箭内和子……山笑う・山眠る
遠くの山 20
北ア 槍ケ岳あれこれ――2011.8.13-16
■北ア 槍ケ岳あれこれ
2011年7月、91歳になる父を看取った。遺骨にしてから、49日の法要後の納骨の日まで、時間がぽっかりとあいてしまった。
心の中も、同様だった。父の追悼登山をしよう・・・と、思い立つ。
金木戸川小倉谷の予定があった夫が、同行してくれると言う。登る山は、槍ケ岳に決めた。
槍ケ岳は、蝶〜常念〜表銀座コースを歩いて、槍ケ岳がだんだん近くなるのを楽しみながら歩きたいと、永年思っていた。
でも、このルートは、時間がかかる。色々考えて、下記の様にきめた。
8月13日 自宅〜上高地〜槍沢ロッジ(泊)
14日 槍沢ロッジ〜槍ケ岳〜南岳小屋(泊)
15日 南岳小屋〜大キレット〜北穂岳〜涸沢〜横尾山荘(泊)
16日 横尾山荘〜上高地〜自宅
郡山から、東北道〜北関東道〜関越道〜上信越道〜長野道〜松本へ。
10時には予定通り、上高地から横尾へ向けて、歩きだす。徳沢園の食堂にて、カレーを食べる。なかなか美味しいカレーだった。
14時15分、槍沢ロッジ着。2枚の布団に3人という込み具合。汗を流すだけだったが、お風呂に入れた。
夫が着替えを入れた袋を紛失。必死に探すが見つからず、着の身着のままを覚悟して5時発、槍ケ岳を目指す。天狗原分岐前後は、きつい登りだった。
後は、それなり。9時に槍ケ岳山荘に着く。槍の穂先に登る。順番に押し出されるように山頂に立ち、四方八方を眺める。最高の眺望に恵まれた。
槍ケ岳山荘の食堂で、ラーメンを食べる。スープがぬるく、麺が固い。
一休みの後、南岳へ向かう。大喰岳、中岳を順調に越えて、南岳山頂に向かう。一瞬のうちにガスがかかって来て、風も強くなった。
13時35分、南岳小屋着。コーヒーを沸かして、のんびりする。ずうっと、風が強く、ガスっていて、外に出る事が出来ない。昨日同様、2枚の布団に3人という込み具合だった。
風が強い。でも、晴れてきそうだ。5時5分、大キレットに向かう。
6時20分、長谷川ピーク。お空のご機嫌も最高だったし、岩も、私達も、ベストコンデションだった。北穂に着くまでの間に2か所で、ブロッケンを体験。いろいろなポーズで遊んでしまった。
高校のワンゲルのメンバー7人組を抜いたり、抜かれたりしながら、進む。彼らは大荷物を担いでいるので、下りは慎重だ。下りになると、私達の方が早いが、登りになるとすぐに追い付いてくる。さすが、若さだ。
北穂への最後の登りでは、さっさと行かれてしまった。
8時30分、北穂小屋着。槍を眺めながら、しばしのコーヒータイム。父の追悼登山のはずだったが、ここまでは、まわりの景色に圧倒されて、父を想う暇が無かった。
11時20分、涸沢小屋着。テラスでラーメンと、おでんと、あげ餅を食す。滑落事故があったようで、ヘリが何度も飛んできた。
一度、父と歩きたかったな〜涸沢から横尾へ向かう登山道では、父の事を想いながら歩いた。父は、横尾から涸沢までがきついと言って、涸沢に来る事は、出来なかった。本谷橋で休憩。いつも、通過してしまうので、一度ゆっくりと寛いでみたかった。沢の水で、何度も顔を洗い、手を冷やした。横尾山荘直前で、雨になった。
14時35分、横尾山荘着。濡れ物を乾燥室へ。早めにお風呂の準備をしてくれた。夕食前にすっきり出来て、良い気分だった。ゆっくり休めて、疲れが取れた。6時30分、上高地に向かう。
上高地9時40分発の沢渡行きのバスに乗り、駐車場へ。車に乗り換えて帰途に就く。松本IC近くの「大信州」の蔵元にまわり、お酒を購入。お盆で休業中だったが、福島から来ました・・・と、言って倉庫をあけていただいた。
槍ケ岳の周りの山には、たくさん登っていた。槍ケ岳は、私にとって、眺める山だった。空想の世界のような槍の穂先の姿。あの姿を見て、思わず笑ってしまった。デイズニーランドの乗り物みたいな岩の峰。想像と違っていた槍ケ岳山荘と、槍の穂先の位置関係。行ってみなければ、分からないものだ。
ちょっと、心配だった長谷川ピークと大キレット。展望と岩の感触を楽しみながら歩けた。高度感は充分感じたが、不安感はなかった。まだ、このくらいの岩場は、楽しみながら歩ける。
最近は、自分の行動にブレーキをかける事が多いが、どうなんだろう。自分の毎日に発破をかけたいと、強く思った。
(2011年9月13日 記)
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