敷かれていました。本当? と聞かれると困るのですが、葉のギザギザが重鋸歯かどうか現物で確認していないので自信ありません。ただ葉の先端が伸びてほっそりしている感じは、イロハモミジ以外のものではないだろうと思うのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時58分=伊藤 幸司
これは歩道に散りばめられた葉の供給源ですからこれはまずまちがいなくイロハモミジでしょう。ただ、盛りを過ぎた紅葉とまだ緑の葉が同じ木に、こんなふうに共存していていいのでしょうか。
『自然のフォトエッセイ』に『イロハモミジの紅葉』がありました。
【イロハモミジの華麗さは、まずその紅葉の色にある。緑から黄色や赤に紅葉するわけだが、時には同じ株の中にこの三色が混じることがある。(写真上段中段)この三色が織りなす色模様に惹かれてしまう。
 菅家「このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」
まさに、この百人一首の歌にある「錦」そのものだ。他のカエデの種類の紅葉も三色を見せることがあるが、この配色のすばらしさはイロハモミジの独擅場だ。この錦の色を写真で捉えようと試みるがうまくいかない。赤に露出を合わせると黄色や緑がとんでしまう。緑に露出を合わせると赤が沈んだ色になってしまう。写真上段右は、下部に緑の葉があるのだが、緑色がほとんど飛んでしまっている。これを少しでも防ぐには曇りぐらいの光線状態が良いのだろう。何より、この三色が、見事に配置された株を見つけるのが難しい。当然ながら、そうそう人間の都合の良いように紅葉してくれないのだ。結局、欲求不満が募ったままシャッターを押してばかりいる。
 魅力のもう一つは、紅葉の繊細さにある。イロハモミジは、葉が名の由来通り五裂から七裂する。その一つ一つの裂片が細く長い。葉は他のカエデに比べて小さめだが、枝がたくさんに分かれるため葉がびっしりつく。大きなイロハカエデを下から見上げると、細かい葉が無数に天空を覆っているのが見える。(写真中央)この、イロハモミジならではの繊細な美しさを写真にするためには、露出を葉に合わせて、葉の裂片が空に溶け込んでしまわないようにしなければならない。また、幹や枝の曲がり具合に他のカエデにない繊細な味わいが感じられる。それも含めて、バランスよく葉が広がるアングルを探し出すために、首を痛めながら空を見上げ続けることになる。】

鎌倉ハイキング
【撮影】11時58分=稲葉 和平
建長寺の広い境内。さすが鎌倉五山第一位というだけのことはある。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時58分=藤原 由香里
山茶花が咲いているのですね。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時58分=藤原 由香里
まだ、落ち始めのモミジです。

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【撮影】11時59分=伊藤 幸司
浄智寺の境内にあるイチョウの葉がこんなふうに吹き溜まって、新鮮な風景を作っていました。
『ぼっち観光、一人旅 ぼっちでも楽しめる全国の旅の情報をお届け』に『浄智寺の紅葉2018、見頃と混雑状況』がありました。
【紅葉する木は、イチョウやモミジ、カエデなどです。
オススメポイントは、いくつかあります。
まずは、雲華殿(仏殿)のイチョウの黄葉です。
イチョウ周辺には葉が落ちて、イチョウの絨毯を作ります。
イチョウの絨毯の中、ベンチで座りながら秋を感じる事が出来ます。
書院や客殿付近の紅葉も綺麗です。
苔と紅葉は、仏殿の裏にある庭園で楽しめます。
例年の紅葉の見頃の予想は、11月下旬から12月中旬になります。
色づき始めるのは、11月中旬からです。】
私たちは(約1名を除いて)脇の道を素通りしたので、境内のようすはほとんどわかりませんでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】11時59分=藤原 由香里
イチョウが沢山落ち葉となって絨毯になっています。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時00分=藤原 由香里
普通の民家なのですが一軒一軒風情があって素敵です。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時00分=藤原 由香里
イチョウは掃除しないで積もらせておくのでしょうか。見た目にはその方がきれいですけど。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時00分=藤原 由香里
道路わきに寄せられています。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時01分=藤原 由香里
お寺の中にイチョウの葉が沢山積もっている場所発見!

鎌倉ハイキング
【撮影】12時01分=藤原 由香里
何やら綺麗そうなお寺です。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時02分=藤原 由香里
こぎれいな門構えです。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時03分=藤原 由香里
門、灯篭、階段、樹ほぼすべてに苔がついています。きれいだなぁ。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時04分=藤原 由香里
くずでコーティングされた和菓子のような実でした。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時04分=藤原 由香里
今日のお昼はここでいただきます。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時11分=伊藤 幸司
計画書では12時に建長寺ですからまずは予定通りでしたが、食事や休憩の時間は中に含めてもいいし、後ろにくっつけてもいい、という考えでした。JR北鎌倉駅〜建長寺で昼食だろうという目安でしたから、紅葉シーズンの鎌倉ですから晴れていたら10人がスポンと収まるようなレストランはないかもしれないと恐れていました。でも天気予報は雨でしたから、食いっぱぐれるという心配はなくなりました。
浄智寺のところから鎌倉街道(県道21号横浜鎌倉線)に出ると、斜め左手に鉢の木北鎌倉店の大きな建物が見えました。覗いてみるとガラガラ、午後の部は鎌倉アルプスですから気持ちの切り替え、カラダの切り替えも必要だと思って、プチ贅沢な昼食と決めました。
この写真に写っているのは80歳を機に落語に挑戦し始めたSさんの舞台写真。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時22分=伊藤 幸司
半月点心(ランチ 2,400円+税)が一番安い選択でした。ご飯が(気持ちよく)おかわり自由でしたから、不満は残りませんでした、私でも。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時22分=伊藤 幸司
私たちは小一時間かけてゆったりとランチを楽しみました。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時23分=藤原 由香里
お昼ご飯いただきました。ちりめん山椒はかけ放題でしたが皆さん大人なので無駄にかけることはないのでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時46分=藤原 由香里
お店の前に馬酔木の樹があって、実を沢山つけていた。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時51分=矢野 博子
”鉢の木”で美味しい昼食を頂いて 向かったのが 鎌倉五山の中で 一番立派と言われている 建長寺。ここの広い境内を通り抜けて いよいよ天園コースへと向かう。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時54分=藤原 由香里
梔子が実をつけていた。この時期はまさに実りの時期なのですね。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時55分=矢野 博子
祀られているお賓頭盧さま。治して欲しいところを撫でるとご利益があるとか。胸のあたりと 頭が やけにつるつるしていたが 皆 悩みは同じなのかも。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時55分=藤原 由香里
万両が実を垂らしていた。千両との違いを教えていただいた。山を歩いていても同じような赤い実をよく見かけます。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時57分=伊藤 幸司
いよいよ午後の部、第2ステージのスタート地点・建長寺です。人と車が共用する入口がこの総門です。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時57分=矢野 博子
本堂そばには樹齢730年と言われているビャクシンの古木。流石に 幹のうねりが 迫力ある。

鎌倉ハイキング
【撮影】12時58分=伊藤 幸司
私は自分自身が悪筆なので文字に関しての審美眼はほとんどないのですが、この「建長寺」という文字には、なぜか惹かれました。うまい字かどうかわかりませんが、質実剛健がそのまま文字になったという感じ、写真になってから見てもその感想は変わりません。この文字を書いた人の名前が出てこなかとネット上で調べてみたのですがわかりません。特別な文字ではないのかもしれませんが、やっぱり気になる文字に変わりはありません

鎌倉ハイキング
【撮影】12時58分=藤原 由香里
建長寺を通って鎌倉アルプスの続きです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時00分=稲葉 和平
2月下旬の梅の時期には参道の両脇の梅林が素晴らしく、冬の雨の日とは全く異なる様相になる。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時00分=藤原 由香里
この門からお金を払って通ります。横の高校を通ると無料だそうです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時01分=稲葉 和平
堂々たる三門。

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【撮影】13時01分=稲葉 和平
おびんずるさま。正式な日本名は賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)というらしい。自分の痛いところとおびんずるさまの同じ場所を交互に撫でると病を取り除いてくれるというので、いれば必ず頭を撫でることにしているが、今のところ効果はない?

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【撮影】13時02分=稲葉 和平
三門から目に入る仏殿、美しい。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時02分=稲葉 和平
賓頭盧尊者の前にもう一人おびんずるさま?

鎌倉ハイキング
【撮影】13時02分=稲葉 和平
樹齢750年以上と言われるビャクシン(ヒノキ科ビャクシン族)。成長は、やや早い、とのこと。同じヒノキ科ビャクシン族でもネズ(別名ネズミサシ)は成長が針葉樹の中でももっとも遅い部類、というからややこしい。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時02分=藤原 由香里
君が代に出てくる「さざれ石」だそうです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時03分=伊藤 幸司
拝観料受付のある総門をくぐって、いわゆる山門にあたる「三門」をくぐると仏殿の手前に大きな緑がありました。これがビャクシン。写真は参道左側のものですが、右側にもほぼ同様の緑がありますから圧倒的です。
そこにあった立て札には次のように書かれていました。
『建長寺の柏槇(びゃくしん)
かながわの銘木百選 鎌倉市指定保存樹木
和名:イブキ(ヒノキ科)
 開山蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が中国から持ってきた種子を建長寺創建の際にまいたと言われている。
 樹勢も旺盛で、県下の代表的な名木として知られている。
樹高 13m
胸高周囲 6.5m
樹齢 約760年(推定)
 イブキはビャクシンとも言い、東北南部から九州の海岸に生える常緑高木で、寺社や庭園によく植えられ、禅寺を象徴する樹木です。
 樹高27m、胸高周囲8m、樹齢1500年に達するものもあると言われている。』
この解説では1本のことなのか、複数本のことなのかあいまいです。
すぐ近くに『建長寺柏槇の劣化対策事業』の解説板がありましたが、それも1本なのかここにある7本全体なのかわかりません。
イブキには『樹高27m、胸高周囲8m、樹齢1500年に達するものもある』という(どこかの個別情報)を『と言われている』としたばかりに、私などは大いに惑わされてしまいました。
参道左手(すなわちこの写真に写っている)の2本目が、ここでは一番大きいのだそうですが。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時03分=伊藤 幸司
これがおそらく『建長寺柏槇の劣化対策事業』(平成22年)の解説板にある『近年元気がなく木材腐朽菌の仲間のキノコ(褐色腐朽菌)により、劣化が発生していました。』という事例のひとつでしょうか。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時03分=稲葉 和平
ビャクシンの葉。図鑑の写真と全く違うように見えるので解説を見たら、葉は針状になるもの、鱗状になるもの、場所や老若で異なる、とのこと。樹木は難しい。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時03分=稲葉 和平
ねじれるのが特徴の一つらしいが、インパクトのある樹形だ。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時03分=藤原 由香里
ここだけピラピラと葉が残っていました。ピラピラしているのに落ちない。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時03分=藤原 由香里
春には桜がキレイそうですね〜

鎌倉ハイキング
【撮影】13時04分=藤原 由香里
体の悪いところを撫でるとご利益があるそうです。足をスリスリしています。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時04分=藤原 由香里
実がついています。こんな様子を自然の状態で見るのは山に来るようになってからです。今の時期クリスマスに向けてリースを作ったりすると、こんな感じの枝がお花屋さんに並んでいるのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時05分=伊藤 幸司
このビャクシンを見ながら、私がときどき高い山の岩尾根で見てきたシンパクとの関係がどうなっているのか、あいまいながら疑問がわいていました。柏槇(びゃくしん)と槇柏(しんぱく)です。
『原色日本樹木図鑑』(保育社・1959年)には次のように書かれています。
ひのき科ビャクシン属ビャクシン節で『直立する高木又は低木。針状葉の基部は少し狭くなる』のがビャクシンとしています。
『ビャクシン(イブキ、イブキビャクシン)Juniperus chinensis L.
〔分布〕本州(宮城県以南)・四国・九州・琉球・朝鮮・中国。
庭園樹として賞用され材は鉛筆材とする。園芸品種に全形球形となるタマイブキ、新芽が黄色となるキンイブキ、針状葉ばかりのタチビャクシン等がある。』
さらに『幹ははう、針状葉はその基部のところの幅が最も広い』というものが『葉は殆ど鱗状で多くは高山に生える、ミヤマハイビャクシン Juniperus chinensis ver. Sargenti Henry 』で、次のように書かれています。
『〔分布〕北海道・本州・四国・九州・屋久島等に産し、朝鮮及び樺太にもある。シンパクとして盆栽に賞用されているが、偽物である。』
山で見るシンパクは幹が這いつくばって、のたうちまわっている雰囲気がまさに「シンパク」だと思っているで「直立する高木又は低木」といわれると困ります。
でも、なぜか、この樹木図鑑にはほかに「シンパク」という綱目はないのです。
そこで『ウィキペディア』で『ビャクシン』と検索してみると『ビャクシン属』が出てきました。
【ビャクシン属(柏槇属、ビャクシンぞく、学名:Juniperus)は、ヒノキ科の針葉樹の1属。ネズミサシ属とも呼ばれる。
樹高は、ハイネズの様な低潅木からイブキの様な高木まで様々である。匍匐性の品種も見られる。樹皮は赤褐色で、縦方向に薄く長く剥がれる。葉は短く茎に密着し、互いによりあって葉の付いた枝は棒状の外見を持つ。時に針状の葉を持つ枝が見られ1本の木に混在する。雌雄異株で、他の針葉樹と違い乾果ではなく、漿果状の球果をつける。
ビャクシン属のセイヨウネズの球果はジュニパーベリーと呼ばれ、ジンの香りづけに使われる。中国では檜(桧)と書かれ、日本で見られるヒノキは大陸には分布していない。】
なんだかまた違う世界へ放り込まれた感じです。
そこで「シンパク 槇柏」を探してみると、『花だより』に『シンパク(槇柏)』がありました。
【ヒノキ科の常緑樹ミヤマビャクシン(深山柏槇)を盆栽の世界ではシンパク(槇柏)と呼ぶ。ビャクシンとシンパクは、漢字で書くと前後が入れ替わっているだけで、誰かが間違えて書いたのが異名の始まりではないか(?)と想像される。ビャクシンはイブキと同じもので、ミヤマビャクシンはその高山性品種。庭木などによく植えられるカイズカイブキも、葉だけ見るとミヤマビャクシン(=シンパク)と見分けが付かない。カイズカイブキは枝が巻くように(らせん状に)上へ伸びるが、シンパクはハイマツのように横に広がる。】
つまり『原色日本樹木図鑑』で「ミヤマハイビャクシン」を『シンパクとして盆栽に賞用されているが、偽物である』と書いているのはこの盆栽界の解釈についてだとわかります。
そこで「イブキ」で検索すると、ありました。
『ウィキペディア』の『イブキ』です。
【イブキ(伊吹、学名:Juniperus chinensis)は、ヒノキ科ビャクシン属の常緑高木。 別名ビャクシン(柏槇)、イブキビャクシン(伊吹柏槇)、シンパク(槇柏、真柏)。多くの変種、品種がある。】
【海岸の岩場などに生育し、大木になると、幹がねじれたようになる。海沿い地域の神社や寺にも古来より植えられている。国などが指定する天然記念物になっている個体や群落がある。
園芸品種が多く、庭木、公園木、グランドカバーによく使われる。】……んだ、そうです。

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【撮影】13時05分=伊藤 幸司
ビャクシンは「樹皮は赤褐色で、縦方向に薄く長く剥がれる」ということですが、こんな感じなんでしょうか。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時05分=稲葉 和平
京都のお寺の仏堂は撮影禁止のところが圧倒的に多いが、ここは撮影可、嬉しい。建長寺のご本尊は禅宗の寺で一般的な釈迦如来ではなく、地蔵菩薩とのこと。この場所が刑場であったことと関係しているらしい。

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【撮影】13時05分=矢野 博子
法堂の天井にかかれている雲竜図。比較的新しいもののようだが 見事だった。

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【撮影】13時05分=藤原 由香里
立派な樹の皮ですね〜。襞になっていて格好いいです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時06分=伊藤 幸司
これは建長寺仏殿の地蔵菩薩坐像です。
『鎌倉手帳(寺社散策)』に『建長寺の仏殿』(編集:岡戸秀仁)がありました。
【建長寺のある谷は、もとは処刑場で地獄谷と呼ばれ、建長寺が建立されるまでは、地蔵菩薩を本尊とする心平寺があった。
そのため、建長寺の本尊は地蔵菩薩なのだという。】

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【撮影】13時06分=稲葉 和平
柱に「合掌一礼」の札。神社の場合は二礼二拍一礼。子供のころからお寺や神社に慣れ親しんでいる人にとっては迷うことなどないらしいが、大人になってから知識として覚えた面倒なことはその都度考えて行動しないと危ない。山では神社が多いので、お寺のお参りでもついつい手を打ちたくなる。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時06分=藤原 由香里
皮が裂けながら大きくなっているのでしょうか。

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【撮影】13時06分=藤原 由香里
こんな実がついています。

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【撮影】13時06分=藤原 由香里
これが熟してくると裂けてきて、松ぼっくり状の種になるのでしょうか。

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【撮影】13時07分=伊藤 幸司
建長寺仏殿の地蔵菩薩坐像のお顔をクローズアップさせていただきました。薄暗い建物の中ですからライトをつけたように見えますが、入口に立ったままデジタルカメラで撮っただけです。以前はザックの中にかならず双眼鏡を入れていましたが、双眼鏡で見るより、デジタルカメラの超高倍率ズームで見るほうが簡単です。

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【撮影】13時07分=稲葉 和平
仏堂の外廊下に置かれていた格調高いフクロウの像。ハト除けに置かれた、ハトの天敵フクロウの像とは想像できなかった。かなりの数の、立派なフクロウが置かれているとのことだから、きっと効果はあるのだろう。

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【撮影】13時08分=伊藤 幸司
建長寺の仏殿を出ると片隅にフクロウの置物がありました。フクロウにはヨイ・ワルイはともかくクセモノという雰囲気があります。なにかのオマジナイかもしれないと思ってそれなりに注意深く撮りました。誰かに持っていかれはしないかな? 持っていこうとするとそうはさせじとする仕掛けがあるのかな? など、チラリと思いながら。
『お寺に行く前に見てほしい! 仏像ガイドと御朱印リスト』というサイトの『建長寺の御朱印と仏像と見どころ』に『仏殿の至るところにフクロウ!』がありました。
【仏殿の階段脇や、軒下にかわいらしいフクロウさんがいます。
なんでこんなところに?と思いましたが、調べてみると・・・
答えは、ハト除けでした。
仏殿にハトが住み着いて困っていたので、ハトの天敵のフクロウを置いたそうです。】
なあ〜んだ。

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【撮影】13時08分=藤原 由香里
お釈迦様のお顔です。色は金色だったのでしょうか? 

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【撮影】13時10分=伊藤 幸司
建長寺法堂(はっとう)の千手観音菩薩像と釈迦苦行像がこんなふうに並んでいました。もうすこし後ろに引いて撮るべきでしたが、それよりもこんなふうな並べ方、アリなのでしょうか。
『山とカメラと僕の覚書』の『寺社仏閣巡り』に『北鎌倉の建長寺であじさいを眺めて御朱印を拝受してきた』(2017-08-30)がこの釈迦苦行像について書いています。
【法堂は住職が仏に成り代わって須弥壇上で説法をするためのお堂。通常は仏像が祀られていることは少ないようですが、建長寺では千手観音菩薩像と釈迦苦行像が祀られています。
釈迦苦行像ってはじめて見ましたが、骨と皮だけでいかにも修行中!って感じですね。オリジナルの釈迦苦行像はパキスタンのラホール国立美術館に所蔵されていますが、この苦行像は愛知万博パキスタン館のシンボルとして作られたレプリカ。レプリカといってもパキスタンでは釈迦苦行像のいかなる複製も禁止します。また仏像のレプリカの国外持ち出しも禁じているので、この釈迦苦行像はレプリカといえどもかなり貴重なもの。】

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【撮影】13時10分=稲葉 和平
法堂の千手観音菩薩像の顔をアップで撮った写真。最近のスマホのカメラはシャープに撮れるけれど、望遠能力はこの程度。でも、タッチパネルで焦点をはっきりさせることができるので結構よく撮れていると思う。

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【撮影】13時11分=伊藤 幸司
さすがにもっと全体を見ておかなければと思ったら、天井の雲龍図も見えてきました。なんとなくややこしい感じがしてそれ以上きちんと見る気にはなりませんでした。この法堂、どうもあんまり宗教的空間というふうに感じませんでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時11分=伊藤 幸司
パキスタンのラホール国立美術館からやってきて建長寺法堂に滞在中というこの釈迦苦行像(のレプリカ)、クローズアップしてみると、あんがい穏やかなお顔でした。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時11分=稲葉 和平
釈迦苦行像。痩せこけているがそんなことには超然としている表情が印象的だ。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時11分=稲葉 和平
禅宗のお寺は法堂の天井の雲竜図が見ものとのこと。この建長寺の真新しい鮮やかな雲竜図は平成15年に建長寺建立750年事業で描かれたもの。

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【撮影】13時11分=藤原 由香里
こちらではとてもきれいな飾りつけがされていた。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時12分=藤原 由香里
前の方は、しっかりと目をむっていますが、お腹のへこみ方はお腹に力を入れている状態なのでしょうか。おへその辺りの皮にしわが寄っていたり、腹筋の割れ目まで表現されているのです。

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【撮影】13時13分=藤原 由香里
天井にはお決まりの龍の絵です。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時15分=稲葉 和平
ここから天園に向かうハイキングコースの長い階段の、結構きつい登りになる。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時16分=矢野 博子
建長寺の境内をどんどん進んで山道に入る手前に見事な銀杏の木がどんとあった。
きれいな 黄色の葉。黄色は あたりを明るくしてくれる。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時18分=稲葉 和平
モミジの上の方が色づいている。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時18分=矢野 博子
天園コースに入って行く前のかなりきつい階段。建長寺の一番奥になる。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時18分=矢野 博子
このきつい階段を上がっていくと天狗が 何人も祀られていた。天狗は夫々違った顔をしていて 面白い。ここら辺りは パワースポットになっているとか。天狗が 火災防止のためとは 初めて聞いた。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時19分=稲葉 和平
雨模様の天気のせいか、カエルがぴったり地についていた。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時19分=藤原 由香里
ここでも紅葉が見られます。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時19分=藤原 由香里
天狗の山に入って行きます。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時20分=伊藤 幸司
天園ハイキングコースは建長寺の境内から始まります。建長寺そのものの鎮守である半僧坊がこの階段の先にあります。私たちはそこに向かって登っていきます。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時20分=稲葉 和平
大きな銀杏の黄葉が鮮やかだ。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時20分=稲葉 和平
このカエデの大木の紅葉はこれからが本番、ピークは一週間後かな。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時20分=稲葉 和平
大銀杏に近づくとまだ完全に黄色というわけではなく、これからまだ暫くは黄葉を楽しめそう。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時20分=矢野 博子
登り切った所からは お天気が良ければ相模湾が 眺められたようだが 今日は 天狗の背中だけ。
この後 海岸べりの”稲村ケ崎温泉”で温まってから帰宅。鎌倉に温泉があるとは知らなかった。湯船からは遠くに 光がチラチラする江の島が 眺められた。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時20分=藤原 由香里
春には桜、秋には紅葉。階段をグングン登っていくのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時21分=稲葉 和平
銀杏の黄葉は落ち葉が美しい。でも、銀杏の落ち葉は滑りやすいので、注意。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時22分=伊藤 幸司
イチョウの葉が階段を埋めていました。この時期に北高尾山稜を堂所山から八王子城跡まで歩くと、その最後にイチョウの葉で埋め尽くされた展望台が現れます。イチョウの木の下では落葉のそのボリュームに驚かされることが多いのですが、その「イチョウの葉」をウェブ上で調べてみたら、じつはイチョウはエキスが認知機能の改善に効果があるかもしれないという記事がありました。ひょっとするとイチョウの葉が全部緑のうちに収穫されてしまう時代がくるかもしれない……かもしれない、ですね。
『YOMIURI ONLINE のヨミドクター』に『[イチョウ葉エキス]薬との併用、高齢者は慎重に』(国立健康・栄養研究所 2016年8月9日)という記事があったのです。
【年を取ると誰でも、「物覚えが悪くなった」「物忘れがひどくなった」と感じるのではないでしょうか。イチョウ葉エキスは、そのような方に人気のサプリメント素材です。ドイツなどでは、認知機能等の改善効果を期待した医薬品として利用されており、有効性や安全性の臨床研究が多くあります。昨年から始まった機能性表示食品にも、イチョウ葉エキスを用いた製品があります。そこで今回は「イチョウ葉エキス」についてご紹介します。

イチョウ葉エキスは、緑色のイチョウ葉をエタノールやアセトンなどで処理し、不溶物や有害成分を除いて濃縮したものです。天然物由来なので、産地・収穫時期・エキスの調製法によって、含まれる成分の異なるエキスができてしまいます。例えば、イチョウ葉エキスを調製する際、海外ではアセトン、日本ではエタノールが使われています。そこでイチョウ葉エキスと称する原材料が一定の品質となるように、原材料の成分規格があります。それは、有効成分と考えられるフラボノイド配糖体(22-27%以上)、テルペンラクトン(5-7%以上)、有害成分と考えられるギンコール酸(5ppm以下)の規格です。】
【日本の市場に流通しているイチョウ葉エキスは、食品の一つとして製造されており、医薬品レベルで品質管理ができているわけではありません。名称は同じイチョウ葉エキスでも、実際に摂取する製品の品質はあくまで食品レベルで、多様な品質の製品があると想定されます。以前、イチョウ葉エキスと称するサプリメントの中に、アレルギーとの関連が懸念されるギンコール酸を多量に含む粗悪品がありました。また、サプリメント関係の解説書の中に「イチョウ葉を集めて自分でお茶を作る」という記事がありましたが、そのようにして調製したお茶に、かなり多量のギンコール酸が含まれていることも明らかにされています。以上のことから、イチョウ葉エキスを含むサプリメントを選ぶ時には、どのような品質の原材料が、どれだけの量で製品に含まれているかに注目することが重要です。ちなみに、原材料の成分規格があるイチョウ葉エキスで行われた臨床研究では、イチョウ葉エキスは、1日240mg(120mgを2回、80mgを3回など)以下で摂取されています。】

鎌倉ハイキング
【撮影】13時22分=稲葉 和平
紅葉と黄葉、見事だ。この写真でも雰囲気だけは分かるかな。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時22分=藤原 由香里
一瞬、ハッとする光景でした。イチョウが階段に落ちてそれが黄色の縞々になって。何枚も写真に撮ってみたのですが、どうも伝わりません。とほほです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時23分=伊藤 幸司
階段を埋めていたイチョウの葉を落としたのはこのイチョウです。
『日本の巨樹・巨木』というフリーライター・高橋弘さんのサイトに『イチョウ(銀杏 公孫樹)』がありました。
【平安時代に日本に入ってきたものとされており、古いものでも約1000年くらいの樹齢であると想像されますが、どういうわけか中には2000年と表示されているものも見受けられます。
全国を眺めてみますと圧倒的に東北にイチョウの名木が多く、その中でもとりわけ青森に巨樹が多いのが大きな特徴点といえるでしょう。青森の気候風土がイチョウの生育にはもっとも適しているのかも知れません。
巨樹となっているもののほとんどは雄株で、銀杏に養分を消費されてしまう雌株はなかなか巨樹にはなりにくいといえるでしょう。その中でも去川のイチョウ、上日寺のイチョウは雌株の代表と言っていいのかもしれません。去川のイチョウにいたっては樹高でもイチョウの限界に近い40mを越える雄大な樹形を誇っています。
また、葉の上に銀杏がなるオハツキイチョウや、葉が円筒状になるラッパイチョウなど奇態も数多く、葉の形から広葉樹と考えられがちですが、分類上は針葉樹なのだそうです。】

鎌倉ハイキング
【撮影】13時24分=藤原 由香里
上から見たところ。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時24分=藤原 由香里
さらに上から見たところ。イチョウの全体がよくわかります。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時25分=伊藤 幸司
半僧坊大権現という幟が立ち並んでいますが、それが天狗だというのです。
『Magical power 不思議なチカラ』というサイトに『半僧坊は異国から来た天狗? 建長寺半僧坊(鎌倉)、創建の謎』がありました。
【鎌倉に、天狗ゆかりのお寺があるのをご存知でしょうか。それも建長寺という鎌倉でも有数の大寺院、鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派の大本山の山内にあります。
建長寺の境内に入り、法堂や方丈といった大きな建物を抜けて最奥へ、半僧坊道から標高114mの勝上巘(しょうじょうけん)という裏山に登ると、その中腹に「半僧坊大権現(はんそうぼうだいごんげん)」を祀る半僧坊本殿があります。
ここで祀られている半僧坊大権現は火事を防ぐ「火伏せの神」とされ、建長寺を護る鎮守なのですが、まさに天狗様なのです。
半僧坊本殿へと至る石段の途中には大天狗をはじめ、様々な姿の小天狗(烏天狗)たちの像が十数体ほどあり、参拝者を出迎えてくれます。

○浜松から鎌倉にやってきた天狗様
建長寺は1253年に創建された鎌倉時代から続く歴史あるお寺ですが、建長寺半僧坊の歴史は新しく、その由緒は明治時代から始まっています。
明治中頃の建長寺住職であった霄貫道(おおぞらかんどう)和尚は、ある夜に山の中で白髪の翁(おきな)と出会い「私を関東のどこか清浄な地に招いていただけるなら、そこはこれまで以上に栄え、いつもありがたいことが絶えることはないでしょう」と告げられる霊夢を見ました。和尚はこの翁こそ半僧坊大権現であり、建長寺を護る鎮守にふさわしいと、自ら半僧坊が祀られている浜松市奥山の方広寺に出向き、大権現の分身を願っていただいて帰り建長寺に鎌倉半僧坊を創建したということです。

○半僧坊は異国からやってきた天狗 !?
鎌倉半僧坊のもとの浜松の奥山半僧坊は、臨済宗方広寺派大本山の方広寺にあります。
方広寺の開祖である南北朝時代の僧、無文元選(むもんげんせん)禅師は中国の元に渡り、各地を巡って参禅を行いました。そして日本への帰国の途中、東シナ海で台風に遭遇します。
嵐のなか、今にも大波に飲み込まれそうな船中で禅師が観音経を唱えていると、鼻が高く眼光の鋭いひとりの異人が現れました。この異人が「わたしが禅師を無事、日本にお送りします」と、船頭や水夫を指揮して台風を見事乗り切り、博多の港へと導いて姿を消したのでした。
その後、禅師が方広寺を開くと、その異人が再び姿を現し「弟子になりたい」と願いました。禅師は「あなたは、半ば僧のようなところがある」と言われて弟子になることを許し、そこから「半僧坊」と呼ばれ修行に励むことになりました。
禅師が亡くなると「わたしがこの山と寺を護り、世の人々の苦しみや災難を除きましょう」と姿を消し、半僧坊大権現となって方広寺の鎮守として祀られているということです。
その姿はいわゆる鼻高天狗とされていて、また後年に誰もその姿を見たことのなかった半僧坊大権現の像を造ろうとしたとき、仏師の夢枕にひとりの翁が現れて「大権現の姿は、(日本の神話に伝わる)鼻の高い猿田彦のようである」と告げたという伝説も遺っています。

寺社に祀られる天狗は、山の神や修験道に関わるものが多いのですが、この半僧坊の天狗の場合には外国からやってきた異人であるとされており、天狗=異人説を伝える珍しい例なのかも知れません。】

鎌倉ハイキング
【撮影】13時25分=藤原 由香里
階段の上に落ちている黄色いイチョウが美しいと思いました。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時25分=藤原 由香里
この黄色や赤い色が春には新緑となってここら辺を緑に帰るのでしょうね。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時26分=藤原 由香里
ここら辺は緑なのですね。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時26分=藤原 由香里
天狗のたまり場です。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時27分=藤原 由香里
天狗と紅葉、今は、秋っぽいです。見方によっては紅葉を促しているようでもあるし、葉を飛ばしているようでもあるし、物語性の強い配置と思いました。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時28分=稲葉 和平
階段を登りきったところの展望台。晴れていれば相模湾から伊豆方面までの大展望が広がる。残念。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時29分=伊藤 幸司
500円の拝観料を支払った建長寺境内は半僧坊まででした。私たちは建長寺拝観からの「天園ハイキング」でしたからなんの違和感もありませんでしたが、逆から来た場合の単なる出口、あるいは繰り返しこのルートを歩いている場合の通過やむを得ない入下山路と考える場合には「500円」がどうしたって気になります。
同じではありませんが、似たような、ちょっとした混乱は日光男体山、房総の鋸山、山形の立石寺でも経験したことがあります。
でも、ここに関しては、正確に言えば登りあと3〜4分は「ハイキングコース外」です。その「半僧坊入口」まで登ると立派な標識があって「瑞泉寺・覚園寺 方面(天園ハイキングコース)」に加えて、反対方向には「建長寺 有料」「今泉台・明月谷 方面(無料)」とありました。
『かまくら観光』というサイトは鎌倉市の観光課が運営しているようですが、そこに『天園ハイキングコース』(更新日:2018年5月15日)がありました。
そのルート図を見てみると、半僧坊入口から10分下った今泉台と、反対側の瑞泉寺入口が正式の「ハイキングコース」それには支線がひとつあって百八やぐらから覚園寺入口までの下山路が加わります。
さて半僧坊入口からの下りですが、10分先の「今泉台住宅地入口」から先はすべて「ハイキングコース外」となっていて、20分でJR北鎌倉駅。その道筋が明月谷(めいげつがやつ)で明月院があります。
今泉台から北に15分下ると半僧坊下バス停があって、バス15分でJR大船駅へ出られるとわかります。建長寺の拝観料は「平成29年4月17日より大人500円、小中学生200円に改定されました。」というていねいな注記もあります。以前は300円でしたよね。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時29分=稲葉 和平
眼下に建長寺、結構登った。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時31分=伊藤 幸司
階段の途中から振り返ると、建長寺の境内が見下ろせました。
右上にある四角いビルは総門の脇にあった鎌倉学園中学・高等学校です。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時31分=伊藤 幸司
これは確かに「建長寺を護る鎮守」の風景ですね。奥に海が見えてきました。鎌倉の街もチラリと見えます。

じつは私のクラブの4期先輩に竹内謙という人がいて、彼はすでに亡くなりましたが、1993年から2001年まで鎌倉市長でした。朝日新聞時代には筑紫哲也が編集長だった朝日ジャーナルの副編集長で、そのころ一度会ったことがあります。
じつは、私が大学で探検部に入った最初に、土方作業に駆り出され、極地仕様の羽毛装備など当時日本で最高級品のお古を買わされたのですが、その被害に関して、隊長だった竹内さんと激しくやり合う会議に出た記憶が残っています。
彼らは、じつは早大探検部に新入生から入部した一期生でした。それ以前の部員は大学内で海外進出を狙う多くの団体の主力メンバーたち(たとえば山岳部、自動車部、アジア学会、ラテンアメリカ協会、それからなぜか名門・弁論部など)で、文部省から外貨枠を取り付けるために必要な大学の推薦を得るための調整機関でした。結果として独自に実施されたのはアフリカ遠征。女性部員がキリマンジャロに日本人として初登頂し、コンゴの密林まで自動車で探査しました。ちなみにその時の女性隊員が中心になって新宿の朝日カルチャーセンターで始めた「女性のための登山教室」が1980年台の女性登山ブーム、それから中高年登山ブームのきっかけの一つとなりました。)
……で、その4期生(実質1期生)には後に直木賞作家となる西木正明や2年後輩にはやはり直木賞を取る船戸与一がいて、彼らが見つけたテーマが結氷期のベーリング海峡を米国からソ連へ歩いて渡るという、東西冷戦時に2万年前のモンゴロイド人種の大移動を想起させようとする「気宇壮大」(ワセダ精神ですよね)な計画でした。
もちろんそれは新聞によって伝えられたので、私たちが新入部員として入るのですが、計画は資金不足で縮小し、装備はツケで購入され、3名の越冬隊員が帰国するや、私たちがその借金の返済の一部を担わされたというわけです。
『ウィキペディア』に『竹内謙』という項目がありますが、早大探検部にかかわる記述はありません。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時31分=稲葉 和平
天園付近のビュー・ポイントからの展望。右の半島が稲村ケ崎。左下に紅葉谷の紅葉が見える。ただし、上から見る紅葉も美しいことは美しいが、よほど条件がよくないと鮮やかな色には見えない。何といっても、獅子も舞うという獅子舞の谷から見上げる、狭い青空を背景に広がる高木の紅葉は格別だ。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時31分=藤原 由香里
建長寺は紅葉している山に囲まれて、美しいお寺なのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時32分=藤原 由香里
どんどん高度を稼いでいきます。見る見る景色が変わって、海が見えてきました。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時33分=稲葉 和平
鎌倉のハイキングコースは手軽だけれど、立派な山道、コースによっては結構荒れていたりする。鎌倉ハイキングにストック? などと馬鹿にしてはいけない。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時36分=伊藤 幸司
稜線に上がりきって、いよいよ「鎌倉アルプス」縦走です。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時37分=伊藤 幸司
この光景、午前の部の「葛原岡・大仏ハイキングコース」とものすごく似ています。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時39分=伊藤 幸司
北側に広がるのは鎌倉市今泉台。もう谷(やつ)などという狭苦しい世界ではなく、鎌倉市と横浜市が接する一大新興住宅街のようです。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時40分=伊藤 幸司
雨は結局、パラついただけでした。昼食やら建長寺拝観やらで緩んだ気分がだんだん元通りになってきました。ダラダラ歩くと危険ですし、気分もカラダも疲れますから。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時45分=伊藤 幸司
鎌倉の名産に「鎌倉石」があります。「凝灰質砂岩」というのだそうで、柔らかく簡単に切り出したり、加工したりできるので、鎌倉七口などと呼ばれる主要道路の切通しなども、人力で掘られた……に違いないという証拠として今なおそこに残されている、ということなのでしょう。
『ウィキペディア』の『鎌倉石』には次のように書かれています。
【鎌倉市、藤沢市周辺の一部に分布する池子層、浦郷層、野島層から採掘された凝灰質砂岩で柔らかく火に強い。価格は安かった。かまどにも使用された。鎌倉時代から使用され。関東大震災後の復興のため土台石によく使用された。鎌倉の歴史の古い寺院では鎌倉石によって、より古刹の風情を出している。】
でも鎌倉石は現在は採掘されていないので「石のダイヤモンド」と呼ばれているという記述もネット上のどこかにありました。
私たちが歩いているこの道の雰囲気も「鎌倉石」によるものだと思うのですが、地質解説でもうすこし詳しいものがないかと探してみるとどれもこれも難しすぎる感じでした。
『堀内弘栄のホームページ』に『鎌倉・横浜南部の火山灰と地史』というシリーズがあるらしく『平成25年3月6日(水)鎌倉・横浜南部の火山灰と地史とシロウリガイ群集』というレポートがありました。「主催:NPO法人神奈川県自然保護協会(講師・案内 松島義章 氏)」による観察会があったようです。
「池子層、浦郷層、野島層から採掘された凝灰質砂岩」が鎌倉石というウィキペディアの解説を前提にして読むとわかりやすいかもしれません。
【鎌倉天園と横浜南部の瀬上沢と瀬上池の地質・古生物の解説
 鎌倉から横浜南部の大地をつくる地層は、古くから研究が行われており三浦層群(赤嶺ほか,1956)と呼ばれ、第三紀末の鮮新世から第四紀始めの更新世(以前は洪積世)に形成された地層とされてきた。
 その後の研究で、三浦層群は、池子層と浦郷層との間に観られる黒滝不整合(鎌倉では化粧坂不整合)によって、最下部の逗子層と池子層が三浦層群となり、浦郷層から上位の野島層、大船層、小柴層、中里層、浜層までが、房総半島を模試地とする上総層群に相当すると考えられ分割し、上総層群と呼ばれている。
 上総層群の地質年代は第三紀鮮新世末から第四紀更新世前期となっている。
 最近の広域テフラ研究によって、房総半島の上総層群と、三浦半島から多摩丘陵にかけて分布する上総層群と、丹沢山地東縁の中津層群が同時期に形成された地層であることが明らかになって来た(藤岡ほか,2003;相模原市,2009;田村ほか,2010など)。】
ちなみにテフラというのは火山から噴出された火山灰〜軽石が広い範囲に堆積した地層のことで、地域ごとの地層を統一した年代で見るための重要な指標となるものです。たとえばおよそ3万年前に大噴火を繰り返した姶良(あいら)火山(現在の鹿児島湾全体)の火山灰は関東地方で10cmの厚さに及んだといわれています。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時46分=伊藤 幸司
この鎌倉アルプス縦走路のところどころには岩を彫り抜いた小洞窟があり、そこから掘り出した石を使ったものか、こんな石像もありました。運んでくるより掘り出したほうが簡単という地産地消の産物でしょうか。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時47分=伊藤 幸司
紅葉したイロハモミジがありました。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時47分=藤原 由香里
山の上の方に石像があったのですが、あまり見においでと言う雰囲気はなく、スルーされるような場所にあったのです。この下には石が掘り出された跡があり、もしかしたらその石でこの石像を彫ったのではないかと先生がおっしゃっていました。なるほど、そういうこともあるのか。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時48分=藤原 由香里
こんなロープ付きの岩場もありました。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時54分=藤原 由香里
落ち葉で山道が埋もれています。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時57分=伊藤 幸司
紅葉はいまいちだとしても、落ち葉にちょっとした風情を感じられるというのはいいですね。覚園寺への分岐を過ぎたあたりは堂々たる山の道でした。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時58分=藤原 由香里
鎌倉の奥に、こんな大きな木のある森があるなんて素敵です。特にこの真ん中にある木の枝ぶりは見たとたんに引き込まれました。

鎌倉ハイキング
【撮影】13時58分=藤原 由香里
この木の根が這う周囲には、苔むした大きな石が配置され、その隙間に落ち葉が埋められている。その木を回るように石の階段がぐるりととり囲むなんて童話のようではありませんか?

鎌倉ハイキング
【撮影】13時59分=藤原 由香里
気温は10度前後だったと思います。苔のアップですが生き生きとしていますよね。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時01分=伊藤 幸司
ハゼノキはきれいに紅葉していました。
『ウィキペディア』の『ハゼノキ』には利用法が次のように書かれていました。
【果実を蒸して圧搾して採取される高融点の脂肪、つまり木蝋は、和蝋燭、坐薬や軟膏の基剤、ポマード、石鹸、クレヨンなどの原料として利用される。日本では、江戸時代に西日本の諸藩で木蝋をとる目的で盛んに栽培された。また、江戸時代中期以前は時としてアク抜き後焼いて食すほか、すりつぶしてこね、ハゼ餅(東北地方のゆべしに近いものと考えられる)として加工されるなど、救荒食物としての利用もあった。現在も、食品の表面に光沢をつけるために利用される例がある。
木材は、ウルシと同様心材が鮮やかな黄色で、工芸品、細工物、和弓などに使われる。】

鎌倉ハイキング
【撮影】14時02分=藤原 由香里
こんな実も色づいてきています。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時08分=藤原 由香里
落ち葉の形が変わっていた。葉の大きさが少し大きくなってレモンイエローみたいな黄色だった。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時14分=伊藤 幸司
標高159mの大平山(おおひらやま)がこのルートの最高峰。じつは背後の斜面にはゴルフ場が広がっていて、山頂のすぐ下には鎌倉カントリークラブのクラブハウスがありました。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時14分=藤原 由香里
はい、山頂です。これだけです。そして下ります。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時16分=伊藤 幸司
大平山の山頂にこの植物がありました。肉厚の丸みを帯びた葉と、赤い小さな実には特徴があるので画像検索で見つかるだろうと思ったのですが、わかりませんでした。もちろんクローズアップした写真も撮っておきましたが。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時16分=藤原 由香里
山頂直下に広場があって、お弁当とか広げられるスペースがあるのですが、以前ここを訪れたとき(4月下旬)は、混んでいて暑くてゆっくりできなかった思い出があります。今回は誰もいませんでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時26分=伊藤 幸司
紅葉があるとみんなちょっと沸き立ちます。青空と陽光があれば、かなりいい風景になったかもしれませんが。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時27分=伊藤 幸司
天園の休憩所の少し先に、鎌倉の街が大きく見える展望岩がありました。稲村ヶ崎へと伸びる丘陵が、堂々たる山脈みたいに見えました。あの高まりを右にたどると(写真は右端が切れていますが)その根元のところに出発点の極楽寺駅があったのです。そして左端、海に落ちるあたりに稲村ヶ崎温泉があるのです。
じつは鎌倉ではあまりにも有名らしい「天園」というのが、地名としてどこのどういうものなかの知りたいと思ったのですが、なかなかわかりません。
『気ままに山歩き』というサイトに『鎌倉アルプス(天園ハイキングコース)明月院〜瑞泉寺〜鎌倉鶴岡八幡宮 』(平成28年〈2016〉6月10日)というのがありました。
【天園(てんえん)の名前の由来。天園ハイキングコースは通常、北鎌倉駅から建長寺の境内に入ります。そして半僧坊から尾根伝いに十王岩、大平山、天園、天台山を下り瑞泉寺、大塔宮に至るコースです。大平山から南へ少し下ったところに天園峠の峠の茶屋があります。このあたりにはかっての日露戦争で連合艦隊司令長官として旗艦三笠で指揮をとった東郷平八郎元帥の別荘があったといいます。ここは元の名を六国峠といいました。東郷平八郎はこの六国峠を「天の園のようだ」と言ったことから「天園」と名付けられたようです。】

鎌倉ハイキング
【撮影】14時28分=伊藤 幸司
道はいよいよ下りになります。案内板によれば瑞泉寺まで35分です。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時28分=藤原 由香里
晴れていれば富士山が見えるはず。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時29分=藤原 由香里
大きな岩がゴロゴロしているところを下ります。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時31分=伊藤 幸司
鎌倉ではメジャーなハイキングコースだというのに、道は山深い印象のままです。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時34分=藤原 由香里
シダがいくつか見られました。そのうちの一つなのですが、何とも細かい構造をしていました。細いとげのようなものが付いているのです。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時37分=伊藤 幸司
つい足を止めてしまうほどの大木がありました。鎌倉の旧市街を取り囲んでいる緑の壁を下っているということなのでしょう。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時38分=藤原 由香里
これはクスノキでしょうか。周囲の木と比べても遥かに大木です。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時42分=伊藤 幸司
貝吹地蔵というのだそうです。
『戦国時代の城』というのがサイト名でしょうか。そこに『鎌倉・貝吹地蔵』がありました。
【貝吹地蔵については、地蔵のそばにある案内板にも由来が書かれている。それによれば、新田義貞の軍に攻められ自害した北条高時の首を守りながら敗走する北条氏の部下たちを助けるため 貝を吹き鳴らしたという。
そのほか次のような言い伝えがある。
 切腹して果てた執権北条高時の首を持った北条軍は、逃れて貝吹地蔵があるところまで来た。そして散らばった北条軍をほら貝を吹いて集めたという。ここで北条勢八百余名が切腹したという説もある。
 鎌倉幕府が滅亡したとき、東勝寺で自害した執権北条高時の首を敵に渡すまいとして逃げた家臣を、 貝を吹いて誘導したという。そしてやぐらに首を隠した。そのやぐらは北条首やぐらといわれている。】

鎌倉ハイキング
【撮影】14時50分=伊藤 幸司
やはり「鎌倉石」の道です。歩きやすい道を、どんどん下っていきます。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時55分=藤原 由香里
真っ黒な実です。赤い実は目立つし、鳥が食べに来るのでしょうけど。黒い実はどうでしょうか。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時56分=藤原 由香里
お花はほとんどなく、かろうじて残っていました。

鎌倉ハイキング
【撮影】14時59分=藤原 由香里
最初から最後まで岩の山でした。

鎌倉ハイキング
【撮影】15時00分=伊藤 幸司
このあたりでは、道はだいぶ侵食されていますが、歩くのに支障はほとんどありません。

鎌倉ハイキング
【撮影】15時00分=藤原 由香里
石が大部分です。

鎌倉ハイキング
【撮影】15時01分=伊藤 幸司
足元に民家が出てきて、瑞泉寺の入口で鎌倉アルプスの縦走は終わりました。計画では13時に到着予定だったので、2時間の遅れ。昼食と建長寺で1時間半ほど使ったぶんにさらに30分上乗せしたかっこうです。
私は地図上で9パワー=1時間と計算したのですが、鎌倉市のコースタイムでは1時間半、そちらのペースで歩いたということになります。

鎌倉ハイキング
【撮影】15時02分=藤原 由香里
ここでも木が根こそぎ倒れています。山を守ってきた木です。

鎌倉ハイキング
【撮影】15時17分=伊藤 幸司
どこかお茶など飲めるところでひと休みしようということで街なかに向かいました。

鎌倉ハイキング
【撮影】15時28分=伊藤 幸司
「岐れ道」と書いて Wakaremichi と読む交差点(鎌倉では有名な地名だそうですが)まで出たら「ビゴの店 モン・ペシェ・ミニョン」というパン屋。今回の案内役ともなった N さんは、鎌倉に来たらここでパンを買って帰るとか。2階が喫茶室になっていてどうにか入れそうなので落ち着きました。

鎌倉ハイキング
【撮影】17時10分=伊藤 幸司
「岐れ道」からタクシーで稲村ヶ崎温泉へ。そこで食事せず、この時刻に出て、すぐ近くの海鮮料理・池田丸稲村ヶ崎店へ。もうひとりの案内役 I さんが仲間と足繁く通う店とか。

鎌倉ハイキング
【撮影】17時27分=藤原 由香里
夕食時、江の島ビールを頂きました。私事ですが、最近クラフトビールを好んで飲んでいます。きっかけは忘年会の2次会で飲んだ常陸野ホワイトエールでした。

鎌倉ハイキング
【撮影】17時37分=藤原 由香里
シラスのかき揚げです。皆さんと舌つづみを打ちました。

鎌倉ハイキング
【撮影】17時49分=藤原 由香里
定食を頂きました。

鎌倉ハイキング
【撮影】17時51分=伊藤 幸司
これが「池田丸御膳」(2,690円)。刺身が見た目以上で、「生しらす(不漁の際はしらす佃煮)」を期待できるのがポイントとか。

鎌倉ハイキング
【撮影】17時51分=伊藤 幸司
糸の会の今日の食費は、昼食は破格、夕食はほぼ上限価格帯という感じでした。



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