発見写真旅・展(92)――2015.12.12 霧訪山(30パワー) 発見写真旅・展(92)――2015.12.12 霧訪山(30パワー)

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*晩秋から冬にかけて「雪山展望」というシリーズを考えました。その第一回は塩尻の霧訪山。「きりとうやま」と読みます。その名前からしておそらく春〜夏にいろいろな魅力があるのでしょうが、山頂からの展望を考えれば、たぶん冬、松本盆地の南のはずれに位置するので、穂高連峰は眼前にあります。
*冬なら「霧」と無縁かどうかはわかりませんが、北アルプスのこちら側は雪国ではないのです。太平洋岸の天候に属するので、北アルプスに雪を降らせた風は乾いて晴天をもたらします。「冬に晴天率の高い山」に属すると思うのです。極端にいえば、首都圏から富士山が見える日は、この山から北アルプスが見える可能性が高いのです。
*一般に「雪山は怖い」という人が多いのですが、その「雪山」は「雪国の山」と考えるべきです。富士山に代表される太平洋岸の雪の山は、ジェットストリームにさらされて風が強い、気温が低い……けれど晴れの日は多いのです。八ヶ岳でいえば標高約2,500mを超える南八ヶ岳は完全な雪氷登山の世界ですが、樹林帯に覆われた北八ヶ岳は紺碧の空に黒い森、白い雪という夢のようなスノーハイクの領域です。
*この霧訪山から始まる「雪山展望」シリーズは、檻の前で猛獣を見る……というような試みです。


★糸の会山行[976] 霧訪山(30パワー)────2015.12.12
*登り17p→下り13p

・1014……JR中央本線塩尻駅着。タクシーで「山ノ神自然園」へ
・1045……山ノ神自然園(標高約800m)を出発
・1100……霧訪山登山口(標高約800m)
・1120-25……休憩(標高約950m)
・1135-40……送電鉄塔で展望休憩(標高1,025m)
・1230-1310……霧訪山山頂(標高1,305m)
・1400……登山口(標高約900m)
・1420-45……古田晁記念館
・JRで小野→塩尻。タクシーで松本へ
*行動時刻は概数です


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の4人です。
齊藤 紀久子(4点)
三浦 陽子(1点)
佐藤 道子(15点)
伊藤 幸司(32点)


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★このアルバム・シリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。写真は撮影時刻順に並べて本展示としました。(期間を限定せずに)みなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:齊藤 紀久子


撮影:三浦 陽子


撮影:佐藤 道子






撮影:伊藤 幸司













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【01】撮影:10時43分=齊藤 紀久子
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【02】撮影:10時49分=伊藤 幸司
JR中央本線・塩尻駅からタクシーで「山ノ神自然園」まで約2,000円。「矢沢川の水辺」という立て札がありました。「ふるさとの水20選」だそうです。
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【03】撮影:10時53分=伊藤 幸司
道端に枯れ残った葉がありました。自然薯(ヤマイモ)のようですがどうでしょうか。
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【04】撮影:10時57分=伊藤 幸司
「たまらずの池」だそうです。
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【05】撮影:10時59分=伊藤 幸司
上流側から見るとたしかに「たまらずの池」という感じがします。矢沢川の小さなダムという意味のようです。
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【06】撮影:11時03分=佐藤 道子
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【07】撮影:11時26分=伊藤 幸司
矢沢川を離れて登山道を登り始めました。
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【08】撮影:11時30分=伊藤 幸司
「たまらずの池」を過ぎると小さな木橋がかかっていいるのでそれを渡ると、登山道の標識があります。2万5000分の1地形図では標高1,025mの水準点に向かう一気登りの道があります。
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【09】撮影:11時39分=伊藤 幸司
この高圧送電鉄塔が地形図の標高1,025m地点です。低山では地形図の高圧送電線の情報がものすごく頼りになります。電力会社が非協力的だとかでデータ更新があやしいと感じることも多いですけれど。昔、東京電力関係の冊子をダイヤモンド社の小さなチームで作っていたことがありますが「送電線ハイク」を提案したら即座に否定されました。「過激派組織に狙われるかもしれないから」という理由でした。隠せるほどの情報でもないと思う一方、私たちにはありがたい存在なのですが。
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【10】撮影:11時39分=佐藤 道子
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【11】撮影:11時41分=伊藤 幸司
その送電線鉄塔のところで、雪の山が見えました。山間部には雲が漂っているのがわかります。そこから登ってきたので、「雲の上に出たら晴れていた」と安心しました。あとで詳しく説明しますが、右側の白い山並みの枯れ枝に挟まれた白い三角形のピークを見ておいてください。
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【12】撮影:11時42分=佐藤 道子
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【13】撮影:11時46分=伊藤 幸司
逆光状態で撮影していますが、とzなんどうはほぼまっすぐ、南に向かって登っていきます。
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【14】撮影:11時59分=伊藤 幸司
道際の木に小さな木札があって「下西条展望台」とありました。ここに見える矢沢川の谷を中西条から下西条へとタクシーで入ってきたのです。
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【15】撮影:12時29分=佐藤 道子
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【16】撮影:12時38分=伊藤 幸司
ほとんど無風。白い山が360度見えるので、来た甲斐があるものといえます。
これは北アルプスの南部。左端に奥穂高岳があって、画面は鹿島槍ヶ岳の手前までです。雪山の中央右寄りに見える大きな白い山は常念岳です。ネット上にある「霧訪山登山案内 イラストマップ」を持って行くとわかります。
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【17】撮影:12時38分=伊藤 幸司
カメラを右に振って北アルプスの北部です。左端に見える大きな山が常念岳。松本盆地から見ると北アルプスの盟主と見えるとか。標高約2,000mの美ヶ原から松本へと下っていくと、眼前の槍ヶ岳の下からこの常念岳がせり上がってきて槍ヶ岳を隠してしまいます。
右側の次の白い山は燕岳の平坦な黒い稜線も向こうに見える立山連峰。右端の白くて長い稜線は鹿島槍から五龍岳、白馬岳という北部の山々です。
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【18】撮影:12時38分=佐藤 道子
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【19】撮影:12時40分=三浦 陽子
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【20】撮影:12時44分=佐藤 道子
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【21】撮影:12時49分=伊藤 幸司
さてこれは穂高連峰です。重なり具合が複雑でよくわからないところがありますが、一番高く見えるとことが北穂高岳で、その向こうにロバの耳とかジャンダルムなど西穂高岳に下っていく稜線があります。奥穂高岳の手前には前穂高岳や明神岳があるのですが、どれがどれだかよくわかりません。右隣という感じの白い山(雲がかかっています)が北穂高岳のようですから、そこからガクンと落ちたところが大キレット……でいいのだと思います。
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【22】撮影:12時50分=伊藤 幸司
これは松本盆地の人々に親しまれているという常念岳。イラストマップによれば右奥に連なるのが大天井岳(山屋さんはおてんしょといいます)になるそうです。
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【23】撮影:12時50分=伊藤 幸司
これはさらに北側。左端に美しい双耳峰の鹿島槍ヶ岳があります。八峰キレットへと下って登り返すといくぶん黒っぽく見える山は五龍岳。その陰に唐松岳があります。そこから下ったところが不帰瞼。登り返すと天狗平。その先に鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳の白馬三山となります。この写真の右端にある山腹がギザギザに見える山が白馬岳です。これで見ると三山の真ん中の杓子岳がずいぶん低く見えます。
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【24】撮影:12時51分=伊藤 幸司
これは東に見える八ヶ岳連峰。ものすごくわかりやすい全体像で、一番右が編笠山、左端が蓼科山です。
蓼科山の手前、さらに左にのびる枯れ草色の稜線はビーナスラインで結ばれた(右から左へ)車山〜霧ヶ峰〜美ヶ原の稜線で、左端の小高い丘が美ヶ原、左手に下ると松本城という位置関係になるかと思います。
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【25】撮影:12時51分=伊藤 幸司
南アルプスは残念ながらあまりよく見えませんでした。
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【26】撮影:12時59分=伊藤 幸司
じつは私は「雲が切れて槍が見えました」「初めて見る白い槍ですけれど」などと言って記念写真を撮ったのですが、じつはこれは標高3,084mの中岳。右どなりの大喰岳(標高3,101m)が雲に隠れて、その右に槍ヶ岳(標高3,180m)があるはずという写真。
これは私のカメラの12倍望遠で撮っていますが、相前後して齊藤さんのカメラの30倍望遠で撮った写真もご覧いただけると思います。私のカメラは中古で買った(齊藤さんのと同じシリーズの)2010年モデルです。斎藤さんの現行機種は5,000円のメーカー・キャッシュバックを利用すると2万円ちょっとで買えるキヤノン・パワーショットSX710HSです。山の花を登山道から撮るおすすめカメラで、主要メーカー間の激戦場となっています。2枚の写真はほぼ連続的に山頂の標柱にカメラを乗せて、オートで撮っていますから、レンズ性能がわかります。
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【27】撮影:12時59分=齊藤 紀久子
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【28】撮影:12時59分=佐藤 道子
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【29】撮影:12時59分=佐藤 道子
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【30】撮影:13時04分=伊藤 幸司
山頂での記念写真は北アルプス全山を背景にしました。
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【31】撮影:13時04分=伊藤 幸司
記念写真・その2。
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【32】撮影:13時06分=齊藤 紀久子
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【33】撮影:13時10分=伊藤 幸司
山頂にあった「会地社」(おうちしゃ)。「小野神社の境外社のひとつで小野の一番高い霧訪山頂上にまつられた」と案内板に書かれていました。私たちはこれからJR小野駅に向かって下っていきます。
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【34】撮影:13時10分=佐藤 道子
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【35】撮影:13時12分=伊藤 幸司
山頂の周辺がこんな状態の樹林なので、展望台としての魅力は当分阻害されないと思います。
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【36】撮影:13時21分=伊藤 幸司
小野へと下る道はすぐにアカマツ林になります。留山ということで、かなり長い間、登山道の両側にロープが張られていました。もちろんマツタケの無断採取を禁じるため、地元の財産区がガードをかためているようでした。南アルプスの伊那側では本気でマツタケ山を育てている人もいますから、このあたりにもそういう体質が広がっているのかと思います。
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【37】撮影:13時28分=伊藤 幸司
マツタケ菌はどちらかというと弱いので、放置すると他の菌類に侵略されてしまうそうです。マツタケを生み出す環境を整えるためには下草や落ち枝を放置してはいけないというのです。かつて薪炭林だった松山にマツタケが自然発生的に育ったようですが、いまではものすごく手がかかる野生だということのようです。
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【38】撮影:13時41分=佐藤 道子
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【39】撮影:14時02分=伊藤 幸司
小野の登山口が見えてきたところに、このカモシカがいました。感激ではありましたが、勘違い感が否めない出会いではありました。
この後、旧小野村の中心地に入って行くと、古田晃記念館(ふるたあきら・筑摩書房創始者)で、カモシカはこの庭にまで来ます、とのこと。おそらく、まちがいなく、このカモシカなのでしょう。地元の人によると、里に降りてくるカモシカがいなくなると、いつのまにか次のカモシカに代わっているとのこと。
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【40】撮影:14時02分=佐藤 道子
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【41】撮影:14時03分=齊藤 紀久子
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【42】撮影:14時04分=伊藤 幸司
ここが小野の登山口。集落までゆっくりと下っていきます。
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【43】撮影:14時04分=佐藤 道子
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【44】撮影:14時05分=佐藤 道子
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【45】撮影:14時16分=佐藤 道子
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【46】撮影:14時28分=伊藤 幸司
これが筑摩書房創始者の古田晁(ふるたあきら)記念館。私たちはトイレと列車の待ち時間調整のために立ち寄ったのに、塩尻市の施設としては、予想以上に暖かみのある小規模記念館と感じました。とくに太宰治との関係が深い人であったとのこと。私たち60歳代、70歳代の人間には若い頃に名前は聞いたけれど必ずしも読んでいない作家たちも含めて、ここで突然再会した感じは貴重だったと思います。
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【47】撮影:14時34分=伊藤 幸司
平成5年(1993)に庭園と土蔵が塩尻市に寄贈されて記念館となったとか。これはその土蔵2階の和室で、文学史に名を連ねる多くの作家が訪れているといいます。
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【48】撮影:14時45分=佐藤 道子
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【49】撮影:16時36分=伊藤 幸司
JR中央本線小野駅から塩尻駅へ出たまではよかったのですが、こちらの中央本線からあちらの中央本線への接続が悪くて、大胆な賭に出ました。
松本始発の千葉行きの特急あずさに乗りたい人が多いため、時間をかせぐために塩尻駅から松本の女鳥羽そばまでタクシー3台を走らせたのです。すると土日の夕方は松本市内は恐ろしい渋滞とかで、高いタクシー料金で時間を買うことはできず、この写真の左側の人は慌ててそばを食べ、右側の人はかろうじてコーヒーを飲んで次の特急で帰るということになりました。
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【50】撮影:16時53分=伊藤 幸司
女鳥羽そばの大胆メニュー、ネギそばです。
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【51】撮影:17時01分=伊藤 幸司
この店は混んでいることもあるそうですが、私はいつも貸切状態。かならず花が活けられています。
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【52】撮影:17時48分=伊藤 幸司
「まるも」の木造3階建て旅館を見学しようとしたら、コーヒーを飲むなら6時閉店ですといわれて、あわてて喫茶部へ。そのあとで旅館の方をちょっと見せてもらいました。

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