白馬岳報告_心拍数
………1996.7.26-28(糸の会)


■POLARハートレトモニターをS/Hさんにつけてもらいました

●箱根外輪山の明星ヶ岳→明神ヶ岳→金時山で私自身が心拍数を見ながら歩いたことについては「1996.7.25掲示板」に「心拍計の話」を書きました(通算207-210ページ)。そこで使用したのはフィンランドのポーラエレクトロ社「POLARハートレイトモニター」の「エッヂ」というキカイでした。
●今回はさらに高級なメモリー機能付きの「バンテージXL new」というキカイを使用しました。いずれも日本総輸入販売元のキヤノントレーディング株式会社から拝借したものです。キヤノン販売株式会社およびキヤノントレーディング株式会社の広報活動の一貫としてテスト使用させていただいているもので、今回は46歳男性のS/Hさん(このデータは外部にも流れる可能性がありますから仮名とします)に装着してもらいました。
●胸につけた無線式トランスミッターの電極で心臓の拍数(ハートレイト)をとらえ、電気信号のかたちで送り出します。それを腕時計型モニターで受信して、60秒ごとに33時間40分(あるいは15秒ごとに8時間20分、あるいは5秒ごとに2時間40分)にわたって自動的に記録します。これはその第1次の素資料報告です。

■一般登山道はすでにゲレンデ化しているという認識に立って考えます

●行動全体の運動量配分についてはオリエンテーションレター(計画書。通算211-216ページ)にまとめて、参加のみなさんには事前に配布しましたが、糸の会独自の「1時間モデル」を目盛にして運動量を計るという方法をとっています。
●「1時間モデル」というのは、「1km先で300m上がる(下がる)」という勾配が一般登山道の急登部分の標準的なものであるということに着目して設定した行動管理の目盛です。歩き方のスピード調節(歩幅と歩速の選択)によって運動強度を一定以上に上げずに歩くことができれば(という技術課題をクリアできれば)行動時間がすなわち運動量に比例してくるという仮説にもとづいています。
●従来の登山技術では平坦なハイキング(距離要素が運動総量に占める割合が大きいもの)から岩壁登はん(高度差要素が圧倒的に大きく距離はほとんど無視できる)までを漠然と視野の中においているので登山における運動量を計ることができませんでした。「とりあえずしごいてみる」という乱暴な方法の根っこはそこにあります。
●伊藤はたまたま1984年から朝日カルチャーセンター・横浜の「40歳からの登山入門教室」で地図担当講師として当時は先端的な「中高年登山」にかかわり始めたのでした。詳しくは朝日新聞社から出した本(朝日カルチャーセンター横浜登山教室+伊藤幸司『トレーニング不要!おじさんの登山術』1990年/1,400円)にまとめましたが、一般登山道を「1km先で300m上がる」勾配で計ってみると、これを超える部分は一般登山道としてはきわめて例外的な部分であるということがはっきりしてきたのです。その「1時間モデル」のもっとも典型的な対応となるのは30度の斜面に20度の勾配の登山道をジグザグに切っている「県道富士上吉田線」、いわゆる吉田口登山道の5合目以上の部分です。あるいはスキーゲレンデの上級コースの斜面に夏道が切られていたら、それが一般登山道の急斜面部分のスタンダードなかたちと考えていいのです。
●そういう行動フィールドの限定化は登山界ではあまり好感を持たれない「ゲレンデ化」ではあるのですが、現実的には中高年登山者が求める登山コースはそのような平準化の中にあるのです。山岳地域においては地図上に描かれた徒歩道としての登山道は細かな部分での省略が多いために距離はきわめて不正確です。しかしながら誤差を承知の上で計っていくうちに、一般登山道が「歩きやすい道」に整備されていく過程で、ごく限られた条件内に押さえ込まれていったということが分かってきました。それは道を走りながら「オフロード」と自称する車族のオフロードに当たるものと考えることができます。それと比べると本来の登山では「オフトレール」というべきものの価値が大きくかぶさっていました。大学時代に探検部に所属した私には探検的登山としてのおもしろさはもちろオフトレールにあったのですが、ここではその領域を明確に切り離したものを一般登山道と認識しています。富士山を楽に楽しく歩く技術が、日帰りの山でも、日本アルプスの小屋泊り縦走でも共用可能だという技術論の基本はそこにあるのです。

■登山の運動量を「1時間モデル」によって計っていきます

●水平距離で1km進んだときに高度を300m獲得している勾配は300/1000ですから30%。角度でいえば約18度。これをおおまかに20度と言っているわけです。そしてこれを仮に「1時間」の行動目盛とすると(実用的な補正は後からおこないます)、山歩きのペースでは平らな道で時速4kmが穏当ですから、1kmは15分。15分ぶん前進したともいえますが、1時間に1kmしか進んでいないわけですから時速1kmということになります。
●1時間の運動のうち水平距離が15分ぶんですからあとの45分は体を300m持ち上げるために使ったということになります。すなわち高度差100mも15分という目盛になっているのです。山に登るという運動を水平方向に1km=15分、垂直方向に100m=15分という目盛で時間量に変換してみるのです。ちなみに私は下りも登りと同じ目盛で計ってから補正しますが、それは運動を水平方向の力と垂直方向の力とに分けて考えることが、登りで無酸素運動領域に入り込まずにすむために、下りで膝を中心にした関節への衝撃を小さくするためにきわめて重要なヒントとなるからでもありますが、それについてはここでは触れません。
●このような「1時間モデル」で山の大きさを測ってみると、日帰りで標高差1,000m前後の山(1時間モデル3個分)を歩けるようになると、その1日分の登下行分エネルギーを全部登りに投入すれば、日本アルプスの稜線まで問題なく上がれるということになります。あとは山小屋で翌日のための休息がとれるかどうか、2,000mを超えると人によって出始める高度障害が現われないかどうかといった、日帰り登山では判断できない新しい要素が加わってくるだけです。また本州中央部の日本アルプスの場合、ハイマツ帯から高山植物帯(お花畑)へと移行する大きな植生境界である森林限界は標高2,500m前後にあって、それに至る樹林帯の道は日帰り登山に選ばれる低山の歩き方とまったく同一のものです。すなわち日本アルプスでも、登下行のほぼ8割は低山歩きの延長線上にあるという認識が非常に重要です。ただし白馬岳の場合には有名な大雪渓があるために樹林帯の道は標高1,550mで終わります。その特異さが大きな人気を集めているというわけです。
●2ページの図解説欄に引用したのと同じものですが、計画書のルートチェックに次のように書いています。――バスを降りたところが猿倉荘で標高1,250m。白馬岳が標高2,932mですから標高差は約1,700m。ちなみに地形図上で測った距離は約6km。「1時間モデル」6つ分を一気に登るということを頭にたたき込んでおいてください。時間がかかってもいいですから無理をせずに登るということが基本中の基本となります。――

■登山テーマの設定と、データ提供者S/Hさんについて

●たまたまのなりゆきから私が個人的に指導する登山講習会として発足した「糸の会」は初歩の登山の領域を厳守しているつもりです。会則に当たるものは次のようになっています。――糸の会は毎月1回程度の日帰り登山を続けながら、年に何回か山小屋泊まりの山歩きも楽しみたいという人のための会(講習会)です。会則などは設けません。お知らせのための送付名簿を整備しながら、参加希望の方に個々の山行資料をお送りします。第2土曜日を「足慣らし&リハビリコース」とし、初顔の方はまずこれに参加していただきます。第4土曜日を中心にして現地早朝集合(金曜夜発)の計画や小屋泊りの計画を立てます。常連の方は無理のない範囲でご参加下さい。――
●この白馬岳の山行は日帰りの登山を3回以上体験した人ならだれでも参加できるという低いレベルに基準をおいていますから、計画には無理がまったくないように、基本のテーマを次の2つに絞り込んでおきました。――咲き誇るお花畑と大雪渓。シーズンの最も混むこの時期に、予約なしで大部屋に詰め込まれる山小屋体験をあえてやっておきたいと思います。――したがって小屋で眠れないという場合にも問題のない下山計画にしてありました。(当初の予定は大雪渓ルートをのんびり下るというものでしたが、驚いたことにひとりも不調者が出なかったために、帰路は稜線歩きの楽しさが味わえる白馬大池経由に変更したのです)
●心拍数をとらせてもらえる人をS/Hさんに決めたのは登山口の猿倉に向かうタクシーのなかでした。いずれは同時に複数の人の心拍数をとってみたいもの……と考えていましたから、今回はとりあえずどんなグラフが描けるかやってみたいということで前々日にキカイを借り出してきたいささかドロナワ状態であったのです。タクシーのなかで、S/Hさんはすぐれたホームドクター制の管理下にあって、糸の会に参加し始めてからその効果と思われるものがはっきりと数値に表われていると聞いていたことを思い出したのです。心拍数データが登山の記録としては成功しなかったとしても、個人的な健康管理に貴重なデータとなるかもしれないということに思い当たったのです。
●S/Hさんは1月から糸の会に参加して、丹沢・大山三峰山、北八ヶ岳スノーハイク(山小屋1泊)、秩父・武甲山、大菩薩峠越え、日光・鳴虫山、奥多摩・大岳山、御坂山地・黒岳(前夜キャンプ)、箱根・明星ヶ岳〜明神ヶ岳〜金時山と8回の山行に参加、これが9回目となりました。満46歳で運動とはほとんど無縁の座業(デザイナー)のうえ、アルコールがカラダのどこかで自覚症状を起こしつつあるという人生の曲がり角。「糸の会に入った当初は、1回の山行ではっきりと体重が減ったが、最近では、目立って減少はしない。たっぷりとした水分と栄養補給のせいか、簡単に減らせる脂肪は落ちてしまい、身体が別の段階に入っているのか、観察を続けようと思う」と山行後のメモに書いています。
●私の印象としては芯の強い人で、どの山でも淡々と歩いていました。正直いうとあまりドラマチックな心拍数は記録されないと思いました。じつはもう1台、メモリー機能のない「エッヂ」というキカイをK/Yさん(57歳男性)につけてもらいました。こちらはあまりにもドラマチック。K/Yさんのレポートにはこう書いてありました。
――今回は、リーダーから心拍計「ポーラ・ハートレイトモニター」を付けさせてもらった。急登にかかって心拍数は170に上昇する。心臓の高鳴りと同時に両手指先も脈打つ感じがする。歩幅を縮め、歩数を数えながら呼吸を整えてみると150〜160に下がる。苦しさをひとつクリアしたような体感を得た。――
●一般にはスポーツトレーニングの効率を高めるキカイと理解されているPOLARハートレイトモニターですが、私はこれを山でゆっくり歩くための補助用具として大いに活用したいという感触を得ています。すくなくともアタマにカラダの状態を正しく認識させるコミュニケーションツールとして、大きな価値を見出しつつあります。

■運動強度と「AT心拍数」という概念

●今回は心拍数を表わす表にいくつかの横軸を加えておきました。理由はS/Hさんの安静時心拍数が明らかになっていないので理論上の運動強度を心拍数として設定することができないということと、とりあえずはもっと概括的に、心拍数で登山という運動が記録・再現できるかどうかという点での興味をむしろだいじにしたかったからです。そこで仮にS/Hさんの安静時心拍数を60拍とすると、最大心拍数は一般推計値として「220拍−年齢」とされているので46歳のS/Hさんの場合は174拍と出ます。60拍と170拍の横軸はこれを表わしています。
●運動強度は安静時心拍数のときに0%、最大心拍数の時に100%となりますから、運動強度によって上下する幅は「最大心拍数−安静時心拍数=予備心拍数」の予備心拍数の部分です。これはS/Hさんの場合174-60=114と(仮に)見積もったわけです。運動強度50%は予備心拍数の50%(57拍)を安静時心拍数(60拍)に載せた117拍となるのですが、まるめて120拍としたのです。以下同様に130拍が60%、140拍が70%、150拍が80%という目安になっています。通常のスポーツトレーニングでは運動強度60%から80%の間で5%刻みぐらいの精密さで強度と時間を組み合わせたメニューを作るようですが、ここでは運動強度70%の140拍を超えるとかなり強い運動になっているという程度に見ておくのがいいでしょう。経験的にいえば、運動強度70%を超えると話をするのがおっくうになってきます。
●最大心拍数とは別に、AT(Anarobic Threshhold。無酸素性作業閾値)心拍数というのが設定できます。30分間持続できる最大パワーの心拍数で、有産素運動と無酸素運動の境界線にあたります。運動強度がこれを超えるとたちまち酸素で脂肪を燃やして動く筋肉(遅筋繊維)から瞬間的に大きな力を発生できる速筋繊維に仕事が渡され、筋肉中のグリコーゲンを消費して疲労物質の乳酸を作るのです。登山でバテるのは、AT心拍数を超えた仕事をカラダに要求した結果だと思います。
●このAT心拍数は各人それぞれに測定しなくてはいけないのですが、ごくおおざっぱに運動強度80%と見ておいてもいいのではないかと思います。ですからこの場合、150拍を超える部分があるごとに無酸素運動領域に踏み込んでなにがしかの疲労物質が生成されたというふうに見ていっていいのではないかと思うのです。
●またこの図を見るごく一般的なイメージですが、心拍数が140拍(運動強度70%)を中心にして上下しているときには積極的な有酸素運動領域にあり、120拍(運動強度50%)を超えたあたりで展開しているときには軽い運動でシェイプアップ効果の高い脂肪燃焼領域にあるというふうにいえそうです。白馬岳でのS/Hさんは本格的な有酸素運動領域に突入していたといえそうです。


■心拍数で描かれた白馬岳――全図

★1泊2日にわたる白馬岳登山の全貌を記録できる33時間40分記録モード(記録間隔1分)にしたが、残念なことに下山開始の時刻登録のさいに記録が中断してしまって、22時間弱のデータにとどまった。
★上に示されたのはその全体。120拍(1分間)を境にして運動中と休憩中の領域に分けて見ていただきたい。「登山開始」から山小屋到着まで約7時間だが、120拍以下に下がっているところは休憩時間と考えていいようだ。「消灯」後、S/Hさんは全部眠っていたわけではないようだが、心拍数はゆっくりと下降して、起きる直前にもっとも低いところへ落ちている。一般的に最低心拍数は睡眠の終盤、目覚めの1時間程度前にあるということだから、そういう落ち方ではある。ただし「1畳に4人以上」という空前の混雑の中で、安静時心拍数にまで落ちたかどうかは分からない。
★午前4時から頂上に上がって、約1時間にわたって日の出を待った。
★S/Hさんは日本でもっとも先端的なホームドクターに健康管理をゆだねているので、あるいは今後、専門的な見方も加えられるかもしれない。まずは(この図をS/Hさんに見せる前に)伊藤がリーダーとしての立場から、この登山の全体を(S/Hさんの心拍数を手がかりにして)振り返っておいてみようと思う。



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-1

★私たち19人は08:10に白馬駅で集合。ひとりが早朝着の夜行急行「アルプス」のグリーン車で、もうひとりが松本から朝の普通列車で到着。残りは白馬の町で民宿やら、ペンションやらホテルやらで泊まった。S/Hさんは昨夜着いて仲間のいる民宿に合流して泊まった。
★白馬駅からタクシーに分乗して猿倉へ。08:40にS/Hさんにハートレイトモニターを装着。小屋から林道に出るまでの200mほどが登山道。白馬尻の手前500mほどがまた登山道で、白馬尻荘の直前が急登。最後に150拍を超えているのがその急登部分。
★計画書ではこの区間をこう書いている。――バスを降りたところが猿倉荘で標高1,250m。白馬岳が標高2,932mですから標高差は約1,700m。ちなみに地形図上で測った距離は約6km。「1時間モデル」6つ分を一気に登るということを頭にたたき込んでおいてください。時間がかかってもいいですから無理をせずに登るということが基本中の基本となります。第1区は、まずは大雪渓の尻尾の白馬尻荘と白馬尻小屋のところまで。約2kmで300m登ります。ほとんどは車の走れる道ですから絶好のウォーミングアップ。猿倉のスタートが0900なら上出来でしょう。約1時間15分歩いたあと、白馬尻でおいしい水を飲みましょう。――



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-2

★まずは計画書から。――大雪渓を登ります。登り切って落石の心配の少なくなる葱平でのんびりと休憩を(天気によりますが)とるまで、「1時間モデル」2個分が雪渓です。雪渓はみなさんには歩きやすいと思います。要はゆっくりと歩くことで休まずに雪渓を登り切るというパワー配分を考えることです。実際にはこの雪渓は安全だと思いますが、足元に転がっている大小の岩がどこからどのように動いてきたのかを考えながら登ること。そういう観察を怠らないことが万一、どこかの岸壁で崩落が起きたときに冷静に対処できるというわけです。そうこうするうちに雪渓の上部は傾斜もきつくなりますから、とにかくゆっくり登ります。葱平で、できればのんびり1時間ぐらい休みたいと思います。それが1300〜1400なら順調です。――
★その「1時間モデル2個分」の大雪渓を、(いつもはやらないのですが)30分ごとに時間で管理してみた。最初は10:30→11:00で10分間休憩。次に11:10→11:40で20分間休憩。次ページにかかる3回目が12:00→12:40で大雪渓の終了。
★傾斜面を直登する動きの中で、S/Hさんは登高中は140拍前後に運動強度をコントロールしようとしている。休みにはいると2分で120拍以下に下がるが、こういう下がり方は回復力を示している。



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-3

★標高差650mほどの大雪渓(標高1,600m→2,250m)を休憩込みで2時間10分で登ったのだが、30分で標高差200mは、列に大きな隙間ができない範囲で早いペースであった。休憩を長めにとった(昼食を小分けに食べた)のはそのためだ。本当は「危機管理型スローペース」にしたかったのだが、広い雪渓上の1本のトレースを長蛇の列がたどるというカタチゆえ、周囲のペースを無視できなかった。
★標高2,000mから傾斜が急になると、S/Hさんの心拍数はレベルが次第に上昇、歩幅調節などでそれをなんとか下げようとしている。小さなデコボコはその工夫の跡。S/Hさんは次のようにレポートしている。――のぼりにかかると、息が切れ始める。心拍数がどんどん上昇する。つらいと思う。あまり前方を見ず、歩幅を狭くしながらしばらく耐えていると、つらさがやわらいでいく。さらにのぼり続けると、再び心拍数は上昇するが、はじめほどの数値にはならない。心臓の側から見ると、のぼりが始まると、肉体が必要とするより多めの酸素を送る。ようすをうかがいながら供給量を減らし、さらに不足分を補うかたちで適正値に近づいていくという印象。つらさに耐えていると、少し楽になる時がおとずれるという発見。――



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-4

★前ページで、大雪渓が終わった岩場(葱平)で休憩すると、S/Hさんの心拍数は十分に落ちついたが、落ちていくスピードはかなり遅くなった。疲れが溜まってきたというふうに私には見える。
★ところが続く150m(標高2,250m→2,400m)で心拍数が穏やかなのはどうしてか? この4.3km地点→4.6km地点(いずれも地形図上での計測による)の0.3kmは急登なのだが、完全な渋滞になっていた。距離0.3kmで標高差150mは距離1km=15分、高度差100m=15分という運動量で見るとわずか27分ぶんでしかないのに、1時間かかっている。休んでは数歩進むという状態が心拍数に現われている。その1時間の最後のところで150拍を超えているのは、斜面が急であるということのほかに、ちょっと無理すると心拍数が際限なく上がってしまうようなかなり疲労した状態になってきたことを示していると思われる。このグラフを見た上でご本人はなんというか……。
★小雪渓を超えるにあたって、念のために軽アイゼンを装着。休憩効果が出ている。しかしほぼ平坦なトラバースで、また心拍数は150拍を超えた。
★お花畑と呼ばれる標高2,500mまでの登りでも心拍数は上昇の歯止めが利きにくい状態になってきた。



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-5

★お花畑と呼ばれる地点からは頂上稜線がだいたい見える。場所によって、稜線手前の村営頂上宿舎も見える。15:00から15:45の登りは距離が約0.7kmで標高差が250mだから「1時間モデル」で計ると48分。登山者の列は相変わらず続いてはいたけれど、渋滞という状態ではなくなっていた。ときどき立ち止まりながら、歩くとしだいに心拍数が上昇していくという状態。どこの山でも胸突き八丁などと呼ばれる頂上直下の急登があれば、こういう状態が現われやすい。「もう一息!」とか「最後だガンバレ!」などといって尻をはたくと心拍数がビューンと上がってしまう。このときは女性の多くが頂上宿舎のトイレに立ち寄ったため、稜線上の分岐を集合場所にして各自それぞれ登ることにした。S/Hさんの150拍超は自分のペースで、しかも心拍数を見ていながら上がってしまったもの。「もう一息!」のこのがんばりで、血圧がどこまで上がっているかを計ったら、真っ青になっていたかもしれない。
★稜線に上がるとすぐ目の前に巨大な白馬山荘があって、その奥に山頂が見える。ところがその白馬山荘まででまたビューンと心拍数が上がって、150拍を軽く超えてしまっている。性懲りもなくアタマはカラダに無茶を強いるという典型的なパターンだ。



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-6

★白馬山荘に着いてみると受付に長い列ができている。「本日の予想、畳1枚に4人以上。皆様でうまく協力しあって下さい。よろしくお願いします」という看板。白馬岳山頂稜線にある山小屋は2軒で、白馬山荘が収容人員1,500人、村営頂上宿舎が1,000人といわれる。山小屋どころか大ホテルに匹敵する日本最大の2軒ではあるが、山小屋の定員は畳1枚(すなわち敷き並べた布団1枚)に2人ずつと計算している、「畳1枚に4人以上」というのは4人以上で好きにやって下さいということだ。はっきり言って、これは企画者である私の予想を超えていた。
★途中で会った監視員の会話では午前11時の段階で登山者の実測数が2,500を超えたという。私たちのグループはその日の登山者のしんがり部分だったが、目に見えた蟻のような行列は全部その2,500の後でカウントされたはず。山小屋が1畳4人以上と予想したということは倍の5,000人以上が登ると判断したということだ。
★いろいろあったがS/Hさんは仲間11人で6畳間に入り、部外者をうまく追い出してまずまずの寝場所を確保したようである。部屋の中でもいろいろの動きがあったらしいことが推察される。



心拍数で描かれた白馬岳――PART-7

★山小屋が混んだときには食事が何回も入れ替わる。それを×回戦と呼ぶのだが、この日は8回戦に及んだ。1回戦=16:00〜16:50、2回戦〜17:40、3回戦〜18:30、4回戦〜19:20、5回戦〜20:10、6回戦〜21:00、7回戦〜21:50、そして8回戦が21:50〜22:40となり、私たちはその回を指定された。私が横浜組と呼ぶ女性7人のグループは待ってその時間に遅い夕食をとったのだが、渋谷組を核にした11人は、結局夕食の食券をキャンセルして、私が(良くも悪くも)ファミリーレストラン級と評している別棟のレストランで別注文の夕食をとった。S/Hさんは生ビールとビーフステーキというスノッブを演じた。
★その結果独占した部屋を21:00に消灯。その前後のS/Hさんのレポート。――20:05ころ、夕食を食べ始める。20:45ころ、トイレをすまして、部屋に戻ると、K/Hさん(58歳男性)、I/Tさん(56歳男性)、K/Iさん(45歳女性)はすでに布団のなかでうとうとしている。ポケット・ウイスキーを飲む。21:00ころ、暑くて目を覚ます。なるべく音を立てないように、靴下を脱いだり、脇のジッパーを開けたり、ウイスキーや水を飲んだりする。寝息、隣の部屋のいびきなどさまざまな音を聞く。――



心拍数で描かれた白馬岳――PART-8

★S/Hさんのレポートの続き。――0:00〜1:00ころ、再び眠りについたようだ。3:40、腕時計の目覚まし音で目覚める。――
★最初に1時間ほどで目覚めたのがかえってよかったはずだ。一気に3〜4時間眠ってしまうと、その後がなかなか眠れなくなる。そういう意味では暑くて目を覚ましたのがラッキーだったといえるだろう。
★心拍数は小さな上昇・下降を繰り返しながらゆっくりとレベルを下げて、03:19に68拍、03:20には69拍、03:21に68拍と最低値を記録している。安静時心拍数はこのような睡眠終盤の最低心拍数か、あるいは目覚め直後の心拍数を1週間計って、その最低値を採用する。しかしこの68拍は標高2,840mという高地で、いささか異常な状態での値だから、安静時心拍数として扱うことには無理があるだろう。ともかくS/Hさんは白馬山荘に到着してからの缶ビール、ジョッキの生ビール、ポケットウイスキーなどの豊潤なアルコールのおかげか、十分な睡眠を確保できたようである。



■心拍数で描かれた白馬岳――PART-9

★19人中の17人(小学生と高校生の姉弟を除くオトナ全員)が04:00に玄関前に集合。約15分で標高2,932mの白馬岳山頂へ。山頂は黒山の人だかり状態になっていて、日の出を待つ。東の空は何度も赤みを見せながら、結局はどんどん明るさを増して朝になってしまった。しかし剣岳・立山の連峰と、槍ヶ岳から穂高連峰の山並みがくっきりと見えた。
★山頂から下る直前の05:03に65拍という低い心拍数を記録している。05:02が101拍、05:04が100拍だから、一瞬心拍数が落ちたというかたちになった。これが寒さと空腹に耐えながら小一時間山頂にたたずんでいたことによる肉体的な原因によるものなのか、下山前に記念写真を撮ったさい、身をかがめた瞬間に胸から電極が離れるなどしてキカイ的な読み取りミスが発生したのか現在のところは明らかでないが、ともかく低い心拍数を記録している。
★ハートレイトモニターによる記録は、06:00に白馬大池経由で下山すべく集合したときに、その時刻をメモリーしたところで終了していた。したがって下山時の記録は得られなかった。



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