山旅図鑑 no.263
塩原新湯・富士山
2019.10.22

山旅図鑑目次

写真アルバム(時系列速報)目次


糸の会(no.1164)
2019.10.22
塩原新湯・富士山
28パワー(下山路変更あり)

登り7p→下り6p→車道を約35分

*計画では往路を東武鉄道〜野岩鉄道とし、帰路は那須塩原駅から新幹線でした。ところが東武鉄道は台風19号で新鹿沼〜下今市が不通に。新幹線往復だと日帰りプランとしては割高感があったのですが、ふと、この日が令和元年に限り祭日で、土休日のみ1往復のJR高速バス・那須塩原号が運行しているとわかりました。確かめてみるとガラガラ。
*往路を0920バスタ新宿発→1227塩原温泉バスターミナル(3,300円)と変更しました。ただし、往路の所要時間が長くなったので、下山後に予定した渓谷遊歩道は時間的に「無理かもしれない」ということにしました。

・塩原温泉バスターミナルからタクシーで新湯へ
・1310……奥塩原温泉・新湯(あらゆ)を出発(標高約950m)
・1335-1400……庭園風の場所で休憩(標高約1,100m)
・1415-25……富士山山頂(標高=1,184m)12℃
・1510-45……大沼散策(標高約950m)
・1600……道を間違い上の原、柏木平農業団地の分岐を通過(標高約900m)
・1630……道が県道19号(藤原塩原線・日塩もみじライン)に出た(標高約850m)
・タクシーでホテルニュー塩原へ
・1855……塩原温泉バスターミナルから最終バスでJR西那須野駅へ

今回の写真出展メンバー(提出順)は3人です。
小林 美子、矢野 博子、伊藤 幸司


*速報写真が「粗選び」だとすれば、この「山旅図鑑」にはキャプションが添えられた「最終的セレクト」の写真のみ(順次)掲載させていただきます。
*キャプションはタイトルではありません。文字数自由(できれば40字以上、数百字でも。一律200字と決めている方もあります)としているのは、写真と撮影者との関係を軸にした自由な「フォトエッセイ」を理想と考えているからです。
*また撮影者以外のかたの自由なコメントも順次掲載させていただきます。その場合はWeb画面で取り出した写真に文章(と氏名)を加えて、メールでお送りください。どなたからのものでもありがたく掲載させていただきます(若干の編集作業を加える場合がありますから、問題があればお知らせください)。


山旅図鑑 no.263
塩原新湯・富士山
2019.10.22

新湯・富士山
【撮影】09時20分=伊藤 幸司
往路は09時20分バスタ新宿発の那須・塩原行き高速バスでした。じつはこのバス「那須・塩原号」といいながら、塩原温泉に寄るのは土休日に1便だけ「那須・塩原号JR1号」だけなんです。当然この日は火曜日でしたから東武〜野岩鉄道や東北新幹線も検討しましたが、東武鉄道は10月22日に上陸した台風19号の被害で新鹿沼〜下今市間が25日まで(すなわちあと3日間)不通となっていました。新幹線だと東京〜那須塩原が自由席で片道5,490円ですから、往復すると1万円以上。それに現地でバスがうまく使えないとタクシーということにもなりかねません。
それほどのことをしてまで行く価値があるかどうか、と思っていたところ、10月22日が(令和元年だけ)「即位礼正殿の儀」という祝日だと知り、確かめてみると塩原温泉経由の「那須・塩原号JR1号」が運行すると確認できたのです。運賃は片道3,300円。帰路は那須塩原駅から新幹線(あるいはもちろん鈍行でも)という想定となりました。
その結果がこの写真。私たちは車内での気楽なおしゃべりができるように後方の座席を選んだので一見そこそこの予約が入っているかのように見えますが、前方はほぼガラガラです。
問題は09時20分新宿発という往路で「ふじやま」登山を前座として、紅葉の核心は塩原渓谷の遊歩道であったところが、時間の問題で後半がカットされるということに。
要するに当初の目論見がぐずぐず状態のまま、私たちは塩原温泉に向けて旅立ったのです。

新湯・富士山
【撮影】13時00分=伊藤 幸司
塩原温泉バスターミナルからタクシーで奥塩原新湯(あらゆ)温泉までは栃木県道19号・藤原塩原線(日塩もみじライン)を上がっていきます。塩原と日光を結ぶ紅葉の名所ですから目をこらしてはみたのですが、紅葉には早い……という感じで到着。中型のタクシー料金は2,720円となりました。

新湯・富士山
【撮影】13時09分=矢野 博子
この日の朝 千葉はかなりの土砂降りの雨で 参加するかどうか戸惑う程だったが 現地に着いて歩き始める頃には 大分 雨もおさまっていた。 バスタ新宿から 一気に塩原温泉郷へ。乗り換えなしは 何ともラクチン。でも 予期したように この雨でバスは ガラガラ。これは 登り始めの神社の階段。脇には 温泉の黒い菅が引かれている。

新湯・富士山
【撮影】13時12分=伊藤 幸司
計画書に添付した私のシミュレーションマップは2006年につくったもので「奥塩原温泉バス停」となっていますが、いまはバスのバの字もありません。ただ、ここには(たぶん)3軒の小さな温泉宿があって、新湯噴火口と新湯温泉神社があるのです。私たちはここから塩原自然研究路をたどることになります。

新湯・富士山
【撮影】13時14分=伊藤 幸司
まずは温泉神社へ向かって石段を登ります。温泉神社というのは各地にありますが、こういう直線的な石段がいつも印象に残ります。

新湯・富士山
【撮影】13時15分=伊藤 幸司
神社の脇をすり抜けてどんどん登って行くのかと思ったら、ここで自然研究路はトラバース道になるようです。

新湯・富士山
【撮影】13時17分=伊藤 幸司
斜面を左手に回り込むと、前方に白い広がりが見えてきました。道標でもう一段上に導かれるのですが、私たちはその白い斜面の上端に回り込むことになるのです。

新湯・富士山
【撮影】13時23分=伊藤 幸司
白い斜面の上に出ました。真下の旅館街のところからここまで上がってきたのです。
『溪雲閣』のホームページに『奥塩原新湯温泉の歴史』がありました。古い写真も添えられています。
【奈良時代より「元湯千軒」と言われ湯治場として栄えていた、塩原の起源とも言える「元湯温泉」が、江戸時代初期の大地震による地滑りのため埋没してしまい、住民は寺社仏閣と共に、元湯よりこの地に引っ越してきて新湯噴火口(硫黄山)の近くに温泉場を開きました。
「新湯」という地名は元湯の住民が新しく開いた湯、そして「塩原温泉」の「奥」と言う意味で、『奥塩原新湯温泉』になりました。】

新湯・富士山
【撮影】13時24分=伊藤 幸司
斜面をさらに進みました。じつは一度樹林の中に入るのですが、前方にもう一度白い斜面が出てくるのです。『溪雲閣』のホームページに添えられた古い写真を見ると、噴火による白い斜面は2つあって、その間を分けるように樹林の斜面が下っています。写真のその2つの白い斜面には同じ「硫黄山」という名がつけられています。

新湯・富士山
【撮影】13時24分=矢野 博子
階段を登って暫く行くと 硫黄の匂いが立ち込め 所々で蒸気が吹き上がっていた。

新湯・富士山
【撮影】13時26分=伊藤 幸司
下から見上げたときの左側の硫黄山。その頂上に立ちました。噴煙が上がっているのはこちら側。噴煙のところには箱型の施設がつくられているので、何をしているのかと調べてみると、ありました。
『じゃらん』の『奥塩原温泉 湯荘 白樺のお知らせ・ブログ』に『【お土産】塩原硫黄山産、ゆもと商店の「湯の花」(2009/07/31)』がありました。
【奥塩原新湯温泉には通称「硫黄山」と呼ばれる山があります。一年中噴気をあげ、刺激のある硫黄臭を放っています。
戦時中は弾薬用の原料として硫黄を採取していたそうですが、現在は入浴剤「湯の花」として利用されています。
写真の建物は「湯の花小屋」と呼ばれるものです。噴気が上がる場所に筵を敷くと、硫黄分を含む結晶が筵に着くのだそうです。この結晶が湯の花で、採取し紙袋に詰めて販売されています。
昔は何軒か採取しているお店があったそうですが、今では新湯温泉の「ゆもと商店」一軒のみとなってしまいました。あの臭気の中での重労働は大変でしょうからね。
塩原温泉唯一の天然「湯の花」は、塩原商工会の推奨みやげ品に認定されています。】

新湯・富士山
【撮影】13時26分=小林 美子
爆裂火口噴煙展望台
(消えかけていた看板から読み取りました)
塩原新湯温泉は塩原温泉郷11湯のうち、最も新しく
江戸時代に元湯の大地震で避難した人々が開いた温泉です。
塩原では珍しい単純酸性硫黄泉
硫黄のにおい漂う秘湯ムードにあふれた温泉地です。
そうでした
硫黄の臭いがしてました
途中に無料で、はいれそうな
小屋の温泉がありましたが
時間があっても入る気にはなりません😣

新湯・富士山
【撮影】13時26分=小林 美子
この小屋は湯の花を採取している、小屋だそうです。
案内板の字がはっきりしませんでしたが、そう書かれていました。
湯の花とは
高温で湧きだした源泉が大気にふれ、温度差によって冷やされる等の反応がおきます。
源泉中の温泉成分が結晶
沈殿したものだということです。
神経痛··関節痛に効能あり。

新湯・富士山
【撮影】13時28分=伊藤 幸司
ここで初めて硫黄山から富士山に向かう道に入ります。

新湯・富士山
【撮影】13時31分=伊藤 幸司
整備された自然研究路は大きな山に向かって伸びているように思われます。もっとも4分後に出てくる道標で新湯(あらゆ)から新湯富士(あらゆふじ)の道のりの1/3が終わってしまうというミニチュアサイズではあるのですが。

新湯・富士山
【撮影】13時37分=伊藤 幸司
紅葉よりも落葉の道でした。散っている葉が何なのかわかりませんけれど。

新湯・富士山
【撮影】13時40分=伊藤 幸司
見上げ得ると「黄葉」している木もありました。
『Let's take our time! 夫婦で山歩きをした記録・温泉情報』の『塩原自然研究路(新湯富士山)』(2007年5月4日〜5日)にこの場所の樹木に関する情報がありました。
【樹木や野鳥についての解説を読んだり、樹木に付けられた名札を見ながら登るのが楽しい。ナツツバキ、ミズナラ、ヤマモミジ、イタヤメイゲツ、ブナ etc...樹木は多種に渡っている。】
ちなみにバス路線のこともこう書かれていました。
【10年前にはあった奥塩原温泉へ行くバス路線は廃線になっていた。塩原温泉バスターミナルでタクシー(塩原温泉に営業所あり)を呼んで、登山口がある温泉神社までお願いした(約10分)。】
……2007年に書かれた文章ですけれど。

新湯・富士山
【撮影】13時41分=伊藤 幸司
右端にブナらしい幹が見えています。秋の森という雰囲気がだんだん広がってきました。

新湯・富士山
【撮影】13時41分=矢野 博子
この日は 紅葉を期待して行ったが 時期が早すぎたのか 余り見事なという感じはなかった。木々の合間に見える黄色の葉は 辺りを明るくしていた。もっと 光が欲しい。

新湯・富士山
【撮影】13時42分=伊藤 幸司
黄葉する樹木の代表というとブナとミズナラのようですが、もちろんもっと多くの樹木が黄葉します。
『太田金山 樹木散歩』に『黄葉する樹木』の一覧がありました。
見出し写真が並んでいて、クリックするとそれぞれの解説があります。とりあえず樹木の名前だけ列記させていただくと【アオハダ、アカメガシワ、アブラチャン、スズカケノキ、イタチハギ、イタヤカエデ、イチョウ、イヌエンジュ、イヌザンショウ、ウグイスカグラ、ウメモドキ、ウラジロノキ、ウリカエデ、ウワズミザクラ、エゴノキ、エノキ、オオツクバネウツギ、カツラ、カマツカ、カリン、カルミヤ、キハギ、クサギ、クマシデ、クマノミズキ、クロモジ、ケンポナシ、コアジサイ、コウヤボウキ、コクサギ、コゴメウツギ、コブシ、サルトリイバラ、サワグルミ、シナノキ、シロヤマブキ、センダン、ダンコウバイ、ツクバネウツギ、ツルウメモドキ、トサミズキ、トチノキ、トネリコ、ナガバノコウヤボウキ、ナツグミ、ニガキ、ハクモクレン、ハコネウツギ、ハナズオウ、ハリギリ、ヒメコウゾ、フジ、ベニバナトチノキ、マンサク、ミズナラ、ミツデカエデ、ミツマタ、ムクノキ、ムクロジ、ムラサキシノブ、モクレン、モミジイチゴ、ヤマグワ、ヤマツツジ、ヤマハギ、ヤマブキ、ユリノキ、リョウブ、レンギョウ、ロウバイ】
私の写真をサラッと見てみると、画面の左右に見える濃い緑の葉はカエデのようです。左端に見える木の葉は拡大してみるとウワミズサクラに似ているように思いましたが、こちらは見上げるような高木ではありませんから違いますね。INDEXがあるからといってカンタンというわけではありませんが、手がかりとしては重要です。

新湯・富士山
【撮影】13時42分=伊藤 幸司
この森の顔つきを初めてきちんと撮れたような気がします。オリジナル写真を拡大してみていくと、それぞれの葉が踊っているように感じます。……とはいえ、3本の太い木についても、華やかな葉色を見せつつある細身の木についても、なにひとつ言葉にして語ることができません。わからずに撮っているだけの写真であって、見る人との共通言語をもつようなフォトジェニックな写真でもありません。このへんが私の写真の限界なのでしょうが、この日、この、特段際立ったもののないこの森で、私には「森の顔」と見えたのがこの場面でした。
ちなみに、このすぐ先にあった道標で、ここが新湯と新湯富士のちょうど中間地点(どちらへも0.9km)とわかりました。

新湯・富士山
【撮影】13時44分=伊藤 幸司
この写真を撮ったときには丹沢の山を思い起こしていました。世代間ギャップの大きな森なんですよね。高齢者と若年層との。とても健全な年齢構成とはいえないことが、ひょろひょろと伸びた若木によって、さらに強調されて見えました。
この細すぎる若木は天城山の万三郎岳の西、戸塚峠から下ったところに広がる皮子平の密生したヒメシャラ林のひょろひょろした姿にも重なりました。でも皮子平の細いヒメシャラたちはエネルギッシュな若い群像に見えました。

新湯・富士山
【撮影】13時48分=矢野 博子
そして このもみじが ここらでは一番先に紅葉していて 際立っていた。

新湯・富士山
【撮影】13時50分=矢野 博子
今年 千葉県は何回か台風にやられたが この木は どのタイミングで倒れてしまったか分からないが こんな大きな木が 何本か道を塞いでいた。よく樹齢何百年と言う木が 神社などに 堂々と立っているが 何百年生き抜いているというのは こんな倒れた木を見ると 本当にすごい事だと改めて知らされた感じがする。

新湯・富士山
【撮影】13時51分=伊藤 幸司
色とりどりの秋の森になってきました。オリジナル画像を拡大してみましたが、どれも葉の形がはっきりしません。テレビで見る刑事ドラマのように、防犯カメラの粗い画像をシャープにできるような加工技術があればいいのですが……。
デジタルカメラは低速シャッターでの撮影に驚くほど強いのですが、やはりブレが生じてくるんですね。拡大しないほうがはるかにシャープに感じられます。

新湯・富士山
【撮影】13時51分=伊藤 幸司
標高約950mの新湯から、標高1,184mの富士山に登るのですから、本気で登ったらあっという間。ですから平坦な道もあるわけです。歩きだして40分、けっこう深い森を歩いている気分になってきました。

新湯・富士山
【撮影】13時53分=伊藤 幸司
これがこの森の特徴的な雰囲気かもしれません。濃密だというわけではありませんが、しっかりと包み込まれている感じの森の中を、道に引っ張られて歩いています。

新湯・富士山
【撮影】13時55分=伊藤 幸司
ここではっきりした窪地に降りていきました。1/25,000地形図では1,100mの等高線で両側から挟み込まれた鞍部です。富士山の手前の、横切る道があれば峠となるようなところで、この窪みに私は「庭園」という印象を持ちました。

新湯・富士山
【撮影】13時56分=伊藤 幸司
低湿地のためでしょう、木道がつくられていました。道標によると「新湯富士」まで0.4km。

新湯・富士山
【撮影】14時01分=伊藤 幸司
鞍部からは急登という雰囲気になりました。ヤマソテツだと思いますが、初めて登場しました。

新湯・富士山
【撮影】14時02分=矢野 博子
この日 足元は この様にきれいに色づいた葉が 埋めつくしていて 雨に濡れて色鮮やかだった。写真は撮りたいけど カメラは濡らしたくないという葛藤の末の一枚。

新湯・富士山
【撮影】14時04分=伊藤 幸司
溶岩っぽい荒々しい登りです。フジサンだかフジヤマだか、そういう名前がついているのですから、それなりの急登がなければ格好がつかないと思うのですが、それがようやく、最後の最後で登場したという印象です。

新湯・富士山
【撮影】14時05分=伊藤 幸司
落ちている緑の葉っぱはヒノキみたいですね。色づいた落ち葉もまだ元気だったのに、風に吹かれて落ちたようにも思われます。

新湯・富士山
【撮影】14時08分=伊藤 幸司
このあたりは「クロベ・アスナロ林」というのだそうです。樹木の案内板にこう書かれていました。
【このあたりに生えている針葉樹は、クロベ(ネズコ)、アスナロ、サワラです。いずれも日本特産の常緑樹で20m以上になります。
一見似ていますが、葉の大きさや形で区別することができます。】
道に落ちていた緑の葉を私はヒノキだと思いましたが、アスナロかもしれません。そこで調べてみると『葉と枝による樹木検索図鑑』に『ヒノキ - サワラ - ネズコ - アスナロ』がありました。類似種なんですね。葉先の詳細な絵もあるのでものすごく質の高い図鑑だと思います。現場でスマホを見ながら確認するというデジタル植物図鑑のあり方としては群を抜いているように思います。
糸の会では樹木ガイド(ガイドツアーをしているそうです)となった国木田さんが以前ブツブツ言っていた見分け方だと思いますが、その見分け方のポイントも書かれています。
【見分け方のポイント
ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロは、いずれもヒノキ科に属し、枝は羽状に互生し枝全体として扁平であるり、葉は鱗状で交互に対生する十字対生という点でよく似ているが、下記により見分けることができる。
(1)ヒノキは、表裏の葉先が円く、葉裏の気孔帯はY字型で目立つ。
(2)サワラは、左右の葉先が鋭く尖り、葉裏の気孔帯がX字形または蝶形目立つ。
(3)ネズコは、葉が厚く、十字対生の葉が枝に密着して付き、葉裏の気孔帯が目立たない。
(3)アスナロは、葉が他の3種の倍くらい大きくて、厚く、表裏の葉は舌形または菱形で先端は円い。葉裏の気孔帯が大きい粉白色で目立つ。
注:もっとも簡単には、葉裏の気孔帯の形だけで見分けることができる。】

新湯・富士山
【撮影】14時12分=伊藤 幸司
急登の後に、また平坦なところがありました。すでに地形図では山頂部です。あとは時間の問題です。

新湯・富士山
【撮影】14時13分=伊藤 幸司
山頂部に出たはずなのに、風景はまだ森の中。その疑問は山頂にたどり着いたときにも、ぐるりを見回して、まだなんとなく騙されている感じがしました。

新湯・富士山
【撮影】14時14分=伊藤 幸司
今やもう、見える範囲の、どこを「山頂」といってもいいようなところです。

新湯・富士山
【撮影】14時16分=伊藤 幸司
「新湯富士山頂」とあります。1/25,000地形図には「富士山」、読みをつけるとすれば「あらゆふじ」と「ふじやま」になるでしょうか。
じつは国土地理院のデータでは、まさにここが日本最高峰の「富士山」なんです。
竹内正さんの労作『日本山名総覧 1万8000山の住所録』(1999年・白山書房)は国土地理院の1/25,000地形図に記載された山名すべてを含む18,000の山名をリストアップしているのですが、そこにある「富士山」は16山、最低標高128mの笠間市の富士山(ふじやま)から最高標高1,184mの那須塩原市の富士山(ふじやま)までの16山なんです。
えっ? フジサンは? という疑問について、竹内さんは『はじめに』で次のように書いています。
【日本の山数はいくつ──日本全国には名前がついた山がどれくらいあるのだろう。単純な疑問であるが、現在のデータ氾濫の時代においても、これまでこの問に答えることはできなかった。その原因は、山名には、人間に対する戸籍や地名に対する地籍などのように、役所に登録された「正式名」が無いからである。富士山や槍ヶ岳といえば正式な山名と思われがちであるが、どこかの役場に登記簿が存在するわけではなく、歴史に基づいて大勢の人々が富士山、槍ヶ岳と呼んでいるから、それが一般的に定着しているだけである。】
【ひとつだけ手掛かりがある。それは国土地理院が作成している地図に記載された山名を数えることである。現在全国を網羅している最も詳細な地図は2万5千分の1の縮尺の地図である。通称この地図を2.5万分図と呼んでいる。この2.5万分図は約4,400枚あるが、これを精査したところ、1998年11月現在の山数は約16,700山であった。
しかし、国土地理院の地図に記載されている山名は各市町村が申請した山名だけであり、市町村が申請しなければ記載されない。例えば富士山山頂にはお鉢巡り八峰がある。しかし、2.5万分図に記載されている山名は8峰のうちの剣ヶ峯と白山岳で、残りの6峰は記載されていない。このように2.5万分図に記載されていないが、地元では何々山と呼んでいる山名を加えたら、どの位の数になるのか見当もつかない。このうちの、2.5万分図に記載された約16,700山を基本に約18,000山を収録したデーブックが本書である。】
……というわけで、ここが日本で一番高い(正式名称が)「富士山」の山頂での記念写真……と言ってまちがいないのです。
でも疑問。国土地理院が「富士山」と言っているのに、ここでは「新湯富士」と、なんで名前を矮小化しているのでしょうか。逆に「日本で一番高い富士山」などと宣伝すればいいのに、と思います。しかも現在もなお国土地理院では「富士山 1184m」としているのに、地元ではなぜ「新湯富士 1,180m」(標識の1.180mじゃないですよね)とわざわざ矮小化しているのか、私にはわかりません。ここから塩原温泉へと向かう登山ルート上には「須巻富士(710m)」もあってそこには川崎不動尊厄除不動尊が立っていて、これからそちらへ向かおうと言う計画です。

新湯・富士山
【撮影】14時22分=伊藤 幸司
これが山頂での休憩風景。雨というほどではありませんが、気温は12℃です。

新湯・富士山
【撮影】14時25分=伊藤 幸司
山頂に立つ古木を撮ったのですが、じつは関心はその向こうにありました。なんだか向こう側にここより高い場所があるように思われてならないのです。ここより約30m低い1,150m等高線が山頂を取り巻いているので、目の錯覚には違いないのでしょうが、それほどあいまいな山頂なのです。「富士山」と名付けられた理由になかなか納得できません。
『塩原温泉ビジターセンター』の『塩原自然研究路』に『新湯富士』の解説がありました。
【多様な森林景観をもち、約6千年前に形成された溶岩ドームであると言われています。標高1,184mの寄生火山として前黒山(1,678m)の中腹にそびえており、トロイデと呼ばれるつりがね状の形をしています。特に大沼公園から見るその雄姿は、四季を通して美しく、栃木百名山にも選ばれています。】

新湯・富士山
【撮影】14時32分=伊藤 幸司
山頂からの下りは最初から気持ちのいい急斜面でした。

新湯・富士山
【撮影】14時36分=伊藤 幸司
一気下りかと思いきや、急斜面をトラバースしていきます。

新湯・富士山
【撮影】14時41分=伊藤 幸司
ジグザグを切りながら、やはり基本的には一気下りなんでしょうね。湿った岩を踏んで下る場面ですからみなさん慎重です。こういう場面ではストックが有るのと無いのとではスピードも違いますし、安全度も違ってきます。私はいつもどおり、ストックを使わずに歩いて、私が危険を感じるようなら一度みなさんをストップさせて安全重視の歩き方に徹したいと考えています。滑らないために。

新湯・富士山
【撮影】14時47分=伊藤 幸司
ここでわざわざ説明するほどのことではありませんが「平らで向こう側に下がっている石は危険」です。靴底の柔らかな人は岩の尖った部分を踏んでいればほぼ問題はないのですが、不安から気が弱くなって足をすなおに受け入れてくれる「平たい石」を踏むと、石に裏切られる可能性が大きくなります。きれいに歩こうとする気持ちも危険への魔の囁きとなる場合があって、こういう足元状況では、岩の上をきれいに歩くという意識をすてて、つま先を石の上にかけてかかとを地面に落とすというようなバランスを崩した着地を試みるべきだと考えます。

新湯・富士山
【撮影】14時52分=伊藤 幸司
登山道がジグザグを描いていた急斜面から、ほぼ真っすぐ下れるいくぶん緩やかな斜面になりました。
この登山道を、逆に登ってくるときには「平均傾斜20度」の斜面をまっすぐ登ってきた登山道が、急斜面にぶつかってジグザグを描いた、ということになます。20度という傾斜には登山ルートを決めた人の個人差もありますし、斜面の状況も影響しますが、日本の山の多くが樹林の中で30度前後、急峻になって40度になると土壌が維持されにくいところでは樹林の発達が阻害されて「草つき」などと呼ばれるお花畑になったりします。
山を仕事場とする人たちは30〜40度の斜面ならまっすぐ登ってまっすぐ下るのが効率的だというのでしょうが、都会の軟弱な登山者は20度前後に整備された登山道を「歩きやすい」と感じます。

新湯・富士山
【撮影】14時56分=伊藤 幸司
苔むした岩と、ヤマソテツが広がる深い森林をどんどん下っていきます。

新湯・富士山
【撮影】15時09分=矢野 博子
富士山を簡単に踏破?した私たちは 眺望もない山頂からは すぐに 下山して 大沼公園に向かった。これは その入り口。ひっそりとして 中々良い感じだったが 通行止めなどあって この後 道を失ってしまった。

新湯・富士山
【撮影】15時13分=伊藤 幸司
この通行止め標識が、結果としてこの日の計画を大きく狂わせることになりました。みなさんがすでにこのクサリをまたいでかなり先まで進んでいましたが、私が急いで追いついて、指導力を発揮することになったのです。

新湯・富士山
【撮影】15時15分=伊藤 幸司
この地図の「現在位置」のところから水色の「大沼」の脇を抜けて右端に見える「至塩原」という情報をきちんと理解すべきだったのですが、その道が通行止めになっていたということなのです。

新湯・富士山
【撮影】15時15分=矢野 博子
大沼公園の中は 沼は 葦が色を変えて群生していた。静寂そのもの。

新湯・富士山
【撮影】15時15分=矢野 博子
沼の湖面は葦の間からわずかに見ることができた。

新湯・富士山
【撮影】15時16分=伊藤 幸司
私たちはとりあえず大沼に向かいました。ゆっくり休憩も取っておきたかったし。

新湯・富士山
【撮影】15時21分=矢野 博子
終わってみると ここからの景色が一番きれいだった。人気のいない木道が すーっと伸びている。

新湯・富士山
【撮影】15時22分=矢野 博子
葦の覆い茂った沼。 春や夏は どんな景色なんだろうと 違う季節に訪れてみたくなった。

新湯・富士山
【撮影】15時23分=小林 美子
大沼
雨の木道、滑りそうだ。ここは紅葉が期待できそうだ
前方の木は色づいてきた
綺麗だ。

新湯・富士山
【撮影】15時23分=伊藤 幸司
大沼には木道がつくられていて、そこには明るい秋景色がありました。

新湯・富士山
【撮影】15時23分=矢野 博子
木道をしばらく行くと次の目的地の須巻富士山へは これを進めばよいはずだが 通行止め。断念し戻り
別のルートを探したが どうやら 間違えたらしく しかも 闇につかまり 今回は 須巻富士山へは 登頂しないことになった。

新湯・富士山
【撮影】15時25分=伊藤 幸司
この時期水面が低いのか、なにかの事情で今年はこうなったのかわかりません。でも前方に見える紅葉に向かって、行ってみようということになりました。

新湯・富士山
【撮影】15時25分=矢野 博子
木道を 振り返るとさっき登った富士山が きれいな山容を見せていた。所どころ 紅葉している。
実は この写真が今日の最後の一枚となった。バッテリー切れを起こしアウト。 カメラのバッテリーは昨日買ったばかりなので 安心していたら 新品でも使用前に充電しなければ使えないこと 初めて知ったというオソマツ。他の乾電池と一緒に考えていました。この後 ウロウロして車道を歩き タクシーを待って帰路に。出荷する前のホウレンソウを ¥100也で購入し ザックに詰め込み お風呂にドボン。新鮮な ホウレンソウは 美味しかった。

新湯・富士山
【撮影】15時26分=小林 美子
木道を少し進んで
振り返ると今登ってきた新湯富士山がきれいにみえた。
振り返えって皆、ワァー
きれいと自然に声とカメラが出てくる
この大沼から見ると富士山型が確認できる。
大沼はモリアオガエルの生息地で6月頃には、水面上に卵の塊をたくさん見る事ができるそうです。

新湯・富士山
【撮影】15時26分=伊藤 幸司
この木が何なのか調べようと思ったら、とんでもないことを知りました。
『LINEトラベルjp』に『紅葉が美しい那須塩原「大沼園地」は日本最初の自然研究路!』という記事があって、すごい写真(ちょっと色を盛りすぎかもしれませんが)がありました。
【おすすめは、大沼の水辺を周回しながら紅葉が楽しめる1.8kmの遊歩道。約1時間弱で沼を一周することができます。落ち葉がまるで真っ赤な天然の絨毯のようで、秋色に染まった歩道はとても気持ちが良く、癒しの空間になっています。】
その紅葉が錦繍というべき紅葉のようなのです。1本の木にこだわっているレベルでは無いらしいのです。
そしてこの大沼園地の紅葉は「日塩もみじライン」とセットで語られる存在のようでもあるのです。
【「日塩もみじライン」標高690mには塩原一番の紅葉の名所「大曲りのもみじ」があります。標高差により、紅葉の時期が例年10月下旬から11月下旬で、見ごろは11月上旬から中旬です。】
……ということは早かったんですね、今回の計画は。この木がその紅葉の先駆けだ、ということのようです。

新湯・富士山
【撮影】15時27分=小林 美子
ひときわ目立った
真っ赤なツタ
赤はやはり目立つ

新湯・富士山
【撮影】15時27分=小林 美子
何の実だろうか?
那須大沼の赤い実で検索してみたが出ていませんでした。残念!!

新湯・富士山
【撮影】15時27分=伊藤 幸司
振り返るとありました富士山です。私たちはあの頂上を14時30分に出ましたから、ほぼ1時間で下ってきたことになります。
紅葉は始まっていますが、まだ、まだ、これからなんですね。

新湯・富士山
【撮影】15時28分=伊藤 幸司
これはツルアジサイか、イワガラミ、あるいはツタウルシ……といったところでしょうか。

新湯・富士山
【撮影】15時31分=小林 美子
新湯富士山も紅葉が始まっている。この時は雨はやんでいたが、ガスが
山の所を流れている
それが又良かった。
大沼はこれから先は台風の影響で木道が危ないところがある為に通行止めになっていたので戻る事になる
この戻った事によって
道を迷う事になる。
車道をどんどん下って行ったが、どうやら違うみたい
前の分岐の所までもどろう
分岐の所でタクシーを呼ぶ事になった。
待つ間に真っ暗だ

新湯・富士山
【撮影】15時32分=小林 美子
ヤドリギ(宿り木)
花も咲く
花言葉···忍耐 ·克服
特徴は樹木の枝に付着したヤドリギの種はすぐに寄生のための根をだしそれをあわれな宿主の樹皮に突き立てます。
根で栄養を盗みとりながら宿主が葉を落とす真冬の間でも青々と茂り続けて目立つ存在になり、実を成らせるのです。
でも宿主の樹木を枯らせてしまうことはありません。
良かった!
宿主が枯れなくて。
枯れてしまったらあまりにもかわいそう。

新湯・富士山
【撮影】15時33分=伊藤 幸司
大沼の木道はよく水没して通行止めになるそうですがやはりここまで。でも説明文には犯人の名前もありました。
【通行止めのお知らせ──台風19号の影響で木道が水没しております。また、倒木等により木道が一部損壊しているため、非常に危険であることから、通行止めとします。栃木県県北環境森林事務所】

新湯・富士山
【撮影】15時33分=伊藤 幸司
雨が降っていたんですね。通行止め標識のところで富士山を眺めながら休憩しました。

新湯・富士山
【撮影】15時35分=伊藤 幸司
とりあえず、富士山をきちんと撮っておきました。

新湯・富士山
【撮影】15時49分=伊藤 幸司
15時13分に踏み越えて侵入した「立入禁止」のところまで戻りました。

新湯・富士山
【撮影】15時49分=伊藤 幸司
本来なら、もう一度「立入禁止」を無視してその道を進むべきだったのですが、その手前の車道を、リーダーとして私は選びました。

新湯・富士山
【撮影】15時54分=伊藤 幸司
車道を歩き始めるとすぐに、この白亜のカマボコ畑にぶつかりました。じつは富士山から下り始めたとき、前方の山腹にちょっとしたダム湖のような広がりを見ていたのですが、それがこういうものだったとわかりました。

新湯・富士山
【撮影】15時56分=伊藤 幸司
白いカマボコハウスにあったのは……何だったのでしょうか、記憶にありません。ちょうど出荷作業中のところに出かけた人がたくさん買い込んできて、分担購入したのですが、思い出せません。もちろん家に持ち帰って食べたのですが、家内も記憶に無いそうです。この写真を見てもらいましたが、わかりません。特別なものではなかったのですが。

新湯・富士山
【撮影】15時56分=小林 美子
午前中はかなりの
雨だったので
しっとりとした川の風景です。

新湯・富士山
【撮影】16時09分=伊藤 幸司
塩原温泉周辺の農産物を知りたいと思っていたら『公益社団法人 栃木県観光物産協会』の『とちぎ旅ネット 発見!遊べる&泊まれる栃木県』に『塩原高原野菜』がありました。
【塩原温泉自慢の高原野菜。その中でも特に「大根」「かぶ」「ほうれん草」は塩原3大野菜といわれ広く親しまれています。】
そうでした。私が持ち帰ったのはほうれん草でした。
『塩原温泉郷公式ホームページ』の『源泉遺産 塩原温泉郷』に『3大ブランド野菜』がありました。
【標高が高く昼夜の寒暖差が大きい塩原では、高原野菜の生産が盛んに行われています。甘くてみずみずしい高原大根、幻のトロかぶと言われる春かぶ、夏に最盛期を迎える高原ほうれん草、旬のとれたてをぜひ塩原で!】

新湯・富士山
【撮影】16時23分=伊藤 幸司
高原集落の自動車道路から幹線道路らしきものに出て、とにかく下ってみようと歩き出したものの、どうもこれが朝タクシーで登ってきた日塩もみじラインだとわかり、目印のある場所でタクシーを待つしかしないと、引き返すことにしました。

新湯・富士山
【撮影】16時30分=伊藤 幸司
標識によってこの道が栃木県道19号の藤原・塩原線で、ここが那須塩原市中塩原だとわかります。私たちは16時13分の写真のあたりから引き返して、タクシーに電話で場所を伝えられるここまで戻ったところです。このまま登っていけば今朝タクシーを降りた新湯にいきます。結局私たちは大沼から、行くべき方向のほぼ反対側に引き返してくるかたちで目の前のT字路のところへ、左側から出てきたのです。右手の広場っぽく見えるところに公衆電話ボックスがぽつんとありますから、ここでタクシーを待つのが得策と考えたのです。
そして20分後、私たちはタクシーで塩原温泉のホテルニュー塩原に向かい、入浴後塩原温泉バスターミナルからバスでJR西那須野駅へと下ったのです。



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