三洋化成ニュース・月1回の山登り6……2年目、春が見えますか?
………2003.3



●三洋化成工業株式会社「三洋化成ニュース」2003年春号 No.417(2003.3)




●写真番号2001.4.11-318
●4月11日の西丹沢の玄倉川。塔ノ岳から箒杉沢へと下り長い林道を丹沢湖へと歩き続けると、桜がみごとに咲いていた。




●写真番号2000.4.22-112
●4月22日の奥秩父・両神山。両神村の村役場から日向大谷の登山口へと向かうバス道のあたりでは、谷の斜面が春色に萌えていた。




●写真番号2000.4.19-126
●4月19日の東丹沢・仏果山。遠くに見える宮ヶ瀬湖へと下っていく斜面に桜が点々と咲き誇っていた。




●写真番号1996.4.13-404
●4月13日の秩父・武甲山。橋立川を下って橋立鍾乳洞に出る道で、芽吹き直前の林を見た。新緑はまさにゴールデンウィークとか。




●写真番号2000.4.18-215
●4月18日の西丹沢・高松山。標高わずか801mの高松山の山裾は、どちらへ下りても里の春の広がりの中にあった。




◆山のゴールデンウイーク

●この連載の第1回は初夏号でした。そこで私は「3年目の夏には槍ヶ岳に登れる」ということと、真冬の美ヶ原の素晴らしさを書きました。
●もしその記事がささやかながらきっかけになって、この冬にどこか雪のついた山にでも出かけた方がいらっしゃったら、万々歳……ではありますが、そうは簡単には人は動かない、はず。
●で、再び懲りずにおすすめです。
●桜前線が日本列島の西半分の平野部を通過するのが4月上旬、それが北に向かって津軽海峡を渡るのがおおよそ5月上旬。あるいは上に向かって、日本列島の西半分の標高1,000m以上の山腹に駆け上がるのもおおよそ5月上旬となります。(標高二〇〇〇メートル以上だとまだ冬のしっぽという感じがします)
●里の桜がちょうど入学式の頃に咲き誇るイメージだとすれば、山の桜はゴールデンウィークあたりが満開となるのですが、それだけではありません。JR中央線の高尾駅近くにある多摩森林科学園の桜保存林にある約250種の桜の中では、4月下旬から5月上旬に咲くものがたくさんあるのです。とくに八重桜系が白色、紅色、ピンク、黄緑など、それぞれの個性的な色を展開して、しんがりに……「古のならの都の八重桜 今日九重に匂いぬるかな」の奈良八重桜が開花するのだそうです。
●あるいはまた、山懐深く、新緑のなかで咲く深山桜が5月上旬に開花するといいます。名前のとおりに深山で咲くのは5月も下旬にもなろうかという桜です。
●……というわけで、4月から5月にかけて、近くの山に桜の「ゴールデンウィーク」を見つけてみていただきたいのです。花見情報を手がかりにしてその前後に2回の軽い山歩き――というおすすめです。
●なぜ2回かというと、同じ道を歩いても1週間のあまりの違いに驚きます。季節が猛烈なスピードで動いていくということをこれほど実感する体験はないのではないかと思うのです。

◆芽吹きから新緑へ

●桜花を季節の動きのマーカーとしてみなさんのいくぶん重い腰を押すことに成功すれば、あとは心ウキウキとはずむ季節ですから安心です。手近な山でけっこうです。花の名前が分かろうと分かるまいと、春らしい心楽しさは保証できます。
●……で、じつは、本当の狙いは桜なんかじゃないのです。
●桜の花が咲く頃に山に出かけて、雑木の森に入っていくと、花が美しいのどうの、ということなんぞ軽く吹き飛ばしてしまう「芽生えの競演」が見られるのです。
●木々の枝先についた冬芽がキリリとふくらんできただけで、山の斜面が緊張感に覆われるようになってきて、それがある日、爆発するのです。
●想像してみて下さい。山の斜面の木々の枝先の茶色いふくらみから小さな緑がプツンと顔を出しました。何百、何千ではないのです。何百万、何千万という緑のプツンが、山の斜面全体に並んでいるのです。高精細プラズマテレビなんていう画素数ではないのです。山肌が、そのプツン画素で完全におおわれただけでなく、そのプツン、プツンが木々の種類によって、あるいは木の生えている場所の違いによって、色も大きさも違うという、アナログ的強弱表現を添えているのです。
●気の早い樹木では、すでに葉先を開いているものもあるはずですし、抜け駆け的に花をつけてしまっているものさえある。
●いわば冬が終わって「春」に向かってGO! という状態の生存競争が描き出す贅沢な点描風景なのです。
●そしてこれは、わざわざ足を運ばないと見られない。……正直いって、テレビの画像品質ではとうてい見ることのできない風景なのです。
●間違いなく……ということだったら「紅葉の名所がねらい目」です。いわばそれが一級品の自然林だというふうに考えておいていいのです。ですから紅葉の名所地図に花見のカレンダーを重ねて浮かび上がったポイントが安全パイということになります。

◆手近な山の発見へ

●ところが……ですね。春の芽吹きの競演は名のある観光名所がいいとは限らないのです。なぜか?
●日本の山が良くも悪くも箱庭的だということに由来するのです。
●1日歩いても風景が変わらないなんていう山は北海道ぐらいにしかなくて、たいていは1時間ごとに風景がガラリと変わっていきます。
●登山道をたどって山ひだの1枚に入り込んでいくときに、谷のひとつの風景が持続する時間はまず10分。同じ谷を歩いていたとしても、その次の10分はまた違う趣なのです。
●ですから芽吹きの風景といっても、たった10分の風景がいくつ見られるか、という程度だと考えていいのです。もしそれが一時間たっぷり堪能できたら、それこそラッキーということになります。
●お墨付きの名所にはそれなりの規模を期待することはできるでしょう。しかし山歩きでは、予定調和的な結果に終わってシャンシャンということはあんがい少ないと思うのです。期待の大きにもよりますが、六割はマアマアという結果ですから、いい汗をかいて、温泉につかり、ビールをゴックン。そのあと気の利いた食事などというオマケに求める比重が大きくなります。
●しかし残りの4割が期待以上で、かつ半分の2割、すなわち5回に1回ぐらい、予想を超える幸運に恵まれると、山歩きはやめられないものになっていきます。春の芽吹きの時期には、その2割に当たる確率が大きいと思うのです。


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