山旅図鑑 no.259
尾瀬・燧ヶ岳
2019.9.17-18

山旅図鑑目次

写真アルバム(時系列速報)目次


糸の会(no.1159)
2019.9.17-18
尾瀬・燧ヶ岳
73パワー

1日目……下り9p→平坦な木道12p
2日目……登り26p→頂上稜線2p→下り24p

*尾瀬の紅葉にはまだだいぶ早く、草紅葉も始まるか、始まらないかという時期であることはもちろんわかっていましたが、糸の会では半年単位、同じ曜日で計画するので、最近は「第3火曜日とその翌日」。9月中旬の端境期の尾瀬と、秋風の吹く燧ヶ岳登山としたのです。
*ご存知のように燧ヶ岳の登れば尾瀬ヶ原と尾瀬沼が足元に広がります。その展望に周囲の山を加えたら、10年は記憶に残ると見積もれるはず……だったのですが、今年、コーチの私が「展望悪男」雨はほとんど脅しだけでしたが、肝心要の展望には恵まれませんでした。
*ひとことでいえば残念な2日間だったので、写真は少なめの278点。でもいろいろありました。さすがは尾瀬、ですから。


第1日(9月17日)
・1140……鳩待峠を出発(標高約1,600m)
・1230-45……山の鼻で休憩(標高約1,400m)22度C
・1305-10……休憩(標高約1,400m)
・1410-35……竜宮小屋で休憩(標高約1,400m)
・1505……見晴・弥四郎小屋(標高約1,450m)
第2日(9月18日)
・0640……見晴を出発(標高約1,450m)
・0700……見晴新道登山口(標高約1,500m)
・0720-25……休憩(標高約1,550m)18度C
・0815-25……休憩(標高約1,800m)
・0940-50……休憩(標高約2,150m)
・1025-40……柴安嵓山頂(標高=2,356m)
・1100-15……俎嵓山頂(標高=2,346m)15度C
・1140-45……雨具をつける(標高約2,150m)
・1220-30……熊沢田代で休憩(標高=1,986m)
・1310……広沢田代を通過(標高=1,773m)
・1400……尾瀬御池バス停(標高約1,500m)

今回の写真出展メンバー(提出順)は2人です。
秋田 守、伊藤 幸司


*速報写真が「粗選び」だとすれば、この「山旅図鑑」にはキャプションが添えられた「最終的セレクト」の写真のみ(順次)掲載させていただきます。
*キャプションはタイトルではありません。文字数自由(できれば40字以上、数百字でも。一律200字と決めている方もあります)としているのは、写真と撮影者との関係を軸にした自由な「フォトエッセイ」を理想と考えているからです。
*また撮影者以外のかたの自由なコメントも順次掲載させていただきます。その場合はWeb画面で取り出した写真に文章(と氏名)を加えて、メールでお送りください。どなたからのものでもありがたく掲載させていただきます(若干の編集作業を加える場合がありますから、問題があればお知らせください)。


山旅図鑑 no.259
尾瀬・燧ヶ岳
2019.9.17-18



■1日目

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 07時09分=秋田 守
バスタ新宿7時15分発、尾瀬号。今回、糸の会参加者はコーチも含めて全員このバスに乗り込んだ。新幹線より安いし、便利。実は前の週は、名古屋への往復にバスを使った。往路は東京駅0時15分発、名古屋には翌朝6時半着、VIPライナー3列シートの最後部4500円。復路は名古屋駅前17時発、新宿バスタ着22時50分、ウィラーエキスプレス4列シート3400円。最近は格安飛行機LCCを使う機会が多いが、バス便も研究の余地ありと感じている。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 11時15分=伊藤 幸司
鳩待峠に着いたのは11時15分でした。
ここまでどのように来たかというと、07時15分バスタ新宿始発の高速バス尾瀬号で尾瀬戸倉。鳩待峠行きバス(ジャンボタクシー)に乗り換えてこの時間に到着したのです。
計画書は違っていまいた。08時04分東京始発の上越新幹線で上毛高原、路線バスに乗り換えて11時18分尾瀬戸倉、連絡バスで12時30分鳩待峠としていました。
じつは計画書には自由選択肢として高速バス「尾瀬号」を載せてあって、尾瀬戸倉着11時10分と記しておきました。尾瀬戸倉で合流可能で、かつ値段が東京〜尾瀬戸倉が「新幹線+路線バス」だと7,840円のところ高速バスだとなんと3,800円……という価格差。普通なら高速バスをメインに計画を立てるのが常識だと思うのですが、糸の会特有の事情があって逆でした。
糸の会の会員の多くは千葉の朝日カルチャーセンター出身者なので、千葉駅より向こうの人の参加を考慮して計画を立てる場合は、千葉始発の中央本線特急「あずさ3号」の出発時刻「6時38分」を基準のひとつとしてきました。あずさ3号だと通勤ラッシュに揉まれなくていいのですが、新宿着7時30分ですから、日帰りでもすこし遠い山の場合は、常識的にいえばそうとう遅めの出発となります。そのため、計画書で「08時04分東京始発」の新幹線にしたのも「07時30分新宿発」より早くしないというところから組み立てた計画でした。ですから「07時15分バスタ新宿始発」は自由選択組に入れておいたのです。
糸の会では最初から、よほどのことがない限り、往復の交通は各自にまかせて、出席・欠席は当日でも自由としてきました。宿泊予約についても、ほとんどの場合、当日欠席の自由を確保してきました。
そういう考え方はグループ登山の常識から逸脱しているのかもしれませんが、私の場合はもっと大きな逸脱を標準化してきた過去があります。
渋谷の東急セミナーや池袋の東武カルチュアスクールでの「超入門」講座では、始めて山に出かける主婦層をターゲットにして、家族を送り出してから出かけられる「山手線駅午前9時集合」という基準もありました。
で、ともかく、このときはどうして高速バスになったのかというと、計画書を発送した後でバスの予約状況を聞いたところ「30席空いています」ということだったので、自由選択ながらみなさんにメールでお知らせしたところ、全員がバス組になったのです。しばらく日をおいて私も予約を入れてみると、座れました。
こういう説明は言い訳がましくみえるかも知れませんが「登山は始発電車で」という常識は、初めて山を歩いてみようとする人にはすごく大きなハードルだと思ったところから始まっているのです。
それに加えて、自分で切符を買って電車に乗る……ということが多くの主婦の皆さんには初体験だったりするので驚いてしまいました。ちょっと遠いお出かけではだれかが車を運転してくれるとか、同行の誰かが切符を手配してくれるから行く、というのがフツーのように思われました。有名タレントでもないのにみなさんマネージャーがいたんですね。
糸の会創設以前の朝日カルチャーセンター横浜や八王子そごうの登山講座ではバスを使っていましたが、便利だけれど自立という意識につながらないと考えて、面倒くさいけれど各人それぞれが自分で手配してどこかで合流する(合流できなければ欠席)という基本ルールを通してきたのです。その先、登山口まで路線バスで行くか、タクシーを使うかというあたりからが私の重要な仕事となるのです。
写真は鳩待峠の鳩待山荘。私たちはここで昼食をとりました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 11時17分=秋田 守
尾瀬戸倉でマイクロバスに乗り換え、山道を走り、11時過ぎに鳩待峠に到着した。鳩待峠へ来るのは久しぶりだが、バスを降りた時に、この休憩所が見当たらず、一瞬うろたえた。駐車場が別の場所に新たに造られていたのだった。ありがたいことに上天気。予報では曇りだったように思うが、何とか明日までもってほしい。まあ、雨男のコーチがいるから決して油断はできないが、明日の燧ヶ岳下山まで降らないようにと念力晴れパワーを集中!

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 11時41分=伊藤 幸司
いよいよ鳩待峠を出発。緑のマットについては、次のような説明がありました。
【雑草の種子を持ち込まないためのおねがい
靴底に付着した種子を下の緑のマットでしっかりと落としてから入山しましょう。】
【クマに注意 クマ鈴必携! 山小屋売店でも販売中 場合により至仏山東面登山道等を閉鎖することがあります】という見出しのパンフレットが貼られていましたが、尾瀬のあちこちで見ることになります。
実際、尾瀬ではクマを見る可能性がかなり高いのです。尾瀬のあちこちにクマの食卓があるので、登山者が登山道で遭遇するというイメージより、クマが出没する山村周辺での、山村住民の危険度の高い遭遇に近いと考えるべきでしょう。
でも私たちは誰もクマ鈴のたぐいを持っていません(ザックの奥底に音が出ないようにして隠し持っている人はいるかも知れませんが、北海道ではさすがに私も隠し持っていきました)。なぜか?……語ると長くなるのでやめますが、クマと出会うかも知れないという意識を持ち続けて登山道を歩くほうが得るものが多いと、私は信じているからです。むしろ積極的にお会いしたいといつも願ってきましたが、ほんの数回、登山道上で姿を認めあったという程度しか体験できていません。 また、グリーンカーペットのところには登山者の通行数を調べるカウンターがありました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 11時43分=伊藤 幸司
標高約1,600mの鳩待峠から標高約1,400mの山ノ鼻、すなわち尾瀬ヶ原まで標高差約200mの下りです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 11時43分=秋田 守
鳩待峠休憩所で昼食を摂った後、出発。ミズバショウの季節や夏休み、連休などは大勢の登山客で賑わう聖地だが、人の姿はまばら。我々の前に歩き始めた若者3人組はめっちゃ軽装。スカート姿の女性もいた。どこまで行くのか知らないけど、夕立に見舞われたりしたらどうするのかしら。そんなこと考えもしないんだろうけど。足下のミズバショウは葉っぱが食い荒らされている。クマの仕業だという。クマ鈴持ってくるのを忘れてしまった。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 11時50分=伊藤 幸司
さすがに天下の尾瀬です。木道は完全に上下2列になっていて、下りに滑り止めがついているところを見ると右側通行です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時00分=伊藤 幸司
木道の板には【TEPCO 2017】というマークともうひとつ(ここではかすれて読めませんが)【FSC】という記号がついています。これは鳩待峠の看板に説明がありました。
【FSCマーク(焼印)が付いた木道……このマークがついている木道は国際森林認証(FSC)を取得した尾瀬戸倉山林の木材で作られています。探してみてください。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時00分=伊藤 幸司
じつは尾瀬の木道は厚板を並べているのではなくて、角材を3本並べて板状にしているのです。これについては後でいろいろ出てきます。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時01分=伊藤 幸司
私は一般登山道というべき道で一番危険なのは「濡れた木」だと思っています。左側の木道に細い木を打ち付けてあるのは滑り止めです。濡れた木のところでは平らな面に靴底をきれいに乗せて歩くほど危険なことはありませんから、私は常に「二種類のものを同時に踏んで!」と叫ぶことにしています。凍った街路を歩くのは危険ですが、濡れた木の根や木道は傾斜の大きいものも多いので、重心のコントロールが格段に難しくなります。重心がほんのちょっとずれただけでも、スコーンと足払いされることになるからです。
ここでは下り道と想定されている右側には滑り止めマットが張られています。大げさに見えますが、時期や天気によってはありがたい存在です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時02分=伊藤 幸司
ヤグルマソウです。群落を作って自分の領土を完全に日陰にしてしまう覇権型植物だと思いますが、その幼少期〜青年期〜壮年期〜老年期、そして生きる最後の最後まで、全身(5枚の葉っぱ)でその人生を語ってくれます。花はほとんど見るに値しないと思いますが、矢車に似た葉の人生模様は正直さにおいて他に類を見ません。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時02分=伊藤 幸司
これはミヤマアキノキリンソウです。というのは今回参加の秋田さんが発行人となっている『大人の遠足BOOK 尾瀬植物手帳』(猪狩貴文・JTBパブリッシング・2016年改訂)を山小屋で購入したのですが、アキノキリンソウは載っていなくて高山型のミヤマアキノキリンソウしかない、と断定できたのです。
『ウィキペディア』の『ミヤマアキノキリンソウ』には次のように書かれています。
【別名コガネギク。アキノキリンソウの高山型。アキノキリンソウの花が比較的まばらにつくのに対し、本亜種は頂部に固まってつく傾向にある。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時02分=伊藤 幸司
これがその、ミヤマアキノキリンソウの花の部分です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時03分=伊藤 幸司
この道は川上川という川筋にありますから、傾斜は穏やかです。流れる川の勾配はまさにこんなもん。糸の会のシミュレーションマップでは標高差50mを1km以上かけて下っていくという場所だとわかります。その数値だと5%勾配ですから、車の道だったらけっこうな急坂ですが、歩く道では快適なハイキングルートです。
この写真を見ると、登りの方には滑り止めの横桟があるのに右側通行のままだとすれば下りはなんの細工も加えていない木道です。2分前に見た滑り止めがここに施されていないのにはなにか理由があるのでしょうか。登りは大変という観光客のため?

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時05分=伊藤 幸司
サルノコシカケの仲間として画像検索してみたら、ありました。このUFOっぽい円盤が半かけ状態で切り株に張り付いている感じがホウロクタケに似ているんです。
『岐阜博物館』のツイッターですかね、そこに『#ホウロクタケ』がありました。
【園内のコナラの切り株にホウロクタケというサルノコシカケの仲間がたくさん発生しています。結構目につきますので、探してみてください。毒キノコではありませんがカチカチです。堅くて食べられません。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時05分=伊藤 幸司
その(たぶん)ホウロクタケのアップです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時05分=伊藤 幸司
その(たぶん)ホウロクタケの裏側はこんな感じでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時07分=伊藤 幸司
【H25】すなわち平成25年(2013)の木道になりました。表面に小さなブツブツがいっぱいありますが、ほとんどは四角いツッツキ穴、つまり残雪期にこの木道を踏みしめたアイゼンの歯の跡です。あえていいますが、私たちが使っているストックの丸い刃の跡はほとんど見えない上に、あっても腕で抑えた程度の浅い傷です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時17分=伊藤 幸司
川上川は進行左手にあって、そこに右手からテンマ沢が流れ込んできたという標識が3分前にありました。鳩待峠から山ノ鼻へと下る道の2/3あたりのところ。このあたりになると小さな湿原が出てきますが、ミズバショウがみごとに食いちぎられている感じ。それがあちこちにあってちょっと異様でした。
それと【通行時クマに注意!】というこの場所を特定したポスター。
【鳩待峠〜山ノ鼻間(テンマ沢湿原)でツキノワグマの目撃が急増しています。十分にご注意ください。
・クマ鈴や笛を鳴らす等、出会いがしらの事故を防いでください。
・朝と夕方は目撃が多くなっています。特に夕方は早めに下山をしてください。
・もしクマを見かけたら、静かにその場を離れましょう。(写真×、大声×、走る×)
・安全を最優先に行動してください。
──尾瀬国立公園ツキノワグマ対策協議会】
なかなか的確なアドバイスだと思います。それにしても、以前よりクマの出没が増えているんですかね。
さらにまた【人とクマの接触を避けるため、刈り払いを実施しています──山ノ鼻地区ツキノワグマ対策協議会】というポスターがクマよけの鐘に添えられていました。
クマのことよりも、私にはミズバショウが衝撃的でした。漬物にもなりそうな大きな葉がこの時期にもあってしかるべきなのに、なんですかこれは。誰かが食いちぎったとしか思えない。だれかといえばシカさんではなくて、クマさんなんでしょうが、ほんとですかね。
帰って調べてみるとクマさんのしわざでした。私はこれまでずいぶんたくさんのミズバショウを見てきましたが、あの大きな葉っぱは常にそのままゆったりと台地に戻っていくとしか見えませんでした。それをこんなにガツガツと食べるなんて、どういうことなんでしょうか。
『INFO HACK 日常にある興味深い情報をHACKする』というサイトに『クマが水芭蕉を食べる理由知ってますか?』(2018年3月27日)がありました。
【日本では野生のクマに会う機会なんてほとんど無いと思いますが、湿地帯や山などにいる野生のクマって水芭蕉(ミズバショウ)を食べるって知っていましたか?
水芭蕉といえば日本では尾瀬のシンボルとして知られていて、夏の始まりを連想する花でもあります。
そんな水芭蕉をクマが食べるのは、実は下剤としての役割を担ってくれるからなのです。
まさにクマ版コーラックという感じ。
これも意外と知られていないのですが、クマは冬眠中に排便をしません。
凄いですよね。
食べ物を食べないで寝続ける冬眠のメカニズム自体不思議ですが、排便もしないってまさに仮死状態です。
便秘をしたことがある人はわかるとおもいますが、出ないときの便ってとても硬いですよね。
クマも人間同様に、冬眠中で長らく排便をしていないときにはとても硬い状態なんです。
水芭蕉には毒があります。
葉や茎の汁の部分にはシュウ酸カルシウムという成分が含まれていて、これが有毒成分です。
人間が手で触れるとかぶれたり激しいかゆみを引き起こします。
食べる人はほとんどいないと思いますが、もし食べた場合には激しい嘔吐や下痢を引き起こすことがわかっています。
脈拍低下をすることもあるので、摂取量によってはかなり危険な植物なんです。
しかし、クマの場合にはこれを意図的に食べることで冬眠で硬くなった便を輩出するのに役立てます。】
……そうだとすれば、ここはクマさんの食卓ではなく、薬品置き場ということですかね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時17分=伊藤 幸司
どうです? ツキノワグマ専用・尾瀬テンマ沢湿原の薬用ミズバショウ園。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時18分=伊藤 幸司
湿原があれば、その部分はほぼ水平と考えます。尾瀬ではほんの一瞬で通り過ぎるこんな小さな湿地帯ですが、ここまでが「テンマ沢湿原」なのでしょう。
『フェイスブック』の『尾瀬・奥利根のネイチャーツアーガイド やまもり』さんの『Daily oze snap』に『テンマ沢湿原のミズバショウが見ごろ 2015年5月23日撮影』がありました。
【尾瀬には残雪が残っていますが、早くも鳩待峠〜山ノ鼻の間にあるテンマ沢湿原のミズバショウが見ごろを迎えています。この場所は鳩待峠から入山してきて最初にミズバショウ群生地なので、たくさんの方が足をとめていますが、近づいてよく見ると、ミズバショウの形にもいろいろな個性があることが分かります。撮影される方は自分のお気に入りのミズバショウを探してみてはいかがでしょうか。
尾瀬ヶ原では竜宮近くまで行かないとミズバショウの群生は見られないので、そんなに時間が無い方はテンマ沢湿原でゆっくりと観察するといいかもしれませんね。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時28分=伊藤 幸司
進行左側にあった川上川を橋で渡ると、もうほとんど山ノ鼻です。最初にこのマユミが登場します。
私のあやしげな記憶にもこのピンク系の赤い実をたくさんつけたマユミの木はあって、今回はその登場を待ちながら近づいていったのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時28分=伊藤 幸司
尾瀬にはマユミが多いんだそうです。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)というサイトの『マユミ』を見つけました。
【尾瀬ではマユミはアチコチで見られるが、一番多く見られるのは道行沢(バス停:沼山峠から七入に向かう旧沼田街道)の七入に近いところ、昔は出作りの耕作がされていたと思われる赤法華沢橋と硫黄沢橋との間で、少なくとも十数本のマユミが並んでいます。
皆さんにお教えするのに一番判りやすいマユミの木は、山ノ鼻にあります。1本は鳩待峠側から山ノ川上橋を渡った左岸にある広場&低いベンチ:山ノ鼻A地点にある斑の入ったマユミで、もう1本はその先、ビジターセンターの入口付近の至仏山荘側にあるマユミです。】
【このサイトは尾瀬(群馬県片品村・福島県桧枝岐村・新潟県湯之谷村)と呼ばれる狭い地域に限定して拘ったサイトで、尾瀬自然保護指導員の私が自ら撮影した花の画像・風景、走破した経験を掲載してます。】とのことです。
ところでこのマユミの葉には斑が入っていませんから東雲さんのいう山ノ鼻A地点のものとは違うようですね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時29分=伊藤 幸司
サラシナショウマです。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『サラシナショウマ』には……
【尾瀬では、サラシナショウマの多くが尾瀬沼や尾瀬ヶ原に向かう登山道の脇に生えています。
沼山峠周辺、尾瀬沼南岸道&東岸道、大清水から尾瀬沼に向かう一ノ瀬休憩所〜冬路沢、尾瀬ヶ原林道(見晴〜白砂峠〜沼尻)、八木沢道(富士見峠〜見晴)、山ノ川上橋〜テンマ沢、尾瀬ヶ原の旧川上川の拠水林の木道横、中田代A地点などで9月になるとブラシのような形をした白い花を数多く見かけます。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時29分=伊藤 幸司
ウバユリがありました。でもこれはウバユリではなくてオオウバユリ。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『オオウバユリ』によると【昼間はあまり香っておらず、「これでもユリかな〜?」と思っていましたが或る時に、オオウバユリの多い尾瀬の登山道を真っ暗になってから歩きましたが、闇の中から猛烈な甘い香りが漂ってきて、チョウ(蝶)ではなくガ(蛾)に花粉を媒介して貰っているのが分かりました。
尾瀬では山道、森と湿原の間によく見られ、赤田代:元湯山荘前、尾瀬ヶ原林道(見晴〜沼尻)、大清水〜一之瀬休憩所の登山道脇に多い。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時29分=伊藤 幸司
前方の木の向こうにビジターセンターの建物がチラリと見えてきました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時37分=秋田 守
山の鼻ビジターセンター。設置されていた温度計によれば、気温22℃。実に爽やかで気持ちがいい。センターの中では、尾瀬一帯で今現在見られる花なども紹介されていた。それによれば、タムラソウ、イワショウブ、オゼミズギク、ミヤマワレモコウ、エゾリンドウ、ナガバモウセンゴケ、ドクゼリ、ノダケ、サラシナショウマ、オクトリカブト、ヒツジグサ、アケボノソウ、ミヤマアキノキリンソウなど。さていくつぐらい観られるだろうか。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時41分=伊藤 幸司
ビジターセンターの敷地にマユミの木があって、その色があまりにも鮮やかなので、なにか特別な種類なのか、ビジターセンターのスタッフに聞いたほどでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時44分=秋田 守
ビジターセンターの前にある木に赤い実がたくさん生っていた。右手の木には淡い紅色、左手の木には濃い赤の実。センターの男性スタッフにメンバーのひとりが訊きに行くと、図鑑をひっくり返して、ずいぶん長時間かけて、たぶんマユミだと思います、と回答を返してくれた。実のように見えるのは仮種皮というもので、熟すると弾け開いて、本当の実が中から顔を出すようだ。枝はよくしなり、弓の材料になったのでその名が付けられた。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時46分=伊藤 幸司
山ノ鼻からいよいよ尾瀬ヶ原へと入ります。右手にあるのが至仏山荘、左側の建物は「Cafe & Bar 至仏」とか。知りませんでした、そんな洒落た店があるとは。
ネット上にありました。『東京パワーテクノロジー株式会社』の『尾瀬へようこそ』というブログに『新 至仏休憩所OPENいたしました!』(2017.06.17)というのが。
【至仏山荘です。本日、当山荘向かい側に「新 至仏休憩所」がOPENいたしました!
当面はカフェ&甘味処としての営業となりますが、準備が整い次第「BAR(18:00〜21:00)」もご利用いただけるようになる予定です。
スタッフ一同、お客さまのご利用をお待ちしております。
★新 至仏休憩所(422カフェ&BAR)[06/17現在]
・営業時間 10:00〜14:00(土日は 6:30〜15:00)
・メニュー ホット&アイスコーヒー,各種ジェーラート,かき氷,今川焼,ぜんざい】
つまりここは、尾瀬をダム湖にしようとしてならず、今もなおそのほとんどを私有地? として管理している東京電力の山ノ鼻ゲートという感じではないでしょうか。
『東京パワーテクノロジー株式会社』のトップページには次のような記述がありました。
【トータルサービス……東京パワーテクノロジーは、専門的な知識・技術を活かして、調査から提案、計画、運用管理、さらには改良から撤去に至るプラントのライフサイクルを通じ、トータルなエンジニアリングサービスを提供します。】
何があるかというと、火力産業プラント事業、原子力事業、再生可能エネルギー事業、環境事業、土木建築事業、福島復興となっています。
環境事業としては【電気事業や再生可能エネルギー事業等の幅広い環境専門分野(放射線管理、環境緑化、環境分析、PCB処理、環境アセスメント業務等)で培ってきた確かな経験と技術・ノウハウを駆使して、お客さまが抱えている「ありとあらゆる環境課題・問題の解決」に取組み、人々の暮らしと生態系を守り続ける快適な環境づくりに貢献しています。】と漠然としています。
が、そのひとつに【エコツーリズムの企画・運営……尾瀬国立公園での活動実績や、都市緑地・工場緑地等の創造・管理技術をフィードバックした、実践的な自然環境事業の企画、運営に取り組んでいます。】とあり、さらに【自然環境・生物多様性の保全……これまで培った国立公園の保全、回復、運営事業などの経験を基に、多様な地域固有の自然や文化、歴史の継承、保全、修復、活用などの取り組みをサポートします。また、災害復興事業にも取り組んでいます。】
この会社は東京電力ホールディング株式会社の100%子会社ですから「東電」といっていいのでしょう。
『東京パワーテクノロジー株式会社』の『尾瀬へようこそ』というサイトを見ると、経営する山小屋もずいぶんあります。私たちの今日のルートの始点の鳩待山荘とこの至仏山荘、ほかに東電小屋、元湯山荘、尾瀬沼山荘、大清水休憩所と、尾瀬の要所を押さえていることもわかります。
この写真、撮ったときには気づきませんでしたが、尾瀬の大地主・東京電力の「正門」風景だったのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時48分=伊藤 幸司
尾瀬ヶ原に入ると、まず目に入ったのはトリカブト。さて「トリカブト」でいいのかどうか?
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)には『トリカブト』という見出しがありました。
【トリカブトにはイブキトリカブト、ヤマトリカブト、オクトリカブト、オゼトリカブト、ジョウシュウトリカブト、ハコネトリカブト、ハクサントリカブト、エゾノホソバトリカブト、リョウハクトリカブト、ミヤマトリカブト・・・と、種類も多く、特定は極めて難しい。
尾瀬には様々なトリカブトがあり、山ノ鼻の研究見本園だけでも数種類のトリカブトが分布していると看板に記載されていますが、分類・特定が困難なため、この花図鑑ではトリカブトと総称しました。
9月に見晴(下田代十字路)付近、山ノ鼻研究見本園、尾瀬沼東岸:長蔵小屋前・横のカマッポリ田代などの山土・湿原を問わず、青紫色の美しい花が咲いております。】
総称としてのトリカブトでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時48分=伊藤 幸司
アキノキリンソウがありました。でもすでにミヤマアキノキリンソウを見ていますから、これは違う花かもしれません。次の写真をご覧ください。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時49分=伊藤 幸司
アキノキリンソウです。かなり確信を持っていえるのは『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『アキノキリンソウ』を読んだからです。
【九州〜北海道の高原・山地・亜高山・高山の日当たりの良い草原・湿原に分布する多年草。
ミヤマアキノキリンソウ(深山秋の麒麟草)と混在するところも多い。
尾瀬では尾瀬沼周辺に多く、北岸道の無名の湿原脇に群落を形成している箇所もあり、ニッコウキスゲで有名な浅湖湿原にも多い。
また沼山峠から尾瀬沼に下っている途中の山道にも生えていて、8月下旬〜9月中旬に黄色い花を咲かせている。
尾瀬では少し早くから咲き始める仲間のミヤマアキノキリンソウも生えているので、間違えないように注意したい。
直立する茎の先端部に丸まって花が付くのがミヤマアキノキリンソウで、茎全体の半分くらいから上に穂状に近い感じで花をつけるのがアキノキリンソウだが、中間型もあり、フィールドでの見分けに苦労することも多い。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時49分=伊藤 幸司
尾瀬ヶ原に入りました。木道は水平に、おおらかに延びていきます。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時50分=伊藤 幸司
これはゴマナでしょうか。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)では『ゴマナ』をこう説明しています。
【尾瀬には多い山野草で、尾瀬ヶ原・大江湿原・三平下・至仏山のトカゲ岩付近と、全ての場所でゴマナは見られますが、確実に生えている所となると、それは尾瀬沼東岸の長蔵小屋の周囲です。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時50分=伊藤 幸司
『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)の『リンドウ科』にはアケボノソウ、エゾリンドウ、オヤマリンドウ、タテヤマリンドウ、ツルリンドウ、ミヤマリンドウがありました。エゾリンドウかオヤマリンドウと範囲を絞って『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)で『オヤマリンドウ』らしいという結論を得ました。
【同じような環境に生えるエゾリンドウとの区別は難しく、大きな論争の火種となっているリンドウです。エゾリンドウは、茎の節々に花をつけて市販のリンドウ切花のように何段にもなりますが、オヤマリンドウは天辺のみに花を付けます。
自生している全てのエゾリンドウ、オヤマリンドウが図鑑の説明通りの咲き方をすれば見分けは簡単なのですが、自生地のリンドウは多様性があり、1・2枚しか載せてない花図鑑、高山植物園のように株数が少ないものを参考にしても、役に立たないことも多くあり事実、エゾリンドウでも天辺にしか花を咲かせない株もあり、多くのオヤマリンドウ、エゾリンドウを見て、じっくりと観察するのが重要です。】
【尾瀬でのオヤマリンドウは湿原にもありますが、主に燧ヶ岳の登山道脇にあり、青紫といった色ではなく、青色といった色をしている株が多く、湿原のエゾリンドウより小型が多いようで、燧ヶ岳:ナデックボの終点:長英新道との合流点近くには、数多くのオヤマリンドウが群がって咲いています。】
でもちょっと不安なので『エゾリンドウ』のほうも読んでみます。
【平地にも生えるリンドウより花の色が濃い。花屋で売られている切花のリンドウは、このエゾリンドウの栽培種。
似た環境にオヤマリンドウがあるが、エゾリンドウと違って茎のテッペンにのみ花をつけるので見分けられる。
尾瀬では全ての湿原に咲いているといっても過言ではないほど、どこの湿原にも生えていて、8月下旬から9月下旬に花が見られる。
稀にシロバナエゾリンドウも9月中旬の尾瀬では見られる。
ホロムイリンドウが尾瀬に自生するとの説もあるが、私は無いとの立場をとる。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時50分=伊藤 幸司
オヤマリンドウだと思います。
……と書いたのですが、12時54分の写真のところで調べているうちにエゾリンドウだと結論づけました。具体的には4分後の写真で。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時50分=伊藤 幸司
木道の脇、足元に次々に花が現れるのはうれしいのですが、木道脇は環境が違うからだと考えるのが常識的だと思います。種子が人によって運ばれたのではないかと思わせる光景でもあります。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時50分=秋田 守
山の鼻から先はいよいよ尾瀬ヶ原。視界が一気に開ける瞬間が素晴らしい。風も爽やかに吹き抜けていく。草紅葉、と言うには少々まだ早かったが、少し色づいた湿原、風の涼しさ、空気の透明感など、秋の気配を十分に感じさせてくれた。そして何よりも、人がいないのが嬉しい。木道で渋滞することほどしらけるものはないから。おかげさまで、ゆっくりのんびり、時にカメラを出して撮影したり、秋の湿原を堪能させてもらうことができた。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時51分=伊藤 幸司
前方に明日登る燧ヶ岳があるのですが、まだよく見えません。山頂部に雲もかかっています。でも素晴らしい青空です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時52分=伊藤 幸司
これも先ほど見たのと同じゴマナだと思います。『尾瀬マウンテンガイド』では『ゴマナ』について、次のような説明がありました。
【湿原の端に多いゴマナ。
拠水林や湿原の低木がある場所に多いです。
大江湿原の尾瀬沼側の端にたくさんあります。
ゴマナは食べることができます。
新芽を揚げ物にしたりおひたしにしたり。
独特の香りがあってなかなか美味しいです。
湿原の端に多いゴマナ。
拠水林や湿原の低木がある場所に多いです。
大江湿原の尾瀬沼側の端にたくさんあります。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時52分=伊藤 幸司
ほんとうにゴマナかどうか私はまだわからずにこれを書いていますが、その根拠としているのは『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)の「キク科」で尾瀬の野菊としてはこのゴマナと考えていいように思われるからです。
『ウィキペディア』の『野菊』の解説は力作で、その『シオン属』にこのゴマナや、ゴマナと似ているとされるシラヤマギクなどが列記されています。
【単独の茎が高く伸びるものが多い。葉は根出状のものと茎の葉がつく。茎の先端が多数枝分かれして、菊の花が多数つく。舌状花は白いか紫を帯びる。種子(実際には痩果)には長い冠毛がある。
よく知られているのはシオンである。非常に大きくなるもので高さは2mに達する。これはよく栽培され、野菊扱いされない。しかし、野生で小型の場合は野菊と認識されるだろう。ただし数は多くない。
野菊としては最もそれらしいのがノコンギク A. ageratoides subsp. ovatus である。山間の沢から人里まで広く分布するごく普通の野菊で、花は薄紫の、非常にヨメナに似た花である。コンギクの名で栽培品としての扱いも受けてきた。北海道にはエゾノコンギク var. yezoensis Kitam. がある。種としては他にも変異が多く、いくつもの亜種がある。中でもヤマシロギク A. a. subsp. amplexifolius 、シロヨメナ A. a. subsp. leiophyllus などは山野に生える背の高い野菊である。
他に、シラヤマギク A. scaber やゴマナ A. glehni 、サワシロギク A. rugulosus なども山野でよく見かけるもので、背が高く、花の小さい野菊である。
特殊なものとしては、塩性湿地に生育するウラギク A. tripolium (英: Sea aster)や海岸の岩場に生えるイソノギク A. asa-grayi 、関東の河原に生えるカワラノギク A. kantoensis 、紀伊半島の瀞峡周辺の川岸にだけ生えるホソバノギク A. sohayakiensis など、他にもいくつか野菊らしい姿の植物がある。同属の最も普通なもののひとつ、ホウキギク A. subulatus はやや湿ったところでよく見かける帰化植物であるが、花が小さいので野菊という印象はない。】
もちろんキク属やヨメナ属を含めて「野菊」のイメージは広がっているのだそうです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時52分=伊藤 幸司
木道の足元にミズバショウがありました。これも食いちぎられています。クマさんの仕業だとすれば、木道を歩きながらの立ち食いだったのでしょうね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時53分=伊藤 幸司
12時49分の写真と同じでアキノキリンソウです。尾瀬ではミヤマアキノキリンソウも多いとのことですから、このアキノキリンソウの「穂状」につく花の感じを覚えておきたいところですが「茎の先端部に丸まって」といわれると結局どちらがどっち? と混乱するだけです。
じつはこの写真のキャプションを書き始めたとき「ミヤマアキノキリンソウです」と書いて、念のため『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)で『ミヤマアキノキリンソウ』を開いたところ、【尾瀬沼北岸道の浅湖湿原〜沼尻平湿原にはアキノキリンソウが木道に沿って小さな群落を形成しているので、ミヤマアキノキリンソウと見間違えないようにしたい。】とありました。
どちらがどちら? は付け焼き刃レベルの右往左往なんですが……

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時53分=伊藤 幸司
ワレモコウはどこまで写るかわからないと思いながら撮ったのですが、肉眼で見たときの予想をはるかに超えてきちんと写りました。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ワレモコウ』には次のように書かれています。
【高原では7月中旬〜8月下旬まで花が咲きますが、ワレモコウは一度に花穂の花が開花する訳ではなく、上から咲き始めて、徐々に下の花が咲いていきます。
尾瀬にもワレモコウは多く、標高の低い尾瀬ヶ原でも、標高の高い富士見田代でも生えていて、7月中旬〜9月下旬までの長期にわたって咲いております。
私の記憶では、尾瀬ヶ原:下田代の見晴(下田代十字路)から赤田代分岐(東電小屋分岐)に向かう木道の両脇に、尾瀬で一番数多いワレモコウが咲いていたようです。】
ところが『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)にはワレモコウがなくて『ミヤマワレモコウ』だけが記載されているのです。【尾瀬のワレモコウ類はこれまで別種のワレモコウとされてきたが、平成14年、鳴橋らによりミヤマワレモコウという種であることが示された。ワレモコウが雄しべが短いのに対して本種は雄しべが長い。5〜13枚の小葉を奇数個つける羽状複葉。】
何が何やらわからないので『フィールド版・日本の野生植物・草本』(平凡社・1985年)を見てみると、バラ科ワレモコウ属にミヤマワレモコウはありません。そこで『原色日本植物図鑑・草本編(中)』(保育社・1961年)も見てみると同様です。そして両方とも「雄しべががく片より短い」としています。では雄しべががく片より長いとどうなるかというと、どちらの本でもコバナノワレモコウとなって変種としてナガボノアカワレモコウ、ナガボノシロワレモコウ、チシマワレモコウを挙げています。ですからその時代の植物分類ではワレモコウ属はワレモコウとコバナノワレモコウの2つの種に分かれていたのは確実のようです。
『ウィキペディア』で『ワレモコウ属』を見るとワレモコウは【雄蕊は萼裂片と同長で、花外に出ない】とし、ミヤマワレモコウは【雄蕊は萼裂片より長く、花外に出る】としてあって、その他にナガボノワレモコウ(ナガボノシロワレモコウ、ナガボノアカワレモコウ、チシマワレモコウ、コバナノワレモコウ)を加えています。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時53分=秋田 守
尾瀬ヶ原の木道脇には、夏ほどではないがいろいろ花が咲いていた。一番目立っていたのは黄色いミヤマアキノキリンソウ。背丈もあるし、黄色のボリュームもあるので目に付きやすい。この花を見ると、ああ夏も終わりか、秋が始まろうとしてるんだなあと、いささか寂しい気持ちになってしまう。花そのものも若干ガサツな感じがして、個人的にはあまり好きな花ではない。そうか、よくよく考えたら、黄色い花で好きな花はないかもしれない。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時54分=伊藤 幸司
12時50分の写真をオヤマリンドウとしましたが、もう一度調べなおすとどうもエゾリンドウのように思われます。『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)を見るとオヤマリンドウは【分布=森林。高山下部】でエゾリンドウは【分布=湿原でよく見られる】となっていました。
『尾瀬マウンテンガイド』の『オヤマリンドウ』には次のように書かれています。
【秋の主役オヤマリンドウ。
樹林帯の登山道の脇によく生えています。
湿原に生えているのはエゾリンドウです。】
再び『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『オヤマリンドウ』を見てみると【同じような環境に生えるエゾリンドウとの区別は難しく、大きな論争の火種となっているリンドウです。】とあり【尾瀬でのオヤマリンドウは湿原にもありますが、主に燧ヶ岳の登山道脇にあり、】としています。そして『エゾリンドウ』のほうには【尾瀬では全ての湿原に咲いているといっても過言ではないほど、どこの湿原にも生えていて、】とありますから、12時50分の写真といっしょに「エゾリンドウ」と訂正したいと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時54分=伊藤 幸司
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『エゾリンドウ』には【平地にも生えるリンドウより花の色が濃い。花屋で売られている切花のリンドウは、このエゾリンドウの栽培種。】とありますが、『ウィキペディア』の『エゾリンドウ』には【リンドウよりも淡い青紫色の花を咲かせる】とあります。情報が混乱している感じですがエゾリンドウでいい、としておきます。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時54分=伊藤 幸司
木道わきのミズバショウ……のはずなんですが、どこか別人のような感じです。どうして? と思っていると『NPO法人癒し憩いネットワーク/独立行政法人国立病院機構九州がんセンター』の『癒し憩い画像データベース』の『水芭蕉の大きな葉に覆われる木道』に目が止まりました。
尾瀬で撮られた写真には【花の見頃が終わった水芭蕉は、葉がぐんぐん成長して人の膝丈を超えるほどになります。野沢菜みたいです。】という説明がありました。そしてミズバショウの説明に【花が終わると葉がぐんぐん生長して長さ80センチ、幅も30センチ前後と巨大になって生い茂り、とてもミズバショウが咲いていたところとは思えないような雰囲気になります。この葉のようすが芭蕉(バショウ)という植物の葉に似ていることがミズバショウの名の由来となっています。】とのこと。
……次の写真を見てください。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時55分=伊藤 幸司
要するにここのミズバショウは日陰の身、だからなんですかね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時55分=伊藤 幸司
12時52分の写真のゴマナとほぼ同じ。改めて画像検索で見てみるとこの雰囲気で間違いないようです。尾瀬の白菊はゴマナ……ということでしょうか。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時55分=秋田 守
クマに注意の看板と、クマ除けの鐘が設置されていた。クマ鈴必携とも。しまった、クマ鈴持ってくるのを忘れた。いつも持参しているクマ鈴は、北海道の大雪高原温泉で買い求めた結構大ぶりな鈴。大雪高原はヒグマの棲息地としても有名で、研究者が常駐していていつも観察している。以前、沼めぐりの登山コースから山の斜面を歩いているヒグマを見たこともある。あ、でも尾瀬にいるのはツキノワグマか、ヒグマ用の鈴では効かないかも。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時56分=伊藤 幸司
ウメバチソウです。その精緻な造りに私はいつも感心させられてきましたが、メンバーの秋田さんの名が発行人として出ている『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)の解説もなかなか印象的でした。
【花には仮雄しべという組織が多数あり、先端に黄色の腺体がある。本当の雄しべは5本あり、花が開いた直後は中心に集まっているが一日に1本、外側に伸びる。つまり、伸びた雄しべを数えると開花してからの日数がわかるカレンダーのような花。】
えっ? そんなミステリアスな花だったの? というわけで写真をオリジナル画像で詳しく見ようとしたら、ブレているのかボケているのか、よくわかりません。とりあえず別の解説を読んでみたいと『みんなの花図鑑─goo』の『ウメバチソウ』を開いてみました。
【茎先に白い5弁花を上向きに1輪つける。
花弁には緑色の脈が目立つ。
花の中央に雄しべが5本ある。
雄しべは1日に1本だけ立ち上がって花粉を出す。
雄しべの隣に細かく分裂した仮雄しべがある。
仮雄しべは花粉を出さない。
また、真ん中に白い帽子のような形の雌しべがある。】
まだよくわかりません。
そこで「ウメバチソウ 仮雄しべ」と検索してみると、ありました。
『花*花*flora』というのがサイト名でしょうか『なかなかの植物ルーム』というのにあるらしい『ウメバチソウ 仮雄しべ・花のしくみ』というすばらしい写真つきの解説がありました。
【1.仮雄しべ
ウメバチソウの仮雄しべは実に芸術的です。玉のように丸くなった先端の腺体は、外側が白っぽくて扇のように広がっています。中心部に向かってだんだんせばまり、色も黄色になっています。その並び方の美しいこと!! (図1)
図1─平凡社の「日本の野生植物 草本Ⅱ」の記述には、「蜜を分泌しないウメバチソウの花に、・・昆虫がよく訪れる。」と書かれていますが、仮雄しべの付け根のあたりを観察すると液体が分泌されています。(図2) そして、アリや訪問昆虫がこの部分をよく舐めています。(図3)
図2─仮雄しべの付け根あたりには液体が分泌されている
図3─分泌液を舐めるアリ
この仮雄しべを拡大してみますと、仮雄しべが櫛状になっている付け根あたりに2カ所で液体が分泌されています。これを舐めてみると、ほんのり甘い味がします、やはりここから蜜をだしていると思われます。(図4)
図4─蜜をだしていると思われる
仮雄しべは退化して花粉をつくらなくなったものだそうですが、ウメバチソウの仮雄しべはその形を変え、みごとなまでに昆虫を誘う役割を演じているのですね。
2.花のしくみ
ウメバチソウの花は、とっても端正で美しく好きな花のひとつです。花期が長くて、雄しべと雌しべが面白い動きをします。その雄しべの様子を観察してみました。(図5〜10)
□初日(第1日目)の花──図5
1日目は花弁を開くだけです。雄しべの花糸は短く、整然とそろっています。
□2日目の花──図6
1番目の花糸が伸び、この雄しべだけが花粉を出します。
□3日目の花──図7
2番目の花糸が伸びます。1番目の花糸は反り返ります。
□6日目の花 ──図8
5番目の花糸が伸びています。1〜4番目の花糸は反り返っています。
□7日目の花 〜それ以降──図9
7日目にやっと5番目の花糸が反り返りました。 この日からこんどは雌しべの柱頭が現れます。
□13日目の花──図10
雌しべの柱頭がはっきりわかります。子房が緑色に変化しています。
□ウメバチソウの花の雄しべは7日目まで、雄しべが1本1本順に伸びては反り返っています。
このように花の雄しべと雌しべの成熟時期をずらすことによって、自家受粉をさける方法をとっていたのですね。(2005.10/2008.11)】
うーん、わかりました。けれど、私のこの写真で確認するには、もうすこし精密な写真を撮っていなければだめですね。花の中心にある白い大きなドームがまだ柱頭を伸ばしていない雌しべです。その周囲に小さな緑色(両脇に黄色も添えていますが)の塊が5つありますが、それが仮雄しべで、たくさんの透明な棒の先にそれぞれ小さな透明の玉をつけていて、それが黄色みを帯びていくらしいのです。
雄しべというのはこの写真では花弁と花弁の隙間から伸びている白い棒状のものが雄しべの花糸で、左側の2枚の花弁の間に伸びている花糸には黄色い葯がマッチ棒の頭みたいに見えています。そのほかのものはどうもその黄色い頭(葯)を落としてしまったように思われます。
雄しべは雌しべを中に隠した中央ドームの外壁のようなところから剥がれるように伸びて花粉を出すのだそうです。5本の雄しべが順次花粉を出してから雌しべが伸び上がってくるので自家受粉が避けられるというのです。
そして透明な玉を頭につけたたくさんの仮雄しべはその付け根に甘い液体を分泌させて昆虫を呼び寄せているのだそうです。この写真ではよくわからないでしょうが。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時56分=伊藤 幸司
ウメバチソウは小さいながら、知っていれば確実に見つかります。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時56分=秋田 守
これは実にひっそり木道脇に咲いていたキツリフネ。黄色い花は好きじゃないと書いたばかりなのに、勝手ながらこれは好ましく思える。いかにも、花びらの中に入って下さいと、蜂や虫などに懸命にアピールしているかのような姿が可憐で愛らしいと思える。実際に蜂が潜り込んでいるのを見かけたこともある。紫色のツリフネソウとは色が違うだけでなく、距の後ろがツリフネソウは渦巻き状になるのに対して、キツネフリは巻かずに垂れる。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時57分=伊藤 幸司
『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)はわかりやすいハンドブックですからこまかな内容に期待しているわけではありません。でも尾瀬で見られる主な花が列記されているので私などには「この範囲だけで決め撃ちすればいい」というためのハンドブックとして絶対に有効なのです。
じつは私が仕事として最初に尾瀬に来たのは1997年だったと思うのですが、そのときに同様のハンドブックを持ってきていて、ミツガシワを初めて見て、私にとっては尾瀬を代表する花となりました。ただ、その後似た花に出会うたびにドキドキして見たのですが、世の中にはイワイチョウというそっくりさんが圧倒的に多いということを知るのです。この『尾瀬 植物手帳』の「科別索引」の「ミツガシワ科」にはミツガシワとイワイチョウが出ているので、イワイチョウを先に見ていたら人生最初の尾瀬の印象はずいぶん違ったものになっていたと思います。
さて、遠くにウメバチソウが見えていますが、ここにあるのはやっかいな「セリ科」です。いつまでたってもわけがわからないまま、目を近づけるとそこに異空間が広がってくるので、つい足を止めたくなるのです。「セリ科はわからないからね」とぼやく人が多いのは、それぞれの人がそれぞれいくらかの興味を持ち続けているからでしょう。
さてその「セリ科」を『尾瀬 植物手帳』で見てみると、オオバセンキュウ、シラネニンジン、ドクゼリ、ノダケ、ハクサンサイコ、ミヤマウイキョウ、ミヤマシシウドと7つの名前が出ています。候補の中ではオオバセンキュウの可能性が高いと思いますが、葉の形がわからないし、花の広がり方もよく見えないので、写真1枚だけでは資料が足りないと感じます。こちらが悪いんですからしょうがない。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時59分=秋田 守
この時期、湿地帯でよく見かけるウメバチソウ。たくさん咲いていた。この花は咲いてから3日目ぐらいと思われる。黄色い小さな粒状の腺体を付けているのは本当の雄しべではなく、仮雄しべ。中央寄りの白っぽいのが雄しべで、1本が反っくり返り、もう1本はちょうど花粉を出している状態だ。雄しべは1日に1本ずつ花粉を出して行くので、その状態を見れば開花してからの日数が推定できるというわけ。実に不思議なメカニズムだなあ。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 12時59分=秋田 守
エゾリンドウも木道脇にたくさん見ることができた。リンドウの仲間はおおむね好みのタイプ。青い色に、つい清楚な印象を抱いてしまう。それじゃ思うつぼかもしれないけど。尾瀬マウンテンガイドという尾瀬専門のサイトでは、この花を尾瀬の花リレーの最終走者と紹介している。秋の湿原の主役とも。なるほど。女王様みたいな存在だったんだ、君は。花は天気がよくないと開かないようだ。よかった、お天気に恵まれて。明日までお天気を。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時00分=伊藤 幸司
ヨッピ川を渡る「原の川上川橋」を渡りました。ヨッピ川は尾瀬ヶ原では東電小屋の近くにあるヨッピ橋で有名ですが、一級河川ヨッピ川の主流は鳩待峠から下ってきた川上川となっているようです。プレートには「一級河川ヨッピ川(川上川)」と書かれていました。ちなみにヨッピ川はヨッピ橋のすぐ下で尾瀬沼から下ってくる沼尻川に合流し、只見川となって三条ノ滝となり、多数の発電用ダムを経て最終的に阿賀野川に注ぎます。
じつは「尾瀬」そのものが、只見川水系の最初のダム湖として開発されようとした危機的な状況をくぐり抜けて保存され、現在にいたっているのです。
前方右側から尾瀬ヶ原に突き出しているのは牛首です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時01分=伊藤 幸司
12時53分の写真では「ワレモコウ」としましたが『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)には「ワレモコウ」はありません。「バラ科」のところで見ると『ミヤマワレモコウ』とありました。
【尾瀬のワレモコウ類はこれまで別種のワレモコウとされてきたが、平成14年、鳴橋らによりミヤマワレモコウという種であることが示された。ワレモコウが雄しべが短いのに対して本種は雄しべが長い。5〜13枚の小葉を奇数個つける羽状複葉。】ということです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時01分=伊藤 幸司
ミヤマワレモコウの花のアップですが、どうですかね、色がこんなに明るかったですかね。
『似た花の登録』の『ワレモコウと似た花』によると【ミヤマワレモコウの雄しべは長く萼片より飛び出すが、ワレモコウのおしべは萼片からあまり出ない。】とのことですが、この写真ではわかりません。
『山散歩 花散歩 徒然想』に『ミヤマワレモコウ』がありました。
【アポイ岳のこの花はミヤマワレモコウと呼ばれています。ワレモコウとの違いは、雄しべが長く、萼片から突き出る点にあります。帰宅してアポイ岳のものは本種と知り、少し悔やんだものです。
本州でもふつうにみられるワレモコウと思い、あまり気に留めなかったのです。それでも、数カット撮影していたことは、幸いでした。撮影時の想いの記憶もない記念撮影でした。
ミヤマワレモコウは本州の高山でも見られます。長野の八方尾根でこの花を探したことを思い出しました。残念ながら多くはまだ蕾でしたが、いくつか開花したものの中に雄しべが突き出ているものが見られました。しかし、どの程度突き出ればミヤマワレモコウと言えるのか分からず、後日の再訪を待っていました。
合わせて掲載いたしますが、見比べていると、次第に八方のものもミヤマワレモコウでいいのではないかと思えるようになってきました。】
残念ながら、私のこの写真では花期が終わってしまったのか、雄しべが落ちてしまったように見えます。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時03分=伊藤 幸司
山ノ鼻を出たのが12時45分でしたから、まだ20分も歩いていません。尾瀬ヶ原のど真ん中を縦断して燧ヶ岳をめざしているはずなのに、風景はそれほど単純ではないようです。この道を何度か歩いている私ですが、この写真を見たときには「へえ! こんなだった?」と思いました。望遠で撮ったということもありますけれど。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時03分=伊藤 幸司
尾瀬ヶ原の縁にシラカバがある、と思って撮ったのですが、ダケカンバではないという確証を得たくて調べてみると、これがなかなかやっかいなんです。
『尾瀬保護財団』の『今日の尾瀬』に『2018年7月8日-山の鼻ビジターセンターより(鳩待峠~山ノ鼻間林内の様子)』がありました。
【ダケカンバ(カバノキ科)──シラカバより高所にある、尾瀬ヶ原(1400m)は両方のカンバが生育しているが、鳩待峠方面に標高が上がるとダケカンバになります。木は大きくなると写真のように樹皮が剥がれきます、昔地元の人はこの皮を剥ぎ取り、かまどの焚き付けに使ったそうです。(皮・木は油分が多くよく燃える)】
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)に『シラカバ』がありました。
【同じ地域では標高が低い個所にシラカバ、高い個所にダケカンバが生育し、尾瀬では標高1,400m前後、つまり尾瀬ヶ原の標高がシラカバとダケカンバの分布境界で、尾瀬ヶ原には両方が生えています。
尾瀬ヶ原より標高の高い尾瀬沼・鳩待峠・三平峠・富士見峠・至仏山中腹・燧ヶ岳中腹などのカバはシラカバではなく、全てがダケカンバなのです。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時05分=伊藤 幸司
ヒツジグサです。花は画面内に白い点として2つ見える程度ですが、紅葉が始まったところか、葉の色には変化が見られます。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ヒツジグサ』に詳しい解説がありました。
【尾瀬でのヒツジグサの数は多いものの、尾瀬ヶ原を中心に分布が偏っていて、尾瀬に行っても尾瀬沼だけの散策では、ヒツジグサを見られないままに帰られるハイカーも多くいます。
尾瀬沼方面では唯一、尾瀬沼の西にある沼尻平(沼尻休憩所がある付近の湿原)の周遊路にある池塘には、ヒツジグサが生えていて、周遊路からも1mも離れていませんので、ジックリと観察できます。
尾瀬ヶ原では池塘のほぼ全てに、尾瀬ヶ原:上田代(かみたしろ)では木道の間の座布団ほどの水溜りにも咲いていますが、他では限られた箇所でしか見られません。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時05分=伊藤 幸司
前の写真(13時05分)の写真の中の、画面右端に見える白い花を望遠で撮っておきました。ヒツジグサの花です。
『養命酒』の『月刊 元気通信』に『生薬ものしり事典58』として『スイレンの別名も持つ[ヒツジグサ]』がありました。
【ヒツジグサは日本特産の多年草で、初夏から秋にかけて各地の池や沼に自生しているのがよく見られます。
艶のある葉は薄手で優しく、花は清らかで慎ましい、日本人好みの植物のひとつといえるでしょう。根茎は短く、水中の泥に直立して、多数の根生葉が繁ります。葉柄は円柱状で、葉は水面に浮かびます。通常、気孔は葉裏にありますが、スイレン属は葉の表にあるのが特徴です。7〜8月頃に細長い根生葉の柄の先に、直径5cmほどの白い花が開き、夜には閉じます。花の寿命は数日間で、花が終わると花柄は曲がって水中に潜り、成熟すると浮袋の役目をする仮種皮に包まれて水面に浮上します。その仮種皮もやがて腐って、種子だけが水面に沈み、一生を終えます。】
【日本の在来種は1種だけですが、スイレン属は温帯から熱帯にかけて、世界に約40種が自生しています。明治時代に外国産のスイレンが日本に輸入されるようになると、その花の美しさから一般に広まりました。その際、輸入種が日本在来種と同じ「スイレン」の名称で呼ばれたことから、ヒツジグサとスイレンが混同される原因になったようです。本来なら「西洋スイレン」と呼ぶか、英名の「Water Lily」「Pond Lily」にちなんで「水生百合」と呼ぶべきだったのかもしれません。】
【詩歌に詠まれたのは、輸入種が増えた明治以降に多く、在来種と混同していた歌人が多かったようです。
「水の焚く 夏の香炉の けぶりたる 薄紫の 睡蓮の花」与謝野晶子
「雨明るく なりし目前の ひつじ草」臼田亞浪
牧野富太郎博士は「日本名の未草(ヒツジグサ)は、未の刻(午後2時)に花開くから名付けられたものだが、開花時間は必ずしも一定でなく、もっと早いこともある。閉花時間は午後6時頃である。花は3日間開閉を繰り返す。漢名は睡蓮、子午蓮である」と述べています。
江戸時代の書『大和本草』には、「此ノ花ヒツジノ時ヨリツボム」という記述があり、明治時代までは、朝開いて、未の刻に閉じると思われていました。牧野富太郎博士はこれを実際に確かめるために、京都の巨椋池で早朝から夕方まで観察を続け、花は正午から午後3時頃までに咲き、夕方5〜6時頃に閉じることを確かめたというエピソードが残っています。】
この文章は【出典:牧幸男『植物楽趣』】となっていますが、牧幸男さんという方の著作としてネット上にあったのは『薬草歳時記』(ぎょうせい・1995年)で「1月から12月まで全36種の薬草の採取・調整時期、年中行事の中で占める位置、効能効果、各種の由来などを説明。薬草を手がかりにして歳時記と季節のつながりを綴る。」とありました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時05分=秋田 守
池塘が現れると、水面にヒツジグサが見えた。白い小さな花なので、さほど目立たないけど、よく見ると可愛い形をした花。そしてこの時期は、花もさることながら、葉っぱが赤く色づいているのが見物。そこに青空と白い雲が映り込んでいるのは何とも美しい。思わず立ち止まって見とれてしまう。木道を歩く人は相変わらず少ない。時折、数名とすれ違う程度。そんな状況なので、立ち止まりたい時に、好きに立ち止まることができる。ラッキー。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時06分=伊藤 幸司
イトトンボが来たんですね。尾瀬にいそうなイトトンボということで調べてみると、まずはオゼイトトンボ、それに似たオオイトトンボかエゾイトトンボという名前が出てきました。どれもブルー系のイトトンボです。
例えば『神戸のトンボ』の『デジタルトンボ図鑑』の『オゼイトトンボ』に次のような記述がありました。
【他のエゾイトトンボ属の各種と区別が難しい.♂の場合,エゾイトトンボ Coenagrion lanceolatum とは,腹部第2節背面の黒斑の形が,本種ではワイングラス型なのに対し,エゾイトトンボではスペード型をしている.北海道にいるキタイトトンボ Coenagrion ecornutum の場合は,この黒斑は本種とよく似たワイングラス型をしており,この場合は尾部付属器の形状で区別する.♀はいずれもよく似ていて難しいが,杉村ら(1999)の図説検索では,前胸後縁中央の突起の形で区別する方法が示されている.その他クロイトトンボ属ともよく似ていて,北の地域では慎重に同定する必要がある.】
さらに詳しい見分け方が『An Artless Riverside 大学生が虫を追いかけるだけの話』というブログの『オゼイトトンボ』(2017-05-17)にありました。
【成虫形態の特徴──科の典型的な特徴をよく反映した、中型やや細身のイトトンボ。体色・体斑には性差があるが、雌雄に共通して眼後紋が洋梨形であることと、胸部第二側縫線上に明瞭な黒条がないことが挙げられる。
♂:体色は黒と水色の反復模様。羽化直後の体色は白っぽく、成熟に伴って腹端から水色が発現していく。尾部付属器は下付属器が上付属器より長い。腹部第2節背面にはいびつなワイングラス形(?)の黒斑があり、他種との重要な識別点となる。
♀:他種とややこしい。若草色の個体(緑色型)と水色の個体(青色型・♂型)がいる。腹部背面は広く黒色だが、第8節後部で黒色部が途切れるのが特徴。
類似種──
◎エゾイトトンボ…似ている。東北・北陸の広域と北海道の一部地域で分布が重複する。オゼイトより大きい水域を好むが、中間的な環境では混生することも多い。雌雄共に眼後紋は半円形。
♂:腹部第2節背面の黒斑はスペード形。また、尾部付属器は短くて上下ほぼ同大。
♀:きわめて似ていて厄介。腹部第8節の黒色紋が、エゾイト♀では節の後ろ寄り、オゼイト♀では節の前寄りにある。
◎キタイトトンボ…遺伝子解析によればオゼイトトンボに最も近縁で、似ている。北海道で局所的に分布が重複する。眼後紋はオゼイト同様洋梨形。
♂:体色がオゼイト・エゾイトより緑っぽい傾向があるが、体斑・体色で確実に識別することは困難。尾部付属器が上下同大なので、オゼイトとはここで見分けるとよい。
♀:腹部第8節背面の黒色部の面積が広く、節の上部ほぼ全面が黒い。
◎カラフトイトトンボ…北海道道東に生息し、分布の重複は恐らくない。胸部側面の第二側縫線上に明瞭な黒色条が現れることで、容易に識別可能。
◎ホソミイトトンボ…関東以南の本州、および四国・九州に分布。
♂の細長い体型と色調はやや似ているが、完全な混生地は知られていない。眼後紋や腹部の青色斑のパターンも異なるので、しっか慎重に見比べれば間違うことはない。
◎クロイトトンボ属各種…全体的にエゾイトトンボ属各種よりがっしりとした体型で、複眼の上下の色は分離せず、グラデーションになっている。
しかし、♀は各種よく似ており、若干注意が必要。クロイト属の♀は産卵管の先端が腹部第10節の先端に届かず、エゾイトトンボ属の♀は産卵管の先端とと腹端が並ぶ。他にも眼後紋の形状や前胸の形態など、細かな差異でも識別できる。】
トンボ愛好家の皆さんはかなり緻密な文章を書いているように感じます。標本をじっくりと見ているという感じでしょうか。その説明を読めば読むほどわからなくなりますが、オスの方は「きれいなブルー」が印象的なのに対して、メスはちょっと黒っぽい。とりあえず、それじゃないかというあたりで決着をつけておきたい気分です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時06分=秋田 守
東へ向かって木道をずっと歩いていて、振り返ってみると、至仏山がきれいに見えた。登山道もくっきり見える。至仏山へは15年前、まだ一方通行になる前、鳩待峠から登ったことがある。7月、ひどい雨と風だった。お目当てのオゼソウは見られたけど。その後、一方通行規制や入山禁止期間ができたり、登山道もロープ規制が厳しくなって花の写真が撮りづらくなり、それならいっそ笠ケ岳へ行こうかと言いつつ、行けずじまいになっている。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時08分=伊藤 幸司
至仏山を振り返りました。紅葉の時期、至仏山から深い森に潜り込んで湯の小屋温泉まで下ったことも2度ほどあります。一度は湯の小屋温泉に到達直前のところで、登山道の曲がり角の向こうにクマがいました。あちらが一瞬先に逃げたので、先頭の私ひとりが背中を見ただけでしたが、そこにクマがいた痕跡はみなさんに感じとってもらうことができました。出会い頭にゴッツンコという感じだったらなにが、どうなったか、という印象でした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時08分=伊藤 幸司
ここが上田代のベンチ、ですかね。池塘をゆっくりと眺めたので、イトトンボにも気づきました。向こうに見えるのはもちろん燧ヶ岳です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時10分=秋田 守
尾瀬ヶ原を歩き始めて20分ほど、木道を数名の歩荷さんがやってきた。背より高い荷だが、どうも空箱のようで、これから鳩待峠へ荷を受け取りに行く所のようだった。見晴あたりの小屋で働いている若者たちだろう。コーチが、靴に注目、というので見てみると、言っちゃ悪いが、相当履き込んだ安っぽいズック靴、という感じ。みんなそうらしい。ほぼ木道しか歩かないわけだから、長靴も地下足袋も、ましてや、登山靴など必要ないわけだ。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時14分=伊藤 幸司
私たちの仲間がボッカ(歩荷。あるいは強力=ごうりき)さんたちとすれ違いました。尾瀬の山小屋の多く(ほとんど?)は必要物資の調達を人力に頼っています。
かつては富士山が山岳ボッカのメッカで、山頂の気象観測所のためにボッカは冬期も必要でした。その富士山ではボッカはブルドーザーでの荷揚げに移っていきました。北アルプスではヘリが荷揚げの主役です。
そのボッカがいまも山小屋経営の主力として残っているのが尾瀬です。私のこの写真、うまく撮れていないのですが、尾瀬のボッカさんたちが安物の運動靴を履いている証拠として撮ろうとして一瞬間に合わなかったのです。
私がひとりで登山講座を始めた1995年以降、登山靴を買う前に「運動靴で来てください」と語るようになった最後の判断には富士山のボッカが地下足袋を履いていると知ったことにあります。ほとんど最後のボッカといわれる人を取材したのです。
それ以前のことになりますが、1987年に『初めての山歩き』(主婦と生活社)を出したとき「きちんとした登山靴を買って、靴底が片減りする前に一度ソールを張り替えると靴をいい状態で長く履ける」……と書いた記憶があります。ほとんどすべての登山靴がイタリア製の「ビブラムソール」を張っていた時代です。
その後登山道の下りで滑らないためには「登山靴の靴底のブロックパターンやエッジに頼るより、柔らかい靴でつま先立ちして重心移動をきちんとすると驚くほど滑らない」という主張になり、1998年の『がんばらない山歩き』(講談社)では登山の常識とされ続けている「登山靴はアシを守ってくれる」という事実誤認に対してノーと叫んでいます。
【登山靴は足首以下をしっかりと固定し、靴底に板を入れてしならないようにして、つま先で岩や氷の急斜面に立てるように作られているのである。急な斜面をつま先だけで(多くの場合はアイゼンという鉄の爪をつま先に二本出して)歩けるという特殊な専用靴(登攀用登山靴)として作られている。アシをガッチリと固めるのは、アシを守るためというよりも、岩や氷の壁の登攀のためという、攻撃的機能なのだ。
だから本格的な登山靴は(スキー靴ほどではないが)平地を歩くのはあまり得意ではない。】
【サスペンションであるヒザをまもりたいなら、まずは「バネ下重量」を軽くできる、しなやかで軽い靴をはいた方がいい、と私は提案するのだが、平地を歩きやすくした軽登山靴やトレッキングシューズ、ハイキングシューズなどが、どれもこれも、軽快さより4WD的重量感というコンセプトになっている。それが多くの人のヒザを痛める遠因になっているということを指摘しておきたいのだ。
ヒザを痛めるのはとくに下りで着地の衝撃を蓄積していくことによるのだが、このときに重厚な登山靴はよほどしっかりと靴の動きをコントロールできないと、小突起を踏むたびに足首をひねることになる。登山靴はネンザを引き起こしやすい靴でもある。
また足首をかなり意図的に動かしてつま先を下げないと斜面にフラットに靴底を着地させることができないので、カカト着地になる。カカト着地の場合、振り出したアシは着地と同時に重心の移動も引き受けることになるので、カカトをしっかりと踏み込んでいくことになる。ヒザは伸びきっているから、カカトに受けた衝撃はそのまま伝わっていく。スプリング機能を殺した歩き方になりやすいのだ。
登山道で、音を立てて下っていく登山者をたくさん見る。平地でのスポーティな歩き方である速歩(エクササイズウォーキング)のまま下る方が楽に思えるからだろうが、ガツン、ガツンと発する着地音が、そのままヒザや腰への衝撃の強さとなっていることを知れば背筋が寒くなるだろうに、みなさん元気を誇示するように、疾風怒濤の下山である。】
【ほんとうは体重を乗せた軸足一本で下り斜面にきちんと立って、そのままヒザを十分に曲げながら垂直に沈み込んでいきたい。前に振り出したアシは、つま先で探りながら着地する。着地してから前足に重心を移動するのである。
そういうあるき方をするのであれば、つま先を自由に動かせ、つま先の触覚を鋭敏に保てる薄くてしなやかで軽い靴であるほうが圧倒的にいい。靴底の薄い運動靴でとがった岩のアタマを踏んで下るのは、ほんとうに気持ちよく、しかも安全なのだが、そのことを多くの人は知らないはずだ。】
【下り斜面で片足できちんと立てるようになり、ゆっくりとカラダを落としていけるバネの力を存分に発揮させることができるようになると、目にはすべりそうな斜面も意外なほどすべらない。スキーの直滑降の前傾姿勢を維持できていれば、登山道では靴底のブロックパターンの有無などはほとんど問題にならない、ということがわかってくる。】
【そこで、耐久性ということを除外して、とりあえず靴は何がいいかというと、アシになじんだ運動靴ならなんでもいい。昔は山小屋のある登山道には強力(ごうりき)と呼ばれる荷担ぎの人の姿がよく見られたが、彼らの足ごしらえは地下足袋が多かった。最近、尾瀬で見た強力さんたちはみな、ごくふつうの運動靴をはいていた。】
私が最後までひっかかっていたのは、軽装なら軽い靴でもいいけれど、本気で荷物を背負うとしたらしっかりした登山靴が必要だという従来の教え。それが100kgの荷物を背負うボッカさんたちに必要なかったとわかったのが救いだったのです。以後通常25kg前後、大きな山では35kg前後というザックを運動靴一足で通年とおすという山歩きを続けることになったのです。
そういう私の最盛期の足拵えとほとんど同じボッカさんの運動靴をここでは撮りたかったのですが、気づくのがちょっと遅かった。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時16分=伊藤 幸司
木道の周囲に紅葉し始めたネバリノギランが出てきました。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ネバリノギラン』には次のように書かれています。
【ネバリノギランは至仏山には多いが尾瀬全体でみると、それほど多い植物ではない。
燧裏林道:横田代の尾瀬ヶ原側、燧ヶ岳の2つの田代(広沢田代・熊沢田代)、沼山峠から大江湿原に降りた地点、尾瀬ヶ原:下田代の赤田代分岐(東電小屋分岐)〜見晴(下田代十字路)の間などでは比較的目に付く。
至仏山では、オヤマ沢田代・小至仏手前のベンチ&テラス付近にネバリノギランが数多く咲いている。
つまり尾瀬では、湿原でも山道でもネバリノギランは見られる訳です。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時16分=伊藤 幸司
私は見た瞬間にこれが「ネバリノギラン」だと決めつけて、周囲の人にもそう言ったのですが、考えてみれば決定的な特徴がわかっていたのではないのです。この平凡な草がなんでネバリノギランかと聞かれたら答えられない、というのに。なんですかね。でもこの夕日を浴びたような赤み、きれいですね。そういう色も以前に見ていたというわけではないのですが。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時16分=秋田 守
ヒツジグサのアップ。名前の由来は、未の刻(午後2時)に花を開くからということだそうだが、実際には午前10時頃から夕方ぐらいまで咲くとのこと。朝早いのは苦手のようだ。まあ、いぜれにせよ遅めに咲く花は珍しいので、そんな名前が付いたのだろうと解説されている。でもこの写真を撮影したのは13時過ぎだけど、まだ開ききっていない花もちらほら。おいおい、寝坊にもほどがあるぞ。葉っぱの紅葉、3割ぐらいといった感じだろうか。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時17分=伊藤 幸司
尾瀬ヶ原の池塘の主役はヒツジグサだとわかりました。じつはもうひとつ、アカハライモリも池塘の主役だと思ってかなり注意して探したのですが、見つかりませんでした。
『尾瀬マウンテンガイド』の『池塘のイモリ』(2016.05.24)にはこう書かれています。
【池塘をじっと観察していると呼吸をしに水面に上がってくる様子が観察できます。
アカハライモリの姿はとっても愛嬌があり可愛らしいです。
2枚め写真に写っている泡はアカハライモリの呼吸のあとです。
このアカハライモリはものすごい再生能力を持っているんです。
手足や尾、アゴ、目、心臓、脳までも、傷跡を残さず再生できるとか。
とんでもない能力ですよね。再生医療の研究への応用が期待されています。
尾瀬の池塘でぜひアカハライモリを探してみてください!】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時17分=伊藤 幸司
ヒツジグサの花についてはいいレポートがありました。『井伊影男の植物観察──植物の生き方の不思議さ、彼らのたくましさ、したたかさに触れる。しかし、観察者が井伊加減男だからなあ。』というブログで『北海道の花・ヒツジグサ』(2019年02月12日)
【ヒツジグサ。スイレン科スイレン属。
水生植物の一つで、根は水底の土中にあり葉は水面に浮かぶ。「浮葉植物」と呼ばれる。
普通の葉の多くは裏面に気孔をもつが、浮葉植物であるヒツジグサの葉は表面(上面)に気孔をもつ。
葉身は長楕円形で下部は大きく凹入している。ヒツジ(偶蹄類)の足跡にも似ている。
◎ヒツジグサの葉と花。
花は午後2時(ヒツジの刻)頃満開になるので「未草(ひつじぐさ)」と呼ばれるようになったという語源説がある。
ヒツジグサはスイレンの原種と言われ、花が夜は眠るように閉じるので「睡蓮(すいれん)」とも呼ばれる。
ヒツジグサは貧栄養〜中栄養で弱酸性の池沼が生育場所、水が汚れて富栄養化すると生きていけなくなくなる。
◎ヒツジグサの花。
萼は4枚、外側は緑色を帯び内側は白い。この後開花する。
開花1日目は、雄しべは未熟状態で周囲にひろがり、中心部の平らな柱頭が活性化して雌花の働きをする。三日目位になると雄しべが柱頭部を被い、花粉を出し始める。雌性先熟の花で、雌性期から雄性期に移行する。
花弁は8〜15枚で長さは萼片とほぼ同じ。花後、柄は湾曲して沈み、果実が熟すと割れて種子は浮かび上がる。種子は仮種皮に気泡を含んで水に浮き、水の流れにのって散布される。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時17分=伊藤 幸司
尾瀬ヶ原にはほとんど無数の池塘がある、という雰囲気になってきた上田代です。
尾瀬の池塘については『トラベルロード』というツアー会社の『尾瀬ツアー』に『尾瀬の見どころ』という情報ページがありました。
【その数、尾瀬ヶ原だけで約1,800。湿原を彩る大小の池
尾瀬ヶ原には大小様々な池があり、美しい風景を引き立てています。湿原の泥炭層にできるこうした水たまりは『池塘(ちとう)』と呼ばれます。(『池溏』という表記もあり)
尾瀬ヶ原には約1,800もの池塘があります。なかでも上田代(尾瀬ヶ原西部、山ノ鼻から上ノ大堀川のあたり)に多く、大きさや深さは様々。なかには浮島をもつものもあります。
また、池塘ではオゼコウホネやヒツジグサといった水生植物が花を咲かせ、訪れる人の目を楽しませます。
『池塘』の命名者は植物学者・登山家の武田久吉博士。 『尾瀬と鬼怒沼』という著書もある武田博士ですが、大正〜昭和期の尾瀬ダム化計画には環境保全の観点から反対を表明し、「尾瀬の父」と呼ばれる人物です。】
ちなみに武田久吉は幕末に大活躍した英国の外交官アーネスト・サトウの息子。当時夏の国際社交場といわれた中禅寺湖の別荘族で、そこから奥日光〜尾瀬といったあたりは徒歩旅行の範囲で植物採集のエリアだったのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時18分=伊藤 幸司
『公益財団法人尾瀬保護財団』の『尾瀬を知る』『尾瀬の自然概要』に『尾瀬ヶ原の成り立ち』がありました。
【現在の尾瀬ヶ原に当たる部分には、燧ヶ岳や周辺の山々から泥流が押し出して、ゆるい扇状地地形をつくったり、川が曲がりくねって流れ、氾濫を繰り返したりしていました。浅い湖はこの時に埋め立てられてしまいました。
この様な川の三日月湖(蛇行する川の一部が切り離されて湖となったもの)や後背湿地(こうはいしっち・氾濫した河水がもとの川に戻らず湿地状になったもの)などから、泥炭の形成が始まりました。およそ8,000年前頃と思われています。
現在の尾瀬ヶ原の泥炭層の厚さは、ボーリング調査などから見て4.5メートル以上ありますが、おそらく5メートルを超えるところは稀でしょう。
尾瀬の泥炭の堆積速度は、堆積した時代の気候、泥炭をつくる植物、分解度などによって異なるのが普通ですが、およそ1年間に0.7〜0.8ミリメートルと考えられています(従って湿原への踏み込みにより1センチ陥没した場合、その回復には10年以上の歳月が必要となります)。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時19分=伊藤 幸司
尾瀬の木道を、自分たちの好きなペースで歩けるというは、とても幸せな感じです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時19分=伊藤 幸司
水面を覆い尽くすヒツジグサの葉ですが、根っこは池底にあって、水中に枕水葉、水面に浮葉という2段構えなんだそうです。花が咲いた後、実がなるときには水中にあって、種子は最後に浮かび上がって、流されて、新天地を求めるというのですから、見た目ほどシンプルな“人生”ではなさそうです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時22分=秋田 守
行く手にずっと燧ヶ岳が見えているが、山頂付近には雲がかかっていて、なかなかビシッと全容を見せてくれない。この後も小屋に着くまで、山頂付近の雲は取れそうでいて、なかなか取れず、結局こんな感じのままだった。湿原の縁にはシラカバが並んでいて彩りを添えている。それにしても静かだ。風の音、時折、鳥の声が聞こえる程度。こんなに贅沢気分を味わえるとは思ってもいなかっただけに、しみじみ嬉しいやら、ありがたいやら。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時26分=伊藤 幸司
木道は川を渡ります。足元に出てくるプレートには「上の大堀川橋(かみのおおほりがわはし) L=12.0m」とあります。その川の名は昭文社の『山と高原地図』に出ています。鳩待峠〜富士見峠の稜線から尾瀬ヶ原に下って、ちょうど牛首のところで上田代を横断、北岸で鳩待峠から下ってくる川上川に合流するのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時26分=伊藤 幸司
ヤマドリゼンマイが現れました。『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)にはこのように書かれています。
【きれいな花を咲かせるわけではないが、尾瀬の風景になくてはならない名脇役。かつては山小屋の食卓も飾ったという。カクマと呼ばれ、ゼンマイ同様、若芽を干した後よく揉むとおいしくなるという。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時26分=伊藤 幸司
このヤマドリゼンマイはものすごいパワーを感じさせるのですが、尾瀬ヶ原全体に広がるものではないようです。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ヤマドリゼンマイ』によると【湿原に生えるといっても乾き気味の湿原に生え、低層湿原や高層湿原には生えない。】とのことです。
【尾瀬では特に尾瀬ヶ原:中田代にある至仏ヶ淵(下ノ大堀川蛇行点)の周遊路入口付近の、周囲よりちょっと小高くて渇き気味の場所に大きな群落を形成している。
同じ尾瀬ヶ原:上田代の上ノ大堀橋の下流部左岸にもヤマドリゼンマイの大群落があります。
昔は尾瀬沼の水は全て沼尻川によって尾瀬ヶ原に流れ込んでいましたが、尾瀬沼西岸:沼尻に堰を作って尾瀬沼の水位を上げ、トンネル形式の放水路を作って尾瀬沼の水の一部を群馬県側の片品川に流すようになってから、沼尻川経由で尾瀬ヶ原に流れ込む水が少なくなり、尾瀬ヶ原の乾燥化が進んだため、ヤマドリゼンマイが増殖したので、「尾瀬にはヤマドリゼンマイが多い!」と喜んでばかりおられません。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時26分=伊藤 幸司
これが上の大堀川橋(かみのおおほりがわはし)。こうやって客観的に見てみると、手すりのない橋というのは大胆ですね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時27分=伊藤 幸司
まさに、この場所、この角度の解説が『すいすい尾瀬なび──尾瀬の自然のようすを毎日紹介! by 尾瀬保護財団』に『清流の植物(川の中に何がいるかのぞいてみよう)』(2007/02/03)がありました。
【時期:7月〜9月 場所:上ノ大堀川橋 観察テーマ:見る
上ノ大堀川橋から川をのぞき込んでみると、スギナモという水草が生えていて、ゆるやかな川の流れに揺られているのを見ることができます。スギナモは北日本の池沼に生育する水草で、細かい葉が輪生した多数の茎が束となり、房状になって川面を覆うほどの大きさになります。8月には茎の先端が水面から出てきて、突き出す独特の姿になります。
水草は水の温度や流れの速さ、きれいさや水質などに敏感な植物で、環境の変化によって種類が変わってしまいます。水質のバロメーターともいえる水草は、日頃から気をつけて見ていきたい植物です。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時28分=伊藤 幸司
ここはちょうど牛首のあたりなんです。右手からこのあたりに向かって尾根が伸びてきています。富士見峠から竜宮十字路へと下ってくる長沢新道がそこにあります。でもなんで撮ったかというと、その尾根の先端部、はるか前方に竜宮小屋が見える気配がしたのです。それと同時に、なんだか白い点々が湿原上に見えたからです。オリジナル画像を拡大してみると、そのどちらも、わかっていて見るのであれば……という程度に写っています。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時31分=伊藤 幸司
足元にミヤマワレモコウ。なんか、ずいぶんパワフルな感じがします。しゃがんで撮れるのでクローズアップしておくべきだったと思いますが、撮ってませんね。この元気な感じ、貴重でしたね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時32分=伊藤 幸司
イワショウブの花がありました。この1本だけでは私にはイワショウブとわかりませんが、周囲に散在しているので間違うことはないのです。時と場所によっていろんな表情を見せる花、かもしれません。
『尾瀬マウンテンガイド』の『イワショウブ』には【イワショウブの特徴は花と実の色が違うこと。花は白く、実は赤です。赤い実も花のような見た目で、違う植物のようにみえます。】とあります。
また【イワショウブの茎はネバネバ。アリに花粉を盗られないように対策しています。】とありますが、その感じはこの写真からわかる……かもしれません。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時32分=伊藤 幸司
イワショウブはこんなふうに見えるのがフツーだと思います。
しかし『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『イワショウブ』には【尾瀬では、どこの湿原でも見られ、 7月下旬から9月に開花し、長い期間開花したてのイワショウブが見られるが、咲くと直ぐに実をつけ赤く色づいてきて、花・未熟な実・真っ赤な実が並んだ状況が見られ、撮影しているとよく名前を聞かれる花である。】とか。
また写真解説として【①から③に進み、花弁がついたまま実が色づく株もあるが、①から②のように花弁が落ちても実が青い株もあり、④のような株もあり、慣れないと同じイワショウブとは分からない人も多い。】とのこと。私などは見落としていますね、きっと。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時34分=伊藤 幸司
ここが中田代三叉路。左へ行くと東電小屋です。竜宮小屋までは2.2kmとありました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時43分=伊藤 幸司
まあ、なんとなく、ヒツジグサが池塘に描いた一幅の絵として……。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時43分=伊藤 幸司
これもヤマドリゼンマイです。紅葉というか、枯れつつあるというか、なにかドラマチックな表情です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時45分=伊藤 幸司
1分後に下の大堀川橋を渡る、というところ。木道が新しくなり、ヘリで運ばれた資材が点々と置かれています。
ここで見ると尾瀬ヶ原の木道は太い杭を3本打ち込んで、そこに幅30cmほどの厚板を立ててボルトでしっかり固定しています。その上に角材を3本並べて、それを往復2本……という構造。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時45分=秋田 守
尾瀬ヶ原の木道はメンテナンスが丁寧にされているようで、木道の材木の端に設置した年号が東電を表すTEPCOとともに焼き印されていた。昭和46年に域内の木材調達が禁止され、以降は長野産カラマツを使用しているという。ここは、まさに新しく付け替えたばかりの所。ピッカピッカで、材木の匂いが漂ってきそうなほど。ちょうどこの日も資材運搬のヘリコプターが何度も往復していたが、重い資材はヘリコプターで運んでくるのだろう。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時50分=伊藤 幸司
ヒツジグサの葉はとりたてて愛想が良いという感じではありませんが、こう見るとなんとなくドラマを感じます。
『農村工学研究所メールマガジン』の『第64号(2015年7月号)』に『ヒツジグサ』がありました。
【別名: スイレン,カメバス,コレンゲ,カッパグサ,ハクセン(白鮮)】
【農業との関係……水田に生えることはないが,ため池にはかつてよく見られ,ため池を水源とする地域では馴染みの水草。熱帯スイレンや温帯スイレンなど外来種由来の園芸スイレンは地下茎を泥中に伸ばし繁茂するため,ため池では取水障害などを引き起こすが,在来のヒツジグサの根茎は横に拡がらず,また全体に小型のため,ため池で障害となることはほとんどない。】
【一言うんちく……日本の在来種であるヒツジグサですが,近年,各地で減少し,全国26都府県で絶滅危惧種に指定されています。外来種の園芸スイレンが各地で増殖しているのに対し,ヒツジグサは園芸スイレンよりも富栄養化などの水質の悪化に弱く,また埋め立てによる生育地の消失が大きな要因です。】
『植物多様性を知る・守る・伝える──筑波実験植物園』の『植物図鑑』の『ヒツジグサ』にも【カッパグサ, カメバス, コレンゲ等多数の別名が存在する。】とありますが、そういう名前で検索してみたら、このサイトが出てきたという感じです。
そこでちょっと気になるレポートが……
【研究者ノート──スイレン科は今生きている日本の植物の中で最も原始的な被子植物であることは案外知られていません。かつてはモクレン科とかキンポウゲ科などが最も原始的であると考えられたことがあったが、最近の分枝系統解析からそうではないことがわかりました。ちなみに、世界で最も原始的な被子植物はニューカレドニアに固有のアンボレラです。(加藤雅啓) 】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時51分=伊藤 幸司
ナナカマドが紅葉していました。草紅葉にも1週間早いかな? という日程だっただけに、この紅色は衝撃的でした。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ナナカマド』には次のように書かれています。
【ナナカマドは尾瀬ではどこの登山道でも見られるだけでなく、尾瀬ヶ原の木道脇、燧裏林道の幾つかの田代(湿原)の木道脇などでよく見られます。
確実なのは尾瀬沼南岸にある三平下の尾瀬沼山荘と尾瀬沼側木道との間の空き地で、数本のナナカマドが生えています。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時51分=伊藤 幸司
ナナカマドは尾瀬の全域にあって、高山性のウラジロナナカマドとタカネナナカマドはないようです。
そのことを確認したいと思っているうちに私だけの興味かも知れませんが、このナナカマド由来の甘味料があるということを知りました。
これは楽天市場がグーグル検索ページに殴り込んだ『ソルビットKK(22kg)』という缶入り食品添加物の誘導広告みたいです。
……なぜ注釈付きで引用したいかというと、その食品添加物とナナカマドとの関係を端的に書き上げた部分がそこにあったからです。
【ソルビット (sorbit) またはグルシトール (glucitol) ともいう。甘味があり、食品添加物などに用いられる。バラ科ナナカマド属 (Sorbus) の植物から発見された糖アルコールのため、ソルビトールと命名された。】
よくわからないながらさらに理解しようとすると、『ウィキペディア』の『ソルビトール』を読むことになります。
【ソルビトール (sorbitol) はグルコースを還元し、アルデヒド基をヒドロキシ基に変換して得られる糖アルコールの一種。ソルビット (sorbit) またはグルシトール (glucitol) ともいう。甘味があり、食品添加物などに用いられる。
バラ科ナナカマド属 (Sorbus) の植物から発見された糖アルコールのため、ソルビトールと命名された。】
たとえばリンゴの蜜──【リンゴの品種の一部では、果実内に転流してきたソルビトールを、グルコースやフルクトースといった糖に変換する代謝系が果実の成熟に伴って停止しても、果実内へのソルビトールの転流は継続する。そのため、果実内の維管束周辺にソルビトールが蓄積していわゆるリンゴの「蜜」と呼ばれる半透明部分を形成し、果実の成熟の指標となる。】
よくわからないけれど男性がドキッとする情報として【ソルビトールは、動物の体内ではグルコース(ブドウ糖)をアルデヒド基の還元によってソルビトールにした上で、再度別のヒドロキシ基を酸化し、ケトン基とすることでフルクトース(果糖)を生成する(ポリオール経路)。そのため、精子の活動時の栄養源として精液中のフルクトースを合成する精嚢内にその存在が確認されている。】
ソルビトール(ソルビット)は虫歯になりにくい甘味料、低カロリーの甘味料、魚肉練り製品の食感保持剤、医薬品、化粧品、特殊燃料とさまざまに利用せれているけれど、そのためにナナカマドを大規模に伐採しているわけではないようです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時51分=伊藤 幸司
念のために紅葉したナナカマドの葉をクローズアップしてみましたが、色がわかりやすい……という以上のものにはならなかったみたいです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時52分=伊藤 幸司
右手から下ってくる尾根が尾瀬ヶ原に入り込んでいるあたりが竜宮十字路。そこから右手へその尾根をすこし登ると、私の記憶にはっきりと残っている錦繍の森があるはずです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時54分=伊藤 幸司
この池のヒツジグサはたくさんの花を咲かせていました。じつは今日、どこかでアカハライモリを見たいと思っていたのですが、みつかりません。いるはずなんですが。
『公益財団法人尾瀬保護財団』の『今日の尾瀬』に『2017年6月19日-尾瀬山の鼻ビジターセンターより(イモリとサンショウウオの違い)』がありました。
【尾瀬ヶ原の池塘などの水たまりには、度々ニホンイモリを確認することができます。
アカハライモリとも呼ばれ、その名の通りお腹が赤いのが特徴です。
よく名前が似ているヤモリと間違えられ易いですが、イモリは両生類、ヤモリは爬虫類です。
イモリは基本的に水辺や水中で生活し、池塘でぷかぷか浮いている姿が可愛らしいです。
イモリのことをサンショウウオだと思われる方が多いのですが、サンショウウオは昼間は落ち葉や倒木の下などに隠れていることが多く、水中で泳ぐ事は幼生や産卵の時以外は少ないです。
他にイモリとサンショウウオの違いを挙げると、イモリには顔の後ろに耳線というものがあり、上から見ると頭が角張っているのに対し、サンショウウオは丸みを帯びています。
また体の表面にも違いが有り、イモリはぶつぶつしているのに対し、サンショウウオはつるつるとして光沢があります。
尾瀬にはニホンイモリによく似たクロサンショウウオやトウホクサンショウウオ、そして沢等の流水域付近に生息するハコネサンショウウオと三種のサンショウウオが生息しています。
なかなか日中にサンショウウオにお目にかかることは難しいですが、現在研究見本園の入口付近にてクロサンショウウオの卵がかえりそうで、今週中には幼生の観察ができると思いますので、ご興味のある人はご覧になってください。
イモリとサンショウウオ 同じ両生類のしっぽを持つ仲間です。
姿形は似てますが生態は違いますので、そんな違いを観察してみたら楽しいのではないかと思います。
担当:山田】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時56分=伊藤 幸司
竜宮尻というプレートのついた川を渡ると、たくさんの魚が泳いでいました。その後竜宮小屋でなんという魚か聞きたいと思いつつ、忘れてしまい、その後泊まった小屋でも忘れるなど、放置されてしまったこの魚、について書かれた文章がありました。
『ガイドの眼…尾瀬・武尊山・日光白根山』の『中田代』にこの魚が登場していました。
【竜宮には入口と出口の両方に行ける木道があるのですが、知らない人はどうも通り過ぎてしまうようです。とくに雪代の出る早春は迫力があるので見ていただきたく思います。6月中は透明度も高いので、イワナが泳いでいる姿を見つけることができるかもしれません。ちなみに10cm程の小魚がいつも泳いでいますが、これはアブラハヤでイワナではありません。ほとんどイワナのエサになってしまうのでしょうが、繁殖力は旺盛です。アブラハヤの仲間にウグイがいますが、ウグイは尾瀬にはいません。日本の在来種の中で、最も酸性に強い魚ではありますが、寒さに弱いためアブラハヤしか生き残れないのでしょう。ただ、アブラハヤは寒さに強いとはいうものの、もともと尾瀬に棲んでいたかのかはよくわかりません。古くから尾瀬では放流がなされているので。
話しが前後しますが竜宮へ行く手前に小川があり、ここでおかしな問題が生じています。それは、登山者が川の中にコインを投げ入れるというもの。群れで泳いでいるアブラハヤがありがたいんだかなんだか分かりませんが、入れる人が後を断ちません。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時56分=秋田 守
オゼトリカブト。ビジターセンターでは、オクトリカブトと表記されていた。一般的にはオゼトリカブトの名前で使われているようなので、倣わせてもらう。エゾトリカブトに次いで、世界で2番目に毒性が強いトリカブトだそうな。いやだな、こういうので殺されるのだけは。毒があるからこそかもしれないが、花の色は美しい。とりわけ逆光状態で、向こう側が透けて見えた時の青というか青紫色というか、その淡い色合いは例えようがない。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時57分=伊藤 幸司
トリカブトです。『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)には『オゼトリカブト』と出ています。ただし【オクトリカブトの変種で、湿原に直立するものをいう。最近の図鑑類には記載がないので、オクトリカブトとするべきか。】とあります。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)には『トリカブト』という見出しが立っていて、【トリカブトにはイブキトリカブト、ヤマトリカブト、オクトリカブト、オゼトリカブト、ジョウシュウトリカブト、ハコネトリカブト、ハクサントリカブト、エゾノホソバトリカブト、リョウハクトリカブト、ミヤマトリカブト・・・と、種類も多く、特定は極めて難しい。
尾瀬には様々なトリカブトがあり、山ノ鼻の研究見本園だけでも数種類のトリカブトが分布していると看板に記載されていますが、分類・特定が困難なため、この花図鑑ではトリカブトと総称しました。
9月に見晴(下田代十字路)付近、山ノ鼻研究見本園、尾瀬沼東岸:長蔵小屋前・横のカマッポリ田代などの山土・湿原を問わず、青紫色の美しい花が咲いております。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時58分=伊藤 幸司
ようやく竜宮小屋が見えてきました。先に行く2人の右手の先に見えています。燧ヶ岳にかかっている雲はどんどん動いているのにいつもこんな感じ。山頂をさらりと見せてくれる気配はありません。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 13時58分=伊藤 幸司
ここにもイワショウブがありました。多数派ではないけれど、なぜか目に飛び込んでくる花です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時06分=伊藤 幸司
2分前に竜宮十字路を通過しました。左に行くとヨッピ吊橋(1.5km)、右に行くと私が密かに愛している錦繍の森を経て富士見峠(4.2km)、まっすぐ行くと見晴(1.6km)、尾瀬沼(6.6km)という道標がありました。
竜宮小屋でできれば温かい飲み物か、甘い食べ物か、という期待を弾ませています。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時37分=伊藤 幸司
竜宮小屋のこのベンチでぐだぐだと25分も休憩しました。営業時間的な問題のようでしたが、飲み物も、食べ物もだめで、爽やかな空気と時間の流れを楽しみました。なにか話題が出ていたかとも思うのですが、覚えていません。尾瀬の秋晴れ。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時41分=伊藤 幸司
これは竜宮小屋のすぐ先にある竜宮沼尻川(ぬしりがわ)橋。ここで群馬県から福島県に入ります。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時42分=伊藤 幸司
これが沼尻川(ぬしりがわ)。すでに13時26分の写真のところで紹介した情報ですが【昔は尾瀬沼の水は全て沼尻川によって尾瀬ヶ原に流れ込んでいましたが、尾瀬沼西岸:沼尻に堰を作って尾瀬沼の水位を上げ、トンネル形式の放水路を作って尾瀬沼の水の一部を群馬県側の片品川に流すようになってから、沼尻川経由で尾瀬ヶ原に流れ込む水が少なくなり、尾瀬ヶ原の乾燥化が進んだ】……というその流れを渡ります。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時42分=伊藤 幸司
竜宮十字路の先に広がるのは下田代。「田代」という言葉については『コトバンク』の『精選版 日本国語大辞典(小学館)』の『た-しろ【田代】』に次のように書かれていました。
【〘名〙 田地。田となっている土地。また、田にするための土地。でんだい。
※多度神宮寺伽藍縁起資財帳(801)延暦二〇年一一月三日「合墾田并田代捌拾町肆段参肆拾歩」
※山家集(12C後)下「たしろ見ゆる池の堤の嵩添へて湛ふる水や春の夜のため」
[補注]現在も山中の湿地について田代と呼んでいる例が少なくないから、まだ開田されていない湿地をいうか。】
最後の【湿地をいうか】に微妙なニュアンスを感じますが。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時47分=伊藤 幸司
早くからヘリコプターの音は聞こえていましたが、とうとうこちらにやってきました。吊り上げているのは木道修理のための材木のようです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時47分=伊藤 幸司
どんどん高度を下げて、背景に山が入り込んでくるまでになりました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時48分=伊藤 幸司
荷物を下ろしたのは私たちが今夜泊まる見晴(下田代十字路)の近くでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時48分=伊藤 幸司
木道の周囲に、紅葉し始めたネバリノギランが増えてきたと感じました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時49分=伊藤 幸司
燧岳の山裾に見晴(下田代十字路)はあります。この写真ではすでに道が行き着く先に今夜泊まる予定の弥四郎小屋が見えています。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時50分=秋田 守
竜宮を後にして、あとは見晴へまっすぐ進むのみ。燧ヶ岳がずんずん近づいてくる。と、木道脇に地味目な花を見つけた。今回、時期も時期で、花はあまり種類も多くなく、期待度もたいして上がりようがなかったが、そんな中、一番見たかったのが、このアケボノソウ。ふう、対面できてよかった。花びらの小さな点々を夜明けの星空に見立てて命名されたという、なかなかロマンチックな名前。ぼくにとっては、とても好きなタイプの花だ。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時51分=伊藤 幸司
アケボノソウがあると教えられて撮りました。木道からかがみ込むとこんな感じに。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『アケボノソウ』には次のように書かれています。
【尾瀬のある会津には多い花であり、さほど珍しくもないが何故か尾瀬には、アケボノソウの分布は多くありません。
一番確実にアケボノソウに出会えるのは尾瀬ヶ原:山ノ鼻で、至仏山荘・山の鼻小屋・尾瀬ロッジの前を通り、左折して山ノ鼻田代に入りますが、その脇に数株が生えています。
左上の杭は入山者カウンターです登山口:大清水にある大清水湿原の中にも、数多くのアケボノソウが生えていて、8月中旬〜9月上旬に咲いています。
上部の赤丸の個所
尾瀬ヶ原の原ノ川上橋を渡って拠水林に入ると、高架式木道となりますが、その下に数株生えていますが、人通りも多い場所ゆえ、じっくりとの観察・接写撮影は無理です。。
尾瀬ヶ原:赤田代にもあり、赤田代分岐から進んで2つ目の木橋を渡って、前方に温泉小屋が見えてきた辺りの足元の複線式木道の間などに、9月になると咲いています。ここは人通りも少なく、木道も湿原と同じ高さゆえ、じっくりとした観察・接写撮影には向いています。】
下田代にもあったということです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時51分=伊藤 幸司
アケボノソウをアップしましたが、この写真の解説にピッタリなのが『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)でした。
【この花を見ると尾瀬の短い夏が終わったなという気になる。花びらには濃い紫色の斑点と黄緑色の蜜腺溝が2個ずつある。蜜腺溝にはアリが来ていることが多い。甘い蜜が出ているのだろう。和名は、これらの斑点を夜明けの星空に見立てたもの。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時51分=伊藤 幸司
せっかくなので虫に邪魔されずにきちんと見られるアケボノソウの花も。とてもいい光線状態でしたから。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時52分=伊藤 幸司
アケボノソウは下田代のほぼ中央を流れる川(名前はわかりません)の橋のたもとにありました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時54分=伊藤 幸司
いよいよ尾瀬ヶ原の西の外れ、下田代十字路です。「見晴」地区という別名は、もちろん尾瀬ヶ原が一望できる特異な場所だからでしょう。その名の由来を知りたいと思いましたが、いつごろから使われているのかというあたりも含めて、ほとんどわかりませんでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時55分=伊藤 幸司
尾瀬ヶ原の草紅葉がようやく始まったところということがよくわかります。
正面の見晴地区には山小屋が6軒集まって団地をかたちづくっていて、尾瀬観光の中心という存在に思えます。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時56分=伊藤 幸司
オゼミズギクだそうです。『尾瀬 植物手帳』(猪狩貴史・JTBパブリッシング・2016年改訂二版)にはこう書かれています。
【葉の裏に腺点と呼ばれる組織が多いものをオゼミズギクと呼び、ミズギクの変種。尾瀬のほか東北地方にも分布している。ニッコウキスゲが咲き終わると間もなく湿原に黄色の彩りを添え、紫色のサワギキョウとの競演は秋へのプレリュード。】

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時58分=伊藤 幸司
ヘリコプターが近くへ来たのか、私たちがヘリ空輸の今日の現場に近づいたのかわかりませんが、ヘリは目まぐるしく行ったり来たりしてほとんど着陸しないように思われます。パイロットにはトイレ休憩があるんだろうか、と思います。以前やはりこの尾瀬ヶ原でヘリの仕事を間近に見たことがあるので、けっこう頻繁にヘリが使われているのだろうと想像します。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時58分=伊藤 幸司
ほら、見晴の私たちが泊まる弥四郎小屋のすぐ脇に、木道の補修資材を運んでいるのは明らかです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時59分=伊藤 幸司
この写真、ロープを真下に下げていますから運んできた荷物を下ろし、次の写真でわかるように別の荷物を受け取る作業をしているらしいのですが、ヘリの先端部に小さな白い点が見えます。オリジナル画像で拡大して見ると、ヘルメットをした人が窓枠に胸を当てて外に乗り出し、左手を下げて合図しているように見えます。機体の最前部左右の下側には大きなバックミラーがついていますから、その場所から想像するに、バックミラーを使って真下の状態を見るときには、こんなふうに身を乗り出すのかもしれません。この人が操縦している人なのか、アシスタントなのかわかりませんが、わたしのささやかな経験ではヘリ空輸ではパイロットひとりが乗り込んで仕事していると思っています。
扉部分にはなんとかヘリコプターと書かれていますが、読めません。尾翼にある「JA9177」という機体記号で検索したらアカギヘリコプターの「204B-2(FujiBell )」という機体だとすぐにわかりました。71枚の投稿写真を見ると「群馬ヘリポート」を基地にしているように思われます。
そこで『群馬ヘリポート』を見てみると、【群馬ヘリポートは、群馬県の前橋市に位置する公共用ヘリポート(ヘリコプターの離着陸場)です。昭和63年の8月25日にOPENして以来、「警察活動」、「救難活動」、「消火活動」に使用され、地域の航空拠点として利用されていますとともに、民間ヘリコプターの利用も積極的に受け入れています。
また、平成11年に「フライトシミュレーター」が配置された「ヘリコプター学習館」が併設されており、多くの皆様にご来館いただいております。 ヘリコプター学習館の見学をはじめ、間近にヘリコプターの離着陸が見学できるようになっております。是非、皆さんのご来場をお待ちしています。】
このヘリは投稿写真によれば「RJTI」というヘリポートでも撮影されているのでどこかな? と思ったら、江東区新木場にある東京ヘリポートのことでした。ついでに「MMJ/RJAF」は松本空港ですし、静岡ヘリポートでも撮影されていました。
すごいですね、ネット社会ではヘリコプターにもプライバシーがないみたい。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時59分=伊藤 幸司
この写真で見ると、操縦席には2人がいて、さっき身を乗り出して下を見ていたのは副操縦士か、単純な作業員か、みたいですね。詳しことはわかりませんが。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 14時59分=伊藤 幸司
この道は弥四郎小屋に向かっていきます。見晴地区のメインストリートは弥四郎小屋の左側になります。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時07分=秋田 守
尾瀬ヶ原をまっすぐ歩き、行く手に見えてきた見晴の小屋群の正面、弥四郎小屋に到着した。15時過ぎのこと。ずっと尾瀬ヶ原上空を低空飛行で何度も往復していたヘリコプターが、小屋のすぐ横に荷を揚げ降ろししていた。運んできてるのは食料などの類いではなく、資材類のように見えた。運び出すのはゴミだろうか。弥四郎小屋には10年以上前に泊まったことがあるが、改築されてきれいになっていた。そのきれいな部屋が割り当てられた。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時25分=秋田 守
見晴には現在6軒の山小屋がある。一回りしてみると、どこも小ぎれいになっていて驚いた。ここ尾瀬小屋にはこれまで二度泊まったことがあるが、当時はフツーの山小屋だったと記憶している。それが今では、テラスなどめっちゃオシャレになっているではないか。なんだか高原リゾートみたいな感じ。そうか、今時はそういうイメージを抱いて訪れるお客さんが増えてるから、そうした期待を裏切っちゃいけないのか。なんだか複雑な気持ち。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時25分=秋田 守
弥四郎小屋。オーナーは鎌倉にお住まいの方だとか。だから周囲の小屋とはちょっと雰囲気が違うとコーチ。垢抜けてる、と言いたいのだろう。尾瀬小屋はたしか檜枝岐村の人がやってるはず。他もたぶんそうだろう。喫茶室前のテラスは昔からあったのかどうか記憶が定かではない。木のテーブルはあったことを覚えてる。そこで今と同じ700円の生ビールを飲んだから。ワインや日本酒も担いできて若い後輩たちと飲み続けたのだったなあ。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時26分=秋田 守
弥四郎小屋の近くにはいろいろな花が咲いていた。これはミヤマワレモコウ。小さな花がたくさん集まっている。これがバラ科の花というのだがピンとこない。色だけは確かにバラの仲間と言っても通用しそうだが。これまた生薬として昔から活用されてきたようだ。源氏物語にも登場するとのこと。漢字表記においては、吾木香、我毛紅、我毛香、我妹紅など様々なバージョンがあるが、最も標準的な表記は、吾亦紅。俳句や短歌ではこの表記。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時26分=秋田 守
これも小屋近くで見かけた。オゼヌマアゼミの花にヒョウモンチョウらしき蝶が止まっていた。ひょっとしたらウラギンヒョウモンチョウかもしれない。尾瀬周辺で見られるヒョウモンチョウの仲間は、ヒョウモンチョウ、コヒョウモン、ギンボシヒョウモン、オオウラギンスジヒョウモン、ウラギンスジヒョウモン、ウラギンヒョウモン、ミドリヒョウモン、メスグロヒョウモン、ツマグロヒョウモン。こんなにたくさんいるのか、訳分からん。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時29分=伊藤 幸司
これは弥四郎小屋の男性用風呂。今回参加した男性メンバーのひとりによると隣りの女性用風呂の窓ガラスはすりガラスになっていた、はず、とのことでしたが、女性陣に聞くと、いやいやちゃんと外が見えましたよ、とのこと。
浴槽が2つあるのはたぶん繁忙期と閑散期の湯量調節のためのようです。
ちなみに、部屋にあった宿泊マニュアルはなかなかのものでした。
【ようこそ尾瀬ヶ原へ
ここは山小屋です。ご利用上、いくつかご不便をお掛けする点や、山ならではの守って頂きたいルールがありますので、お知らせいたします。
皆様のご理解とご協力をお願いいたします。
1、非常口は確認しましたか?
車道からは3時間以上離れて消防車も救急車も入れない山中です まずは自己防衛してください
2、24時間発電! 5台の自家発電機が浄化槽機能維持のために。
非常口を示す誘導灯は火災報知器に連動して非常時に、点灯します(Ac、Dc 2系統)また21時以降発電機を大型から小型に切り替えます。(CO2削減のため)
消灯時間を過ぎると、廊下や階段及びトイレの一部をバッテリー電球で照らす以外、各部屋の灯りは点きません。早朝出発の方も多いので、お休みの準備はお早めに!
3、お風呂での石鹸・シャンプーは、お控えください。
山の水は冷たいので合併浄化槽の性能を落とさないように、又、啓蒙活動として尾瀬の山小屋全体で皆様にご協力いただいています。(手洗い時の石鹸や歯磨きなどは清潔維持法の観点から使用できます)尚、長期滞在の方や事情のある方は、ご相談下さい。この限りではありません。
4、空き缶はつぶさずに!
売店や自販機でお買い求めのビールの空き缶は、リサイクルの為一つずつ中を洗っています。つぶした缶は中を洗えないので産業廃棄物扱いになり小屋では預かれません。
5、ペットボトルは持ち帰り願います。
キャップの付いた封のできるタイプは水筒の代用にするなどして持ち帰りをお願いします。お預かりには、別途20円承ります。
6、個室ご希望の際は平日にお越しを!
山小屋は積雪期間が長く約5ヶ月の短期間営業です。なるべく低料金で皆様にご利用頂けるよう土曜日や、連休など集中日は原則、相室了承の上お越しください。もちろん、土曜でも空いていれば出来るだけ個室対応します。期間を通してみるとすいている時期も多いので個室料は、いただいてません。又、山の天候急変や、スリップ転倒などを考えると、当日キャンセルも、やむをえない場合が在りますので、違約金も頂きません。(お客様と旅行業者さん間の契約は除く)
万一、引き返すことになったら最寄りの地点から連絡してください。
7、飲料水について
水道水は、燧ヶ岳中腹よりの共同水道又は、小屋脇に湧く清水のどちらかを滅菌消毒の自動注入をして使用しています。共同水道の水圧は屋内外消火栓に適し採用していますが、雪解けや大雨の後等に若干濁ります。一方小屋の清水は、澄んでいますがポンプアップの為、真夜中など、使用しない時間が長く続くとモーターの安全回路が働いて、早朝水がストップしていることがあります。その際は、お茶所のポットをお使い頂くか、外の清水をご利用ください。
いずれの場合もお気付きの方はお知らせください。水道の切り替えを致します。(消火栓は常時、共同水道使用)
8、個人情報ポリシー
当局より、捜索や救助の問い合わせ等に応じることがあります。宿泊者名簿に記入の際連絡先、年齢、人員、予定コース等は出来るだけ正確にお願いします。又、小屋便り(季節ご案内のはがき)の必要無い方はお伺い帳横に(要、不要)記入をお願いします。
*山小屋利用上ご留意頂きたいポイントです。お気付きの点があればどうぞお聞かせください。】
できるかぎりプリントされた文章を、そのまま書き写しました。かなり個性的な人物が気合をこめて書いたものだと感じます。勝手ながら鎌倉の予約の電話に出られた男性のものではないかと想像しつつ読みました。
ちなみに北八ヶ岳の高見石小屋も連絡先が茅ヶ崎になっていますが、湘南の香りの入った山小屋という意味で私には興味があるのです。(くわしいことはなにも知りませんが)

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時30分=秋田 守
オゼミズギク。オゼと付いているが、尾瀬の固有種ではない。東北地方で多く見られるらしい。8月の中旬ぐらいから咲き始めるとのこと。某植物写真家は、尾瀬と言えばミズバショウ、ニッコウキスゲ、紅葉が人気ベストシーズン3だが、人混みは好きでないのでそれ以外の季節に入山することが多く、中でも秋風が立ち始める頃が好き、サワギキョウの紫、イワショウブの白、そして黄色のオゼミズギクが咲いている頃がいい、と書いている。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時47分=秋田 守
弥四郎小屋のお風呂。窓の外に尾瀬ヶ原、そして至仏山が見えるという絶景風呂。お風呂には入れるだけでもありがたいのに、この眺めまで楽しめるというのは素晴らしい。10年前にも感動したが、その時は、同行した女性陣に訊くと、女性風呂は覗き防止のためか磨りガラスが嵌まっていて外は見えなかったと残念がっていた。が、今回、確認してみたら、女性風呂からも外の景色が楽しめたとのことだった。やはり景色が見えた方がいいよね。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時55分=秋田 守
風呂上がりには、当然生ビール。が、コーチとKさんは、テラスでプレスコーヒーを注文していた。2杯分は入ってる、と嬉しそうに。まあ、弥四郎清水で淹れたコーヒーが美味しいのは分かります。漂ってきた香りもいい香り。でも、でも、やっぱりぼくはビールだな。至仏山を眺めながら、涼しい風に吹かれて、冷たいビールをグビッとやる幸せ。今回はあいにく不参加だったが、飲み友達のWさんが一緒だったら、絶対もう1杯お代わりしたな。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 15時58分=伊藤 幸司
弥四郎小屋の喫茶室には400円のブレンドコーヒーと、500円のプレスコーヒー、アメリカンコーヒー、アイスコーヒーがありました。もちろんビールという選択肢のひともいましたが、それほどアルコールに依存しない人や、アルコール拒絶系の人にはうれしい選択肢でした。
が、じつは私は「プレスコーヒー」というのを知りませんでした。紅茶に使われることのあるその道具は、じつはもともとコーヒー用のフレンチプレスというもので、豆の風味をできるだけ損なわないように飲もうという、いってみれば、できるだけ良い豆を、できるだけ良い状態で飲みたいという方法とか。そんなことも知らずに、400円のブレンドより、ここでは500円のプレス、という程度の判断で頼んだのです。3分だか、4分だか待ってからプレス板を押し下げて、自分でカップに注いでください、といわれたのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時28分=伊藤 幸司
喫茶室を背にしてベランダの椅子に座っていると、この風景がありました。至仏山が正面です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時40分=伊藤 幸司
16時28分の写真から10分ほど経つと、登山者が2人こちらに近づいてきました。私たちはただ、ボーッとベランダに座って、暑くも寒くもなく、風もなく、夕日はまだドラマチックでもなく、何することもない時間の流れの中にいました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時46分=伊藤 幸司
ただ、あとから女性陣が出てきたので、わたしたちは席を譲って、それでもこのあたりに居続けたのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時47分=伊藤 幸司
この日の日没は(福島県で)17時44分でしたから、まだ1時間。17時には夕食の予定です。雲の隙間から夕陽が差してくれそうではあるけれど、どこに落ちていくかわかりません。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時50分=伊藤 幸司
夕食の時間が迫ってきたので、明るいうちに弥四郎小屋を振り返っておこうと思って尾瀬ヶ原へ踏み出すと、ウメバチソウがありました。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)では『ウメバチソウ』は【尾瀬では、ほぼ全ての湿原で見られる花で、お盆過ぎあたりから咲き出し、結構数も多く目立つことから、撮影中によく人に尋ねられることが多い。】とのこと。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時51分=伊藤 幸司
燧ヶ岳は、今日はじめて2つのピークを両方見ることができました。左が標高2,356mの柴安嵓(しばやすぐら)、右が標高2,346mの爼嵓(まないたぐら)。この写真では左のピークが高く見えるけれど、10mの差がこんなにはっきり見えるかどうか。
私は首が曲がっているので自分の顔に合わせてカメラを構えると2度ほど水平から傾くのです。水平をチェックできる構造物が画面内にうまく入っていればそれに合わせられるのですが、感覚で広い風景を撮ると水平についてはまったく自信がないのです。
ただ、最近はカメラに電子水準器がついているので、この写真も水平はとれているはず、と思うのですが、ちょっと自信がありません。でも、いろいろな写真を見てみると、ここから撮るとこの感じになっておかしくはないようです。ただ、最高峰は柴安嵓ですが、燧ヶ岳大権現が祀られている山頂は爼嵓。
たとえば筑波山の場合、最高峰は標高877mの女体山で、男体山は標高871mですから女体山が筑波山ということになっているのですが、下から見上げると男体山のほうが山頂としての風格があり、高く見えます。男尊女卑ということではありませんが、正確に測ったら女体山のほうが高かったというふうに想像するのです。
燧ヶ岳の場合、爼嵓には三角点があるのに、柴安嵓には水準点という格差が地図上にあって、俎嵓が燧ヶ岳の山頂とされてきたのだと想像できます。
『日本アルプス登山ルートガイド』の『燧ヶ岳(ひうちがたけ)尾瀬』に『開山の歴史』という項目がありました。
【「檜枝岐村史」に次のような一節があります。吹雪のある寒い夜、火種を絶やして困っている杣人の家に老人が一夜の宿色を求めて訪ねてきます。杣人は「火がなく寒いですが、それでもよければどうぞお入りください。」と老人を家に招き入れます。老人は「赤い石」を杣人に授け、火を起こすように促します。暖炉に火が灯ると、いつの間にか老人はいなくなります。村人たちは、「赤い石」を火打石(燧石)と呼び、老人を燧大権現様として山上に祀ったと言います。
名前の由来ともなった逸話ですが、実際に俎嵓山頂には燧大権現を祀った祠が建てられています。これは尾瀬の開山者として有名な平野長蔵が19歳の時、西暦1889年(明治22年)に山上に祀ったものです。平野長蔵は、燧ヶ岳に登山道を作ると共に尾瀬の最古の山小屋・長蔵小屋を開き、尾瀬に一生を捧げた人物です。まさに燧ヶ岳の開山は、平野長蔵によるものと言うことが出来るでしょう。】
檜枝岐(ひのえまた)集落は山を挟んで向こう側になりますから、そちらから見たときにこの双耳峰がどう見えるか、ではないでしょうか。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時51分=秋田 守
17時近くなって、弥四郎小屋の背後に聳える燧ヶ岳の山頂付近の雲がとれて、ようやく全容が見えるようになった。明日もどうかこの状態のままで山頂まで登らせて下さいと祈らずにはいられなかった。燧ヶ岳へ登るのは今回が初めて。山頂から尾瀬ヶ原を見てみたい。そのために来てるようなものだ。雨男がいると皆さんが言っていたが、負けるもんか、晴れ男パワーの念力を必死で送り続けるぞ。明日、無事に下山するまでは雨を降らせないで。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 16時58分=伊藤 幸司
弥四郎小屋のトイレです。24時間発電のおかげでしょう、シャワートイレがありました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時04分=伊藤 幸司
食事前にもう一度外に出てみると、ヘリさんはまだ仕事をしていました。もちろん音でわかってはいましたが。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時08分=伊藤 幸司
至仏山方面が、まだ赤く燃え上がる可能性をもっている、と思いました。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時23分=伊藤 幸司
雲はどんどん動いていて、太陽は至仏山のかなり右手へ落ちていきそうな気配です。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時33分=秋田 守
17時半から始まった弥四郎小屋の夕食。食堂には我々以外に4名のみだった。ぼくは当然お酒を飲む。が、我らの席で飲んでるのはぼく一人だった。寂しいなあ。小屋で買うことができた日本酒は群馬県川場村の尾瀬の酒。吟醸。すっきり系だろうなと思って飲んでみると、やっぱりそうだった。ま、多くを望んではいけない。揚げたばかりのトンカツは美味しいし、切り干し大根を和えたのやレンコンもいい肴。贅沢言ってたらバチが当たる。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時34分=伊藤 幸司
ボッカの人たちが担ぎ上げてきたのでしょうか、民宿みたいな雰囲気の夕食でした。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時42分=秋田 守
食事中に席を立ったコーチが、夕景が見られると教えてくれたので、食事を中断して全員外に出た。至仏山にかかった雲に、沈みかかった夕日が当たって、朱色に染まっていく。夕日そのものは山に隠れてしまうので、それこそ高い山の上から眺められるような日没シーンは見られないと分かっていたが、ひょっとしたら、雲が芸をしてくれるかもしれないと、先ほど話していたのだが、その期待に応えるかのように、この景色を見せてくれた。

燧ヶ岳登山
【撮影】1日目 17時43分=伊藤 幸司
この日の福島県(県庁所在地)の日没は17時44分。おおよそその時刻の尾瀬ヶ原の夕景はこれでした。



■2日目

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 05時39分=秋田 守
5時起床予定。コーチが真っ先に起き出し、外の様子を確認してから、雨です、と言って、また布団に潜り込んだ。この方はいつもこうです。昨晩は20時頃にはもう寝ていたのに、まだ寝るつもりとはといつも感心してしまう。小屋の外に出てみると、霧雨のような細かな雨。昨日はどかんと見えていた至仏山もすっかり白い霧だか雲だかに覆われ、山裾がちらっと見えるばかりだった。そうか、今日は雨の中の山登りか。少々憂鬱になってくる。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 05時39分=秋田 守
木道を少しだけ歩いていき、振り返って見ると、当たり前のことだが、燧ヶ岳は全く見えない。気配すらない。小屋はまだ眠りから完全には目覚めていない状態。もちろん、山小屋なので客はすでに起き始めて、洗面をしたり、荷物の準備をしたり、ごそごそ蠢いている。雨と言っても、ここまでは傘は持っていっていない。帽子をかぶっただけで済ませられる程度。回復の方向へ向かってほしいが、久しぶりにレインウェアを着ざるを得ないかな。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 05時42分=秋田 守
小さな花たちは、朝露や雨粒を纏うと、また一段と輝いて見える。ウメバチソウも、しっかり化粧した顔になって、かわいらしさがぐっとアップしている。カメラのレンズもこのような状態の方が、間違いなくきれいに対象物を描写してくれる。画面に奥行きが出るし、細部が際立って見えてくる。顔写真も撮影する前に水で濡らしたらいいのかなあ。今度、免許証の顔写真撮る時にやってみるか。と思ったら、つい先月更新したばかり。残念。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 05時45分=秋田 守
雨に濡れたトリカブトもなかなかみもの。オゼトリカブトかオクトリカブトか。その違いを説明した中に、オクトリカブトのうち、尾瀬の湿地で直立して咲くものをオゼトリカブトという、とあった。すると、これなどは横に伸びているので、紛れもなくオクトリカブトということになるのかしら。尾瀬ではもう1種類のトリカブトが見られるようで、ジョウシュウトリカブト。こちらは花の色がもっと薄い青色なので間違いなく分かるようだ。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時00分=秋田 守
弥四郎小屋の朝ご飯もよかった。かわいいオムレツ風にしてくれる所が素敵。お客さんが少なかったから特別だろうか。いろいろなパターンで旅する機会が多いが、そのひとつに日本酒の蔵を仲間と巡る旅がある。その場合は、昼や夜はもちろん飲むし、朝もレンタカーでない限り飲む。朝酒は正月ぐらいしかやらないから、それだけで気分が盛り上がるのだ。その仲間と一緒だったら、この朝食のおかずで十分飲めるなあと、つい思ってしまった。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時01分=伊藤 幸司
弥四郎小屋の朝食です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時38分=秋田 守
今朝の皆さんの出で立ちは、ほとんどがレインウェア。ぼくも、ザックカバー、上着はレインウェア、レインパンツは履かずに、スパッツのみとした。やはりゴローの革靴を履いてきて正解だったかな。で、コーチを見れば、なんだか見慣れないものを履いている。半ズボンのレインウェア。そんなのあるんですね、と訊いたら、いやあ自分で切っただけ、との答え。さすがだなあ。ズボンのポケットの中身だけは濡らしたくないから、だそうです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時43分=伊藤 幸司
弥四郎小屋を出て、見晴地区のメインストリートを燧ヶ岳の登山口に向かって歩き出しました。右側にあるのが檜枝岐小屋。左側には尾瀬小屋。尾瀬を代表するギンザ通りです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時44分=伊藤 幸司
檜枝岐小屋の先にあるこの無料休憩所は原の小屋の別館。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時44分=伊藤 幸司
原の小屋の向かいにあるのが第二長蔵小屋。
これでギンザ通りは終わりですが、この背中側、原の小屋と弥四郎小屋の背後に6番目の燧小屋があって、その奥がキャンプ場になっています。公衆トイレと休憩所があるのもその一角です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時52分=伊藤 幸司
見晴地区を抜けた道は尾瀬沼に向かいますから、いわば尾瀬の幹線ルートです。その足元にこのキノコが生えていたのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時52分=伊藤 幸司
最近ではキノコを撮るときにはできるだけカサの裏側のヒダを撮るように心がけています。まだまったくその価値がわかりませんが、花を撮るときの葉っぱに近いものと考えて、とりあえず撮るようにしているのです。すると、このキノコは柄(茎)がカサを垂直に持ち上げているのではなくて、水平に差し出す格好になっているということがわかります。すごく貴重な写真になるという予感がしました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時52分=伊藤 幸司
そこでこのキノコをもう一度撮ると、最初に撮ったときの顔つきと違って見えてきました。骨格がわかっているので穏やかな曲線美の見え方が違ってきたのだと思います。
そして帰宅後、ネットでキノコの画像をいろいろなキーワードで見てみたのですが、こんな美人キノコが全然出てこないのです。出没地だって、尾瀬ですよ。
ひょっとしたらヌメリスギタケモドキと近い関係みたい、と思えた瞬間もありましたが、違いましたね。わかりません。外形で決着させるのは大変です。年頃が違えば印象も違いますしね。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時53分=伊藤 幸司
これが尾瀬ヶ原と尾瀬沼を結ぶ尾瀬最大の幹線歩道です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 06時54分=伊藤 幸司
傾斜のあるところには滑り止めの桟を打っていますから、雨に濡れた木道という最大級の危険な足場ではその桟と床とを同時に踏むことですこしでも滑りにくい歩き方をしようとするのですが、やはりかなり危険です。
こういう場所でたとえ数歩でもかっこよく歩こう、などと考えたら、足元をすくわれてスコーン! といく……というイメージが必要です。春先の雪がほとんど溶けた状態のところに出たとして、絶対にアイゼンを脱ぎませんよね。そのアイゼンの四角い穴がいっぱいついています。
ストックだと必ずしも体重をかけているわけではないので、丸い穴は探して見つかるかどうかという程度しかありませんが、それでも役割としては重心のバランスを崩さないようにする以上のことはできません。足をすくわれれ転倒する瞬間にストックが有効に働いてくれるかを考えたとき、濡れた木道は最大の難所なのです。
しかも、この写真のように木道が傾いているときには……最悪です。北国の凍った街路と同じように、滑るのを重心の管理で防ぐしかありません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時03分=秋田 守
弥四郎小屋を出て、尾瀬沼方面への木道をたどり、やがて見晴新道分岐へと入ると、ブナの森の中の道。雨も気にならなくなり、空気もうまい。時々、太いブナの木もちょくちょく現れる。先頭10分交替で今日も歩いて行く。しばらく歩いて行くと、暑くなってきた。汗をかなりかき始めている。先頭交代の折に、レインウェアを脱いだ。今朝起きた時にも、もっと冷えるのかと思ったが、さほどでもなく拍子抜けしたくらい。油断は禁物だけど。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時10分=伊藤 幸司
07時ジャストに燧ヶ岳の登山道に入りました。道標には「燧ヶ岳(山頂柴安嵓)3.5km」と出ていましたが、標準的な登山道だと登りは時速1km前後ですから、3.5時間と見ておきます。私のシミュレーションマップでは水平距離が500m×6、高度差が50m×18として「24パワー」が必要としました。それを糸の会の標準速度である1時間8パワーで登るとすると3時間と出ました。ほとんどの登山道の登りでは、歩きやすければ休憩を含めてその時間ですが、ちょっときついと正味時間で休憩時間を1時間に10分あたり、行動3時間だと30分を加えて3時間半となる場合も標準的な範囲としています。しかしなにか困難なことがあると赤字がそれ以上になって。下り(下りも計画時には登りの時間を与えています)で通常30%余る時間を食っていくという場合もあります。
ところが最近、北アルプスで小屋泊まり縦走をするたびに、行動時間に大赤字が出るようになりました。もちろん「登り」の赤字を「下り」の余裕から回すというようなはっきりとしたやりくりをしにくいのが縦走のアップダウンです。
そんな中、8月の燕岳〜蝶ヶ岳の縦走で気づいたのは「地面のない岩の道」では我が糸の会のペースは「1時間に6パワー」で計算しないといけないということでした。
これからの燧ヶ岳への登りが標準的な登山道よりかなり厳しいものだとすれば、1時間に6パワーしか出せないとして4時間という可能性もちらりと考えておきます。
ずいぶん煩雑に見えるかも知れませんが、地形図から規則的な作業で取り出した「パワー」という運動総量を自分たちの能力ではどのように消化できるかを自分たちの運動能力としての係数をもとめることで推定できないかという試みをずっと続けているのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時11分=伊藤 幸司
サルノコシカケでいいのではないかと思います。『ウィキペディア』の『サルノコシカケ科』には次のように書かれています。
【一般に「猿の腰掛け」の名の通り、樹木の幹に無柄で半月状の子実体を生じるものが多いが、背着生のものや、柄とかさとを備えるものもある。子実体は一般に堅くて丈夫(木質・コルク質・革質など)であるが、一部には柔らかな肉質のものもある。胞子を形成する子実層托は典型的には管孔状をなしているが、迷路状・ひだ状・鋸歯状などをなすこともあり、一つの種の中でも、子実体の生長段階の別、あるいは子実体の発生環境の影響などによって種々に変形することが多い。
サルノコシカケという和名をもつ種は存在しないため、科名をサルノコシカケ科とするのは暫定的な処置である。タイプ種として、アミヒラタケを選択する説とタマチョレイタケを選択する説とがあり、前者の説をとるならアミヒラタケ科、後者の説に準じるのであればタマチョレイタケ科の和名を採用するのが妥当であるが、まだ国際藻類・菌類・植物命名規約上の決着をみていない。この観点から多孔菌科の科名をあてることもある。】
【大部分は、木材を分解して栄養源とする白色腐朽菌や褐色腐朽菌で、通常は外生菌根は形成しない。栄養源とする樹種については、あまり選択性を示さないものも多いが、広葉樹のみ・針葉樹のみに限定される種類もあり、さらには樹木の属レベルで選択性を持つもの(カンバタケなど)や種レベルで限定されるもの(エゴノキタケなど)も存在する。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時11分=伊藤 幸司
一応、下から見上げた感じでも撮りました。「猿の腰掛け」という感じはしますよね。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時15分=伊藤 幸司
こんな顔つきのものもサルノコシカケといえるのだろうと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時25分=伊藤 幸司
緑の秘境に突然現れた巨大なキノコ……というふうに見えますが、苔のジャングルですからミニチュア世界の光景です。白いキノコは調べればわかるかと思っていましたがカサの中心の茶色いマークや、カサのツヤツヤ感、柄の太さというだけを捜査対象としてもなかなか見つからないということがわかっただけです。容姿も年齢によって大きく変わりますしね。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時26分=伊藤 幸司
燧ヶ岳の見晴新道。最初は緩やかな傾斜です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時30分=伊藤 幸司
登山道には旧来型の道標のほか、この新しい「標高表示」がありました。現在地点の標高を示す道標はときどき見ますが、これはこのルートの標高差約1,000mを10で割って「1合目」「2合目」と進んでいくという合理的な案内になっています。
登山道が神社の参道の場合には「何合目」という表示が一般的ですが、感覚的に合わない場合があります。あるは「何丁目」の場合は1丁(町)約109mとわかりながらも、初体験の道の場合はあまり有効に利用できないイライラでマイナス評価になることも多いように思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時31分=秋田 守
心配していたとおり、道が泥んこになってきた。足の置き所をよくよく見極めていかないと、ずぼっとはまってしまいそう。そうでなくても、ぼくはフツーに山道を歩いていても、登山パンツを汚してしまいがち。歩き方が下手くそなんだろう。スパッツを付けてはいるものの、もうその上あたりが泥ハネがしっかり付いている。ま、汚れて怪我することはないので、あまり気にせず、それより滑ったりしないように一歩一歩歩いて行かなくては。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時32分=伊藤 幸司
これが悪評高い見晴新道のぬかるみのはじめ。私が今回この見晴新道を選んだのは「東北の山だったら普通でしょ!」という気持ちから。私たちは都会の軟弱な登山者ですけれど、歩きにくい道と危険な道とはしっかり区別してもらいたいと思っています。
ちょうどこのあたりです。とんでもない山を女ひとりで登ってきたKさんが先頭にいて「東北の山はみんなこんな感じよね」とさらりと言ったのもチーム全体に影響をあたえました。私たちはこれが当たり前だという感覚で進みました。
でも『YAMAKEI ONLINE』の『燧ヶ岳(御池-山頂-ぬかるみの見晴新道-三条ノ滝-御池)』(一本の矢さん、2019年8月31日〜9月1日)にはこう書かれています。
【見晴新道は想像以上にぬかるみの急坂が続く。
幸い、くるぶしより少し下までのぬかるみであったが、笹の鋭利な切れ端が無数にあり、転倒しないように細心の注意を払いながらの下山となった。
宿泊した山小屋の支配人によれば、「ひどい時にはぬかるみが膝位までのケースもあり、お薦め出来ない登山道。どうしてもの場合は事前に観光センター等に問い合わせすべきコース」とのアドバイスあり。】
また『尾瀬保護財団』の『ルート紹介』に『見晴新道:見晴〜柴安嵓〜俎嵓』がありました。
【■歩きやすい道だが展望は効かない
見晴新道はブナなどの広葉樹林、オオシラビソなどの針葉樹林、ハイマツ帯へと標高が高くなるにつれて森の様子も移り変わり、燧ヶ岳で最も標高の高い柴安嵓へ登頂します。
見晴新道には、急で滑りやすい箇所があります。特に下りは大変滑りやすいため、歩行には十分注意して下さい。雨が降った後は、特に滑りやすくなるため、時間には余裕を持って行動して下さい。笹を刈りルートとしています。スニーカーや長靴は笹が靴底を貫通する恐れがありますので底の固い登山靴をご使用下さい。】
さらに調べていくと『尾瀬保護財団』の『今日の尾瀬』の『2017年10月11日-尾瀬沼ビジターセンターより(燧ケ岳登山を計画している方へ)』には次のようなアドバイスがありました。
【こんにちは。
今日のブログは長くなりますが、燧ケ岳登山を計画している方に是非見ていただきたい情報です。
燧ケ岳の見晴新道についてお伝えします。
見晴新道は平成25年の土石流のため閉鎖されていましたが、昨シーズンに新しい登山道を切り開いて開通しました。
笹薮を切り開いて作った道なので、地面が安定しておらずぬかるみが多く滑りやすいという情報をよく見かけることがあると思います。
今日は、10月10日の様子を紹介します。
私の主観的な表現も含まれていますので、あくまでも1つの参考として読んでください。
参考までに写真の撮影時間を記載します。
私の歩いた記録ですので、コースタイムは人によって差があります。
ちなみに、私は、30代前半の一般的女子です。
いつも登山はコースタイムどおりのことが多いです。
上りが苦手なので今回は下り利用しました。
足元は長靴で、下りが長いと左ひざを痛くしがちなので、サポーターを装着。
燧ケ岳山頂(柴安グラ)を10:04出発。
山頂直下は大きな岩が多い。
一歩一歩慎重に足を運ぶ。
大きな岩は、一度しゃがんで手を使って下りれば大丈夫。
15分ほどいくと、岩は少し小さくなる。
写真10:29 
登山道の突き当たり右側に小さく見える道標が温泉小屋道(廃道)の分岐。
間違えないで左に直進する。
写真10:43
昔の見晴新道との分岐(山頂側)。
この先が、昨シーズンオープンした登山道。
ここからぬかるみの本番です。
足元は基本ぐちゃぐちゃ。
火山性の土壌だからだと思いますが、粘土のようです。
倒木や木の根っこも多く、お世辞にも歩きやすいとはいえません。
何組か上りの登山者とすれ違いましたが、
「いい靴履いてますね〜」と言われました。
怪我のない一歩一歩が大事。
とは、言っても、前の見晴新道より明るい感じがするよな。
と思いながら歩いていると、オオシラビソの幼木地帯へ。
癒されます。
写真10:51
倒れた木の上に生きていました。
この木たちが地盤を強くしてくれることでしょう。
この後も幼木地帯が何回かありました。
ちょっと一呼吸で、後ろを振り返ってみると、、、
写真10:51
山頂が見える!
ちょっと絶景でうっとり。
山頂からの尾瀬ヶ原きれいだったな〜と思い出す。
写真10:52
本当に危ないところにはしっかりロープが張られています。
安心。
写真11:05
根っこの上に足を置くと滑るので、ぬかるみに着地するように歩く。
どろんこぐちゃぐちゃでも汚れるだけで怪我はしない。
汚れることを恐れてはいけない。
写真11:07
途中には倒木もあります。
またいで通過。
写真11:18
環境省、福島県、檜枝岐村が現在地がわかるように表示しています。
写真は福島県と檜枝岐村のもの。
6合目を過ぎると、落葉広葉樹が出てくる。
写真12:19
この時期は赤や黄の色づきが美しい。
写真12:24
ここに来てこの日一番のぬかるみにはまる。
写真12:28
昔の見晴新道の分岐(見晴側)。
写真12:59
写真13:00
見晴方面との分岐に到着。
ここまでの所要時間おおよそ3時間。
見晴地区まではさらに10分歩きます。
今は写真のような登山道ですが、このルートはこれから時間をかけて
しっかりした登山道になっていくことが期待できます。
整備が十分でないと感じる方もいるかもしれませんが、現在地を知らせる表示や、危険箇所のトラロープなど、登山者の方が怪我や遭難をしないように配慮されています。
どろんこぐちゃぐちゃではあるので、次のような方にはお勧めできないのかなと感じます。
・足元のしっかりしていない人
・体力に自信のない人
・入山時間の遅い人
・綺麗に登山したい人
・尾瀬のイメージが木道の尾瀬ヶ原のみの人
・汚れる覚悟のない人
ただ、見晴地区に宿泊をする方にとっては、位置的に考えて見晴新道が利用しやすい登山道であると思います。
このルートを使う方は次の点に注意をすればよいと思います。
・汚れることを恐れない。洗えば落ちます。
見晴新道を歩いた後に山小屋に宿泊する方は代えのズボンを持っていたほうがよいでしょう。
・一歩一歩慎重に。怪我のない一歩の積み重ねが大事。
・入山時間が遅れてしまったり、天気が悪いときは計画変更する。
山は逃げません。怪我をしたり、遭難しては楽しい登山も台無しです。
私の感覚では山頂を13時前には出発しないと遅すぎます。
上りで使う場合は見晴地区を8時前に出発しないと、下山時は暗いです。
私の個人的な感想ですが、以前の見晴新道に比べて浮石が少ない分、根っこを踏まずに慎重に足を運べば怖くないなと感じました。
また、沢沿いのルートではないため、ところどころ尾瀬ヶ原が見えました。
最近は日の入りが早くなったため、17時前から林内は暗くなり始めます。
遭難や、山小屋への到着の遅れが多くなっており、山小屋では本当に心配してお客様を待っています。
燧ケ岳登山は想定以上に時間がかかることを頭にいれて計画をしてください。
燧ケ岳ではすでに初冠雪を迎えていますので、遭難は命にかかわります。
いつもは綺麗な尾瀬をお伝えしているのですが、ブログを見ている皆様が必要な情報であるという考えから、今日はこのような内容にしました。
登山者の皆様には、よい思い出を持って帰ってもらう。
怪我なく下山してもらう。それが何より全てです。
どうぞ皆様、楽しい尾瀬の思い出を持ち帰れるように安全登山の計画をお願いします。
担当:佐々木】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時34分=伊藤 幸司
これによく似たキノコが『フジテレビ「とくダネ!」公式ブログ』の『食欲の秋…今年は“毒キノコ”も大豊作!キノコ先生の見分け方がスゴイ』(2016年10月24日)にほとんど同じ色のカサ、白くてほとんど同じ太さの柄のキノコが出ていました。
【【問題】このキノコ食べられる?
続いてはかわいらしい赤いキノコ。派手な色でいかにも毒々しい印象。しかし、井口先生に見てもらうと…
井口先生「これは『ドクベニダマシ』。見た目で『ドク』って名前が付いちゃってるんですけど毒はない。食べても問題ございません」
というわけで…【答え】食べられる
派手な色だからといっても、毒が有るか無いかに関係ないのだという。他にも毒キノコにまつわる様々なウワサは、あてにならないものばかり。】
かもしれないと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時50分=伊藤 幸司
まあ、こういうところはフツーの登山道という感じですが、豪雨で深くえぐられる前に、簡単な水切りを用意していただくと安心です。私はプロではありませんから絶対とはいえませんが、登山道がカーブするところで外側に水流が飛び出すようなちょっとした傾斜や溝を作るというのが一番簡単で効果的だと思っています。シャベルとツルハシだけでできる範囲で。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時57分=伊藤 幸司
登山口から約1時間、東北の深い森に入っていくという雰囲気です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 07時59分=伊藤 幸司
これが2016年に新しく開通したという見晴新道の現実ということになります。ササ原を切り開いた道がここまで侵食されています。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 08時07分=伊藤 幸司
ダブルストックはこういう道の下りでは圧倒的な能力を発揮しますが、登りでも「大きな段差をゆっくり登る」という歩き方を強力にサポートしてくれます。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 08時22分=秋田 守
先頭交代時の水飲み休憩の時に、足下にゴゼンタチバナの赤い実が目に留まった。本当は5個あるはずだけど、2個は落ちてしまったかな。今日は雨も降ってるし、そもそも時季的に花はあまり期待できないだろうから、写真も撮る機会は少ないだろう。それもあってデジ一眼カメラは持ってきていない。コンパクトカメラのみ。風景的に撮影する際は少々物足りないが、まあ、立ち止まってじっくり撮影する暇もなさそうだから、よしとする。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 08時37分=伊藤 幸司
これが「見晴新道5合目」から4分のところです。【ここは標高1,900m、山頂(柴安嵓)2,356m、見晴1,410m 福島県】と書かれていました。
ヌルヌルの地面が傾斜を強めてなかなかやっかいな登山道となりつつあります。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 08時52分=秋田 守
登山道には1合単位でこのような標識がずっと付けられていた。励みになると思う人もいれば、うんざりすると思う人もいるかもしれない。ぼくは励みにしたい方。所々、急な岩場の登り道。相変わらず泥んこ道。滑らないように気をつけないと。登るにつれ、気温が少しずつ下がるはずだが、体温も上がってるはずだし、歩いている分には寒さは全く感じない。むしろ暑いくらい。半分以上登ってきた。あと少し。雨が上がったりしないかな。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時13分=伊藤 幸司
これは「見晴新道7合目」の2分手前。あいかわらず滑りやすい道が続いています。でもここまでくると、すでにこの道に慣れています。私はズック靴でストックなしですが、注意深く歩けば大きな問題は生じません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時34分=伊藤 幸司
「見晴新道8合目」(標高2,158m)のところから登山道は右の急斜面を登るという感じになるのですが、ここが2008年に廃道となった温泉小屋道との分岐です。
『尾瀬保護財団』の『緊急情報』として『「温泉小屋道」の廃道に伴う、利用閉鎖について』(2007年11月9日)というのがありました。
【燧ヶ岳登山ルートの一つ「温泉小屋道」が、利用者が比較的少なく、また荒廃が著しいため廃道となりました。このため同登山道は2008年シーズンから利用できなくなりますので、ご了承ください。
歩道名:温泉小屋道
区間:赤田代〜見晴新道との合流点】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時36分=伊藤 幸司
小さな沢を強引に登るような道になりました。
登山道ではよく「胸突き八丁」という言葉が使われますが、富士登山の八合目の苦しさを伝えようとしたのが語源とか。『小説・コラム・ブログなど書き方の参考書──日本語表現インフォ』という不思議な名前のサイトの『胸突き八丁(むなつきはっちょう)の意味と例文(使い方)』ではこんな感じ。
【1.富士登山で頂上まで残り8丁(約872メートル[丁は109m])の、胸を突かれたように息が乱れる険しい道。また、頂上付近の急な坂道や、急斜面の長い坂道。
2.1が転じて、物事を成し遂げる手前の一番苦しいとき。目標達成の過程を登山にたとえ、ゴール手前のもっともつらい正念場。】
ネットではいろいろな国語辞書の例文を簡単に見比べることができますが、この「胸突き八丁」が富士登山から出た表現だとするのが通例のようです。知りませんでした。
……ということで脱線になりますが、富士山の現在の登山道は山頂まで「県道富士上吉田腺」なんです。六合目(吉田口から上がってくる本道と、スバルライン五合目から来る道の合流点)、すなわち森林限界を越えて岩の世界、冬には雪と氷で真っ白になる世界に出た途端から山頂の久須志神社まで、登山道はジグザグを描きながらじつにみごとに勾配を整えて約17度(距離4,100mで標高差1,310m)です。私は昭和55年に作られた「つる土木事務所」の「1/2,500道路図」を見ていますが、道路勾配は六合目から山頂まで驚くほど均一です。
かつて登山道がまだ整備されていなかったときにはどうだったかわかりませんが、富士山の写真に三角定規を当ててみれば、六合目から山頂まで、みごとに30度の斜面だということはわかります。そこにジグザグを切って、勾配を減らしていたのは間違いないのですが、県道として整備したときに強引に「30%勾配」の道にしたのだろうと想像します。
そういう事実を知らずに「胸突き八丁」と感じているのは登山ガイドによくある錯覚です。
さて燧ヶ岳の場合でいうと、私のシミュレーションマップでは標高1,900mあたりから山頂まで、赤い丸が驚くほどピッタリと接しつつ並んでいます。標高50mごとの直径100mの円がきれいに繋がっているのですから勾配は50%、約27度です。つまり富士山とほとんど同じ傾斜の斜面に、09時13分の写真のようにすこしジグザグを描きながら登ったり、この写真や08時37分の写真のようにまっすぐ登ったりしているのです。
じつは私たちが通常イメージする急登は30度の斜面を真っ直ぐ登るか、ジグザグに登るかという単純な変化と考えていいのです。富士山とはちがって、これは正真正銘の「胸突き八丁」といえるでしょう。ただ、ドロドロ・ヌルヌルの道から岩の階段になっただけ、楽と感じる人が多くなったのではないかと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時39分=伊藤 幸司
アザミが出てきました。何アザミかわかりませんが、初めて見る花らしい花、という感じがしました。
『尾瀬保護財団』の『今日の尾瀬』に『2016年7月26日-尾瀬沼ビジターセンターより(アザミの見分け方)』がありました。
【こんにちは。
今日は尾瀬で見られるアザミ類の紹介をさせていただきます。
尾瀬の夏に咲くアザミは、じつは全部で4種あります。
生息環境は、湿原と森林内に分けられます。
湿原で見られるアザミでは、こちらのノアザミ。
花色が鮮やかで、花は上を向いて咲き、目立ちます。
花の下の部分(総苞片)をさわってみるとべたべたとしているのが特徴です。
湿原で見られるアザミはもうひとつ、オゼヌマアザミがあります。
花色が淡いピンクで、咲いている花の下に何個か蕾が付くので見分けられます。
湿原ではなく、森林内で見られるのがジョウシュウオニアザミ。
花は大きめで、全体的にトゲが多い印象があります。
下を向いて咲くのが大きな特徴です。
尾瀬沼周辺ではとくに沼山峠の登山道で多く見られます。
最後はこちらのナンブアザミ。
ビジターセンターの入り口でこんなに大きく育っています。
150cmくらいはあるでしょうか。
アザミの中ではとくに背が高くなる種類のようです。
でもそのわりには花は小ぶりです。
小さな蕾をたくさん付けています。
総苞片が反り返る点でジョウシュウオニアザミと区別ができるかと思います。
アザミにもいろんな種類があります。
名前や違いがわかると、より植物を身近に感じられると思います。
ぜひよく観察してみてくださいね。
担当:江崎】
これはどうもその4種類以外のように思われますが。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時43分=伊藤 幸司
9合目のところに大きな岩がありました。どう見ても名前がありそうな岩なので、最後尾にいた私は「休憩しましょう」と叫びました。いよいよ頂上稜線に出るという感じの場所。9合目ですからあと1合目ぶん残っています。この岩を抜けると風が吹いているかも知れません。山頂への最後の登りを楽しいものにするためにも、休憩があっていい、という判断です。
このチームにリーダーがいるという、その存在理由の第一は予期しない事態に対応を判断するという役割でしょう。私自身は的確な判断ができるかどうか自信があるわけではないのですが、そこでひとつの判断を示す役割だということは考えています。
そして、予期できる範囲内でのリーダーの役割はエンターテインメント・ディレクターだと思っています。みなさんを笑わせたりするのではなくて、できるだけ楽しい気分や嬉しい気分を活かせるような休憩をコントロールすることだと考えています。尻をはたいて頑張るのではなくて、頑張らないで、その日の行動をなんとかうまく終了させるという目標のために「休憩」をできるだけ有効に利用する権利というか、権限を与えられているのだと考えます。
一例を上げれば、バテ気味の人がいるときに、ペースを変えるということを以前は考えていましたが、当然チーム全体のペースは一番遅い人に委ねられているわけですから、単純に速度を落とせばいいというわけではありません。うまいかたちで休憩をとって、チーム全体の気分を、できれば変化させたいと考えます。早めの休憩や、気持ちいい休憩によって、全体の雰囲気がガラリと変わったりします。だれかひとりが背負い込んでいるストレスをうまく拡散できるかもしれません。うまくいくか行かないかはやってみないとわからないとして、それを考え続けて早め早めに手を打っていく役目がリーダーにはだいじなのだと思っています。
ちょうどここに見えた大岩は、チーム全体の気分を変えて山頂までの最後のステージを楽しいものに変えさせるものになりそうに思えたのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時46分=伊藤 幸司
09時40分から5分プラスの休憩をしました。なにか甘いものを一口食べて、水分補給という休憩ですが、ここで急登の頑張りから、山頂への最後のひと頑張りへと、気持ちを大きく切り替えることができればという考えです。全員が共有する「30分に5分」とか「1時間に10分」という休憩ではなく、リーダーが適宜提案する休憩には、当たれば気持ちのリフレッシュという大きな価値がうまれます。記憶に残る休憩にしたいという気持ちです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時54分=伊藤 幸司
私たちはいま、東北〜北海道の最高地点に向かって登っています。そしてまさに森林限界という風景が始まりました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 09時59分=伊藤 幸司
前方になんとなくピークの雰囲気が感じられるようになってきました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時06分=伊藤 幸司
ハイマツとシャクナゲです。この場合、シャクナゲが森林帯のアズマシャクナゲか亜高山〜高山帯のハクサンシャクナゲかは悩むところで、花が咲く時期は(高度がちがうと花期もちがうのでやっかいですが)アズマシャクナゲが6月ならハクサンシャクナゲは7〜8月と約1か月の差があると思います。でも9月になるとどちらも花は終わって、葉っぱで見るしかないのです。
登山者向けの情報では葉の付け根が葉柄になめらかな角度ならアズマシャクナゲ、葉の付け根が膨らみのある心形ならハクサンシャクナゲと書かれています。
その葉のつき方からすればこれはハクサンシャクナゲのようですが、自信がありません。そこで『原色日本樹木図鑑』(保育社・1959年)を見てみると、たしかに「葉の基部」が両者を分ける重要なポイントでハクサンシャクナゲでは【葉の基部は円いか又はやや心形となる】であり、シャクナゲ(アズマシャクナゲ)は【葉の基部は鋭形】となっています。
できればさらに葉裏を見て【下面は淡緑色】ならハクサンシャクナゲ、【下面は褐色の綿毛を密生】ならアズマシャクナゲと念を押しておきたいところなのでオリジナル画像を拡大してみると、まあ、ハクサンシャクナゲでいいかな、という感じです。
尾瀬ヶ原や尾瀬沼に下るとアズマシャクナゲもあるようですが、燧ヶ岳山頂部はハクサンシャクナゲが主役のようです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時07分=秋田 守
山頂近くになって、岩場にヤマハハコが咲いていた。花らしい花を見るのは、登山道に入ってから、この日初めてぐらい。と言っても、花、と言うにはかなり地味だけど。でも、割と好みの花である。控えめが好き。白っぽい部分は総包片と呼ばれる葉が変化したもの、真ん中の黄色や茶色っぽい部分だけが花。すごく美味しいわけではないけど、天ぷらなどにして食べられるとのこと。へえ、食べたことないなあ。いつかそのうち食べてみたい。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時09分=伊藤 幸司
今年はシャクナゲはあまり花をつけなかったようです。花を咲かせて、次の花を咲かせるまでに数年かかるので、そのサイクルによって豊作の年や大豊作の年があり、凶作の年もあるのです。一時期、その豊作の年を狙って天城山〜屋久島〜甲武信ヶ岳をセットにして計画した年が何回かありました。
でも、この花が散った後の花がら摘みをすれば、毎年花を咲かせることができるのです。
『NHK出版・みんなの趣味の園芸』サイトに『シャクナゲの育て方・栽培方法』がありました。
【花がら摘み:花が終わったら速やかに、花茎の基部から花がらを摘み取ります。花がらをつけたままにすると、果実(タネ)ができて、新しい枝が伸びるのが遅れ、夏までに充実しないため、花芽がつきにくくなります。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時10分=伊藤 幸司
これはオニアザミの仲間でしょう。ビジターセンター情報では尾瀬に咲くアザミは4種類、ノアザミ、オゼヌマアザミ、ジョウシュウオニアザミ、ナンブアザミだそうですから、ジョウシュウオニアザミだと思います。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ジョウシュウオニアザミ』には次のように書かれています。
【尾瀬では、6月末〜9月初旬までの長い間、沼山峠展望台付近、至仏山系(至仏山〜小至仏〜小笠〜笠ヶ岳)、燧ヶ岳上部などで花を咲かせております。
特に燧ヶ岳の御池道にある7月末でも雪渓が残っている沢では、9月には数多くのジョウシュウオニアザミが林立して咲いております。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時10分=伊藤 幸司
ヤマハハコも登場しました。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ヤマハハコ』によれば【尾瀬では山道には多く、8月初旬〜9月中旬、沼山峠展望台下、三本カラマツの先の上り坂、富士見林道(富士見小屋〜富士見下)の田代原から上に多く、燧ヶ岳:柴安グラのお花畑にもあります。
中でも大群落といえるのは、皿伏新道のマイクロウェーブ塔周囲で、一面のヤマハハコが群生しており、10月頃に行くとドライフラワー状になったヤマハハコが多数あります。
また長沢新道(富士見峠〜竜宮十字路)にあり、唯一のベンチがある土場(つちば)のベンチの前にもヤマハハコの群落があります。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時12分=秋田 守
柴安嵓の手前、霧が濃くなってきた。幸い、雨ではない。もう山頂か、あれ、その向こうか、という繰り返しを3回ほど。見晴が1418m、柴安嵓が2356m、標高差900mあまりを3時間半ちょっとで登ったことになる。ほぼコースタイム通り。あのぬかるみ道を思えば、上々ではないか。この山頂から尾瀬ヶ原を見下ろしてみたかったなあ。それだけが心残り。登った時に眺望が得られず、再挑戦したい山は、鳥海山、苗場山、富士山などなどたくさんある。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時13分=秋田 守
これも山頂手前に咲いていたオニアザミ。調べたら、ジョウシュウオニアザミ、ではないかと思われる。下向きに大きく立派な花を付け、ガクのように見える総苞が細くて反っくり返らない。湿原で見かけたオゼヌマアザミとは明らかに異なることだけは分かる。他に尾瀬周辺では、ノアザミ、ナンブアザミなどが見られるそうだ。アザミ、さほど惹かれないのは何故なのか分からない。控えめそうに見えないから、かな。派手な花も好きだけど。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時17分=伊藤 幸司
前方に、間違いなく柴安嵓(しばやすぐら)山頂が見えてきました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時17分=秋田 守
柴安嵓(まないたぐら)山頂。燧ヶ岳の最高峰、標高2356m。あまり山頂らしい風情はない。こちらより若干低い俎嵓の方が昔から山頂扱いされてきたからとのことだが、純粋に標高では10mほどこちらが高いので、いわゆる山頂としてはこちらになるようだ。山名標が、どなたかが言っていたが、まるで墓石みたいなのも、らしくない理由のひとつではないか。さすがに気温が低くなったので、レインウェアを着て、おこわお握りを食べて、エネルギーチャージ。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時27分=伊藤 幸司
柴安嵓(しばやすぐら)に到着したのは10時25分。40分まで休憩しました。ちょっと肌寒いぐらいなので、1枚羽織っての昼食休憩です。
ちなみに登山口を出たのが07時00分でしたから3時間半ということになります。1時間に8パワーで3時間半という計算どおりになりました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時40分=伊藤 幸司
これが柴安嵓(燧ヶ岳最高峰)の碑。山頂らしいものはこれだけです。
深田久弥の『日本百名山』は山岳雑誌『山と高原』で連載した後1964年に新潮社から出版されたのですが、そこでは燧ヶ岳山頂について次のように書かれています。
【頂上は二峰に分かれ、三角点のある方を爼嵓(まないたぐら)と呼び、他を柴安嵓(しばやすくら)と呼ぶ。後者が二十メートルあまり高い。クラは岩の意味で、マナイタグラは俎のような岩の形に由るものであるが、シバヤスクラのシバヤスは何かまだわからない。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時41分=伊藤 幸司
柴安嵓からは双耳峰の窪みへと急降下します。残念ながら展望はほとんどありません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時43分=伊藤 幸司
こういう岩の道はダブルストックだと意外に歩きやすいのです。とくに女性には、怖がらずに歩ける範囲が広がります。でも、南北中央アルプスの縦走路で私たちのペースが1時間に6パワーに落ちてしまうのはこういう道です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時45分=伊藤 幸司
模式的にいえば、これが森林限界での登山道の変化といえるかもしれません。樹木によって表土に覆われるようになって岩の道から土の道へと変わります。今年になってからですが「岩の道」と「土の道」とで、地形図の上では区別できない登山道の巡航速度が大きく変わるということに気づいたのです。行動が長い時間続けば、という話ですが、そのイメージとして、この写真を見ていただきたいと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時45分=秋田 守
柴安嵓から俎嵓へ向かう途中で、オヤマリンドウを見つけた。秋の尾瀬のリンドウは、湿原がエゾリンドウ、山がオヤマリンドウ。花の色が濃く、花自体は小ぶりで、大きくは開かない。昔から根茎は胃の薬として使われてきた。大変苦いらしい。竜胆と書くのは、同じように苦い熊肝に勝るとも劣らぬ苦さ故、熊を超える存在として竜の字が用いられたらしい。どちらかというと、エゾリンドウより、オヤマリンドウの方が好き。品がありそう。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時51分=伊藤 幸司
鞍部に下ると木道がありました。この木道が消えるあたりから爼嵓への登りが始まるのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 10時55分=伊藤 幸司
ハイマツとハクサンシャクナゲのジャングルをぐんぐん登ります。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時00分=伊藤 幸司
これはイタドリでしょうか。あるいはオオイタドリ。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『イタドリ』には【尾瀬ではイタドリと、葉が大きいオオイタドリがあり、オオイタドリの方が多いが、尾瀬ヶ原の見晴(下田代十字路)の第二長蔵小屋の前にある株は、イタドリである。】と。
ちなみに『オオイタドリ』については【イタドリより大型なので、オオイタドリとされているが、個体差もあり見分けは難しい。
普段は目立たないが、9月頃になると大きな実がビッシリとついたオオイタドリの存在に気がつくことが多い。
尾瀬では山道に多く、燧ヶ岳:長英新道、御池周辺のブナ平などでよく見かけるが、中でも沼山峠から尾瀬沼に向かい、峠を越して大江湿原に降りて進んだ先の右手(燧ヶ岳方向)に並んで生えているのは、圧巻である。】
これは実をつけたオオイタドリのようです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時00分=伊藤 幸司
俎嵓の山頂に到着します。柴安嵓山頂から約20分でした。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時01分=秋田 守
柴安嵓から下って登って、俎嵓山頂へ。こちらは、祠もあるし、三角点もあるしで、いかにも山頂の風情。何やらありがたい気分になってくる。祠には火打石=燧石を村に授けた燧大権現が祀られているそうだ。やはりここも周囲は真っ白。残念でした。ざあざあ降られなかっただけマシとするか。いや、晴れパワーが足りなかったことは真剣に反省しないとあかん。コーチの雨男パワーに負けるのはいかにも悔しい。次回こそ雪辱を果たしたい。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時16分=伊藤 幸司
これがいわゆる燧ヶ岳山頂です。最高峰が山頂という一般ルールが国土地理院において成立したのは、1991年に国土地理院が刊行した『日本の山岳標高一覧──1003山』によってだと思います。あとがきにはこう書かれています。
【この技術資料は、地形図での山の表示に関する関心の高まりに応えて、国土地理院測図部が「山の高さに関する委員会」における検討結果をふまえ、各地方測量部の協力を得て、日本の山、約1,000山について昭和63年から平成3年まで足掛け4年をかけて調査した結果をまとめたものである。2万5千分1地形図には約16,000にのぼる山の名前が記載されており、その数からすれば、これは一部の山についてのものである。】
これは山の高さを三角点の測量値から最高地点の標高に改めようという全面的な方向転換を目指すものとなりました。
【付属資料──1.日本の山岳標高の調査
近年、山に対する関心が高まり、山の標高、山名などについての正しい情報の提供についての要望が高まっている。
国土地理院では、2万5千分1地形図をはじめとする地図の刊行をその業務の一つとしているが、作成する地形図では、特別に山頂の高さを調査し、表示することにはなっていない。そのため、山の高さとしては(イ)山頂にある三角点の標高値、(ロ)山頂に表示された標高点の最高値、(ハ)最高位の等高線数値などが用いられてきた。
しかし、これらの標高値を、山の高さとして採用するにはいろいろと問題がある。すなわち、三角点の場合には山頂(文字どおりの最高点)にあるとは限らない。なぜならその位置は三角測量の実施に都合のよい場所が選ばれているからである。また、等高線数値で代用する場合には、山頂はその等高線の表わす標高値よりは高いことになる。
さらに、写真測量による2万5千分1地形図の全国整備の完了により、それ以前の平板測量中心の5万分1地形図の標高値とは異なる標高値も得られ、同一の山について、いくつもの標高値が存在する場合もあることになり、整理する必要も生じていた。
以上に加えて、山の高さについて、国土地理院の地形図以外の全国的規模の情報もないのが実情のため、地図利用者から山の標高を正確に知りたいという要望も寄せられるようになった。
このため、日本の主要な山について、その標高・位置などについて点検・補足測量を実施し、表示可能なものについてはその結果を地形図上に表示して行くとともに、これらの結果をまとめた技術資料を作成することにした。】
もうひとつ、あまり関心はないけれど重要な問題として山の高さの精度について語られた部分もあります。
【これまでの山の標高は、三角点標高値、標高点の標高値、等高線数値によって代用されてきた。作業規定では、これらの標高値の目標とする精度は下表のように決められている。
◎作業規定で規定する標高値の精度
*三角点…標高目標精度5cm…精密測地網二次基準点測量作業規定による
*標高点…標高精度3m(等高線間隔の1/3)…基本図測量作業規定による
*等高線…標高精度5m(等高線間隔の1/2)…基本図測量作業規定による】
なお【数値の表示はメートル位までとし。メートル位以下の数値が算出されている三角点の標高値を利用する場合は、メートル位以下第一位を四捨五入してメートル位までを表示する。】
【今回の測定の大部分は写真測量法によっており、使用写真の縮尺は多くの場合約4万分の1である。三角点には、空中写真と地上を対応づけるための対空標識が設置してあるわけではないので、三角点の位置を写真上で厳密に特定することは難しく、測定に多少の不確定さが残るケースもあり得る。また、特に三角点の近傍に最高地点として測定すべき岩があっても、その大きさが数メートル程度であると、空中写真からその岩を判別できない可能性もある。従って、精度的にはその程度の不確定性を伴うものである。また、山頂が樹木で覆われている場合にも測定値の精度は低下する。】
三角点によって求める【標高目標精度5cm】については、素人にはちょっと分かりづらい注記がありました。
【三角点の標高については、作業規定に基づき、2点間の比高測定の目標精度を5cmとして測量作業が進められている。ただし、2点間の相対的精度としては、上記のとおりであるが、三角点標高値としては、最大20cm程度の誤差を持っている場合もある。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時17分=伊藤 幸司
私を含めた7人の平均年齢は68歳です。この写真と直接関係する情報ではありませんが。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時20分=伊藤 幸司
俎嵓山頂から御池方面へと下り始めました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時30分=伊藤 幸司
崩落地ですかね。間違って谷筋を下ってしまわないようにこちらに誘導する標識もありました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時33分=伊藤 幸司
登山道の土が雨で流されたのでしょう。ハイマツの根が露出していました。外観は低姿勢でやわな感じもしますが、これだけの根を張って生存してきたとわかります。
昔、学生時代、知床半島の無積雪期縦走に挑戦したときに新人部員としてサポート隊のひとつに配属され、ほぼ1か月行動しました。縦走隊を待つ間に縦走ルートを偵察し、ときに道つけ(あとで告発されましたが)をしました。そのときの知床のハイマツは、写真にあるこの枝がちょうど腰から胸の高さにあって、乗り越えようか、潜ろうか悩む状態。縦走隊はハイマツの海を漕ぐようにして前進していたものの、見通しのきかないガス(山霧)に巻かれると動けないという場所もあって成功しませんでした。冬の完全縦走は当然北大と京大がやっていましたが、ハイマツを愚直に漕ぎ抜けようとした私たち(早大)は意地になって、決着をつけるまでに何年かかったでしょうか。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時36分=伊藤 幸司
葉の形がうまく撮れた写真がないのでよくわかりませんが、ミヤマセンキュウではないかと思います。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ミヤマセンキュウ』には次のように書かれています。
【尾瀬では、至仏山系(至仏山〜小至仏〜小笠〜笠ヶ岳)や燧ヶ岳などの高所でも見られるが一ノ瀬休憩所〜冬路沢橋、カマッポリ田代の長蔵・ヒュッテ分岐付近に特に多く分布していると感じている。
お盆過ぎになると白い花を数多く咲かせる。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時39分=伊藤 幸司
ジョウシュウオニアザミがみごとな群落をつくっていました。まさにこの場所について『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)にはこう書かれています。
【尾瀬では、6月末〜9月初旬までの長い間、沼山峠展望台付近、至仏山系(至仏山〜小至仏〜小笠〜笠ヶ岳)、燧ヶ岳上部などで花を咲かせております。
特に燧ヶ岳の御池道にある7月末でも雪渓が残っている沢では、9月には数多くのジョウシュウオニアザミが林立して咲いております。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時39分=伊藤 幸司
ジョウシュウオニアザミで検索してみたら、久しぶりに『国立科学博物館植物研究部』の『日本のアザミ』が出てきました。その『ジョウシュウオニアザミ』です。
【日本固有種.茎は高さ0.3-1 m,斜上し,上部で数回分枝する.根生葉は花期にも生存し,楕円形〜卵形,長さ15−45 cm,羽状に中裂し,羽片は6−9対,鋭い刺がある.花期は8月〜9月.両全性.頭花は単生するか数個がコンパクトな散房花序に付くか密集して付き,点頭する.総苞は広鐘形,生時で直径15-20 mm,総苞片は7−8列,圧着し,薄くクモ毛で被われるか無毛,総苞外片は狭卵形で内片よりわずかに短い.腺体は線形〜披針形で良く発達し,総苞は著しく粘る.小花は紅紫色,長さ17-18 m,狭筒部は広筒部より少し長い.痩果は灰褐色,長さ約4 mm,冠毛は長さ14-16 mm.高山草原に生える.染色体数2n=34.】
全然わかりませんけれど。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時40分=伊藤 幸司
ジョウシュウオニアザミの群落です。オニアザミがこれだけ密集しているとなんで? ここに? という感じです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時40分=伊藤 幸司
11時36分の写真と花の感じが違いますかね。でも図鑑で見ると花も葉っぱも、これは堂々たるミヤマセンキュウ……に思われます。
『公益財団法人・尾瀬保護財団』の『今日の尾瀬』に『2012年8月18日-尾瀬沼ビジターセンターより(2種類のセンキュウ)』というレポートがありました。
【一見、よく似た花がよく似た場所で咲いています。
オオバセンキュウ(上の写真)とミヤマセンキュウ(下の写真)です。
その見分け方のポイントは葉の形状です。
オオバセンキュウの葉は羽状の複葉になっています。
ミヤマセンキュウは葉の切れ込み方がシダ状になっています。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時42分=伊藤 幸司
ジョウシュウオニアザミの群落としては、なかなか特別のものではないかと感じられました。なんか大草原のプレーリードッグの顔つきみたいでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時43分=伊藤 幸司
ジョウシュウオニアザミはほとんどこの一郭にかたまっているようでした。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時43分=伊藤 幸司
ジョウシュウオニアザミの花。別れ際にポートレイトを1枚。なかなかの美人ですよね。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時43分=伊藤 幸司
出発時に、振り返ってもう1枚。ふたたび『国立科学博物館植物研究部』の『ジョウシュウオニアザミ』を見てみると【分布…本州(群馬,福島,新潟,長野の各県)】となっています。私には人生最後の出会いかも。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 11時56分=伊藤 幸司
「7合目」のあたりからはこういう状態になりました。この種の写真はこれからも出てきますが、私はここをフツーのランニングシューズで大ごとにならずに下りました。この道が川のようになっていたら、ジャブジャブと歩くだけのことですし。
御池へと下るこのルートにあった「7合目」の標識には「御池登山道・檜枝岐村」とあっただけです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時02分=伊藤 幸司
この写真を撮った理由は、道の先になんとなく薄い茶色が見えていますが、湿原が見えたのです。標高1,986mの熊沢田代か、その東隣りにある小さな東田代(標高1,819m)のどちらかだと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時02分=伊藤 幸司
前の写真と同じ位置から超望遠で撮ると、こんなふうに見えました。だからなにがわかる? という程度ではありましたが、元気が出ました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時09分=伊藤 幸司
湿原を遠望してから7分後に湿原に出ました。7分前に見た湿原の特徴的な模様が、この写真の左端に見えています。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時09分=秋田 守
俎嵓から御池方面へ下り始めて間もなく、行く手に上越の山々が見え始めた。雲がとれて、山並みがくっきり見える。おお、と思わず歓声を上げたくなる。下の方には池塘も見えている。ベテランのKさんに山の名前を教えていただいたが、どれがその山なのか自分では特定できなかった。でも、眺めがいいと下り道が楽しく思えてきた。雨が少し降っているので、レインウェアはまだ脱げないが、暑くなってきたので、どこかで脱いでしまいたい。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時10分=伊藤 幸司
これはどう見てもワタスゲの最後の姿だと思うのですが、このいわばショボクレた姿を撮った写真をネット上に見つけることができませんでした。この写真だって、これがまちがいなくワタスゲだと言い切れなければワタスゲのライフヒストリーの一角に滑り込めるわけではありません。
オリジナル画像を拡大するまでもなくこの写真でも拡大すると白い綿毛を飛散させた後のロケット発射台みたいな姿が見えています。
この綿毛の成り立ちに関して『井伊影男の植物観察』の『花はあまり知られていない湿原の人気者ワタスゲ』(2011年06月06日)に次のような記述がありました。
【湿原の代表とも言われる本州の尾瀬、北海道の雨竜沼、何れにおいてもワタスゲは人気者である。
写真…ワタスゲの果穂です。カヤツリグサ科ワタスゲ属。
カヤツリグサ科は花も地味だし、どれも良く似ていて区別がしにくい。植物愛好家からも敬遠されがちになるのはその辺の理由によるという。
湿原の植物でワタスゲはよく目立って人気も高いが、果穂を花と勘違いしているケースが少なくない。
写真…ワタスゲの花です。6月3日に幌延湿原で出会う。
白い刺針状の花被片がラセン状に配列され、これが花後伸び出して綿毛となる。
種子散布のために綿毛を利用するものは多いが、タンポポの場合は萼が綿毛に変化し、ガマの場合は果柄が綿毛に変化するという。
写真…ワタスゲの若果実です。綿毛が伸びだすことで地味だった花が派手な果穂に変身していく。
花は地味だから見逃しやすく、花のことを知らない人も多い。
幌延湿原でも花が咲いたたばかりで、良く知られた綿毛になるのはもう少し先になる。】
要するにブラシ状の花穂(かすい。花が集まって穂のようになる)の1本1本の花被片(ここでは花弁のこと)が綿毛に変身していくのだそうです。
『紫桜館・山の花屋』にオレンジワタスゲの『花と綿毛について』がありました。
【ワタスゲというとフサフサとした綿毛が印象的ですが、この綿毛は花後の種姿です。右側の写真のような目立たない花を咲かせた後、2週間から1か月かけだんだんと綿毛が表れてきます。】
【ワタスゲといえばふわふわの綿毛が特徴ですが、これは花ではなく種子の集まりです。綿毛となるしばらく前に、めだたない花が咲き、花を咲き終えるとぐんぐん草丈をのばして果穂となります。熟すと名前の由来となっている球状の綿毛となり種を胞子で飛ばします。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時10分=伊藤 幸司
尾瀬の名物、草紅葉にはまだ早い時期でしたが美しく色づいていたのはネバリノギランでした。
『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『ネバリノギラン』を見ました。
【ノギラン(ユリ科 ノギラン属)に姿が似て、薄いクリーム色の壷型の花・花柄に粘り気があるので、ネバリノギランと命名されました。
同じ頃に湿原・山道で似た感じのするオニノヤガラ(別名:ヌスビトノアシ)も咲いているので、間違えないようにしたい。
ネバリノギランは至仏山には多いが尾瀬全体でみると、それほど多い植物ではない。
燧裏林道:横田代の尾瀬ヶ原側、燧ヶ岳の2つの田代(広沢田代・熊沢田代)、沼山峠から大江湿原に降りた地点、尾瀬ヶ原:下田代の赤田代分岐(東電小屋分岐)〜見晴(下田代十字路)の間などでは比較的目に付く。
至仏山では、オヤマ沢田代・小至仏手前のベンチ&テラス付近にネバリノギランが数多く咲いている。
つまり尾瀬では、湿原でも山道でもネバリノギランは見られる訳です。】
この熊沢田代とこの先の広沢田代で【比較的目に付く】というのですからネバリノギランで間違いないでしょう。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時10分=秋田 守
行く手に熊沢田代の湿原がはっきり見え始めた。絶景なり。人の気配が全くないのが素晴らしい。ベンチの部分まで下って、一服し、さらに前進する間、我々チーム以外に人っ子ひとり現れなかった。いやあ、本当に贅沢なひとときを過ごした。今回の山歩きの中でも一番印象深かったシーンだ。自分の頭の中では、勝手にドローンを飛ばしていて、上空からの俯瞰シーンが描き出されていた。ここはBGMはなしだな。無音の静寂。秋色の湿原。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時11分=伊藤 幸司
これが実をつけたネバリノギラン。『四季の山野草』の『ネバリノギラン』によると【ネバリノギランの実。花はほとんど開かない状態だが、実になったときのほうが、ガク片が反り返り、花が咲いたように見える】とのこと。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時12分=伊藤 幸司
私たちはまだ熊沢田代の入口にいたのです。12時02分に見えた湿原模様が熊沢田代の登り返しのところだったとわかりました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時15分=伊藤 幸司
いよいよ熊沢田代の核心部に下っていきます。2つの池塘に挟まれたところにベンチが見えてきました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時16分=伊藤 幸司
薄っすらと色づいた熊沢田代の秋景色。1週間後ぐらいですかね、ここが真っ赤に燃え上がるのは。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時17分=伊藤 幸司
熊沢田代では、ネバリノギランが湿原の基盤を作っているのですね。私にはなんだかとても貴重な光景のように思えました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時17分=伊藤 幸司
熊沢田代。休憩場所へと緩やかに下ります。ザックを下ろして、腰を下ろして、食べたり飲んだりして、カラダを休めるということでありますが、長い下りの中間ではっきりと区切りを入れて、気持ちの区切りをつけたい休憩です。
ここでは「10分休憩」と決めてありましたが、その10分が「記憶に残るもの」になるように心がけるのがリーダーの役割だと思っています。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時23分=伊藤 幸司
ベンチから東側の池塘を見ました。ほぼ真東の方向ですから、見えてきたのは帝釈山(標高=2,060m)や田代山(標高=1,926m)でしょうか。田代山は尾瀬国立公園の特別保護地区となっていて、山頂部に広大な高層湿原が広がっています。まあ、同じ国立公園内の兄弟みたいな関係だと思います。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時23分=伊藤 幸司
これが西側の池塘。秋田さんがなにか見つけましたね。あとで教えてくれたので私も撮りましたけれど。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時23分=伊藤 幸司
熊沢田代の真ん中で、私がまだこだわっていたのはネバリノギラン。私はこの色にすっかり取り憑かれてしまいました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時24分=秋田 守
熊沢田代の木道脇にモウセンゴケがたくさん生えていた。花とは言えないが(白い小さい花が咲くのは見たこともある)、モウセンゴケには強く惹かれる。美しさ、もなくはないが、それ以上に、したたかさ、というか機能美、というか、そこまでやるか、みたいなたくましさ。自分にはないものに惹かれるのかしら。コンデジなので、あまり食い下がって撮影しなかったけど、一眼レフを持って行っていたら、へばりついて動かなかったと思う。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時26分=伊藤 幸司
秋田さんが教えてくれたモウセンゴケです。『尾瀬の花図鑑』(運営:尾瀬自然保護指導員 東雲 明)の『モウセンゴケ』には次のように書かれています。
【尾瀬には3種のモウセンゴケ(モウセンゴケ、ナガバノモウセンゴケ、サジバノモウセンゴケ)がありますが、尾瀬沼西岸の小沼湿原・沼尻平湿原など複数のモウセンゴケが生育する湿原では、ナガバノモウセンゴケ・サジバノモウセンゴケの根元は水に浸かって、モウセンゴケは、小高い箇所で根元は水に浸からない箇所に生えています。】
『私のデジタル写真眼』というブログに『尾瀬 夏の花図鑑・・・モウセンゴケの花』)2008年07月28日)がありました。タイトルで宣言しているだけに、いい写真がならんでいます。
【◎写真1.この白い花・・・そうなんです!・・・モウセンゴケが花を咲かせているなんて!!!
しかも・・・これ、ナガバノモウセンゴケです・・・・。
北海道の一部と本州以南では尾瀬にだけという貴重な植物です。
それがね〜・・・花を着けている姿が見られたなんて・・・ウレシイ限り♪
ほんの2,3mmという感じの極小さな花なんですが、湿った湿原に星を散りばめたようにこの白がチカチカと輝いていました。
◎写真2.ナガバノモウセンゴケ・・・細長い葉は長さ4,5cm程。粘液を出す繊毛がびっしりです。
◎写真3.所々でこういう小群落が・・・。他の草に負けずにガンバッテる・・・♪
ナガバノモウセンゴケ、尾瀬でも生育場所は限られています。
尾瀬沼西にある小沼湿原と、山の鼻から尾瀬ヶ原に入ると間も無く木道の高架が無くなって湿原と同じ高さの木道になる辺りで良く見られます。
◎写真4.さて、これは・・・?
これが本家モウセンゴケですね。直径1cm程の丸葉です。粘液で、繊毛が露に濡れてるみたいです。良く見るとこのモウセンゴケとナガバノモウセンゴケ、混在ということではなく、直ぐ近くなんですが、夫々で棲み分けしているようです。
ナガバノモウセンゴケは水が浅く溜まっているような湿った場所・・・
モウセンゴケは池塘の縁でも、比較的表面が乾いているような場所・・・のようです。
◎写真5.池塘の縁で競うように花を咲かせるモウセンゴケ。
◎写真6.この小さな花を何とかアップで撮ろうとしたんですが、なかなかね〜・・・木道からスンナリとは行きません・・・。
しゃがんだり、這い蹲ったり・・・やっと近くで撮らせてもらったんですが、白飛び・・・(泣)
☆いずれも、モウセンゴケ科です。
今回、何とか見たいと思っていた、サジバノモウセンゴケというのがあるんですが、そう匙葉と書いて、葉の大きさがナガバノモウセンゴケとモウセンゴケの中間で、形が匙って感じらしい・・・。
残念ながら見つけられず・・・サジを投げました・・・♪
来年、きっと!・・・なんて思ってます。】

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時27分=伊藤 幸司
別れ際の、最後のネバリノギラン。ひいき目か、堂々たる存在に見えました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時29分=伊藤 幸司
熊沢田代を南から北へと縦断します。このあたりから振り返ると燧ヶ岳がそびえ立って尾瀬を代表する風景のひとつとなるのですが、まったく、何も見えませんでした。おおよそ水平の熊沢田代を渡り切ると、すこし登って御池登山道は次のステージへと進むのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時32分=伊藤 幸司
ここでは木道が気になりました。メインストリートの尾瀬ヶ原ではヘリが新しい木材を空輸していましたが、ここではそうとうひどい痛みようです。ここは福島県だから……でもありませんが、原発事故との関係は確実に影響を与えているように感じられます。
『livedoor’NEWS』の『J-CASTニュース』に『東電の「尾瀬」売却が浮上 代わりに誰が自然守るのか』(2011年5月13日)がありました。
【尾瀬の湿原地帯などを東京電力が売却する可能性が浮上してきている。原発事故の補償金ねん出を迫られているためだ。売却しないとしても、自然保護にかかる年2億円もの費用をどうするのか。
東電は、尾瀬国立公園の約4割に当たる土地の所有者だ。世界的に有名な湿原の尾瀬ヶ原や尾瀬沼といった特別保護地区については、約7割も占める。
◎年2億円の保全費用を出せない可能性も?
それは、かつて尾瀬原ダムと呼ばれた大規模な水力発電計画があったからだ。自然保護運動が高まる中、計画は消滅し、東電は現在、毎年約2億円をかけて湿原にある木道の管理などの保全活動をしている。
ところが、原発事故の余波で、その尾瀬すらも売却対象の1つに浮上と報じられている。もし売却されれば、どのようにして自然を守るのかが焦点になる。
東電所有地のある群馬県の大澤正明知事は、2011年5月11日の会見で、「尾瀬のような自然をもっと大事にしていくべきだ」と強調。売却については、「絶対に阻止したい」との考えを示した。
県の尾瀬保全推進室では、東電が所有地を売却するかについて、「新聞報道でも、『売却は考えていない』とコメントが出ていますし、こちらも特に聞いていません」とする。こうした状況から、県が所有地を買うという話も出ていないという。また、年2億円の保全費用を出せない可能性についても、聞いていないとしている。
東電側は、報道のように、所有地の売却は考えていないのか。
広報部の担当者は、取材に対し、それはあくまで現時点のことであることを明らかにした。そして、今後の資産処分計画の中で売却が決まる可能性について、「まったくないとはお答えできません。今後のことは、まだ何も決まっていませんので」と言っている。
「国が買うか、入山料を取ればいい」
ただ、現時点で売却を考えていない理由として、東電広報部では、尾瀬が利根川最上流の水源地であり、下流の水力発電所に欠かせない事業用資産であることを挙げている。
売却しないとしても、毎年2億円の保全費用をねん出できるのか。この点については、資産処分計画を考えている最中で、まだ見通しを示せないと答えるのみだった。
地元の自然保護関係者の間では、尾瀬の行方について、不安が広がっている。
各種啓発活動をしている尾瀬保護財団では、「今のところ、東電から具体的な話は聞いていませんが、今後どうなるのか懸念があり、状況を見守っています」(企画課長)と話す。
また、NPO法人の尾瀬自然保護ネットワークでは、売却の可能性があることが心配だと言う。売却先が民間なら、尾瀬を観光資源と考えて収益中心に考える恐れがあるからだとする。円谷光行・本部事務次長は、「一番いいのは、国が買うことだと思います。アメリカなどではそうですし、土地を管理したり人を指導したりしやすいからです」と話す。
保全費用については、入山料を取ることも考えていいと言う。かつて入山者増加から議論になったことがあるが、円谷さんは、「そもそも管理にコストはかかるものですし、それでマナーがよくなることが考えられるからです」とする。
なお、尾瀬が、再び水力発電など事業用に使われることについては、群馬県などの関係者は、国立公園で国の許可が必要なことから可能性は低いと見ている。円谷さんも、「ダムはありえないですし、発電などの事業は望ましくありません。尾瀬は、自然保護運動の発祥地ですし、日本に1か所ぐらい本当の自然があってもいいはずです」と話している。】
もちろんこれは原発事故直後の記事ですから、いまも状況は同じ……ではないのでしょうが。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時38分=伊藤 幸司
西にはお隣の平ヶ岳や上越の巻機山が見えそうなのですがわかりません。ガス(山霧)が切れて山並みが見えるだけで幸せです。……というのは今年は小屋泊まりの鳳凰三山(富士山の展望)、大日岳(剱岳の展望)、燕〜常念〜蝶(槍ヶ岳の展望)、そしてこの燧ヶ岳(尾瀬ヶ原と尾瀬沼のパノラミックビュー)がことごとく不完全な状態でした。私が今年の「展望ダメ男」になったようです。カンタンには責任はとれません、けれど。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時40分=伊藤 幸司
見晴新道のぬかるみ道と同様の難路ですが、泥があまりないので靴が汚れるという感じではありません。濡れた木の根は滑りやすいという点で最大級の危険物ですから、足さばきは細心の注意が必要です。こういうときダブルストックはバランスサポートにまわるので、足を置く場所の選択肢が広がり、安全性が大きく飛躍します。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時41分=伊藤 幸司
山裾に尾瀬御池(おぜおいけ)バス停のある駐車場と建物が見えてきました。一般車両はあそこまでで、沼山峠までシャトルバスに乗り換えるのです。私たちにとってはあそこが今日の最終地点です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時42分=伊藤 幸司
尾瀬御池の駐車場が画面左に見えています。標高約1,500mです。画面右側に湿原が見えますが、それがこれから下っていく広沢田代。標高=1,773mの高層湿原です。私たちはまだ熊沢田代を出発してから10分ほどしか歩いていませんから標高約1,900mあたりにいます。標高差で約100m下って広沢田代、そこから約250m下って御池登山口という見当です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時42分=伊藤 幸司
これは広沢田代の超望遠写真。画面中央の木道に黒い塊が見えますが、オリジナル画像で見ると男性とおぼしき登山者がザックを足元に置いてスマホを見ているような感じです。そんなことは撮るときにわからなかったので、その場所に行ったとき人がいたので驚きました。写真に写っていたのと同じ人物であることはまず間違いありません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時42分=伊藤 幸司
尾瀬御池の写真、超望遠で撮ったもので見ると駐車場がちょっとせこい感じ。全く違う場所かもしれないとグーグルマップの航空写真で見てみると、これは尾瀬御池にある檜枝岐村直営・御池ロッジの駐車場でした。広い駐車場は画面左下の森に遮られていて見えないのです。ともかく尾瀬御池に車を置いてシャトルバスで沼山峠まで入ると尾瀬沼への最短ルートになります。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時45分=伊藤 幸司
ドンドンドンと下る感じです。見晴新道の上部とほぼ同じ30度の斜面を、一気に下っていきますからあちらの「8合目」以上と同じような登山道といえます。私のシミュレーションマップでは1/25,000地形図上で50m等高線に置いた直径100mの円が4つ接して並んでいます。そこをまっすぐ下っているのでこの傾斜となるのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時48分=伊藤 幸司
ダブルストックを信頼して使えるようになると、こういう場面がかえって歩きやすくなります。20年前に最後の下りで女性初心者の安全とスピードを確保するために導入したのは、当時モノライターとして仕事していた私の先見の明だったと自負しているところです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時50分=伊藤 幸司
雨の日だったら、当然ここは川ですよね。今日の天気でここが川になっていなかったのは、ラッキーとしかいいようがありません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 12時57分=伊藤 幸司
ガマズミでしょうか、赤い実を見て、今回は紅葉もなければ、花も実も、あまりなかったということを感じました。展望もなくて、メンバーには申し訳なかったということになります。なにしろ今年はそういう山が続いていますから。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時03分=伊藤 幸司
熊沢田代から40分で広沢田代へと下りました。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時07分=伊藤 幸司
広沢田代にももちろん池塘はあって、ひと休みしてもいいのですが、私たちはもう、温泉とビールとそばしか頭にありません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時08分=伊藤 幸司
この写真を撮ったとき、なんだか前方にひとり先行して糸の会独特の「10分交代」を待っているみたいと思って、じつは捨て写真にしたのです。ところがそれが単独登山者だとわかってもうすこしちゃんと撮っておけばよかったと思ったのですが、その登山者がじつは12時42分の写真に、この同じ場所に写っていたということをこのキャプションを書きながら知ったのです。もっとちゃんと撮っておけばよかった。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時08分=伊藤 幸司
じつは前の写真は超望遠、この写真は超広角。私はこの場所から撮っていたので、遠くを歩いているメンバーと重なっている単独登山者をうまく入れ込んだ写真は撮れなかったのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時13分=伊藤 幸司
御池登山道を登ってくる人たちにとっては、最初に期待する広沢田代への道がこれです。木道に記された設置年度も読み取れません。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時17分=伊藤 幸司
ミズバショウの沢を渡りました。御池田代の最上部がここまで伸び上がっているのでしょうか。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時20分=伊藤 幸司
勾配はもうほとんどありませんが、登山道の表情は変わりません。計画書の御池到着時刻は14時00分ですが、それは登りの計算。下りだと通常は30%悪くてもいくらかのお釣りがくるぐらいですからいつ着いてもおかしくない時間帯に入っています。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時56分=伊藤 幸司
この時間に燧裏林道との分岐に出ました。道は御池駐車場から御池田代、上田代あたりまで散策する遊歩道になっています。じつはこの道の前方に私たちのメンバーが写っていますが、もう御池の駐車場が見えているはずです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 13時58分=伊藤 幸司
御池の駐車場に着きました。時間はかかりましたが、入浴や食事のセットに支障の出ない、計画範囲に下山できました。まずはバンザイ、です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 15時56分=伊藤 幸司
……で、これは御池到着から2時間後の御池の写真です。
結論からいうと、私たちは空腹のままたっぷり時間をかけて御池ロッジの展望風呂に入ったのです。湯上がりにロビーで缶ビールは飲めましたが、腹に入るものはありません。この御池から、空腹の旅は始まったのです。
13時56分に御池に着いて、14時40分のバスで15時00分に檜枝岐に着いて、入浴と食事(そば)を手早く済ませて、16時30分の最終バスで会津高原尾瀬口駅に17時50分に到着、18時14分のリバティ会津148号浅草行きに乗れば、21時15分に浅草着、手前の春日部や北千住で下車することもできます。
そのつもりで予定のバスに乗ったのですが、その段階で檜枝岐の2件の蕎麦屋に電話したところ、本命は「いま片付けているところ」というし、もう1件は電話に出ない。そこで全員バスを飛び降りてしまったのです。
御池バス停の前には御池ロッジのほかに食堂兼土産店があるのですが、15時閉店でもう食事は不可。御池ロッジなら入浴+αで16時10分発の最終便までゆったり待てるかと考えたのです。
そして入浴+ビール+食事なしという1時間が終わって、出掛けに懐かしのロビーを振り返ったのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 15時58分=伊藤 幸司
気温15度C。霧雨が降るなか、私たちはバス停に行き、最終バスに乗ったのです。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 17時47分=秋田 守
御池まで無事に下山した後は、バタバタ続き。本当はバスで檜枝岐まで移動して、そこで蕎麦とお風呂、のはずだった。ぼくは慌ただしいけど、バス待ちの間に御池で入浴して着替えたかったので、5分入浴でさっぱり着替えた。でも結局、蕎麦屋がやってないことが分かり、1本後のバスになった。他の皆さんがゆっくり入浴される間、缶ビールを2本飲めたので、ま、いいか。バスに長いこと揺られて会津高原駅へ到着。この先も苦難が続く。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 17時52分=秋田 守
会津高原駅。改札窓口はあるにはあったが、直前で営業終了。きっぷは列車の中で買えと。これが大変だった。周囲に食べ物を売る店はないか探し回ったが、ない。そうと分かってさえいれば、御池の売店が営業時間中に酒や食べ物を買っておいたのに。たぶん車内販売はないのではなかろうか。一応、特急リバティという列車に乗るのだが。新幹線の車販すらなくなる時代にあって、野岩鉄道乗り入れ東武特急に、果たして車内販売はあるのか。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 18時07分=伊藤 幸司
会津高原尾瀬口駅に着いたのは17時50分。駅とその周辺には食べもの屋はゼロ、売店があったような記憶はありますが、完全に閉まっていて、駅も無人でした。
帰ってから調べると駅の入口という感じの三角屋根の建物は会津高原憩の家といって、『おいでよ南会津』の『観光スポット』『会津高原憩の家』に【会津高原尾瀬口駅に隣接している「憩の家」。南会津の観光情報やお食事も味わえるほか、地元の農林産物やおみやげも販売してます。電車利用の前後の時間や、自家用車でもお越し下さい。スキーシーズンにもアクセスが便利です。】
営業は年中無休ながら17時30分まで。徒歩3分のところに日帰り入浴のできる御宿・夢の湯というのもあったので、最初のバスで会津高原駅まで直行していれば(電話で確かめる必要はありましたが)入浴と食事が可能だったかもしれません。
ともかく、無人の改札口からホームに出ると日没後のドラマチックな空がありました。
そして私たちの空腹は空腹として、浅草行きの特急に乗ったのですが、その始発駅は会津鉄道の会津田島駅、会津高原尾瀬口駅から先が野岩(やがん)鉄道となるのですが、車掌は会津鉄道所属で、東武鉄道の車掌とは新藤原でバトンタッチ。会津鉄道〜野岩鉄道〜東武鉄道全線の座席管理などは乗客の側からするよりよほど複雑なようで、断片的にしか発券されず、新藤原で東武鉄道管内に入っても乗車券を扱う車掌と、特急券の座席指定を担当する女性スタッフとが別々に処理するようになっているらしく、私たちは下今市駅まで自分のチケットを完全購入することができずに大騒動を展開したのです。なぜか私は最初にスラッと買えてしまったので理解の範囲をこえてしまったのですが、最後に決着のついた秋田さんがキャプションで解説してくれるはず、です。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 18時13分=秋田 守
ホームに入線してきた浅草行き特急リバティ。車内販売がないことは、すれ違いで停車中の反対方向、会津若松行きの列車の車掌に確認して、ないことがすでに判明していた。座席ははっきり言って、どうせガラガラだろうから問題ない。乗り込むと、案の定、ほとんどが空席。この先、鬼怒川温泉などからどの程度、乗ってくるか次第だが、たぶん大丈夫だろう。発車後しばらくして車掌がやってきて、驚くべき車内切符販売事情が明らかに。

燧ヶ岳登山
【撮影】2日目 19時57分=秋田 守
車内ではまず乗車券を買えとなった。特急座席指定券と乗車券を買えたのはコーチ一人。それ以外は、乗車券だけ。最後にぼくが買おうとすると釣りがないと断られた。結局、その後、乗り込んだ東武の女性乗務員から、まず特急座席指定、その後しばらくしてからやってきた車掌から乗車券を買うことになった。どちらも紙の車内販売用きっぷ。今時、こういうのを見ること自体珍しい。野岩鉄道内ではスイカも使えないから一苦労なのだ。



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