オートメカニック――1989年5月号 パーツうんちく学【7】ヘッド・ガスケットの巻(入稿原稿)
伊藤幸司のパーツうんちく学【7】ヘッド・ガスケットの巻────1989.5
●メタル化宣言
ここ10年ほどのエンジンの急激な変化によって、点火プラグがさまざまな進化を遂げたということを先月号の取材で知った。
取材といったが、じつは期待していた取材先との日程が調整できず、資料の読み漁りでどうにかかっこうだけつけたものになってしまった。やはりその道のプロに一言だけでも聞いて確かめておかないと、流れを理解できないことが多く、書くのも苦しい。
しかし、その資料漁りの間に、ガスケットについての記事をいくつか見つけた。とくに、宇田川恒和という人のエネルギッシュな感じにひかれた。石川ガスケットという会社の電話を調べて、取材を申し込んだ。
聞いた話は痛快なものだった。ガスケットはメタル化の時代に入ったというのである。そして宇田川さんが中心になって20年来研究してきた「金属積層形ガスケット」が、今年2月に第14回発明大賞の大賞を受賞したという。
あわせて、フォードの新しいメインエンジン・シリーズ、モジュラエンジンにそのスチールラミネート・ガスケットが採用されることが決まったという。
資本金2億円、従業員 271人で年間生産額18億円のこの会社が、米国の自動車界に殴り込んだかっこうである。小兵の大暴れがちょっと見ものという感じだ。
●しわよせ役
ガスケットというのはどうも船の用語からきているようなのだが、一般には詰め物、あるいはパッキングと理解しておいていいようだ。それゆえ日本には 100社を超えるガスケット屋さんがあるという。
しかし自動車の、とくにシリンダーヘッドガスケットと呼ばれるもののメーカーとなると、5〜6社ではないかという。
そのひとつ、石川ガスケットのブランドはチェリーガスケットだが、ご存じだろうか。東洋経済新報社の『会社四季報』には載っていない。上場会社ではないということだ。
ガスケットは、エンジンのシリンダーデッキに合わせて、燃焼室や冷却水の水穴、オイルの穴、そしてプッシュロッド用の穴などをあけたパッキンである。
そしてガスケットといえばアスベスト(石綿)というのが長い間の常識だった。アスベストシートを薄い金属板でくるんだサンドイッチ型が1910年代からある。
その改良型として、ついこの間まで主流だったのは、オロシ金のように爪を立てた金属板を芯にして、その両側にアスベスト系の練り物を張り合わせて金属板でくるんだもの。
これは金属とアスベストの複合タイプということで、メタルアスベスト型、あるいはスチールベスト型と呼ばれる。
そのオロシ金の代わりに金網の芯を入れたものをワイヤウーブン型という。
つまり、熱に強いアスベスト系の素材を芯のまわりに入れ、それを金属でくるんで補強し、ついでに切り口を折り返したり、グロメットと呼ぶ当て金をはめたりしている。
これをシリンダー本体とヘッドとの間にはさんでボルトを締めると、その圧力で圧縮されて、シールとしての働きをする。
ガスケットにはさらにいろんな役目がある。たとえばシリンダー本体とヘッドとの接触面が完全に平面だというようなことはありえないから、最後の帳尻合わせをパッキング機能にまわしてくる。エンジン組み立て時に生じる締めつけ方のバラツキなどもガスケットが吸収する。
おまけにエンジンは加熱する。それも一様の熱分布ではなく、冷却用水穴の周辺では80℃程度、オイル穴周辺で 150℃程度、燃焼室では 300℃にもなる。
当然シリンダーブロックを構成する金属の熱による膨張も場所によって異なるため、エンジン自体が変形してくる。そうすれば当然、その間に密着するガスケットは部分的にどちらかの方向に引っ張られたり、両側から擦り合わされたりすることになる。
エンジン本体が圧倒的に頑丈であった時代には、ボルトを強く締めることで必要以上の密着圧力を加えられたのだが、だんだんそうもいかなくなった。
1970年代後半からは、排ガス規制があり、低燃費化があり、エンジンは小型、軽量、高出力を目指すようになる。
エンジンの軽量化はぜい肉をそぎ落とすことから始まった。そのためには構造計算をして、ガスケットの締めつけ圧力についても余裕分を削り落としてしまう。アルミ化によって剛性そのものがギリギリに設計されるようにもなった。
それに加えて高出力化によるシリンダー内爆発圧力の増加がある。爆発回数も高いほうに伸びてきた。これらがシリンダー本体とヘッドを引き離すような力として働く。
そしてエンジンの高温化。セラミックの使用などは、その高温化にそなえてのものだが、これは一方では熱を捨てないでエネルギー効率を高めることになるけれど、旧態依然たるガスケットには、その熱が手にあまる。高熱によってヘタリが出る。
しかもボアの拡大によって、ボア間がたった5mmしかないようなエンジンもつくられる。以前なら個人的なチューンナップであったような、異常なやり方である。
そのため、エンジン出力が設計値を維持できないようなトラブルが多発した時期がある。もちろん、その多くはガスケットのせいにされた。
しかしガスケット側からいえば、エンジン側の勝手な進化の報いである。歴史がそれを証明したが、最近では開発中で極秘のエンジンが町工場のようなガスケット工場に持ち込まれ、開発段階からガスケット性能を設計に組み入れるようになってきた。
ガスケットがようやくエンジンの中核部品としての評価を与えられてきたといえる。
●2つの考え方
新しいガスケットは、アスベストからの脱却をはからなければいけない。例のアスベスト公害によって、生産現場でアスベストが使えないというだけでなく、製品もノンアスベストが時代の流れである。
アスベストは熱に強く、安くてふんだんに手に入る材料だった。それにかわる耐熱繊維ということでは、ガラス繊維、ケブラー、セラミック繊維などさまざまな新素材が考えられる。しかし高価なわりに性能が飛躍しないという。
そこで現実的には2つの考え方が出てくる。ソフトタイプとハードタイプという二分化である。
ひとつはメタルグラファイト型といって、オロシ金タイプのメタルアスベスト型のアスベストをカーボンフィルムに代えたものである。これはカーボン型ともいうが、膨張黒鉛を用いているため熱に強く、圧縮に対する応力緩和に優れている。
つまり、比較的やわらかいパッキングなのである。だから軽量化のために締め付け荷重を小さくし、しかもシリンダー内の最大爆発圧の増大に対応できるシーリング性能をかなえてくれる。
もうひとつがメタル化である。これはディーゼルエンジンでまず普及したのだが、石川ガスケットでつくっているのはスチールラミネート型と呼ばれるものである。およそ5枚の薄い軟鋼板を重ね合わせたガスケットである。発明大賞の「金属積層形」というのがまさにそれで、1枚のガスケットには大小20から30の穴があいているのだが、燃焼室穴部、液体穴部、油穴部のそれぞれに違った処理を加えている。
それがなぜディーゼルから浸透していったのかというと、小型化、高出力化を求めたのはディーゼルエンジンも同じことであったが、ガソリンエンジンより圧倒的に大きな燃焼圧力が生じた。
加えて、ディーゼルエンジンにはきわめて厳しい要求がひとつあった。それはピストンの上死点におけるトップクリアランスが出力に大きく影響することで、それがとくに小型ディーゼルには重要である。世界的にみれば小型ディーゼル王国である日本で、そのことが厳しく磨かれていく。
つまり、締め付け時の厚さが一定になるようなガスケットでないと、トップクリアランスをぎりぎりまで詰めることができない。あいまいなところで妥協しなくてはならないのだ。
そのようなことから、ディーゼルエンジン用ガスケットではスチールラミネート型がすでに75%まで置き代わっているという。
ガソリンエンジンでも、スチールラミネート型は今年あたりから登場するのではないかという。フォードが米国で初めてそれを採用する以前に、日本の車に使われるのが当然と考えていいだろう。
ガスケットのメタル化に賭けてきた宇田川さんたちの夢が、いよいよ世界の車を変えるかもしれないのだ。
●要求される精度
そもそも初期のガスケットは銅板だったというから、ボルトのワッシャーと同じようなところからの発想であったといっていいだろう。
だからメタル化というのは一種の先祖返りといってもいい。レース仕様がどんどん市販車に下りてくるバイク用のエンジンではアスベスト型からカーボン型、そしてメタル型へと進化して、そのメタルも当初は5層のスチールラミネートだったのが、その後積層数が減って、2層あるいは1層のものまで出ているという。
それはシロウトにも納得できる流れである。というのは、ガスケットがただの詰め物ですまなくなってくれば、分離型シリンダーヘッドを一体型に近づけるための精度の高い部品として扱わなければならなくなる。そのようなとき、究極のガスケットは単板であり、それを補うために多層型があるというふうに理解できる。
逆にいえば、外注部品としては妥協性の高い多層型でも、専用部品となれば単層ガスケットが考えられて当然である。
しかし乗用車では、まだそこまではいっていないようなのだ。これまではエンジンをつくってから発注したガスケットを、開発段階からガスケットと一体化して考えるようになった、という程度の進歩である。
そのようなきっかけは、やはり排ガス規制であったという。それまでのガスケットは、燃焼室内に飛び出さないように、シリンダー径に対してガスケットの穴径は直径で2mm程度の余裕をとるのが普通であった。しかしそのへこんだ部分がデッドスペースになって、それが排ガス対策上のネックになってきた。そこでその誤差を縮める努力が必要になったのである。
これはなかなかむずかしい問題である。ガスケットの穴径をシリンダーの穴径と直径で1mm以内の誤差にして、かつ各シリンダーの穴のどこも飛び出さず、大きなへこみもつくらないということは、ガスケットの工作精度を高めるだけでなく、位置合わせの精度も必要になる。
厚さでいえば、ディーゼルエンジン用のスチールラミネート型は、5枚の軟鋼板のうちの1枚を厚さ調整用として 100分の5mm単位で6種類用意しておくという。 100分の5mmずつ6サイズの厚さのガスケットをつくっているという。
エンジンの組み立てが終わったところで検査して、その6サイズのどのガスケットをはめるかを決めるのだという。
この、 100分の5mmの厚さのバリエーションというのは、自動車工業ではこれまでになかった精蜜さなのだという。電子部品産業が要求する精度であるために、日本では特注すればつくれるのだが、これを米国で生産しようとすると、その金属板がつくれない。そういう精度をガスケットは要求するようになってきたというのである。
そのような精密技術の時代に入って、ガスケットメーカーの品質管理はガラリと変わったという。エンジンの最後の逃げの場であったガスケットが、設計段階から締め付け時の厚さをきっちり計算する中枢部品へとランクアップしてきたのだから当然である。
宇田川さんが技術専門誌などに、エンジン設計者がガスケットのことを知らなければいけないと訴えてきたことが、ようやく実りはじめたというところなのだ。
●不思議なもの
話を聞いていて、ガスケットなんていうヘンテコリンなものが存在すること自体が不思議に感じた。
ご存じだと思うが、あれは妙なものである。やっかいなものといってもいい。宇田川さんが自動車整備関係の雑誌に書いた記事によると、つぎのような注意をしなくてはいけない。
(1)保管。包装をといたガスケットを湿度の高い場所に放置しておくと、鋼板部にサビが発生したり、アスベスト系のものでは吸湿して性能が低下する場合がある。上に重いものを乗せたり、平らでない場所に置かないこと。またシール剤を塗布したものでは、取りつけ直前まではがさないこと。
(2)運搬。ガスケットを単独で持ち運ぶときには、湾曲するような持ち方は避けたほうがよい。長い方向に立てかけたり、ぶっつけたり、落としたりしないように注意する。
(3)取りつけ面の清掃。ガスケットの取りつけ面にはシール剤や併用した液体ガスケットが焼き付いている場合が多い。ふつうはスクレーパーではぎとるが、取りつけ面を傷つけないように細心の注意が必要である。市販されているガスケット剥離剤のなかには酸性やアルカリ性のものがあって、取りつけ面を腐食させることがあ。
(4)取りつけ面の点検。ヘッドとシリンダーブロックの取りつけ面にスリ傷、腐食のおうとつ、規定以上のうねりがないかを調べる。
(5)ボルトの締めつけ。締めつけボルトのネジ部や座の部分がいたんでいると、摩擦が大きくなって規定の締め付けトルクで締めつけても、ガスケットがよく締まらないことがある。ガスケットに適性なシール機能を発揮させるには、そのエンジンに適した方法でガスケットを締めつけなければならない。ボルトの締めつけ順序はガスケットをできるだけ均一に圧縮させ、以上締めつけを防ぐとともに、ヘッドの歪みを最小限にとどめるために重要である。
(6)増し締め。ガスケットを取りつけてエンジンを回すと、時間の経過とともにボルトの締めつけ力が低下する。これは温度の上昇によってガスケットがヘタるために起こるもので、取りつけ面の温度が上昇して平衡状態(水温がほぼ一定になる状態)に達するまでの短い時間に急速に進行し、以後は比較的なだからに進行する。とくにアスベスト系はシール機能の低下が大きいので、安全のために増し締めを行うことを推奨する。増し締めはボルトを半回転ほど戻してから、規定のトルクで締めつける。
(7)液体ガスケットの併用。ヘッドガスケットはそれ自体で機能を果たすように設計されているが、古いエンジンの場合には液体ガスケットを併用することによって、不完全なシール面を補うことができる。乾性タイプが適当である。
……こういう素朴な作業注意を読んでいると、ガスケットというもの自体がもっと大胆に変わってもいいように思う。エンジンの小型化によって燃焼室部にかかる荷重配分はしだいに大きくなっているとのことだが、これをがっちりとシールすることと、水穴や油穴を接続することを分けて考えれば、ガスケットはさらに部品化が進むだろうとシロウトは考える。水や油の部分には耐熱型のシリコンゴムなどのパッキンがあろうし、燃焼室部はピストンリングのような構造もありうるのではないかと思う。
宇田川さんには、いまの方式のほうがシンプルだと、一笑に付されたが……。
ともかく、ガスケットはメタル化と新素材化で大きく変わりつつある時代に入ったといえよう。
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