三洋化成ニュース・月1回の山登り8……水筒まわりを進化させる
………2003.7



●三洋化成工業株式会社「三洋化成ニュース」2003年夏号 No.419(2003.7)




●写真番号2003.2.22-208
●寒さの中での暖かい紅茶は体にしみわたる。霧に囲まれて白一色の美ヶ原の、思い出に残るティータイム。ロケーションが価値を引き上げる。




●写真番号1998.7.18-527
●南アルプスの白根三山縦走時の昼食。各人が水や湯を出して、沸騰させて昼食に。カップ麺などはこの方法でおいしく食べられる。7月中旬。




●写真番号2000.7.12-225
●会津駒ヶ岳の山頂近くにある会津駒ノ小屋は定員26人で素泊まりのみ。各人持ち上げた水と食料とガスバーナーで夕食を終えたところ。7月中旬。




◆水筒という機能

●四〇年近く昔の学生時代には2リットルの「ポリタン」が標準装備となっていました。いまもエバニュー社にほとんど同じ製品があるのですが、キャップの耐久性がいいのでザックの中にも安心して入れられるほか、座布団代わりにしたり、危険を承知でガソリンも運びました。
●しかし、水に独特のプラスチック臭がつくのです。スイスのシグ社のアルミボトルが燃料用にも飲料用にも信頼できる性能で登場すると、フランスからマルキル社の酒瓶ふうアルミボトルも入ってきました。内側に特殊コーティングをほどこして、ワインの味が変わらないといううたい文句にひかれて買った人も多かったのです。
●シグのボトルはねじ込み式のキャップで、密封タイプだけでなく各種の注入口も用意されていました。マルキルのは絶妙な針金細工のワンタッチ栓。ただしワンタッチで開くということは事故が起きやすいということでもあって、ザックの中で開いてしまうという不運を何件か目撃しました。
●そのうちにポリカーボネイト製の、臭いがつかない透明ボトルが登場しました。透明だと水の量的管理がしやすいのです。
●革袋に由来する折り畳み式水筒にも根強い人気があって、液体を凍らせたり湯煎したりできる新素材ものもあるほか、チューブをつけて、行動中に水分補給のできる仕掛けもあったりします。あるいは10リットル、20リットルという大型の水運搬用かつ落下式簡易水道タンクもあります。
●ところが最近ではPETボトルとステンレス保温水筒が主流になっています。使い捨てというレベルではPETボトル入りの各種飲料で十分ですし、お湯やら、冷たい飲み物やら、温度管理を加えた飲み物には保温水筒が手放せなくなるのです。だから山小屋に着いたときに、みなさんから出る質問は「明日のお湯はもらえるの?」
●以前は軍用水筒とかいって、直接火にかけられるやかん機能付き水筒がけっこうあったようですが、今はほとんど見ません。水筒はずいぶんスマートになってきていると思います。

◆冷たく飲みたいというぜいたく

●携行飲料におけるソフトウエア面での飛躍は、保冷技術にあると思います。
●冷たい水を保温水筒に詰めてくるという人はほとんどいません。冷凍庫で凍らせたパック飲料などを保冷剤として利用して果物やら飲み物を冷たい状態に保つ工夫がいろいろ見られます。クール宅配便のイメージでしょうか。
●ところが多くの人は断熱シートや断熱バッグに入れてくるだけで、「溶かして飲む」という技術レベルにとどまっています。それは一目瞭然で、周囲に発生する結露の湿りをとるためにタオルを巻いたりしています。
●結露が生じたら熱が漏れているという認識がまだ一般的でないことがわかります。が、家庭用の断熱シートの性能はすばらしく、密封しつつ、二重、あるいは三重にすると真夏の山でもほとんど結露を見ません。すなわち冷凍したものは凍ったままで現れてくるのです。
●ところがその革命的保冷環境を十分に利用できない例がまだ多いのです。カチカチ状態で飲めない――というところを、技術的にクリアしている人はきわめて少数ではないかと思います。せいぜいが、小屋泊まりで「2日目もまだ凍ってる!」というぐらい。
●そこで広口タイプの水筒に八分目程度水を入れて、冷凍庫で横置きに静置して凍らせます。これに水を入れるとあ〜ら不思議、水筒の中に氷柱が踊ります。1gあたり約80カロリーの融解熱を取り出して、かなり大量の飲み物を冷た〜い甘露に変えてくれるのです。
●中学校の理科ですかね。潜熱という考えが平均的日本人に完全に欠落していることがわかります。「氷はそのまま溶かして飲むもの」なんですね。
●ともかく、家庭用の性能のいい断熱シートは、真夏の山歩きに折り畳み式保冷庫を持たせてくれるまでになりました。

◆危機管理的あったか飲み物

●夏の冷たい飲み物は値千金ではあるのですが、危機管理的に重要なのは冬の暖かい飲み物です。
●たとえば甘くて熱い紅茶を冬の山でみなさんにふるまうと、それだけで山歩きの印象が断然よくなります。三年ぐらい後になっても「あのときの紅茶は……」という話が出るので分かります。
●気持ちのいい展望休憩にそういう暖かい飲み物を添えるというだけでなく、ちょっとつらい気分になる寒い山歩きの印象を一発逆転させるだけの力ももっているのです。
●ですから参加者各人あて200ミリリットル程度の水と、それを沸かすガスバーナーセットを常備していた時期があります。最大30人分に対応できる茶道具を隠し持っていたのです。
●しかし最近はほとんどやりません。みなさん、保温水筒の使い方がうまくなって、朝入れた湯で昼にカップラーメンを食べるぐらいはお手のもの。
●要は保温水筒中身の温度低下をできるだけ防ぎつつ、あったかさをうまく利用しているわけです。ステンレスの保温水筒にも若干の性能差があるのですが、それよりも、満タンの熱湯をそのままもっていれば冷めにくいというコツをうまく使っています。

◆そしてひと口主義

●水筒の水のベーシックな飲み方を私はきちんと主張したいと思います。それは休憩ごとにかならず水筒を出してひと口、口に含むことです。
●最近では運動中に十分な水分補給をすることが常識になっていますが、頭でそれをやることに危惧があるのです。体で必要な水分を判断してほしいという思いを込めて「休憩ごとのひと口」というのです。
●同じひと口が、その時々、違った印象になるはずです。それが体と水とのコミュニケーションの始まりです。欲しければ欲しいだけ飲めばいいのです。
●振り返れば、お茶の一杯、缶コーヒーの一本、お銚子の一本と、飲み物の量的管理に関しては自由の利かないことがままあります。
●そうではなくて、ひと口が二口、三口という自然な要求量に素直に対応してもらいたいのです。体に染み渡る水が、じつは吸収力をもった分子の動きの活発な水だという話を聞いたことがあります。体が飲み物に対してそういう鑑賞力を獲得する方向に動いていって欲しいのです。水筒はだから基本的にラッパ飲みです。


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