オートメカニック――1989年9月号 パーツうんちく学【11】ボルト&ナットの巻(入稿原稿)
伊藤幸司のパーツうんちく学【11】ボルト&ナットの巻────1989.9
●“ねじりくさび”の理論
車載の工具といえば、ドライバー(スクリュードライバー)やスパナが主役に思える。いずれもネジやナットを緩めたり、締めたり、そしてもちろん外したりできるものだ。
ボルトで止めてあるということは、外すことを考えてあるといっていいのだろう。パーツを取り外し可能な状態で固定しているのがボルトであり、ナットであるとするなら、それをパーツのためのパーツということもできるのではないかと思った。
はじめは軽い気持ちでとっかかったのだが、これは難物になった。
たとえば、ボルトとナットで締めるということにしても、その原理をきちんと理解するだけでたいへんなのだ。
それはネジの原理なのだが、ただ「ねじこむ」といった簡単なことではないらしいのだ。
それは“くさび効果”というもので、ネジ山のちょうど一周分を広げてみることができれば、くさび型になっている。ある角度(リード角)をもったくさびを円筒形に巻いたと考えることができるというのである。
ネジというと木ネジがある。先が尖っているので、ねじこんでいくと、木の中に雌ネジが切られてガッチリと固定するから、くさびをねじこんでいく感じが想像できる。ねじ山のくさびに回転方向に働く力より、ずっと大きな力がネジの軸方向に発生する。だから軽い力で回転できても緩みにくいということになる。
ボルトは、雌ネジのナットとの組み合わせを前提に作られたネジだから、木ネジとはまたちがう。雄ネジと雌ネジとのかみあいが、最初から決まっているからである。
雌雄両方のネジ山とネジ溝とが接触することで2つのくさびが力学的に関係しあうのだが、山の頂上は平にしてあり、溝の底は丸みを帯びている。おまけにネジ山の間隔(ピッチ)や、山の斜面の傾斜(標準的なメートルネジでは60度の斜面で頂角60度の山をつくる)が、かならずしもピシッと正確にできるわけではない。誤差の多いものもある。それらはもちろん精度とコストのかねあいになるので、等級分けされている。
つまり、雄ネジと雌ネジのピタリと接し合う部分はヒッカカリ率としてあらかじめ計算できる。山の高さの何パーセントがかみあうかというヒッカカリ率は、単純な締めつけをするだけのボルト&ナットなら50〜60%でもいいけれど、ふつうは70〜80%のものを使用し、振動や繰り返し荷重がかかる場所につかう場合にはもっと高い率のものを選ぶのだという。
もし、ネジによって気密を保とうとするときには、ヒッカカリ率を 100%にしたいわけだが、この場合にはテーパーネジといって、先細りの雄ネジと先開きの雌ネジによって、ねじこむほどヒッカカリ率が高くなるような構造にするのが一般的である。配管の接続によく使われる方法である。
このような三角ネジのほかに角ネジというのがあり、その中間に台形ネジがある。
角ネジというのは、雄ネジも雌ネジも正方形の断面をもつネジ山をもっていて、ネジというより、ほとんど歯車である。歯が頑丈なために大きな力を伝えるところに使用される。
ところがこの角ネジの垂直の壁を75度まで傾けた台形ネジにすると、大きな力を伝えることができると同時に、その壁(フランク)に平行の力が軸線に向かって生じる。そのため、ネジの軸線は外力を受けても狂わなくなる。この求心性によって精度を維持できるので、マイクロメーターにも使われる。
●締めすぎは緩みの原因
くさびがしっかりと食いこんでいれば緩まないように思うが、実際はそうではない。ほんのちょっとの外力が加わるだけでナットが緩んできても不思議ではない。
ボルト&ナットが緩む原因を探してみると、緩まないのが不思議なくらいだ。これは締めつけトルクに対して緩めトルクがうんと小さいことに由来している。緩めトルクを大きくするためには座面、すなわちボルトやナットと相手部材の接触面の摩擦係数を大きくするしかない。
ネジ面、すなわち山と谷との接触面の摩擦係数はネジ面の状態によって相当バラツキがあるといわれている。おまけに締めつけ力がすこしでも小さくなると、ネジ面の摩擦は小さくなる。
しかもボルト&ナットが振動状態にあると、ネジ面にせよ、締めつけ座面にせよ、そこの摩擦は振動摩擦の状態になる。そして動摩擦は静摩擦よりはるかに小さくなっておかしくない。
この振動は摩擦係数を小さくするが、ボルトやナットをゆるみ方向に回転させるものではない。ただ、そこにわずかな外力、たとえばモノがコツコツ当たるといった力が加わると、ナットは簡単に回転してしまう。
そうならないために、緩み止めのいろいろな方法が考えられてきたのだが、緩み止めの細工をする前に、緩みにくい締めつけをするのが前提である。
もっとも初歩的なことなのだが、ボルトを締め過ぎないことである。締めつけて緩まないようにするのがネジの原理ではあるのだが、締め過ぎるとボルト部分や締めつけられる素材に強い力が加わって弾性を失って永久変形が起こる。簡単にいえばボルトが伸びたり、座面の部分で素材がへこんだりして、締めつけ軸力が低下してしまう。
ネジの摩擦係数は、締めつけた状態でそれに反発する力が引張応力として作用して維持されるから保たれるのだ。その限度を超えてしまうと、役立たずになってしまうということである。
このことをもっとこまかく見てみると、たとえば締めつけ面の素材側の細かなおうとつがつぶれてしまうということが起こる。これはごく一般的に起こりうることなので、増し締めをすることが好ましい。
あるいはボルト&ナットと締めつけ素材の熱膨張係数が違うときには、温度の変化によって締めつけ力が低下することもある。
また、外部からの振動があると、そのたびに、ネジのかみ合わせ面にすき間ができるほどの衝撃が伝わるという。ネジ面そのものの摩擦が振動によって低下する例である。
そこで、たとえば二重ナットという方法が考えられた。まず最初のナットで適正の締めつけ状態にしておいて、もうひとつのナットを上から締める。こうすると上下のナットが互いにボルトを引き合う状態になり、ネジ山も強く引かれる。
この場合、上下のナットのネジのピッチを変えると、一方が戻ろうとすればするほど他方に圧着することになる。
しかし“緩み止めナット”とよばれる工夫はそのほかにもいろいろある。ネジ穴を“かしめ”たり、ひずませたりして変形させたものである。これはつまりネジのかみ合わせを強引に歪めて、緩みを防ごうという原始的な方式である。
締めていく途中はふつうのナットだが、強く締めつけたときにナットが弾性変形して戻り止めとなるものもある。これはたとえば、締めつけられたときの座面の反力によってナットの一部が変形するようになっている。
あるいはナットのネジ山にナイロンなどの一種のパッキングを入れておいて、そこにあらたにネジが切られることによって木ネジのような摩擦力を発揮させようというものである。これはまた、ボルト側にほどこされたものもある。
これらの方法は多かれ少なかれ、摩擦力によって緩みを止めようとするものである。その場合、ネジこみの最初からトルクが大きいタイプのものと、最後の段階で締めつけ力が大きくなるが、それまではふつうのものと変わらないものとがあり、どちらがいいかはコストと能率から選ばれる。
自動車産業では座金の効果をそなえたフランジ付きの六角ボルトを多用している。これだと強い締めつけが可能になる。あるいはボルトやナットの座面を溶着しておいて締める溶接ボルトや溶接ナットも使われる。組み立ての合理化と同時に確実な締めつけを可能にしているわけだ。
自動車産業らしい展開では、締めつけ素材に直接ねじこんでしまうタッピンネジ(タッピングは口開けといった意味で、雄ネジを切る機能をもっている。いわゆる木ネジ形のネジ)にフランジ付きで六角頭のものがある。これは締めつけ作業の確実性を高めるものになっている。
あるいはまた、バネ板ナットというというものがあって、タッピンネジなどと組み合わせて使うと、薄板の結合時に戻り止め効果が高いといわれる。
締めつけ座面の密着に役立つ座金についても、自動車産業では、たとえば自動車用波形座金を採用している。これは軟質の座面に締めつけるとき、荷重が偏ったり、座面を傷つけたりしにくい構造になっている。また内装関係でレザーやボードを固定するとき、丸皿の小ネジやタッピンネジの頭部がちょうど埋まるようなフィニッシングワッシャーを採用している。金属製のものから合成樹脂のものまであるが、締めつけ座面の保護を目的として、もちろん戻り止めもねらっている。
くるまのボルト&ナットが飛びにくくなっているのは、そのような緩み止めの工夫があることと、ボルト&ナットを使う以外の固定法が進んでいることもその理由となっている。
●ネジの種類
ボルト&ナットを含めた工業用ネジ部品の種類の多さには圧倒される。
たとえば規格のなかには大きくメートルネジとインチネジとがあり、おおすじではメートルネジを中心としたISO国際規格に準拠するものになっている。
しかし古い規格のものも残っていて、カメラ、自転車、ミシンなどには歴史的な特殊なネジ規格が多く残っているようである。
特殊なネジでも、ネジは1本1本旋盤やフライス盤で加工するのが原則だから、困らないといえばいえる。しかし特殊なネジを使うより、標準的なネジをうまく組み合わせて使うほうがコストも安く、保管や組み立てでの作業能率も上がる。そのために標準的な規格ネジがあって、大方の作業をやれるようにシステム化されている。
その大量生産型のネジは「転造」という方式でつくられているのだが、これはネジ山の型となるダイスという工具を使ってネジ材料に強引に溝をつけてしまう。ロール型の丸ダイスや板型の平ダイスのミゾを力で転写してしまうわけである。
このようにつくられるネジでも、需要が少なければ注文生産になって高価になるので、サイズや強度をあらかじめ指定して、標準ネジを定めてある。
まず「呼び径」というのがあって、これが雄ネジの外径をあらわしている。JISのメートル並目ネジでは、もっとも基本となる太さ(呼び径)をミリ単位で1、1.2 、1.6 、2、2.5 、3、4、5、6、8、10、12、16、20、24、30、36、42、48、56、64と21種上げている(これはJISの1欄に選択されたもので、メートルネジのMをつけてM1〜M64と書かれる)もちろんネジ山のピッチは順次大きくなって、M1やM1.2 の0.25mmから、M64では6mmにまで拡大する。
これが並目といわれるピッチで、ほかに細目というのがある。ボルト&ナット用としてM8からM36までのピッチが決められていて、M8では並目の1.25mmに対して1mm、M36になると並目の4mmに対して3mmとピッチが細かい。
細目ネジは全体としてM1×0.2 (ピッチ0.2 mm)からM300 ×4までのバリエーションをもっている。細目ピッチの利点というと、ネジの山を多くして山を小さくするため、太いボルトの場合に高い山をつくったり、深い谷を刻んだりする必要がなく、製作効率がよくなる。ナットにしても高さを押さえることができる。
しかし実用的には工作精度を高くしなければならないなどマイナス要因もあり、並目ネジがあくまでも主流となっている。
太さに関しては、締めつけ方法がからんでくる。一般にM5以下はドライバーで締めるほうが能率がよく、しかも中心を合わせやすい十字穴付きが合理的といわれている。
しかしそれ以上の太さになると、当然、相応の締めつけ力を要求されるため、六角ボルト&ナットにするのが一般的である。そしてスパナを回す余裕のない狭い場所では、六角棒スパナによって締めつけることができるように、六角穴付きのボルトが用意されている。また太いボルト&ナットでさびついたりして外しにくくなるような場所では、スパナの効きがいい四角ボルト&ナットも使われる。
そしてネジの精度だが、はめあいの精密さによって3つの区分が用意されている。「無すきま」「小すきま」「大すきま」ということで、旧来のJISでは精度の高いほうから1級、2級、3級としている。ISOに準拠する新しいJIS規格では、雄ネジの等級を無すきま=h、小すきま=g、大すきま=eとアルファベットの小文字であらわし、雌ネジではHとGを用意している。これによって、ごく一般的に使われる旧2級のネジは6H/6gなどとこまかく組み合わせることができるようになった。
もちろん精度の高いものを使うのがいいに決まっていると素人は思うが、はめあいのすきまがないということは、挿入しにくいということでもあり、オーバークォリティでコストがアップするのも合理的ではない。そこで一般には2級のネジが用いられる。それにしてもたくさんの種類のボルトとナットの組み合わせの中から、十分な締めつけ強度を保ち、かつ合理的な組み合わせを選ぶのは、設計者の知られざる腕とされる。
精密なネジには精密なネジ穴を用意しておかないと、中心がずれてはまらないということも起きる。あくまでもバランスが重要である。
バランスといえば、締めつけトルクという問題もある。たとえばスパナの長さは、適合するボルト&ナットの呼び径(太さ)に応じて長さが変わるが、あれは太い径のボルトにはそれに応じた大きなトルクをかけて締めつけるという必要から生まれたものである。
しかし逆にいえば、細いボルト用のスパナにも十分なトルクをかけるだけの長さがあるため、締めすぎということになりやすい。締めつけトルクは太さの3乗に比例するということを覚えておきたい。
そこで、ボルト&ナットを適正に締めつけるためのトルクレンチやトルクドライバーが登場する。
実際のところ、締めつけられたボルト&ナットの締めつけ力を計ることができればいいのだが、それは理論的に不可能に近いという。だから締めつけるときのトルク管理しか方法がないというのが現状である。
そこでボルト&ナットの力学的な強度の管理が必要になるわけだ。
ISOに準じたJIS規格によると、「引張強さ」の最小値と最大値が示され、降伏点(耐力)や破断後の伸びなどまで指定されている。これからボルトの保障荷重応力が推定される。
しかしナットの場合には十分に強いボルトにはめて引張ったときにナットのネジ山がくずれる前の最高荷重を実験的に調べることになる。その保障荷重をネジ部の有効断面積で割ると保障荷重応力としての強度が出せる。
それらを分かりやすくあらわしたものとして、「強度区分」がしめされている。
ボルト&ナットをふくめたネジ類は、ただ単にその場での必要性からではなく、設計・製造の合理性をバックボーンにしてシステマチックに選択されていく。
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