発見写真旅・展(131)――2016.12.10 武甲山(49パワー)<b> 発見写真旅・展(131)――2016.12.10 武甲山(49パワー)


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撮影者全員の展示写真が撮影時刻順に並んでいます。
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★糸の会山行No.1015 武甲山(49パワー)────2016.12.10
*登り18p→下り18p→車道13p(約3km)

*秩父の武甲山ほど裏表の激しく違う山はありません。普通なら、日本各地の、ごく普通の、常識的な感覚でなら、秩父という古い街の見える側から、山を半分切り取ってしまうようなことはありえないのではないかと思うのです。じつは私たちが歩く関東各地の里山でも、注意して見ると裏側からこっそりと石灰岩や山砂を採っている例がいくらでも出てきます。
*なのに武甲山ではどうして? という疑問から卒業論文を書いた学生がいました。慶応大学総合政策学部の辻本志郎さんが「開発をめぐる地域住民の対応 〜武甲山 開発と、高尾山開発の事例から〜」を2008年1月に提出しています。
*それによると地元の写真家・清水武甲による反対運動があったにも関わらず武甲山開発が秩父において大きな反対運動にならなかった「武甲山開発」には5つの特徴があったといいます。
(1)開発が地元資本によって進められた
(2)地域産業の盛衰状況
(3)健康被害がほとんど出なかった
(4)秩父事件を起こした過去を持つ
(5)環境破壊、公害の問題が出る以前から進められた
……論文としては読みやすい文章なので、興味のある方はぜひご一読を。


12月10日
・1030……生川の登山口を出発(標高約600m)7度C
・1100-05……車道終了(標高約750m)
・1145-55……大杉で休憩(標高1,100m)
・1245-1305……武甲山山頂(標高1,295m)
・1345-50……(発破作業の)第7避難所で休憩(標高約1,500m)
・1410……稜線から橋立川への下りへ(標高約850m)
・1530-40……橋立川岸で休憩(標高約550m)
・1450……登山道終了(標高約550m)
・1520……橋立鍾乳洞(標高約360m)


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の1人です。
伊藤 幸司(40点)


このalbumシリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。
(期間を限定せずに)ご覧いただいたみなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:伊藤 幸司

















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【01】撮影:10時40分=伊藤 幸司
なぜか武甲山は秩父の町から日々見上げる側で石灰岩採掘が行われたため、無残な姿を衆目にさらしている珍しい山となっています。
山から石や砂を取る場合、たいていは裏でコソコソという感じなのに。
その東側の山麓、秩父の町から見たときには左手の陰に生川(うぶかわ)という地名があります。そこが表参道の登山口で「一の鳥居」があります。西武秩父線の横瀬駅から歩くと白い石灰が道路に舞う工場地帯を抜けなければならないので、私たちはいつもタクシーですりぬけてしまいます。
生川には民家はありませんが、生け簀を用意した養魚・釣り堀のような建物がありますし、近くにはかつて別荘として分譲された一角もありますから、古くは小集落があったかもしれません。
ともかく、武甲山の裏面にあたるこの斜面はのっけから植林地で、掘り崩した山という雰囲気は一切ありません。
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【02】撮影:10時57分=伊藤 幸司
そのまま生川という川なのでしょうが、流れに沿ってしばらく林道が登っていきます。
以前、そこから1台転げ落ちた乗用車がありましたが、今回は姿を消していましたから、高い料金を払ってレッカーされたのでしょう。
その道際に、一雨降れば落ちてきそうなこんな木もありました。
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【03】撮影:11時29分=伊藤 幸司
植えた木々とはいえ、密生されたまま深い森になっています。緑の魔境に引き込まれていくような気配です。
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【04】撮影:11時43分=伊藤 幸司
枯れた木のところに奉納されていた御札は、熊野の那智山にかかわるどなたかが、この山に修行として登ったというもののようです。
石に埋まっている部分が読み取れませんが、平成二十八年の十月吉祥日とありますから、先々月のことのようです。
「武蔵國武甲山入峯天下○○」という○○の部分が岩に隠れて読めません。
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【05】撮影:11時43分=伊藤 幸司
これがその御札のあった枯れ木。
周囲を植林したときに残した巨木の、今の姿というわけです。
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【06】撮影:11時46分=伊藤 幸司
これはこの森を守っている神木という感じです。ひときわ大きく、毛むくじゃらでコワモテの神というふうに感じました。
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【07】撮影:11時47分=伊藤 幸司
御神木という風格を感じさせられるこの木も、見上げてみると周囲のスギに責め立てられて、いまや光を受ける空間は既得権さえ脅かされる状態のようです。
次々に伸ばそうとしたにもかかわらず、押しとどめられたように見える枝がちょっと惨め……かな?
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【08】撮影:12時09分=伊藤 幸司
できればふかふかの腐葉土に覆われていてほしいのに、スギ・ヒノキの植林地ではこんな状態なのかもしれません。
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【09】撮影:12時49分=伊藤 幸司
山頂に出ました。
かつてあった山頂は意図的にか、迂闊にか、削られてしまったのでここに山頂が移されたというのです。
が、足元が断崖絶壁となっていて、少し下の、ビルで言えば中層階の屋根に当たる平坦地から採られた石灰石が穴の中に放り込まれていくようです。
秩父の町が、ドラマチックに広がっています。
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【10】撮影:12時51分=伊藤 幸司
山頂から、眼下に緑色の三角がのびています。
そこには最近芝桜の丘として知られるようになった羊山公園があります。
その左側の街並みが秩父で、右側が横瀬。
秩父の市街の向こう側、高台と接するところに川が流れています。
荒川です。
荒川の流れは(時代によってさまざまに変化しますが)下流で隅田川となり、江戸で大川と呼ばれる存在になります。
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【11】撮影:12時53分=伊藤 幸司
秩父の市街の中心にあるのが秩父神社。
この画面の左下隅をもうすこし加えておけば、そこに西武秩父駅が入るはずだったのに、気づきませんでした。
秩父神社の森の右には秩父鉄道の秩父駅があって、いま電車が2両止まっています。
画面左上に荒川が見えています。
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【12】撮影:13時05分=伊藤 幸司
ここでの休憩には「1245-55-1305」という記録があります。
当初10分としたのは「なにか一口」食べられるという通常の長い休憩。
糸の会では水を一口飲んで一息入れる「5分休憩」と、なにか一口食べるエネルギー補給の「10分休憩」が基本です。
ところがここではみなさんゆったりた気分で立ちそうにないので、さらに10分休憩を追加しました。
気温が2度Cでしたから、無風で陽光ポカポカならではの気分のいい山頂休憩を楽しみました。
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【13】撮影:13時10分=伊藤 幸司
いよいよ下りです。
どこかのツアー企画でたくさんの人たちがいたのですが、潮が引くように静かな山に戻っていました。
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【14】撮影:13時15分=伊藤 幸司
登りの植林地帯とちがって、明るいカラマツの道が続きます。
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【15】撮影:13時29分=伊藤 幸司
両神山が見えています。
大規模ながら安全なクサリ場を楽しめる山です。
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【16】撮影:13時33分=伊藤 幸司
こういう下り、ダブルストックだと本当に気持ちよく、スピードも出ます。
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【17】撮影:13時37分=伊藤 幸司
西側の展望が開けました。
雲取山から始まる奥秩父の山並みです。
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【18】撮影:13時38分=伊藤 幸司
こう見るとかなり大きなザックを背負っている人がいますが、最近ではザック小さい派とあいかわらずの大きい派が混在しています。
元々は、夏に北アルプスなどでの小屋泊まり縦走をするために「重さ10kg」で「10時間行動」を前提としたことから、日帰りでも重さを減らさないという文化が根付きました。
最近では70歳を超える人たちが続出して、山歩きを始めた頃の、山歩きで健康を維持するための「月イチ」厳守だけに戻る人が増えてきました。
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【19】撮影:13時48分=伊藤 幸司
武甲山の西側の稜線はカラマツ林ですが、進行右手は(よく見えませんが)あいかわらず石灰岩の砕石場、発破もまだ行われているのか、登山道沿いに避難小屋もいくつかありました。
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【20】撮影:14時05分=伊藤 幸司
秋からの山では、ススキが登場すると特別に嬉しくなります。
とくに下りで出会うときには、傾いた陽光がドラマチックな演出をしてくれる期待もできます。
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【21】撮影:14時09分=伊藤 幸司
稜線の左側の人工林がせり上がってきたという印象です。
じつはもうすぐ、この稜線から、左の斜面に下ります。
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【22】撮影:14時14分=伊藤 幸司
日本の山では多くの場合、谷筋の道をたどって山の懐深くに入り、そこから急斜面を強引に登って稜線に出ます。
そういう斜面を、これから下ります。
ジグザグの大小によって下りのスピードは大きく変わります。
スントの高度計だとそのスピードを常時計測できますから。
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【23】撮影:14時15分=伊藤 幸司
なんだか、登りのときの森の印象が蘇ってきました。
でもここはキレの良い急斜面。
下っているときにはもう、森の印象などには関心がありませんでした。
振り返って撮ったのは、どうしてだろう?
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【24】撮影:14時30分=伊藤 幸司
ここのジグザグ道は、Z型で下ってきて、振り幅の大きな道になるとそろそろ終わります。
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【25】撮影:14時35分=伊藤 幸司
下ったところの沢で休憩しました。
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【26】撮影:14時36分=伊藤 幸司
この、まさにこの場所で若い女性タレントさんと、女子大生おふたりとで「ゴミ袋キャンプ」をやりました。
1991年だったと思いますがテレビ朝日の深夜番組「PRE・STAGE」の中で月〜金の超ミニ帯番組「Front Row」というのを月イチでやっていました。
ほぼ1年やったと思いますが、悪乗りして1992年1月の第8回目には「冬版ゴミ袋キャンプ」を同じメンバーでやりました。
秩父の町のスーパー「主婦の店なんとか」で農業用ポリシートと風呂用マットを購入して、雪道を車で上がれるところまで上がって、ティピー型テントを構築、体中に使い捨てカイロを張って一夜を過ごしました。
そのとき私はダイヤモンド社の「BOX」という雑誌でタイアップ記事を書くことで使い捨てカイロの主要メーカーから集められるだけの商品をもらって実験。
女子大生のひとりが「貼るカイロ」を当て、体中に20枚以上ベタベタと貼り付けてただひとり安眠、登山用のドライタイプの肌着のお陰で低温やけどもしなかったという結果を得たのです。
私は低温やけどが心配で、途中何度も起こして確かめたのですが、まったく問題になりませんでした(ドライタイプの上下の肌着が勝因だと知りました)。
それが冬の登山装備に「貼るカイロ」を重用するきっかけになりました。
個人的には、超思い出の橋立川なのです。
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【27】撮影:14時47分=伊藤 幸司
思い出の「ゴミ袋キャンプ地」から沢沿いに下ります。
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【28】撮影:14時48分=伊藤 幸司
歩き始めるとすぐに沢を渡るのですが、ここの橋が崩壊したということで通過できるかどうか、だいぶ心配しました。
登山口や山頂に通行不可の通知があったら同じ道を引き返すつもりで出てきたので、な〜んだ! というよりも、嬉しい気持ちになりました。
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【29】撮影:14時49分=伊藤 幸司
この先を回り込むと林道の終点です。
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【30】撮影:14時50分=伊藤 幸司
橋立川に沿う林道は、対岸の森がそのとき、そのときで表情豊かだと感じています。
ひそかに期待しながら下り始めました。
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【31】撮影:14時56分=伊藤 幸司
この日の埼玉県の日没時刻は16時28分。晩秋というか、初冬というか、夕日は猛スピードで落ちていきます。
なんだか夕日と競いながら下っていく気分、「走れメロス」も気どりました。
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【32】撮影:14時57分=伊藤 幸司
冬の日に、ここから10分ぐらい下った場所で使い捨てカイロの実験を兼ねたゴミ袋キャンプ……ゴミ袋3枚で全身を包んで寝られる、という実験をしました。
ディレクターも責任上同じ体験をしたのですが、貼るカイロベタベタ女子大生以外はもちろん眠れませんでした。
でも伊藤はいびきをかいていたとか。
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【33】撮影:15時42分=伊藤 幸司
橋立鍾乳洞は秩父三十四箇所28番の石龍山橋立堂の脇から入るのですが、古い茶店があり、新しいカフェがあります。
JURIN's GEO(ジュリンズジオ)というむずかしい名前なので覚えられないのですが、旧名は樹林会花散る里とか。
ネーミングだけでも感じられるこだわり(過ぎ?)の感じは、微妙なところでいろいろ揺れていましたが、隣の茶店の親切な呼び声から逃げるようにして飛び込むだけの価値はあります。
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【34】撮影:15時47分=伊藤 幸司
ここには秋がありました。
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【35】撮影:15時50分=伊藤 幸司
コーヒーが、いろいろあって、みんなでわいわいいいながら、けっきょくわかったのか、わからなかったのか、私にはわかりません。
待つ間に何人かが鍾乳洞に入りました。
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【36】撮影:15時51分=伊藤 幸司
これがエチオピアの「グジ」とか。
グジという小さな地区の特産品で、ネット上によると「はっと驚くようなジャスミンのような華やかな風味、紅茶のような繊細さ」「本当のコーヒーの素材の風味」とLIGHT UP COFFEE(吉祥寺、京都、下北沢)のホームページにありました。
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【37】撮影:15時52分=伊藤 幸司
とにかく秩父の珈琲店に関しては驚かされるケースが何度かあります。
ここはまだ武甲山の鍾乳洞の前の異端のカフェというべき場所です。
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【38】撮影:16時04分=伊藤 幸司
これが秩父三十四箇所28番の石龍山橋立堂。
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【39】撮影:16時20分=伊藤 幸司
これがJURIN's GEOのたたずまい。
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【40】撮影:18時48分=伊藤 幸司
この日は武甲温泉まで行ったあとで、以前シャン・ド・フルールがあった場所にできたレストラン・マチエールで席が空いているというので直行。
けっこうドタバタ状態で夕食を楽しむことができました。

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