発見写真旅・展(137)——2017.2.11 三峰山(20パワー)<b> 発見写真旅・展(137)——2017.2.11 三峰山(20パワー)


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撮影者全員の展示写真が撮影時刻順に並んでいます。
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★糸の会山行 No.1022 三峰山(20パワー)────2017.2.11
*登り20p

*秩父の三峰山といえば雲取山(2,017m)、白岩山(1,912m)、妙法ヶ岳(1,332m)の三山ということになっています。計画では「軽く」としたにもかかわらず妙法ヶ岳の名前を入れていたので三峯神社から奥宮のある妙法ヶ岳を往復すると思って参加した人もいたのですが、じつは三峯神社へ登るだけという決定的に軽い計画。以前ならロープウェイで登る代わりに表参道から登るというだけでした。
*それには若干理由があって、バスで下ったところにある三十槌の氷柱(みそつちのつらら)をぜひ見てみたいという観光プランがあったからです。もし神社から妙法ヶ岳を往復したら、興雲閣で入浴できるかできないで最終バスで下山というかたちになってしまいますから。でも「三峯神社」と書くわけにもいかず、妙法ヶ岳と書き込んでしまいました。


2月11日
・1050……大輪バス停を出発(標高約400m)
・1100-10……ロープウェイ駅跡で休憩(標高約400m)
・1125-30……休憩(標高約500m)4度C
・1145-55……清浄の滝で休憩(標高約600m)
・1250-1300……古い宿坊前で休憩(標高約950m)
・1345……三峯神社(標高約1,100m)
*1435三峯神社始発の西武秩父駅行きバスで1508三十場(みそば)バス停
*三十槌の氷柱を見て、バスで大滝温泉へ、さらにバスで西武秩父駅へ


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の4人です。
矢野 博子(18点)
藤原 由香里(24点)
稲葉 和平(35点)
伊藤 幸司(46点)


このalbumシリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。
(期間を限定せずに)ご覧いただいたみなさんのコメントをお待ちしています。
★メールはこちらへ ito-no-kai@nifty.com

撮影:矢野 博子








撮影:藤原 由香里










撮影:稲葉 和平














撮影:伊藤 幸司





















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【01】撮影:10時12分=稲葉 和平
三峰口駅前のお店の看板、見るたびに食欲をそそられるけど、なかなか入る機会がない
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【02】撮影:10時16分=稲葉 和平
ほぼ真西からみた武甲山。北側の無残な姿とは違い、緑豊かな山のように見える
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【03】撮影:10時26分=藤原 由香里
三峰口駅にて、矢野さんと。伊藤先生に撮って頂きました。今日も楽しくなりそうだぞぉ!
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【04】撮影:10時28分=矢野 博子
三峰口の駅で 私たちを出迎えてくれたカワイイお姉さんは この人でした。帰りにこの前を通った時には 何故か しまわれていました。カワイイから盗まれてしまうのかしら。
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【05】撮影:10時52分=矢野 博子
三峰神社表参道に置かれた狛犬。シャキッとした威勢のいい顔つきが 寒さをはねのけています。
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【06】撮影:10時53分=矢野 博子
清らかなブルーの水に雪をうっすら被った岩が きれいだった。空気が 美味しい。
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【07】撮影:10時54分=藤原 由香里
大輪バス停にて下車し、三峰神社の鳥居をくぐります。
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【08】撮影:10時54分=藤原 由香里
くぐった先に、狛犬が。何だか、スリムで、ボクサータイプです。この日は狛犬にたくさん会いました。
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【09】撮影:10時55分=稲葉 和平
大輪は甲斐と武蔵を結ぶ秩父往還の途中の、三峰神社の表参道への宿場だったという歴史を感じさせる。昔は銅と生糸の産地として経済的にも重要な位置を占めた秩父大宮にも近い
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【10】撮影:10時55分=稲葉 和平
お店と鳥居と電柱のそれぞれがあまりにも無神経な気がするが・・・
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【11】撮影:10時56分=伊藤 幸司
以前はこの一郭に秩父往還の宿場町という風情があったのですが、三峯神社へのロープウェイがなくなって、ここ、大輪バス停で降りる人はほとんどいなくなったのではないでしょうか。
この国道140号は熊谷から秩父盆地を抜けて甲府盆地の向こう側、富士川町(旧増穂町)まで。1998年の雁坂トンネル開通で荒川源流と富士川源流がつながったことになり、埼玉県側では「彩甲斐街道」、山梨県側では「雁坂みち」という愛称がつけられましたが、甲府盆地では「笛吹ライン」とも呼ばれているようです。
長距離の大型トラックが走りやすい道なので、登山者としてはできるだけ歩きたくない道なので、バスやタクシー情報をいろいろ収集しておきたいところです。
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【12】撮影:10時56分=稲葉 和平
道端の石像にしては威厳のある顔つき
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【13】撮影:10時57分=伊藤 幸司
これが三峯神社への表参道の始点です。名前は登竜橋。江戸時代以前から表参道の橋としてあったとされているものの、明治時代の木造の橋(やや下流にあったそうです)が1914年(大正3)に現在の位置に木造で架橋、さらに1955年(昭和30)現在の鉄製の橋で架け替えられたのだそうです。橋面というらしいのですが、コンクリートを踏んで歩く歩道橋です。
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【14】撮影:10時57分=伊藤 幸司
これは登竜橋から見下ろした荒川の下流側。江戸時代、この流れは隅田川となって江戸の心臓部へと注いでいました。しかし本来は流路を自在に変えながら利根川とともに関東平野を形作ってきた川です。全長22㎞に及ぶ荒川放水路を掘削して岩淵水門で放流できるようになったのは1930年(昭和5)のことだそうです。
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【15】撮影:10時57分=稲葉 和平
もう少し雪があると思っていたが、この分ならアイゼンは不要かもという予感はした
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【16】撮影:10時58分=伊藤 幸司
すでに営業を停止したこの店は茶店でしょうか。屋根を突き破って杉の木が生き生きとそびえていました。
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【17】撮影:10時58分=稲葉 和平
お店を建てたときには杉の樹との共生が売りだったのだろう
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【18】撮影:11時00分=稲葉 和平
昭和16年の弐千円は日本銀行の「企業物価戦前基準指数」をベースに単純計算すると現在の80万円くらい? ちょっと感覚的に合わない。計算が間違っているのかも・・・
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【19】撮影:11時11分=伊藤 幸司
かつてここにロープウェイの大輪駅がありました。開業は1939年(昭和14)で2007年(平成19)に老朽化のため廃止されました。ロープウェイの架線は写真ほぼ中央に写っている直線的な溝のところにあったようです。
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【20】撮影:11時15分=藤原 由香里
以前のロープウェイ乗り場だった場所。三峰山表参道、これより約2時間だそうです。
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【21】撮影:11時18分=藤原 由香里
登山道をしばらく行くと、天然のツララが見えました。ああ、凍っている‼︎ 自然現象を目の前にして、心が震えました。
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【22】撮影:11時20分=伊藤 幸司
さすがに名門神社の表参道です。杉並木にその風格が現れています。
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【23】撮影:11時21分=稲葉 和平
それほど寒さは感じなかったが滝は凍っていた
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【24】撮影:11時21分=矢野 博子
先頭を行くFさん。皆に先駆けて見つけた沢山のつららに 歓声が 上がった。ここから先も心配したほど 道に雪はなく 最後まで アイゼンなしで歩けた。
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【25】撮影:11時21分=矢野 博子
こんな立派なつららを見たのは初めて。予測もしてなかっただけに 特別なプレゼントもらったみたいで まさしく サプライズ。
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【26】撮影:11時23分=藤原 由香里
おおー‼︎ 苔むした岩に、雪が砂糖菓子のようにふんわりとかぶり、細いツララがキラキラと輝いています!
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【27】撮影:11時24分=藤原 由香里
あー、きれいです。
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【28】撮影:11時25分=稲葉 和平
歩き始めて30分くらい、この滝で一休み
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【29】撮影:11時25分=稲葉 和平
三十槌の氷柱が今日のテーマだが、この氷柱でも十分に美しい
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【30】撮影:11時31分=藤原 由香里
こんな風に途中で、二股、三股…と分かれた状態で。
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【31】撮影:11時35分=伊藤 幸司
背後に雪の斜面が見えています。樹林の中には降り積もらない程度の雪だったことがわかります。
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【32】撮影:11時44分=矢野 博子
滝は しぶきが かかって来そうなくらい勢いが良かった。この滝も数日後には 凍り付くのだろうか。
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【33】撮影:11時45分=藤原 由香里
この登山道には、こんな風な素朴な橋が3ヶ所かかっていました。
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【34】撮影:11時47分=藤原 由香里
締めのツララ。滝とのコラボです。ここには鳥居や東屋があり、お昼の休憩をしました。
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【35】撮影:11時48分=稲葉 和平
うっすらと被った雪が景観を引き立たせている
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【36】撮影:11時48分=稲葉 和平
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【37】撮影:11時49分=伊藤 幸司
この堂々たる氷柱(つらら)は清浄の滝のところにありました。
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【38】撮影:11時50分=矢野 博子
まさに つららの饗宴。色々な 響きが聞こえてくる。
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【39】撮影:11時51分=伊藤 幸司
清浄の滝という名がぴったりです。参詣の道すじにある禊の場として、とてもよくできていると思ったのはこの滝の構造です。
まずは手前にゆったりとやすめる広場があります。あずま屋もありますが、社があるので、とりあえず荷物をおろしてひと休みしたい気分になる広場です。
すると、新しい風を感じます。夏ならもちろん気持ちいい涼風ですが、この場面でも、厳しい雰囲気の冷たい空気に囲まれます。
そこからです。滝へと近づくのは簡単ですからどうしたって行ってみたい気持ちになります。そしてどこへでも自由に行けるのです。
厳かな気分も感じられますが、落ちている水流の、どれかひとつを目指して近づいていくと、この滝がとてもオープンマインドだということに気づきます。
名瀑だと思います。
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【40】撮影:11時51分=伊藤 幸司
滝に近づいていくと、落ちてくる水の一滴一滴がそれぞれの役割で滝を構成しているとわかります。別の言い方をすればとりとめのない半端な感じが「いいな」と思いました。
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【41】撮影:11時51分=矢野 博子
今渡ってきた橋にも 薄く雪がかかっていた。足元に注意を今まで以上に向けてゆっくり渡った。
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【42】撮影:11時51分=矢野 博子
中々 迫力のあるつららもあった。
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【43】撮影:11時53分=伊藤 幸司
ゆったりとした気分で清浄の滝を振り返りました。最初、この光景から、近づいて見たいという、誘い込まれる気持ちになりました。
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【44】撮影:11時57分=稲葉 和平
昔から参詣の人々がこの滝で旅の疲れを癒したというのがよく分かる
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【45】撮影:12時02分=伊藤 幸司
まっすぐに伸びたスギの大木。この兄弟木がこのあたり一帯を埋め尽くしていた時代があったのではないかと想像しました。
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【46】撮影:12時03分=伊藤 幸司
表参道というより登山道という感じの道をたどっていきます。
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【47】撮影:12時06分=藤原 由香里
樹齢何年の切り株でしょうか?
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【48】撮影:12時09分=伊藤 幸司
ときおり現れる古木は、たぶん表参道が最盛期だった名残だと思いますが、現在のルートが本当に参道だったかどうか、調べてみないと断定できないというふうに感じます。神の使いとするオイヌサマ(ニホンオオカミ)関係の資料が展示されているという三峯山博物館には「三峯山詣」に関する資料がいろいろあるということなので一度見学したいと思いながら、まだ実現していません。
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【49】撮影:12時11分=藤原 由香里
妙法ヶ岳の山頂を横目に登ります。
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【50】撮影:12時12分=伊藤 幸司
冬だからこそ……ですが、木の間越しに妙法ヶ岳が見えています。「三峰山」というのはこの妙法ヶ岳(1,329m)、白岩山(1,921m)、雲取山(2,017m)の三山のことで、雲取山は東京都の最高峰、奥多摩最奥の山で、同時に埼玉県〜山梨県〜長野県と西に向かって延びる奥秩父連山の起点とされています。
通常ならこの計画では三峯神社から妙法ヶ岳往復として、白雲閣で入浴、バスで西武秩父駅に直行するところですが、今回は帰路「三十槌の氷柱」(みそつちのつらら)に立ち寄るために、登山としては三峯神社までとしました。
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【51】撮影:12時15分=稲葉 和平
明るい日差しの中は風さえなければまるで春のよう
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【52】撮影:12時16分=伊藤 幸司
冬の山歩きでは、こういう瞬間が「気持ちいい風景」と映ります。葉を落とした木々の向こうに、白雲たなびく青空です。こういう風景を構成する要素は季節と天気で予め準備されているわけですが「見えるチャンス」は、なぜか限られているのです。写真で見るとどうということのない風景に見えますが、私には冬の山歩きの極めつけの瞬間のように思われるのです。
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【53】撮影:12時22分=伊藤 幸司
妙法ヶ岳です。あの頂上に三峯神社の奥宮があります。
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【54】撮影:12時23分=伊藤 幸司
標高700mを過ぎたあたりに薬師堂跡がありました。女人禁制であった江戸時代の三峯山では妙法ヶ岳を望めるこの場所に女性参拝者を泊めることのできる施設があったようで、その数が3,000人を数えたという記念碑もあったとか。私たちは間違いなく表参道跡を歩いているようです。
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【55】撮影:12時25分=伊藤 幸司
薬師堂からの登りはまちがいなくかつての表参道。杉並木の名残だと思われます。
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【56】撮影:12時28分=伊藤 幸司
妙法ヶ岳の山頂は三角点(標高1,329m)のある写真右手のピークですが、三峯神社の奥宮は左手のピークになります。三峯神社から雲取山に向かう登山道を1㎞ほど行ったところから分岐してこの尾根の向こう側を写真の右から左へとたどってきます。危険ではないけれどちょっと爽快な痩せ尾根です。長い階段とハシゴを登るとお山のテッペンという感じの奥宮に建つことができます。
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【57】撮影:12時46分=伊藤 幸司
このあたりは、私のシミュレーションマップでは直径100mの円が接しあって並んでいます。2万5000分の1地形図上で50mごとの等高線を中心とする100mの円ですから、それらが接しあって連続していれば傾斜は「100m先で50m」の傾斜です。100分の50、あるいは50%という勾配です。tan=0.5で約26.5度とわかります。
私の観察では日本の登山道の基本は20度を共通の目安にしています。それ以上の急斜面では登山道はジグザグを描いて20度以下に傾斜を緩め、20度以下の斜面では道は地形なりに伸びていきます。もちろん道付けをした人の考えによってそれぞれ違いはありますが。
ここでは約26.5度という斜面を真っ直ぐに登っていますから「急な上り」と感じます。
2万5000分の1地形図で50mごとに引かれている太い計曲線が登山道と交差するところを中心に直径4mmの円(記号定規にあります)を赤ペンで描いていきます。その赤円が接していれば約30度の傾斜、ひとつおきなら約15度という目安になります。
ちなみにここで表題にしている「49パワー」はその標高50mごとの赤円の数と、地形図上で(ラフな方法で)計った500mの距離ごとの青い四角を数えたもので「1時間に8パワー」という出力を基準にして行動しています。平地なら四角を8つ。時速4㎞の歩きです。1㎞先で300m登る標準的な登山道なら「時速1㎞」となります。
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【58】撮影:12時55分=伊藤 幸司
標高950mあたりに宿坊(の廃墟?)がありました。ここで10分休憩しましたが、気温が2.5度Cだったので無風ながら、日向が恋しい感じがしました。
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【59】撮影:13時08分=伊藤 幸司
神社の寄進には「杉苗」というのがあります。ほんとうに杉苗なのか、名目なのかわかりませんが、神社とスギとの関係は浅からぬものがあります。
朝日新聞社の森林文化協会の機関紙「グリーンーパワー」で「生きる──自然とともに」という連載企画を担当していたことがありますが、1980年の1月号では「「千年前の森にもどす二百年計画」というタイトルで伊勢神宮の営林部長・奈良英二さんを訪ねました。
当然、神宮の森といえば内宮参拝路です。次のように書きました。
「参詣者は、宇治橋を渡ってから玉砂利の参道をしばらく進む。五十鈴川の岸にもうけられた有名な御手洗場から、いよいよ社殿へと歩を進めるわけである。
 この内宮参拝路は最奥の社殿まで七百メートルあまりの距離にすぎない。しかもこの間、参詣者に媚びるような絢爛豪華な仕掛けは何もない。樹齢六、七百年のものもあるという老杉が参道をおおい、その木もれ日が、色相の少ない景観に輝きを加えているだけである。正殿の、神明造りとよばれる白木の直截簡明なデザインにしても、神域のおごそかさは、すべて木の演出によるものと思われた。」
ところがそれは5,400haもある宮域林のうちわずか90haほどの「神域」(内宮・外宮それぞれに)の風景であって、その背景として宇治橋付近から見える範囲をカバーする1,000haほどの「風致林」と、その周辺に広がって五十鈴川の流域を完全に覆う約4,000haの御造営用材備林が神宮の森となっているという。
ところが奈良さんはこう語った。
「平安期以前は御遷宮のご用材をここから伐り出しておったのだから、ヒノキの生い茂った昼なお暗い山だったのでしょう。
 しかしそれから、山はだんだん荒れてきた。南北朝時代には武将に横領され、徳川時代になると地元民の入会地のようになって、ほとんどが樹齢三十年に満たない薪炭林となっていた。森林の復元が本格的におこなわれるのは明治になってからですね」
伊勢神宮でさえ歴史に翻弄されてきたのですから、神社の森を千古不伐などと安易に見てはいけないのです。神社はその時代時代の森林を抱えながら生きたといえるのです。この風景も、もちろん。
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【60】撮影:13時09分=伊藤 幸司
もう1軒、宿坊の建物がありました。こちらは使える状態かもしれないと思われました。電気は来ているし、裏に貧相ながら水道の蛇口もありました。
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【61】撮影:13時18分=藤原 由香里
あらぁ、うさぎの足跡かなぁ。
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【62】撮影:13時22分=伊藤 幸司
三峯神社の社殿に近づくと杉林はその密度を高めてきました。ここを登りきればもうそこが神社の境内だという気配が広がっていました。
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【63】撮影:13時22分=矢野 博子
三峰神社入口にある見晴台からの遠景。秩父の山並みが きれいに見えている。この道はどこに続くのだろう。
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【64】撮影:13時23分=藤原 由香里
三峰神社の裏手から入りま〜す。
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【65】撮影:13時23分=矢野 博子
ややピンボケになってしまった一枚だが 三峰神社境内。寒さ厳しい一日だったが 若い人も含め 割と多くの参拝客が訪れていた。 
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【66】撮影:13時24分=伊藤 幸司
境内に出ると、そこに遥拝殿がありました。妙法ヶ岳の遥拝なのですが、足元には荒川の流れが見えました。標高差にして約700mの風景です。
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【67】撮影:13時24分=藤原 由香里
三峰神社の狛犬たちです。表参道入り口の一体を含め、6体に会いました。
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【68】撮影:13時28分=伊藤 幸司
遥拝殿から随神門へと下っていく石段です。
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【69】撮影:13時28分=稲葉 和平
三峰神社の立派な山門。雪の被った屋根が美しい
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【70】撮影:13時28分=矢野 博子
立派な山門。見事な彫刻が 施されていた。
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【71】撮影:13時29分=伊藤 幸司
これが随神門。「扁額は増山雪齋の筆跡」と神社のホームページにありましたが、江戸時代に活躍した文人大名の伊勢長島藩主・増山正尚賢(ましやま・まさたか・1754-1819)の揮毫ということです。私にはこの文字が読めないので調べてみたのですが「三峯山」だろう「三峯山」に違いない、という以上のことはわかりません。
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【72】撮影:13時29分=矢野 博子
広い境内に冬の陽射しが 優しい。暖かい室内の美味しいコーヒーで生き返った。
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【73】撮影:13時30分=伊藤 幸司
ここには1691年(元禄4)から仁王門があったそうですが、1792年(寛政4)に随神門として再建され、1965年(昭和40)に改修された……と解説されています。
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【74】撮影:13時30分=藤原 由香里
それぞれ個性があります。かわいらしい感じだったり、
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【75】撮影:13時31分=稲葉 和平
正面からみるお犬様。威厳がある
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【76】撮影:13時32分=稲葉 和平
随分ときらびやかだ
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【77】撮影:13時32分=稲葉 和平
頭の頂から鼻先にかけて直線的で角度があまりないことがニホンオオカミと犬との大きな違いらしい
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【78】撮影:13時33分=藤原 由香里
賢そうだったり、
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【79】撮影:13時35分=藤原 由香里
筋肉質で強そうだったり、
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【80】撮影:13時39分=伊藤 幸司
これは1800年(寛政12)の拝殿。「正面に掲げた大額は有栖川宮一品親王殿下の恩染筆」と解説されていますが、有栖川宮一品親王殿下というのは大物らしいのです。
有栖川宮幸仁親王(ありすがわのみや・ゆきひとしんのう・1656-1699)が正式名称となるのでしょうが、本来は後西天皇の第二皇子で高松宮家の第三代当主であったのを1672年(寛文12)に有栖川宮と改称、親王・内親王の身分制度というべき叙品において1678年(延宝6)に二品、1699年(元禄12)に一品の昇叙されたという。
そしてこの人は、1680年(延宝8)に4代将軍徳川家綱が死去した際、大老・酒井忠清が宮将軍として有栖川宮家からこの幸仁親王を擁立しようとしたという説があるほどの大物であったようです。
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【81】撮影:13時40分=藤原 由香里
三峰神社は山の地形の中、きれいな立派な神社でした。
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【82】撮影:13時58分=藤原 由香里
コーヒーで一息*\(^o^)/*
このテーブルは何処の切り株⁉︎
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【83】撮影:14時00分=伊藤 幸司
この日、興雲閣のお風呂は工事中であったため、選択肢からはずれ、空いた時間を小教院でお茶ということに。
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【84】撮影:14時17分=伊藤 幸司
忘れそうになっていた記念写真を拝殿前で。
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【85】撮影:14時18分=伊藤 幸司
三峯神社の特徴のひとつといえるのは立派に整えられた摂末社の列。23社あるとのことですが、摂社というのは以前は神社の祭神と関係する神を祀ったもの、末社はいろいろな因縁で境内に置いた神だったそうですが、今ではひとくくりに「摂末社」と分類されるといいます。
この写真で一番左にある大きな社は伊勢神宮(天照皇大御神・豊受姫大神)、その左、写真外には日本武神社、国常立神社、祖霊社と並んでいるのだそうです。
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【86】撮影:14時20分=藤原 由香里
しっかりもののようだったり。この狛犬もかなりの筋肉質ですね〜。
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【87】撮影:14時22分=伊藤 幸司
三峰信仰といえばオイヌサマ。犬神はすなわち狼ということで、関東の山の神社ではあちこちでこのオイヌサマと出会います。西方のライオン像の血をひくという狛犬と比べるとやはりリアリティを感じます。
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【88】撮影:14時22分=稲葉 和平
首の太さがたくましい
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【89】撮影:14時23分=伊藤 幸司
三峯神社の境内からバス停のある駐車場に下るところから山並みが見えました。まず目に入ったのは飛龍山のコブコブでした。
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【90】撮影:14時23分=稲葉 和平
左端が白岩山(1921m、埼玉県)、真ん中が雲取山(2017m、東京都)、右の凸凹が飛龍山(2069m、山梨県)
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【91】撮影:14時24分=伊藤 幸司
右端に、飛竜山のコブコブがあります。ここからだと中央に見えるのが雲取山、左端にみえているのが白岩山だと思います。いわゆる三峰の2つがそれです。写真から切れていますが、さらに左霧藻ヶ峰あって、そこからこちらへ、妙法ヶ岳へと下ってくる感じです。
ここから歩くと今夜は秩父鉄道の奥秩父開発に由来する雲取山荘か、山頂にある東京都の雲取山避難小屋に泊まることになります。一度冬、深い新雪に往生して、雲取山荘の灯火に導かれてようやくたどり着いたことがありました。携帯電話が通じたので大事にならずにすみました。
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【92】撮影:15時16分=稲葉 和平
三十槌の氷柱。想像していたよりスケールが大きい。対岸の駐車場からだと真上から見ることができるようだ
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【93】撮影:13時21分=矢野 博子
観光スポットになっている 三十槌の氷柱。今が見ごろ ということで 多くの人が訪れていた。評判通り 中々見応えのあるつららだった。
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【94】撮影:15時21分=矢野 博子
この寒さが 続く限りこのつららは どんどん伸びて行くのだろう。 
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【95】撮影:15時22分=稲葉 和平
随分大きいと思ったが半分は人工的に作ったものらしい。左側が自然の氷柱、右側は人工的に作った氷柱
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【96】撮影:15時22分=稲葉 和平
なかなかの景観だ。ライトアップされるとまた違った趣になるに違いない
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【97】撮影:15時24分=伊藤 幸司
これが「三十槌の氷柱」(みそつちのつらら)のナチュラルバージョン。表参道の清浄の滝で見た自然のままのツララがここに拡大展示されたという感じです。
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【98】撮影:15時24分=伊藤 幸司
ただ大型のツララだとすれば、氷結した滝にはかなわないけれど、ここでは氷の一筋一筋がその人生を見せてくれているという感じがしました。見るに値するとすれば、そこだと思います。
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【99】撮影:15時24分=稲葉 和平
人工氷柱はダイナミックな感じもするが、自然の造形の美しさにはかなわないようだ
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【100】撮影:15時26分=伊藤 幸司
ツララが内蔵する鉛直の軌跡と、次々に滲み出てくる水流をどういう落し口に導くかという岩側の企みとが、雰囲気の違うブロックを作り出しているとも感じました。
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【101】撮影:15時26分=伊藤 幸司
なんともまあ森の奥行きを感じさせるツララでしょうか。なんとなくシャッターを切ったのですが、見れば見るほど神の手を感じます。
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【102】撮影:15時26分=伊藤 幸司
さてこれは、ナチュナルバージョンではなくて、その手前のアーティフィシャルゾーンだったと思います。人為的に水を加えてツララを維持しているということを明記してロープで区別した、そのこちら側だったかと思います。厚化粧のツララだと思って撮った記憶がありますが、さて本当だったか?
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【103】撮影:15時27分=稲葉 和平
遠くから見ると水煙が上がっているように見える人工氷柱
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【104】撮影:15時27分=稲葉 和平
きっと照明を計算に入れての造形なのだろう
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【105】撮影:15時28分=伊藤 幸司
人工的なツララを壁面とする美しい風景もありました。
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【106】撮影:15時28分=稲葉 和平
繊細な鋭さが美しい
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【107】撮影:15時28分=矢野 博子
自然の成せる技。 
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【108】撮影:15時30分=藤原 由香里
そして、三十槌の氷柱です。天然ものは繊細で上品です。
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【109】撮影:15時31分=伊藤 幸司
たぶん、こちらは間違いなく、人為的なツララ。「きれい」というのはちょっと腹立たしいけれど、自然に滲み出た水流と、人が加えた水流と、どっちがどっちだって、見た目がよければいいじゃないかというふうにも思えてきました。厚化粧か整形手術かという境界領域だと考えてみることにしました。
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【110】撮影:15時31分=矢野 博子
岩がコバルトブルーの水面に迫って来ている。
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【111】撮影:15時34分=稲葉 和平
水面に映る氷柱は光線の具合で様相が変わるのだろう
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【112】撮影:15時34分=稲葉 和平
アップで撮っては見たけれど、なんとなく中途半端
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【113】撮影:15時34分=稲葉 和平
そっけないかもしれないけれど、個人的にはこちらの自然の氷柱の方が好きだ
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【114】撮影:15時36分=稲葉 和平
人工氷柱のごてごて感も悪くはないが
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【115】撮影:15時38分=藤原 由香里
軽くスケート。
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【116】撮影:15時40分=伊藤 幸司
なんでここだけに? という氷の水面がありました。
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【117】撮影:15時40分=伊藤 幸司
これは明らかな整形ツララ。ポンプ車で放水して氷の塑像を作り上げたのは間違いのないところでしょう。かつて西沢渓谷でもこの手法で観光客を集めていたようですし、冬の八ヶ岳で氷のオブジェを見たこともありました。
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【118】撮影:15時40分=稲葉 和平
陽が高い時間だとまた違った世界になるのかもしれない
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【119】撮影:15時40分=稲葉 和平
よく固めました!
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【120】撮影:15時40分=稲葉 和平
これでもか! という具合に凍らせたボリューム感がすごい
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【121】撮影:15時41分=矢野 博子
三十槌の氷柱の全体像は こんな感じ。この脇に人工の氷柱が 作られていたが やはり天然のものには かなわない。夕方からは ライトアップされるとかで それを目指して多くの人が 訪れていた。 
今回の三峰山は 終わってみれば ”氷柱の饗宴”だった。
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【122】撮影:18時04分=藤原 由香里
シメは、美味しいおそばやさんでした。楽しい時間をありがとうございました。
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【123】撮影:18時25分=伊藤 幸司
この日は大滝温泉・游湯館で入浴し、西武秩父駅前の「円」でそばを食べました。

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