軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座025】アンダーウエアという1次バリア――2006.10.25



■飯豊縦走の3日目夕食――2006.8.3
飯豊山と大日岳の中間にある御西小屋。2人はここでアンダーウェアを取り替えた。雪渓が残っていて、日が傾くととたんに涼しい風が吹いた。



■櫛形山にアヤメを見に行く――1997.7.12
夏の雨の日には、雨傘派とレインウェア派が混在する。本降りだと思ったら雨具の下ははいた方が安全だ。上をどうするかは各自それぞれ考え方がある……としたい。



■標高2,000mの美ヶ原ハイキング――2002.2.14
氷点下の世界で、かつ風に直撃される吹きさらしの場所では、保温性の高い服を十分に着こんで、外壁となるウインドブレーカー(レインスーツ)の空調管理で体温を調節したい。



■最初の冬のお手本――1998.2.5
真冬に秩父の四阿屋山へ行った。フリースシャツに薄手のアンダーグローブ。フリースの保温手袋にはゴムひもをつけて手首にぶら下がるようにしてある。絶対になくさない工夫だ。(長さ20cmのゴムひもを輪にして、手袋の内側、親指の付け根のあたりに固定する)


●抗菌・防臭性肌着の実験

 この夏に飯豊連峰を縦走した。避難小屋3泊というペースで福島県山都町の川入登山口から登り、丸森尾根を山形県小国町の飯豊山荘へと下った。メンバーは54歳から71歳までの9人で女性7人。平均年齢は60歳。まあふつうの中高年グループではないかと思う。
 避難小屋泊まりだから食料を10食もった。水は各小屋で得られたが、夏用ながら寝具を持参した。通常、私の小屋泊まり計画では、「10kgを背負って最大10時間の行動」としているが、このときはみなさん、ザックの重さが12kgを越えていた(私は久々の30kg余)。
 ザックの重さにどれだけ耐えられるかという積載能力では、上限域からの上積み分はズシリとこたえる。しかも初日は標高差で1,000m以上を登る。当然、汗びっしょりになるはずだ。……じっさい、その日は猛烈な暑さで、全員尋常ならざる汗をかいた。
 大汗をかいたが、私たちは着替えなしで4日間を過ごそうという計画だった。抗菌・防臭機能をそなえたアンダーウェアが一般にもかなり出回っているが、登山用のものでどれほど有効かという確認をしたかったのだ。
 ところが2人が2日間でギブアップした。その最初がなんと私だった。2日目の行動中、自分自身の汗くささがときおり気になった。だんだんひどくなると感じたのだ。これは周囲に迷惑をかけるかな、と思ったほどだ。
 私が敗北宣言をしたら、待ってましたとばかり着替えた人がいた。私同様、我慢ができなくなっていたという。
 私のTシャツは半年間使っていた。抗菌・防臭機能がいつまでもつか知りたくて、積極的に着ていたし、山から帰ってからもしばらく着続けてみるというようなこともしていた。かなりの回数、洗濯をしていたので、機能が低下したのではないかと思われたが、つもり積もった洗い残し成分が、汗くささや蒸れた臭いを蓄積させてきたのかも知れない。
 ともかく、ときどき汗くささを感じるようになっていたから、実験には新しいものを用意すべきだったのだろうが、それをうっかり忘れたのだ。
 糸に特殊な物質を練り込むというような抗菌繊維、抗菌・消臭繊維は多くの繊維メーカーが開発している。調べているうちに「122日間着続けて臭いなし」という竹布Tシャツ(3,9990円)や竹布ソックス(2足2,100円)などもあると知った。
 ともかく、1週間ぐらいは着っぱなしで我慢できそうな気配なので、それを確かめてみたかったのだが、あっけなく挫折してしまった。もうひとりのリタイア組は、じつは抗菌素材のアンダーウエアではなかった。
 ほかの7人はけっきょく不快な思いなしに縦走を終えたので、抗菌・防臭機能は一応有効だと判定した。


●ステテコを撲滅せよ

 これから山歩きをはじめようとする人たちに、最初に用意してもらいたい装備についてはすでに書いた。(講座3「最初に用意する装備」)
1)はきなれた運動靴(スニーカー、ランニングシューズ、テニスシューズなど)
2)登山用品店(あるいはアウトドア用品店)で売っている肌を乾燥させる(ウイックドライ)タイプの半袖Tシャツ
3)持ち物が全部入るザック。ない場合には登山用品店で容量25リットル以上のデイパックを購入
 という3点に絞って私流の解説をした。
 衣類としては登山用のTシャツを最初に掲げているわけだが、正直にいって、その半袖Tシャツ1枚で最初の1年間を通せると考えている。
 冬用はいらないのかという心配はご無用。暖かくしたい場合はその上にフリースなどの保温専用衣類を重ねるとして(よほど寒い山に登るのでなければ)肌着は夏冬兼用の半袖Tシャツ1枚でいいと考えている。
 むしろ太平洋岸の日だまりハイクでは、半袖1枚になりたい日もある。登山用品店で売っている冬山用のアンダーウエアなどを着ると、暖かすぎて脱ぎたいことがしばしばあるのに、冬用のアンダーウェアは下着っぽいものが多いのでままならない。無用な汗をかかないために、冬でも保温効果をうたうアンダーウェアは避けたいのだ。
 問題は、登山用のTシャツとしてすすめるのは化学繊維100%のものということ。アレルギーがあって化学繊維のものが着られないという人は最初から除外するとして、慣習的に化学繊維がダメと思っている人がいる。じつはかなり多いのだ。
 女性の場合はたぶんそれほどではないと思うが、男性の場合、ステテコを脱ぐまでが大変なのだ。
 ステテコが脱げない人はたぶん、上のシャツも綿の縮みや、ウールの肌合いから逃れられない。化繊のシャツなんてベタベタしたり、カサカサしたり、チリチリしたりして着てなんていられるか、とつぶやいている。
 ステテコを脱いで、七分丈のタイツをはけるようになるまで、私は気を抜けない。真夏だからといって、3,000m級の山にステテコで来ているかも知れないからだ。
 あるとき、白馬三山の稜線でカサでは危ないという程度の風雨になった。特別な悪天候ではなかったが、雨具をつけて歩いていた。
 するとひとりの男性の調子が悪くなった。顔色が悪くてガタガタとふるえているではないか。案の定、綿のシャツとモモヒキだ。周囲の人にはなんでもない夏の稜線で震えている。
 そこで、雨の中、私のTシャツを着てもらった。シャツ1枚替えるだけで、からだの冷えがピタリと止まった。上から重ね着をしていくよりも、肌と衣類との関係を刷新した方が断然効果的なのだ。
 あるいはまた、大汗かきの人を何人か見ている。夏など首に巻いたタオルが絞れるほどになる人たちだ。心拍数など計ってみると、やはり汗をかく条件を内在しているともいえるが、通常の人よりはるかに心拍数の低い状態で大汗をかくアスリートもいる。
 昔のことだが友人の山岳マラソンランナーが私のすすめるTシャツを「やっぱり役に立たない」といったことがある。南アルプスを3日で縦走するという本格派にして大汗かきというケースだ。
 ウイックドライも役立たずの大汗についてはちょっと私の守備範囲からはずしたいが、その手前でなら、ウイックドライが物理的に吸い上げた水分の受け皿をうまくつくって肌を乾燥してやりたいのだ。
 原則論としては水分を吸うものを上に着る。たとえば薄いブラウスシャツを羽織って水分を吸い上げる。夏なら綿の薄いもの、冬ならウールの薄手のセーターなど……と書きたいところだが、日本の冬ではウールは化学繊維100%のフリース素材によって完全に置き換えられたと考えた方がいい。もっと低温の乾いた冬にはまだ天然繊維の出番があるとしても、日本の湿った冬にはフリースがタフだから。
 ともかく、ここでアンダーウェアといっているものは、ただ単純に肌と接して、肌の湿り気を物理的な毛細管現象で排除させるという役割に専念させてもらいたいのだ。保温は保温用の別の衣類にまかせればいい。
 保温の重ね着は一般的なイメージで大きな問題はないのだが、ウインドブレイカーなどと呼ばれるもので冷たい風をカットして体温が奪われるのを防ぐのと、フリースなどの保温衣類を着こんでおいて、冷風を入れて温度調節するのと、方向は2つに分かれる。
 防寒と保温を分けて考えることによって調節の精密さを高めるという意識が重要だといいたいのだが、これは梅雨時の雨の日にレインウエアを着るかどうか、どのように着るかという問題とリンクしてくる。
 気温が10度C以下であれば濡れるのを防ぐことを前提として考えて、10度C以上であれば、雨で濡れるのは一定程度許しつつ、汗で濡れるのを避けるようにしたい。
 気温が10度Cの場合、体温が36度Cだとすれば温度差が26度Cある。濡れるのを防ぐためにウインドブレーカーになってしまうところを、暖かい空気を上に逃がし、下から冷たい空気を引き込むような空調環境を整えてやるという保冷機能を添えることができる。
 気温が20度C以上あったらどうするか。ある程度濡れてからレインウエアを着ることで、透湿機能が湿り気をゆるやかに緩和してくれる。極端にいえば、レインウェアの内部空間で湿った衣類を室内干しにするというイメージだ。それを行動パターンと組み合わせれば、登りでは濡れることを恐れずに汗をかかないように心掛け、下りでは湿った服を体熱で乾燥する方向で調節する。
 ゴアテックスに代表される透湿防水のレインスーツを単機能の雨具と考えるのではなく、空気調節弁のついたバリア(障壁)というふうに考えると、運動によって発する水分と熱をどううまく調節して室内空間をコントロールするかという空調技術ということになる。
 そしてその目指すところは、アンダーウエアを内側の一次バリアとして、からだが発する水分を肌から引き離して室内空間に放出することにある。保温か冷却かという調節も重要だが、歩き方そのものを調節して、発熱量をコントロールすることが重要になったら、歩き方を進行管理重視から体調管理重視へと切り替える。
 いかなる場合にも、内側の一次バリアとしてのアンダーウエアが肌の乾燥を守れる領域を守るという意識が重要なのだ。


●下半身の保温について

 半袖のTシャツを基準にした上半身のアンダーウエアは保温にしても冷却にしても微調整の技を発揮できる。しかし下半身はそうはいかない。
 昔は冬はウールの厚手のズボンという選択が一般的ではなかったかと思うが、今は夏も冬もあまり変わらないズボン(パンツというほうがいいかもしれませんが)という方向に変化してきているようだ。冬の半袖Tシャツと同じように大汗をかく心配が出てきてしまう。
 そこで、冬の寒さはタイツ(ズボン下)で防ぐという考え方に大きくシフトしていて、登山用の冬用タイツにはライトからヘビーまで何段階かの保温グレードが用意されている。
 町で売られている「遠赤外線効果でポッカポカ」などというズボン下はもちろん御法度。私は登山用の一番薄いものをすすめている。すなわち積極的な保温ではなく、下半身の冷えを防ぐという程度の消極的な保温にとどめてほしいのだ。
 通常は、寒いときにはレインウエアの下をウインドブレーカーとしてはく。体熱が奪われるのを防ぐので、寒さに対してはかなり防御できる。
 その次に保温手段としてすすめるのは使い捨ての貼るカイロ。からだの冷え方によっては休憩時間に腰に貼る。背中に貼る。足首周辺に貼る。発熱体を投入することで保温効果は一気に上がる。高齢になるほど、貼るカイロは有効な保温ツールとなってくる。
 さらに寒い、スノーシューハイクとかクロスカントリースキーとか、マイナス10度Cぐらいの雪の山のスノーハイキングなどでは、フリースのだぶだぶズボンをオーバーズボンとしてはいてレインウエアでウインドブロックする。フリースは防風してやると保温力が驚くほど向上するから冬の山歩きでは非常用装備として持つと安心感は倍増する。
 下半身についてもアンダーウエアとしてのタイツは、保温のことをあまり考えずに、肌を乾いた状態に保つ1次バリアと考えて、身体を冷やす危険を徹底的に避けるように注意したい。


●寒さより冷たさをいかに守るか

 太平洋岸の冬の山歩きでは、晴天率が高い。それだけに雨の時にはできるだけ注意深く濡れないように努力する。雨に濡れないのももちろんだが、汗で濡れないようにも努力する。予定を変えてでも、身体を湿らせないということが重要になる。
 雪ならばそれほどの心配はいらない……のだが、0度C前後の雪は湿っていてすぐにシャーベット状になるので、水を含んだスポンジ状になっている。足を濡らさない注意が最重要課題となる。
 私は冬もメッシュのランニングシューズで通す年が多いので、もちろん防水ソックスをはくけれど、ふつうのスニーカーの人たちもけっこういる。雪だと軽アイゼンをつけるので、横幅30cmの手つきポリ袋(レジ袋)を靴の上からはいてもらう。その上から軽アイゼンを装着するとポリ袋の底が破れる危険もほとんどなく、雪の水分から靴を守ってくれる。
 足もだが、手の指先と耳も、気温が10度Cを割ったら本気で守る必要がある。5度Cを割ったら危険な状態と考えていい。
 服については冬もかなりルーズな考えでいいと考えているので「寒さ」のイメージに対する防御策は山歩きではあまり考えなくていい。(遭難時の対策についてはここでは考えていないので念のため)
 しかし「冷たい」というイメージに対しては本気で対処し、サポートにかかる費用もケチってはいけない。
 たとえば手袋。手のひらにも汗をかく……と考えれば、シャツやタイツと同様に1次バリアとしてのアンダーウェアが必要だということになる。
 手袋の場合には、もっと重要な意味がある。気温が5度Cになるとハンドウォーマータイプの使い捨てカイロがいっせいに売れ出すそうだが、手がかじかむ。じつは10度Cを境に手先の冷たさがストレスになり始める。10度Cでも風があると指先がかじかんでくる。5度Cだと100%、だれもが手をポケットに入れたくなるというわけだ。
 そういう5度C以下の低温で素手で作業するとたちまち指先がかじかんでくる。もっと低温になると冷えた金属に触れると低温やけどを起こすなど、低温が身体に与えるストレスは強烈だ。
 したがって、手がかじかむような低温では、アンダーウェアとしての薄手の手袋が必需品となる。最低限、ザックをひらき、なかから衣類を取り出して着る、あるいは保温水筒を出すとか、ガスバーナーで湯を沸かすという動作ができる薄手の手袋を絶対にはずさないという覚悟が必要になる。
 その上に、保温用の手袋や防水用の手袋をするのだが、日帰り登山中心の登山者の場合には厚手のフリースの手袋をすすめたい。たぶん保温力は(少々湿ったとしても)それで十分なはず。加えて非常用装備としてゴアテックスなどの透湿防水ミトン。これは冬山登山の本格的なものでなくて、布1枚の安いブカブカのミトンでいい。手先や手袋が湿ったときに、貼るカイロを貼ってこのミトンをかぶせると、指先にやさしい室内環境を整えてくれる。全員が持たなくても、だれかが持っていると安心な装備といえる。
 単独行の人にとって、手が凍えるのを放置するほど危険なことはない。ザックの中に暖かい服や温かい飲み物があるのに取り出せずに、思考能力を失うほど体温低下を引き起こして、最後に凍死という状態にまで至る事故が想定できる。その発端に手が使えなくなるという小さなミスがあったという例があるという。
 寒さのなかで、自分の手をきちんと使える状態に保つ努力は、身の安全を守る基本なものといえる。
 帽子の場合も厳冬期の高所登山などと比べれば軽快なものでいいが「耳覆いのついたもの」でなければならない。耳が冷たくなるとつらいが、それよりも冷たい風が耳に吹きつけると考える余裕がなくなる。頭部から体温が奪われる危険の前に、耳が冷たい、痛いということのないようにケアすることが重要になる。
 そうすると、もちろん足も防寒なり保温なりが必要になる。足も汗をかくし、冷えやすいところにある。当然、1次バリアとしてのアンダーウェアが必要になる。すると保温なり断熱なりの中間層も必要なる。
 最近、軽登山靴では靴下は1枚でいいとされているそうだが、私は強行に反対したい。アンダーウエアとしてのソックスと、保温調節用のソックスの2枚重ねが絶対に必要だと考える。私の場合はランニングシューズなので、さらに貼るカイロと、シールスキン社の防水ソックスを重ね履きできるサイズのもので1年間連続、100日以上行動している。気温では30度Cからマイナス10度Cまで対応している。
 からだの末端部は冷たさに対しては徹底的に守りにまわり、上半身・下半身については、寒さ・暑さに対応できる微調節可能な空調管理を目指したい。


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