発見写真旅・展(128)――2016.11.16 奥久慈・男体山(48パワー)<b> 発見写真旅・展(128)――2016.11.16 奥久慈・男体山(48パワー)


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追加1……1997年11月22-23日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

追加2……1999年4月14-15日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

追加3……2001年11月14-15日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司
追加4……2004年4月24-25日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司
追加5……2005年11月26-27日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司
追加6……2007年11月13-14日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司
追加7……2009年11月10-11日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司


★糸の会山行 1012 奥久慈・男体山(48パワー)────2016.11.15-16の2日目
*登り10p→稜線38p

*首都圏からだとわざわざ1泊するには小粒に見えるのがこの奥久慈・男体山。今回もけっこう考えて1日目の「腹ごなし」にはちょっとヘビーな明山(みょうやま・発見写真旅127参照)を加えました。また終点を観光地の「袋田の滝」にするため、計画書としてはけっこう軽いイメージになってしまいます。
*しかし水戸方面の人にとっては紅葉の名所のひとつ。今回、その紅葉がアタリだったので「紅葉の稜線」の素晴らしさを再現したいと思いました。
*念のため、計画書に書いた予想は以下のとおりです。
────日程的にはドンピシャの紅葉のはずですが、テレビに映る各地の紅葉はどうもイマイチ。10cの高峰高原のカラマツは黄金に輝いていましたが、10dの瑞牆山は(天気も悪かったですが)カラマツそのものがダメでした。ですから水戸方面の人にとっては自慢の奥久慈・男体山の紅葉がどうなるか? 期待を裏切られるリスクも考えておかなければならない立場です。────


11月16日
・0905……大円地(おおえんち)登山口を出発(標高約250m)
・0910-15……衣類調節の休憩(標高約300m)
・0935-40……休憩(標高約400m)
・1045-1100……男体山山頂(標高654m)
・1140-45……休憩(標高約500m)
・1235-50……休憩(標高約400m)
・1340-45……第二展望台(標高約400m)
・1400-05……大焼砂分岐(標高1,364m)
・1525-30……鍋転山(なべころがしやま・第二展望台)で休憩(標高422m)
・1410……国道への分岐(標高約400m)
・1445……月居山(標高404m)
・1545……袋田の滝・展望台に到着(標高約100m)


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の2人です。
稲田 郁子(14点)
伊藤 幸司(95点)


このalbumシリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。
(期間を限定せずに)ご覧いただいたみなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:稲田 郁子






撮影:伊藤 幸司






































追加1……1997年11月22-23日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司






追加2……1999年4月14-15日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司












追加3……2001年11月14-15日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司












追加4……2004年4月24-25日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司










追加5……2005年11月26-27日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司








追加6……2007年11月13-14日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司














追加7……2009年11月10-11日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司









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【01】撮影:07時28分=伊藤 幸司
泊まったのは袋田駅に近いホテル河鹿園。朝食も大胆な省力化が図られていましたが、このホテルの成り立ちからいって、まあ、理解できる範囲だった……ということにしておきましょうか。
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【02】撮影:07時58分=伊藤 幸司
ホテルご自慢の岩風呂。昨日着いたときにはすでに真っ暗だったので、久慈川の流れに臨むこの贅沢な風景は見えませんでいた。
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【03】撮影:07時58分=伊藤 幸司
タクシーで一気に(ではなくて小さな買い物のためにコンビニに寄ったりして)男体山に向かいました。山裾を一周するスーパー林道(奥久慈パノラマライン)が使えるようになって、タクシーはずいぶん便利になりました。
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【04】撮影:08時56分=伊藤 幸司
この明暗差で、歩きながら撮るには無理なのは判っていても、青空と山頂を見ると撮りたくなります。
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【05】撮影:08時57分=稲田 郁子
奥久慈男体山山頂のアップ。我々の歩いた健脚コースは、こちら側から登っているのだが、この岩壁の一番左のほうだろうか。山頂のアンテナにはがっかり。
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【06】撮影:08時58分=伊藤 幸司
登山口の駐車場にトイレがありました。男体山の山頂にはすでに日が当たっています。
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【07】撮影:08時59分=伊藤 幸司
なかなかすごい岸壁ですこれを右手側からゆるやかに回り込んでいくのが一般ルート、左側に回り込んで一気に登るのが健脚ルート。テレビ中継アンテナのあるところが山頂です。
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【08】撮影:09時02分=伊藤 幸司
男体山の全貌が見えてきました。なによりもまず気になるのは紅葉のぐあいです。この山頂から細く長くのびる稜線をたどって袋田の滝まで。どんな紅葉が待っているのか。
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【09】撮影:09時03分=伊藤 幸司
大円地(おおえんじ)の最後の集落が味わいのある風景を形づくっているのですが、右手に見える幟は大円地山荘というそば屋。縦走登山の場合はそのスケジュールとそばの営業時間を合わせるのはちょっとむずかしいけれど、宿泊も可能とのこと。水郡線・西金駅からトコトコ歩いて、ここで泊まるという計画も可能です。まだ未体験ですが。以前、西金駅に近い湯沢の2件の温泉宿が営業していたころ、夜明けとともに歩き出したことがありました。ここで泊まれれば男体山のいい風景とも出会えそう。
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【10】撮影:09時08分=伊藤 幸司
小さいながら、茶畑もありました。
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【11】撮影:09時14分=伊藤 幸司
深い樹林に踏み込んでいきますが、健脚ルートは最初からけっこうな急登です。
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【12】撮影:09時43分=伊藤 幸司
人工林から自然林へと入り込むと、たちまち紅葉の風景と出会いました。
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【13】撮影:09時45分=伊藤 幸司
さすがに水戸方面の人が大いに自慢する紅葉です。
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【14】撮影:09時49分=伊藤 幸司
登山口から見た男体山の岩壁を思い出せば、私たちはその裾の部分を左手へと回り込んでいます。
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【15】撮影:09時51分=伊藤 幸司
陽光が差し込んで、空が青ければ、紅葉は、まずは心楽しい世界を作り上げてくれます。何幕もの長大な芝居がこれから始まる気分です。
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【16】撮影:09時55分=伊藤 幸司
ここをわざわざ通らなくても良かったのですが、最後尾で遅れると、どうしても直線的なルートをとりたくなってしまいます。
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【17】撮影:09時56分=伊藤 幸司
明るい尾根に出ると、山頂の一角が見えました。
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【18】撮影:09時57分=伊藤 幸司
岩場が展望台になっていて、関東平野に向かって小さな起伏がいくつもいくつも続いているのが見えてきました。
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【19】撮影:09時58分=伊藤 幸司
明るい登山、という雰囲気になってきました。
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【20】撮影:10時02分=稲田 郁子
鎖場や梯子の連続で、なかなか登りでがあった。
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【21】撮影:10時07分=伊藤 幸司
露岩が出始めると、当然樹林も浅くなります。道すじが明るくなり、クサリやロープが出てきます。
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【22】撮影:10時09分=伊藤 幸司
赤い額縁の絵、という印象になりました。
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【23】撮影:10時25分=伊藤 幸司
クサリ、クサリ、またクサリ、という感じですが、クサリがあるから使うというのではなく、クサリを安全装置として脇に置いておいて、自力で登る範囲をできるだけ広げる努力をしておきたいところです。ストックで登れる範囲の先に、三点支持で登れる領域があり、さらにその先にクサリを頼りにさせてもらう部分がある……という技術的なメリハリを保てる間は事故の危険は少ないと考えます。
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【24】撮影:10時26分=伊藤 幸司
ストックはダブルで使う、という領域から、山側の手を自由にして(握りをはずすだけにして、ストックはベルトで手首からぶら下がっている状態にします)ハンドホールドを確実にする、谷側のストックで手が長く伸びた利点を活用できなくなったら、積極的にクサリを利用するという段階ですが、危険度が高ければ完全な三点支持で安全性を確保するため、ストックをきちんとしまいます。リーダーとしてはほんの1歩か2歩でも通過に危険を感じる人がいたならば、スリングを絡めるなどして(クサリを握力だけで利用する危険を避けるべく)安全性を確保します。
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【25】撮影:10時07分=伊藤 幸司
どんどん山頂に近づいているという雰囲気です。でもこのパターンにしばしば裏切られるのは、この上から改めて仕切り直すということも結構多いからです。
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【26】撮影:10時42分=伊藤 幸司
山頂のこの気分、標高わずか654mながら天下を取ったような気分になります。
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【27】撮影:10時42分=伊藤 幸司
このこまかなひだが並ぶ地形は、海底から隆起した火山由来の地層が斜めに反り上がったもののようです。緑の衣を剥がせばけっこう鋭利な岩稜なんだと思います。
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【28】撮影:10時42分=伊藤 幸司
日光連山だと思います。左端が男体山で、奥にチラリと白根山? 右側の高い山は女峰山だと思われます。
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【29】撮影:10時43分=伊藤 幸司
こちらは那須連峰。左側の丸みのある山頂が茶臼岳(那須岳)で右端が(たぶん)三本槍岳という感じですが……。
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【30】撮影:10時45分=伊藤 幸司
久慈川の谷を見下ろしています。JR水郡線の袋田駅と西金駅の間にある上小川駅が川のこちら側にあるのですが、かなり拡大して見てもかろうじて、という程度にしか見えません。
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【31】撮影:10時46分=伊藤 幸司
山頂にある男体神社奥社。本社はJR上小川駅から男体山方面に入ったところにあるそうです。
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【32】撮影:10時51分=伊藤 幸司
男体山山頂での私たちの関心は筑波山でした。見えている山のどれかだとは思いましたが、結局どれかわかりませんでした。
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【33】撮影:11時21分=伊藤 幸司
袋田の滝へと向かって歩き出すと、私は必死に赤い葉っぱを探しました。これはずいぶん大きな葉でした。オオモミジではないかと思います。
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【34】撮影:11時22分=伊藤 幸司
何という木かわかりませんが、風にたなびく感じがユニークでした。
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【35】撮影:11時30分=伊藤 幸司
こういう秋色の道が延々と続く、はずなのです。
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【36】撮影:11時30分=伊藤 幸司
前の写真をクローズアップしただけですが、印象はずいぶん変わってきます。歩きながら思わぬところに思わぬ色を見つける楽しさがここにはあります。
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【37】撮影:11時31分=伊藤 幸司
空が青いということが秋景色には決定的にラッキーですね。
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【38】撮影:11時31分=伊藤 幸司
私にはイロハモミジの典型的な光景かなと思います。細くてシャープな枝がこの大量の葉っぱを支えています。
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【39】撮影:11時32分=伊藤 幸司
これもモミジなんでしょうね。同じ場所で同じ日に、いろいろな色のモミジ、という感じ。
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【40】撮影:11時39分=伊藤 幸司
これくらいの起伏を繰り返しながら、稜線の道はゆっくりと下っていきます。男体山山頂の654mから約40分で、このあたりは標高約500m。この先標高約400mの稜線が伸びていく形になります。
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【41】撮影:11時44分=伊藤 幸司
色づいた葉っぱよりも、私は枝に惹かれました。
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【42】撮影:11時45分=伊藤 幸司
これは緑の葉が主役を張ってまだ頑張っている色戦争という感じ。
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【43】撮影:11時52分=稲田 郁子
縦走路の途中。真紅の紅葉も見られて素晴らしかった。これは撮る人をメインに。
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【44】撮影:11時57分=伊藤 幸司
秋色の中では元気な緑色も主役に躍り出てくる可能性があるんですね。
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【45】撮影:11時57分=伊藤 幸司
黄色い葉に関しては、どちらかというと見たくない、視野から排除したいという気持ちがあって、無意識に赤い「紅葉」を求めていました。しかし、黄色く色づいた葉もそれなりに「人生」を感じさせます。きちんと見れば、語りかけてくるような気がします。
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【46】撮影:11時59分=伊藤 幸司
私たちが歩く稜線は基本的に痩せ尾根です。袋田の滝に向かって、左側は久慈川の谷で、切り立った崖になっています。
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【47】撮影:12時02分=伊藤 幸司
錦織りなす紅葉ということで、さまざまな色を楽しもうとしているのですが、でもやっぱり「赤」が主役です。
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【48】撮影:12時04分=伊藤 幸司
以前、この時季、この稜線で出会った2人組のおばさんチームは、この紅葉を「毎年見に来ます」と誇らしげに言っていました。水戸からだそうですが、標高200m前後の袋田の滝が紅葉に彩られる頃には、この稜線も見頃になっている、と自慢げに教えてくれました。
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【49】撮影:12時04分=稲田 郁子
稜線が入り組んでいて、谷へ下りていく場面も多く、面白いコースである。
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【50】撮影:12時12分=伊藤 幸司
地図上ではここがどこかはほとんどわかりませんが、私の地図で男体山から8パワーあたり、標高約500mから400mへと一気に下ります。このあとすぐ、右手に浅い沢が出てきて、そこにそそぐ小さな涸れ沢を小さな橋で渡ります。
男体山から袋田の滝までの縦走ルートは「標高差50m」と「水平距離約500m」をそれぞれ「1パワー」として数えていくと地形図上で38パワー。それを1時間に8パワーのスピードで歩くと5時間弱ということになります。結果としてこの日も1100に男体山を出て1545に袋田の滝に着きましたから、休憩時間を含めて「時速8パワー」は無理のない山歩きだったといえます。ここはまだ「標高約400m」の長い稜線の入り口という感じでしょうか。
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【51】撮影:12時17分=伊藤 幸司
進行右側の斜面がゆるやかに谷へと下る感じになって、登山道はその斜面を巻道ふうに進んでいきます。明るい尾根から深い森の中へと導かれていくような気分です。
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【52】撮影:12時18分=伊藤 幸司
圧倒的な秋色の中を歩いていきます。紅葉を見飽きるという感じはなくて、新しい風景の中に入り込んでいくという感じがしました。
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【53】撮影:12時19分=伊藤 幸司
道はとてもしっかりしています。古くから踏み固められてきた道だからでしょうか。
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【54】撮影:12時28分=伊藤 幸司
夏にはポツポツと花が登場する道ですが、お花畑にはほど遠い。秋の絢爛豪華がこのルートの晴れ舞台ということになるようです。
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【55】撮影:12時30分=伊藤 幸司
もう15年以上前になりますが、10月13日に尾瀬の竜宮小屋の背後の森で文字通り「錦繍」と呼ぶにふさわしい秋景色を見たことがあります。赤〜黄〜緑の無数の色が頭上をドームのように覆っていました。その足元にも及ばないとはいえ、ここを進んでいく気分は贅沢です。
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【56】撮影:12時39分=伊藤 幸司
道標があって、ベンチ風の倒木がありました。日の射しぐあい、風の吹きぐあいがものすごく良くて、地図上のメモで「1235-45-50」という休憩をしました。つまり糸の会では5分休憩で給水、10分休憩でエネルギー補給としているのですが、その10分休憩が5分延びたという意味です。しっかり腰をおろして、おにぎりやらパンやら、エネルギーになるものを食べながらおしゃべりをして、瞬間時間を忘れる、というときにはサッカーで言う「プレーを流す」のに似た休憩延長をすることにしています。
このルートでは袋田の滝に下る前に城跡の月居山があります。従ってここは男体山〜月居山のほぼ中間点というべきところ。気持ちをリフレッシュさせる休憩になるなら、その価値があります。温度よし、風よし、風景よしという意味で、プラス5分の価値はリフレッシュメント効果としてものすごく大きいものになります。私はじつは、座るよりも立ったまま休憩したいタイプなので、邪魔にならないようにちょっと身を引いて周囲の写真を撮ったりしています。
以前は休憩のタイミングと時間を決めてチーム全体のパワー(と安全)を最大限引き出すのがリーダーの腕の見せどころと考えていたのですが、みなさん100回オーバー、200回オーバーのお付き合いなのでトップを「10分交代」にしてルートファインディングや休憩設定などをトップの完全自由にしています。その結果「水飲み休憩」というのが自由に設定されるようになりました。私はそのときに、全体を見ながら、必要に応じて「5分休憩」や「10分休憩」にしてもらいます。
休憩ではザックを置いて、飲み物なり、食べ物を、とにかく口に入れる。そしてできればそれを「気持ちいい」休憩にする、「記憶に残る」休憩にする、ということをみんなで大事にしたいと考えます。
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【57】撮影:12時41分=伊藤 幸司
みなさんが並んで腰を下ろしている休憩場所の、背中側、久慈川に落ちていく斜面です。
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【58】撮影:12時42分=伊藤 幸司
休憩場所の頭上はこんな風景でした。
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【59】撮影:12時49分=伊藤 幸司
休憩してリフレッシュすると、紅葉を見る目もリスタートです。
私は山歩きでの写真を自分の価値基準ではなく、「初めて参加した人の目」に近づけます。どんな出来事でも「今日初めて」とか「山歩きで初めて」といえるものだったらできるだけこまかくシャッターを切っておこうと思います。だから初心者向きのあまりパッとしない山でも、撮るべきものは出てきます。1輪しかなかった花もできるかぎり逃さないようにします。そして同時に、その日、その山で見た「印象に残る」光景を私の観察能力としてみなさんにお見せしたいと考えます。以前は写真のプリント(まだ今回参加者のサインのない分)を束にして、山に行く電車でみなさんに見てもらっていました。いまはこの「発見写真旅」がその代わりとなっています。
さて、言い訳が長くなりましたが、この写真、解説はつけられません。でもこのとき、この葉っぱたちが、目の前で突然ポーズをとったように見えたのです。
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【60】撮影:12時58分=伊藤 幸司
じつは歩きはじめの最初から、この斜面に期待していたのです。いつだったか、ここで真っ赤なモミジ(イロハモミジだと思います)を見つけて、その1本を印象づけたいがために休憩としたことがありました。今回はすでに赤い紅葉をたくさん見てきたので、期待はさらに大きいものがありました。
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【61】撮影:13時00分=伊藤 幸司
うわ〜、強烈な赤というわけではありませんね。残念ながらここで休んで「記憶に残る」というもんじゃありません……でした。記憶にあるものを予定調和的に使おうと思うと、あまりいい結果とならないことが多いと感じます。受け身になるからか、計画全体にマンネリ感がただようことにもなりかねません。その日、その時の「出合い頭」に目を凝らすべきなのでしょう。
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【62】撮影:13時02分=伊藤 幸司
赤い斜面をゆっくり抜けていった記憶があります。
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【63】撮影:13時08分=伊藤 幸司
道はふたたび稜線をたどります。どうです? この道。東京からだと日帰りがちょっと無理ですし、泊りがけにするとなると「ほかにもっといいところ」という目移りがはじまります。ここに参加しているメンバーの中には、最初にここに来たときに、初めてイワウチワを見たという17年前の瞬間のことをまだ語ります。そういうたくさんの人たちが踏んで作った道だと思います。
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【64】撮影:13時09分=伊藤 幸司
この辺りまでくると、もう見た目の色の云々ではなくて、からだの本体(幹や枝)と作業現場としての葉との最後のやりとりと見えてきます。
黄色い葉っぱは、外気温が下がってくると作業現場のクロロフィル(葉緑素)が分解されて、背後に隠されていたカロチノイド(黄色いカロチン類)がどんどん表に出てくるのだそうです。
それに対して本体側が自分を守るために早めに葉とのエネルギー回路を遮断する植物では、作業現場の葉では従来通りの光合成が行われていて、生産された糖が本体に運ばれずに葉に蓄積されていきます。このダブついた糖から赤い色素のアントシアニンが生産されて葉を赤くするのだといいます。
モミジの紅葉では同じ木の葉が赤かったり緑だったり黄色の部分もありますが、日光の当たり方と日夜の温度差、湿度(葉の水分)などが微妙に影響し合うのだそうです。
赤や黄色の、その極にある仕上がりだけを求めていると、ひょっとしてもっと面白い自然のドラマがあるのを見落としてしまうぞ、という気分になってきました。
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【65】撮影:13時19分=伊藤 幸司
見事な赤。晩秋の陽光をたっぷり浴びてこの色になったのでしょう。
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【66】撮影:13時29分=伊藤 幸司
森のなかでは生えている木の種類によって雰囲気が変化しますが、秋には日当たりの微妙な違いによって枝ごとに、ときには1枚の葉の中で色づきが変化するのだそうです。秋という天気・気候が広葉樹をキャンバスにして描いた「気候画」というべきかもしれません。
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【67】撮影:13時32分=伊藤 幸司
永遠の成長を夢見る「自分」がこの写真に見えている黒くて細い幹と枝……だとします。すでに今年の成長スケジュールは終わったとして、1枚、1枚、すべての生産拠点だった葉っぱとの連絡通路を遮断しました。葉っぱにはまだ太陽光を受けて炭酸同化というプロセスで生産された炭水化物が溜まっていきます。でも「自分」はその生産物を受け取らないし、根から組み上げた水分も送ってやらない。見捨てたのです。
まだ生産活動を完全にはやめていない葉っぱは、秋になって蓄積した糖類やアミノ酸と太陽光との化学反応で赤色色素のアントシアニンを作り出します。春から夏に活動した緑色色素のクロロフィルは気温が下がり、日照時間が短くなると分解して、背後に隠されていた黄色色素のカロテノイドが表に出てくるかたちになるのだそうです。
緑色野菜や黄色野菜の栄養素が、本体から切り離された1枚1枚の葉っぱの中で「暴走し始める」のではないかと想像するのですが、たとえば「日中の気温が8度Cを下回るような激しい冷え込み」などがあり、光合成を促す十分な太陽光があって、葉っぱの1枚1枚の状況に応じた赤色色素の生産活動を(あるいは同時に緑色色素の分解を)一気に加速させて、ゴージャスな「散り花」となる……というふうに見えてきませんか? ひょっとすると自分たち(葉っぱ)を一方的に切り捨てたもう一人の自分(幹や枝や根)に対する叫びとして。
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【68】撮影:13時43分=伊藤 幸司
3時間近く歩いてくると、初めて展望台が現れました。第二展望台と書かれていました。
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【69】撮影:13時48分=伊藤 幸司
そしてすぐに第一展望台。地形図に「422.7m」とある鍋転山(なべころがしやま)です。ここから鍋を落とすと久慈川まで転げ落ちてしまう、というような意味でしょうか。もっとも地形図には山名はなく、私の古い行動記録には「後山」とありました。
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【70】撮影:14時01分=伊藤 幸司
もう終盤かと思っていたら、また深い山に迷い込んだ感じです。
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【71】撮影:14時29分=稲田 郁子
第零展望台で男体山が久しぶりに見えて開放感を味わった。
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【72】撮影:14時36分=伊藤 幸司
そしてここ、このルート唯一の巻道があるのですが、ほんのちょっと登るとこの展望台。ここで初めてスタート地点の男体山を振り返ることができるのです。
この写真ではわかりませんが、写真上部に見える山々のうち、ほぼ中央の小さな突起が男体山。次の写真を御覧ください。
……今回は女性7人で男性の参加はゼロ。71歳の私を含めて平均年齢69歳のシニアチームです。
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【73】撮影:14時36分=伊藤 幸司
あの、テレビ中継糖がなければわからないところですが、唯一この場所から、こんなふうに思わせぶりに見えるのも、このルートの仕掛けの絶妙なところだと思います。
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【74】撮影:14時37分=伊藤 幸司
「男体山遠望」をもう一度広い視野で見てみます。この写真のデータ量をもう少し上げれば、前の写真と同様に見えてきます。ここでは網目模様になってしまいますけれど。

私はメインの一眼レフには広角ズームをつけていて「見たものを瞬時に撮る」という役目を持たせているのですが、花などのクローズアップ撮影と前の写真のような望遠撮影には13倍望遠のポケットカメラを使っています。中古で7,000円で購入したのですが、現行機種は新品価格で2万円強、30倍望遠になっています。
写真の「撮ったあとの楽しさ」を求める人はトリミングや画像の補正、あるいは画像の作り変えなど、かつて「暗室作業」と呼ばれた名人技を駆使しているようで、そのために画像処理に適した状態での画像データを保存していたりします。
私は基本がスナップショットですから、そのとき、その場で撮った写真に大きな価値を置いています。シャッターチャンスという要素が大半を占める写真だと思います。(山を歩く程度の移動速度でも)
なぜか、というと、スポーツフィッシングに近いのではないかと思うのです。お金と時間があって魚がたくさんいるところへ行けば楽しいのは間違いないのですが、そこいらの、魚がいるかいないかわからないようなところでも釣りの醍醐味はあるといいます。撮りたいものをどう見つけるか、どこまで見つけられるか、そして山歩きで撮る写真でも、シャッターチャンスは数秒しかないということも多いのですが、十分にスポーツフィッシングなのです。
それと私は写真編集者でしたから、探している写真の完成度の高さより、使うに当たっての資質の高さのほうが重要でした。決められた紙面、決められたレイアウト枠にはめるためには、写真はほとんど100%トリミングするのです。それも倍率と位置を指定して「右ナリユキ」などという目分量です。たとえばこの写真では左の葉っぱはどこまで出すか判断が必要ですし、空をどの程度入れるかも重要ですが、右と下は使う場所と、その役割によって「ナリユキ」でいいのです。
だから現場でシャッターを切ったときに「釣れた」か「釣れなかった_」かというスポーツフィッシング的撮影が楽しいのです。
……そして一度、自分が(自分の審美眼や、価値観で)撮った写真のすべてを「10秒ずつ」(驚くほど長い時間になります)順番に見ていただきたいのです。詳しくはすでに書いたものがこのホームページのどこかにあると思いますが、10秒の間にその写真が新たに語り始めるかどうか、動き出すかどうか、退屈な10秒になるかどうか、別の自分を見るような気持ちになります。そして「失敗写真」のなかに自分のほんとうの価値が眠っているということにも気づくと思います。
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【75】撮影:14時43分=伊藤 幸司
この日、最後に待っていたのが月居山(月居城跡)の紅葉でした。人が作った紅葉という意味では、京都と同じ、見られることを前提にした紅葉がありました。
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【76】撮影:14時45分=伊藤 幸司
どうだこの赤! という感じ。
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【77】撮影:14時45分=伊藤 幸司
赤ばかりじゃないぞ! という感じ。
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【78】撮影:14時45分=伊藤 幸司
山のてっぺんには月居城の本丸、二の丸、三の丸などがあったようで室町時代の応永年間(1394〜1428)に佐竹氏に連なる袋田氏の居城があったとのこと。城は江戸時代初期の慶長7年(1602)に佐竹氏が秋田に国替えになって廃されたといいます。
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【79】撮影:14時46分=伊藤 幸司
袋田温泉のあたりが真下という感じ。月居城は「此の所より左千仭の絶壁にして、恰も屏風を押立てたるに等し。敵を禦ぐの要地と云べし」と古書にあるそうです。
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【80】撮影:14時47分=伊藤 幸司
もう終わりかというと、道は下りますが、どこまでも山の中という感じ。
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【81】撮影:14時52分=稲田 郁子
月居観音の鐘撞堂。通過タイムを記録するために撮ったつもりが、もしかしたら今回のベストワンかも。光線の具合がいかに大事かがわかる。
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【82】撮影:15時01分=伊藤 幸司
「袋田自然研究路」の8番解説板に「月居観音」とありました。「正しくは月折山光明寺観音堂といいます」「このお堂の中には運慶の作と伝えられる高さ6尺(約1.8m)の聖観世音菩薩が安置されています」とのこと。「といわれています」とか「と伝えられています」とか、とか。
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【83】撮影:15時12分=伊藤 幸司
いよいよ、袋田の滝への長い下り。標高差が200mありますから、まだまだではありますが、登り返しはもうない、という安堵の下りです。
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【84】撮影:15時18分=伊藤 幸司
足元の風景が見えてきました。
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【85】撮影:15時18分=伊藤 幸司
Sさんが撮っていたのはこの風景です。
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【86】撮影:15時20分=伊藤 幸司
長い階段。終着点にして最大の期待、袋田の滝へと一気に下っていきます。
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【87】撮影:15時27分=伊藤 幸司
この日の水戸での日没時刻は16時29分。ほぼ1時間前の陽光です。滝にまだ光が当たっているか? などという疑問が生じてきました。
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【88】撮影:15時29分=稲田 郁子
いよいよ滝エリア。これは袋田の滝の上流だが、生瀬滝という名があるのを、今回初めて知った。
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【89】撮影:15時32分=伊藤 幸司
これは袋田の滝の上流にある生瀬(なませ)滝(現地呼称では「生瀬の滝」)を正面に望む展望台です。
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【90】撮影:15時32分=伊藤 幸司
生瀬滝は「総高約10m」と茨城県教育委員会のホームページにあります。「袋田の滝及び生瀬滝」で国指定文化財・名称だそうですから「総高約」というのは正式データだと思うのですが、この写真のどこからどこまでをいうのでしょうか。それに加えて「約」というのはどの部分がその曖昧さになるのでしょうか。幅は「最大幅約27m」だそうです。
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【91】撮影:15時32分=稲田 郁子
袋田の滝上部。期待がますます膨らむ。
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【92】撮影:15時33分=伊藤 幸司
このあたり、袋田の滝の最上段のあたりです。滝というよりは、まだ早瀬という感じに見えます。残念ながら紅葉にはもう日が当たりません。
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【93】撮影:15時38分=伊藤 幸司
このあたりの木は、最近伐られて滝がよく見えるようになったといいます。下から登ってくると、ここが唯一滝がよく見えるところなので、展望台にしてもいいくらいのところです。
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【94】撮影:15時39分=伊藤 幸司
これが3段目なのか4段目なのかわかりませんが、おおよそこのポイントからさまざまな傑作写真が撮られてきたのだろうと思います。
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【95】撮影:15時40分=稲田 郁子
11年前はここまでで、有料の観瀑台には入らなかった、という恨みをこめての一枚。
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【96】撮影:15時43分=伊藤 幸司
下り道はいよいよ建造物になりました。「左千仭の絶壁にして、恰も屏風を押立てたるに等し」という月居城の「千仭の絶壁」が、まさにこのような状態なのでしょう。
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【97】撮影:15時45分=稲田 郁子
第一展望台から目の前に迫る滝。広角レンズはここのために持ってきたのである。甲斐があった!!
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【98】撮影:15時46分=伊藤 幸司
袋田の滝の(たぶん)3段目と4段目とが見えてきました。それを正面から見る展望台も。通常、ここに来ると一部の人が「まっすぐ下りましょう」とか言って入場料の300円をケチろうとする人がいます。それで素通りしたこともありましたが、この光景を見たら展望台「○」ですよね。
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【99】撮影:15時49分=伊藤 幸司
展望台の1階から。
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【100】撮影:15時50分=伊藤 幸司
左右に大きく開いているので、かなりの広角レンズでないと入りません。スマホなら動画で撮ることになるんでしょうね。
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【101】撮影:15時50分=稲田 郁子
第二展望台からは滝の全景に近いものが見えるが、全部が見える写真がよいわけではないということを思い知ったのであった。
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【102】撮影:15時52分=稲田 郁子
全景もつける。縦のがよいか横のがよいかさんざん考えた末。
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【103】撮影:15時56分=伊藤 幸司
これが展望台2階からの全貌。「四度の滝」とは西行法師の言葉だそうですが、4段全部が見えています。四季それぞれにいいという意味での秋も、とりあえずこれで。
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【104】撮影:15時57分=伊藤 幸司
前の写真と同じ場所から横位置で撮ってみると、印象が変わりました。この写真の左右を紙などでおおうと前の写真と(基本的には)同じになるのですが、やっぱり同じじゃない。撮ったときの塩加減のようなものが、根底の違いとして残っているのではないかと思うのです。フィッシングに例えれば、同じ型の魚でも、釣り上げたときの感触はけっこう違っていたはずです。その違いまで出ていないとダメ! といわれるとごめんなさい、なのですが。
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【105】撮影:15時59分=伊藤 幸司
滝の写真の2枚セットと同様に、左手に見えた紅葉の写真です。滝のときにはまずクローズアップからでしたが、今度は紅葉の斜面から。次の写真を、どうぞ!
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【106】撮影:15時59分=伊藤 幸司
前の写真を撮ったときにこの木の存在に気づきました。そこでこの木を主役にして撮ったのがこれ。三脚を立てて決め撮りをする風景写真家だったら、撮る前にどちらをどう撮るか決めていなければならないはずです。スナップショットでは、その瞬間、瞬間にアタマではなく、反射神経で撮りたいものだと考えます。
昔は白黒写真にしてもカラー写真にしても100フィート巻きという映画用のフィルムから切り出して、安くたくさんの写真を撮る工夫をしていたものですが、デジタルカメラになって、膨大な写真を消費できるようになりました。
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【107】撮影:15時59分=稲田 郁子
トンネル内から第一展望台を振り返る。迫力満点。
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【108】撮影:16時04分=伊藤 幸司
帰りがけにもう一度1階展望台を覗きました。
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【109】撮影:17時36分=伊藤 幸司
帰路は、郷土食系の食事のできる関所の湯へ行きました。

追加1……1997年11月22-23日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*糸の会No.64の小屋泊まり企画。計画書には「岩壁上にそびえる奥久慈の名峰・男体山から日本三大名瀑・袋田の滝へとつらなる、展望に恵まれた尾根歩き――だそうです」と書いています。
*まだ1日目は水戸の偕楽園あたりで時間を過ごそうかと考えていたと思います。続けて、また計画書に書いています。
────1日目は湯沢温泉に泊まるだけ、2日目は例によって暗いうちに出発。初冬の冷気を楽しみながら男体山への登りにかかります。――と書き上げたところに、Sさんからの手紙が届きました。おかげで計画の立て直し。土曜日に一見の価値ありの「日本一のそば粉の産地」金砂郷町の「常陸秋そばフェスティバル」があるそうですから。────
*宿泊はJR水郡線の西金駅から徒歩約20分の湯沢温泉・湯本屋。
*2日目は0515に宿を出て、0605-20大円地登山口。一般ルートで0705-15大円地越、0745-0815休憩、0820-55男体山山頂。0955-1005休憩、1110-45第二展望台、1205-10第一展望台、1245-1320月居山。1400ごろ袋田の滝。

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【110】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【111】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【112】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【113】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【114】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【115】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【116】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【117】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【118】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【119】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【120】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【121】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【122】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司
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【123】撮影:1997.11.23=伊藤 幸司

追加2……1999年4月14-15日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*朝日カルチャーセンター千葉で、軽い縦走登山というイメージで計画しました。
*計画書には次のように書きました。
────日帰りでは山頂を踏むだけで終わってしまうので、あまりおもしろくありません。この山は、山麓の温泉に前泊して、翌朝は暗いうちに出て、たっぷり歩くという計画がベストだと思います。男体山から袋田の滝への長い稜線は、たぶん、非常にさわやかな山稜クルージングの気分を味わわせてくれるにちがいないと思います。乞う御期待。────
*この計画では1日目は上野から水戸を経てJR西金駅から徒歩で湯沢温泉の湯本屋に泊まるだけ。2日目は0400ごろ=起床、0500ごろ=出発、0600ごろ=大円地集落、0700ごろ=男体山、1300ごろ=袋田の滝……と計画書にありますが、この日の行動記録は現在のところ不明です。
*計画書には次のようにも書いています。
────◆持ち物
初参加の方がいらっしゃるかもしれません。持ちものは基本的に日帰りと同じです。朝が寒いかもしれませんから、薄い手袋ぐらいは常備しておいてください。ゴアテックスのレインスーツを多目的に使えば、防寒の服は不要な季節になりました。
食べ物・飲み物――行動食型朝食+昼食(2日目朝・昼分)+おやつ。
*水は2リットルは持ちましょう。
*お湯を沸かせる準備をします。男体山山頂か、条件が悪ければそのあとどこかで、ゆっくりと食事をします。希望する人は自分の分の水を入れて熱湯を受け取って下さい。お茶やスープのほか、インスタントラーメンなども可能ですが、湯煎するレトルトパックはご遠慮ください。────
────◆ルートシミュレーション
暗いうちに宿を出て、車道を約3km歩くと、もうそこは男体山の山すそです。標高差約300mを、いちおう健脚向きのルート(男坂)で登ろうかと考えています。
男体山の山頂から北へのびる稜線を約5kmたどると袋田の滝に出るのです。
この5kmを時速2kmで歩けるか、時速1kmにとどまるかで所要時間は大幅に変わってくるのですが、今回は時間がたっぷりありますから、ゆっくりと、ねばり強く歩いてみたいと思います。
眺めを楽しむというよりも、独特の空気感が味わえるのではないかと思うのです。────

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【124】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【125】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【126】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【127】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【128】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【129】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【130】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【131】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【132】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【133】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【134】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【135】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【136】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【137】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【138】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【139】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【140】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【141】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【142】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【143】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【144】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【145】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【146】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【147】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【148】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【149】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【150】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司
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【151】撮影:1999.4.15=伊藤 幸司

追加3……2001年11月14-15日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*朝日カルチャーセンターの小屋泊まり計画で「初日は自由行動」。ただし希望者は、としてJR日立駅から高鈴山に登りました。宿泊は湯沢温泉の湯本屋で、初心者向きの気持ちいいミニ縦走登山というイメージでした。糸の会の小屋泊まりシリーズは月末の土日ですが、朝日カルチャーセンターは中旬の水木というシリーズ。この日程のずれが、結果的に紅葉の山というイメージを印象づけてくれました。
*紅葉のピークには袋田の滝がテレビで報じられる可能性が高いので、宿泊環境を心配していたのですが、計画書には「99年4月と同じ宿に泊まり、同じルートをたどります。(周囲の宿は混んでいるのですが、ここだけは別世界みたい……)」と書きました。ひなびた宿というか、寂れた宿というか。
*2日目は0735宿を出発、0825-30大円地登山口、健脚向きルートで0900-05休憩、1000-20男体山山頂。縦走路を袋田の滝に向かって1125-1200休憩、1400-10第二展望台、1345-50月居山登山口、1440-45生瀬滝展望台、1500袋田の滝展望台。

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【152】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【153】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【154】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【155】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【156】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【157】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【158】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【159】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【160】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【161】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【162】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【163】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【164】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【165】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【166】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【167】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【168】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【169】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【170】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【171】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【172】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【173】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【174】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【176】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司
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【177】撮影:2001.11.15=伊藤 幸司

追加4……2004年4月24-25日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*糸の会のNo.335。計画書には次のように書きました。
────春の奥久慈男体山は緑と花がすばらしい……はずです。
1997.11.22-23に入ったときには手前の金砂郷村のそばフェスティバルを見学しました。
今回は1日目、八溝山で足慣らし。
泊まりは大子温泉ですが、旅館は朝食のみにして夕食は地ビールレストランの「大子ブルワリー」というのにしましょう。メニューを見ると大衆ビアホールという予感もしますが。
2日目は袋田の滝から男体山への長い稜線を歩きます。
下山後は水戸へ出て、スーパー銭湯のあと、水戸のうまいもの探しといきましょうか。────
*1日目の八溝山では下山路で道迷いとなり15時頃大神宮山駐車場到着の予定が、17時になってようやく民家を見つけて電話でタクシーを呼ぶという状態になりました。宿泊は大子温泉・橋本屋旅館。下山が遅れましたが、夕食は予定の大子ブルワリーに行きました。
*2日目は計画では袋田の滝から男体山へ、これまでとは逆に歩く予定でしたが、車で行ける近道が作られたということと、ジャンボタクシーが使えるということで、朝はこれまでと同じ大円地登山口からとなりました。
*この日は0810大円地登山口出発、健脚ルートで0845-50休憩、0905-15休憩、1005-20男体山山頂(10度C)。縦走路をたどって1100-10休憩、1155-40休憩、1340-50第二展望台で休憩、1405-15第一展望台で休憩、1450-55休憩、16時ごろ袋田の滝。

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【178】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【179】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【180】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【181】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【182】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【183】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【184】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【185】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【186】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【187】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【188】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【189】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【190】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【191】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【192】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【193】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【194】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【195】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【196】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【197】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【198】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【199】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司
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【200】撮影:2004.4.25=伊藤 幸司

追加5……2005年11月26-27日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*糸の会のNo.420。月末の土日では紅葉には遅いはずですが、そうでもないかもしれないと考え始めています。遅いかもしれないというエクスキュースとして早すぎるかもしれない「あんこう鍋」が計画に登場し始めます。
*計画書には次のようにあります。
────初冬の奥久慈・男体山です。落ち葉を踏みしめて歩く楽しさを考えていますが、袋田の滝のあたりは紅葉シーズンらしく、にぎやかな気配です。
宿が、最終的に湯沢温泉ホテルになりました。以前湯本屋に泊まった方がいらっしゃるかと思いますが、もう1軒のホテルの方です。
部屋を3部屋押さえてあります。参加可能の方は、24日朝までにお知らせいただけるとさいわいです。
1日目ですが、水戸であんこう鍋(か納豆料理)にしましょう。それから軽い腹ごなしも。予算3,000円ぐらいでなんとか。────
*湯沢温泉のもう1軒の宿「湯沢温泉ホテル」はさらに寂れた状態で、向かいの橋本屋も含めて、その後相次いで廃業になりました。
*計画では1日目に那珂川河畔の御前山あたりを歩く予定でしたが、あんこう鍋の後、偕楽園などを歩いてお茶を濁したと思います。2日目の夕方には水戸から大洗へ出て高価なイワシ料理を食べました。糸の会だと柔軟というか、行き当たりばったりというか、リスクのある行動をすることができます。ありがたいことに。
*この日は0600に湯沢温泉ホテルを出発、0700に大円地登山口。健脚ルートで0705-10休憩、0745-55休憩、0830-50男体山山頂。縦走路では0935-45休憩、1025-30休憩、1105-15第二展望台、1135-45第一展望台、1215-25月居トンネル上、1325袋田の滝。

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【201】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【202】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【203】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【204】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【205】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【206】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【207】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【208】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【209】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【210】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【211】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【212】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【213】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【214】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【215】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【216】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【217】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【218】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司
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【219】撮影:2005.11.27=伊藤 幸司

追加6……2007年11月13-14日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*糸の会No.536。糸の会の小屋泊まりが月末の土日シリーズに加えて、中旬の火水シリーズになりました。計画のメーンテーマがいよいよ紅葉になりました。
────紅葉狙いの奥久慈・男体山です。すでに袋田の滝は秋の観光シーズンというニュースがあります。ここのところの冷え込みでにぎやかな赤が出てきてくれれば、最高です。落ち葉を踏みしめて歩く楽しさも乞うご期待。
これまで奥久慈・男体山というと1日目の腹ごなしに苦労してきました。金砂郷のそばフェスティバル、高鈴山、八溝山、水戸であんこう鍋など。今回は矢祭町と五浦のあんこう鍋です。
福島県最南の矢祭町は「市町村合併をしない矢祭町宣言」で一躍有名になりましたが、補助金カットの兵糧責めに革命的な行政サービスで耐えてきました。全国からの寄贈本40万冊の図書館もあります。そして住基ネットに不参加表明と地方行政の先頭を走る町です。伊藤自身の「どうしても見てみたい町」ですので、なんとかみなさんをそこへ引っ張っていきたい。そのためにレンタカーを使用します。
泊まりは北茨城北部の、岡倉天心で有名な海岸・五浦(いづら)です。ここも結構混んでいるようですが、温泉旅館を確保しました。もちろん夕食はあんこう鍋です。
2日目はスタンダードな男体山→袋田の滝縦走です。
たぶん心配する必要はないでしょうが、レンタカー使用のため定員は最大9人です。────
*じつは矢祭町の「矢祭もったいない図書館」には参加者のFさんが本を寄贈していたので、その名前がプレートに彫られていました。
*2日目は1010大円地登山口を出発。健脚ルートで1030−35休憩、1145-1200男体山山頂。縦走路で1235-40休憩、1235−40休憩、1330−40休憩、1415-20第二展望台で休憩、1430第一展望台を通過、1455-1505展望の稜線、1515月居山を通過、1610袋田の滝。

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【220】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【221】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【222】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【223】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【224】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【225】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【226】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【227】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【228】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【229】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【230】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【231】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【232】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【233】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【234】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【235】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【236】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【237】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【238】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【239】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【240】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【241】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【242】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【243】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【244】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【245】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【246】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【247】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【248】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【249】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【250】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【251】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【252】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司
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【253】撮影:2007.11.14=伊藤 幸司

追加7……2009年11月10-11日の奥久慈・男体山=伊藤 幸司

*糸の会のNo.655。完全に紅葉のピークをイメージしていました。計画書にはその気分が横溢していました。
────今年も紅葉狙いの奥久慈・男体山です。
……が、これまでも奥久慈・男体山というと1日目になにをやるか、さまざまなプランを試みてきました。金砂郷のそばフェスティバル、高鈴山、八溝山、水戸であんこう鍋、矢祭町と五浦のあんこう鍋などですが、今回もグルメ系です。
まずは水戸から大洗海岸に出て、季節が始まったあんこうなどで昼食といきましょう。味処大森(029-267-4060_1130-1500/1700-2100_月曜定休)というところで生肝のアンコウ「どぶ汁鍋」といわし料理とさしみなど味見気分での昼食(ひとり4,000円ぐらい)という予定です。
腹ごなしはホテルに荷物を置いてから、久慈川あたりのウォーキングなどいかがでしょうか。
泊まるのは再起2年目というホテル河鹿園、袋田駅から徒歩5分とか。安いのでその分グルメ昼食に回そうという考えです。グルメのあとですから腹ごなしも重要かと考えています。
2日目はこれまでとは逆に袋田の滝から男体山へと歩きたいと考えましたが、下山路にある湯沢温泉の2つの旅館がもう営業していないらしいので、逆にはせずに、袋田温泉側に下ることにしました。これまで入浴してきた滝味の宿・豊年万作も単純な日帰り入浴はやめたようです。時代は激変しています。町営の温泉につかり、シーズン終了間近ながら、名物の鮎でも食べて帰ろうかという計画です。────
*前夜、山は雪にもなったようで、登山は冷たい雨の一日。袋田の滝は単純な激流となっていました。
*2日目は0830大円地登山口を出発。雨のため一般ルートにして0845-50休憩、0930-35大円地越で休憩、1010-25男体山山頂。縦走路で1115-25休憩、1225-30休憩、1310第一展望台を通過、1330-40第二展望台。1420月居山通過、1520袋田の滝。

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【254】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【255】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【256】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【257】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【258】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【259】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【260】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【261】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【262】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【263】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【264】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【265】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【266】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【267】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【268】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【269】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【270】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【271】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司
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【272】撮影:2009.11.11=伊藤 幸司

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