発見写真旅・展(74)――2015.7.11 蕨山(50パワー) 発見写真旅・展(74)――2015.7.11 蕨山(50パワー)

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*計画書では計画のポイントを次のように書きました。
この山の最大の利点は静かな山歩きです。
梅雨時の天気はどうなるか分かりませんが、夏に向けてじっくり歩きたいと思います。
下りたところは有間ダム下のさわらびの湯。ここは下りで時間が短縮できなければ時間切れになりますから、その場合は飯能に出ます。
*特段の個性はないのですが、きちんとした登りと稜線歩きの気分を味わえる下りがあって、とにかく静か。ほとんど人と会わない山だと考えています。でもルートはしっかりしているので、冬に歩くと満足感が得られます。
*計画書では行動予定を次のように書きました。
1030ごろ_名郷バス停を出発────登り19ポイントを2時間半として
1300ごろ_蕨山────下り19ポイントを2時間半として
1530ごろ_金比羅山────下り12ポイントを1時間半として
1700ごろ_さわらびの湯
時間的にさわらびの湯に入れない場合には飯能に出ることを考えましょう


★糸の会山行[957] 蕨山(50パワー)────2015.7.11
*登り19p→下り31p

・1025……名郷バス停(標高約350m)を出発
・1100-05……休憩(標高約550m)
・1125-35……稜線に出て休憩(標高約650m)
・1225-30-45……休憩+眼鏡の話(標高950m)
・1305……蕨山山頂(標高1,044m)先着グループが日陰を占拠していたのでほぼ通過
・1305-15……休憩(標高約1,000m)
・1405-10……休憩(標高約800m)
・1425……大ヨケの頭(標高771m)通過
・1450-1500……休憩(標高約700m)
・1530-35……金比羅神社跡で休憩(標高約600m)
・1613……さわらびの湯着
*行動時刻は概数です


今回の写真出展メンバー(提出順)は以下の3人です。
佐藤 時子(10点)
土屋 千鶴子(15点)
伊藤 幸司(33点)


★このアルバム・シリーズは糸の会の山行を参加者のみなさんと記録した写真集です。写真は撮影時刻順に並べて本展示としました。(期間を限定せずに)みなさんのコメントをお待ちしています。

撮影:佐藤 時子────1/2

【31】14時17分 【32】14時18分 【33】14時18分 【36】14時29分 【42】15時05分

撮影:佐藤 時子────2/2

【43】15時05分 【46】15時30分 【52】16時09分 【53】16時10分 【56】18時33分

撮影:土屋 千鶴子────1/3

【01】10時18分 【08】11時08分 【15】12時25分 【16】12時46分 【18】13時00分


【01】飯能でバスに乗車して名郷にて下車する。ハイキングコースの看板
【08】立派な苔が目立つ、木洩れ陽がシダを引き立たせていた。
【15】苔の中から覗いていた新芽。
【16】まあ素敵!と後ろでKさんが昨日の雨に洗われた柔らかい葉の緑に感動していた。
【18】蕨山頂上にあった看板を写す、時間はジャスト計画書通り。

撮影:土屋 千鶴子────2/3

【28】13時54分 【30】14時15分 【39】14時46分 【40】15時03分 【41】15時09分


【28】良く手入れされている林、東京が江戸と呼ばれた時期には需要があったとの事。さて現在は?
【30】頂上から少し下った所はるか山々が折り重なっています。
【39】山に住む動物の食害から防ぐためなのでしょう若木にネットが巻かれています
【40】小さい小さいセミの抜け殻
【41】雪害とは考えにくいし雷の害でしょうか一本だけが折れています先の方が枯れているのでだいぶ時間が経過しています

撮影:土屋 千鶴子────3/3

【45】15時29分 【48】15時40分 【49】15時41分 【51】16時08分 【54】16時10分


【45】祠の前にあった枯れ木を無造作に積み上げたもの。いつしか訪れる人の目をひくように
【48】老木に空いた穴小さな生き物たちが利用しているのだろう穴の上の方は空洞になっていた
【49】祠に通じる鳥居、結構人の往来があるらしく根本にちいさな石が積み上げられている
【51】本日、貴重なお花の一枚しっかり虫も写っていた
【54】本日の行程ここで終了、さわらびの湯はすぐそこです
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【01】撮影:土屋 千鶴子=10時18分
飯能でバスに乗車して名郷にて下車する。ハイキングコースの看板
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【02】撮影:伊藤 幸司=10時34分
10時25分に名郷バス停を出発してしばらく舗装された林道を歩きました。これはその道筋。滝のように見えますが、ミクロ滝。でもうれしくなります。
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【03】撮影:伊藤 幸司=10時42分
この林道は林業のためにしっかりと使われていることがわかります。手入れがかなり行き届いた人工林が続きます。
*するとこの道脇に「西川林業」と書かれたライトバンが止まっていました。西川林業は簡単に言えば奥武蔵一帯の造林地帯の総称。江戸時代に100万人都市の江戸に薪炭を供給したのに始まり、建築材料を筏で流すようになりました。どの川から流しても荒川に注ぎ、河口の墨田川へと直結していたからです。本格的な育成林業が始まったのは明治になってからだそうですが、大正4年に武蔵野鉄道(現・西武池袋線)が開通すると飯能が木材の集積地となったのだそうです。そういうブランド意識がいまもこの地方には残っています。
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【04】撮影:伊藤 幸司=10時45分
林道が終わって、沢の対岸を登ります。地図によればけっこうな急登になるはずです。
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【05】撮影:伊藤 幸司=10時48分
首都圏での一般的な印象では、スギ・ヒノキの植林地はだいたい30度以上の急斜面に広がっています。登山道がそこを抜けて稜線に出ようとするときには、たいていの場合登山道はジグザグに延びて、私が言う標準的な登山道に近似となります。30度の斜面に20度の登山道が開かれて、そこを「時速1km」で登るという驚くほど統一的な世界になります。
*ここでは詳しく書きませんが、標準的登山道では平地を時速4kmで歩くエネルギーで時速1kmですから、体を垂直に持ち上げるために4分の3のエネルギーを使って、高度で300m登ると概算するのです。
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【06】撮影:伊藤 幸司=10時52分
東京オリンピックの頃には日本人が美しいと感じる森は(統計によると)スギ・ヒノキの針葉樹林でした。しかしいま、荒廃した人工林はオバケが出そうな森になっています。この写真のような風景は十分に美しいといえます。西川林業というブランドを現在もなにがしか持ち続けている奥武蔵の山々はそういう意味で、登山者にも恩恵を与えてくれます。
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【07】撮影:伊藤 幸司=11時08分
美しい森林といいながら、しかし、これも現実的な姿です。
*林道脇の林では見られなかった間伐材の放置。かつてはこれが薪炭や建築用足場材として商品化されたのに、放置しただけでは環境の保全に良くないのはもちろん、手入れ作業の費用が出ないのです。飯能市はいま「森林文化都市」を宣言しているそうですが、森林面積の9割が私有林で、そのほとんどが小規模経営だそうです。新しい林業経営への移行も、なかなかむずかしい問題があるようです。
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【08】撮影:土屋 千鶴子=11時08分
立派な苔が目立つ、木洩れ陽がシダを引き立たせていた。
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【09】撮影:伊藤 幸司=11時35分
稜線に出ると、たいていは向こう側から自然林が這い上がってきています。こういう場所では、新しい風を感じます。とりあえず1本休憩。
*糸の会では基本的に5分休憩と、10分休憩しかありません。5分休憩だとひと口水分、10分休憩だと行動食を軽く1回分という見当です。
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【10】撮影:伊藤 幸司=11時42分
稜線を登っていくと、しだいに自然林の世界に入っていく……というのが好ましいかたちだと思います。季節感が私たちのまわりを取り囲んでいます。
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【11】撮影:伊藤 幸司=11時46分
左手がちょっとおかしい人の後ろ姿が写っています。Sさんです。5月26日に自転車で転んで左手親指の骨折、6月5日の手術によるギブスがこの山までに外れるかどうかというギリギリのところで参加しました。
*この山では山頂手前の岩っぽい急登が安全に登れるかどうか、ちょっと心配でしたが「大丈夫でしょう」という私の楽天的な判断で参加されました。
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【12】撮影:伊藤 幸司=11時48分
じつはここが、登りでは多分唯一の展望地点。身を乗り出して見渡せるようにもできていると思います。ちょっとスリリングですが。もちろん私たちはだれもそんなことしませんでしたが。
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【13】撮影:伊藤 幸司=11時51分
ロープが下がっています。ロープにしてもクサリにしても、あるから使うというのは「危険の始まり」です。
*私たちは(1)ダブルストックで登れるか、(2)山側のみハンドホールドで登るか、(3)使わないストックをうまくさばきながら両手を直接使って登るか、と岩場と自分の力量のかみ合いを段階的に確認していきます。そしてダブルストックがうまくさばけずにイライラしてきたら(そこが危険の大きなシグナルですから、ダブルストックはそのままで)きちんとした「3点支持」でゆっくりと登ります。そうすることで自分とルートとの技術レベルの変化を確認しながら登ることが重要だと考えます。ロープやクサリは冬になるとものすごくありがたい安全装置になったりします。私はそういう皆さんの余裕分を、ストックの扱い方で見ています。
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【14】撮影:伊藤 幸司=12時08分
白い小さな花がいくつも道に落ちていました。白いツバキです。その花を落とした木は幹が不思議なはげ方をして、最終的に赤味のあるツルツルの樹肌になります。
*天城山には見事な巨木がたくさんあって、ヒメシャラという名前を一発で覚えてしまいますが、じつはシャラノキと呼ばれるナツツバキと私は区別がつきません。花期が5月のヒメシャラに対して6〜7月のものがナツツバキだと思っているだけなのですが。
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【15】撮影:土屋 千鶴子=12時25分
苔の中から覗いていた新芽。
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【16】撮影:土屋 千鶴子=12時46分
まあ素敵!と後ろでKさんが昨日の雨に洗われた柔らかい葉の緑に感動していた。
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【17】撮影:伊藤 幸司=12時54分
東北の山だと、これくらいの斜面は一直線に登っていたりします。しかし首都圏では軟弱な登山者のために、こまかなジグザグ道を用意してくれています。
*さて、これを直線的に登る場合と、ジグザグに登るときには歩く距離が違います。私は登山道の距離を2万5000分の1地形図で計って地形図を縮尺自由に活用できるようにしていますし、500mごとの距離(水平距離)をコースタイム計算の重要なよりどころとしています。たぶん、登山のベテランほど、その方法に不信感を抱くでしょうが、いろいろな計り方を試みた後に、紙片に2cmの目盛りを振って、地図上に置いて、ペン先で押さえながら登山道に沿わせていくという最も簡便な方法に行き着きました。当然、地図上で登山道(徒歩道)は「道幅1.5m以下」(平成25年図式では1.0m未満と変更)の道として破線で描かれていますが、その線の太さは0.2mmですから、2万5000倍すると実際の5mに当たります。つまりこの写真にあるような小さなジグザグは、どんなに正確に描いてところで、地図の破線の中でのジグザグとなってしまって、長さに反映されません。いろいろな仕事でその誤差をチェックしていった結果、標準的な登山道では最大20%長い方に狂いが出ると考えるようになりました。とても使える計り方ではないのですが、この「500m」を7分半(水平に時速4kmで歩くとすると500mは7分半)という時間目盛りとすると、実際の距離が20%オーバーになっても9分になるだけです。体を上に持ち上げるのにかかる時間(エネルギー)が全体の4分の3を占めていますから、誤差は1時間に対してたった1分半ということになるのです。この辺のところは私の著作で繰り返し説明しています。
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【18】撮影:土屋 千鶴子=13時00分
蕨山頂上にあった看板を写す、時間はジャスト計画書通り。
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【19】撮影:伊藤 幸司=13時04分
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【20】撮影:伊藤 幸司=13時04分
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【21】撮影:伊藤 幸司=13時05分
山頂で、初めて空を見たように思いました。
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【22】撮影:伊藤 幸司=13時21分
緑に囲まれた世界で、上を見るのが私は好きです。葉っぱはそれぞれが太陽光を求めて自分の居場所を求めているので、そのうごめきが濃淡模様になっているからです。でも残念ながらなんという木かまったく、さっぱりわかりません。
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【23】撮影:伊藤 幸司=13時26分
一番後ろの人の歩き方が、糸の会ではベストです。まずつま先立ち(あるいは指の付け根に重心がある)で「3歩先」にストックを置いています。傾斜が急になったらそれに応じて前傾姿勢を深めていきます。
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【24】撮影:伊藤 幸司=13時29分
これが白いツバキ。ナツツバキの花がぽろん、ぽろんと落ちています。
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【25】撮影:伊藤 幸司=13時30分
ナツツバキの花。たくさんの雄しべをもっているという点ではまさにツバキの仲間、だと思います。もちろんこんなふうに地面に落ちている姿も。
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【26】撮影:伊藤 幸司=13時30分
自分の幹を自分でこんな風に模様づけしていくのは、ナツツバキ(シャラノキ)、ヒメシャラの得意技です。はがれていくうちにしだいに風格のあるツルンとした肌に変わっていきます。
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【27】撮影:伊藤 幸司=13時35分
下るに従ってまた西川材の世界に踏み込んで行きました。尾根が広がってくると、スギ・ヒノキの森を抜けていくような気分になっていきます。
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【28】撮影:土屋 千鶴子=13時54分
良く手入れされている林、東京が江戸と呼ばれた時期には需要があったとの事。さて現在は?
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【29】撮影:伊藤 幸司=14時02分
こんな、かくれんぼふうの道も出てきました。林の雰囲気が違うのは持ち主が違うからでしょうが、境目がよくわからないまま風景が変わっていきます。
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【30】撮影:土屋 千鶴子=14時15分
頂上から少し下った所はるか山々が折り重なっています。
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【31】撮影:佐藤 時子=14時17分
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【32】撮影:佐藤 時子=14時18分
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【33】撮影:佐藤 時子=14時18分
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【34】撮影:伊藤 幸司=14時19分
下り坂に入って初めてという感じの展望地点。棒ノ嶺(棒ノ折山)から蕎麦粒山へと続く山並みが眼前にあるのですが、どれがどれか、あまりはきとは分かりませんでした。森林が切り払われているところが棒ノ嶺の山頂かと思われましたが。
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【35】撮影:伊藤 幸司=14時20分
この展望地点の足元には名栗湖から入ってくる林道が延びています。ほとんどが一般車両通行止めとなっているようですが、地図で見ると斜面にたくさんの道筋があります。林業経営のための林道なのでしょう。遠くに見える山並みのどこかに蕎麦粒山があるはずです。蕎麦粒みたいな存在ですが。
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【36】撮影:佐藤 時子=14時29分
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【37】撮影:伊藤 幸司=14時35分
この松の木の、この半生になにか大きな事件があったと感じさせる痕跡です。ハッピーなことではなかったでしょうが、古い傷として、今はなんとか記憶の中に閉じ込めている、というふうに感じました。
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【38】撮影:伊藤 幸司=14時39分
林道を渡りましたが、地図が古いのでこれがどの地点かははっきりしませんでした。
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【39】撮影:土屋 千鶴子=14時46分
山に住む動物の食害から防ぐためなのでしょう若木にネットが巻かれています
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【40】撮影:土屋 千鶴子=15時03分
小さい小さいセミの抜け殻
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【41】撮影:土屋 千鶴子=15時09分
雪害とは考えにくいし雷の害でしょうか一本だけが折れています先の方が枯れているのでだいぶ時間が経過しています
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【42】撮影:佐藤 時子=15時05分
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【43】撮影:佐藤 時子=15時05分
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【44】撮影:伊藤 幸司=15時10分
進むにつれて名栗この水面が足元に広がってきました。湖面に浮かぶ舟は動いていました。なにか調査しているように見えました。
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【45】撮影:土屋 千鶴子=15時29分
祠の前にあった枯れ木を無造作に積み上げたもの。いつしか訪れる人の目をひくように
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【46】撮影:佐藤 時子=15時30分
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【47】撮影:伊藤 幸司=15時33分
これが金比羅神社跡。縦走路はここから一気に下ります。
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【48】撮影:土屋 千鶴子=15時40分
老木に空いた穴小さな生き物たちが利用しているのだろう穴の上の方は空洞になっていた
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【49】撮影:土屋 千鶴子=15時41分
祠に通じる鳥居、結構人の往来があるらしく根本にちいさな石が積み上げられている
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【50】撮影:伊藤 幸司=15時44分
大きな洞を持ちながらその上部でへし折られた古木です。こういうふうに力でねじ折られた状態は、湿った重い雪の圧力に耐えきれなかったと想像します。
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【51】撮影:土屋 千鶴子=16時08分
本日、貴重なお花の一枚しっかり虫も写っていた
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【52】撮影:佐藤 時子=16時09分
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【53】撮影:佐藤 時子=16時10分
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【54】撮影:土屋 千鶴子=16時10分
本日の行程ここで終了、さわらびの湯はすぐそこです
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【55】撮影:伊藤 幸司=17時25分
さわらびの湯につかって、飯能行きのバスを待つ列。土曜日の、しかも閉館時刻間近なので、登山者のほとんどがここに並びました。バスがほとんど空できたので、幸いなことに、全員が座れましたが。
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【56】撮影:佐藤 時子=18時33分
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【57】撮影:伊藤 幸司=18時51分
名栗湖でギリギリ入浴できたので、飯能は駅ビルででの夕食。これが一番安い1,500円+税の天麩羅御膳。
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【58】撮影:伊藤 幸司=19時07分
女性陣は男性陣より1ランク上の刺身御膳(2,000円+税)。
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