オートメカニック――1988年12月号 パーツうんちく学【2】ワックスの巻(入稿原稿)
伊藤幸司のパーツうんちく学【2】ワックスの巻────1988.12
今回のターゲットはワックスだ。例によって片っ端からメーカーにカタログを請求。送ってもらったワックスメーカーは次のとおりだった。表の右端の数字はカタログで数えたワックスの種類である。
なお、本文中のカタログからの引用は、スペースの関係で要点を抜き出してまとめたものもある。
(1)ウイルソン────────────59
(2)日東化学─────────────33
(3)ペンギンワックス─────────24
(4)ジョンソン────────────23
(5)リンレイ─────────────22
(6)ダイヤケミカル──────────19
(7)同和───────────────19
(8)タイホー工業───────────12
(9)ソーラー───────────── 6
(10)品川油化研究所──────────3
(11)マリナ──────────────3
(12)トーケン─────────────3
(13)呉工業──────────────1
(14)ニュージャパンモニターズ─────1
(15)横浜油脂工業───────────1
●ワックスのクリーン性能とは?
さて、カタログをこまかく読んでみて最初の疑問は、なぜ車の色に合わせてワックスを選ばなければならないのかということだ。
たとえば、「白い車専用ワックス」ということで明快な説明をしているのはリンレイの BE WHITE である。
「今、白い車を所有する人達がワックスに対し、最も意識しているのはそのクリーナー性です」と書いている。白い車の所有率が69%、そしてカーワックスの選択理由の第1位が「汚れがよく取れる」、第2位が「水をよくはじく」と、アンケート結果をまとめている。
マリナのスーパーコート21のカタログにはワックス比較表があり、つぎのような解説があった。
◎マニキュア(コンパウンド入りシリコン)……強力な研磨剤により、しつこい汚れなど、ひとたまりもなく落ちるなどの特徴があるが、塗装を削り取るなど、塗装面に与える影響はきわめて悪い。
◎クリーナー(コンパウンド入りクリーナー)……汚れが目立つホワイト車には最適とされるが、新車、及びメタリック車には適さない。塗装を削り落とすなど、傷めやすい。
ワックスの働きの第一は、洗車では落としきれない汚れの除去であるようだ。waxは「ろうでみがく」ことなのだが、みがいて輝かすためには外からついた汚れとともに「老化した古い塗膜」や「古いワックス分」も除去しなければならない。
その際、白や淡色の塗装は、汚れやすい代わりに塗装膜の表面を削っても見えにくいということらしい。
金属箔を混ぜたメタリック塗装は表面のクリアラッカーがデリケートだし、一般の濃色塗装は……赤で代表させる例が多いが……塗膜が弱い(削ると色ムラになる)というあたりまでわかってきた。
クリーン効果を強調するリンレイの水アカ一発シリーズでは、およそつぎのように解説している。
◎淡色車専用……ボディの汚れを取り除くミクロフィラーを配合。これは天然の無機微粒物質で、塗装を傷つけることなく、劣化した古い塗膜や水アカなどを吸着。白く乾いて拭き取りを軽くする。
しかし同和が発売元になっている米国のシュアラスターの考え方は聞くに値する。
◎塗装面を保護するにはワックスとクリーナーは別々のほうがいい。
◎ワックス膜そのものが汚れたり劣化するので、ワックスがけ3〜4回に1度はカーローションで汚れや劣化ワックス分、老化塗装分をきちんと落とし、きれいな塗装面にすべきである。
これが正論に違いない。ワックスのクリーニング機能は簡便性のひとつでしかない……ということがわかる。簡便性ということなら、もっと視野を広くして見渡してみたほうがいい。
●形状が違うのはなぜか?
カタログには簡便性の“スーパーワックス”がいくつもある。
◎めんどうな洗車、水洗いをカット────ウイルソン・エアーワックス(ムースタイプ)
◎10分で光るスーパーカーワックス────ウイルソン・スーパー10(液体)
◎ドライブ前後のスピードメイクに最適────ペンギン・バンガードホワイトXLムース(ムースタイプ)
◎気になるところを手軽にワックス────ペンギン・バンガードホワイトXLクリーミィ(クリームタイプ)
◎洗車と同時に塗れ、磨かずに光る────品川油化・ヴィオラオートマジック(液体)
◎水を使用しないで洗車とワックスがけが同時にできる────リンレイ・洗車&ワックス(フォーミングタイプ)
◎汚れたままのボディのドロ汚れや油汚れを落とし、美しいツヤに仕上げる────ジョンソン・スーパーワンタッチ(液体)
◎ふきとりがいらない。薄く塗りこんでいくだけで光沢がでる────ジョンソン・ニューワンタッチ(固型/純ねり)
カーワックスには固型、半ネリ、液体、スプレー(エアゾール)、フォーミング(ムース)、クリーミィといった形状のものがあるのだが、ワックスが基本的に3つの素材を含んでいることがペンギンワックスの説明にある。
◎マイルドなクリーナーとシリコーンそれにろう分との作用で“汚れ落とし”と“ツヤ出し”“保護”が同時にできます……ペンギン・バンガードホワイト・ネリ(半ネリ)
汚れ落としとツヤ出しを、同時に、しかも簡単にやってしまおうというのが、このタイプの流れである。
冷静に考えてみれば、固型や半ネリのワックスをたっぷり使ったからといって、塗装表面に残って“ツヤ出し”“保護”の役目をするのはごくわずかな量にすぎない。
塗りつけたワックスの大半は、ホウキで掃除するときにまくオガクズや茶殻と同じ役目を果たすわけだ。
形状では「ゲル状」というのもある。ペンギンワックスのバンガードC2 は「有効成分をミリミクロンの単位に微細化した純度 100%の高級透明カーワックス」と書いてあるが、これはまったく理解できない。ある物質が純度 100%でゲル状で存在し、しかも「深みのある高い光沢と汚れがつきにくい耐久性のあるシールド膜を形成」するというのだから不思議な物質というしかない。
横浜油脂工業のシルテックは「液化固型ワックス」だそうだが、よく読んでみれば「超硬度・高融点ワックスの完全液化」。
これは、クルマ1台あたりわずか 30ml の使用で、その超硬被膜が3カ月持続し、その耐久性、撥水性は固型ワックスをはるかにしのぐという。これも魔法にちかい。
マリナのスーパーコート21(液体)は「テフロンと天然カルナバろうのエマルジョン(乳液状)に成功した世界でも画期的な最高級ワックス」だという。これはカルナバろうが光沢を出し、テフロンが強固な保護被膜を構成するということらしい。
なお同じマリナのメンズワックス(固型/半ネリ)はテフロンとカルナバろうと高分子ポリマーの「三種混合最高級ワックス」だそうである。
話はしだいに複雑になってきた。そこで問題を“つや出し”と“被膜の耐久性”とに分けてみたい。
●つや出しの主役
ワックスのろうとしては「カルナバろう」という名だけがカタログに現れる。
◎植物性カルナバろうを主成分につくられた固型タイプ。深みのあるすばらしい光沢。雨、水を強力にはじく────ウイルソン・ハードD(固型)
◎ブラジル産特選カルナバろうと高純度撥水性シリコーンオイルを主成分に使用。抜群の光沢と水はじき────ペンギン・バンガード・ホワイトXLハードタイプ(固型)
◎完全均一ワックスを固型ワックスと同量の15%以上(従来のスプレーワックス量は1〜5%)含み、つや出し効果は抜群────タイホー工業・クリンビューニューボディクリン強力スプレーワックス(クリーム状エアゾール)
◎ブラジル産天然カルナバろうにより、すばらしい光沢を発揮する最高級純固型ワックス────ジョンソン・ピュアワックス(固型)
◎天然カルナバろうとフッ素樹脂の特性を生かし、なめらかな伸び、軽い拭きあげ、むらのない深い色ツヤ、耐久性の良さ────ダイヤケミカル・ロイヤルマキシム(固型)
泣く子も黙るカルナバろうといった感じなのだが、ほとんどのワックスは、それが何%ぐらい入っているのかわからない。
再びシュアラスター(同和)の登場、というのも情けないが、こうなると「アメリカが生んだワックスの頂点」の自己宣伝をうのみにするしかない。
◎天然カルナバろうはワックスの主成分となる原料の中でも最も硬い物のひとつで、硬いワックス膜が光沢・耐久力・静電気防止で無類の効果を発揮する。
◎世界最高品質のブラジル・パルナイバ州産の天然カルナバろうを75%含有。雨や日光などの自然現象に強く、ベトつきのないサラッとした鏡のような美しい光沢を長時間持続。
◎ワックスは一度にたくさん塗っても、残るワックス膜は同じ。できるだけ良くのばして使えば、使用する量は少なくてすむ。
これが「基本性能」として示されている。したがって、カルナバろうを含む従来型のワックスを選ぶさいには、最高級品インペリアルライトマスターあたりを基準ワックスとして比較してみるしかない……というのがカタログからの結論である。
●耐久性について
呉工業のクレフォーミュラー365 (液体)はロングライフの「純ポリマーオートワックス」であるという。
◎高分子ポリマー成分と高分子配合合成ワックスが二重被膜を形成するが、ポリマー成分は表面張力が小さくて浸透力が強力なために、塗装面をいためることなく奥深くに浸透して強固に結合する。
◎10年前の塗装表面は比較的粗かったが、最近は細かく滑らかになったので、従来型のワックス被膜では塗装断面に浸透できない。
名前についた「365」は1年の意味のようだが、耐久期間は明記されていない。
同様のタイプにはニュージャパンモニターズが発売する米国製のポリマーシーラント(液体)がある。これははっきりと、ワックスの概念から飛び出している。
◎従来のワックスや艶出剤とはまったく違うタイプの表面処理剤で、化学的高分子作用が塗装表面やメッキ面などの金属表面、ガラスや合成樹脂などの表面に強力なガラス状のシールドを作り、新車で2年、中古車でも1年光沢を保つ。他のワックスや被膜剤はまったく必要なく、その後の手入れも水洗い、水拭きだけで十分。
◎ワックスは太陽熱に弱く、すぐに劣化し、またボディについた水滴がレンズ作用をおこして塗装深部に熱の損傷を与える。ポリマーシーラントは従来のテフロン系、ポリエチレン系、シリコン系などのコーティング剤とも違う。
「表面処理剤」「コーティング剤」というコトバが登場したが、鋼板の塗装面にかぶせるオーダーメイドの表面処理という考え方になってくる。
ここで「従来のテフロン系、ポリエチレン系、シリコン系など」としているものは、ろう分によるワックス効果をコーティング剤による塗膜耐久性でおぎなうものという意味であろう。
批判されたそれらの製品の中にも、ロングライフをうたうものはいくつもある。
◎約30日間防水効果。強い表膜は3〜4回の高速洗車にも耐える樹脂ワックス────日東化学・レインドロップ(固型/半ネリ/液体/スプレー)
◎硬質のワックス被膜を形成する3種類の特殊樹脂(テフロン)を結合させた、超長持ちワックス。名称に示した数字は完全防水日数────ウイルソン・レインブロック15(半ネリ/液体)、レインブロック25/30(固型/液体)
◎特殊樹脂配合で連続洗車10回でもOK────ウイルソン・テンオールラッカー・メタリック(液体)
◎チタン含有の硬い透明被膜が塗装に密着して、水アカ、汚れのこびりつきを抑制し、有害な紫外線を反射・カットして強い保護効果を発揮。その抑制・保護効果は3カ月間持続するので、その間は洗車機またはカーシャンプーを使って洗車するだけでいい────ウイルソン・チタンコート(液体)
◎プラスの微小なイオン分子がマイナスに荷電した塗装面の奥深く浸透して吸着し、薄い被膜を形成。ホコリを寄せつけない帯電防止の効果も────ペンギン・バンガードEZ(液体)
◎洗車と同時に塗れて、磨かずに光る。強力な撥水性が2カ月────品川油化・ヴィオラオートマジック(液体)
◎2回目までの塗布は従来の耐久型ワックスと同じ間隔だが、テフロンの保護被膜がしだいに強固になるので、塗布回数が増すごとに持続力がのびていく────マリナ・スーパーコート21(液体)
◎3カ月効果が持続────横浜油脂工業・シルテック(液体)
◎強固な被膜を形成する珪素樹脂(シリコン樹脂)ワニスと深い光沢を保持し続ける高分子量シリコンを配合────リンレイ・固型ターボ(固型)
◎アクリル樹脂配合により強い被膜をつくる────ジョンソン・ニューメタリックEX(固型/純ネリ)
◎テフロンはじめ19種もの成分を独特の製法により合成。フッ素樹脂(テフロン)をすり込んで塗装面と完全に一体化させるので、ポリッシャーですり込めば、スポンジバフで3カ月以上、綿バフなら6カ月以上。処理後はワックスでメンテナンス────トーケン・ペイントプレイティング(スプレー)
最後のペイントプレイティングには業務用もあり、いわば“クルマのテフロン加工”になる。パンフレットによれば、新車のメルセデスにもこの処理がなされているとのこと。
ニュージャパンモニターズのポリマーシーラントもそうだが、これは、自動車メーカーがおこなう塗装工程の延長にかぎりなく近いといえる。
●カーワックスとは何なのか?
クルマのボディ塗装は「精密塗装」に分類される。ボディに使われる鋼板は厚さ3mm以下の極軟鋼の薄板で「冷間圧延薄板」とよばれ、常温で圧延するので表面はきわめて平滑で光沢があり、厚さも均一化されている。
そして塗装は、一般車では(1)鋼板の表面処理にあたる化成皮膜処理、(2)下塗りにあたる電着プライマー塗り、(3)中塗り、(4)上塗りの4工程がふつうで、高級車ではさらに(5)仕上げ塗りが加えられる。
その工程を簡単に整理すると以下のようになる。
(1)表面処理────1)脱脂+水洗、2)化成中間処理+水洗、3)化成皮膜+水洗、4)純水洗い+水切り+乾燥、5)冷却
(2)下塗り────1)プライマー電着塗装+水洗+水切り、2)焼付乾燥、3)シーリング+パテ、4)焼付乾燥、5)水研ぎ+水洗、6)水切り+乾燥
(3)中塗り────1)中塗り(エポキシエステル系塗料)、2)セッティング+焼付乾燥、3)水研ぎ+水洗、4)水切り+乾燥、5)検査+ごみ拭き取り
(4)上塗り────1)上塗り(熱硬化アミノアルキド、熱硬化アクリル塗料)、2)セッティング+焼付乾燥
(5)仕上げ塗り(高級車)
このようにして塗装されたボディの塗装膜が、十分に硬化するまでは1カ月から2カ月かかるといわれる。だから工場から出荷された新車の場合、すぐに本格的なワックスがけをすると、塗装面の保護とは逆に、塗装膜面をいためる危険が多いことはいわば常識になっている。
しかし、一般ユーザーがそれを知らされているかどうか……について、クルマのカタログを調べてみたが、洗車、ワックスがけについて、クルマメーカーは完全に沈黙を守っている。質の悪いワックスを使おうが、まちがったワックスがけをしようが一切関知せずという立場をとっている。「ノーワックスカー」の宣言もない。
カタログにあったかぎりでは、トヨタセンチュリーの「着色マイカ」(パール調濃色)の7コート(層)5ベーク(焼付)が最高で、なかには3層仕上げを誇っている(?)レジャー車もあった。塗装に触れていないカタログがほとんどなので、そうとう寒い状況と想像するしかない。
ワックスを考えるとき、ピカピカに磨き上げたクルマに乗ること以前の問題がある。塗装がいたまない、錆が浮かない、陽に焼けない、といったボディメンテナンスのためにワックスをどう使ったらいいのか、どこにも示されていないのだ。
ワックスがけによるメンテナンスが必要ないなら、クルマのメーカーが2年くらいは保証してもおかしくない。必要があるなら、メンテナンスの方法に触れてあって当然だろう。
最悪の自然環境にさらされるクルマのボディを、鏡のような状態に保とうとするユーザーの涙ぐましい努力をムダの美学とはいわない。しかし、処方のはっきりしないワックスやコーティング剤を手当たりしだいに使ってみるしかないユーザーは、迷える子羊にも見えてきた。きっとだれかが、どこかで、ワルなのだ。
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