発見写真旅・展(72)――2015.6.13 陣馬山(計画大変更) 発見写真旅・展(72)――2015.6.13 陣馬山(計画大変更)

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*この陣馬山は計画が杜撰だったというべきかもしれません。JR中央本線上野原駅からタクシーで一気に和田峠まで上がってしまおうという横着計画が、陣馬街道上部の通行止めによって大変更を余儀なくされてしまったのです。しかも路肩崩壊は2014年3月ということですから、すでに1年以上前のこと。おまけに通常は車両のみの通行止めが一般的ですが、歩行者も通行禁止という完全封鎖となっていました。
*計画はごくごくポピュラーなもので、陣馬山から高尾山まで縦走するというものでした。高尾駅からのバスで陣馬高原下までとすると、陣馬山の登りに1時間以上かかるというのを嫌ったのです。
*今回、私はリーダーとして非常時の備えをひとつ欠落させていました。計画書には予定ルートの地図を入れてありましたが、山域全体を見られる登山地図を(あまりにもポピュラーな地域なので)用意していませんでした。もちろん参加メンバーのだれかが必ず持っているのは分かっていましたが、通行止めとなっていた地点(和田集落の先)からすぐにタクシーを引き返して、地図なしのまま2つの可能性を考えていました。
*ひとつはこの道筋から和田峠を経由せずに陣馬山に登るルート、もうひとつはタクシーの車窓から目にしていた生藤山など笹尾根経由で和田峠に向かうルート表示の選択でした。じつは往路、タクシーの前席左側に乗っていたので、笹尾根方面への道標は見ていました。そのひとつ、鎌沢というところにあった「生藤山」への道標に何となく惹かれていたのです。
*その「鎌沢」を選ぶと、タクシー運転手は「こんな上まで来たことはありません」といいながら、その道をほとんど行き止まりまで上がってくれたのでした。そうしたらそこに「県立鎌沢休憩所」があったのです。
*けっきょく私たちは三国山で笹尾根に出て、それを和田峠へとたどり、09時30分到着予定の陣馬山に13時50分に着いたのでした。結果としてなかなかいい山旅になりましたが。


★糸の会山行[953] 陣馬山(計画大変更)────2015.6.13

・0930……県立鎌沢休憩所を出発
・1025-35……甘草水で休憩
・1055-1100……三国山山頂(標高960m)
・1230-45……醍醐丸山頂(標高867m)
・1325……和田峠(標高約700m)
・1350-1500……陣馬山山頂(標高855m)
・1515……和田峠(標高約700m)
・1600……陣馬高原下バス停
*行動時刻は概数です


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の3人です。
佐藤 時子(4点)
土屋 千鶴子(20点)
伊藤 幸司(51点)


★このアルバム・シリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。写真は撮影時刻順に並べて本展示としました。(期間を限定せずに)みなさんのコメントをお待ちしています。

撮影:佐藤 時子

【45】12時52分 【46】12時52分 【53】13時03分 【57】13時17分

撮影:土屋  千鶴子────1/4

【05】09時33分 【06】09時34分 【07】09時35分 【08】09時35分 【10】09時38分

撮影:土屋  千鶴子────2/4

【15】10時00分 【16】10時06分 【19】10時24分 【25】10時46分 【26】10時48分

撮影:土屋  千鶴子────3/4

【27】10時48分 【28】10時52分 【36】11時13分 【43】12時31分 【44】12時51分

撮影:土屋  千鶴子────4/4

【51】13時01分 【52】13時01分 【64】14時56分 【68】15時40分 【74】16時02分
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【01】撮影:伊藤 幸司=09時15分
09時00分に和田峠から陣馬山へと登り始める予定で、JR上野原駅からタクシーに乗りました。和田集落が終わったところから先は路肩崩壊とかで道路が閉鎖されて、歩行者も通行不可とのこと。しかたなく鎌沢まで下がって、そこから集落の細い道を行けるところまで行こうということで、タクシーは狭い急坂をどんどん登っていきました。
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【02】撮影:伊藤 幸司=09時22分
これが佐野川地区の登里という集落。標高およそ550m。運転手さんによれば茶畑と竹林がここの産業基盤ということのようですが、ひとことでいえば林業の村なんでしょうね。
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【03】撮影:伊藤 幸司=09時31分
谷をはさんで向かい側に見えたものを双眼鏡で覗いてみると陣馬山の山頂でした。そのときには白馬の像が確認できませんでしたが、写真にはちゃんと写っています。右側の茶店の左にあります。
じつは和田集落の中心から陣馬山に登る登山道があったのですが、タクシーが下がりすぎてしまったので生藤山に登る鎌沢ルートに変更したのです。
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【04】撮影:伊藤 幸司=09時32分
ここには「県立鎌沢休憩所」というのがあって、こんなトイレが用意され、生藤山登山口となっていました。この「県立」は神奈川県です。ここは藤野町でしたが、いまは相模原市緑区佐野川地区。
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【05】撮影:土屋 千鶴子=09時33分
和田〜和田峠は崖の崩落の為通行禁止、タクシーに少し戻ってもらい、鎌沢→三国山→醍醐丸→和田峠のルートにしました。
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【06】撮影:土屋 千鶴子=09時34分
タクシーの運転手氏のガイドではこの辺りはお茶の栽培が盛んとの事。
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【07】撮影:土屋 千鶴子=09時35分
良く手入れされた生垣です。このお宅は3世代同居で元気な年寄がしっかり庭の手入れをしていると想像するのですが。
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【08】撮影:土屋 千鶴子=09時35分
登山口の標識があります。
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【09】撮影:伊藤 幸司=09時36分
茶畑の里として、平成21年(2009)に「日本の里100選・佐野川地区」に選ばれたのだそうです。昭和40年代からの高度成長期に養蚕がだめになり、酪農がだめになり、薪炭の需要がなくなって、やむなく茶畑を作り始めたのだそうです。今はその茶畑と養蚕時代に建てられた古民家と土蔵が山村集落のシンボルとして評価されたようです。
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【10】撮影:土屋 千鶴子=09時38分
もうひとつ、このあたりは竹栽培も盛んで美しい竹林が目を引きます。
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【11】撮影:伊藤 幸司=09時40分
車道が行き止まったところから登山道になると、まずは美しい竹林を抜けます。この発見写真旅062の「殿ヶ谷戸庭園」でモウソウチクを見ましたが、これも節が一重なのでモウソウチクだと思います。マダケなら二重だそうです。
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【12】撮影:伊藤 幸司=09時53分
稜線に出ると、この植林地が広がっていました。十分に手入れが行き届いているとはいえませんが、おだやかな明るい森になっていました。
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【13】撮影:伊藤 幸司=09時55分
じつは予定を変更したためにこの道がどこにどのように通じているのか、登山口の略図で見ただけです。登り詰めると三国山と生藤山になるはずです。
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【14】撮影:伊藤 幸司=10時00分
苔生したサクラの老樹。「桜のプロムナード」という看板がありましたから、甘草水を経て三国山までこの道は間違いなく続いているのでしょうが、サクラはやっぱりダメですね。10年ほど前から「てんぐ巣病」というのに侵されて花見の名所が悲惨な状態になったのだそうですが、それがそのまま放置されているようです。
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【15】015===1000=2099  
撮影:土屋 千鶴子=10時00分
ふたりしずか。偶然木洩れ日があたり、運いいかも。
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【16】撮影:土屋 千鶴子=10時06分
赤いいちご。もちろんみなさん摘まみましたよ。
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【17】撮影:伊藤 幸司=10時08分
フタリシズカが登場しました。ヒトリシズカはこの状態になっても若い日の面影を残すブラシ状の白い花(穂状花序)を1本伸ばしていますが、フタリシズカは数本の穂状花序を伸ばしているとはいえ、花と認めるには相当譲歩しないといけないようなお粗末な感じ。まあ、ヒトリシズカという名前の名花のおかげで、あれば「あった」とは思うけれど……。
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【18】撮影:伊藤 幸司=10時09分
植林した森がどこまでも続く、という感じです。
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【19】撮影:土屋 千鶴子=10時24分
最初の休憩。最初から急登でした。湿度も高いので充分の水分補給。
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【20】撮影:伊藤 幸司=10時27分
甘草水で休憩。このあたりのサクラの木には小さなサクランボがついていました。もちろんだれかが食べてみましたが……。
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【21】撮影:伊藤 幸司=10時29分
このあたりのサクラの木は緑の枝を大きく広げていました。花見は可能になったのでしょうか。昔のガイドブックに「花見の名所」として書かれていた、まさにその場所です。
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【22】撮影:伊藤 幸司=10時31分
これが甘草水。平成17年(2005)に多くのボランティアに助けられてこの泉を再整備したと解説板にありました。
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【23】撮影:伊藤 幸司=10時43分
これはサクラの木としては破格の巨木ではないでしょうか。最盛期の生藤山の「桜のプロムナード」は600本といわれますから、一見の価値有りだったに違いありません。
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【24】撮影:伊藤 幸司=10時44分
マムシグサのたぐいがありました。仏炎苞はお疲れ気味という感じなのに、葉はみごとに茂っています。この葉の伸ばし方がじつはおもしろいと思っています。一度、どこかで、自分のからだに巻き付かせるように葉を伸ばしているのを見てからです。これだって、大量の葉を侍らせているという感じがします。
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【25】撮影:土屋 千鶴子=10時46分
昨夜から少しのお湿りがあり、土や木を落ち着かせています。
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【26】撮影:土屋 千鶴子=10時48分
山あじさいですこれから先沢山でてきました
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【27】撮影:土屋 千鶴子=10時50分
三国山です。
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【28】撮影:土屋 千鶴子=10時52分
やま帽子のおおきな木が、あっちこっちにおおらかに枝を広げています。
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【29】撮影:伊藤 幸司=10時54分
三国山の山頂には花盛りのヤマボウシがありました。なんともみごとな林立状態の花です。
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【30】撮影:伊藤 幸司=10時56分
こんなかたちで花を上向きに咲かせているので、見上げてもよく見えないというのが普通です。稜線を歩いているときによく見るのは、下の斜面から伸び上がっている木を、見下ろす形になることが多いからです。箱根の金時山の稜線にはヤマボウシの古木がたくさんあります。これなどは若々しいヤマボウシというべきでしょうか。
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【31】撮影:伊藤 幸司=10時56分
花の重みで……というわけではないでしょうか、こちらに向かって垂れ下がっている枝がありました。純白の花に見えるのは4枚の総苞片。つぼみを包んでいた小さな葉が、ここまで華やかに、存在感を増してきました。
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【32】撮影:伊藤 幸司=10時56分
1912年、東京市長の尾崎行雄がソメイヨシノをアメリカに送って、ワシントンのポトマック川に桜堤が誕生しました。その返礼にアメリカから贈られたのがハナミズキ(アメリカヤマボウシ)。近年街路樹として人気が出て、私の家のまわりにある植木農園ではみごとな花見ができました。でも山で見るヤマボウシの白は色とりどりのハナミズキを完全に凌駕しています。
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【33】撮影:伊藤 幸司=11時08分
コアジサイも咲いていました。このブルーのしみた白い花がこの時期の山の花の大きな魅力のひとつだと思います。
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【34】撮影:伊藤 幸司=11時09分
これがたぶん、今日のルートで足元にあった最大の群落。この小さな一郭だけのことですが、十分に楽しい花畑だと思いました。
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【35】撮影:伊藤 幸司=11時12分
陣馬山まではまだまだです。陣馬山から高尾山までの縦走路にはピーク毎に巻き道があって、ランニングの人たちはほとんどそちらを通るのだと思いますが、こちら側、陣馬山から三頭山への笹尾根にも要所、要所に巻き道があります。私たちは巻き道を選ばずに、茅丸と醍醐丸への登りにかかります。
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【36】撮影:土屋 千鶴子=11時13分
茅丸。
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【37】撮影:伊藤 幸司=11時17分
標高1,019mの茅丸山頂。計画書にないルートを歩いているので、これから先の、今日の運命が気になります。
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【38】撮影:伊藤 幸司=11時17分
実はこの茅丸山頂が、今日の最高地点。当初予定の最高地点だった陣馬山の標高855mより(この山域の凹凸感でいえば)圧倒的に高いのです。
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【39】撮影:伊藤 幸司=11時21分
名のついたピークに登れば、その後には下りがあります。遠くから見たときに稜線の「登る」「下る」がそれをピークと認識させているわけですから。縦走というのは地図上ではしばしば「平ら」に見えるのですが、肉体的にも精神的にも疲れるのはワクワク感の少ないこういう下りのときでしょうか。
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【40】撮影:伊藤 幸司=11時29分
もちろんイメージ以上に「平坦」な部分もあります。こういうところで、ここを歩いている自分の幸福感のようなものを楽しめれば、疲労はすぐに消えていきます。関節をきちんと使って、左右のバランスを整えつつ……、次にどんな登り返しが待っていようと、ここで気持ちをリセットしてしまうのが得策です。
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【41】撮影:伊藤 幸司=11時38分
花を咲かせるために地上に出てきたばかりのギンリョウソウ。漢字で書くと銀竜草とカッコいいけれど、ベニタケの仲間の菌類に寄生するという弱者連合の感じ。恐れ恐れ世の中に頭を出してみた瞬間、という感じは初めて。
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【42】撮影:伊藤 幸司=12時18分
これぐらいの小さな起伏がある、あるいは小さな起伏しかないと、稜線歩きはものすごく楽しいのです。
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【43】撮影:土屋 千鶴子=12時31分
醍醐丸。
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【44】撮影:土屋 千鶴子=12時51分
もみじいちごが出てきました。前出の赤いのより味が濃いです。
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【45】撮影:佐藤 時子=12時52分
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【46】撮影:佐藤 時子=12時52分
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【47】撮影:伊藤 幸司=12時53分
道端のモミジイチゴが、こんなみごとな実を私たちの目の前に登場しました。手を伸ばすと指先がこの実に届いてしまいます。手を引っ込めるわけにもいかず、もちろんおいしくいただきました。糸の会では基本的に登山道を一歩も踏み外さないで歩きます。歩くだけ、見るだけの山歩きです。でもそういいながら、手の届く範囲にモミジイチゴの実があったら、いただくことにしています。もし責任者たる私に窃盗罪が問われても、それを反省、はしません。熟したモミジイチゴだけはdその時期にその山を訪れた登山者に対する山からのご褒美と、勝手に思い込んでいるからです。
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【48】撮影:伊藤 幸司=12時53分
モミジイチゴの思い出はいくつかありますが、奥武蔵の丸山では、モミジイチゴとヤマボウシがセットで最高の状態でした。この気分、どうですか。
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【49】撮影:伊藤 幸司=12時54分
こんな株が道際に、はみだしてくるような元気さで列をなしているのです。登山者の少ない東北の山を歩いているような気分になりました。
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【50】撮影:伊藤 幸司=12時58分
葉っぱがモミジに似ているからモミジイチゴだそうですが、この黄色い実が見えたら基本的にこのイチゴです。「黄苺」という別名もあるそうです。木苺の実は基本的にすべて、ヘビイチゴでも
食べられるといわれていますが、正直、おいしくありません。このモミジイチゴだけが例外中の例外。持って帰りたいと思うほどです。
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【51】撮影:土屋 千鶴子=13時01分
白い花。
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【52】撮影:土屋 千鶴子=13時01分
登山道の側に出てくるわ出てくるわ、たっぷり食しました。
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【53】撮影:佐藤 時子=13時03分
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【54】撮影:伊藤 幸司=13時04分
ものすごくきれいな花が咲いていました。「きれいだわー」などとみなさん写真を撮っていたので最後に私も撮っただけなのですが、なかなかの美人、という感じでした。
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【55】撮影:伊藤 幸司=13時05分
蛇足かもしれませんが、2枚目のアップの写真。白がとてもきれいです。スイカズラの花の最高の状態かと思います。
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【56】撮影:伊藤 幸司=13時12分
首都圏にはこういう道がけっこう多いのです。周囲のスギ林が手入れされずに放置された状態です。この状態がさらに陰湿な雰囲気になってくると怖い風景にもなってきます。
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【57】撮影:佐藤 時子=13時17分
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【58】撮影:伊藤 幸司=13時18分
マムシグサかその仲間ですが、枝を2本、こちら側と向こう側に伸ばして葉を広げています。手前側の枝には葉が5枚ついているのですが、葉は3枚出ていて、左右に並んでいる根元の葉からそれぞれ1枚が分かれて出ていて、合計5枚となっています。その枝分かれがなければ5本指にあたる掌状複葉なのですが、こうなると鳥足状複葉なのだそうです。それにしてもマムシグサは葉を自分のまわりにぐるりと張り巡らせるようなかたちになりますから、ずいぶんシンプルだなあと思ったのです。ところが向こう側の葉がどんなふうに枝分かれしているのかよく見えません。撮り方が下手、というわけです。ちなみに図鑑では鳥足状複葉では葉(小葉)は7〜13枚と書かれていますから、手前側の5枚はどうなるのでしょうか。
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【59】撮影:伊藤 幸司=13時27分
9時出発予定だった和田峠に到着しました。東京都側は陣馬高原下バス停のところからここまで道は開いていましたが、神奈川県側はここから、私たちが引き返さざるを得なかった和田バス停のすこし上まで通行禁止となっていました。峠には車やバイクがかなり止まっていましたが、自転車もかくのごとし。サイクリングではこの和田峠が「ヒルクライマーの聖地」と呼ばれているらしいのです。
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【60】撮影:伊藤 幸司=13時48分
階段状の急坂を登って、陣馬山山頂に到着しました。
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【61】撮影:伊藤 幸司=13時50分
ところがこのとき、最後の階段のところで約1名が動けなくなっていました。疲労というよりも、バランスが崩れて立てないという状況。脳の異常も疑われる状況でしたが、久々の山歩きで体がまだ慣れていない夏の気候。熱中症とはいえないまでも、それに類する体調不良であったようです。横になって休んだり、冷たいものを飲んだりして、回復しました。
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【62】撮影:伊藤 幸司=14時56分
陣馬山の山頂から、向かいの山の中腹に見える集落が、じつは今日登り始めた鎌沢の登里、その最上部の家だったということを茶屋の親父さんから教わりました。
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【63】撮影:伊藤 幸司=14時56分
これはその鎌沢の登山口。「県立鎌沢休憩所(トイレ有り)」というのも白い点として写っています。9時31分に撮った陣馬山の写真はそこからでした。
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【64】撮影:土屋 千鶴子=14時56分
目的の陣馬山。これは茶店。みなさんアイス、味噌汁、コーヒー。ご自分の好みで長休憩。
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【65】撮影:伊藤 幸司=14時59分
9時にここを出発する予定だったのが15時になってしまいました。和田峠から車道を陣馬高原下バス停へとのんびり下ることにしました。今日はここが到着地点となりました。
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【66】撮影:伊藤 幸司=15時21分
下りで約40分というこの道でかつてドラマチックな体験をしたことがあります。1998年の1月20日でしたが、下界が雨、陣馬の湯から登り始めると次第に雪となり、陣馬山山頂は深い新雪となっていました。エスケープのつもりでこの道を下ったのですが、私が持っていた3組の軽アイゼンを片足ずつ6人につけてもらいました。そして私はダブルストックでノーアイゼン。この道に雪はついていませんでいたが、ときおり雨水が流れ出る場所があって、そこが薄く凍っていました。私は全知全能を傾けて歩きましたが、バス停までに3度みごとに転びました。大きなザックをクッションにして転んだので体に負担はかけませんでしたが、冬の舗装路の怖さを知ったのです。
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【67】撮影:伊藤 幸司=15時28分
この陣馬街道(都道521号・上野原八王子線)沿いの人工林ははさすがに手入れが行き届いているように見えました。かつてはこういう杉林が美しい森林ナンバーワンとされていたのです。まだ花粉症が社会問題になる前のことですが。
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【68】撮影:土屋 千鶴子=15時40分
またたびの花。陣馬山を和田峠に下り、陣馬高原下に向かって車道歩きの時発見。
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【69】撮影:伊藤 幸司=15時43分
ブレてしまいましたが、マタタビが道路に花を差し出していました。なんとも可憐。よく見ると、葉もなかなか品があります。
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【70】撮影:伊藤 幸司=15時43分
マタタビのつぼみ。枝の元から先へと順番に咲いていくみたいです。
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【71】撮影:伊藤 幸司=15時59分
きれいな竹林もありました。今日登り始めの鎌沢あたりでは竹が産物のひとつということでしたから、これも商品としての竹のように思われます。
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【72】撮影:伊藤 幸司=15時59分
マタタビは道筋にいろいろあったのですが、葉の様子がうまく撮れたのはこれぐらいかなぁ。そのつもりで撮らないと白い部分が露出オーバーに■コメント:
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【73】撮影:伊藤 幸司=16時02分
時間を見ずにバス停まで下ったら、順番も上位なら待ち時間もわずかというラッキーな結果になりました。そうでなければ40分を立って乗らなければいけないところでした。
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【74】撮影:土屋 千鶴子=16時02分
ここからバスに乗りJR高尾駅にいきますそれからお風呂のフロッピーへ。歩行時間6時間余、歩数3万弱お疲れ様でした。冷えたビールが目にちらつきますね。
■コメント:

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【75】撮影:伊藤 幸司=18時29分
入浴はバスが着いた高尾駅北口から、入場料120円をケチって大回りして南口へ。ギリギリ間にあった無料送迎バスで「高尾の湯ふろッぴィ」へ。送迎バスが登山客で満杯だったので、土曜日でもありムチャクチャ混んでいるかと思ったら、食堂などものすごく静かでした。
■コメント:

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