発見写真旅・展(129)――2016.1122 九鬼山(50パワー)<b> 発見写真旅・展(129)――2016.1122 九鬼山(50パワー)


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撮影者全員の展示写真が撮影時刻順に並んでいます。
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★糸の会山行 1013 九鬼山(50パワー)────2016.11.22
*登り16p→稜線15p→下り19p

*標高970mの九鬼山は単独登山だと富士急行線の田野倉駅か壬生駅から歩き出すのが普通だと思うのですが、それだけだと首都圏からの日帰り登山としてはちょっと軽いのです。そこでJR中央本線・猿橋駅から標高674mの神楽山に登り、御前山〜馬立山〜札金峠を経て九鬼山まで縦走するのが定番となっていましたが、今回始めて、大月駅から菊花山を経て御前山〜馬立山間の稜線に出るルートをとったのです。


11月22日
・0845……JR大月駅を出発(標高約400m)
・0905-15……高圧送電線鉄塔で休憩(標高約450m)
・0950-1005……菊花山山頂(標高644m)
・1055……御前山〜馬立山稜線へ出る(標高約700m)
・1120-30……馬立山山頂(標高797m)
・1150-55……休憩(標高約650m)
・1215……札金峠通過(標高約600m)
・1235-40……夏の野草広場で休憩(標高約700m)
・1320-35……九鬼山山頂(標高970m)
・1350……天狗岩(標高約850m)
・1410……壬生・田野倉分岐(標高700m)
・1230……愛宕神社に到着(標高約400m)


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の2人です。
矢野 博子(10点)
伊藤 幸司(47点)


このalbumシリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。
(期間を限定せずに)ご覧いただいたみなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:矢野 博子




撮影:伊藤 幸司



















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【01】撮影:08時41分=伊藤 幸司
JR中央本線大月駅で下車すると、正面に見えるのが菊花山(きくかさん・標高644m)。駅から真っ直ぐ登って、その勢いで九鬼山(くきやま・970m)まで、いくぶん変化富んだ稜線をたどるという計画です。ちなみにこの山は貧乏山と呼ばれてきたそうですが、大月の街では日陰を作る山として疎まれてきたとのこと。この山は駅の南南東に当たります。
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【02】撮影:08時48分=矢野 博子
駅から歩き出し 間もなく現れた神社脇のきれいに紅葉した木。紅葉していると 辺りが パッと明るくなる。
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【03】撮影:08時49分=矢野 博子
その脇にあったもう一本の紅葉した木 落葉が またきれいです。
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【04】撮影:08時58分=伊藤 幸司
駅からまっすぐ山に向かって、歩道橋(ちょっと不思議な存在ですが)を渡ります。渡って山裾の歩道を右に進むと、車道に下りきる手前にこの鳥居があります。登山口を示す小さな標識もあったと思います。
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【05】撮影:09時10分=伊藤 幸司
登り始めるとすぐにこの風景。NEC山梨(山梨日本電気株式会社)の白い工場が見えています。光通信用のデバイスや光海底中継装置を担当しているとか。その足元で中央自動車道の富士吉田線が画面左に分かれています。富士急行の線路も左手に伸びていますが、JR中央線と中央自動車道の本線(西宮線)は正面にそびえている滝子山と左手に隠れている高川山の間を抜けていきます。
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【06】撮影:09時13分=伊藤 幸司
この標高は鳥居のところからわずか15分……ではありません。ここで衣類を調節し、ダブルストックを準備し、電車で長旅をしてきた後の腹ごしらえもするなど、10分休憩をして出発するところです。
高圧送電線は古いものなら地形図に載っています。ここでは標高440mと読み取れます。高圧送電線網の新しいものはしばしば欠落していますが、見通しのきかない低山では「現在位置」を確定できる重要な人工物です。
しかしどうして高圧送電線のすべてが描かれていないかというと、国土地理院の地図作成の問題というよりは、電力会社がその情報掲載を好まないからといわれています。それとつながる体験を私はしています。25年ほど前のことになりますが、東京電力のあるセクションの広報パンフレットを作っていました。8号まで出したのですが、家庭用の200Vを普及させるためのイベント用パンフで、制作は当時私が関わっていたダイヤモンド社の電脳文具雑誌「ダイヤモンドBOX」でした。企画から執筆までほとんど自由にやらせてもらったのですが、どうしてもOKが出なかったのが「高圧送電線ハイキング」。当時出現した世界最先端の100万ボルト超高圧送電線をひとつの核にして、さまざまな送電線風景を楽しもうという企画でした。その当時の東京電力では「原発以外ならなんでもOK」「できればいろいろなかたちの広報を展開したい」という状態でしたから担当者はノッてくれたのですが、上から完全「ノー」になりました。伝えられた理由は「過激派に狙われるから」……? でしたが。
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【07】撮影:09時15分=伊藤 幸司
高圧送電線のところから登山道の急登が始まりました。
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【08】撮影:09時21分=伊藤 幸司
冬咲きのヤマツツジ……でしょうか。
最近では冬咲きのサクラがずいぶん身近になりましたが、鬼石(おにし・群馬県)の桜山は日露戦争の戦勝記念に植えたソメイヨシノ1,000本のうち344本が師走に咲いたことから地元の三波石とともに国の天然記念物に指定されたとか。天然記念物は提唱者の三好学博士(東京帝大教授)の早トチリではなかったかと思う部分もあるのですが、ともかく三波石とともに冬桜が「三波川」というくくりで国の天然記念物に指定されたのです。昭和12年のことです。その後紆余曲折を経て、現在は7,000本の冬桜が冬と春に咲き誇っています。要するに冬に蕾の一部が咲き、残りは春に咲くというのが桜山の冬桜なのです。サクラのほかにツツジも同様の冬咲き現象があるといわれます。
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【09】撮影:09時28分=伊藤 幸司
大月の中心街が眼下に見える……という状態になってきました。
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【10】撮影:09時31分=伊藤 幸司
ロープが張ってあるので難所のひとつだと思いますが、こんな急登が続きます。
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【11】撮影:09時43分=伊藤 幸司
急登は、歩き方さえ間違えなければ合理的な登り方です。東北や北海道に残っている登山道に直線的に登るところが多いのは、山仕事をする人たちの合理的な判断が残されたからです。雪山の登山では(トラバースはしますが)わざわざジグザグを切ったりしないのと同じです。急登でも「平地を時速4kmで歩く」のと同じ出力で歩けるようになればいいだけです。
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【12】撮影:09時43分=矢野 博子
歩き始めて 一時間もすると ご覧のような眺望。ここに立ったら やはり こう来なくっちゃ。真白き富士の嶺、やはり いつも 主人公かも。
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【13】撮影:09時43分=矢野 博子
その山頂を 望遠で。この日は 一日中 富士が 私たちを楽しませてくれた。
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【14】撮影:09時44分=伊藤 幸司
大きな岩があって展望が開けました。正面にあるのが高川山。長い尾根が手前に伸びていて、大月市立中央病院のところに降りることができます。左手に延びる谷が富士山から下ってくる桂川、右手の谷をたどると笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入ります。
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【15】撮影:09時49分=伊藤 幸司
菊花山の山頂からも富士山がよく見えました。画面中央下部に見える直線的な構造物はリニア新幹線の実験線です。高川山のど真ん中から飛び出して、九鬼山のど真ん中へと飛び込んでいく走行実験や試乗サービスをしてきました。
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【16】撮影:09時52分=伊藤 幸司
これは大月駅の向こう側。奥に伸びているのは浅利川です。画面中央に高圧送電線の鉄塔が上下に2本見えると思いますが上の塔が天神山。左手に稚児落しの断崖があり、右の露岩が初心者にはちょっとこわいクサリ場の兜岩。岩殿山へと続くドラマチックなハイキングルート(糸の会では1月4日に実施予定)です。背後に見える山並みは大菩薩嶺から笹子峠に下ってくる南大菩薩(あるいは小金沢連嶺)になります。
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【17】撮影:09時53分=伊藤 幸司
菊花山の山頂には大きな岩があって、立つと富士山が見えるという仕掛け。気分のいい演出です。
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【18】撮影:09時58分=伊藤 幸司
太陽が燦々と照りつけ、風もなく、気持ちのいい休憩時間を楽しみました。たった1時間の登りでしたが。
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【19】撮影:09時59分=伊藤 幸司
大月駅の向こう側の写真のもう一枚。中央自動車道が大月トンネルに入る辺り、その上にある岩が兜岩。その稜線を右にたどると大きな岩壁のある岩殿山へと続きます。
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【20】撮影:09時59分=伊藤 幸司
山頂から右手に目を向けると右側の山は扇山。左側にあるのは百蔵山。扇山はJR中央本線鳥沢駅、百蔵山は猿橋駅からいずれも直接登れますが、最近、私たちは大月からタクシーで一気に百蔵山の中腹まで上ってしまって、扇山まで行って1日分と考えています。
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【21】撮影:10時11分=伊藤 幸司
大月から見上げていたときには想像していませんでしたが「山」と名がつけられているだけのことはあって、登りと同様の急斜面を下ります。
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【22】撮影:10時13分=伊藤 幸司
猿橋駅から「パストラルびゅう桂台」という清水建設とJR東日本が共同開発した「丘の上の天空都市」に上がり、神楽山〜御前山〜馬立山とたどる稜線が向こうに見えます。こんなに遠いとは思わなかったという感じで。
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【23】撮影:10時19分=伊藤 幸司
このへんが鞍部だったかと思います。
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【24】撮影:10時34分=伊藤 幸司
紅葉は完全に終わっていますが、落ち葉はなかなか表情豊かでした。
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【25】撮影:11時02分=伊藤 幸司
御前山から馬立山の縦走路に出ると、道はすぐに下ります。
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【26】撮影:11時11分=伊藤 幸司
下ったと思うと、またすぐに登ります。小さな起伏が連続します。
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【27】撮影:11時14分=伊藤 幸司
ここにロープがあるということは、ここで事故が起きたからでしょうか。左側はけっこう急坂になっています。それにしても、登山道の危険箇所にはクサリがあり、ロープがあり、このトラロープが張られていることが多いのですが、いずれも安易に信頼する(頼りにする)と逆に危険な状態になることがあるのでご用心。このロープも役割が曖昧で、歩きを邪魔する張り方にもなっているので設置した人にはきちんと認識していただきたいと思います。安易な親切心で張っていただくと、その親切心で怪我をする人が出ないとは限りません。
まずは、ナイロン製の通称「トラロープ」は土木建築用素材としてもあくまで「標識ロープ」です。ここでは足場が落ち葉でいくぶん見えにくくなっていますが、雪がつくと足元が不安定な印象になってときに恐怖心を与える場所かと思います。そこで正しい道すじを示し「安心」を演出するためにトラロープを張る例は多くあります。しかしその場合、歩く足に絡んでくるような緩みがあると、足元の急斜面とで、人によっては集中力が削がれる危険も生じてきます。これだけ長いトラロープだと途中に支点をとって張らないといけないところ、「標識だから」と手抜きをしていたのは間違いありません。
クサリやロープが危険なのは、安心(安全ではありません)のために補助的に利用している場合には有効なのですが、それに頼って体重をかけたとき(安全を求めたとき)に、クサリやロープは鉛直方向に振れるのでそれ以前の(自分自身の)安全対策がゼロになる危険が生じることです。
ここでも、もし途中で足元が怪しくなったときにロープに助けを求めた瞬間、このロープはビヨ〜ンとのびますから、急斜面へと積極的に押し出してくれるはずです。漫画ならビヨ〜ンと戻ってくるところですが、現実はそうはいかない。……そういうことをイメージして私は「ロープには触れないで!」と叫んでしまったりするのです。こういうあいまいな標識ロープの存在は、この場所で落ちるかもしれないというなにがしかの不安を抱いている人に、「危険」という贈り物をする存在になりかねません。
クサリやロープで「よじ登る」危険に関してはもっと深刻ですが、別の機会に語りたいと思います。
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【28】撮影:11時19分=伊藤 幸司
馬立山山頂です。小さなアップダウンを繰り返してきたので、登りきったという感覚ではなく「アッ、ここか?」という感じ。じつは菊花山もこの馬立山も地形図には書かれていません。国土地理院では「山」と認めていなかったわけですが、菊花山は三角点、馬立山には水準点があるので、地元の人が「山」と呼んでももちろんけっこう。登山者は行動にメリハリがつけられます。
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【29】撮影:11時24分=伊藤 幸司
2016年の葉と2017年の新芽という感じ……でした。
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【30】撮影:11時41分=伊藤 幸司
札金峠に向かって急斜面を下ります。山歩きを始めて間もない人にここの登りでも下りでも体験してもらうと、私が提唱する歩き方を説明しやすいところです。
この写真に写っているのはすでに参加数百回というみなさんですし、ダブルストックを使用していますから特段の指導は必要ないのですが、義務的に「つま先立ちで下ってみてください」とだけはいうことにしてます。下りで滑らないためには重心のコントロールが最も重要で、靴底やエッジの形状などで安心(安全ではありません)に見える靴が後傾姿勢(へっぴり腰)を助長してよろしくないということは、ベテランのみなさんにも繰り返し注意することにしています。
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【31】撮影:11時42分=伊藤 幸司
これぐらいの下りはどういうふうにでも歩けるのですが、雨で土が湿っていたりする場合、靴底のエッジパターンで止めようとすると重心はかかと側にあります。怖いから。アタマが安心を求めてカラダに危険を押し付ける状態になるのです。みごとにスッテ〜ンと転ぶのはそういう後傾姿勢の場合です。そこで勇気を出して「つま先立ち」で歩いてみると、驚くほど滑りません。滑ったとしても「オットット」という感じで持ちこたえることができます。さらにヤバイ状態だったら、積極的に重心を指先にまで移動してテレマークポジションにすると、滑りながら下れます。そういう感覚を試しながら歩くのにいい場所なのです。
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【32】撮影:11時42分=伊藤 幸司
これはダブルストックを急斜面で使う場合の基本姿勢。「大きな段差」を選びます。その先端に立って「3歩先」にストックを突きます。そして「1歩目は真下に」つまり垂直に体を下ろして着地します。後傾姿勢で段差を降りると着地の瞬間にヒザが伸びていますが、この場合はヒザが曲がった状態で着地しますからヒザへの衝撃を大幅にカットできます。2016年7月19−21日の赤石岳で山頂から椹島まで一気に2,000mの標高差を下った後、ほぼ全員が猛烈な筋肉痛に襲われたそうですが、膝を痛めたひとはいませんでした。ダブルストックの本当の効用はそこにあります。
この姿勢、ストックをステッキとして使っている人たちには理解できないかと思いますが、スキーで急斜面に飛び込むときの深い前傾姿勢をダブルストックによって作っていると理解してください。2歩目で中間点、そこでストックをさらに先に振り出します。
大きな段差をゆっくり下ることでスピードを落とさずに、カラダへの安全を確保できます。
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【33】撮影:11時51分=伊藤 幸司
まだまだ、登ったり下ったりが続きます。
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【34】撮影:11時59分=伊藤 幸司
青空に紅葉。秋の山では、青空が一番嬉しい贈り物です。
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【35】撮影:12時03分=伊藤 幸司
足元に数株、リンドウの花がありました。結局、これがこの日一番の花でした。
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【36】撮影:12時07分=伊藤 幸司
正面に九鬼山が見えてきましたが、道はまだ札金峠へと下り続けています。
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【37】撮影:12時14分=伊藤 幸司
札金峠への最後の下り。……ということはこれから九鬼山への登りが始まります。
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【38】撮影:12時24分=伊藤 幸司
狭い稜線をたどってきたので、大きな山の懐へ飛び込んでいくという感じがしました。たまたまここでそう感じただけかもしれませんが。
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【39】撮影:12時28分=矢野 博子
低い晩秋の陽射し。カサカサと落ち葉を踏み 気持ち良い尾根歩きが続いていく。
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【40】撮影:12時30分=伊藤 幸司
すると今度は、九鬼山はどこへ行っちゃったのかなと思わせる長い(実際は短いかな?)トラバース。まだ登りにはかかっていません。登る、下る、というひと仕事に比べるとこれは小なりとはいえ縦走登山、あちらが主導権を持っていて「歩かされる」というドラマチックな展開が面白さのひとつです。
2016年には8月16日前泊で17−19日に北アルプスの笠ヶ岳に登りましたが、往路の稜線は完全に霧の中、周囲がまったく見えず、翌日手品の種が明かされたというような面白さがありました。
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【41】撮影:12時35分=矢野 博子
ここで 私たちは ゆっくりと休憩した。春過ぎには お花畑になるというこの場所を 今回は 糸の会の花たちが 飾った。
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【42】撮影:12時37分=伊藤 幸司
ここは夏ならかならず休憩するところ。縄を張って、お花畑になっています。色とりどりの元お嬢さんたち。
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【43】撮影:12時53分=伊藤 幸司
長いトラバースが続きますが、サイドチェンジしています。こちらから九鬼山に登るときには、永く記憶に残る道です。
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【44】撮影:12時59分=伊藤 幸司
トラバース道の林相が変化してきました。いよいよ九鬼山への登りにかかるのかなという期待がふくらんできます。
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【45】撮影:13時12分=伊藤 幸司
あっというまに本格的な登りになりました。最後の登りという雰囲気です。
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【46】撮影:13時32分=伊藤 幸司
九鬼山山頂からの富士山です。この時間帯には太陽光線の角度で、富士山は見えにくくなります。この時刻でこれだけ見えればバンザイ! です。
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【47】撮影:13時36分=伊藤 幸司
出発前に記念写真。
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【48】撮影:13時55分=伊藤 幸司
下り始めるとほとんどが植林地ですが、天狗岩という展望台がありました。これは桂川の上流方面。奥にテレビアンテナ塔が立っている三ッ峠山が見えています。富士山は画面左に隠れています。
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【49】撮影:14時09分=矢野 博子
空を見上げれば 透き通った黄色の葉っぱが 差し込む光に光っていた。
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【50】撮影:14時29分=矢野 博子
予定より早く下山。そこに待っていたのは 赤い鳥居。そして たっぷりと敷き詰められた色とりどりの落ち葉。
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【51】撮影:14時30分=矢野 博子
偶然が作った色の饗宴。自然にかなうものはないと つくづく 思う。
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【52】撮影:14時31分=伊藤 幸司
これは高川山の土手っ腹から、こちら九鬼山の土手っ腹に突き刺さったJR東海のリニア新幹線の実験線。けっこう大きな音が出るので、歩きながらでも尻尾を見るぐらいの可能性はあります。
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【53】撮影:14時33分=矢野 博子
一体 ここで何枚の写真を 撮っただろう。ここで ゆっくりと時間が取れて 嬉しかった。
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【54】撮影:14時36分=伊藤 幸司
谷筋に下って、土石流対策の砂防ダムが現れると、旧作業道という感じのいい道になります。ほぼ林道という感じです。
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【55】撮影:14時40分=伊藤 幸司
下って林道になると愛宕神社がありました。九鬼集落の最上部にあたります。境内が幼稚園になっているような気配でした。
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【56】撮影:14時42分=伊藤 幸司
愛宕神社の石段は、まさに秋の美しさでした。
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【57】撮影:17時24分=伊藤 幸司
じつは愛宕神社の下から「赤坂の」「スターらんど」の登山者送迎を期待していたのですが、断られてしまいました。もちろん電話は入れてありましたが、到着時刻がはっきりして電話したところ「前日以前の予約でないと……」と別の人に断られてしまったのです。「平日なのに!」と憤慨したのは、計画書に────入浴は赤坂駅から入るスターらんど(たぶん送迎してくれます)。食事は大月駅前の濱野家の予定です。────と書いておいたからです。日帰り入浴もできる宿泊施設のスターらんどは周辺の登山口の各所に無料送迎(7人以上)の立て札を立てているのでこれまで何回も利用させてもらいました。帰路大月駅まで送ってもらったこともあります。ただ、その立て札が朽ち果てつつあるのが心配でしたが、お客がいて送迎がしにくいという状況のようです。
大月駅前の「よしの湯」が廃業になり、真木温泉に入りづらくなり、金山鉱泉まで足を伸ばしても大人数だとむずかしいなど、大月周辺での入浴環境がだんだん難しくなっています。藤野、高尾、八王子で入浴という選択肢もあるのですが、千葉方面から大人の休日倶楽部の3割引きチケット(途中下車不可)で参加している人は大月発19時04分の千葉行きあずさに乗りたい気持ちが強いので、できればこの辺で入浴+食事をまとめておきたいところなのです。勝沼ぶどう郷まで行って、天空の湯とワインレストランという選択も視野の中ですが、この日は別の選択肢になりました。富士急行線壬生駅方面へと歩く途中、古川渡交差点でツルタクシーに電話してみるとジャンボタクシーが空いているとのこと。こちらは7人だったので都留市の「芭蕉月待ちの湯」まで(3,420円)行って、大月駅まで(5,760円)と頼みました。食事はいつもの濱野屋で千葉行きの特急あずさを待ちながら。

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