市野 武さんからのレポート「東北の避難小屋」と「鳥海山」
………2006.6.12


■2006.6.12――市野 武さんからのレポート「東北の避難小屋」と「鳥海山」(勝手にポイント進呈します)

●永らくご無沙汰いたしております。
●既に2年近く参加しておりませんが、糸の会のHP時々拝見させて頂いております。
●ほとんど幽霊会員状態ですが、自分の休日と糸の会の日程が合わなくなった為で、いずれは復帰したいと思っています。
●今後、土曜日が休みになりそうなので日帰りならば復活あるかもしれません(府中とか中山に行ってしまうかも)。
●9月の南天山などはかなりそそられます。まさか糸の会でこの山が出てくるとは思いませんでした。
●次は諏訪山、帳付山、天丸山あたりでしょうか?
●このあたりはアプローチが極端に悪く関東地方に残された最後の秘境ともいえる所で以前から興味のあった山域ですが、まだ一度も足を踏み込めずにいます。
●とりあえず、自分のような幽霊会員救済制度ができたようですので「OB会員」として登録させていただきました。
●糸の会では「OB会員」ですが、個人的にはまだ現役を何とか続けてはおります。
●とはいうものの山に出かける回数はめっきり減っており、ストレスは溜まる一方です。
●最近はほかの趣味にまわる資金の方が多く、山に注ぎ込める時間と資金がほとんどありません。

●ところで、ボンビバンの「毎日が山歩き」の「講座14・避難小屋の使い方」拝見いたしました。正直に言わせていただくなら、少なからず落胆...。
●以下、勝手に無断引用お許しください。
●『たしかに東北の山はすばらしいが、避難小屋と相性が合わないとハマるというところまでは進まないという感じがする。
●東北の山すそには登山者に利用される温泉宿はあるけれど、本州中央部で一般的な寝具と食事を出してくれる山小屋(営業小屋)はほとんどない。
●したがって山に深く入ろうとすれば、テントを担ぎ上げるか、避難小屋を利用するしかない。
●山麓の温泉宿は収容人数が少ないので、紅葉の時期などはすぐに満室になってしまう。
●避難小屋を利用すれば自由かもしれないが、薄暗い「自炊生活」は重苦しい。』

●以上のくだりには納得がいかないというか、承服しかねるというか、というより避難小屋に対する誤解とマイナスイメージがあるのでは?という気がします。
●(ここで言う避難小屋とは管理人が季節限定で常駐する半営業小屋ではなく純粋に常時開放された無人の避難小屋のことです。)
●自分ははっきり言って東北の山にハマッています。しかも”積極的”に無人の避難小屋にハマッております。
●『使われなければ幸い』とか、『避難小屋を利用するしかない』のではなく、半分は避難小屋に泊まりたくて東北のを山歩いているとも言えます。
●それほど東北の避難小屋は素晴らしいのです。決して薄暗かったり、重苦しかったりと言うことはありません。
●一般的はこんなイメージがあるため、東北の山は人が少なくて良いのですが...。
●インターネットを検索していると「非難小屋」などという誤記すら頻繁に眼にします。
●もちろん数ある小屋の中には著しく居住性が悪く倒壊寸前のものありますが、概ね無人とはいえ管理は行き届いており(多くは地元の山岳会のボランティアによる)、中部山岳方面の営業小屋をはるかに上回る快適な小屋が多いのです。
●利用者のマナーも極一部の不心得者を除けば素晴らしく、きれいに使わせていただかねば申し訳ないという気持ちになります。
●普段は箒など持ったことのない自分も気がつけば出発前に小屋中を掃除したりしています。
●他の登山者と同宿になることはほとんどなく多くても数人程度で、きれいな小屋を広々と使えます。
●特にここ数年で改築された小屋は多く、行ってビックリ、感激の避難小屋がたくさんあります。
●しかも原則無料で泊まれるのだから、積極的に利用しない手はありません。
●昨年の秋には素晴らしい経験をしました。今年もなんとしても時間と資金を作って出かけるつもりでいます。
●以上、勝手な引用と妄言ご容赦ください。別にイチャモンをつけるとか言う気はサラサラなく、東北の山と避難小屋の素晴らしさ知っていただくことを願って
のこととご理解ください。

●自分が東北の山にハマッたきっかけは実は鳥海山でした。
●一度目は悪天候の中を象潟コースから入り、御浜小屋を少し過ぎた所であまりの強風に一歩も、這っても進めず、身の危険を感じて無念の退却。
●2度目に翌年の7月中旬、夜行バス利用で同じコースからリベンジを試み、前回を埋め合わせて余りある好天に恵まれ御浜小屋を過ぎ鳥海湖を右に、飽きるほどの花を見ながら、扇子森を通過。
●千蛇谷の分岐に出たのですが,このとき1週間ほど前の台風の影響で山頂への近道である千蛇谷に下る道が一部崩壊してルートが変更されていました(現在もそのままらしい)。
●ここは千蛇谷コースを使わず分岐から右の外輪山コースに入りました。
●文殊岳、伏拝岳、行者岳といずれも宗教色の強い名前のピークが続く外輪山コースはアップダウンが多いものの、それを忘れさせる素晴らしい展望があります。
●好天ならば、比較的楽な千蛇谷コースはではなく断然こちらのコースがお薦めです。
●左に見える荒々しい火山そのものの新山もさることながら、右側に果てしなく連なる奥羽山脈の山並みの美しさに何度も立ち止まって見惚れたものでした。
●山と言うよりは起伏のある森の連続。
●「これだ!この果てしもなく続く山を自分の足で歩きたい。」
●こうして東北の山にハマッてしまいました。
●今年、鳥海山の計画があるようですが、2日間で鳥海山と月山を片付けようと言うのはもったいなくありませんか?まるで百名山の数稼ぎのようで....。
●鳥海山は東北ではめずらしく営業小屋(大物忌神社)が山頂近くにあるのでここに泊まるべきでしょう(この時期の週末は混雑間違いなし)。
自分が泊まったときは平日だったので各コーナーにある二階部分のひとつを独占して使えました。
●しかしここは食事の質、ボリュームとも物足りないのである程度自分で用意するほうが良いかもしれません。
●ここは正確には山小屋と言うより神社の参籠所なので贅沢は言えません。
●七月下旬は多分梅雨明け後なので、小屋前から日本海に沈む夕日と翌朝の「影鳥海」を是非!! 
●下りの心字雪渓から、河原宿小屋、八丁坂、滝の小屋のコースは7月中旬から下旬は想像を絶するお花畑が見られます。
自分は花のことは名前すらよく知りませんが、ここの花は本当にすごい。
●特に右に日本海、正面に奥羽山脈を見ながら下る八丁坂のあたりは、足早に通過したら一生後悔物です。
●もしかしてここは高山植物を栽培している所か?と思ってしまうほどの密度です。
●せっかくの鳥海山ならグルメやお風呂よりも山にいる時間を1分でも多くしたいものです。
●尚、心字雪渓のルートはかなりアバウトで、概ね雪渓の横についていますが自分の場合は好き勝手に寄り道しながら下りました。おそらくアイゼンなしでも問題ないと思われますが、今年はかなり雪が多そうなのでアイゼンで雪渓のど真ん中をザクザクと歩くのも良いかも知れません。

●最後に本の紹介を。既にご存知かもしれませんが、そのものズバリと言う本があります。「東北の避難小屋150」高橋信一著、随想社。
http://www.zuisousha.co.jp/book2/4-88748-125-X.htm
●地方の小さな出版社のようで大きな書店でもあまり現物を見ませんが、amazonなら送料無料で入手できます。 
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/488748125X/249-0124996-797105
●(売り切れかな?)送料がかかりますが出版社からも買えます。昨年出た改訂版なので最新情報が得られます。こんな労作はもっと知られて良いと思う反面、あまり知られたくないような気もします。これはバイブルです。定価1800円ですが、10,000円でも買いです。
●以上、長文(長過ぎる!)、駄文失礼しました。
■コーチから
●「8s飯豊縦走」のトレーニング合宿として「5b袈裟丸山」をやりました。
●絶望的な天気予報にもかかわらず、11人が参加しました。
●避難小屋利用の前提ですが、念のために12人分のテント類を持参。
●ルート上部にある小丸山避難小屋(6人収容)を予定したのですが、下の塔ノ沢避難小屋(6人収容)に新しい小屋が併設されていたので、そこに泊まったのでした。我々だけだったので天国でした。
●翌日になって、小丸山避難小屋には5~6人のグループ(たぶんプロのガイドが引率していた)が泊まっていたことがわかったのですが、そうなると何人か割り込むにせよ、テントで全員寝るにせよ、ひととおりの外交交渉が必要になったはずです。
●これまでの例でいえば北海道でも屋久島でもそうでしたが、避難小屋を利用する際には、身をまかせる覚悟で行くかどうかで、見え方が変わります。
●ある程度の「団体」になると暴力的な宿泊客という存在になります。
●そういう意味では、避難小屋を利用するにはある立場をとる必要がありそうです。
●かつて、私は地球を自由に歩く……というテーマで活動していたことがありました。「カネをもたずに」「弱い立場で」歩くことがいってみれば究極の立場と考えるにいたりました。
●カメルーンからザイールを越えてルワンダ→ウガンダ→ケニヤと赤道アフリカ縦断の2か月の旅をしましたが、女性(当時もおおかたお姉さんたち)といっしょでどれだけドラマチックな旅ができたか。
●避難小屋に対する姿勢と山歩きに対する姿勢はほとんど重なるかと思いますが、営業小屋や温泉宿と並べて避難小屋をチョイスしているあいだは、市野さんのような立場になれるとは思いません。
●パッケージツアーの日本人を横目で眺めているバガボンドという構図にかなり似ているかと思います。
●市野さんのような暖かい目(屋久島で永田岳に登る永田集落の人たちの避難小屋の使い方にも感じました)で避難小屋を見、利用している人が見えないネットワークを作り上げているという側面は、あの文章のどこかで触れておかなければいけなかったかもしれません。
●しかし正直なところ、手入れの行き届いている小屋には少なからぬ窮屈さを感じるのも事実です。愛鷹山の愛鷹山荘は純然たる避難小屋ではありませんが、利用料金を払ったから安心して一夜の安楽を享受できました。
●市野さんの避難小屋に対する愛着のまなざしが理解できないわけではありませんが、自分も同じというわけではありません。
●姿勢としては、面の山歩きと線の山歩きのちがい……ということに帰着するかとも思います。
●「東北の山」というキーワードによって、いろいろなことがあぶり出されてくるのかもしれませんね。


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