キヤノン通信――14号 取材写真・虎の巻────コンパクトカメラを上手に使う──1989.9(入稿原稿)


【キヤノン通信 14号 1989.9.29】

【特集】取材写真・虎の巻────コンパクトカメラを上手に使う


 写真主体の取材と、文章主体で写真も撮る取材では、写真の撮り方がまったく違って当然です。カメラは軽くしたい……などと思うのでしたら、カメラマンと張り合うような力作は狙わずに、コツンと当ててヒットにするような、フットワークのいい写真術を身につけたらいかがでしょうか。現在、コンパクトカメラとネガカラーフィルムの組み合わせは、そのトータルな能力において一般の認識をはるかに超えるものがあります。シャッターさえ切っておけばなんとか写してくれるカメラと、撮ってさえおけばなんとか絵にしてくれるフィルムの上手な使い方をさぐってみます。

【1】顔写真

●コンパクトカメラのほうがいい?

 新聞や雑誌の記者のみなさんは職業柄、写真にはくわしいのではないかと思います。昔なら専門のカメラマンがついていって撮った写真まで、自分でなんとかこなしてしまう時代です。そういう意味で写真の[プロ]も多いはずです。
 その実力のほどを、新聞社の写真部でこっそり聞いてみました。すると、これが、なかなか厳しい評価なのです。記者が撮ってきた顔写真をプリントするときなど、コンパクトカメラを使ってくれたほうが、ありがたいというのです。自信があって、なまじ高級な一眼レフで意欲的に撮ってくれたりすると、かえって困ることがある……。これは聞き捨てならぬことですが、じつは、ここに、だいじなポイントが隠されているのです。腕自慢の[作品]と、的確な[写真原稿]とは性格を異にする……ということのようです。そしてカメラ選びのポイントについても……。
 コンパクトカメラは、安い、小さい、使いやすい、を身上としていますから、記者用カメラとしてすぐれています。不要なときにかさばらず、必要なだけの仕事はきちんとこなしてくれる。上位機種なら、レンズ性能も驚くほどいいはずです。
 ただ、これを仕事の道具とする場合、1台で何から何まで、というような汎用カメラとは考えないことが重要です。汎用カメラとしては別に、膨大なシステムカメラがあるわけで、プロカメラマンの道具立てはそれぞれのノウハウを生かしたシステムセットになっています。写真を撮るのが仕事なのか、機材を運ぶのが仕事なのかわからないほどの量ですが、それを安い、小さい、使いやすい、の3拍子揃えてかなえたいというのは、どだいムシのいい話です。
 コンパクトカメラは、じつは特定の撮影条件において高度な能力を磨いてきました。スナップ写真専用に定向進化してきた[特殊カメラ]ということになります。その特定の撮影領域においては、高級汎用カメラもタジタジの芸当を披露してくれる……ということを、新聞社の写真部員は記者たちに理解してほしいというのです。

●3つの明るさ

 記事中で使う顔写真を撮る程度なら、あまり大がかりな撮影にはならないのがふつうです。あたりをぐるっと見回して、適当なところで撮影すると考えておいていいでしょう。そのときの撮影場所を想定してみることにします。
(1)窓辺/ひなた……この条件では人物の顔に直射日光があたると考えます。いわゆる戸外の写真ですから、健康的な感じに撮れれば成功でしょう。人物に近づくほど(レンズのピント位置が近距離になるため)遠景がボケますから、人物に一歩近づき、二歩接近し、最後にもう一歩と、大胆に近寄っていくことを心掛けます。近づくほど背景が意味を薄くしていきます。また逆に、全身を入れて、たっぷりと周囲を写し込んでおく必要もあるでしょう。人物の自宅周辺や仕事の現場などでは、周囲の光景がその人物を語ります。
 ここでは、もうひとつ、だいじな技法が使えます。逆光撮影してしまうのです。コンパクトカメラにはだいたい、オートマチックの「日中シンクロ機能」がついています。ふつうなら逆光のために真っ黒になってしまうはずの顔に自動的に、手前から補助光を与えます。だから安心して、さまざまな逆光条件で撮ってみることをすすめます。いつも成功するとはかぎりませんが、ドラマチックな写真になります。
(2)窓辺/日陰……光はやわらかくまわりこんできていますから、その光をうまく使って人物を撮影するのが常道でしょう。無地の壁を背にして撮ると証明書用の写真になります。背景を斜めに流して、光をできるだけ横から受けるようなシチュエーションを考えるといいのではないかと思います。その意味で、拡散した光を大きな束に絞ってくれる窓辺は絶好のスタジオです。しかし、いざファインダーをのぞいてみると背景が煩雑でまとまりにくい。そんなときには、やはり逆光という奥の手を使います。
(3)明るい部屋……カメラを向ける方向によってストロボが発光したり、しなかったりする程度の明るさ。これがコンパクトカメラがその能力を存分に発揮する撮影条件といえます。窓から入ってくる光であれ、蛍光灯の照明であれ、白熱灯のスタンドの明かりであれ、カメラはすべてを問題なくこなしてくれます。明るさが十分ならそのままシャッターが切れますが、すこし暗いところにレンズが向くと、ストロボが自動的に発光します。そのストロボが光ったり光らなかったりのちょうど境界で、レンズの向きを変えて存分に撮影する。それがコンパクトカメラによる顔写真……あるいは人物ルポのクライマックスということになります。

*キヤノン オートボーイ ズームスーパー 
最高級コンパクトズーム。
39〜85mmの
2.2倍電動ズームを内蔵し、
最短60cmまでの近接撮影が可能。
撮影距離が変化しても撮影倍率を変えない
倍率一定モードを内蔵。
ストロボ撮影は、
(1)オートモード
(2)ストロボONモード
(3)ストロボOFFモード
(4)スローシンクロモード。
多機能リモコンで
広角/標準/望遠の3段階ズーミングや、
2秒後にシャッターを切ることを指示できる。

 そんなことは、プロ用一眼レフなら簡単にできる……と思っている人は、ほんとのプロか、まったくの素人のどちらかです。コンパクトカメラに内蔵されているストロボが小さなパワーであることを逆手にとったこの技法は、じつはなかなか高度なものなのです。小さい光量を補助光のように使っているため、部屋の内部がかなりよく写っています。つまり背景に明るい窓が入る場合と、壁が入る場合とでは、写真の雰囲気ががらりと変わります。人物とその環境の組み合わせを劇的に変えながら撮っていくだけで、撮影条件をみごとにコントロールしてくれる。そこにコンパクトカメラの最高の技が見られるのです。

●押さえのフラッシュ

 一定の撮影条件なら、コンパクトカメラでとらえられるシーンはいろいろありそうです。しかし仕事のための写真術では基本中の基本、おもしろくないけれどガッチリ撮った[押さえの写真]を忘れるわけにはいきません。
 押さえというのは、たとえば新聞の顔写真のようなものとしておきましょう。新聞の場合には背景を絵具のような修整塗料で無地にしてしまいますし、大胆な美容整形もやってしまいます。新聞写真の修整は白粉のベタ塗りのようなもので、写真の修整技術としてはとてつもなく乱暴なものといえます。雑誌では、とてもあそこまであくどいことはできません。モラルの問題というよりも技術的な問題です。そこで1枚、念のために、無地の背景に顔のアップという写真は押さえておきたいのです。
 これは日陰や窓辺のやわらかい光線の中で撮れるといいのですが、いつも撮れるとはかぎらないのと、ブレの心配もあります。そこで室内に無地の壁を探して、そこに立ってもらいます。壁からすこし離れてもらって、ストロボ発光で写真を撮ります。ただし、そのときにカメラを斜めに構えて、レンズの真上にストロボの発光窓がくるようにします。
 レンズの上からストロボを発光させる。これによって何が起こるかというと、ストロボ光が顔に当たってつくる影が頭の真後ろ、肩の真後ろに落ちるのです。ストロボ光が背景につくる影が一番目立たない状態になります。ただ、カメラを斜めに構えているので、あとで天地を正しくカットしても矩形になるように、周囲に余白をたっぷりとっておくことが必要です。

【2】建物と品物をいかに撮るか

●中身の写真

 記者が仕事で撮る写真の中で、人物に次いで重要なのは建物ではないかと思います。取材者がわざわざそこまで行ったという証拠写真としてだけでも、建物は便利な撮影対象となるからです。旅のルポに必ず登場する神社や寺もそうですが、社会問題を追うといったルポでも、建物はさまざまなストーリーを語ります。
 写真にはとくに「建築写真」というジャンルがあって、建築物をひとつの作品として記録したり、あるいはその芸術性を表現します。しかしその撮影技術はかなり高度で専門的なものになっていて、プロカメラマンといえども、得手、不得手が出てしまうほどです。使用するカメラもレンズ交換ができるものでなくてはならず、遠近感やピントの深さをコントロールできるアオリ機能も必要になります。建築写真というと大型カメラが必要になるのは、そのアオリ機能を使うためです。
 ともかく、建築物はコンパクトカメラの得意技の範囲からちょっとはみ出てしまう対象です。たとえば、建物の「全景」をとらえるだけの引きがないという場合、それで1点減点という感じです。スナップ写真と建築写真ではずいぶん勝手が違うのです。
 しかし、建物との出合いの一刻、一刻を記録していくような[身軽さ]はコンパクトカメラの身上です。外観にまどわされずに、意味のはっきりした部分を1枚1枚撮り重ねていくという方法です。「全景」とか「正面」をいかに写真化するかというようなことは専門のカメラマンに任せて、体験をそのまま追ってシャッターを切っていく。そういう写真を撮影順に並べて見直すと、観察記録としてたくさんの情報を取り出すことが可能になります。
 建物を[体験化]してしまうのです。そうなると、写真は意味に裏付けられたものになります。結果を写真にするのではなく、追求の過程を写真化していく。そのような緊張を背負った非可逆的な映像メモにおいては、コンパクトカメラは圧倒的にすぐれています。写真が必要なら、その中の適当な1枚を抜き出せばいいでしょう。[ルックス]よりも中身の建築写真だからです。

●[切り抜き]で切り抜ける

 ブツ撮りといいますが、商品の撮影もまた、みごとなまでに専門化されたジャンルです。新製品の発表リリースに入ってくる白黒写真などを見ると、素人にはとうてい真似のできるものではありません。ときにあのプリントは、新聞用と雑誌用と、それぞれの印刷特性に合った調子に仕上げてあるというのですから驚きです。そこまで高度なプロフェッショナルワークに、コンパクトカメラが太刀打ちできるはずはありません。
 しかし、コンパクトカメラでちょっとしたブツ撮りができるかできないかで、取材用カメラとしての価値は大きく変わってきます。そして実際、記事ページの写真程度なら、コンパクトカメラでも撮ってのけてくれるのです。
 ブツ撮りの基本はじつはカメラではなくて、照明なのです。一眼レフカメラを持っていようと、コンパクトカメラであろうと、撮り方が9割といっていいでしょう。カメラマンだったら、適当なバック紙(文房具屋で買った無地の色ケント紙でもいい)と、写真用ランプ(あるいはスタンドにつけて好みの位置に立てられるストロボ)を用意します。
 そういう準備なしにコンパクトカメラでモノを撮るときのひとつの手は、顔写真のところで奥の手とした逆光撮影です。日が射している窓辺にモノを置いて、極端な逆光にします。カメラが逆光と判断して日中シンクロ機能を果たしてくれると、陰影によって立体感が強調された写真になります。室内の場合なら、電気スタンドなどをできるだけ近づけて逆光状態をつくります。
 しかし、おもしろくもおかしくもないが、モノのようすはよくわかるといった[押さえ]の写真がここでも必要です。そのためには曇り日や日陰のべったりとした光線を選びます。無地の背景になるものをさがします。どうにもならないときにはコンクリート道路などにモノを置きます。置いたときに濃い影が落ちないような光線状態がベストです。その状態で普通に撮って、レイアウトの段階で「切り抜き」と指定すればいいのです。背景を白地にも、グレー地にも、あるいは黒地にもできますし、アミ版にしたり、色指定したり、あるいは別の写真を敷くことも、レイアウト指定だけで可能になります。そのために、モノと背景の境界がはっきりわかるように撮っておくのがコツなのです。

●実用的な複写法

 このような拡散光線は、平面物の複写にも最適です。大きな絵など、スタジオではうまく均一に照明できないときに、曇天の拡散光照明を利用するのはカメラマンの常識のひとつですが、コンパクトカメラでの複写の場合、唯一最大のポイントはフレーミングです。カメラは本来スーパーコピーマシンなのですが、平面コピーに関しては弱点があります。撮影対象とフィルム面を平行にすること、対象の中心にレンズ光軸を一致させることがむずかしいのです。歪みが出てしまうと、長方形の絵が台形になったり、菱形になってしまったりして、レイアウトの段階で絵柄の周辺部を切り落とさないとならなくなります。
 中心合わせの奥の手としては撮影対象の中心に鏡を置いて、そこにカメラが写るようにする方法があります。平行を保つためには、撮影対象を垂直の壁に張って、三脚に立てたカメラのレンズ光軸を水準器で、水平に保ちます。
 しかし、道具を使ったそういう調整は、厳密そうに見えてあんがい精度が低いものです。精確なのはむしろ人間の目で、それを補うために一眼レフなどでは方眼罫の入ったファインダースクリーンが用意されていたりします。
 コンパクトカメラのファインダーはそのような仕事をするほど精密にはできていませんが、壁面や台に方眼目盛や撮影画面と同じ縦横比の枠をきちんと書き入れて、そこに撮影対象を置くようにします。歪みは最小に食い止められ、実用上は困らないはずです。料理にかぎらず下ごしらえが必要……ということで、下ごしらえさえしっかりやれば、コンパクトカメラで複写もできるということです。資料写真や、資料図版の複写が仕事に使える品質で撮れるというのも、コンパクトカメラの当然の能力なのです。一度、新聞紙を複写してみると、手順もわかり、カメラの能力もわかります。

【3】ほぼ万能のカラーネガシステム

●ネガ→ポジシステムの合理性

 出版物がカラー化して、プロカメラマンの仕事はカラー撮影が主体になっています。最近では暗室を持たないプロカメラマンも当たり前になっていますから、1色刷りのページに使う写真もカラーで撮っておいて、印刷所での製版段階で1色分解するという方法が一般的になってきました。
 ここではこれまであいまいにしてきましたが、コンパクトカメラでの使用を前提とするフィルムはカラーネガ(color negative film for color prints)とすべきです。なぜならカラーネガシステムの拡張性が圧倒的にまさっているからです。
 カラーフィルムというと、もうひとつ、プロカメラマンが印刷原稿用に使うカラーリバーサルフィルム(color slide film for exposure in daylight/tungsten light)があるため、仕事のためのカラー写真はリバーサルフィムで撮らないといけないという安易な[常識]が一般化しています。そのあたりのところをしっかりと理解しておかないと、コンパクトカメラの能力をフルに発揮させることができません。
 かつて印刷のほとんどが1色刷りだった時代には、アマチュアもプロも同じフィルムを使っていました。それが白黒フィルム(black−and−white,panchromatic negative film)でした。現像によって白黒(明暗)が反対のネガ像をつくり、それを印画紙に投影してポジ像にするという[ネガ→ポジ方式]で画像を記録しました。
 この方式をカラー化したのがカラーネガで、[天然色映画]のフィルムシステムと基本的には同じものです。映画では、現像の終わったネガフィムルからポジフィルムにプリントしてラッシュプリントにします。監督が編集室にこもって切り刻むのはそのラッシュプリントです。その後ネガを指示どおりに切りつないで、各部の露光濃度やカラーバランスの補正を加えながら配給用のプリントをつくるのです。
 映画用に対してスチル写真のカラーネガシステムでは、印画紙にプリントしたものが最終画像となるのが一般的です。その場合、現像と同時に全部のコマをプリントする「同時プリントサービス」が映画のラッシュプリントにあたると考えておきたいのです。したがってきちんとしたプリント(写真原稿)にするには、もう1回、最終プリントでダメを押すくらいのことはしないと、責任ある仕事とはいえません。
 このネガ→ポジ方式の最大の利点は、ネガからポジをつくるときに、明るさも色相も補正できるということです。印画紙にプリントする自動プリンターもその能力をもっているので、明るめ/暗め/赤っぽく/青っぽく、あるいは、赤をあざやかに/黄色をきれいに、といった注文をつけることが可能です。
 印画紙にプリントするほかに、映画とほぼ同様のラッシュプリントもイマジカ(コダック系)とフジカラーラボ(フジフイルム系)でやってくれます。イマジカは現像時だけなので名のとおりのラッシュですが、フジカラーでは現像済みの6コマ並びのスリーブ1本単位でもプリントできます。つまり切断した後のネガからでもポジフィルムにプリントできるということで、いずれもプリント料は、サービスサイズと同じ程度です。

*キヤノン ニューオートボーイ
小型化に成功した賢いコンパクトズーム
38〜60mmの小型電動ズームを搭載。
画面の3点で測距して、カメラが主役を判断
人工知能でピントを合わせる。
逆光や暗い場所でのオートストロボ機能に
ストロボの強制ON/OFFもあり。
着脱式ワイヤレスリモコンを装備
デート機能に加えて
欧文による定型メッセージを5種類
写し込むことができる。

 1本分でも、6コマのスリーブでも、もちろん1コマ毎にでも、ポジフィルムが作れるということが、ネガカラーのシステムを拡張性の高いものにしています。一般アマチュアがオートマチックカメラで撮ったカラー写真を、カラーネガからプロレベルの[ポジ起こし]をしてB4判の豪華写真集にまとめた例を知っていますが、十分に見られます。というより、カラーリバーサルフィルムで撮影するより結果がずっと良かったという印象です。写真を内容主義で選んで、技術で補えるものはプロフェッショナルなラボワークと製版プロセスにまかせればいいからです。
 これに類似する実例ですが、映画用カラーネガフィルムを使って、映画のシステムで現像してラッシュプリントをとり、それでB4判グラフ誌の連載で見開き(B3判相当)で使った例もあります。映画用の長尺フィルムを切って使うとコストが大幅に安くなることから、民族学的なフィールドワークに使うことが流行した時期があるのです。映画の標準的な現像とラッシュプリントの場合、撮影時の感度設定を2倍にする(1段階露出不足にする)と結果が良かったようです。
 コンパクトカメラのレンズの画質は素晴らしくいいはずなのに、カラープリントで見ているとレンズが甘かったり、露出制御が甘かったり感じます。DP屋さんのオートマチックのプリンターがアマチュアレベルの設計になっていて、品質の足を引っ張っているからです。一度プロラボで大伸ばしをしてみると、写真の美しさに目を開かれるはずです。

●ネガカラーの使い方

 カラー写真の色調の好みは、最終的には人の肌色で判断されるといいます。欧米では肌色が赤味に傾くのは健康的ですが、青味に転ぶと不健康な感じになるので嫌われるといいます。日本ではむしろ、青味に転ぶほうが色白に見えるというので好まれたりするようです。そのように、カラー写真では人間の肌の調子が[色]で評価されるわけですが、これが白黒写真であったら[明るさ]ということになります。DP屋さんがやってくれるように、顔の色をはっきりと出さずに、白く飛ばし気味にしてしまうのは、[安全な方向へのシフト]ということになります。
 カラー写真をそのまま白黒写真のかわりに印刷原稿にできるといいのですが、カラー写真での顔色と、白黒写真での顔の明るさとの間に微妙なずれがあって、顔写真はなかなかうまくいかないことがあります。しかし一般的に「濃いめ」にプリントしておけば、カラー写真をそのまま印刷原稿にしても使えると考えていいでしょう。
 もちろん1色ページの写真なら最初から白黒写真で撮るほうがいいのですが、最近の白黒写真もプリントが自動化して、雑誌社などでも、かなりひどい調子の写真を使っています。あれだったらカラー写真だって大差ないというほどのものが多いのです。ひどいものです。価格も安くないので、プロに撮らせるときにはカラー撮影してしまったほうがずっと合理的になりました。
 カラーネガでの撮影の場合も、最後にはポジを起こして透過原稿にして、1色にでも4色にでも製版することができます。しかしそこまで手をかけなくていい写真では、サービスサイズに「濃いめ」のプリントをしたものを反射原稿として使ってみるわけです。サービスサイズのカラープリントでも、全体の濃度(明るさ、暗さ、濃さ、薄さ)や色調の補正はダイヤル操作でやれるので、「印刷原稿用」という注文で、ちょっと調子を変えたプリントにしてもらえるようにしておくと便利です。印刷原稿についてはキャビネ判相当の大判サイズでの焼き増しにすると、DP屋さんも気持ちよくやってくれるのではないかと思います。もちろん高価な[手焼き]ではなく、[機械焼き]で十分のはずです。

●カラーリバーサルはデリケートすぎる

 カラーネガは、そこから2次的に最終画像を得ることができるのが利点ですが、光学的な複製をとるために、画像の精鋭度はわずかなりとも確実に低下します。リバーサルフィルムというのは、ネガ→ポジ方式の融通を捨て、現像時に反転現像というのを行って一気にポジ画像を得られるようにしたものなのです。それだけに画像の鮮鋭度がすぐれており、撮影〜現像段階の物理・化学反応がそのまま画像に現れます。デリケートで失敗の危険度が高い代わりに、撮影時の設定条件がほぼ正確に結果に現れます。そのフィードバックをきちんとやれば、結果として現れるさまざまなことを、最初の撮影条件で整えることが可能になります。
 すなわち、カラーリバーサルフィルムがカラー印刷用のフィルムとして特殊な発展をしてきたのは、まったく融通のきかない実直型だからです。一度理解しあえば裏切られることがないという点にあるのです。だからプロカメラマンはラボ(現像所)を選び、その現像所でまとめて仕入れた同じ乳剤のフィルムを買って十分にテストして、そのデータを参考にして撮影します。しかも露出は適正と判断したものから3分の1段階、あるいは2分の1段階ごとにオーバー、アンダーで数枚撮っておきます。そしてその上、テスト現像で調子を確認したあとで本現像に出すのです。テスト現像で調子が思わしくないばあいには、現像所と相談してできるだけカバリングする対応を講じるのはいうまでもありません。

*キヤノン スケッチブック
ファショナブルで手軽なコンパクトカメラ
35mmのレンズは3mの固定焦点で、
ISO100のフィルムで
1.5m〜∞のパンフォーカス
デート機能がついて、
画面の周囲をやらわらくぼけさせる
コーナーフォギーフィルターを内蔵。

 コンパクトカメラも、上級機になるとAE機能のレベルが上がるのでカラーリバーサルフィルムを入れてもカラースライドとしてはほとんど不満は出ないはずです。カラースライドというのは、スライドプロジェクターに投影して鑑賞することをいいますが、その場合には明るめ(薄め)の画像に対する許容度が高いからです。
 しかしそれを写真原稿(透過原稿用)として見るときには、基準がまったく違ってきます。画面の明るい部分はフィルムベースに近くなっていて、情報量が少なくなっているからです。救いようがなくて[露出オーバー]の烙印を押されます。おそらくオートマチック撮影では、どんな高価なカメラを使っても露出の歩留まりは50%と考えておいていいでしょう。これにアングルやシャッターチャンスの的確度の歩留まりを加えたら、カラーリバーサルフィルムでは1本に数コマの採用写真が得られればいいということになります。そしてじっさい、腕の確かなプロカメラマンも、そのくらいの歩留まりでフィルムを消費しているのです。
 カラーリバーサルフィルムを使うのなら、1日の取材で10本以上のフィルムを消費するような労力を覚悟をしなければいけないのです。同じ車でもレーシングカーとスポーティカーぐらいの差が、リバーサルタイプとネガタイプにはあるのです。だからどのようなカメラを使うにしても、画質より内容に重点が傾く記者写真では、あとで必要なコマをどのようにでも加工できるネガシステムにしておいたほうが合理性が高いのです。

●カラーネガのウルトラC

 カラーネガのタフネスは露出の許容範囲の広さにも現れています。おまけに印画紙やポジフィルムにプリントするさい、露出から色の補正まで可能になります。町のDP屋さんに出しても夕焼け空が驚くほどマイルドになり、どぎつい緑になるはずの蛍光灯の下でもそこそこ見える写真にしてくれているはずです。
 もっとも、そのような細工をしてくれているために、焼き増しをすると、違った写真のようになってしまうのが普通です。同じ調子で焼き増ししたい場合には、補正データを残しておいてもらう必要があります。それくらい、プリント段階で手が入っていることを知っておくと、それを逆に活用できることになります。
 こういう実験をしてみました。夜中の路地の風景を、コンパクトカメラでストロボを光らさずに撮ってみました。銀座の裏町ものぞいてみましたが、思ったよりずっと暗い路地がつづいていたようです。コンパクトカメラはあまり暗いところまではカバーしてくれません。案の定、同時プリントでは数に入れてくれない露出不足のネガになりました。
 それを強引にプリントしてもらったのです。すると、肉眼で見たよりもはるかに明るい路地裏の風景が浮かび上がってきたのです。白黒写真で暗室テクニックを駆使してもこうはうまくいかないというほど、路地がクリアに写し撮られているのです。カラーネガでは、露出不足になると、暗部が濃度の高い黒にならず、紫がかった黒っぽい色になります。それをプリンターで露光補正してくれると、全体が明るくなって、細部の形がじつによく見えるのです。
 暗いところでは高感度のフィルムを使う、あるいはストロボをたくというのが写真の常識ですが、露出不足で撮影しておいて、それを明るくプリントしてもらう。こうすると、もちろんカラーバランスは崩れますが、かたちの情報はじつによく残ります。スパイ写真に最適の方法といっていいでしょう。明暗の差が大きくてどうしょうもならないときにも、露出不足にすることで、かたちの情報だけはとらえることが可能です。登山隊の偵察写真などで、岩の斜面に雪がついているような写真の場合、カラーネガで露出不足の写真を撮っておくといった簡単なことで、情報量の多い資料写真になるわけです。
 このような極端な例にかぎらず、色の再現が崩れない範囲内でも、カラーネガフィルムの露出の許容の幅はかなりあります。乱暴にいえばプラス側3絞り分、マイナス側2絞り分の範囲内にあればなんとかなるでしょう。ISO 100のフィルムをISO 400(2絞り分アンダー)で撮ってしまっても、手を尽くせばなんとかなるのです。その逆も同様です。
 シャッターを切っておきさえすれば、あとでなんとでもなる。それがカラーネガのシステムの最大の強みなのです。そしてコンパクトカメラは、チャンスにはいつも手の中にあるという最高の機動性を発揮します。


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