発見写真旅・展(106)――2016.4.26 岩櫃山(25パワー) 発見写真旅・展(106)――2016.4.26 岩櫃山(25パワー)

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撮影者全員の展示写真が撮影時刻順に並んでいます。
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追加1……2006年4月8日の岩櫃山=伊藤 幸司
追加2……2008年8月27日の岩櫃山=伊藤 幸司
追加3……2009年11月24日の岩櫃山=伊藤 幸司
追加4……2012年4月21日の岩櫃山=伊藤 幸司

★糸の会山行 990 岩櫃山(25パワー)────2016.4.26
*登り11p→下り7p→車道7p

*NHK大河ドラマ「真田丸」に登場した岩櫃城のおかげで、岩櫃山に登る人が増えただろうと想像していました。JR吾妻線沿線には小さな岩山がたくさんあって、小さいながら個性的なおもしろさがあるのですが、岩櫃山はその代表だと思います。
*そこで今期の定番シリーズに加えたのですが、登山道自体は以前体験したまま、特別手を入れた気配はありませんでした。
*じつは岩櫃山には危険度の高い岩場が何か所かあって、クサリ場となっています。そのクサリが、かなり力量のある人によって設置されたと感じるほど、適切なのです。岩場の歩き方を知って利用すれば、ものすごく安全な山だと感じます。ですから私は比較的初歩の人たちに岩場の歩き方を体験してもらうためにこの山を選んできました。スリルがあるけれど危険は少ないという点で秀逸でした。
*でした……というのは、この山が今、転落事故の多発する危険な山になってしまったらしいのです。私たちが登ったすぐあとでも、死亡事故が起きています。どうしてなのか具体的なことはわかりませんが、「スリリングだけど危険は少ない」ということは、クサリによって安全は確保されているけれど、環境はきわめて危険、という意味です。クサリを安全に利用できなければ、危険度は一気に上がります。
*こういうクサリ場は日本の山にはほとんど無数に存在します。ではどうするのか? というと、安全を確保するためにはハシゴにしてしまいます。槍ヶ岳の表銀座ルートは、ハシゴによって一般ルートになっています。岩櫃山は現在あるクサリによって一般ルートになっているのですが、これを「観光ルート」にするならハシゴをかけるしかありません。はっきり言って、岩場の歩き方の「三点支持」を知らずにクサリ場に突入すると、いつ、なにが、起こるかわかりません。そういうスリルを満喫できる山として今のまま残すなら、あくまでも登山ルートに。観光客は排除しなければいけません。
*ここではそのあたりに関して技術的な説明のできる写真を選んでみました。


12月16日
・1210……JR吾妻線・郷原駅(標高約400m)を出発
・1235-40……蜜岩登山口で休憩(標高約500m)
・1325-45……天狗の架け橋のクサリ場通過(標高約750m)
・1415-30……岩櫃山山頂(標高803m)
・1500……山頂クサリ場終了(標高約750m)
・1530……岩櫃城への尾根通り分岐(標高約700m)
・1555-1605……岩櫃城本丸跡(標高約600m)
・1620-25……平沢登山口でトイレ休憩(標高約500m)
・1650……JR吾妻線・群馬原町駅(標高約350m)
*行動時刻は概数です


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の4人です。
佐藤 時子(5点)
三浦 陽子(5点)
小林 美子(9点)
伊藤 幸司(74点)


このalbumシリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。
(期間を限定せずに)ご覧いただいたみなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:佐藤 時子


撮影:三浦 陽子


撮影:小林 美子




撮影:伊藤 幸司






























追加1……2006年4月8日の岩櫃山=伊藤 幸司






追加2……2008年8月27日の岩櫃山=伊藤 幸司










追加3……2009年11月24日の岩櫃山=伊藤 幸司






追加4……2012年4月21日の岩櫃山=伊藤 幸司







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【01】撮影:12時07分=伊藤 幸司
JR吾妻線・郷原駅。背後に見える岩峰のうち、大きなかたまりのてっぺんが岩櫃山の山頂です。
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【02】撮影:12時12分=伊藤 幸司
私のカメラの最高倍率13倍望遠で撮ると、山頂に人の姿(白い点)がありました。
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【03】撮影:12時15分=伊藤 幸司
民家越しに岩櫃山はそびえています。
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【04】撮影:12時23分=小林 美子
岩櫃山を右手に見ながら進みます。今日も良い天気です。
どんな 1日になるだろう〜
岩場を無事に行けますように・・
その後 天狗のかけ橋あたりで事故がありました。
やはり危険な山でした。
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【05】撮影:12時23分=伊藤 幸司
岩山の一番高く見える岩峰が山頂ですが、その部分はここに見える岩肌を左から右へと回り込んで、向こう側から登ります。
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【06】撮影:12時24分=三浦 陽子
これから登る岩櫃山が見えてきた。
大河ドラマのタイトルバックに岩櫃山が出てくるとSさんに聞いてドラマを見てみたら、CGで手を加えたような岩櫃山だった。
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【07】撮影:12時24分=伊藤 幸司
集落で、たぶん名前のついた桜樹だと思いました。いろいろな標識が集められているところを見ると「むらのへそ」かもしれません。
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【08】撮影:12時24分=伊藤 幸司
狭い峡谷を吾妻線は走っていますが、こういう家を見ると、平和で、豊かな土地柄のように思われます。
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【09】撮影:12時28分=伊藤 幸司
ハナダイコン。……といっても、別名にオオアラセイトウ、ショカツサイ、ムラサキハナナなどがある花大根(別名のないハナダイコンもあります)のようです。
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【10】撮影:12時29分=三浦 陽子
八重桜のトンネルを抜け登山口へ。足元にはハナダイコン。
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【11】撮影:12時32分=佐藤 時子
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【12】撮影:12時32分=小林 美子
はなだいこん。
良くみる花ですが これだけ咲いているのは 目をひきますね!
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【13】撮影:12時33分=伊藤 幸司
とくに理由はないのですが、この綿毛のフワッとした気分がなんとなくうれしくて……。
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【14】撮影:12時41分=伊藤 幸司
成人したヒトリシズカ。
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【15】撮影:12時42分=伊藤 幸司
登山道の入口にはヤマブキがありました。
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【16】撮影:12時44分=伊藤 幸司
のっけから急登です。
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【17】撮影:12時52分=伊藤 幸司
左手の斜面をもう少し登ったところで、以前、カモシカから小石を落とされたことがあります。敵はそのあともずっと私たちを見下ろしていましたから、悪意があってのことではないように思いましたが。
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【18】撮影:12時53分=伊藤 幸司
村から見上げた岩山へ、とにかく一気にたどり着こうとしています。
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【19】撮影:12時55分=伊藤 幸司
だんだん、岩山の岩の部分が見えてきました。
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【20】撮影:12時55分=伊藤 幸司
タチツボスミレでしょうか。
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【21】撮影:13時01分=伊藤 幸司
これは何でしたっけ?
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【22】撮影:13時09分=伊藤 幸司
登り始めてから約30分で稜線の鞍部に出ました。
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【23】撮影:13時10分=伊藤 幸司
これが稜線の道。右奥にかすかに見える岩のアタマに登ります。
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【24】撮影:13時12分=伊藤 幸司
ヤマツツジが咲きかけていました。
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【25】撮影:13時12分=伊藤 幸司
左側にあった岩の脇から、右手にあった岩への登りにかかります。通常の「先頭10分交代」で問題のない登りです。
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【26】撮影:13時20分=伊藤 幸司
左手の岩のてっぺんに有名な「天狗のかけ橋」があるのだと思います。
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【27】撮影:13時22分=伊藤 幸司
その岩に登る……のではなくて、すぐにトラバースになります。
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【28】撮影:13時25分=伊藤 幸司
このクサリ場をチェックして、振り返っています。みなさんにはひと息入れてもらっていますが、私たちは松の木の根元のところから安全な道をあがってきました。右手に見える岩のところに、ちょっと危険な「天狗のかけ橋」があるのです。
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【29】撮影:13時33分=小林 美子
一休み 目の前にはこのクサリ場があります。
少し ドキドキ・・
一人ずつ行きます。
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【30】撮影:13時33分=伊藤 幸司
山頂がすぐ先に見えていますが、これは望遠撮影、岩山らしいスリルはここから、あそこまでの間です。このあたりのクサリは非常にていねいに設置されているのですが、岩場での安全を飛躍的に高めるために「いざというときの三点支持」ができない人には恐ろしく危険なものになる可能性があります。私たちが帰るとすぐに死亡事故が起きました。
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【31】撮影:13時34分=伊藤 幸司
足を置くフットステップがたくさんあり、クサリはバランスを崩さずに使えるように、いい位置に張られています。それ自体の安全性は十分なのですが、足元をきちんと見ずに登っていてちょっと滑らせると、腕力……というより握力だけで持ちこたえることができずに、滑落することも考えられます。
いつものことですが、ここでは私は輪を作ったロープを要所に垂らしてあって、不穏な動きを見せる人があったらひとまずロープの輪の部分を利用して、電車の吊り輪のように握力無しでも利用できるようにしておきました。そこで体勢を立て直せるようにしてあります。結局だれも利用しませんでしたが、みなさんの力量がこのクサリ場では破綻を見せなかったということです。その「力量を見る」こともリーダーとしては重要です。
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【32】撮影:13時36分=小林 美子
緊張するクサリ場は先に 行く方がいいと思う
待っているとだんだん緊張してくるので イヤな時間になるから・・
今日は先に登り終えて次の人の挑戦を記録。
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【33】撮影:13時43分=伊藤 幸司
いま登っている人の、この地点まではクサリをあてにせずに行けます。ここから気を入れ直して登ることになるのですが、この段階で不安感を見せる人だったら、私の方がすぐそばまで行って念には念を入れて安全管理を強めます。
男性の多くはクサリ1本を両手で握って腕力でクサリをたぐりながら登りますが、私のところには女性が多いということもあって、そういう登り方は絶対に容認しません。三点支持の一点を、自由にその位置を選ぶことのできるクサリとする原則をあくまでも守ってもらいます。
またこの程度のクサリ場ではダブルストックをぶら下げたまま登ってもらうと、邪魔なストックのさばき方でその人の余裕(心理状態)がわかりやすいのですが、ここでは落ちると大事故につながるので、ストックは邪魔にならないようにしまっています。岩場でのストックの使用は危険と短絡的に言う人が多いのですが、邪魔なストックのさばき方でその人のその場所での余裕幅を判断できるというリーダー側の利点を語る人はほとんどいないようです。私はそのために、ぎりぎりまでストックをダブルで持ってもらって行動してもらいます。
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【34】撮影:13時43分=伊藤 幸司
この人はこのまま問題なく登れると判断します。
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【35】撮影:13時44分=三浦 陽子
最初の岩場。慎重に落ち着いて集中。
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【36】撮影:13時44分=小林 美子
次々に登ってくる。
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【37】撮影:13時45分=小林 美子
ラスト挑戦者。
全員無事登る迄 時間がかかった様に思えたが
写真の時間をみると 一人一分で登っているのです。
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【38】撮影:13時47分=伊藤 幸司
クサリ場を登り切って振り返りました。
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【39】撮影:13時49分=伊藤 幸司
山頂が目の前に現れました。
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【40】撮影:13時49分=伊藤 幸司
山頂に向かって下って? 行きます。
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【41】撮影:13時53分=伊藤 幸司
山頂手前の岩の根元へと接近します。
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【42】撮影:13時54分=伊藤 幸司
この岩の向こう側に出るのです。
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【43】撮影:13時54分=伊藤 幸司
トウゴクミツバツツジが満開寸前という状態でした。
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【44】撮影:13時55分=伊藤 幸司
さてどこへと導かれていくのか?
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【45】撮影:13時56分=伊藤 幸司
岩の根元をくぐり抜けます。
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【46】撮影:13時57分=伊藤 幸司
トンネルを抜けると稜線へ、すこし登ります。
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【47】撮影:13時59分=伊藤 幸司
ここではダブルストックを両手首にぶら下げたまま、片手でクサリ、片手でハンドホールドをさがすという三点支持で登ります。もたついても大事故につながる危険は感じないので、安心して見ていられます。岩が濡れていたら難易度が上がって大変ですが。
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【48】撮影:14時01分=伊藤 幸司
ここで、山頂のある大岩を裏から表へという感じで回り込みます。出発点の郷原駅のあたりから見上げている人がいたら、私たちの姿が見えているはずです。
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【49】撮影:14時02分=伊藤 幸司
必要な場所にはきちんと手すり状のクサリが設置されているので、これだけ高度感のある場所でも、風景を楽しむ余裕が得られます。
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【50】撮影:14時06分=伊藤 幸司
この写真の右下に見える岩の下をくぐり、この岩峰の背後を回り込んで、いま頂上直下のクサリ場を一気登りしています。
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【51】撮影:14時07分=伊藤 幸司
最近多発している死亡事故はここでしょうか。このクサリ場、成人男性ならクサリにぶら下がって「腕力」で登ってしまえるかも知れません。
しかし「腕力」を「握力」と入れ替えたらどうでしょう。最後までその握力がもつかどうか? 私は女性を基準に考えますから「握力」をあてにしません。危険だと感じたら輪にしたロープをいくつかクサリに取り付けて、進退窮まったときには電車のつり革のようにそのロープを使ってもらいます。その必要がないと思うときには岩登りの安全基準というべき「三点支持」ができているかどうか、厳密に見ています。
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【52】撮影:14時08分=三浦 陽子
先に登って下を見る。ほぼ直角のような鎖場。天狗のかけ橋あたりでゴールデンウィークに滑落事故があったそうでぞっとした。
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【53】撮影:14時10分=三浦 陽子
頂上への最初の登り。頂上は狭いが眺めがいい。
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【54】撮影:14時12分=伊藤 幸司
岩櫃山ではクサリは驚くほど的確に設置されています。きちんと使えば100%有効に利用できます。(多くの山では、クサリに頼ろうとすると逆に危ないというクサリを見ますが)
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【55】撮影:14時16分=伊藤 幸司
この爽快な気分を簡単に味わえる岩峰として、岩櫃山は特筆すべき存在です。最低「三点支持」のまだるっこしい動きを「安全策」だと考えられる人なら、問題ありません。
そういう「岩場の歩き方」を知らないままここを下ろうとすると、いくつものリスクをくぐり抜けなければいけなくなります。
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【56】撮影:14時17分=伊藤 幸司
この旗のところに立った人を、私たちは郷原駅のところから見上げていました。今も、だれかに下界から見られているかもしれません。
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【57】撮影:14時19分=佐藤 時子
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【58】撮影:14時22分=小林 美子
山頂での休憩。
皆 頭の中は
下りる時大変だぞ〜〜と思っている事でしょう。
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【59】撮影:14時23分=伊藤 幸司
快晴無風のこういう日には、山頂はものすごく上質な天空のお休みどころとなります。
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【60】撮影:14時26分=伊藤 幸司
お向かいの岩場にもクサリが張られていますが、あちらは歩きやすい感じがします。
見えているのは中之条。群馬県西部の中心となって、小渕恵三を総理大臣に押し上げたほどの実力派の町です。ほとんどの町民は東京での観劇会に招かれているのでしょうか。
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【61】撮影:14時29分=伊藤 幸司
山頂に立つと足元を吾妻川が流れています。河岸段丘で畑が耕され、家が建てられています。
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【62】撮影:14時29分=伊藤 幸司
山頂からすこし下流側、榛名山の方向を見ています。
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【63】撮影:14時30分=佐藤 時子
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【64】撮影:14時30分=佐藤 時子
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【65】撮影:14時30分=伊藤 幸司
風もなく、ほどよく暖かい至福の休憩でした。もし私たちが「歌うま」の多いグループだったら、きっと、この日、私たちだけしかいないこの山頂で、なにか歌っていたにちがいありません。
リーダーがオンチだからか、そういう雰囲気のかけらもありませんでした。ひょっとして糸の会が下戸の集団になっているのと同様、こんなときに歌いたい人が、いなかったのかもしれません。
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【66】撮影:14時30分=伊藤 幸司
吾妻川の下流側を見ています。右手奥にあるのは小野子山と子持山だと思います。その陰に赤城山があるはずです。
吾妻川は右に急角度に曲がって渋川のところで利根川に合流します。右手に上がって行く緩やかな山すそは榛名山です。
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【67】撮影:14時32分=伊藤 幸司
季節は春ですが、山腹にヤマザクラがちょうど満開の、新緑の季節です。
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【68】撮影:14時35分=伊藤 幸司
逆光ですが、記念写真はこの角度しかありませんでした。
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【69】撮影:14時47分=伊藤 幸司
下りが始まりました。この状態のとき、私が見ているのは「足場をきちんと見ているかどうか」です。怪しいと感じたら「姿勢を立てて!」「アタマを上げて!」「肩越しに足場を見て!」ということにしています。岩に張り付いているとどうしても足の置き方にあいまいさがでてきます。「足探り」になってしまいます。その足が滑ったときに、安全を保てるかどうかです。どの場所でも「きちんと立つ」ことができれば、その人は十分に安全です。
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【70】撮影:14時49分=伊藤 幸司
適切に張られたクサリは三点支持の1点を自由な場所で確保できるので高い安全性を提供してくれます。
しかしこの岩場がもうすこし緩やかなら、みなさんはダブルストックを手に持ったままクサリも利用させてもらうでしょうし、足場がしっかりしているとわかったら、クサリはあくまでも不安なときの安全パイと考えて、視野の中に入れながらも利用せず、あくまでも自力で登り下りするというふうに考えるでしょう。
わかりにくいかも知れませんが、自分の力量をたくさんのグレードで確かめてみることができれば、安全の度合いを自分自身で確かめながら行動できるというわけです。そして究極的に「自分で登れるか? 下れるか?」を自分自身で判断できるようにしたいのです。
そういうこまかな技術段階を意識せずに、ここでクサリにぶら下がったとしたら、気持ちは「安心」(安全とは限りません)かも知れませんが、行けるか行けないかの二者択一になってしまう……ということを絶対に避けたいのです。
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【71】撮影:15時01分=伊藤 幸司
ここは登っているところです。みなさんクサリを使わずに登っています。
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【72】撮影:15時02分=伊藤 幸司
真ん中の人がクサリにいくらか頼っています。他の人は自力で登っていけるので、どんどん登っていきます。
もしここが、クサリが必要なところなら、クサリの1区間にはひとりが原則です。誰かのせいでクサリが振られると別の人に危険なことになるからです。
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【73】撮影:15時03分=伊藤 幸司
ハイマツがかろうじて安心(安全ではありませんが)を与えてくれるナイフリッジ……に見えますが、じつは手すりがあるのでスリルだけを楽しむことができます。
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【74】撮影:15時04分=伊藤 幸司
この気分は岩山の専売特許というべきでしょう。
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【75】撮影:15時04分=伊藤 幸司
振り返れば「なあんだ」という手すりつきの痩せ尾根にすぎません。先ほど立っていた山頂を振り返っています。山頂に立つ前にトンネルくぐりをした岩が右に並んでいます。山頂の向こう側をぐるりとまわって手前から一気登りしたのです。
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【76】撮影:15時15分=伊藤 幸司
八合目という標識がありました。道はどんどん下っていきます。
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【77】撮影:15時21分=伊藤 幸司
テレビドラマのロケで使われたことがあるかも知れない、と思わせる峡谷風景です。
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【78】撮影:15時28分=伊藤 幸司
ここで岩櫃山としてそそり立つ岩峰群が終わる……といっていいのでしょう。私たちは郷原駅から見れば裏側へと下ってきたのですが、表側の中腹を回り込んできた赤岩通りと呼ばれる道がこの岩の向こうで合流してきます。
赤岩通りはかつて岩櫃山の大岸壁を利用した山岳砦の通路であったらしく、郷原城と名づけられた砦があり、潜龍院と呼ばれた寺に真田昌幸が主君武田勝頼を迎えようとして急造した古谷御殿があったというもの。ここから岩櫃城までは尾根通りと呼ばれる道でわずか15分と案内図にありました。
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【79】撮影:15時39分=伊藤 幸司
いわれるがままに進んでいく……という気分です。
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【80】撮影:15時47分=伊藤 幸司
吾妻川から見上げれば、ここも岩櫃山の一部と見えるのでしょう。郷原城と名づけられた(たぶん)出城と岩櫃城本丸とを結ぶ内部通路という感じです。
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【81】撮影:15時49分=伊藤 幸司
天狗岩という名札がつけられていました。
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【82】撮影:15時49分=伊藤 幸司
ヤマツツジとミツバツツジ(たぶんトウゴクミツバツツジ)が稜線を彩っていました。
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【83】撮影:15時51分=伊藤 幸司
なかなか岩櫃城本丸にはたどり着けません。
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【84】撮影:15時51分=伊藤 幸司
城からの見晴らしはおおよそこんな感じです。
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【85】撮影:16時02分=伊藤 幸司
岩櫃山本丸跡のベンチです。このあと、まだ一仕事残っているので、ゆっくりと休みました。
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【86】撮影:16時03分=小林 美子
岩櫃城本丸址での休憩。
この時 一瞬風が吹いたのだろうか さくら吹雪が綺麗でした。
真田幸村も少年時代 この岩櫃城にいたとの事です。
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【87】撮影:16時04分=佐藤 時子
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【88】撮影:16時08分=伊藤 幸司
さすがにここは大河ドラマ「真田丸」による観光化が見られました。
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【89】撮影:16時25分=小林 美子
平沢登山口。
ここから群馬原町駅迄
車道どのくらいかかるかなぁ〜と
皆で時間をみてる所です。
17:05の電車に間に合う様に行かなくては・・
この後 早かったぁ〜。
17時10分前には駅に着きました。間に合った!
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【90】撮影:16時28分=伊藤 幸司
岩櫃城を下って新しいトイレも作られた平沢登山口を出たのが16時25分。岩櫃城温泉は休館日なので、17時03分群馬原町駅発の列車で小野上温泉まで行くことにしました。時間は38分間、距離はおよそ2km半。それを逃すといろいろ厄介な時間帯となりつつあります。
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【91】撮影:16時35分=伊藤 幸司
崖のタンポポ。
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【92】撮影:18時31分=伊藤 幸司
小野上温泉で食事もしました。
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【93】撮影:19時57分=伊藤 幸司
次の18時29分の列車には乗れなかったので、その次の列車までゆっくりと過ごし、19時57分発で帰路の旅へ。

追加1……2006年4月8日の岩櫃山=伊藤 幸司

糸の会のNo.439。計画書にはこう書きました。
────初めての山ですからよくわかりませんが、上毛新聞社のガイドブック『群馬の山歩き130選』では「一般」グレードになっています。見ると怖そうで、歩くと簡単という山かもしれません。クサリ場もあるようですが。────
そうしたら、登り始めに(あとで、そこがキツネノカミソリの群落だと知るのですが)小石が1個私たちめがけて投げられました。ふと見上げると頭上遥かな岩場にカモシカが立っていました。【97】の写真で私たちはほとんど同じ高さまで登っていますが、そのときまでずっと彼はその場所で私たちを見下ろしていたのです。
この日は1205にJR吾妻線の郷原駅(標高約400m)を出発して、1230-35が登山口(標高約550m)、1240-45に雨具をつけています。1310-20に稜線(標高約750m)に出て休憩しましたが、カモシカがいたのはそのほんのちょっと手前の岩壁。1430-55に岩櫃山山頂(標高803m)。1540に赤岩口との分岐(標高約700m)に出て、1540-50に平沢登山口(標高約500m)。車道を徒歩で1645岩櫃城温泉。
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【94】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【95】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【96】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【97】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【98】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【99】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【100】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【101】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【102】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【103】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【104】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【105】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【106】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【107】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司
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【108】撮影:2006年4月8日=伊藤 幸司

追加2……2008年8月27日の岩櫃山=伊藤 幸司

これは朝日カルチャーセンター千葉のベテランクラス。
クサリ場通過の体験として、(1)クサリに頼らずに「三点支持」で登る。(2)ハンドホールドがとれなければ、クサリを支点として利用する。(3)パニックになったらクサリの要所に用意したロープの輪を握ることで、指示を待つ。……という仕掛けをしました。
それでメンバー各自の力量を見つつ、「三点支持」のもどかしさが、安全を確保してくれるということをからだで理解してくれると考えました。
なお、私の立場では技術的に重要な場面での写真は撮れていません。
この日は1205にJR吾妻線・郷原駅(標高約400m)を出発し、1230−35登山口(標高約500m)、1310-20稜線(標高約700m)で休憩。1345-50稜線で休憩、1435-50岩櫃山山頂(標高803m)、1610-20平沢登山口でトイレ休憩、1650岩櫃城温泉。
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【109】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【110】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【111】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【112】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【113】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【114】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【115】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【116】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【117】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【118】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【119】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【120】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【121】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【122】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【123】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【124】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【125】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【126】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【127】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【128】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【129】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【130】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【131】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【132】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司
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【133】撮影:2008年8月27日=伊藤 幸司

追加3……2009年11月24日の岩櫃山=伊藤 幸司

糸の会のNo.658。ただし東武カルチュアスクールから卒業してきた皆さんを中心に、岩場体験という計画。
1200 JR吾妻線・郷原駅(標高約400m)を出発。1230-35登山口(標高約500m)、1300-05稜線(標高約700m)で休憩。1310-20天狗の架け橋のところで休憩。1355-1410岩櫃山山頂(標高803m)、1515-25岩櫃城本丸跡(標高約600m)、1530平沢登山口(標高約500m)。
岩櫃城温泉が火曜日定休のため、平沢登山口からタクシーで群馬原町駅へ(1台5,480円)、小野上温泉で入浴。高崎で食事。
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【134】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【135】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【136】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【137】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【138】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【139】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【140】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【141】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【142】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【143】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【144】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【145】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司
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【146】撮影:2009年11月24日=伊藤 幸司

追加4……2012年4月21日の岩櫃山=伊藤 幸司

糸の会No.809。朝日カルチャーセンター千葉で入門編から上がってきた皆さんを対象に計画しました。クサリ場の体験もありますが、ここではダブルストックの使用も積極的に体験しました。
1205 JR吾妻線・郷原駅(標高約400m)を出発。1235−45登山口(標高約500m)で休憩、1310-15稜線(標高約700m)で休憩。1420-45岩櫃山山頂(標高803m)。1550-55岩櫃城本丸跡(標高約600m)、1610-20平沢登山口でトイレ休憩(標高約500m)、徒歩で岩櫃城温泉へ。
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【147】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【148】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【149】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【150】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【151】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【152】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【153】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【154】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【155】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【156】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【157】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【158】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【159】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【160】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【161】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司
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【163】撮影:2012年4月21日=伊藤 幸司

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