オートメカニック――1989年4月号 パーツうんちく学【6】スパークプラグの巻(入稿原稿)


伊藤幸司のパーツうんちく学【6】スパークプラグの巻────1989.4


●高熱に耐える

 プラグ(スパークプラグ)のことを調べてみると、小さくて、無表情なわりに、大きな悩みをかかえているという感じがする。
 エンジンの気筒内で圧縮した混合ガスに火をつける役だから、熱さのなかで身体を張っているのは当然だ。走行中、プラグ先端部の温度は車速に比例して上昇して、最高速度の手前のあたりで最高温度になるのだという。
 どのくらいかというと、800 ℃を越えるというのだ。エンジンのほかの部分では、排気弁のあたりが 800℃近くまで上がってきわだって高い。熱い燃焼ガスの出口だからだ。
 それと比べるとシリンダーヘッドやピストンヘッドはたいしたことはなくて、 300℃程度にすぎない。
 プラグにしたって、ちょっと奥に入れば、温度は 300℃以下に下がる。なぜなら、ネジを切ったリーチ部がシリンダー壁と接触していて、その壁の向こうには、せいぜい80℃の冷却水がある。それでどんどん冷やされるので、ガスケットで 150℃程度、外部に飛び出した部分はせいぜい 200℃までということになっている。
 燃焼室に飛び出した発火部が強烈に熱いのだ。 800℃という温度は、ふつうの鉄なら真っ赤になって、焼きなますと、まったく頼りないものになってしまう。
 しかし、この温度はいわばコントロールのきいた標準値で、混合ガスの燃焼温度そのものは、爆発時には2000℃から3000℃にも上昇する。それが瞬時に排出されて、60℃程度の新しい混合ガスが吸入されるので、燃焼室内の最高温度は 800℃程度に抑えられているともいえる。
 プラグ先端の電極部はニッケル合金でできていて1300℃程度までは溶解しないし、絶縁体となっているアルミナ磁器は1600℃を超える高温にも耐える。
 ところが、ちょっとしたはずみで、圧縮混合ガスにプラグの火花が飛ぶまえに、プラグ先端部の高熱で発火することが起こりうる。火花点火の前に点火してしまうという意味でプレイグニッションというのだそうだが、これが起こると、熱が熱を呼んで、シリンダー内の温度は急激に上がっていく。そしてプラグ先端は1000℃、1100℃、1200℃……と、直線的に上昇する。
 点火時期が早くなると、混合ガスの燃焼時間が長くなるからだと考えられる。
 そうなると、もちろん困ったことになる。プラグの発火部が溶けてしまったり、ピストンヘッドに孔があいたりする……ということにはならなくても、エンジンの出力が低下してクックックッともとにもどる。
 大事には至らなくても、正常ではないし、プラグがいたむことにはまちがいない。
 それが「ちょっとしたはずみで」起こるというのは、エンジンがコンピューター化して理論混合比に近い混合ガスを、充填効率を高めて送りこみ、しかもエンジンの圧縮比を高めてきたことにもよる。つまり燃えやすい状態の燃料をたくさん入れてギューッと圧縮しているから、それ自体が温度を上げているし、発火しやすくなっている。プレイグニッションが発生しやすいエンジンになっているのである。
 もちろんそれは簡単に回避できる。プラグを冷えやすいものにすればいい。コールドタイプの、熱を外に効率よく逃がすタイプにすればいいわけだ。

●冷えすぎもダメ

 ところがそうすると、くすぶり汚損という問題が出てくる。カーボンが付着したとき、走り方によってはプラグ先端の温度が十分に高くならないので、それを焼ききって取り去ることができない。
 カーボンは冬の始動時にチョークを引いて混合気を濃くすると、燃料が十分に霧化しないまま燃焼室に入ってくる。そのようなときにくすぶってカーボンが生成してくる。
 しかも悪いことに、それに液状の燃料がつくと、絶縁性を低くする。プラグが発火しにくくなる。
 このようなカーボン付着をプラグ自身の高熱できれいにすることを自己清浄作用というのだが、無鉛ガソリンでは 550℃程度の温度が必要とされる。
 プラグ先端部を 550℃以上にするには、おおざっぱな目安をいえば、時速70〜80kmで数分走らなければいけない。そんなことはごく簡単なことなのだが、冬に暖気運転をやって渋滞した道をマイカー通勤といったことになると、自己清浄作用は発揮されない。そのうちにプラグがくすぶってくるというわけだ。
 プレイグニッションにせよ、くすぶり汚損にしても、それ自体は健全なドライバーにはあまり心配することではないはずだが、プラグの「熱価」というものの両端をしめす異常な状態ということができる。
 その間の適正な状態でプラグがきちんと仕事できるようにすることが基本であるため、プラグは「熱価」のバリエーションを用意している。

●新しい要請

 公害防止の排出ガス規制と石油ショックによる省エネ燃費改善とが、プラグを急速に変えてきた。
 プラグひとりが変身したというのではもちろんない。乗用車用のエンジンが本気で改良されたのにともなって、プラグもすっかり見違えるものになったということなのだ。
 公害問題に端を発した排出ガス規制が、くるまメーカーの技術競争を巻き起こしたわけだが、それはエンジンの燃焼状態を根本的に見直すことの発端になった。そして燃焼室内の着火ツールとしてのプラグにも、厳しい要求がかかげられたということになる。
 それを象徴するのは、1971年にホンダが発表したCVCCエンジンである。副室付き複合過流調速燃焼方式を意味するこのエンジンは比較的濃い混合気に副室で点火して、火炎を吹き出すという方法をとった。
 そのために、専用プラグが開発された。混合気がプラグに入り込まないように外側電極の付け根をワッシャー状にしてふたをかぶせたようなかたちにしてある。
 それと中心電極との間が補助ギャップとよばれる状態になっていて、くすぶり汚損が発生して外側電極が死んでも、その補助ギャップで発火をつづけることができ、自己清浄をおこなうくふうをしてあった。
 ホンダの場合はオーダーメードのプラグの発注というかたちをとったわけだが、そういうかたちのプラグのつくり方ということでは、マツダのロータリーエンジンのほうが先輩だ。エンジンが新しくなるごとに、それ専用の新しいプラグが開発されてきた。
 ロータリーエンジンの場合には燃焼室に副室をもったわけではないが、ハウジングから頭を出さずに取りつけたプラグから、火炎を燃焼室内に送り出すにはどうしたらいいのかという課題が特異なプラグを生み出した。
 プラグの専用化、あるいはエンジンとプラグの一体化といったものが起きてきた一方で、たとえばニッサンは1978年のNAPS−Zエンジンには2プラグ方式を採用した。プラグそのものにはタネも仕掛けもないのだが、燃焼室にプラグを2つ装着して、同時に点火することによる燃焼の効率化によってNOX の低減をはかったのである。
 プラグによる発火点を燃焼室のどこに置いたら理想的かというと、ひとつの考え方は燃焼室のほぼ中央である。プラグの点火によってできた火炎が混合気の全体に広がる段階を考えれば、その伝播距離は短いほどいい。爆発のエネルギーを効率よくつくりだせるからである。
 そのためには発火点を燃焼室の中央にもってきたいわけだが、もうひとつの試みとして、幾何学的に対称な2カ所から同時点火することによってそれに近い効果を上げようとしたわけだ。
 これはまさに正解だった。省燃費化の動きによって混合気が薄めになったため、かんたんにいえば燃料が燃えにくくなっていた。火炎速度が遅くなるというマイナス要因を2点から火をつけてやることでおぎなったわけである。アイドリング時の安定性も大幅に向上した。
 しかし、この2プラグ方式はその後の高出力化による多弁化とはあい入れなかった。プラグによってシリンダーヘッドの大きな面積が専有されてしまうからだ。

●点火性の向上

 排出ガス規制の動きと並行して、1973年と79年の2度にわたって世界経済を混乱させた石油ショックは、省燃費をも要求することになった。
 とくに排出ガス規制では一酸化炭素(CO)、未燃炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOX )の3成分を同時に酸化・還元する3元触媒と、空燃比の精度の高い制御によって対応できる見通しが立った。
 これに省燃費が加わると、混合気はできるだけ希薄にして効率のよい運転をし、エンジンの軽量化のために高圧縮化による性能アップが計られてきた。もちろんエンジン各部のエネルギーロスをそぎ落とす努力もおこなわれた。
 ガソリンが無鉛化され、混合気がそれまでよりずっと薄くセッティングされるようになったことで、プラグには点火性能の向上が求められた。
 そしてそれにつづく高出力化にも、プラグの着火性の向上という課題は強く要求されるものであったから、さまざまな角度からの開発がおこなわれることになった。プラグもまた激動の時代に入ったわけである。
 プラグの役目は点火だが、計算された最高のタイミングで火花を飛ばすことが、まず第一の仕事である。
 その火花によって火炎核とよばれる火種ができるのだが、これはプラグ電極のところにあるので、しばしば火種の熱は電極に奪われて風前の灯となってしまう。
 これを電極の消炎作用というのだが、混合気が希薄になると、火炎の拡大スピードが落ちるだけに、この最初の危機を乗り越える工夫がプラグには必要になる。
 ともかく、火炎核が電極の消炎作用や、周囲の混合気の冷却作用に打ち勝って急速に成長することができれば、あとは一定速度の火炎伝播の段階に入り、臨界点をすぎたところで燃焼室全体の混合気が燃える。つまり爆発にいたる。
 最初の“風前の灯”をすこしでも強固なものにするためには、まさにアウトドアでマッチをするときのようなこまかな配慮が必要なのだ。
 そのために考えられたのもののひとつがワイドギャッププラグである。
 これは電極の間隙を広くして、つくられた火炎核との距離を離すことによって消炎作用を弱くしたものである。
 それまでのプラグの電極のすきまは 0.8mm前後とされていたが、それを 1.0mm以上に広げた。海外ではさらに 2.0mmなどというものもあらわれたが、日本では公称 1.1mmのものである。
 もちろん電極を離したぶんだけ火花は飛びにくくなるので、これには強力な電源も必要になる。いわばパワーアップによる点火の改良という方向である。

●火種を消さない

 もうひとつの考え方は、火炎核を冷やさないために電極を細くするというものであった。そこで中心電極を細くしたものが登場した。
 中心電極の太さはふつう 2.6mmとされていたのを、一気に1mmにまでしてしまったのである。
 これによって着火限界混合比は通常のプラグギャップでもワイドギャップと同様のところまで引き上げることができた。
 しかし、電極が細いということは、消耗しやすいということである。そのためこのタイプのプラグでは貴金属の合金を使って従来品と同様の耐久性をもたせている。
 しかし、白金合金などを使った高価なものではなく、通常のニッケル合金電極でそれに近い点火性能をもたせることはできないかということで開発されたのが、日本の“先端技術”となった溝つきプラグである。
 これは電極の形を変えることでいい結果を出そうとしたもので、中心電極にV字の溝をつけたもの、十文字の溝のもの、あるいは外側電極が中心電極と向かいあうところにU字形の溝をつけたものなどが考えられた。
 これはかなりうまい考え方で、溝をつけてあるために細い電極を何本か束ねたようなかたちになる。火花はそのどこかに飛ぶのだが、いずれも電極の外側に火炎核を形成するので、電極の消炎作用を受けにくくなる。もちろん、溝をつけたことによって電極は消耗しやすくなったが、それは材料の改良でおぎなっている。

●高性能化プラグ

 これらのプラグとはねらいがちょっと違うのだが、突き出しプラグというのも登場した。
 突き出しているのは電極で、中心電極が、ネジを切ったリーチ部から4mm程度出ている従来のものに対して、7mm、 9.5mmと極端に長くなった。
 理想的にいえば、プラグの電極は燃焼室の中央付近にあるといい。混合気の希薄化が火炎の伝播速度を遅くする傾向を強めたために、混合気全体の燃焼までのタイムラグを小さくして爆発効率をよくするために、ド真ん中で着火したいということなのだ。
 その理想に限りなく近づきたいということで、突き出しプラグは登場した。しかし当然のことながら、プラグ先端はこれまで以上の熱負荷にさらされることになる。
 しかしそれよりも、高温になったプラグがプレイグニッションを引き起こしやすくなる。そのあたりのバランスがむずかしいのだが、いったん突き出したプラグは、もう引っ込むことはできないだろう。
 というのは、燃焼室内部のガスや火炎の動きが精密に観測され、シミュレートされるようになってきているので、エンジン個々に最適な点火位置を定めることが可能になってきたからである。プラグはかぎりなくその位置に近づこうとしていくはずである。
 そしてもうひとつ、プラグは小型化と長寿命(かつメンテンナンスフリー)を強く期待されはじめている。というのは、多弁化などによってシリンダーヘッドはギュウギュウ詰めの状態になってきた。可動部がなく、突き出しも可能なプラグはシリンダーブロックと限りなく一体化していく方向にあるからだ。そのためにはまず、小型化がおこなわれ、さらにメンテナンスフリーが期待されるというわけだ。
 あるいはまた、ターボチャージャーの使用によって、プラグはパワーアップを要求されつつある。
 というのは、プラグが火花放電するための要求電圧は電極温度が高くなるほど低くていいが、ガスの密度が高いほど高いからだ。
 ノンターボ車で要求電圧が一番高くなるのは加速時だが、ターボが動くと高速域でさらにガス圧が上がるために、電極の温度が高くなっても要求電圧は下がらない。じつに30 kVに近い電圧を要求する。
 高性能エンジンがつぎつぎに登場するようになって、スパークプラグはまだまだ変わる。変わらなくてはいけないという、技術の大きな転換点にあるようだ。


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