毎日カメラ読本(デジタルカメラの充実空間)
カタログ探検紀行【7】
2001.3.20……プリンターはどのように「写真」を考えているのか(初稿原稿)



 デジタルカメラとデジタル写真の、このところの普及には目を見張るものがある。いよいよ「写真」が雪崩を打ってデジタル化し始めたといっていい。
 そのような、時代の大きな動きの陰にフルカラープリンターと呼ばれるものの存在があって、これが新しい時代を支えているというふうにもいえる。
 今回はそのフルカラープリンターがどこまで「写真」なのか? 開発にたずさわっている人たちが「写真」とどのように格闘してきたのか、聞いてみたいと考えた。
 ただ、残念なことに、エプソンの取材ができなかった。特別な理由が背後にあってのことではないようだが、年末・年始のあわただしい時期に取材日程が組めなかったということのようだ。
 主役不在はほんとうに痛い。痛いが、特別な手は打たなかった。
 というのは、主役・脇役・大物・小物という世の中的評価基準に従って企画を立てるということをできるだけ拒否するところでこのシリーズは成立していると考えているので、語りたい人により多く語ってもらうという基本的な姿勢を崩したくないからである。
 たとえばオリンパスの場合はこちらの連絡ミスで日程調整がかなり遅れたため、スケジュールの空きが限られたところでなんとか都合をつけていただいた。年内は無理というエプソンに対しては、最悪年明けの最初ならスペースを空けておきますと連絡しておくにとどめた。


■キヤノン――BJプリンターの逆襲

●写真画質への参戦
 結論的に言うと、インクジェットプリンターで写真画質路線を走ってきたのはエプソンであり、キヤノンではなかった。
 本来はエプソンに聞くべきことをキヤノンで聞いた話でまとめざるを得ないので、ここではキヤノン側の皆さんにいくらかしつこく聞いたところをできるだけストレートにまとめておいた。
 エプソン対キヤノンのフルカラープリンター戦線がどう動いてきたのかという話が聞けたのはキヤノン販売の商品企画部門の取材だった。マーケティング統括本部・BJ商品企画部の副部長・江口哲朗さんと課長代理の宮坂晃生さんだ。
「BJプリンターは本来、写真画質より普通紙に対する画質を優先してきたんです」
 江口さんは開口一番、そう言った。
 エプソンが「写真画質」と謳うようになってからキヤノンは「ビジネスカラー」といい始めたが、それが逃げに聞こえたのが数年前のことである。「プリンター屋としては、テキストでもグラフィックスでも高速にすること、ランニングコストのことも考えて、トータルバランスのいいプリンターを作ることを考えてきました」
 キヤノンは日本、アメリカ、ヨーロッパという3つの市場を同時に考えなくてはならないので、日本的ないささかマニアックで高級指向の部分については切り捨てている……というのが正直な印象だった。
 そのころ、江口さんたちはエプソンの動きをどうとらえていたのか。
「エプソンさんが写真画質ということを売り物にし始めたのは1996年ぐらいからです。専用紙でイメージデータを写真のようにきれいに出す。ところがスピードは遅くて、ワープロやスプレッドシートのプリントにはいかがなものか……という見方をしていました」
 ところが時代が変わってきた。
「ここ3〜4年、インターネットの普及によって、ウェブ上でやりとりするイメージデータをフルカラーで出力したいという要求が強くなり、それがインクジェットプリンターの新しい需要を呼び起こし始めました」
 それとデジタルカメラの出荷台数の急増。昨年が150万台、今年が250万台以上、来年は350万台から390万台――。
「それによって国内市場ではプリンターの写真画質のクォリティが重視されるようになりましたね」
 99年10月に出したBJ F850が専用紙で銀塩写真に並ぶ写真画質を追求した新しいモデルとなった。要するに、エプソンがひらいてきた道が、キヤノンからも分岐したのである。
 インクジェットプリンターでは専用紙を使うという認識が日本で圧倒的に強いのは、やはりエプソンの功績といっていいのではないだろうか。
「年賀状を見ると分かります」と江口さんは言う。
 郵政省が発売したインクジェット専用紙の年賀状は98年用の2億枚から、2億5000万枚、2億8000万枚と緩やかに上昇したが、2001年用では6億3000万枚を用意してたちまち売り切れ、追加発売したという。
 BJプリンターの写真画質への参戦タイミングは、インクジェット専用紙年賀状の倍増に直接関わるという意味で、遅すぎたわけではないという判断のようだ。
 年賀状がインクジェットプリンターで刷られる陰で、激減したのがDP店で扱ってきた写真入り年賀状。写真画質プリンターの普及によって、従来型の写真システムの一角がみごとに置き換わられる瞬間を、年賀状が鮮やかに見せてくれたということになる。

●パソコンとデジタルカメラとプリンター
 キヤノンが写真画質のプリンターに大きく踏み出したもうひとつの背景には、デジタルカメラ市場への積極的な進出が挙げられる。
 それまではどうにもモタモタしていたキヤノンが、瞬間風速的にトップを取ったのがコンパクトタイプで最初の300万画素機となったキヤノンのパワーショットS20。2000年の初めのことだ。続いて200万画素ながらIXYデザインでまとめたIXYデジタルや、300万画素の本格派パワーショットG1などを矢継ぎ早に発売し、EOSシリーズのデジタル機EOS D30も登場させた。
 カメラメーカーとしてのデジタル化に本格的に取り組むためには、当然、その出力系としての高性能プリンターがほしい。それはこれまでフィルムや印画紙にまかせていた部分を、自社で整えるということにつながる。
「用紙サイズはA4判、B5判、ハガキのほかに、写真で使われてきたL判、2L判、六切も用意しました。富士フイルムさんが提案しているDSC(デジタル・スチルカメラ)判もあります。そうすることで、従来からの写真アルバムや額縁をそのままデジタル化していけます」
 フチナシプリントを大宣伝していたエプソンに対抗するためにキヤノンが考え出した用紙の「写真サイズ化」だった。そういうことによって、キヤノンは「写真のデジタル化に本格的に取り組んでいく」という宣言をしたのだった。
 そのさいパソコンの周辺機器のひとつであるプリンターが、パソコンなしで動くデジタル写真のダイレクトプリンターになるというのは果たして正しい方向なのだろうか?。
 簡便なフォトプリンターが備えているデジタルカメラデータのダイレクトプリント機能をインクジェット・プリンターにも搭載するという方向をエプソンとキヤノンは進めている。
 最新型のフォトダイレクト機能搭載機BJ F870PD(フォトダイレクト)は600万画素カメラにまで対応しているそうだが、ユーザーの90%はパソコンにつなげているというから、まだパソコンなしで使いたいから買うというのではないようだ。ちょっと1枚プリントアウトするときに便利であるとか、パソコンを使えない家族でも写真はプリントアウトできる、という補助的な機能として使われているにすぎないようなのだ。
「エプソンさんもうちも、現在は採算がとれていません」
 しかしこれはカメラの自動化と同じで、キカイが品質を保証するという責任を負うことになる。開発途上のデジタルカメラはメーカーごとに個性豊かだから、一発OKといくのだろうか?
 ソフトウェアにくわしい宮坂課長代理は言う。
「デジタルカメラについては他社のものも含めて検証はしています。それなりの色は出せますが、フォトダイレクト機能はあくまでも手軽にということです」
 聞きたかったのはちょっとちがう。写真データをいったんパソコンに入れてから出力するほうがいいのか、ダイレクトにプリンターに流してしまうほうのがいいのかというあたりだ。
 宮坂さんがこちらのその疑問に気づいてくれた。
「じつはパソコンに入れる、アプリケーションのフォトショップなどで読み込むというたびに、データはすこしずつ加工されていくのです。だからダイレクトプリントにおいて最適化されていれば、それがベターというふうには言えますね」
 つまり、デジタルカメラのデータをウインドウズパソコンに入れるか、マッキントッシュパソコンに入れるかで、色空間の取り方など、データはわずかながら違ったものになって出力されることを運命づけられているということなのだ。OS(パソコンを動かす基本システム)が備えているカラーマネージメント能力によってイメージデータは加工されていくわけだし、直接的に加工する道具としてのアプリケーションソフトでも、加工の仕方は違ってくる。言われたこと以上の処理を自動的にやってくれてしまう部分がある。だからそういうところへ入れたり出したりするだけで、データは少しずつ変化していく。
 プリンターがダイレクトプリント機能としてイメージの処理機能を備えるとなれば、それはかなり高度なとこまで、いずれは進んでいかなければならない。そういう大きな分岐点になるということなのだ。
 今後、ダイレクトプリントが「オート」で、パソコン経由のプリントが「マニュアル」というふうになるかもしれないということなのだが、それはプリンターが本格的な頭脳を備えるということにもつながっていくはずだ。

●ガンマ騒動の真相
 私は2000年の5月からBJ F850を写真専用プリンターとして稼働し、半年間にA4サイズで約4000枚を出力している。使用したインクカートリッジが6色合計で283個だから、単純計算で47セットということになる。さらに単純計算するとインク1セットでプリントできたA4判写真は約80枚(面積で25%の余白をつけているので全面印刷なら約60枚)という量だった。
 ちょうどその間に、プリンタードライバーのバージョンアップがあって、色が鮮やかになったのだが、私はどうも気に入らずに古いドライバーに戻して、いくぶん眠たい調子の写真を出し続けた。
 じつは、写真を出力して販売するというささやかなビジネスに、以前はエプソンのプリンターを使っていた。そころがシャドー部にブラックインクをたっぷり使ってメリハリの効いた絵にはなるのだが、それが好みに合わなかった。
 しばらくカラーレーザープリンターに移っていたが、インクジェットでなくてはやはり写真にならないという感じは否めなかった。
 キヤノンのBJ F850が登場すると、こちらは対称的にブラックインクをあまり使わずにシャドー部を表現しようとしていた。かなり極端な軟調というべきだろうか。それが気に入って使い始めたのに、新しいドライバーでは、なにかすごくハデな絵づくりになってしまった。かなり大きな違和感があったので、古いまま使い続けることにしたのだ。
 そこのところで、いったい何があったのですか?
「濃度設定をガンマ1・4からガンマ1・8に変えたのです。現在のBJ F870もデフォルトはガンマ1・8にしてあります」
 このあたりが宮坂さんの専門らしい。
 じゃあ、ガンマ1・4はどういう根拠で決めたのですか?
「エプソンさんがガンマ1・4でやっていて、淡いトーンでコントラストをつけないような画像処理をされていたのです。そうすることによって粒状感が抑えられていたのです」
 ここのところは重要なポイントだが、インクジェットプリンターが写真に追いつき、追い越すために必死になっていたのは「粒状感をなくす」ことだった。
 人間の肌や、大空の雲など、明るく淡く、微妙な陰影が求められるところをシアン、マゼンタ、イエローのインクを間隔を広げて置いていくという点描表現していくと、白地にインク滴がかえって目立って、写真とはずいぶんちがうテイストになってしまう。
 淡いトーンに抑える手法として表現濃度を抑えるという手法があったというのだ。
 キヤノンの最初の写真画質プリンターBJ F850はエプソンのその調子を基準としたのだった。
 ところがエプソンはガンマを1・8に上げてきた。インクの液滴が画期的に小さくなり、淡い色調の部分を淡い色のインクで表現するようになると、今度は鮮やかな色再現に向かったのだ。
 そしてエプソンのPM800が「キレイ」という評価を得たのだった。
 ガンマ1・4より1・8をユーザーは望んでいるということで、キヤノンはあわててプリンタードライバーのガンマ設定を変えたのだった。
「ところが、エプソンの鮮やかさにはちょっとした誤解がまぎれこんでいたんです」
 と宮坂さんは言う。
 パソコン雑誌などでのテストレポートで評価したエプソンの「鮮やかさ」には「ガンマ2・2のもの」が多かったというのだ。
 ウインドウズパソコンで色管理をしているICMのデフォルトをエプソンのドライバーではOFFにしてあったが、画像処理ソフトのフォトショップに取り込むと自動的にそれがONになってガンマ1・8のつもりがガンマ2・2になってしまうのだという。
 キヤノンの場合はフォトショップに取り込んでも設定ガンマが動かないようになっていたので、一時期の「鮮やかさ」評価ではキヤノンのガンマ1・4とエプソンの実質ガンマ2・2が比べられていたのだという。
 で、実際はどちらが良かったんですか?
「色が濃いということがユーザーがキレイと感じる重要な要素だということが分かりました。しかしガンマを上げすぎると今度はシャドー部がつぶれてくる。ユーザーが認めるなら、ということでガンマを1・8に上げたのです」
 しかしどうもそれが性急だったようだ。最初のバージョンアップを私は見送ったが、そういう人が多かったらしく、後にドライバー上でユーザーがガンマを設定できるようになった。
 要するに、キヤノンは「写真画質」の路線に踏み出したとき、まだ独自の方法論を確立してはいなかったということになる。エプソンに「追いつく」ことを目指していたに過ぎないともいえる。

●液滴を小さくすることの意味
 インクジェットプリンターの「粒状感ゼロ」というのは1ピコリットル(1兆分の1リットル)という量のインク滴だと肉眼で見てそれが点に見えないという理論に基づいて展開されてきた。
 キヤノンがBJ F850で写真画質に踏み出したのは、4ピコリットルの吐出ノズルを実現したことによる。
 4ピコリットルでは粒状感はあるのだが、濃度6分の1の淡色インクだと粒状感が小さくなる。4ピコリットルの6分の1で0・67ピコリットル相当になるのだそうだ。
 なんだか数字のマジックのようでもあるが、淡い色調を濃いインクで表現するのと淡いインクで表現するのとではインク滴の目立ち方が違ってくるわけだから、きっとそうなるのだろう。
 もっともこの粒状感はユーザーが自分の目で見て感じるかどうかというところでの問題だから、結果は明白。ルーペで見ると分かるのに、肉眼では分からないという境がハッキリ出た。
 しかし、1ピコリットルまで液滴を小さくできれば、淡色のいわゆるフォトインクをなくして、C・M・Y・Bkの4色インクでいいのだろうか。
「いいんです。1ピコリットル以下にできれば、フォトインクはいりません」
 江口さんはそう言うが、そんなふうに単純でもないらしい。
「エプソンさんが、こんどはダークイエローを加えて、表現できる色空間を広げてきました。キヤノン側では6色のままでもイエローの打ち込み量を増やせば同等の効果が得られるということを確認していますが」
 インクジェットプリンターは淡いインクや濃いインク、あるいは特色インクなど、使用するインクの種類を増やすことで表現域を広げることが可能なプリンターということができる。
 しかし、と江口さんは言う。インクの色数だけでなく、メディア(紙)、ドライバーソフト、ヘッド性能のバランスの上で総合的な性能が発揮される――という立場に立っている。
 ヘッド性能ではエプソンは液滴サイズを大中小に打ち分けるマルチドロップという方式を採用している。ピエゾ方式といって、圧力をかけてインク滴を飛ばす方式なのでその圧力を調整することでインク量をコントロールできる。
 キヤノンはバブルジェットと呼んでいるが、サーマルインクジェット方式といって、熱で気泡を発生させて飛び出させる。だからインク量は調節しにくい。
 でどうなのかというと、写真画質には液滴は小さければ小さいほどいいのだそうだ。エプソンのマルチドロップもまだ写真表現のためではなく、大きい液滴はテキスト印字の高速化のために使っているのだという。
 キヤノンは小さな液滴しか打てないが、利点としてはヘッド密度を高くできる。2400×1200dpiだと1インチ四方に288万の液滴を打ち込むことになる。ちなみにエプソンでは1440×720dpiで1インチ四方におよそ100万ドットにすぎない。
 しかもキヤノンのほうはノズルを1200dpiの密度で256本縦に並べているけれど、エプソンでは180dpiの密度で96本並べたノズルを何回も往復させている。
「高密度で小液滴という写真画質の要求にはキヤノンのほうが有利なんです」
 江口さんは強調する。
 元来、キヤノンは圧倒的なハード技術で新境地を開いてきた。世界シェアを一時は完全に握ったレーザープリンターもそうだし、低迷していたインクジェットプリンターをバブルジェットという新しい方式で主流に押し上げたのもキヤノンだった。
 それに対してエプソンはソフトウェアで勝負してきた。初期のプリンターで日本語文書を出力するためのプリンターコントローラーにはNECのPC-PR系とエプソンのESC/P系があって、日本語プリンターはそこから始まっている。
 エプソンのプリンター戦略は、だから国内市場で、キヤノンができないところを鋭く突いてくることになる。写真画質もそのひとつだった。
 エプソンの写真画質がインクジェットプリンターの進化をかなり早めたという印象は私には強い。そこにキヤノンがようやく追いついてきたが、あくまでも普通紙にこだわって発売した新しいSシリーズのBJ S600のほうがキヤノンの本流というふうに見える。キヤノンでは普通紙プリンターと写真専用紙プリンターというふうに道が2本に分かれ始めたというふうに見ておきたい。


■ふたたびキヤノン――BJプリンターのカラーマネージメント技術

●「記憶色」の導入
 エプソンとの関係をまず語っておきたいために、先に取材した分が後になった。技術者の皆さんに聞いた話は重複する部分を端折ることになるので、ちょっと乱暴なまとめになるかもしれない。予めお断りしておきたい。
 BJプリンターのカラーマネージメント技術について聞きたいということでお願いしたら、3人の技術者が出てきてくれた。
 まずカラーマネージメントの責任者が鳥越真さん。キヤノンにはB商品企画センターというのがあるのだそうだが、そこのB商品要素技術開発部の主任研究員というのが肩書きである。
 まずは鳥越さん。
「プリンターがパソコンにつながると、パソコンの色空間に対応しなければならないのです。ウインドウズパソコンではICMというカラーマネージメントシステムを採用して、そのICMは標準的な色空間としてsRBGというのを採用しているのです。
 このsRGBはもともと放送用の色空間で、シアン系の色再現域が狭いなど、色相的にもあまり良くないものなんですが、私たちはとりあえずICMに対応するためにsRBGという色空間に忠実にやったのです。しかしモニター上ではいいとしても、写真として見るとあまりいい絵にならない。そのあたりをBJ F870では大幅に改善しています」
 BJ F850の最初の色と、F870の色とではキヤノン的な味付けという意味では大きな違いがあるというのだ。
 たとえばどういう風なんですか?
「エプソンのナチュラルフォトカラーというのはsRGBのシアンの濃いところを広げています。そのあたりをうちではsRGBの範囲内でギリギリ写真っぽくするために色相をずらしています。
 たとえば空の色は原画に忠実にすると紫色っぽく出てしまうので、記憶色の空の色に色相をずらします。人の肌色、木々の葉の緑色なども同じ手法で記憶色に近づけます」
 さらにグレーのバランスも調整しているという。名越重泰さんによるとこうだ。
「F850ではグレーバランスも正しく再現しようとしたのですが、明るいグレーが黄色っぽく見えるのです。記憶色としては青みがかったブルーグレーにしたいのです。そこでsRGBの色相を、時計回りにすこしずらしました」
 ずいぶん複雑なことになるようだが、空の青も赤みをとって紫っぽくない青にし、木々の緑も黄色を抑えるというふうに、色相をずらすことで、モニター対応の色空間を写真的に調整したという。
 結果オーライだとしても、勝手にずらしてしまっていいのだろうか?
「コンシューマー向けと、プロフェッショナル仕様との違いです。印象の世界か、正確さの世界か。あるいは理論的なところを分かって使っているかどうかです」
 そう言ったのは実際の設計に当たった田鹿博司さん。B商品設計センター・B商品画像設計部の第三設計室長という肩書きである。理論と現実との間で悩んだ末の結論……という感じが漂う。
 田鹿さんはプリンターで出力した4枚の写真を並べた。ありふれたスナップショットなので絵柄の問題ではない。そういう写真に対して、アマチュアは「見たとおりの絵」を求めるのだという。ところがプロは違うのだそうだ。自分の意図が出ている写真かどうか、作品意図をハッキリ出せる写真になるかどうかを求めてくる。
「EOSのデジタルカメラで言えば200万円のD2000と、30万円ほどのD30との違いです。BJ F870ではオートフォトパーフェクト機能を搭載して、自動ガンマ補正とフォトデータ補正機能をプリンター側で働かせることができます。補正を自分でやりたい人には色補正なしという選択もありますから、オートでもマニュアルでもお好きなほうで……」
 フォトデータ補正機能というのは、元データのヒストグラム解析によって色調補正、露出補正、彩度補正、それに色ノイズ低減という項目を自動的に行うことによって最適な色再現と階調再現を実現しようとする。これに自動ガンマ補正機能による濃度補正とコントラスト補正を加えると、ア〜ラ不思議、どの写真もキレイになって出てくるというのである。
 鳥越さんが言う。
「印刷の場合には原稿があるからむしろ簡単なんです。カラーメーターで計って正確に再現するという方向でのコントロールも可能ですから。ところがアマチュアの写真の場合、見本となる原稿がなくて、絵柄は記憶の中にあるわけです。似顔絵がなにがしかの誇張によって描かれるように、記憶を呼び起こす絵づくりが必要になってくるのです」
 キヤノンのプリンターは写真画質を追求し始めたとたん、恐ろしく複雑な表現世界に直面してしまったというふうにもいえそうだ。
 そのような、煩雑さを乗り越えてキヤノン的なカラーマネージメントを確立しようとしているのには、もちろん理由がある。キヤノンはカメラメーカーから事務機メーカー、電子機器メーカーへと変貌してきたように見えるけれど、映像の入出力機器の専門メーカーという観点では一貫している。
 デジタルカメラ、デジタルビデオ、フラットベッドスキャナー、フィルムスキャナー、アナログの銀塩カメラというのが入力デバイス、出力デバイスとしてはBJプリンターのほかにレーザープリンター、各種複写機がある。
 時代がデジタル化に向かうときに、従来の銀塩カメラではフィルムメーカーにまかせていた部分が自分の領域に組み込まれてきた――ということになる。
田鹿さんは言う。
「エプソンさんは銀塩カメラをもっていなかったので、写真画質といっても自由なんです。キヤノンの場合には銀塩写真とデジタル写真を両立させなくてはいけない。銀塩フィルムが与えてくれたのと同等のカラーテーブルをわれわれが持ちうるのかというところにきているのです」
 田鹿さんのこういう言葉がとくに印象的だった。
「写真が持っている表現力の中で、質感をどうするかが、われわれがまだ理解できていないところだと考えています。やわらかなもの、なめらかなもの、立体感のあるものの表現については、まだ銀塩フィルムに一日の長がありますね」
 インクジェット・プリンターは粒状感の出ないところまできた。額縁に入れても銀塩写真と同等の保存性も実現した。CCDのダイナミックレンジは銀塩フィルムにはまだ及ばないし、色ノイズを発生しやすいという欠点ももっている。
 しかし、従来の写真の領域に早くも到達したといっていい。
 そういう技術的な進歩はもちろんカメラ側にもあって、カメラ側から出てくるデータそのものがどんどんよくなってきているので、プリンター側での補正作業は逆にどんどん減らしていく方向にあるという。


■オリンパス――プリントしなくては写真じゃない

●メガピクセルまで駆け抜けた理由
 インクジェットなどと比べてはるかに性能のいい写真専用プリンターが以前からあった。昇華型熱転写方式という。
 熱転写というと以前のワープロ時代を思い出す人が多いだろうが、あれは溶融型熱転写。インクリボンに塗布された固形インクを熱で溶かして紙に転写していく。
 昇華型というのはインクシートに昇華染料を塗布してあり、これを熱して昇華させ、拡散したところを紙の表面の昇華拡散層で受けとめる。
 この方式では熱のかけ方で昇華拡散の度合いをコントロールできるので、ドットのひとつひとつを256階調(8ビット)で表現することができる。
 インクジェット方式は溶融型熱転写と同じで、インクを出す/出さないという2値(1ビット)の出力になるので数個のドットのかたまりの濃淡で階調を表現しようとする。だからつい最近まで、インクジェットプリンターは高ドット化によってなんとか写真画質を獲得しようとシャカリキになってきた。
 ドットをどんどん小さくし、その密度を高くしても、256階調の表現をしようとすると解像度は実質8分の1以下に落ちてしまうのである。
 それに対して昇華型プリンターは、早くからプロが色再現レベルの高いカラープリンターとして利用してきた。じつは先ほど、溶融型はインクリボン、昇華型はインクシートと書き分けたが、細いインクリボンを使用する昇華型プリンターもあった。アルプス電気のマイクロドライという方式のプリンターだ。店頭で見てたいへん優れた方式だとだれもが思ったにちがいないが、爆発的に普及するところまでいかずに消えてしまったようである。
 最大の欠点は平面的な広がりになるとかなり顕著なすじが出てくること。小さなヘッドをスキャンさせながらプリントする限界だったようである。
 ではプロが使うプリンターはどうなっているのかというと、大きなインクシートと幅の広いラインヘッドで一気に刷り上げてしまう。
 イニシャルコストではヘッドが高価であり、ランニングコストではインクシートの価格が高い。
 結果として大判サイズのものはプロ用として100万円を超える価格となり、コンシューマー商品としてはサービスサイズやハガキサイズの簡便なものが主流となる。ビデオプリンターやデジタルカメラ用プリンターとして各社から出されているものがたぶんそれに当たる。
 昇華型熱転写プリンターは技術的に新しいものではないようだから、ワン・オブ・ゼムという結果に終わるかと心配しながらオリンパスに取材を申し込むと、話は予想もしなかった深いところまで掘り下げられた。
 DI事業推進部の開発5グループ・グループリーダー・次長という中島幸夫さんは開口一番こう言ったのだ。
「銀塩カメラに対してデジタルカメラはどうあるべきか? というビジネスシナリオを1995年に書き上げていました」
 それはカシオがQV-10を出してセンセーションを巻き起こした年である。いわゆるデジタルカメラ元年。しかし中島さんたちはすでに93年ごろから銀塩カメラメーカーとしてデジタル化は必然の流れであると考えていたから「あの絵にはがっかりした」という。
「情報としての画像」と「美しい画像」とは別物であり、「美しくない画像はストレスになる」として、デジタルカメラをあくまでカメラとして世に送り出そうと考えたのだ。
「まずは画素の問題。サービスサイズの写真にしても、100万画素が必要なんです。メガピクセルという言葉を掲げました」
 カシオは30万画素クラスのCCDを使って、VGA規格の640×480ドットの画像を撮れるデジタルカメラを作ったのだが、これはPC AT互換機と呼ばれる当時のパソコンのモニター画面で表示されるサイズ。ちなみにVGAはビデオ・グラフィックス・アレイ(ディスプレイ)の略だから、ビデオの静止画と考えていい。
 その後スーパーという語が加えられたSVGA(拡張VGA)として800×600ドット(48万画素相当)、1024×768ドット(80万画素相当)、1280×1024ドット(130万画素相当)、1600×1200ドットドット(200万画素相当)などが提案された。
 オリンパスはそのスタート時点でメガピクセルのデジタル写真であることを掲げたが、それはパソコンモニターの画面(解像度72dpi程度)では全体を表示できないサイズだったのだ。
 しかも、入手できるCCDがなかった。それは中島さんによるとこうだ。
 サービスサイズの写真の撮れるデジタルカメラは、どう考えても10万円程度まででなければならない。とすればCCDに許される価格は数千円にすぎない。CCDメーカーにとっては、モニター画面からはみ出てしまう画像を撮るためのCCDをそんな安い値段で作るなどということは考えられない。常識をはずれた考え方だった。
 ところが中島さんたちはパソコンモニターで見る写真は写真ではなく、写真はあくまでプリントとして見るべきものだと考えていた。
 3つのCCDメーカーのひとつが56万画素のCCDを作っていた。家庭用ビデオカメラに電子式ブレ防止機能が搭載されるようになって、撮影画面の周辺に余裕のある、総画素数の大きなCCDが求められたのだった。
 しかし、サービスサイズのデジタル写真にはまだ不足だった。
「あるメーカーが、81万画素のCCDを作るという情報が伝わってきたのです」
 そのCCDで撮った絵は17インチモニターいっぱいに広がるXGA規格(IBMの1024×768ドット規格)になる。そして150dpiでプリントするとほぼ2L(キャビネ)サイズの写真になる。
 96年10月に発売されたキャメディアC-800LはまさにそのCCDによって実現したオリンパス流のデジタルカメラだった。
 しかしほんとうはもうひとつ上の1280×1024ドット(130万画素相当)のCCDがほしかった。ビデオカメラ用の流用でなしに、デジタルカメラ用としてカスタムCCDを搭載したかったのだ。
 ビデオ用のCCDには原色フィルターが印刷されていたが、感度を高くできる補色フィルターを採用したかった。感度が高いと同じノイズレベルならチップを小さくできるから画素数を上げられる。
「3分の1インチで原色フィルターなら150万画素が限界なら、補色フィルターでは200万画素までいけるという感じです」
 補色フィルターはそういう意味でデジタルカメラ向きの方式だと考えられたのだが、原色フィルターの色再現能力に追いつくまでには、まだ時間が必要だった。
「メガピクセルのCCDを作ってほしいとメーカーに頼むと、何台お作りになる予定ですかと聞かれるんです。
 おそらく20万台は売れる、と言うと、もう相手にしてくれない。市場規模が20万台という年のことで、発表されていた前年の市場データは約2万台でしたから」
 ところが80万画素カメラのキャメディアC-800Lが発売後半年で20万台売れてしまったのだ。
「CCDメーカーさんの対応がガラッと変わりました」
 オリンパスではすでに新興のメーカーと共同開発にかかっていたが、CCDメーカー3社が「向こうから作りますと言ってきた」という。研究開発レベルでなく、量産レベルでメガピクセルCCDが作られる時代が、一気に到来することになる。
 カシオはたしかにデジタルカメラの先駆となった。元祖デジタルカメラのメーカーである。しかしデジタル写真のためのカメラを開発したのは我々だという自負がオリンパスにはあるようだ。こちらはデジタルカメラの本家である。オリンパスはたしかにCCDの考え方を大きく変えて、デジタル写真用CCDというものを生み出したのだった。
 ビデオカメラは、その動画性能をテレビ規格の中だけで考えればいいので、カメラを小さく・安くするためにCCDを小さくして、レンズも小さくするという方法をとってきた。
 CCDは一定サイズのウエハーから切り出すので、小さくすればたくさん取れて安くなる。
 安くなればたくさん売れるわけだからビデオカメラメーカーは儲かるが、CCDメーカーの売上げは増えない。
 ところがデジタルカメラではサイズ規格はないに等しい。サービスサイズから六切、四切、ポスターの各種サイズと、紙サイズは自由であって基準はない。
 だから画素数が増えれば、大きな写真になるという付加価値が生じてくる。CCDの高画素化がデジタルカメラの出現によって動き始めたのだ。
 ……で、写真用プリンターの話だが、キャメディアC-800Lの相棒となったキャメディアP-150はA6(キャビネ相当)の150dpiの昇華型熱転写プリンターで6万4800円という価格だった。
 中島さんたちはデジタルカメラがパソコンの周辺機器になってしまうことを強く危惧していたのだ。もしそうなるとパソコン数台に1台のカメラがあればいいということになりかねないし、子どもや老人との距離も遠くなる。
「カメラは世界で8000万台の市場規模ですから、それをそのままデジタル化していかなければいけない」
 それがオリンパスの基本的なビジネスシナリオとなっていた。
 それゆえにオリンパスのデジタル写真はカメラとプリンターとの組み合わせによって実現されてきた。メガピクセルの実現はまさにその大前提であったのだ。

●銀塩写真と対抗できる「写真プリンター」
 オリンパスでは「写真プリンター」と呼んでいるが、デジタルカメラやパソコンと接続できる昇華型熱転写プリンターは3機種ある。
 まず、フラッグシップモデルであるキャメディアP-400は314dpiのA4サイズで12万8000円。インクジェットプリンターのおよそ2倍の価格だし、ランニングコストも安くない。A4サイズでプリントする場合、用紙が25枚入り2300円だから1枚100円弱になる。それにインクリボンパックというのが必要だ。これが50枚分で5000円、すなわち1枚分100円。合わせて200円がA4サイズ1枚の出力にかかる。
 それでいて解像度が300dpiクラスとなれば、1440dpiだの2400dpiだのというインクジェットプリンターにはるかに及ばないと考えてしまう人もいるにちがいない。
 中島さんはこういう。
 メガピクセルのデジタルカメラが100万円という時代に、私たちはそれを10万円で実現したいと考えました。プリンターもA4サイズの昇華型というと100万円はしますから、それをコンシューマー市場向けに10万円で提供するにはどうするか、と考えたのです。
 オリンパスのこのプリンターが特別に優れているというのではない。100万円もするプロ用のプリンターを性能を落とさずに価格だけ10分の1にしたということだけで、十分に高く評価していいのである。
 まず解像度だが、プリントをきちんと見比べてみればだれにでも分かることだが、最新のインクジェットプリンターと300dpiクラスの昇華型熱転写プリンターでは、まだ昇華型のほうが仕上がり解像度は高い……かどうかが、ようやく分からなくなってきたところだ。逆に言えば、インクジェットプリンターが昇華型プリンターの写真画質にようやく追いついてきたところといっていい。そこでインクジェットプリンターで画像データを150dpi、200dpi、300dpiと変えて刷り比べてみると、解像度の飽和点というべきラインが(たぶん200dpi前後のところに)見えてくる。昇華型プリンターにおける300dpiは十二分に写真画質なのだ。
 しかしランニングコストはどうだろうか?
 すでに紹介したように、私はキヤノンのBJ F850で約4000枚の写真(四季折々の山歩きのスナップショット)をA4で出力したが、そのときの計算では、A4フルサイズの出力枚数ではインク1セットで約60枚だった。インクは1セット6600円だから単純平均でインク代は1枚110円になる。
 カタログでは1枚50円前後というインク代が、写真の絵柄や画像の調整によって昇華型プリンターのインクリボンとほぼ同等になってくる。用紙にしたって、印画紙同等の発色を可能にするプロフェッショナル・フォトペーパーは1枚あたり100円(フォト光沢フィルムになると1枚なんと200円)かかる。写真画質のフルカラープリントではA41枚あたり200円前後というふうに考えればインクジェットでも昇華型熱転写でも変わらない……ということになる。
「インクジェットプリンターをときどき使う人は、インクが案外早くなくなってしまうと感じたことがありません?」
 中島さんは言う。
 たしかにインクジェットプリンターは細いノズルを詰まらせないためにヘッドを自動的にクリーニングしている。そのためにかなり大量のインクを使っている。
 しかし、プリント時には必要なインクしか使わないから、使っても使わなくてもインクシートが送られていってしまう昇華型熱転写プリンターより合理的でもある。まあ、やっぱり、ランニングコストはあまり違わないとしておきたい。
 オリンパスには同等の品質でサイズ違いのプリンターが2機種ある。ひとつはハガキサイズのP-330N(6万4800円)で、これは他社も出しているフォトプリンターと同類と考えていい。
 オリンパスらしい工夫があるのは3つめの、バッテリー駆動でサービスサイズ(L判)のP-200(6万3000円)である。これは重さ830グラムというハンディタイプなので、撮ったその場で本格的な写真を出力できるという新境地を開いている。ポラロイド写真の機能をほぼ完璧にデジタル化したうえに、元データを保存できるのだからすごい。
 A4サイズのP-400も含めて、どのプリンターもカードスロットを用意しているのでパソコンを通さずにプリントアウトできるところが、ここでは重要な意味をもってくる。オリンパスはデータをダイレクトにプリンターに流すだけで最適化を計っているからである。プリントした「写真」がほしい人はオリンパスのカメラとプリンターをセットで購入することで簡単にデジタル写真の世界に入ることができるという戦略だ。
 中島さんが強調するのは、写真は単にコスト合理主義では語れないということだ。
「衣食住が足りる前に写真があるんです。あの時の、あの情景が記録されている写真というのは、いわば絶対価値なんですね」
 旧石器時代の洞窟壁画から連綿と続く記念画像の流れの中で、オリンパスは銀塩カメラの正統的な後継としてのデジタルカメラを作ろうとしている。


■富士写真フイルム――銀塩システムを超えたデジタルミニラボ

●銀塩写真がデジタルを飲み込んでいく
 富士フイルムに取材を申し込んだら、街のDP店に置かれているミニラボシステムの最新バージョンを紹介された。デジタルミニラボ・フロンティア350/370というのだそうだ。
 もちろん一般ユーザーが購入するというキカイではない。……が、これが写真画質のデジタルプリンターであるという点では、いかにも富士フイルムらしい選択だったと思う。
 1996年に発売したフロンティアの初代機が世界最初のフルデジタルミニラボなのだそうで、「先進的な現像所で好評を博した」という。
 1999年に発売になったこのフロンティア350/370は、新しい技術を搭載することによって、コスト・設置スペース・操作性など、すべての面で従来型のアナログシステムと置き換えることのできる実用機として完成したという。取材時点ではまだ未搭載ながら、プロラボでの各種マニュアル操作も全部可能になるということだった。
 出力は銀塩のフジカラーペーパーで、紙幅は89ミリから254ミリまで9種類のバリエーションがあり、89ミリ幅の紙ではLサイズ(89×127ミリ)、APSのC・H・P各サイズとインデックスプリント、フジフイルムが提唱するデジタルカメラ用DSCサイズ、あるいはデジタルデータからのLサイズ相当といったスタンダードなサービスサイズが出力できる。
 フロンティアの350と370の違いは現像処理部の能力の違いで、89ミリパーパーを使用したときのL判の処理能力が350型では毎時約1300枚(毎分21枚)に対して370型では約1400枚。あまり違いがないようだが、127ミリ幅のペーパーを使用してL判を処理すると350型の毎時1200枚に対して370型は約1550枚とかなりの高速になる。
 ちなみにフロンティア350/370の最大処理サイズはワイド四切(254×365ミリ)となっている。
 要するに従来のミニラボシステムと同じ「写真」が出てくるのである。デジタル処理によって、どこが良くなるのか、あるいは悪くなるのか。そこのところに私は猛烈な興味を感じはじめた。
 まずは、なぜ印画紙に出力するのですか?
 神奈川県にある宮台技術開発センターのミニラボ開発チームの主任研究員である小澤良夫さんと中村博明さんが交互に答えてくれたのだが、まず、銀塩のカラーペーパーと、6色とか7色のインクを使うインクジェットの色再現域を比べたら、インクジェットのほうが優れているかもしれないというのがお二人の認識になっているようだ。
「しかし、生産性ということではインクジェットプリンターではスピードが遅くてどうにもならないし、ランニングコストや耐色性でもまだまだ――」
 考えてみれば、写真は常に印画紙の再現域の限界の中で表現力を鍛えてきた。印画紙上に再現されたものが「写真」といってもいい。
 その「写真」が、どのキカイでも、だれがやっても同じ品質で出てくるというミニラボの理想がフルデジタル化によって追求されたというのである。
「ネガフィルムだと本当の色が分かりませんから、オートホワイトバランスをとり、あくまでも推理によって色補正を実施します」
 まず自動色濃度調整という機能がある。絵柄がアンダーかオーバーかをチェックするのだそうだ。それを単純に濃い、薄いで調整するのではなくて、アンダーなら階調を立てるというように、濃度だけでなしに階調も整えて適正露出の絵に近づける。
 つぎに「そのシーンの本当の色味は何か?」という推理をするのだそうだ。ここはどこ? これは背景? これは肌色? これは白? これはグレー? これは黒? というような疑問を抱きながら写真の絵柄を自動解析していく。
 その流れの中で「顔抽出」という技術を展開するのだそうだ。顔の領域を探し出して、肌色の濃度は変えずに彩度だけアップするというような小技を発揮するのだという。
 あるいは「背景除去」という機能もあって、これは自動的に背景を認識してその部分だけを囲い込んだ覆い焼き・焼き込みマスクを自動生成。それによって逆光シーンでの人物を明るめ、背景を暗めという補正を行うことができる。あるいは逆にフラッシュ撮影で背景が暗く落ちる、あるいは手前が明るく飛び加減になるというような絵柄のバランスも整えてしまうという。
 デジタル化するとシャープネスもコントロールできるのだが、やりすぎるとたちまち粒状感やノイズが強調されてしまう。そこで粒状抑制処理を加えてある。
 従来のアナログ処理では彩度と階調を別々にコントロールすることはとうていかなわない夢だったから、デジタル化によって画像設計はレベルを大幅に向上させたということができる。
 この自動化の完成度を示すエピソードがふたつある。
 ひとつは、古い写真のネガやプリントからできるだけいい状態の写真を複製しようとするときに、これまでだったらプロラボでかなり高度な復元作業をしてもらわなければならなかった。それをフロンティアでは簡単にやってしまう。サービスプリントでも自動的に画像処理をしてしまうので、格安価格でかなりのところまで修復できるという。
 そのとき同時に画像データを出力することもできるので、退色が始まった大事な写真をデジタル化して保存するということが驚くほど簡単になった。どこまでやってくれるかは、一度試してみれば、すぐにわかる。
 もうひとつのエピソードは、この新しいフロンティアを導入したDP店で、現像液の交換を忘れていたのだという。
 というのは、毎日標準チャートを読み込ませて、出力して、それをまた読み込ませるというたぐいのキャリブレーション作業によってシステムのレベルを調整しているために「現像液がヘタっていたのにずっと気づかなかった」という。それほど強力なレベル維持機能が発揮されているので、どの店に出しても、別の日に出しても、「同じ仕上がりになるはずです」と小澤さんも中村さんも自信満々だ。これも試してみればすぐにわかる。
 かくして従来のアナログ銀塩システムをフルデジタル化したことによって、熟練オペレーターがいなくても安定した品質を維持できるところまでの自動化を獲得した。
 中村さんは言う。
「アナログ写真をデジタル化するということは、なにがしかのデータを失って劣化するということなんです。しかし一方でデジタル化すると画質・像構造・シャープネスなどの設計自由度が大きくなります。要するに、人間の目に分からない範囲の劣化に抑えながら、従来型のネガ→プリント系の再現性に追いつき、追い越すことに成功したと考えています」

●デジタル化を支えたデジタル構造
 フロンティアは「スキャナー・イメージプロセサー」と呼ばれる入力機と、レーザープリンター・ペーパープロセサー」と呼ばれる出力機のふたつに分かれている。
 出力はRGB3色のレーザービームを毎秒80ミリで移動する印画紙上に300dpiで走査する。
 芝浦開発センター・営業技術部の主任技師・安達良博さんが基本的なところを解説してくれたが、このレーザービーム露光によって、可視光では不可能だった純度の高い色が得られるようになったという。赤色については従来型の半導体レーザーだが、青と緑については独自に固体レーザーを開発したという。
 印画紙はそのままプロセッサー部に送り込まれて現像処理されるのだが、プリンターのCPUとプロセッサーのCPUが交信しながら速度を調節するために、プリンター側にはLサイズで20枚(あるいは40枚)分の画像データを溜めておけるメモリーが用意されている。
 私にとって興味深いのはむしろ入力機のフィルムスキャナーである。出力解像度が300dpi(1インチあたり300ドット)で、印画紙の最大幅が254ミリ(10インチ)だからそれをカバーするためには1ライン最大3000ドットの出力情報が必要になる。
 しかし、35ミリフィルムの24ミリ幅の画像を四切の254ミリにまで拡大するには約10・6倍の倍率をかけなくてはならない。24ミリ幅のAPSフィルムだったら画像の幅は16・7ミリだから15倍を超える。
 ――ということはAPSフィルムを四切に伸ばすためには4500dpiという解像度のフィルムスキャナーで読み取らなければならないということになる。
 他方、ミニラボでは中判カメラのブロニーフィルムまでは扱えないといけないが、その場合には56ミリの画面幅をスキャニングする必要がある。このときには解像度は1360dpiでいいけれど、56ミリという幅のスキャニングは、APSの16・7ミリと比べるとなかなかの大仕事になる。
 そこでフィルムスキャナーとしてはR・G・B各色5000画素のラインCCDを開発し、各サイズのフィルム画像がそのCCDサイズに合うところまでレンズを通して倍率をコントロールする方法を採用した。
 従来型の引伸し機ではランプハウスが上にあり、レンズ、フィルムがあって一番下に印画紙を置いていたが、ここではその位置を上下逆転させている。ゴミやホコリがCCDに付着する危険を避けるためである。
 フィルムの画像は上向きに投影されてCCDに至るのだが、フィルムは一定の速度で動かされ、固定されたCCDにスリット状の画像を順次投影することになる。
 こうしてフィルムサイズと拡大倍率に関係なく300dpiの出力データが得られる
 CCDから得られたデータは画像処理を行い、フレームプリントや文字焼き込み、カレンダープリントやポストカードプリントなど多彩なオーバーレイ合成作業を必要に応じて行い、プリンター部に送られる。
 入力機のCCDや出力機のレーザー発信器など主要部分を新規開発した上で、可動部の精度を大幅に高めている。スキャナーではフィルムを動かし、プリンターでは印画紙を動かしている。移動速度が変化すれば、たちまち露光量の変化として結果に現れてしまう。
 つまり可動部の精密さは、装置全体の振動に対する弱さを内在することになるのだが、主要部分をフローティング構造にするなど、防振構造化を「ガード下でも大丈夫」というところまで高めたという。
 画像処理能力も十分な余力を備えているので、ネガフィルムからのプリントだけでなく、カラーリバーサルフィルムからのダイレクトプリントも自動的にこなしてしまう。
 そのノリで、デジタルデータのプリンターとしても稼働する。フォトショップで開けるデータならなんでも受け付けて、「写真」として出力する。ソースが分からないデータの場合にはそのままストレートに出してみるということも、もちろんできる。
 フジカラーという写真システムが長い歴史の上で形づくってきたものをそっくりそのまま継承するこのフロンティアは従来型の写真からデジタルデータを取り出すこともできるし、デジタルデータからフジカラー的写真を取り出すこともできる。プロラボの手焼きのテクニックも存分に発揮できるようなカスタム機能も近々実現するという。


■データフォト――銀塩ラボからデジタルラボへ

●レーザーとインクジェット
 プロの世界で写真用のプリンターはどのようになっているのかというところを取材したいということを本誌執筆陣の横浜和彦さんに相談したら、東京の神楽坂にあるデータフォト(03-3235-2211 http://www.dataphoto.co.jp))というプロラボを紹介してくれた。
 なんの予備知識もなしに飛び込んだら、常務取締役技術統括部長の袖山利夫さんと取締役営業本部長の西山満さんが迎えてくれて、3人の技術者の皆さんを紹介してくれた。社員数35人の会社だから一瞬にして主要メンバーと名刺を交わしてしまったらしい。
 技術部長の鈴木和寿さんが主力のレーザー銀塩プリンターについて、第三技術部係長の水野文昭さんがインクジェットプリンターについて、第二技術部の方が新商品の立体ディスプレー・D-Visionについて説明してくれるという手配になっていた。
 まずこの会社は昨年、創業15年にしてフィルム現像機を捨てたという。もともとコマーシャル写真の分野でネガ合成などの特殊技術を売り物にしてきたアナログのプロラボだったのが、フィルムはネガもポジももう現像しないという、ちょうどそのあたりまでデジタル化したのだという。
 印画紙の現像システムは残っているが、それは1・8メートル幅の大伸ばしがまだあるからで、それに対応する大型の引伸し機もある。1・2メートル幅の印画紙現像機は引伸し機ではなしに大型デジタル出力機につながっている。ライトジェット5100(最大1・2×2・4メートル)やラムダ130(最大1・2×10メートル)など、レーザー方式の銀塩プリンターである。
 アナログとデジタルの一番大きな違いはどこにあるんですか? 鈴木さん。
「銀塩のシステムでは元データであるポジを見本にしてプリントを作るのですが、デジタルでは色調整が難しい。モニターが間にはいりますから。そこでプリンターごとに用意してあるカラーテーブルに載せることで、最適化を図っています。社内的なカラーマネージメントです」
 そのカラーマネージメントが外部と共通になる基盤がないので、外から持ち込まれたデータについては、結局、アナログ時代と同様に、「色の見られる技術者」の経験的判断によって仕事は進められているようだ。
 インクジェットのプリンターも大型機ばかり8機種があって、使い分けられている。
 担当は水野さんだ。
 銀塩システムと比べるとどうですか?
「インクの色数が一番多いのは12色ですから、色再現の能力はアナログ以上といえます。細かなところまでレタッチできますし、色補正もできますから」
 インクには染料系と顔料系がありますね?
「1〜2日しか使わない展示会用なら色の鮮やかな染料系を使いますが、長期使用のものとなると顔料系インクになります」
 屋外で使用するものの場合は顔料インクを使っただけではダメで、野立てなのか、ひさしがあるのか、道路際かなど、環境によってメディア(紙)や表面処理を選ぶという。
 解像度はどれくらいなんですか?
「以前は300dpi程度でした。インクジェットで出ればいいという程度のものでした。いまは1800dpi程度のものまであります」
 で、画像データのほうの解像度はどれくらい?
「100dpiあれば十分です。50dpiだと画像の粗さが歴然としてしまう場合があります」
 解像度のチェックしやすい絵柄は金属のエッジの部分だそうだから、写真を同じ絵柄のまま解像度だけを落としながらテストプリントしてみるとわかる……という。
 解像度以外にも、水野さんたちは用紙の選択で大胆なことをしている。
 30種ほどのプリント用紙を用意しているそうなのだが、絵画の複製であれば「画材用の紙にも吹ける」という。インクの液滴が小さくなると、使える紙の範囲が広がってくるのだそうだ。
「メディアによって質感が変わりますからね」
 インクジェットにはそういう可能性が隠されていたわけだが、技術部長の鈴木さんによると、オート化の利点もあるという。
 プリントスピードということでは、従来型のアナログの手焼きが一番速いのだそうだ。続いてレーザーからの銀塩プリント。インクジェットは一番遅い。
 ところがそれをオート化という座標で見ると、写真の手焼きは完全手動、レーザー銀塩システムでは銀塩システムに半自動の部分がある。インクジェットはスピードは遅いけれど、ワンロット30メートルまでは無人でプリントし続けるので、夜間の無人運転が可能なのだ。

●デジタルだからDビジョン
 2000年の8月から、データフォト社ではDビジョンという特殊なディスプレイパネルを発売している。
 従来から立体写真はいろいろあるが、表面に縞模様の入ったプラスチック板をかぶせた立体写真がそれ……といっていいようだ。
 表現形式は4種類ある。
 まずはフルデプス。いわゆる立体写真。つぎに立体感というより、舞台美術のような平面的な絵が重層する半立体という感じのものがレイヤーデプス。これは1枚の写真からCG処理によって作り出せるという。
 フリップというのがある。眼を動かすと違った絵柄に切り替わる。これを利用した先駆的商品が大昔のだっこちゃんなのだそうだ。2枚、あるいは3枚の写真が、1枚のパネルの中にこっそりと忍ばせられる。
 最後はフリップモーション。ゴルフスイングやスキーの分解写真を4コマ以上閉じこめておくことができるという。
 おそらく全部、どこかで目にしたことがあるという感じがするから、新しいとは言えないかもしれない。しかし最大1×2メートルという壁面パネルの写真が踊ったり、飛び出したりするのだから壁面広告としては訴求力抜群のはずなのに、見飽きるというほどには普及していないようだ。
 なぜなら価格が高かった。アメリカでしか作れなかったので納期も2〜3カ月必要だった。――それを、全部自社処理できるようになって、価格が3分の1、納期が2〜3週間に縮まった――というのである。
 で、どこがデジタル写真かというと、これがデジタルプリンターの高精度によって実現したという。
 表にかぶせるプラスチック板はレンチキュアレンズというのだそうだが、大判用では1・2ミリピッチ、手で持って見るようなサイズなら0・6ミリピッチのカマボコ状のレンズを並べている。
 精度の高い0・6ミリピッチで説明すると、その0・6ミリ幅のカマボコの台の部分に25枚の写真を切り刻んだものを並べてあるのだという。
 つまり立体映像を作り出す写真を(2枚で済ますというような安直なレベルではなく)25枚撮影して、それを0・6ミリごとに切り刻んで立体に見えるように並べているのだという。
 もちろん切り張りではなくて、ワークステーションでCG化して画像データを整えている。
「以前は6×7のカメラで撮影していたのですが、デジタルカメラを導入して、画像の精度も上がりました。フィルムの伸縮という要素が完全に排除されましたから」
 レーザー銀塩システムの大伸ばしはそういうとんでもなく高い精度のプリントにも十分に対応できるのだという。
 デジタル化の最も大きなメリットはゆがみを発生させないというところにある。合成写真というとシロウトだましという印象もあるけれど、マスキングによる複雑な写真の切り張り作業こそ、デジタル化の真骨頂ということになる。プロラボのデータフォトがフィルムの現像機を捨てたのも当然のことといえる。
 ところで、最後の質問ですが、シャープネスはどうしています?
「うちではシャープネスはかけずにフォトショップ上での色の調整でコントロールしていきます」
 画像を管理するマッキントシュパソコン上でも、印刷を管理するサーバー上でも、あるいはプリンターのところでも、シャープネスはかけられる。レーザープリンターのラムダやライトジェットでは最近、プリンター側でこまかなシャープネス設定ができるようになったという。
「ハイライトだけとか、シャドーだけとか。顔はそのままで、髪の毛はシャープにというようなこともカンタンにできるようになりました」
 印刷業界では写真はほとんどスキャナーでデジタル製版しているが、昔はエッジ部が見るからにクッキリ、カッチリというシャープネスをかけていた。
 最近ではそれが「エッジを立てる」という荒っぽい方法ではなく、上品に、「よく見るとシャープ」という仕上げ方をするようになっている。高い解像度で、豊かな階調を維持するという、高い次元でのシャープネスが現実のものになりつつある。
「オリジナルよりシャープ」というデジタル処理がプロの世界では現実のものになりつつあるといっていいだろう。デジタル写真がアナログ写真を決定的に凌駕する大きなポイントではないかと思う。


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