軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座017】雨具についての考え方――2006.6.25



■南アルプス・仙丈ヶ岳山頂――1997.9.28
9月28日、標高3,033mは快晴の朝。それなのにゴアテックスのレインウェアを上下ビシッと着ているのはどうしてか。昨夜山頂一帯が冷え込んで、霧氷がついた。秋が突然冬に変わった。ゴアテックスを雨着としてではなくバリアスーツとして着用した一例。



■安達太良山・湯川渓谷――1997.6.28
この日、この頭の上を台風が通り抜けた。刻一刻と台風が接近する豪雨の中で、私たちは静かな山旅を満喫していた。



■奥武蔵・伊豆ヶ岳で――1996.6.26
90リットルのポリ袋2枚あれば、ポンチョと巻きスタートのかなり出来のいい雨具がつくれる。25リットル級のザックは完全に中に入る。



■丹沢・大倉尾根で――1997.5.24
スニーカーにポリ袋をかぶせ、布粘着テープで巻いて、靴底部分を切り取ったひさし型雨よけ。大倉尾根を靴を濡らさずに登り切るには、名人芸的歩き方を要求されるが。


●10℃

 雨具をレインウェア(雨着)として考えるときに一番重要な境界を、私は「気温10℃」と考えている。
 10℃というのは、外気にさらしている手がかじかむ方向でこわばってくるという目安になる。もちろん個人差もあるので、10℃という数値より、手先がかじかむ方向に進むかどうかという予兆という意味が重要だ。
 かんたんにいえば、手がかじかむ感じのある気温までさがったら、「雨から徹底的に身を守る」ということだ。
 当然のことながら、レインウェアをつける。今後雨が激しくなりそうだったり、降り続くように思えたら、下半身もがっちり守る。あずまやなど、そういう作業のできる場所を見つけたら逃したくないし、今後の予想がはっきりしたら、状況が悪くなる前にリーダー判断で早めにそういうチャンスを見つけておきたい。
 10℃以上ならどうするのか。レインウェアに頼らないで雨を避けることを、まず考える。雨傘がある。入門編の山歩き講座の時には使い捨てのビニール雨具を用意してもらう。仕事上、こちらで勝手に雨具の心配をしておかなければならないケースではポリ袋(ゴミ袋)でいつでも雨具をつくれる準備は整えておく。
 10℃以上でも、激しい雨、長い雨になりそうなら、念のために雨具のズボンをはくことをすすめる。雨がひどくなってからズボンをはこうとするとやっかいだという理由もあるが、雨の中では道ぎわの草の葉のしずくで下半身は直接濡れやすい。私の場合、ズボンの裾が濡れても乾きやすい素材だからかまわないのだが、ザックの背中を流れてくる水がズボンの腰のあたりに回り込んできてパンツまでびっしょりになる失敗を何回もしている。長い雨になりそうだったら、下半身は濡れないようにしておいきたい。
 ところがそうすると、大半の人は「雨着着用」という命令として受け止めて完全武装に走る。とりあえず雨着、という中間段階をもっていない人が多いし、そう考えられない人が多い。じつは私はそこのところに大きなNOをいいたい。
 雨着をつけるということを、100%雨に濡れないというふうに信じてもらっては困るのだ。
 すこし経験のある人なら「雨には濡れなくても汗で濡れる」という状況をご存じだろうが、雨をガードするのが雨具の役目ではなくて、雨の中でも体を濡らさないようにするのが雨具の最終目的と考えなければいけない。雨を防いで汗で濡れるというのは戦術的というよりも、戦略的な失敗といいたいのだ。
 10℃以上の環境での雨は、濡れてもいい。野外でおこなうスポーツ競技の場合のように、濡れてもいい……と昔は考えていた。行動着がずぶ濡れでも、最後に着替えられれば問題ない。翌日もあるなら、出がけに濡れた行動着に着替えれば同じこと……、と考えていた。いまでも、沢登りではそういう考え方をするのではないかと思う。
 しかし、普通の登山ではそこまで極端には考えない。濡れても決定的なダメージにならない範囲なら楽しく歩きたいという基準を設けたいのだ。それについてはケースバイケースでもあるので以下に項目を改めて説明したい。
 10℃以下の場合、私は躊躇なく完全防備に入る。過剰防備を恐れない。
 ……というのは、環境はこれから悪くなるという判断に対応しているわけだから、どこまで悪くなるにしても、まずは強いブレーキを踏んでしまって、状況によって必要ならゆるめればいいと考える。状況判断において「10℃以上」の場合と正反対にする。正しいかどうかではなく、一度完全に、守りのモードに切り替えておきたいのだ。
 「10℃以下といったって、汗をかいたらどうするのか」と質問したい人がいたらどうしよう。現場体験のないそういう人に言葉で説明するのはなかなか疲れる。
 外気温が10℃のとき、雨着で守られた内気温は体温の36℃に強く影響される。その温度差26℃は、雨着の空間に空気抜けのトンネルをつくれば、暖かい空気が上に抜けて、下から冷たい空気が入ってくる。換気効率がものすごくよくなる温度帯だから、それを調節弁として活用してもらいたい。
 もちろん、雨を防ぐ前に、風を防ぐ。ウインドブレーカーの役目があるので、外気温との関係がそれでどう変化するのか、着るものとの関係をいろいろ体験しておきたいのだ。
 だから10℃以下では、雨着を雨よけという単機能で考えるのではなく、外気温がもたらすストレスから肉体を守るバリアとして認識してもらいたい。そのエアコンディショニング能力を活用してほしいのだ。だから私はゴアテックスのレインウェアを「雨着」としては考えていない。肉体の環境を守るバリアスーツと考えてむしろ建物の空調をイメージしながら体験を積み重ねている。


●ゴアテックスの奇跡

 米国のデュポン社にいたゴアさんが発明した、多孔質フィルムを布に貼りつけたものが透湿防水布としてのゴアテックスだ。くわしいことはわからないがポリテトラフロロエチレン(PTFE)というフッ素樹脂を引き延ばして網目状の多孔質フィルムを作り出したという。
 私たちが家庭で使っている浄水器は中空糸膜といって水は通すが水中の異物は通さない糸状の管の束になっているが、そこにあいている穴は0.4〜0.01ミクロンといわれる。さらに精密につくられた逆浸透膜は塩化ナトリウム(塩)を含む特定の化学物質を除去することで海水の淡水化や医薬品の製造、身近なところではワイン醸造において糖度を上げたり、乳製品の常温保存を可能にしたりすることに使われている。1960年代から実用化が進んだという。
 ゴアテックスを構成するPTFTフィルムもそれらの仲間といっていい。0.2ミクロンの穴を1cm四方に約14億個あけているという。穴のサイズは水分子の直径の約2,000分の1という小ささで、蒸気分子の直径の約700倍という。すなわち水は通さないが、水蒸気や空気は通す薄膜になっている。
 この防水透質フィルムの発明は1964年(東京オリンピックの年)にデュポン社でという説があるけれど、ジャパンゴアテックス社のホームページでは「1969年にW.L.ゴア社で」とある。
 当初は空気も通す薄膜だったからすきま風が吹き込むような通気性をもっていたが、第二世代と呼ばれるものになると無孔質の高分子ポリマーを含浸させた複合膜になっているので空気は流通しない。その第二世代が1980年代に登場して透湿防水素材の王者としての地位を確立し、現在に至っている。
 私がゴアテックスのすごさを初めて耳にしたのは早稲田大学山岳部の若手OBとしてヒマラヤのK2(8,611m)西稜初登攀に成功した大谷映芳さん(テレビ朝日ディレクター)の体験だった。「水浸しのテントの中で安眠できた」と驚いたという。ゴアテックスのシュラフカバー(スリーピングバックカバー)の奇跡だった。
 ゴアテックスのシュラフカバーを私は小屋泊まりにもすすめているが、睡眠環境を整えてくれる安眠袋として評価している。
 内部で体をうごかせるゆったりサイズだと着替えもできる。混んだ山小屋で貴重品や散逸しやすい小物類を持ち込んでもいい。水浸し状態の床でも、湿った布団でも、吹き込んでくるすきま風でも、布団1枚に2人とか3人という混雑のとき、となりのいびきが耳元にあっても、天地交互にとなりの足が鼻先にあっても、なんとか自分の環境だけは守ってくれる。そして湿った衣類を着て寝ると、朝までに乾燥してくれるのだ。
 レインスーツの場合には運動をともなっているので発汗と透湿のバランスが問題になるけれど、シュラフカバーや、その代用としてレインウエアのまま寝てみると透湿機能をはっきりと自覚できる。
 ところが、じつは、私はここ数年、ゴアテックスを使っていない。現在の雨着は東レのダーミザクスのバーゲン品で、穴がないのに透湿という無孔質タイプながら、使い心地はたぶん完全にゴアテックス同等品といっていい。その前にはメーカーもよく分からないけれど、やはり無孔質タイプで「タンパク質が○×△」という一群のなかにあったバーゲン品を、問題なく使い切った。いまやゴアテックスの競合製品がいろいろあるので「ゴアテックスに代表される」と書かなくてはいけないが、やはり最初はゴアテックスを買うべきだ。スタンダードという意味で。
 周囲のみなさん、とくに主婦のみなさんは山から帰るごとにゴアテックスを洗濯し、ときどき「防水スプレー」をするという。ズボンについた泥汚れを落とすのがたいへんとか。
 ところがこちらは1年に100日以上持ち歩いて、洗濯は1度か2度。濡れたら干して、汗くさくなったらしょうがないから洗うという程度。みなさんのいう「防水スプレー」などはここ10年間1度もない。
 理論的にいえば、防水は透湿防水フィルムが担っているので、裂けたり、溶けたりしなければ問題ない。「防水スプレー」は正しくいえば「撥水スプレー」なのだが、透湿機能を回復させるために使われる。
 雨着に使われているゴアテックスは「3レイヤー」と呼ばれて、2枚の布地に透湿防水フィルムをサンドイッチしている。水蒸気は通過自由のはずなのだが、雨で表の布がべったりと濡れていると、それが蒸気の通りを悪くする。あるいは内側の布が汗で濡れていると、やはり水の膜が蒸気の通過を阻害する。
 だから布に撥水性をもたせて、水分が布地にしみこまないようにしたいのだ。普通の雨具になら「防水スプレー」が求められるとしても、ゴアテックスには「撥水スプレー」以上のものは必要ない。
 撥水スプレーの場合には「フッ素」系のものでなければならないのと、フッ素系撥水スプレーは吸い込むと非常に危険なので風のある外気中でおこなう注意が必要だ。
 ただ「防水スプレー」や「撥水スプレー」というのが常識になっているようだが、水溶性の透湿防水ウエア用撥水液というのが合理的だと思われる。英国NIKWAX社の「透湿防水布地用防水剤」で品名は「TX.ダイレクトWASH-IN」、300ml(1,575円)で2着分というが、バケツで30分ほどつけ置きして乾かせばいい。表裏にまんべんなく撥水加工ができるのでスプレーより合理的ではないかと思う。登山用品店やネット販売でも購入できるが問い合わせは山本光学株式会社(03-3834-1880/06-6783-1109)。
 ともかく、汗をかいたらせっかくの透湿機能が低下する……というわけだ。だから10℃以上の環境では、登りは濡れることをおそれずに行動して、体が冷える下りでは雨着でからだを包んで蒸らしながら乾かしていくというイメージを提案したい。
 10℃以下の環境では、汗をかかないように換気するのも簡単だが、汗による湿りをできるだけすみやかに排除すると同時に体熱が奪われないように微妙なコントロールを試みたい。冬の室内で燃焼式ストーブをつけながら換気するというのに似た調節をしたいのだ。
 ゴアテックスは防水というよりも、透湿の機能に奥の深さを隠し持っている。レインウエアと考えてしまわずにアウターシェル(外殻)としてのバリアスーツと考えていただきたい危機管理用品なのだ。
 劣悪な環境下で体温の低下を防いでくれ、いったん湿った衣類も、着ながらに乾かしてくれる。雪の山の氷点下の環境で手袋が湿って指先が凍えてきたとき、その上にゴアテックス布1枚のミトンをつけ、貼るカイロを入れるとたちまち冷えが解消される。共用の危機管理用品としては安物のゴアテックスミトンで十分なのだ。
 同様の危機管理機能によって、ゴアテックスのバリアスーツをもっていれば、着替えに類する衣類をかなり軽減することができる。衣類計画全体に及ぶ守備範囲を備えている。


●かさ

 私が本来の雨具としてイメージしているのはかさ。ここ数年は近くの生協でいつでも買える500円の2段式折り畳みかさを使っている。
 3段のかさには軽いものが多い。コンパクトでもあるから合理的なのだが、私はなにしろ年間100日は山に行くので、3段のかさはすぐに壊れる。雨の中でも写真は撮るので、レンズに雨粒をつけたくない。(カメラやレンズには相応の防滴機能があるけれど)
 だから強引にかさをさして歩くし、雨着をつけているときでもカメラのためにかさは使う。
 もちろんどこまでかさを使えるかは実験済みだ。台風の直撃(超接近状態)は立山、伯耆大山、安達太良山、南八ヶ岳、などで経験しているが、樹林帯のなかにいる限り、かさで全く問題ない。東京の高層ビル街のような乱暴な風はまったく吹かない。
 ただ、かさからのしずくが前方はヒザから下を濡らす。これは基本的に問題ないのだが、後方はザックに落ちる。土砂降りの雨がザックの背中を流れ下るようになると、それがザックの底で回り込んできて、ベルト位置あたりから尻にくる。そのおかげでズボンの後側がパンツまでびしょ濡れになってしまう。着替えないといけないところまでいってしまう。
 そこで、豪雨の中を歩くときには早めに雨着のズボンをはくようにしている。
 とりあえずの技術課題は、かさをさすのに躊躇する人たちがいることだ。歩くのが不安定になって怖いという場合だ。それは危機管理という視点から尊重しなくてはいけない。その人の技術レベルが低いだけだから。
 もうひとつ、ダブルストックで歩いているのでかさをさせないという人がいる。そこで強制的にかさをさして、シングルストックで歩いてみてもらったら、重要な問題が見えてきた。
 ダブルストックをシングルにするときには谷側の手で使うのが大原則だと私は考えている。そうすると岩場でもストックが有効に機能するし、クサリ場でもストックがかなり使える。
 ところがかさをさしながらストックを谷側の手でもつと、利き手でないときにすごく不安だという人がつぎつぎに出てきた。
 要するに、ダブルストックといいながら、実際には利き手に偏って使っていたのだ。両手で平等に使えるように努力しておかなければならないということに、気づかされた。かさをさして、ストックを使いながら歩くのは危険な側面ももっている。しかし同時に、あわてずにゆっくり歩く練習としてはなかなかいいシチュエーションだということになってきた。


●靴と靴下

 雨具というとレインウエアがパッと浮かぶけれど、じつはもっともユーザーを悩ませている雨具がある。靴だ。
 店でいろんな説明を聞いて登山靴を買うけれど、結果として自分の目で結果が分かるのは防水性だ。スニーカー愛用の私のちょっと斜に構えた目で見ると、多くの登山靴は第一に山歩きの雨靴として使われている。軽くてしなやかな靴がいいとわかった人でも、天気予報が雨だと登山靴を引っ張り出してくる。
 靴については第5回の講座(登山靴を買う前に)に書いたけれど、運動靴が登山靴の領域に入ってくるには「防水」の問題が立ちはだかる。
 最初に試したのは「スノトレ」(まだアシックスにそのブランドが生きていた)だった。ビニール皮革のスニーカーに通気孔をつけないで水を入りにくくした靴で、冬に雪国の靴量販店に行くと中国製の安い製品が出回って、わたしも1,980円などというのをずいぶんはいた。冬はそれなりにいいとして、夏はとてつもなく蒸れたけれど。
 ナイキが毎年暮れに季節商品としてゴアテックスのランニングシューズを出したのはいつからだったろうか。ACG(オールコンディショニングギア)というブランドは現在もあるけれど、走れる靴でゴアテックスというのはなくなったようだ。
 そこで私は日本が誇るアシックスやミズノのランニングシューズと防水靴下という組み合わせに切り替えて現在に至っている。
 いまはいているのは崩壊寸前のアシックスのランニングシューズで、冬〜夏〜冬のすべてをこの1足でやってきたので150日は使っている。
 防水靴下にはゴアテックスのものもあるが、米国シールスキンズ社(英国が元祖かもしれない)のものが伸縮性があって格段に優れている。米国の通販だと30ドルくらいでも買えるけれど、日本では倍近くする。しかも登山用品ルートでの輸入はなくなったとかで、バイク用として探した方が早いのが現状だ。
 防水靴下は使わないときはしまってあるので、消耗が少ない。100%防水という状態が崩れるのは早いが、いくぶんしみるという状態になってからは、私でも数年使い続けているほど安定している。水漏れテストをしながら使えるので、道具としては精度が高い。
 ところが最近、ゴアテックス防水のウォーキングシューズが多数のメーカーから売り出された。このところ品質のバラツキの多い軽登山靴もどき(トレッキングシューズやハイキングシューズと書かれていたりする)が増えていたので警戒していたが、「ゴアテックス使用」という品質基準によってスタンダードが確立したように見える。
 私はもっと軽くてやわらかいゴアテックス運動靴(全天候型ランニングシューズ)を望むけれど、ともかく「防水運動靴」のたぐいが登山靴もどきを駆逐する勢いに見えるのは大賛成だ。


●ゴミ袋

 一時期テレビの仕事をしていたときに、ほとんど無防備でやってくる下請けのテレビクルーをアウトドアの現場に連れて行くために、即席の雨具を開発した。90リットルのゴミ袋をもっていれば、1枚で簡易ポンチョ、2枚で貫頭衣+巻きスカート、3枚あれば寝袋代用という雨具を提供できるようになった。
 これは子どもを集めたときにも有効で、コンビニでも売っている70リットルのゴミ袋を1人3枚あて用意しておけばほぼ万全の準備といえる。
 それから、底辺が30cmの手つきのポリ袋(いわゆるレジ袋)を包装用品店で仕込んでおくと、靴や足の防水に対する緊急対応が可能になる。
 雪の山だと簡単で、靴ごとポリ袋をはいて、軽アイゼン(あるいはかんじき、スノーシュー)をつけてしまえばいい。
 雪でない場合には、たとえばポリ袋を靴ごとはいて、細い布粘着テープ(雨で濡れたところにも比較的よくつく)で足をぐるぐる巻きにする。そして靴底の部分だけを切り取って、ポリ袋をひさし状に切り残す。ずいぶん実験したが、じょうずな歩き方が問われるので人を選ぶ段階だ。
 行動中は濡れていい、として、下山して風呂に入って、帰りの電車というときには、靴下を履き替えてポリ袋をはいて、足を濡らさないようにして濡れた靴をはくという処置もできる。これは蒸れるのと、足が靴のなかでよく滑るのとで快適とは言い難いが、濡れた足から体が冷えるのはくい止められる。


●手袋

 10℃以下の季節というのは、紅葉から新緑までと考えるのが現実的だ。北アルプスの稜線なら9月下旬から7月初旬と考えたい。関東平野周辺の低山なら11月から5月となる。
 この時期には、濡れないということと同時に冷やさないということを考えないといけないのだが、「寒くしない」という準備は万端でも「冷たくしない」というところで不十分な人が多い。体の末端部を冷やさないことにもっと注意してもらいたいということを、できるだけ早く理解してもらいたい。
 手がこわばってきてかじかんできたときに、「やばい!」と思わなければいけないのだ。
 手がかじかんでくるのでポケットに突っ込んで歩くというのは非常に危険な行為だし、ザックをあけて、なにか取り出そうとも思うけれど、ちょっとおっくうに感じてしまうとなると、その「おっくう」な意識そのものが登山者を危険な状態に踏み込ませていく。なんとなく時間が過ぎていくうちに、ザックをうまく開けられないほどかじかんでしまったら、もう遭難の一歩手前だ。体温が低下して思考能力まで落ちてきたら、つぎに自分がどういう行動を展開するか予測することもなくなっている……かもしれない。
 手のかじかみぐあいで10℃以下という「つめたさ」を検知したら、それを(注意信号ではなく)危険信号として受け止めて薄い手袋をはめる。薄いというのは手袋をしたままザックから必要なものを取り出して、行動上必要な手作業をおこなえるもの、という意味だ。
 10℃程度では雨の中で手が濡れても、薄い手袋1枚はめていれば、ダメージは少ない。
 濡れたにしても、フリースの手袋だと、冷たさはかなり防げるし、貼るカイロを手首あたりに入れてみると、冷たさはかなり改善される。
 10℃以下の環境で雨に濡れる場合には、からだの暑い、寒いより、手先の冷たさをきちんとケアすることでコンディションを先手、先手と整えていく。それがうまくいかないときには、単なる準備ミスではなくて決定的な危険要素として行動そのものを見直すほどの警戒レベルと考える必要がある。
 そういうときに、最後に遭難から救ってくれるのが履き替え用の靴下(ミトンとして使える)だったりするのだが、私はバーゲンでペラペラのゴアテックスのミトンを買ってどこかに放り込んでおくことをすすめたい。
 リーダー役をやる機会のある人には、それが必携と考えている。動かなくなった指先を暖めるには、保温を考えるより乾燥から考えた方が早い。その後の条件悪化をくい止めるためにも、抜本的な処置をしなくてはならないが、透湿防水手袋は外気にさらされていた手を、まずは室内環境に取り込むことができる。避難小屋に飛び込んだ状態を、ペラペラ、ダブダブのゴアテックスミトンがみごとに実現してくれる。


●ザックカバー

 私はここ数年ザックカバーを使うようになるまで、雨具としては半端な道具だと考えていた。
 というのはザックはあくまでも入れ物であって、雨でも中身が濡れなければいいじゃないかという考え方でやってきた。
 むかし、キスリングザックを使っていたときには、濡れると綿繊維が膨張して水の侵入を防ぐらしく、川で流しても水はゆっくりしみてくるだけ。実用上の防水はかなりよかった。
 ナイロン布のザックになって、ザック自体の防水はほとんど期待できなくなったが、ザックが入るサイズのポリ袋を内側に入れて、さらに個々の装備をポリ袋で包んで入れれば、中身が濡れることはほとんどない。
 ちなみにザックに入れるものをポリ袋で3重にくるんで(ただの3枚重ねではなく、3回それぞれきちんと口を閉めて)おくと防水はほぼ完璧なので、ザックを浮き袋にして川の流れに身をまかせるボディラフティングも可能。背負ったまま前向きに下るのがおすすめだが、陸地の人におぼれかけているのではないというサインを出すことを忘れないこと。
 したがって、ザックの外皮1枚を濡らさないようにするためにザックカバーなどという余分なものを取りつけるのは合理的ではないと考えていたのだが、山小屋や旅館に持ち込むときのこと、あるいは電車に持ち込むときのマナーやら表現として、ザックカバーをつけるようになった。すこしオトナになったともいえる。
 が、ほんとうのところはちょっとちがう。雨が降り出してしばらくするとザックの背中から伝わった水が何かの拍子に腰にまわりこんできてズボンからパンツまで濡らすという不愉快を避けるために早めに雨着のズボンをはくようになったのだが、ザックカバーをかけると流れ下った雨水はカバーの底からうまく下に流れ落ちていくらしい。ズボンの裾は濡れるけれど、パンツまで濡れるということは少なくなった。
 10℃以上の季節にできるだけ雨着を着たくないという基本的な気持ちをサポートしてくれるという意味で、ザックカバーはなかなか有能な仕事ぶりを見せてくれる。


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