毎日カメラ読本(2001-2002カメラこだわり読本)
カタログ探検紀行【8】
2001.8.10……写真フィルターの進化(初稿原稿)
写真という技術においてカメラが先か、フィルムが先かといえば、もちろんカメラが先だった。画家の写生補助具としてのカメラ・オブスクラ(暗い部屋)があって、そのスケッチ用紙の自動感光化がアスファルト板、銀板、コロディオン湿板、ガラス乾板、セルロイド製ロールフィルム、不燃性セーフティフィルム……というふうに進化してきた。
そのようなカメラとフィルムの進化の中で、写真用フィルターというものはいったい何なのか?
レンズの前に意図的に異物を置くということに大なり小なり抵抗を感じつつ、それでもなお必要なフィルターというのはどういうものなのか?
そしてフィルターに現在もなお加えられている技術革新があるとしたらどういうものなのだろうか?
というところから取材をスタートしてみた。
■コダック・ラッテンフィルター――銀一・海外商品課
●ゼラチンがベスト
「レンズ前につけるフィルターはゼラチンでなければいけない、というふうにレクチャーを受けました」
コダックのフィルターに対して現在正式のコメントを出せるのが銀一株式会社の丹羽寿成さん(第三営業部長)や日比直純(同部海外商品課)になっているということを今回始めて知った。
じつは最初にコダックに電話をしたのだが、日本での販売窓口は銀一になり、コダックとしてはすでに製造からも手を引いているということだった。
銀一は銀座一丁目にショップを構えるプロ対応の写真用品店だが、現在では写真機材を中心にした輸入商社として卸売りにかなりのウェートをおいている。その代表ブランドとしてあまりにも有名なのはプロ用カメラバッグの元祖・ドンケとテンバだが、それについてはこの紀行シリーズの第1回(1999年8月「カメラ買い物情報'99夏・秋スペシャル」)で紹介した。
その銀一が2000年2月からコダックの「ラッテンフィルター」の輸入販売権を獲得したのだという。ごく最近のことなので、写真業界でもまだ知らない人がけっこう多いようなのだ。私だけが知らなかったというわけではないらしいので安心した。
コダックはフィルターの製造ラインと販売権、それに「コダック・ラッテンフィルター」というブランドの一切合切を、ハリウッド向けのフィルターメーカーであるティッフェン社に移管したというのである。ティッフェン社の商品を扱っていた関係で銀一が日本での輸入販売窓口になったという。
で、どうなったかというと、銀一は大手量販店に卸しているので、写真用フィルターとしての販売に大きな問題はなかったのだが、予想もしないことが起きた。
「メーカーや研究施設からの難しい問い合わせが次々に来るんです」
丹羽部長によると、たとえば、透過率をチェックしていたら温度が上がるにつれて1%以上大きくなってしまったがいいのか? というような専門的な内容のものがあまりにも多いのだそうだ。それらをいちいちティッフェン社に取り次いでいるという。
販売を担当するようになってはじめて、コダックのラッテンフィルターは光学機器や医療機器、印刷関係などで想像以上に広範に使われていることを知ったという。
たとえば光学検査機器で感度を調節するときにNDフィルターを使用する例が多いのだそうだが、必要なカタチに切って装着するというような使い方が産業用として定着していて、その需要が驚くほど大きいものであったという。
ラッテンフィルターのラッテンは最初の開発メーカーである英国のラッテン社に由来するという話を聞いたことがある。ともかく固有名詞である。
今ではむしろ「ゼラチンフィルター」というふうに、素材のわかる呼び方のほうが合理的ではないかと思うのだが、動物性コラーゲンに由来するゼリー状の食べ物や、接着剤のニカワの原料である、あのゼラチンをそのまま利用している。
といっても、ゼラチンは印画紙の感光膜にも使われてきたりして、写真用感光材料の主要なマテリアルだったのだから、驚くには値しない。
作り方は、ゼラチンに有機染料を混ぜて、ガラス板の上に塗るのだという。厚さが0・1ミリで誤差がプラスマイナス0・01ミリという精密な膜厚が維持されている。そのゼラチン膜をはがした後、両面に透明ラッカーを塗って保護コーティング層としているのだという。
ゼラチンのもつ最大の利点は光学的な均一性なんだそうで、レンズの解像度に与える悪影響が少なく、地図製作用とか複写用の大型カメラの大口径・長焦点レンズに使用するというような場合には圧倒的な優位性を備えているという。
ただ、耐久性に問題がある。温度は26℃以下、湿度は50%以下の環境で保存しなければならないうえに、水分や水滴がつくとゼラチンはたちまちそれを吸って実用性能を維持できなくなってしまう。雨はもとより、霧に包まれるというような場合でも、野外での使用には相当の注意を払わなければならないということになる。
かなり厳密な光学性能を備えているかわりに扱いがデリケートで、耐久性に欠けるということになるのだが、コダックのフィルターガイドにはさらにこんなことも書かれている。
「長年にわたりコダック社の研究所で多くの染料が研究・開発されてきました。これらの染料は沢山の資源から得られ、その多くは特に合成されたものです。フィルターに用いられている染料も、他の染料と同じように、熱とか光によって変化いたします。従って、コダックのフィルターは透過率のいかなる変化に対しても保証されていません。」
まあ、なんといい加減な……というふうにも読めるけれど、染料の耐久性はもともとそれほど高くないのだから、厳密に言えばそうなる、ともいえる。けっきょくコダックでは「フィルターの安定性」を、ABCDという記号によってすべてのフィルターに対して個々に示すという方法を採った。
A――安定。許容範囲の2分の1以上の変化を示さないもの
B――比較的安定。許容範囲程度の変化を示すが、それ以上の変化は示さないもの
C――いくぶん不安定。許容範囲より大きな変化を示すが、2倍以上の変化ではない
D――不安定。許容範囲の2倍以上の変化を示す
このアルファベット表記は3文字並ぶが、それは3種類のテスト内容に対応している。最高の色素安定性を示すAAAから最低のDDDまでのどこかに評価されるのだが、3文字のテスト内容は次のようになっている。
1――南向きの窓で昼光に2週間さらす
2――退色計に24時間さらす
3――1000ワットのタングステンランプから60センチの距離で2週間さらす
つまりCDランクのフィルターは、このような曝露条件ですでにカタログ性能に対する能力を失うというふうに理解していい。
ゼラチンフィルターはレンズに取り付けられたフィルターフォルダーに装着して使用するのが原則で、そのとき以外はケースにきちんと戻されているというのが一般的である。だから撮影現場で実際に強烈な光にさらされている時間はそれほど長くはならない。
その退色の実用的なチェック方法もフィルターガイドに書かれているのだが、光がよく当たるフィルター中央部の退色が周辺部との対比で明らかになってくるという。
ずいぶん危ういナマモノという感じもすれば、けっこう厳密な理科学的な検査用具という匂いもする。そんなデリケートなものがスタンダードな写真用フィルターであるということが信じられない人が多いのではないかと思うが、コダックのラッテンフィルターが、今やそういういささか特殊なものになっているというのも事実のようだ。
銀一のショップでフィルターを購入するプロユーザーでも、当たり前の写真撮影用という雰囲気で買っていくのはコマーシャル写真の商品撮影用で、その人たちはフィルター専用のアルミケースを持ち歩くような構えで多種類のフィルターを使い分け、ほとんど使い捨てのように消費しているという。現物の色味をかなり厳密に再現しなくてはならないブツ撮りでは、その色味を細かく調整できるCC(色補正)フィルターによって仕上がりを理想値にできる限り近づける努力が必要になってくる。
それに対して営業写真館ではほとんど使われていないそうだが、考えてみれば営業写真館ではネガカラーが圧倒的な主流になっているから、フィルターワークで何かを補正するという必要はあまりない、ということのようだ。
●コダック文明の残照
取材に当たって丹羽部長から渡された基本資料は、コダック・ラッテンフィルターのデータブックの抜き取りコピーだったが、それ自体が1978年のもの。20年以上前の資料が営業の最前線でまだ使われているということをどう評価したらいいのか悩むところだが、1960年代に写真少年だった私自身の体験からいえば、「さすがコダック」と言いたい。20年どころか、ほぼ40年前のフィルター体系が、ほとんどそのまま生き残っているということに、タイムマシンにのせられたような衝撃を覚えた。
「フィルターシステムはさらに60年以上遡ると書いてありますから、古いものは古いんでしょうね」
丹羽さんたちにとっても手に負えない古さなのだ。
いま、銀一で常備しているコダックラッテンフィルターは75ミリ角(75×75ミリ)だけで、100ミリ角と150ミリ角は特注、ほかに350×450ミリの大判フィルターはNDフィルターを中心に特定商品に限っているが「その他のフィルターについてはお問い合わせ下さい」とある。
ところが1978年版のデータブックには「角サイズのゼラチンフィルターは、普通、50ミリ、75ミリ、および100ミリのみがストックされています。特別なサイズのフィルターは、その要求に応じてストックされています」とある。その時代には特注サイズは150ミリ、200ミリ、250ミリ、300ミリ、350ミリという正方形タイプのほか、350×450ミリの長方形タイプ――となっていた。
それに加えて――「長年の間、コダック社ではカタログに載っていない正方形(角サイズ)および長方形サイズのラッテンゼラチンフィルターを、最少注文数とは無関係に、広く供給してきました。このような注文(ほとんどが1枚のフィルターについてですが)は、コダック製品をご愛用下さる皆様のご要望に応じ、特別注文として扱われてきました」とある。
つまりサイズ自由で1枚から注文可能というワールドワイドサービス(米国内で30日から60日かかるという)が提供されていたのが、約20年前にサイズ指定の特注は「最少注文数200枚」と後退させたということのようだ。
それは「ロールスロイスの故障部品はヘリコプターで届けられる」といった神話の時代に、「コダックのゼラチンフィルターは必要なサイズで1枚から注文できる」というものであったということなのだ。
●ベンチャーから世界企業へ
イーストマン・コダック社は19世紀末のベンチャー企業で、フィルムとカメラの歴史を次々に書き替えて世界制覇を果たした。
KODAKというエキゾチックな名称は当初はカメラ名だったが、創立者のジョージ・イーストマンみずからのネーミングといわれている。好きな文字であるKで始まりKで終わるあらゆる組み合わせの言葉の中から「簡潔で・活気があり・誤記の恐れがなく・いかなる意味も持たず・発音しやすく・覚えやすい」名前として作り上げたという。東通工という会社のSONYというブランドと同様に最初から世界市場を狙った野心的なものであった。
私が企画・編集としてかかわった『新版 カメラマン手帳』(1992年・朝日新聞社)の「年表」(執筆陣の塚本基巳彦さんと近山雅人さんの労作)からコダックの活躍を拾って表にしてみた。ご覧いただきたい。
●フィルターシステムの完成
ご覧いただいた年表を1976年のE-6カラー現像処理で終えたのには理由がある。
発色カプラーを現像時に外部から加えるので「外式」と呼ばれるカラーリバーサルフィルムのコダクロームが73年に新しくなり、発色カプラーを内蔵した「内式」カラーリバーサルのエクタクロームの現像処方がE-6と呼ばれるものになったところでモノクロ写真の時代は終わったといっていい。同時にコダックのフィルターシステムもほぼ完成の域に達したと見ることができる。なぜならそれは、モノクロフィルムやカラーフィルムの再現性を構造的に支えるものとして構築されてきたからである。
1978年版のフィルターガイドを見ると明らかにカラー時代のフィルターになっている。モノクロフィルム用フィルターの基本は感光波長域を短波長側で切り落とすシャープカットフィルターだが、1978年版では「上記に記載されていないラッテンフィルター」という項目にまとめられている。
モノクロフィルムは本来的に青より短波長の紫外線領域に感光性をもつので、空が見た目よりはるかに明るく写ってしまう構造的欠陥をもって誕生した。だからそれを補正するために短波長域の光を遮断するフィルターが求められた。
その後フィルムの長波長側への感度域が広げられてパンクロマチック(全整色)タイプに進化したことで、見たままの写真がおおかたそのまま撮れるようになったのだが、可視光域より短波長の感光域は残された。
それに加えて、青い空のイメージを白黒写真上で黒い空として表現するなど、意図的な波長カットのために黄色から黄赤にいたる強調度の高いフィルターも各種用意された。
……が、1978年にはコダックではすでにフィルターの主軸を完全にカラー用にシフトしていたということがわかる。
コダックの分類でカラーフィルム用コンバージョンフィルターとするものと、ライトバランシングフィルターとするものとは、光源とフィルムタイプの間で色温度の調整をするフィルターという意味でひとくくりにしておいたほうがいいようだ。
光源がデーライト(太陽の昼光)であるかタングステンランプなどの人工光源であるかということと、フィルムがデーライトタイプであるかタングステンタイプであるかという相互の色温度のマッチングのために(たぶん逐次的に)用意されたフィルターがコンバージョンフィルターで、有名な「光源の色温度変換のためのミレッド算出図表」上にある80シリーズ(ブルー系)と85シリーズ(アンバー系)がある。
ごく微少な色温度変換を担当する81シリーズと82シリーズをコダックではライトバランシングフィルターと呼んでいるが、要するに朝・夕の太陽光の色温度低下を青色で引き上げ、曇り空の色温度の上昇を黄色で引き下げるというような色温度の微調整をする。
しかし当初、このライトバランシングフィルターによってフィルムに最適な色環境を与えようとしていたのが、しだいにぜいたくな方向にシフトしていった。ライティング自体をフィルムに対応したものに整える方向に動いていったのだ。たとえば大光量のストロボを多用することで人工光源の環境をデーライトにしてしまおうというのがそのひとつ。
それから蛍光灯に演色性の高いものが登場して、プロ仕様のライトボックスと同様の、色再現性を整えた照明が美術館・博物館から一般の室内空間へと広がり始めた。かくして、コントロールできるところでは照明環境のほうをよくしてしまうという方法でライトバランシングの役割が小さくなったのだが、他方、照明環境のよくないところは水銀灯やナトリウム灯など癖の強い光源のカクテル光線になって、単純なライトバランシングが通用しなくなってきた。
肉眼で見た色とフィルムが受け取った色情報との食い違いを調整するために必要だったライトバランシングフィルターだが、CCDなどの撮像素子によるデジタル写真になると、それがほとんど必要なくなってしまう。白い紙を白に表現するというホワイトバランスを現場の光源に対してとることで、簡単にライトバランシングができるようになってしまう。
いまプロのカメラマンがロケ取材でデジタルカメラを積極的に活用し始めている大きな理由に、そのホワイトバランス機能がある。見た色の印象をダイレクトに再現したいという要求に対して、デジタルカメラはそのカラーバランシング能力において際立って優れた機能を発揮してくれる。
●色補正のとことん潔癖なカタチ
話をカラーリバーサルフィルムに戻すと、プロカメラマンが印刷原稿となるカラー写真を撮ろうとするとき、いまいちばん重要なフィルターはCC(カラーコンペンセイティング)フィルターではないかと思う。
これはC(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)、とR(赤)、G(緑)、B(青)、の6色が6段階の濃度で用意されている。
その濃度に見合った分だけ特定の色を吸収して通さないという役目を果たして色相を変化させることになるのだが、どのフィルターが何色を吸収するのかということを文字にするとちょっと煩雑になる。
CはRを吸収する
MはGを吸収する
YはBを吸収する
RはBとGを吸収する(Y+Mと同じ)
GはBとRを吸収する(Y+Cと同じ)
BはGとRを吸収する(M+Cと同じ)
たとえばYフィルターはBを吸収するのだが、一般的な風景でいえば青空はBの要素を多く含んでいるので明度を落とす割合が大きいが、緑にはBの要素が少ないので明るさを減じない……というような働きをする。
そのようなことはデジタル化した写真をパソコン上で画像処理するときに考える基本的な処理のひとつであり、印刷原稿にするときには製版段階でも簡単にできることなのだが、プロカメラマンが撮影時のフィルターワークによって微妙な色補正をしてきたのには別の理由がある。
それは印刷原稿としてできる限り完璧なものをつくることがカメラマンの仕事であったということだ。つまり「オリジナルどおりに」という指示で製版にまわせばほとんどドンピシャの仕上がりイメージで出てくるという流れのために、原稿そのものが限りなく完璧な見本になるような努力をしてきた。
とくに再現の厳密性を求められる商品撮影においては、ホンモノ以上にホンモノに見える写真が磨き上げられてきたのだが、そのときには、たとえば濃度0・025という、露出倍数さえもかからないようないちばん薄いフィルターの有無が問題にされるほど厳密なものになっている。
すなわちカラーリバーサルフィルムの色再現の厳密さは、いまや色に鈍感な人にはとうてい「違いのわかる」違いとはいえないほど微妙なところにまで到達している。
もうひとつ、カラーリバーサルフィルムを使用する人がCCフィルターを利用する必然があった。
それはプロ仕様のフィルムの品質管理法から生じてきた。プロラボは同じ乳剤番号のフィルムを大量に仕入れ、テスト現像する。プロラボが独自に出した感度補正と色補正のデータを参考にしながらカメラマンもみずからのテスト撮影をして、フィルムの品質をあらかじめ整えておくというようなことが流通過程で可能になったのだ。プロラボの窓口にはそのような補正データが表示されていて、色補正の値はCCフィルターで示されている。
同じフィルムでも乳剤ごとにごくわずかずつ品質が違っているところから、プロラボから乳剤番号で管理されたフィルムを買って使う場合には、指定されたCCフィルターによって基本補正をするというのが常識になっていた。
ところがそれも最近ではフィルムの乳剤の品質が安定したからか、カタログどおりの感度で、色補正もNONとしたフィルムが多くなってきた。乳剤のバラツキをプロ仕様の管理態勢によってクリアしようとしてきた方法論がしだいに必要なくなってきたということのようである。
もとより最近の補正値は、風景撮影などでは無視してもまったく問題ないレベルなので、こだわるのはやはり商品撮影においてというふうに考えておいて大きなまちがいはない。
……ということは、CCフィルターもフィルムの再現力を安定させるための微調整フィルターという役目はしだいに小さなものになりつつあり、ブツ撮りなどで厳密な色管理が必要なときに、きわめて微妙なレベルの色補正まで可能な高度な色管理フィルターという役割に限定される流れに見える。
デジタル写真の場合には、じつはこのCCフィルターの役割をフォトショップなどの画像処理ソフトで簡単にやれる。やれるけれど、カラーリバーサルフィルムによって見本と原稿を兼ねたようにはなかなかいかないところからカメラマンと編集者と印刷所との間で、いろいろな混乱が生じている。
理想をいえば印刷仕上がりとしての結果を判定できるレベルの技術で完全データとするか、写真画質のインクジェットプリンターなどで自分のイメージにあったプリントを作って見本とし、印刷原稿としてのデータはできるだけナマのまま渡すというのが安全・確実な方法といえる。
カメラマンがどこまで責任をもって仕事するかという意味では、撮影時にCCフィルターを駆使して最終品質をフィルム上に結実させようとすることに意味があったし、まだそれは続いている。
一般的な写真撮影ではあまり使われることがないが、グレーのND(ニュートラルデンシティ)フィルターが産業用として多用されていることは最初に紹介した。
もうひとつ重要なフィルターがある。偏光フィルターだが、これについては後で触れたい。
■追いかけて追いついた薄膜フィルター――富士写真フイルム
●フジクロームを支えるために
1978年版のコダックのフィルターガイドがまとめられたころ、フジフイルムのフィルターシステムがようやく立ち上がってきた。
「フィルターを本格的にやり始めて25年というところでしょうか」
プロフェッショナル写真部でずっとフィルターの営業を担当してきた参事の中村哲夫さんはいう。
富士写真フイルムでは1961年にフジカラーR100というカラーリバーサルフィルムを出したが、1965年に現像処方をコダックと同じにして海外進出を果たした。
それからじわじわとコダックを追い上げて、1988年になるとコダックのカラーリバーサルフィルムを圧倒する新しいシリーズが登場する。
フジクローム100D(RD)
フジクローム100プロフェッショナルD(RDP)
フジクローム50プロフェッショナルD(RFP)
プロ用のカラーリバーサルフィルムの開発に合わせてフィルターは整備されていったのだが、後発だけに、フジのフィルターはいくつかの点でコダックのものと違いをはっきりと見せた。
ひとつは材料の違い。コダックでは撮影レンズに装着するゼラチンフィルターのほかに照明光源につける耐熱性に優れ、低価格のアセテートフィルターも用意している。
フジのフィルターは値段も安いし、水洗いもできますということだし、アセテートと書いてあるのでコダックのアセテートフィルターと同類かと思っていたが、そうではない。フィルムベースとまったく同じトリアセテート(TAC)をベースとするフィルターなのだそうだ。
プロフェッショナル写真部の主任技師である阿部邦博さんはこういう。
「染料をゼラチンに混ぜるのではなくて、フィルムベースに直接練り込むという考え方です。均一な厚さに仕上げる薄膜技術がありますから0・1ミリプラスマイナス0・01ミリにコントロールされています」
トリアセテートフィルターのゼラチンフィルターに対する優位性は熱や湿気や水濡れに強いこと。「汚れたら水洗い」というキャッチフレーズが効いたのはそのあたりの耐久性をアッピールしたからだ。
しかしプロの仕事の現場では、レンズ前に装着するフィルターの汚れなどが原因で仕事に支障が出ては困るので、仕事の回転の中で新しいものを下ろしていく。耐久性よりも新品時の性能があくまでも重要という考え方もある。
そういう意味ではコダックのラッテンフィルターが確立した世界を正面から崩すのは難しかった。
「プロユーザーの声を聞きながら、あくまでも使いやすさを全面に押し出してきました」
阿部さんが最初に挙げたのは、ライトバランシングフィルターの場合だった。コダックの場合にはアンバー系に81、85シリーズがありブルー系に80、82シリーズがあってそれぞれが個々の特定の仕事に対応している。いわば開発番号が商品番号になっているようなわかりずらさがあった。
そこでフジのフィルターでは色温度のミレッド変換値の数値に従った商品名になった。「色温度上昇用」とするブルー系のライトバランシングフィルターの主要な用途は「フジフイルム・フィルターガイド」によると次のようになる。
名称――――ミレッド変換値
LBB-2――マイナス20=微調整(コダック81Aに相当)
LBB-4――マイナス40=Dタイプフィルムを朝・夕に撮影(コダック81Dに相当)
LBB-8――マイナス80=Dタイプをクリアフラッシュで撮影(コダック85Cに相当)
LBB-12――マイナス120=Dタイプフィルムを写場用電球で撮影(コダック85に相当)
LBB-16――マイナス160=Dタイプフィルムを家庭用電灯下で撮影
LBB-20――マイナス200=Dタイプフィルムを真空タングステン電球で撮影
同様の機能的表示はモノクロフィルム用シャープカットフィルターにも現れている。シャープカットフィルターはある波長より短い部分を吸収することによってシャープに切り落とすフィルターで一般にUVフィルターと呼ばれているものは390ナノメートル以下の短波長域を切り落とす。フジではこれをSC-39として機能主義的な名称にしている。……あるいは一般にスカイライトフィルターと呼ばれるのは400ナノメートル以下の波長を切り落とし、薄いマゼンタを加えたものだが、フジではこれをSC-40Mとしている。
人間の眼に見える可視光はおよそ400ナノメートルから750ナノメートルまでなのでシャープカットフィルターは短波長側からそれを順次切っていく。JIS規格では無色のSLがSL-37からSL-42まで、黄色のSYがSY-44からSY-50まで、オレンジのSOがSO-52からSO-56まで、そして赤がSR58からSR-90までとあるが、フジのフィルターは370ナノメートルから740ナノメートルまではすべてSC(シャープカット)で統一し、IR82からIR90までを赤外用と区別している。
色補正用のCC(カラーコンペンセーティング)フィルターでフジがコダックに対抗して打ち出したのはコダックが7段階の濃度のところ、9段階にしたという点。とくにいちばん濃度の薄い濃度0・025のもの(たとえばコダックの025Y、フジの2・5Y)のさらに半分の、ほとんどノーフィルターに近い0・0125(たとえばフジの1・25Y)まで用意した。
「CCの1・25の要望がプロユーザーからあったんです。2・5から5に飛ぶ中間に、2枚重ねで3・75にするというような使い方ができますから」
しかしそれでもフジのフィルターがコダックを抜いたとはとてもいえない。厳密な色のコントロールという意味では、とにもかくにもコダックがすでに完成の域に達していたからだ。
●便利さの追求も厭わずに
広範なプロの声に耳を傾けることによって生まれたヒット作が複合型のコンパウンドフィルター。これにはLB/CCとCC/CCという2タイプがあって、微妙な質感表現をするLB/CCタイプと蛍光灯に対する簡便な補正となるCC/CCタイプとに分かれる。
LB/CCタイプというのは色温度を気持ち上下させるライトバランシングフィルターの暖色系に薄いMやRを加えたものと、寒色系にM、C、Bを加えたもの。
重厚感や暖かみを強調するときに濃度の高いマゼンタや赤を加えると画面全体に色がのってしまうところを、LBA2やLBA4の軽いライトバランシングフィルターで光源の色温度を下げておき、そこに薄いCCフィルターを加えることで、要所に赤みがのってくるという。逆にクールさやシャープさを強調したいときにはLBB2やLBB4といったライトバランシングフィルターにシアンや青、あるいはマゼンタを加えることで、さわやかさが強調されるという。
2枚のフィルターで実現されるところをあらかじめ1枚に複合化してある意味は……やっぱり便利なのだろうし、これにさらに細かな補正を加えるという余地を残している安心感があるのだろう。
LB/CC系のコンパウンドフィルターは視覚的な印象の振れにかかわるものだけれど、蛍光灯など、本来カラーフィルムには適さない人工光線下での撮影を肉眼で見ているものに近づけたいという大きな補正をしてくれるのがCC/CC系のコンパウンドフィルターである。
蛍光灯といってもいろいろあるけれど、それほど難しいものではない。
白色型――CC35M/CC5B
昼光色型――CC15M/CC20R
三波長(D)――CC20M/CC20R
三波長(N)――CC35M/CC2・5B
水銀灯――CC40M/CC5R
それぞれのCCフィルターを組み合わせて補正すればいいことなのだが、簡便さから、あまり色補正にこだわらない報道系のカメラマンでも、持っていると重宝するという。
問題は歴史のあるコダックのフィルターと比べて性能的にどうかということだが、とくにアンバーとマゼンタの見た目の色がコダックのラッテンフィルターとちがうのが問題になったという。
「何種類もの染料を混ぜ合わせて作っているので、まったく同じ仕事をするフィルターが、別物に見えることもあるんですね」
もっとも、初期の作り方を聞いたらいくぶん不安になっても仕方がない。染料を練り込んだトリアセテートセルロースの素材を(どんな状態になっているのかわからないが)「ガラス板の上に職人さんが塗布していくと、真ん中と両端の厚さが10ミクロン(0・01ミリ)違っていなかった」という手作業だったという。人間のワザの精密さを否定するわけではないが、やはり追う側がそれでいいのかという感じはした。
その後、技術的なブレークスルーは何かなかったのだろうか。
「均一に塗布するということより、練り込んだ素材を均一に伸ばすというほうが簡単なんです」
阿部さんはこともなげにいうだけだ。フジフイルムの薄膜技術からすれば、フィルターシートの均一性にしろ平面性にしろ、安定性にしろ、難しいことはなにもないということなのだ。
難しいのは染料の方の安定性や耐久性で、こちらは新しいフィルターを開発するごとにたいへんな思いをしているという。
問題は染料の退色だが、それに関するデータは分光特性のグラフのついた『フィジフイルム光学フィルター』というデータカタログに明記されている。それによると一般フィルターはキセノンランプによってフィルター面に7万ルックスの光を当て、常温での変退色を調べ、次のようなアルファベットで表示している。
A――10時間で変退色を認めず
B――5時間で変退色を認めず
C――2時間で変退色を認めず
D――2時間で若干の変退色を認める
そのことを作例解説を重点にした『フジフイルム・フィルターガイド』では次のように書いていた。
「ゼラチンフィルターと違い、水、湿気、熱に強く、長期にわたって平面性を維持します。また、包装材(ケース)にも耐湿性に優れた合成紙を採用。長期間の保存にも、変退色や有機染料の転染・にじみ出しが少ないという特製を示します」
コダックのラッテンフィルターとの変退色にかかわる耐久性の優劣はよくわからないのだが、染料そのものがかかえる問題であるだけに大差ないと見るのが無難のように思われる。
フジの供給サイズは75ミリ角と100ミリ角で、通常撮影における35ミリカメラから4×5カメラにまで対応できるとしている。もちろん特注サイズもあるので、産業用の需要ではビデオカメラ用のNDフィルターや液晶腕時計のUVフィルターなどが利用されてきたという。
営業の中島さんによれば「小さいけれど安定した市場を形成している」のだそうだ。世界商品であるコダックとちがって、フジのフィルターはまだ国内市場向け商品であり、その約7割が東京で売られているという。
■華やかなフィルター群――ケンコー
●「使うとこうなる」主義
ケンコーが扱うフィルターの点数の膨大かつ多彩なところを網羅的に見るには、毎年刊行されている「写真・映像用品ショーカタログ」がいい。その2001年版ではフィルターだけで28ページが埋め尽くされている。
コダックやフジのフィルターも点数は多いが、それはいくつかの機能に対して多くのバリエーションが用意されているというものだったが、ケンコーのカタログに見られるのは個々の仕事、すなわちジョブごとに最適化をはかられたフィルターが次から次へと現れてくるという印象になっている。
おそらく営業企画宣伝課長で、写真も撮れば原稿も書くという才人・堀江勉さんのコピーライトだろうが、見出しを拾っていくだけでメニューの豊富さにビックリする。「写真・映像用品ショーカタログ」をめくりながら適当に見出しを拾ってみよう。
朝夕の赤味の強い光を抑え、自然の色調に仕上げる――MC C2/C4フィルター
画面の明暗バランスをコントロール――R-ハーフND4
緑色をより明るく鮮やかに表現する緑色強調フィルター――グリーンエンハンサー
青紫色の花やモスグリーン色の衣装などの撮影に本来の色を再現する近赤外線カットフィルター――DR655フィルター
超広角から望遠まで、絞り値にも制限されることなく使える!――PROソフトン(A)/(B)
画面周辺部や半分に流れの効果を創り出す――ズーミースポット
光の輝きを魅惑的に演出する――クロスフィルター
自分だけのオリジナルフィルターを作ろう!!――オリジナルフィルター自作セット
望遠レンズや高倍率ズームレンズ用に開発された高性能クローズアップレンズ――MCクローズアップレンズNo.5(f2000)
あらゆるフィルターテクニックが思いのままに駆使できる――テクニカルホルダーII
60種類を超えるフィルターバリエーション――X-PROフィルターシリーズ
ラバーバンドであらゆる口径のレンズに装着できる――LEEラバースナップフィルターホルダー
とまあ、際限がないうえに、見ていくとひとつ、ふたつ、どうしても買いたくなってしまうものがでてくる――という仕掛けなのだ。
そこで細かく読んでみると、そこでまたひっかかる。
たとえば一般にヘイズカットと呼ばれる透明系のシャープカットフィルターについてもいろいろあって、単に吸収波長域の違いというようなものではない。ケンコーはヘイズカット機能のないプロテクターフィルターまで含めているが、ヘイズカット能力の弱い方から並べると次のようになる。
MCプロテクター――無色透明のガラスで、両面マルチコート(37〜112ミリ)
PRO1 MCプロテクター――無色透明のガラスで、マルチコート。超薄枠(49〜82ミリ)
L37スーパープロ――370ナノメートル以下の波長を吸収してほとんど無色。スーパーマルチコートで透過率99%(49〜82ミリ)
L37プロフェッショナル――マルチコートで86ミリ以上の大口径にも対応(49〜112ミリ)
MC UV――波長390ナノメートル以下を吸収してカットするL39のこと。カラー用としては紫外線の影響で生じる青みをとる(40・5〜82ミリ)
MC 1Bスカイライト――カラー用としては晴天時に人物の肌色をきれいに表現するねらい(40・5〜82ミリ)
1Bスカイライトスーパープロ・ワイド――透過率99%のスーパーマルチコート。晴天時に人物の肌色をきれいに表現。ケラレが起きやすいワイドレンズに安全な超薄枠(49〜82ミリ)
L41スーパープロ・ワイド――410ナノメートル以下の波長をカットする強力な紫外線吸収フィルターで、海や山の風景向き。ワイドレンズにも安心な超薄枠。スーパーマルチコート(49〜82ミリ)
こういう調子で以下膨大な種類のガラスフィルターが並べられているのだが、最後にフランスのコッキン社と英国のリーフィルターズ社の角形フィルターが加えられている。どちらも特殊な画面効果を得たいときに使われる効果フィルターが中心で、コッキン社のエフェクトフィルターはハーフグラデーション系やソフト系なども含めて160種に及ぶというからすごい。
またリーフィルターシステム社ももちろん同様のエフェクトフィルターを用意しているが、そのほかにポリエステルフィルターとしてLB(ライトバランシング)フィルターとCC(カラーコンペンセーション)フィルターがフルセット用意されている。
●フィルターの革新技術
あまりにも多彩――ということで、全体を見渡すことはやめて、フィルターの技術革新というところに流れにテーマを絞って聞くことにした。
話してくれたのは開発課・課長の三保幸夫さん。どちらかというと技術屋さんの雰囲気の三保さんが真っ先に語り始めたのはエンハンサー(強調)シリーズについてだった。
このシリーズにはまずレッドエンハンサーがNo.0・5(弱)、No.1(やや弱)、No.2(強)と3種類あって赤みを選択的に強調することができる。
ほかにブルーエンハンサーのNo.1とNo.2、グリーンエンハンサー、暖かみを強調するウォームエンハンサーと、肌色をピンク系に整えるポートレートエンハンサーが用意されている。
三保さんはいう。
「ガラスにある物質を入れると特定の波長が出てくるということは何十年も前からわかっていたんです。HOYAが作る波長校正用の光学ガラスなどもあったのに、それが写真用フィルターになるということに気づかなかった。ティッフェン社が製品化し、マルミさんも出して、なんだ今まであったじゃないかとくやしくてね」
カラーフィルムが赤感層・緑感層・青感層の3層の重ね合わせによって色を表現しようとするとき、それぞれの感光層の周辺部分で色相の外側にはみ出すところがあって、それが色を濁らせる原因になるのだそうだ。
そこで赤感層と緑感層、緑感層と青感層の重複部分の波長域に吸収帯ができるようなガラスを選んで色の純度を高めるような効果を果たした上で、特定の色を強調するのだという。こうすることで他の色への影響をできるかぎり抑えながら、特定の色だけを際立たせることができるという。
つまりカラーフィルムの三原色の山の重なりぐあいを意図的に変えることで、色の分離と色の強調を実現する。フィルムの側から見れば本来とは違った色特性を引き出されてしまうことになる。
ケンコーには特機営業部というのがあるのだそうで、工業用光学フィルター、貼合せフィルター、蒸着フィルターなどの設計・生産を行っている。その中に波長校正フィルター・あるいは2色性フィルターとして使われる3種類のガラスが出てくる。どのようにして使われるのか私などには想像もつかないが、そのなかのV-10というのがまさにエンハンサーシリーズのベースであったというのだ。
カタログを見ているとあまり気づかないが、ガラスメーカーのHOYAとつながりの深いケンコーには、そのような産業需要に対する最先端技術と直接つながる製品も多いようだ。
その例では、蒸着技術を生かしたNDフィルターがあるという。
「20年前ぐらいのNDフィルターは発色ガラスで作っていたのです。ところがニュートラルであるべきところに演色性が出てしまう。うちの製品でND8などはCC15GからCC20Gほどの演色性が出ていました。それでもいい方で、他社には30Gとか40Gの製品もあって、いまも輸出用にはそんなのが見られます。
で、現在のPRO NDフィルターはクロム蒸着で作っています。演色性はCC025というレベルに抑えていますから、フィルムの側に現れる相反則不軌よりも小さなレベル。ニュートラルといっていいと思います」
コダックのゼラチンフィルターやフジのトリアセテートフィルターと比べてみると、ND4が濃すぎるという結果が出たという。あわててくわしく調べてみると、染料のほうにバラツキがあって、「うちのが本当のND4でした」
蒸着による新しいフィルターにはソフトフォーカス効果を得られるPROソフトンがある。これは蒸着膜にエッチングで細かいパターンをつけたもので、広角レンズで使ってもしっかりとソフトフォーカス効果を発揮するという。
ソフトフォーカスというのはただ単にぼんやりさせるのでなくてピントの芯ははしっかりさせておいて、そこから離れた部分で光を散らすという働きをする。「点光源できれいなボケが出れば完璧なんです」と三保さんはいう。
同様のものにソフトンスペックというのがあるが、ガラス表面に直接エッチングでパターンを刻んであるので、どうしても目が粗い。その分、広角系のレンズでは使いずらいものになっているという。
蒸着というと、マルチコーティングだとか、スーパーマルチコーティングにも関わってくるはずだ。
「ゼラチンフィルターの反射率は片面4%、両面で8%。透過率でいうと92%です。それに対してガラスの透過率は92%で、コーティングをかけると単層で98%、マルチコーティングで99%、スーパーマルチコーティングでは99・8%まで上がります」
●PLフィルター常用時代
ケンコーの2001年4月の新製品にPL(偏光)フィルターがある。
「風景写真家の竹内敏信先生がPLフィルターを風景写真の常用フィルターに、と宣伝して、そういう時代になってきました」
営業企画宣伝課長の堀江さんはいう。
PLフィルターははるか昔からあって、今と同じように使われてきた。それなのになぜいまPLフィルターなのかというと、もちろん竹内さんのお手本が大きなブームを生んだのだろう。
しかし、もう少し大きなバックグラウンドがありそうだ。それはアマチュアの皆さんが写真を勉強しようとするとき、以前はカラーネガを使っていたのが、最近はカラーリバーサルになったということと関係がありそうだ。
カラーネガでは露出や色にかかわるこまかな補正はプリント時におこなえる。……というよりどんなに意を尽くして作画しても、その結果がプリントによって見られるという保証がない。後処理の世界なのだ。
それに対してカラーリバーサルは一発勝負の現像だから、事前に試みたさまざまな操作結果がほとんどストレートに現れてくる。
かといって、CCフィルターを駆使するというような方向は危険である。商品撮影のように再現の忠実性をチェックする必然がなければ、色遊びに過ぎなくなってしまいかねない。
そういうときにPLフィルターはいくつかの点で優れた前処理能力を備えている。
まず、風景写真をいかなる害も加えずにクッキリと見せるという効果がある。それも一眼レフならファインダー上で確認しながらクッキリ度を選択できる。
金属以外のあらゆる物体の表面反射を制御できるので、ものの色が鮮やかになるという大きな効果がある上に、その程度を肉眼でコントロールできるというのはきわめて洗練された画像処理技術といわざるをえない。本誌編集長の平嶋彰彦・元カメラマンは「緑の出かたが違ってくる」というが、果ては「花の色が違う」という人もいるらしい。
大きな変化から小さな変化まで、撮影現場で豊富な選択肢が提供されるのに、露出倍数がかかってくるという以上のマイナス要因をもっていない。アマチュアカメラマンにとっては安心して写真のおもしろさに触れることのできる特異なフィルターといえる。
もちろん、使いやすくなったということも大きく影響している。もともとのPLフィルターは微細なすだれのような偏光膜をガラスではさんで、回転枠に装着していた。
スリットの角度を変えることによって偏光を遮断するので、露出倍数が順次変わってくる。そこで以前はおおよその目分量で換算露出値を決めたり、はずして同じ角度で露出計ではかってみたりした。
露出決定に不確実性があったのだ。
じつはAF一眼レフの光学系に偏光性のハーフミラーが用いられていることから、AF測距やAE撮影に支障が出るという欠点があったのだ。
その不便を解消すべく登場したのがサーキュラーPLで、通常の直線偏光から円偏光に切り替えることでフルオートでの撮影にも支障が出ないようになった。いわばAFカメラ対応PLフィルターということになる。
……で4月に発売になった新しいPLフィルターはなにかというと、広角レンズでもケラレにくい薄枠の回転枠に数字が入った。これで撮影時のPLフィルターの回転角度が読みとれる。
でどうするのかというと、PLチェッカー[V]という偏光ファインダーが別売されているので、同じ回転角度で外部露出計で露出を決定することができるという利点がある。しかしもっと重要なのはこのPLチェッカー[V]を直接のぞいてPL効果を確認し、(あるいは露出まで確定し)その回転角をカメラ側のPLフィルターに写すという使い方ができる。こうすることでPL効果をファインダーで確認できないレンジファインダーカメラでも使いやすいものになった。PLフィルターのオールマイティ化を一歩進めた商品ということができる。
そしてもうひとつ、PLフィルターが風景写真の常用フィルターとなるに従って、最近のカラーフィルムではあまり存在意義のなくなったUV系のフィルターがその存在価値を大きく低下させていった。
■フィルターを使ってますか?――フリーカメラマン大木茂さんに聞く
●35年の昔と今
古い友人の大木茂さんが京都から帰ってきたところを狙って会いに行った。かれは最近は吉永小百合さんから呼ばれて映画のスチル写真を担当しているが、もともとはベ平連に片足を突っ込みながら鉄道写真を撮っていた。富山治夫さんのところに出入りするようになって、朝日新聞の出版局の仕事をするようになり、各種のルポ写真を撮ってきた。
映画のスチル写真を撮るようになったのは監督の深作欣二さんに気に入られたのがきっかけとか。スチル写真はあくまでも宣伝用のオマケ写真だったのを、リハーサルで撮り、濡れ場のシーンなどは本番で撮るということに秘術を尽くしてきた。
本質的に理工系のアタマの人でへそ曲がりだから、小さなことでも深く考えていることが多い。
で、もちろんフィルター多用派ではないということを承知の上でインタビューしたのだった。
UV系のフィルターをつけてます?
「つけてません。保護用にフィルターをつけるより、レンズが傷んだら前玉を取り替えた方が早いから」
誤解を招くといけないのでくわしく語っておくと、モノクロフィルムに対してUV系のフィルターが必要だったことは自明のことという前提がある。可視光線より短い領域に感度のあるモノクロフィルムは赤の方へ感度域を伸ばしてパンクロマチック(全整色)になったので、短波長側の感度を切り落とさなければならないウエートは低下してきた。しかしそれでも300ナノメートルぐらいまでの感度があるので、可視域の400ナノメートルあたりまでの波長をカットするのが好ましかった。
カラーフィルムも青感層は400ナノメートル以下にまでのびているのでヘイズカット効果はあるものの、フィルターのもつ色味が微妙な影響を与えるようになった。
「スカイライトは青空の下で人物の顔にブルーがかかるのを防ぐためにCC1Mという色を加えてあるわけだから、それが全体にかぶさってくる。JISのSL39やSL40は明らかに黄色が出る。じゃあ、もっと弱いSL37を保護フィルターにするというなら、素通しでも変わらない」
要するに、時代とともに相対的に役割を低下させてきたいわゆるUV系フィルターについて、程度の差はあれみんな同様の悩みを抱いているのだろう。だからケンコーのカタログに、悩みつつ選べる広い選択肢が用意されているのだ。
大木さんのいう色味がほんとうに写真を邪魔するかどうかはグルメ論争に似たところに落ち入りやすい危険なところだが、大木さんはこういう。
「蛍光色の白紙に色味が出てくるようなとき、ストロボにUVフィルターをかけて撮る場合があります」
それくらいの色味になると私はほとんど検知能力を持っていないので、コメントできない。
もうひとつ保護フィルターを使わずに前玉交換……ということについては、アマチュアにはすすめられない。大木さんの場合には20万円級のプロ用ズームの前群交換が1万円ほどだったというのが金額的根拠だが、定期的にオーバーホールできるプロサービスという基盤があっての1万円だからだ。数千円で交換できる単焦点レンズの前玉でも、修理費が4〜5000円のってきたら「どうしてくれる?」ということになる。
カラー用のフィルターについてはどうですか?
「現像処方がE-6になったころは、マゼンタとグリーンがロットごとにずいぶん大きく転んでいたように思う。プロラボが出す補正値でもCC10というレベルのものもあったぐらいだから、CCフィルターがなければまともな色が出なかったといっていい。いまはほとんどNONでいけるでしょう。
フジのフィルムがコダックのものを超えるようになったここ10年ほどは、外で撮る写真では乳剤番号を見る必要なんてなくなったんじゃないですか?」
じゃあ、カラー用のフィルターは持っていない?
「4×5で建築写真を撮るときには室内照明と外光とのバランスをどう整えるか考えるので、積極的な色づけも必要になります。ブツ撮りのときにはCC0・025でも影響がでますね」
鉄道写真では?
「PLフィルターは必需品ですよね、風景では。青空を落とすというPLの効果は後処理ではできないし、遠景のもやもやもヘイズカットよりずっと効果的だから。
それから蛍光灯の補正フィルター。最近では演色性の高い蛍光灯も多いので演色性チェックのカードを使って危ないと思ったらフィルターをかけてます」
PLフィルターはサーキュラータイプ?
「いや、サーキュラーPLは効果が弱いように思うので、通常のものを使ってます」
露出はどうしているのかというと、目分量だそうだ。あらかじめフィルター濃度を計っておいて、11/3絞りから2絞りの間で決めるという。効果があるということはそこの露出が落ちるということだから「PLフィルターには適正露出はない」というのが大木理論になっている。
ちなみに以前はコダクロームで緑が出にくいときにPLを積極的に使っていたという。
ところで映画ではどうなんですか?
「基本はタングステンタイプのネガカラーだから、屋外での撮影はコダックの85番。ムービーではシャッター速度が1/48秒固定なので、85番+N3、85番+N6というふうにNDフィルターを同時に加えて絞りの選択をしています」
映画はネガからプリントを焼くときにこまかな補正をプログラムすることができる。しかし現場でできることはできるだけ現場でやっているという。
「女優さんに対して紗を使うことが多いみたい。白、黒、メッシュというようにそれぞれカメラテストしてきめるんだけど、スチルでそれをやると効果が出すぎてしまう。映画だとほどほどなのにね」
フィルターワークは、ひょっとすると、使い方によってその人の性格をあらわにしてしまうような、写真撮影現場でのソフトウェアなのかもしれない。
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