三洋化成ニュース・月1回の山登り2……花に近づいていく気分もいいもんです
………2002.5



●三洋化成工業株式会社「三洋化成ニュース」2002年夏号 No.413(2002.7)




●写真番号1999.7.14-422
●八ヶ岳・横岳の斜面に咲く高山植物群。赤はハクサンチドリ、青はウルップソウ、白地に黄色いおしべはハクサンイチゲといったところがこの斜面の主役たち。




●写真番号2001.7.11-328
●南アルプスの鳳凰三山で足元に見つかったキバナノアツモリソウ。鳳凰小屋のご主人の話では日本最大の群落でしょうとのこと。




●写真番号2001.8.11-127
●南大菩薩の稜線に散らばる花畑のひとつ。薄紫のマツムシソウと黄色のオミナエシ、紫のノアザミと丸い頭のオヤマボクチ、茶色に見えるコウリンカなどがここでは主役。




◆花と顔見知りになるところから

●じつは頭のどこかに、花は生殖器だという意識があるらしく、花を無邪気に「美しい」といえないところがあって、ちょっとまずいなあ、なんて思っていました。
●ところが最近は、山道を歩きながら、必死に花をさがしている。……いやあ、きれいなんです。可憐なんです。花は。
●花屋の花はあいかわらずあまり好きではないんですが、ガーデニングということになると山の花との中間ぐらいになってくる。……どうしてなのかという答がようやく分かってきたのです。
●ガーデニングでは背景を緑に整えるという基本があるらしいのです。そうするとほんのひと群れの花を置いてもそれが堂々と主役を張れる。山の花といっても、じつは99%の緑の中にポツンとひとつ、小さな花があったりするのと同じなのです。
●一面のお花畑というのもないわけではないのですが、1日歩いて1輪、2輪というような山の花が貧弱だというわけではないし、栽培された花よりずっと小さくても、色の見事さに打たれることが多いのです。
●花の名前が分からなくても、花がこちらに微笑んでいるように見え始めたら、もう十分に心ひかれているという証拠。緑の中にポツンとある花にピッと視線がいくようなら、もう相当の花好き状態といっていい、ということが分かってきました。
●行き当たりばったりに花を見ているだけでいいのです。通勤・通学時にすれ違う異性と不意に視線が合う、というような「運命的な出会い」を山の花に感じることがあったら、ラッキーじゃないですか。
●同じ人と再び巡り会うのはなかなかたいへんだとしても、花の場合には「同じ花」はいくらでも出てきます。いったん好みの花が見つかったら、次からは再会の楽しみが待っています。

◆名前を調べるのはあせらずに

●花になじみのない生活を送ってきた人は、モミジカラマツなんていわれてもカラマツの松葉に似た白いおしべの花と、モミジに似たかたちの大ぶりな葉の、高さ60cmほどの目立たない草花を思い浮かべるなんてとうていできないでしょう。有名どころの樹木の名前を2つ並べて自分の名前にされているという情けなさのほうがよほど印象的です。
●難しい名前ではジロボウエンゴサクなんていうのもあります。チューブ状のゴム風船をみんなで飛ばした瞬間のようなきれいな花ですが「次郎坊延胡索」と漢字で書いても、やっぱりわけが分かりません。
●それでも、スミレなんかと比べたらずっと簡単。一度覚えればだいたいOKなんですから。なにしろ私自身「スミレ」の判定がまだつきません。ハート形の葉をした、すみれ色のもっとも一般的なスミレはタチツボスミレで、ほんとうの「スミレ」の葉は被針形といって楕円形の先端方向だけを細くしたものです。
●ところがスミレとタチツボスミレの周辺に野地菫、小菫、茜菫、深山菫、紫背菫、長嘴菫、大立坪菫、匂立坪菫、立菫、坪菫……といくらでもスミレが出てくるのです。大きな図鑑で調べてみると、スミレ属には50種もあって、違いを細かく見れば見るほど分からなくなってきます。
●でも、コツさえ分かれば決定できるスミレがあります。葉に3つの深い切れ目があって鳥足状になっているのはエイザンスミレとヒゴスミレだけなのです。とくに叡山菫(あるいは蝦夷菫)は太平洋岸の低山でよく見られるので、これによって同じ種でありながら体格も肌の色もずいぶん違いがあるということがよくわかります。
●花の名前を知ろうとせずに2〜3年のんびりと花を眺めているうちに、必ず好みの花が出てきます。アイドルタレントだって、片っ端から名前を調べているわけじゃないでしょうから、まずはお好みを見つけるのが先、という考え方です。
●どうしても名前を知りたいと思うようになってから図鑑を開くと、見知った顔がいくつも出てくるのに驚きます。

◆通い詰めたくなる花の山が出てきます

●首都圏の登山愛好家にもあんがい知られていないのですが、大菩薩峠から笹子峠に至る稜線に素晴らしい花の道があります。
●JR中央本線の甲斐大和駅からタクシーで林道を湯ノ沢峠まで上がってもらうと、そこはもう標高約1,600mの稜線上です。そこから大蔵高丸、大谷ヶ丸というピークを超えて武田勝頼自害の地・景徳院へと下るルートをぜひ一度歩いてみてください。
●夏休みの期間中ならいつでもいいのですが、ベストは8月の前半です。
●目につく花を列記してみると、オオバギボウシ、ヒメトラノオ、クガイソウ、マツムシソウ、ハクサンフウロ、シモツケソウ、トモエシオガマ、ヤナギラン、オヤマボクチ、ヨツバヒヨドリ、コウリンカ、カイフウロ、フシグロセンノウ、ヤマオダマキ……などなど。それらが混在しながらゆっくりと変化していく楽しさは、才能ある園芸作家の作品という感じがします。
●そして大谷ヶ丸の山腹にあたるところは、日本特産のレンゲショウマの楽園なのです。
●高山帯の御花畑は日本アルプスや北海道にいろいろありますが、私のオススメは八ヶ岳。硫黄岳周辺には保護されて広がったコマクサの大群落がありますが、それ以上に、横岳の稜線が素晴らしいのです。
●規模は小さくて箱庭風ですが、岩の斜面が全面御花畑になっているのです。岩場の稜線歩きに慣れた人がリーダーなら危険はほとんどありません。
●ある年の初夏、南アルプスの鳳凰三山を縦走して地蔵岳の手前で休憩した6つとどんどん見つかるではありませんか。
●一目見てただものではない、という感じがしました。それにしても、知っている人がいてよかったな……と思って下りにかかると、あるはあるは、足元がその貴重な花の一大群落になっているではありませんか。なにか、宝物を発見してしまったようなぜいたくな気分でした。


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