オートメカニック――1989年2月号 パーツうんちく学【4】ヘッドランプの巻(入稿原稿)


伊藤幸司のパーツうんちく学【4】ヘッドランプの巻────1989.2


 クルマのヘッドランプがずいぶん変わってきた。
 昔からの伝統的なヘッドランプは、走行ビーム=上向き、すれちがいビーム=下向きと、すなおに理解できる。下向きの度合が足りなければ対向車が教えてくれるから、ライトまわりの3本のスクリューをアジャストして下げればよかった。
 ところがここ10年の新しいクルマのなかには、不思議なカタチの光を発するものがある。左上がりで、かつ左のふくらみがかなり大きい。最初はセッティングがくるっているんじゃないかと思ったほどだ。
 しかし慣れてくると、目配りがピシッと効いて、気持ちがいい。明るくなったような感じもする。
 そのあとで昔からのタイプのランプのクルマに乗ると、不自由ではないが、メリハリがない。それをとくに林道や高速道路で感じる。
 なぜ、それほど性格のちがうヘッドランプが共存しているのかが疑問だった。
 それと、ヘッドランプのガラス面のデコボコ模様が、長いあいだの謎だった。レンズならそれらしいパターンが感じられていいはずなのに、どこかでだまされている気分が残る。ほんとうは飾りじゃないのか……。
 この2つのことを聞きたいという個人的な理由で小糸製作所に取材を申しこんだ。小糸製作所は日本の全メーカーにランプを供給しているダントツのトップメーカーだ。
 それだけに取材者に対する目が厳しい。この連載を読んで、不安もあったにちがいない。最初の30分はツバ競り合いという感じがした。
 技術にはレベルというものがある。どの水準で話したら正確に理解されるのかという判断が必要だ。これは基礎からやらないとイカン、ということで、理科の授業になった。それがとてもわかりやすく、的確でおもしろかったので紹介したい。

●ランプは明るさを求めてきた

 こちらがヘッドランプの“明るさ”にこだわるものだから、「光度」と「照度」の基本からだ。
 光度はランプの明るさで、単位はカンデラ(cd)。それに対してライトが浮かびあがらせる明るさが照度で、これはルクス(lx)。1カンデラの光が1m先の、光に垂直な面を照らす明るさを1ルクスという。中学の理科で習うそうだ。
「そのつぎが、じつはだいじな法則で、技術者でもこれをわすれてしまうからこまるんです」
 技術スタッフのみなさんが寄ってたかって説明してくれたのは、「面の照度は光源の光度に比例し、距離の二乗に反比例する」ということだった。
 たとえば、クルマから10m先を10ルクスの明るさで照らすには1000カンデラの明るさの光を出さなくてはならない。1m先を10ルクスにするには10カンデラでいいのに、10m先だと1000カンデラ必要になるのが、「距離の二乗に反比例」ということだ。
 ヘッドライトの明るさは、障害物を発見するためには2ルクス、観察するためには4ルクス以上必要といわれるから10ルクスはじゅうぶんに明るい状態と考えておいていいだろう。
 走行ビームは夜間前方100 mの障害物を確認できるように定められている。 100m先を10ルクスの照度にしようとすると、10万カンデラの光量のランプが必要になるわけだ。
 いま日本ではヘンドランプの最高許容光度は、左右合計で15万カンデラとなっている。これは米国と同じだ。ところがヨーロッパでは22万5000カンデラまで認められる。
 もっとも日本はつい最近まで3万カンデラ以上10万カンデラ以下とされていて、1983年にようやく1灯(片側)7万5000カンデラ以下とする米国と同じになった。
 ヨーロッパの場合には、じつは最初、30万カンデラという大光量を認めていた。その根拠はつぎのように説明されたという。
(1)走行速度の基準を 180km/hとすると、停止距離は 245m。反応時間を 3/4秒とすると、その間に38m走っているから 283m。ブレーキの作動状況によって距離は10〜20mのびるなど、制動距離を 300m必要とする。
(2)制動距離を 300mとすると、安全走行のためには 600m前方で道路が曲がっているなどを見いだせることが必要である。
(3)障害物を発見するための最低照度を2ルクス、はっきりした確認をするには4ルクス必要とする。
(4)なお、視認性を悪くしないため、前方50mから 300mまでの明暗の差が大きくならないこと。
 結論として、望ましい最高光度は2灯合計30万カンデラとされたという。
 単純に、制動距離とした 300m先を4ルクスの明るさで照らすには36万カンデラの光量が必要だという計算になる。
 ところが当初30万カンデラとした規定は、最終的に22万5000カンデラに落ちつく。22万5000カンデラは 300m先を 2.5ルクスで照らす光量である。

●光を折り曲げる

 ヘッドランプは太陽に代わる光だから、明るければ明るいほうがいいにきまっている。
 しかし、明るければ明るいほどいいといっても、それは均一の明るさの場合であって、暗闇のなかの10ルクスと、ギラギラする明るさのなかの10ルクスとでは、見え方がまったくちがう。
 また、最初の原理にもどるのだが、 100m先を10ルクスにする10万カンデラのビーム(光束)を10m先に向けるとどれくらいの明るさになるか。1000ルクスである。これは頭上の太陽が水平な地面を照らす明るさの100 分の1にすぎないが、病院の手術室では直径30cmの範囲にこの照度をあたえる設計になっている。
 しかし一般事務ではそんな明るさは必要なく、300〜700 ルクスの照明が標準的で、製図などのこまかなデスク作業や精密機械の組み立て、検査などでは 700〜1500ルクス必要とされる。
 暗いほうでは映画館の観客席が、休憩中で30〜70ルクス。これはプログラムがかろうじて読める明るさだ。そして上映中はわずかに、1.5 〜3ルクス。それでも目がなれれば、空いた席にたどりつくことができる。ドライバーが道路上で障害物を発見できるとする明るさだ。
 問題は、10m先が1000ルクスで、 100m先が10ルクスといった場合、100 m先の10ルクスがまっくらにしか見えないことだろう。
 ヨーロッパ規格にかかわるところで「視認性を悪くしないため、前方50mから 300mまでの明暗の差が大きくならないこと」とあったのはこのことである。
 しかし、いうのは簡単だが、いったいどうすればいいのだ。
 じつは、ここまでの話は、ヘッドランプのビームの中心のことだった。ヘッドランプのひとつの役目はビームを絞って、できるだけ明るい光を遠くへ投げることである。しかしそのランプが現実につくるビームは“光の輪”であり、周辺にいくほど照度は落ちる。でも、その程度では、手前側はまだ明るすぎる。
 フィラメントが発する光を一方向へのビームにするのは、反射鏡の役目である。ビームをしぼって周囲に散らさないようにするには、完全な平行光線としてランプから発射するのが理想である。
 それを、ランプ前面のレンズによって何本かの光束にわけて、わずかずつ向きをかえてやる。
 ランプ前面のガラス(プラスチックもある)のレンズは小さなカマボコ模様になっている。そのひとつひとつをセグメント(分割)というが、じつは大きなレンズの厚みを減らすために細分化して小さなレンズの連続としたものである。
 間隔がせまいところは厚い凸レンズ、間隔の広いところは薄い凸レンズと考えるといいのだそうだ。
 ヨーロッパ方式のすれちがいビームを例にとると中央には、光束の中心がとおるレンズがある。それより上部からでる光は下のほうに落ちていくから、くるまから近いところに落ちる光を遠くへ向けてやる。
 ランプの下部からでる光は上方向、すなわち対向車に向かうので、フィラメントからでたところでカットしてしまう。
 左右はどうか。道路の両側に目配りを効かすために、向かって左側のレンズからでる光は進行方向左へ、右側は右へビームを散らす。
 もし、向かって左側に台形のようなブロックがあれば、それはすれちがいビームであり、道のはるか前方に光を投げ、路肩から外側へは、上方へも大きくふくらませて光を散らすレンズになる。これによって道路標識なども見やすくなる。
 このような原則を理解しておくと、クルマのヘッドランプのレンズは、意味のあるパターンとして見えてくるという。

●すれちがいビームの進化

 ヘッドランプの歴史にすれちがいビームが登場するのは1920年代のアメリカであったという。
 とりあえずヘッドランプの進化史のおもなできごとを列記してみる。
(1)オイルランプを光源とするヘッドランプの登場(1900年代)
(2)アセチレンランプの登場(1900年代)
(3)自動車用真空電球のヘッドランプの登場。前面ガラスがレンズになる(1910年代)
(4)ガス入り電球(1910年代)
(5)フィラメント2本の走行/すれちがいビームが登場。すれちがいビームは左右対称配光(1920年代)
(6)米国でシールドビーム誕生。すれ違いビームは左右非対称配光(1930年代)
(7)ヨーロッパで左右非対称配型ヘッドランプが採用される(1950年代)
(8)米国で、霧でも視認性が低下しないオールウェザー型シールドビームが登場(1950年代)
(9)米国で4灯式が採用される(1950年代)
(10)ヨーロッパでハロゲン電球にフィラメント2本のH4電球が登場(1960年代)
(11)H4ハンロゲン電球がヨーロッパ規格となり、1灯最高11万2500カンデラとなる(1970年代)
(12)米国で走行ビームの最高光度を1灯3万7500カンデラから7万5000カンデラに。角形のシールドビームが登場(1970年代)
 このような動きのなかで、米国はシールドビームを完成し、ヨーロッパでは、クルマそれぞれに設計のちがうランプに交換電球を入れてきた。
 とくにすれちがいビームにおいて、その差ははっきりする。より遠くまで明るく照らしたいが、対向車にまぶしさをあたえてはいけないというむずかしい注文をどうこなすかだ。
 注目されるのがヨーロッパのH4ハロゲン電球で、これは大胆な方法をとった。
 すれちがいビームにすると、フィラメントの下半分をおおう遮光板が、上向きビームをカットしてしまうのだ。つまりその時点で光量の半分ほどをすててしまう。
 その遮光板で、水平面から上に出る光をシャープにカットするのだが、走行車線側はそれを15度上方に持ち上げて、大きくふくらませた。
 それを「15度カットオフ」というようだが、その後「Zビーム」があらわれる。Zビームは対向車線側は水平面でビームを切り、走行車線側は水平面上にわずかにもちあげる。
 なぜそのようにするかというと、米国流の、比較的単純な下向きライトでは、対向車のランプがまぶしい。ヨーロッパはすれちがいビームのまぶしさを除くことに大きな力点をおいたのだ。
 極端にいえば、米国流の考え方は少々まぶしくても明るいほうがよく見えるということだ。それに対してヨーロッパでは、いくぶん暗くてもまぶしさがなければよく見えるという考え方を昔からとってきた。

●光のマジックショー

 すれ違い時に対向車がまぶしさを感じるとき、ドライバーの位置での照度は、わずか 0.2〜0.3 ルクスにすぎないという。
 ほんのわずかのビームがもれるだけで、運転者はまぶしさを感じ、自分のランプのビームを暗く感じる。
 また、走行ビームからすれちがいビームに切り替えたときにも、照度の差が大きいと一瞬あたりが暗くなる「ブラックホール」現象がおきる。
 このふたつを技術的に追いつめようとしたのがヨーロッパ方式といえる。
 そのために、水平から2度下までのあいだにビームを集中する。これで通常、20m以遠に照射される。水平面(ヘッドランプの高さ)からドライバーの目までの高さの差を40cmとすると、全長4mのクルマの前方部が14cm上がっただけでビームの中心が対向車のドライバーを直撃するという微妙なセッティングである。
 このようなシャープカットの考え方が出てくると、たとえば走行ビームのまま、対向車にかかる光だけをスパッと切りおとしてしまえばいいということにもなる。
 プロジェクターランプは、そんな考え方にちかい。
 プロジェクターランプの一番の特徴は反射鏡にある。これは横から見ても後ろから見ても楕円の一部といいうことがわかるが、複合楕円面になっている。
 楕円という形は焦点を2つもっている。その第1焦点に電球をおくと、反射した光は第2焦点をとおり、レンズで平行光のビームになって飛び出していく。
 その第2焦点のところに、下から遮光板を入れてやる。それにはZビームのかたちを切ってあり、空と、対向車線への光をシャープにカットしてしてしまう。
 つまり、はじめからカタチの整った光をビームとして発射、あるいは投影するという方式である。
 こうなってくるとセッティングが正しくても、車体の高さが前後でかわると、対向車にビームを直撃するようなことも起きる。
 そこで0.5 度刻みで上下数度のヘッドランプレベリング装置が必要になる。手動でやるにせよ、自動化するにせよ、ヨーロッパ車はそこまで進んできた。
 じつは、最初に「昔の」と書いたランプは米国規格の日本版のシールドビームのことなのだ。日本のヘッドランプは急速にヨーロッパの考え方を導入しはじめている。日本ではすれちがいビームの使用率が90%を超えるのだから当然だ。
 しかしそういう本流に乗るまえに、日本はいま、「異形ヘッドランプ」という車種別オーダーメイドランプが全盛。デザイン優先で設計されるヘッドランプの性能を維持するのにやっきになっているともいえる。
 空力デザインにあわせると、ヘッドランプは細くなり、レンズが上を向いてくる。たとえばレンズが上に向くと、レンズ効果だけでは好ましい配光パターンがつくれない。そこで反射鏡を分割して、配光パターンに近いビームをつくってしまう。それをレンズで美容整形するだけにする。
 そのような“技術”の進歩はたしかにめざましいものだが、ふるくさい丸形ヘッドランプの外観のまま、プロジェクターランプをはめているBMWのようなものもある。
 そして、プラスチックレンズの開発などで満を持す日本の技術が、世界のヘッドランプを変える日も近いようだ。
(取材協力=小糸製作所技術本部・坂川博章/上田達郎さん)

★トップページに戻ります