軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。
【伊藤幸司の軽登山講座022】タクシーを上手に利用する――2006.9.10
■西上州・立岩――2002.11.9
群馬県西部の妙義山には奇妙な岩峰がニョキニョキとそびえているが、周辺にもおどろおどろしい岩山が林立する。これはタクシーの窓から撮った立岩。
■安達太良山――2002.4.27
『智恵子抄』に登場する安達太良山は別名乳首山とか。その感じを二本松駅からのタクシーの車窓でみつけた。
■月山からの下山――2006.7.22
山形の月山から鶴岡へと下る。このときはジャンボタクシー2台より安いということでマイクロバスを利用した。
●行きはバス、帰りはタクシー
登山のアプローチを考えるとき、鉄道の駅から登り始めてダイレクトに駅に下るという山が貴重なものに思える。奥多摩にはJR青梅線の駅に直結している山がいくつもあって、それが登山者には「親しみ」を感じさせる。
丹沢のアプローチルートは性格がちょっとちがう。小田急線の駅から山麓の最後の集落までのバス便がかなり多くて、あらかじめ便を決めなくても、「来たバスに乗る」という態度でいい。市街地が山麓・山腹にまで迫っているという例だ。
登山口そのものが全国区の観光地になっている場合にも、バス便をかなりの比率であてにできる。上高地はまさにその登山口が観光地に発展した例といえる。立山も堂々たる観光地の室堂から登山が始まる。また東北では温泉が起点になることが多い。秋田駒ヶ岳の登山口として乳頭温泉郷を利用するという場合がそうだ。
スキー場が登山口にからむというケースも多い。とくにロープウェイが夏も運行している山として木曽駒ヶ岳や谷川岳、八甲田山や蔵王などをあげることができる。
そういうにぎやかな山もいいが、原則的に考えれば、山は街から離れている。点在する山里への交通はいたって貧弱で、バスが日に3〜4本、それも通勤・通学と高齢者の病院通いに的を絞っているようなスケジュールだったりする。
最近はインターネットでかなりくわしくバス便を調べることができるようになったが、私自身もバスを利用することが多いわりに、駅に着いてバス停の時刻表を見るまで安心できないことが多い。
出発時刻は明らかでも、たとえばJR五日市線の終点武蔵五日市駅から数馬行き(シーズン中の土休日には三頭山の都民の森までの送迎が付加される)のバスに乗る、あるいはJR青梅線の終点奥多摩駅から雲取山などにアプローチする丹波行きのバスに乗る場合など、「座れない場合」や「乗り切れない場合」も想定しておかなければならない。
バスはいくぶん不安な要素を含んでいるのだが、それでも、街から山間の集落を縫って山に入り込み、小さな山ひだのひとつを選んで登り始めるという都市生活者の日帰り登山のほとんどは、バスに接続する電車を選んで計画するのが基本だと考えている。
しかし帰路のバス便はあくまでも予備。私はタクシーで駅まで出ることを原則として計画する。そのためには駅周辺のタクシー会社をあらかじめ調べておいて、できれば料金まで確認しておきたい。
なぜバス便をサブに回すのか。それは経済的な理由ではない。登山が終わるまで、時間に追われたくないというのが私の基本的な考え方になっていることによる。バスの時刻にあわせるべく下りを急いだり、日没に追いかけられながらあせったりすることが、登山のなかで一番危険な状況を生みやすいと考えるからだ。
第一に、登山が終わる。第二に電話が通じる。そこから帰りの手配が始まるという計画にしておきたい。私のように同じ山に何度も登る場合には毎回賢くなっていくから奥の手を用意できることも多いが、山から抜け出られる時間がはっきりと読めるようになって始めて、下山後のスケジュールの組み立てを考える。バスがあるか、タクシーを呼ぶとどうなるか、下山後の入浴や食事はどこでどうするか、最終的な帰宅時刻はいつ頃か。
タクシーを呼ぶといっても山奥の村で携帯電話が通じる保証はないけれど、呼べたら以後の時間は計算可能になってくる。ぜいたくというよりも危機管理的必要から、帰路の交通はタクシーで計算できるようにしておきたいのだ。
●登山派タクシー
JR中央線の塩山駅からタクシーを利用すると大菩薩嶺、西沢渓谷、乾徳山、金峰山などへかんたんに登れる。タクシー運転手のほとんどに「登山者で稼ぐ」という意識があるらしく、次の機会への営業活動も忘れないひとが多い。
以前、大弛峠への道がまだかなり未舗装だったときに、塩山のタクシーに乗るたびに運転手にささやかれた。大弛峠で金峰山往復の5時間待ちますから3万5000円で……というのだ。貸切バスで塩山へ乗りつけて、タクシーで大弛峠へ、そこから奥秩父の最高峰・北奥千丈岳(2,601m)と国師ヶ岳(2,592m)に超入門ハイキングを企画した。営業活動に乗ったわけだ。
いま。山梨県側の道は大弛峠まで完全舗装されたので片道1万円ほどのメーター料金で利用しているが、未舗装の林道を、底をすりながら果敢に登ってくれるタクシーにいたく感動した。3万5000円で待ち時間と往復を合わせると昼間の仕事は大方つぶれる。それでやっていけるのだろうかという疑問を東京で聞き回ったことがある。
当時ささやかれたもうひとつは雲取山だ。雲取山といえば奥多摩からアプローチするのが一般的だが、丹波は山梨県。そこから林道で入る三条の湯も山梨県だ。奥多摩のタクシーはその林道へは絶対に入ってくれないが、塩山のタクシーは入ってくれるという。1万5000円見当だが、三条の湯までは登山道をあと30分というところまで入ってくれる。往路はともかく、いざというときの脱出方法として1万5000円は安いかもしれない。塩山のタクシー運転手は山梨県側から雲取山にも登れるということを乗る人ごとに宣伝していたわけだ。
JR甲府駅から南ア北岳の登山口・広河原へ行くバスに乗ろうとすると、タクシーの客引きがいることがある。相乗りで「バス代でいい」という。じつは松本駅から上高地へもそういうタクシーがないわけではなく、バスに頼るしかない単独登山者はそういうタクシーをめざとくさがして利用しようともする。
しかし客引きだけで営業しているわけではない。携帯電話に「これから行くよ」という顧客がいて、人数が多ければ仲間に振り分けながら個人客主体の営業をしている。
あるとき、台風がやってきて中央線が止まってしまった。特急あずさの再開を待ちながら、そういう山派運転手と連絡をとりあっていた。甲府に着いたとして夜叉神峠から先の山道はだいじょうぶなのか。さらに先、スーパー林道を北沢峠まで行くバスは動いているのか。「こちらは夜叉神峠で一応ストップ、調査の車が入っています」という情報が返ってきた。けっきょくJRの側の時間切れであきらめたが、タクシーはアプローチ情報を集めながら走っている。
ただ、あるとき、というか、しばしばというか、山奥に入り込んで私たちを下ろした車がそのままいつくるともしれない下山客をあてにして待ち続けることがある。町に下りてもたいした稼ぎにはならないから、とか、空で下るのもつまらないからなどといって、無線が通じないのをいいことに行方不明を決め込んでいる。けっこうな山師たちなのだ。
町でコツコツと稼ぐ代わりに、登山客でドカンと一発……というタクシー運転手と携帯電話のホットラインをもっていると、林道情報ではありがたい。行けるか行けないか、いくらぐらいか、山派の運転手でなくてはわからない情報が一発で入る。あとは乗ったら「おまかせ」でいい。
登山者の側からいえば、タクシーで林道を走るのはしばしば割安感がある。スピードが出ないから1時間走っても1万円出ない。マイカー登山が小屋泊まりを日帰り(往復)にしてしまった山で、タクシーを利用すれば日帰りの縦走ができたりする。
マイカー派にすればタクシー料金ほど割高に見えるものはないだろう。バス派にはとんでもない高価な乗り物にちがいない。しかし林道情報をもった山派運転手のタクシーをうまくつかまえると、タクシー活用型の功利的な山歩きがさらにひろがる。
蛇足になるが、丹沢の水無川上流の戸沢出合には大きな駐車場があって、マイカー登山の拠点となっているのだが、地元のタクシーは絶対に入ってくれない。しかしあるとき、仕事でハイヤーでそこまでいった。ぴかぴかに磨いたサスペンションのやわらかいハイヤーはしばしば底をすりながら、恐る恐る前進してとうとう目的地まで入ってくれた。覚悟を決めたあとの運転手さんはけっこう楽しそうに見えた。同様に、山に疎いタクシーに強引に林道に入ってもらった“成功例”もあったりする。
●4人と5人、6人と7人、9人と10人
人数が5人の倍数のときには躊躇せずにタクシーを利用する。「ちょっとそばを食べに行こうか」ということで1万円などということもけっこうある。
勘違いしていただきたくないのは、「1万円かけてそば」ではないということ。下山地点近くにタクシーがあればすぐに来るからありがたいけれど、一般的には駅からタクシーを呼ぶ。それで駅までいくだけなら問題ないが、風呂や食事の場所へとなると、タクシーの売り上げとの関係が生じてくる。
食事は駅に近いところにあるが、風呂はむしろ駅から離れたところにあることが多い。長い距離を迎えに来てもらって途中で下りるという乗り方は(割増金を払うという方法がないわけではないけれど)なかなかやっかいなことが多い。そこで近間でまとめるという手法ではなく、すこし奮発して遠めのターゲットを選んでみるというケースだ。タクシーもそこそこの売り上げになれば文句は言わない。ありがたいのは、風呂で途中下車して、1時間後にもう一度迎えに来てもらうという約束が成立した場合だ。
最近では中型車と同じ車を使いながら小型車として4人しか乗れないタクシーがけっこうある。あるいは中型車なのに、前がセパレートシートになっていて4人しか乗れないというものが増えている。
小型車に5人というのは法規上の違法行為になるとして、中型車なら前はひとりでも後部座席に4人乗って、5人乗車は問題ないじゃないかと主張できる場合と、できない場合とがある。ちなみに後部座席への4人乗りは、前がベンチシートで運転手+2人乗れる場合でも、運転手がいやがって後に4人すわらせる場合があるのでタクシー側では問題ないという気配だ。
タクシーに乗るときは、料金を4人で割ればまあまあかと思うとして、5人で割れば安いと感じるようになってくる。バス料金と比べてまあまあか、安いかなのだ。
ところが6人だと悩む。3人ずつ2台に分乗するとなると、タクシー料金をできるだけ安く押さえる根本的な工夫が必要になる。すなわちアプローチを変更したくなる。ひとりなら途中までバスで行って、あとは歩くという選択を選ぶだろうが、3人となると下りはともかく、登りはいくぶん経済的な登山口はないか捜してみるのではないだろうか。
つまり私は「3人以下ならタクシーは使いにくい」と考えている。料金の上限を決めてルートを選択したくなる。そして「4人以上なら積極的に利用する」という考え方だ。タクシーのお陰で中高年登山者は高い山へも、大きな山へも登らせていただけるようになった。その付加価値がタクシー料金には上乗せされていると考える。
10人だと問題ないのだが、9人だとまた悩む。ワンボックスカーを利用したジャンボタクシーが運転手を除くと9人乗れる。ジャンボタクシーの料金はところによってずいぶん違うが、標準的な考え方としては中型の1.5倍。7人でトントン、8人いれば割安ということになる……のだが、それ以上に人数分の座席が用意されているので快適さがちがう。バス旅行のような楽しさもある。ジャンボが利用できるかどうかはむずかしい場合も多いので、できるだけ事前に予約したい。少なくとも当日電車の中から携帯電話で「空いていれば……」と聞いてみる。
東北のある駅では、国の研修施設があって出入りが激しい。客の人数が少なくてジャンボタクシーしかないときには、中型料金で走るという。ジャンボタクシーは大都市では裏にかくれていることが多いのだが、小さな町では少ないドライバーで仕事を回す必然から、ジャンボタクシーを使いやすい環境にしている場合がある。ジャンボでも人数があふれるようなら「マイクロバスを出しましょうか」といってきたりする。
そのジャンボタクシーはところによっては中型の2割増程度の料金ではないかと思わせる場合がある。そうなると割安感いっぱいだ。あるいは貸切料金で、メーターを倒さない場合もある。料金計算の基準は地域によってかなり違うようだけれど、ジャンボタクシーを有効に使えたときにはかなりもうけた気分になる。
さてタクシーだが、携帯電話のタウンページで一応網羅的に調べることができる。できれば事前にパソコンで調べると、本社や営業所の場所が地図で一目瞭然。ジャンボタクシーを持っているかもわかることが多い。目星をつけた会社に電話して、おおよその料金や、携帯電話が通じるポイントなど問い合わせておくといい。
人数が多い場合には予約というかたちをとって同じタクシー会社の車をそろえると、タクシー同士の無線が使えるので乗ってからの情報でちょっとしたルートの微調整などするときに対応しやすい。食事場所を探しながら走るときなど便利なのだ。
しかし駅で並んでいたタクシーに順次乗り込んだ場合、小さな駅ならタクシー同士が周知のなかだから、帰りの予約もおたがいに連絡をとりあってうまくやってくれる。
予約したのが台数の少ない会社でも、助っ人を頼んで台数は確保してくれる。流しのない田舎のタクシーは予想以上に柔軟な対応をしてくれることが多いのだが、たとえばJR青梅線の御獄駅や奥多摩駅のように、配車数が決まっている場合には早い者順に取り合いになる。助っ人を呼べないで、フル回転というタクシー環境もあるのでご用心。
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